523 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:43:13 ID:sCu2rWYp
綾が身をぼろぼろにして帰って来た夜、汚れを落として欲しいという綾の懇願に、陽一は応じてしまった。
ベッドの中で、兄妹は何度もキスを繰り返した。
気丈な妹が涙を浮かべてキスを求めるその姿に、陽一はひたすら自分を責めた。
己のわがままのせいで、綾は変わってしまったのだと。
気の狂った男に汚され、あの気高い心が崩れ落ちてしまったのだと。
元の綾に戻って欲しい。
元気で、少し生意気で、厳しいけど本当は優しい、昨日までの妹に戻って欲しい。
その一心で、陽一は綾と唇を重ねた。
実の妹と口付けを交わすことに倫理的な罪悪感は大いにあったが、それ以上に、妹にかつての姿を取り戻して欲しいという思いが強かった。
次の日の朝、目を覚ました綾に、陽一は伝えた。
「夕里子さんと別れることにしたよ」
「そう……」
身を起こし、そっと陽一の頬に口付けをする綾。
互いにそれ以上の言葉は無かった。
朝食を食べた後、綾は学校に行きたくないと言った。
「お兄ちゃん以外の人に会うのが怖い……」
「そうか……なら、今日は家に居るといいよ」
「……お兄ちゃんも傍に居てくれる?」
おずおずと上目遣いに聞いてくる綾に、陽一は力強く頷いた。
「当たり前だろ」
それから、綾も陽一も一切外に出ず、家の中で過ごした。
綾はずっと陽一の傍に身を寄せ、いつでもどこでもキスを求めた。
台所で料理中に、居間で読書中に、午後の光の差す自室でまどろみながら、二人は幾度となくキスをした。
浅く、触れるようなキスは、いつしか舌を絡める濃厚なキスとなっていた。
そして、唇へのキスだけでは綾は満足しなかった。
「頬も舐められたわ」
「胸にも触れられた……」
「お腹にも手を這わせてきて……」
ボタンを外し、服をはだけさせて兄の前に白い肌をさらして、綾は懇願した。
「お兄ちゃん、お願い……私の汚れを全部取って……」
陽一は逡巡しながらも、綾の体に口付けをした。
頬に、胸に、腹に。
「脚も無理矢理広げられたの」
ベッドに寝転んで膝を立て、綾は陽一に訴えかけた。
「ほら、ここよ……」
短めのスカートの下にのぞく、
真っ白な下着。
局部の形に沿うようにして皺のよった薄布のすぐ脇の太腿の付け根を、綾は指差した。
陽一は戸惑いながらもベッドの上に上がり、這うようにして綾の股間に顔を寄せると、青白い太腿に口をつけた。
「ん……」
目の前で自分の股間に顔をつける兄を見て、綾は大きな興奮に襲われた。
呼吸が乱れ、甘い吐息が漏れる。
慌てて口をつぐんで、陽一に自分の心の動きを悟られないようにした。
この悦びを悟られては、ここまで兄に償いを求め続けた意味が無い。
紅潮した顔を見られないようにと、陽一の頭を上から軽く押さえて、ひたすらに自分の内太腿を舐めさせた。
「お兄ちゃん、しっかり舐めてね……」
綾の言うままに、陽一は綾の太腿に舌を這わす。
下着越しに微かに秘所に触れる兄の吐息に、綾は下半身がきゅんと熱くなるのを感じた。
表情や呼吸の変化は繕うことはできても、体の変化ばかりはどうしようもない。
自らの秘所に火照りと疼きを感じながら、綾は思った。
今、自分のあそこはどうなっているのだろうと。
濡れているのだろうか。
(だとしたら、お兄ちゃんは気付いているのかしら……私の……女としての体に……)
スカートの陰に隠れて、陽一の表情は見えない。
綾は息を押し殺して、肌の上をなぞる陽一の舌の感触を感じていた。
524 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:43:57 ID:sCu2rWYp
要求はより大胆で淫らなものとなり、ついには下着の上から秘所に触れるよう陽一に求めた。
「お願い……ね?」
「綾、さすがにそれは……やめておこう」
「あ、そう」
これまでに無くはっきりと拒絶の意をあらわにした陽一の目の前で、綾は小さなナイフを握った。
そして、自分の左腕の内側を削ぎ落とすようにして薄く切った。
「綾!? な、何をしてるんだ!」
肉が抉れ、血が流れ落ちる。
慌てて駆け寄る陽一に、綾は笑って言った。
「ここは、昨日お兄ちゃんがキスしてくれなかったところなのよ」
「え……?」
「汚されたままで放っておいたら、腐っちゃうでしょ? だから、綺麗になっていないところは切り捨てなきゃ」
スカートを押さえるようにして、綾は自分の股間に触れた。
「お兄ちゃん、ここにはただの一度もキスしてくれたことないよね? 触ってもくれてないよね?」
「綾……」
「もう腐っちゃってるかもしれないわね」
ナイフを握った腕をゆらりと揺らす綾を、陽一は慌てて取り押さえた。
「ま、待て!」
陽一の勢いに押されたようにして、綾は背後のベッドに倒れこむ。
陽一の手を握り、引きずり込むようにして自分の上に覆いかぶさらせた。
「お兄ちゃん……わかったなら、お願いね?」
「ああ……わかったから……自分を傷つけるなんてしないでくれ……頼むから……!」
陽一は目に涙を溜めながら、綾の下半身に手を伸ばした。
下着の上から、震える手で綾の秘所に触れる。
経験が無い以上、ただ愚直に手でなぞるしかなかったが、綾は陽一の手がそこに触れただけで身を捩じらせて感じてしまった。
「お、お兄ちゃん……!」
反射的に太腿を閉じ、陽一の手を挟むようにしてより強く自らの秘所に押し付ける。
じわりと下着が愛液に濡れた。
「お兄ちゃん……ん……んんっ……!」
両の手をしっかりと陽一の背中に回して抱きつき、熱い息を吐いた。
「お兄ちゃん……! もっと……もっと……! 唇にも、胸にもキスして……!」
ベッドの上で情熱的に絡み合う二人の行為は、紛れも無い、恋人同士のするような愛撫だった。
「あ……ああ……! お兄ちゃん……!」
自分の体の下で、小さく喘ぎながら身悶えする妹。
陽一は、罪の意識に苛まされながら、その行為を続けた。
そうして、三日経っていた。
暦は十一月に入り、色づいた葉は道に舞い落ちて、冬の冷たい風が吹き始める。
北風が窓を鳴らす音が響く家の中で、陽一と綾は二人、ベッドの中で寄り添って寝転んでいた。
カーテンの隙間から入る秋の終わりの日差しに、陽一は目を細め、布団の中から身を起こす。
うなだれて、じっと自分の手を見た。
「何をしてるんだ、俺は……」
その手は、つい先ほどまで、妹の身体を愛撫していた手だった。
「綾……」
傍らには綾が、安らかな寝顔で眠っている。
布団の端からのぞく左腕には、血を押さえるための包帯が巻かれていた。
「どうしてこんな……」
ぽつぽつと、布団の上に涙が落ちた。
今の綾との関係は、どう考えても普通の兄妹の関係ではない。
しかし、この関係を続けなければ、綾はそれこそ自ら命を絶ってしまうかもしれない。
「どうしたらいいんだ……」
声を震わせて泣く陽一を、綾は薄く目を開けて見つめていた。
525 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:44:54 ID:sCu2rWYp
次の日、陽一はやかましい金属音に目を覚ました。
「はいはい! 朝ですよ! 起きた起きた!」
「え……綾?」
凛とした、鋭い声に跳ね起きる。
何日ぶりかに聞く綾の元気な声だった。
「ほら! 今日は学校に行くんだから、ちゃんと起きて支度してよね!」
「え……え?」
「何よ、その顔は? まさか、まだ休み足りないっていうの?」
綾はにやにやと笑いながら、手に持っていたおたまと鍋の蓋を、こつんと鳴らす。
「やかましいと思ったら……何でそんなの持ってるんだ?」
「お兄ちゃんを起こすために決まってるでしょ。私は授業なんて受けなくてもなんとでもなるけど、お兄ちゃんはこれ以上休んだら勉強についていけなくなっちゃうもんね」
綾はすでに制服を着込み、朝食の準備のためだろう、その上にエプロンをかけていた。
「まだ目が覚めない? 鍋じゃなくて、お兄ちゃんの頭を叩いてあげようか?」
言って綾は、おたまの柄で陽一の頭を垂直に打つ。
手加減の無い打撃に、陽一は小さく叫び声をあげた。
「いてっ」
「目が覚めた?」
「お、お前なあ、返事する前に叩いてるじゃないか」
「ふふ……まあいいじゃない。可愛い妹の愛の鞭よ。ほら、着替えは用意してあるから、起きてちょうだいね」
明るく笑う綾を、陽一はまじまじと見つめた。
「何よ? 変な目で見て」
「いや……お前……学校に行くって……大丈夫なのか?」
「んん? 心配してくれてるわけ?」
心配でないわけがない。
綾は昨日まで、自傷に走るほどの精神状態にあったのだ。
「無理してるんじゃないのか?」
「無理なんてしてないわ」
軽く言って、綾はベッドから身を起こした陽一の唇にキスをした。
三日間、数え切れないほどしたとはいえ、抵抗感がなくなったわけではなく、陽一は顔を真っ赤にして綾から身を引いた。
「お、お前、また……」
「お兄ちゃんのおかげだから」
綾は頬を朱に染めて、えへへ、と嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃんが、私はまだ汚れて無いって教えてくれたから、もう少し頑張ってみようって思ったのよ」
本当に朗らかな笑顔で、綾は言う。
「……どんなに苦しいことがあっても、お兄ちゃんが守ってくれるってわかったもの」
「今回のことについては、そもそもの原因が俺にあったわけだけどな」
自嘲気味に言う陽一に、綾は強く首を横に振った。
「だけど、お兄ちゃんは夕里子さんと別れてくれたじゃない。私を選んでくれたじゃない。これからは夕里子さんじゃなくて、私を守ってくれるってことでしょう?」
夕里子の名が出た時、陽一は微かに悲しそうな顔をしたが、気付かないふりをして綾は続けた。
「お兄ちゃんはまだ色々悩んでいるみたいだけど……私、お兄ちゃんにキスしてもらって、本当に救われたのよ」
「……そうか」
「兄妹でこんなことするのは、お兄ちゃんにとってはいけないことなのかもしれない。罪悪感を感じるなというのは無理な話なのかもしれないわ。でも、お兄ちゃんが抱きしめてくれたおかげで、私は今も生きていられるのよ」
綾は再び陽一と唇を合わせると、切なげに声を震わせた。
「お願いだから……そんなに思い詰めた顔をしないでちょうだい」
「そんなに暗い顔してるか?」
「してるわよ。もう真っ暗よ」
陽一の頬をつねって、綾は唇を尖らせる。
「それとも……私が自分の体を全部削ぎ落としてた方がよかったの?」
「いや、そんなわけはない」
「なら、もっと胸を張ってよ。お兄ちゃんは、最後には私を助けてくれる……私の、自慢のお兄ちゃんなんだから」
陽一の胸に顔を埋め、甘えるように声を出す。
そんな妹の様子に、陽一は微かながら心が落ち着くのを感じた。
「そう……だな。綾が元気になったのなら、それは喜ぶことなんだよな」
「そうそう。でも……夕里子さんとの関係を蒸し返したりしたら、また同じことだからね。その辺、わかっているわよね?」
一瞬鋭さを見せる綾の言葉に、陽一は無言で頷いた。
526 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:45:53 ID:sCu2rWYp
「んー! 久々に外に出ると気持ちいいわね!」
駅のホームで電車を待ちながら、綾は思い切り伸びをした。
「あれだけ嫌だった満員電車も、今じゃ懐かしく思えるから不思議よね」
通過列車の風に、ツインテールに結んだ髪が揺れる。
切れ長の、どこか挑発的な目を光らせて、隣に立つ陽一を見た。
「お兄ちゃん、わかってるわよね?」
「え? 何が?」
「『何が?』じゃないわよ! 電車の中! 乗ってる男の人たちが私に触れないよう、ちゃんと抱きしめててよね!」
怒った口調だが、綾はあくまで笑顔だった。
いつかのように足を踏むのも忘れない。
痛がる陽一の耳に口を寄せ、
「ちゃんと抱きしめててくれないと、学校でキスしてもらうことになるからね」
と囁いた。
「お、おま……それは……」
「はい、文句言わない」
陽一の口を塞ぐように、綾は素早くキスをする。
そうして、陽一の腕に抱きついた。
「……綾……もし誰かに見られたら……」
「お兄ちゃんが、不安にさせるようなことを言うからよ。私だって、お兄ちゃんを困らせるのは本意じゃないんだから」
しっかりと腕を組んでくる綾に、陽一は慌てて周囲を見る。
こんな姿を知り合いにでも見られたら、何を言われるかわかったものではない。
不安げな表情の陽一に、綾はクスクスと忍び笑いを漏らした。
「大丈夫、同じ学校の生徒はこのあたりにはいないわよ。私がそんなへまをするわけないでしょう?」
「そりゃ、お前の抜け目無さは大いに認めるところだけどさ……」
「ふふ……夕里子さんと付き合い始めてから色々あって、お兄ちゃんの評判もあんまりよろしくないものね。これ以上、お兄ちゃんの名誉を損なうようなことはしないわよ」
綾は陽一と腕を組んだまま、もう一方の手で指折り数えた。
「まず宮入さんが自殺したわよね。それに、佐久間さんが強姦されて、写真をばら撒かれて、佐久間さんのお母さんが自殺して、佐久間さんも自殺未遂して……」
綾の挙げていった事件の一つ一つが、陽一の胸に突き刺さる。
「夕里子さんのお友達たちも、さすがに怖がって離れていっちゃったみたいだし……お兄ちゃんのお友達はどうなのかしら?」
「どうだろうな。教室だとみんな何も言わないけど……以前と接し方が違っているのは確かだな……」
少し悲しげな表情を見せる陽一に、綾は心が痛んだ。
夕里子と別れさせるためとはいえ、陽一にここまでの被害を与えたのは自分なのだ。
(宮入智恵の時点で別れてくれていれば、こんなことにはならなかったんだけどな……)
恋人のように陽一に寄り添いながら、綾は次にするべきことを考えた。
(このままじゃいけないわよね。お兄ちゃんには笑っていてもらわなきゃ)
自分と天秤にかけさせたうえで夕里子と別れさせたのだから、夕里子にはほぼ完全に勝利したと言ってよい。
細々とした後処理は残っているが、実に満足のいく結果だった。
後は陽一の評判を綺麗なものにし、健全な人間関係を取り戻して、自分と一緒に平穏な日々が送れるようにする必要がある。
「お兄ちゃん、元気出して!」
陽一の背中を叩き、綾は笑った。
「お兄ちゃんを悪く言う人がいたら、私がどうにかするわ。お兄ちゃんが私を守ってくれるように、私もお兄ちゃんを守るからね」
「そっか……ありがとうな」
よしよしと綾の頭を撫でる陽一は、やはり元気が無い。
改めて、これから頑張らねばと、綾は内心で奮起する。
ただ、陽一のこと以外にも、忘れてはならないことがあった。
「そうそう……私が森山浩史に襲われたことは、誰にも言わないでね。当然、縁さんにも」
「ああ、言わないよ」
「絶対によ? 私の体が汚されたことがお兄ちゃん以外の人に知られたら……私、恥ずかしくてどうなるかわからないからね」
縁に不審を抱かせる情報を与えてはならない。
できるなら、縁と陽一の関係を完全に断ってしまいたいかった。
「縁さんは、勝手に調べて警察に届けたりしそうだから、お兄ちゃんから余計なことをするなって言っておいてほしいな」
「俺が言っても意味無いだろ」
「ううん。お兄ちゃんの言うことなら、縁さんは聞いてくれるよ」
縁は陽一に嫌われる真似はしない。
その確信が綾にはあった。
527 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:46:54 ID:sCu2rWYp
「綾……!」
教室に入った綾を出迎えたのは、小夜子の熱烈な抱擁だった。
「ちょ、ちょっと、小夜子……」
「綾……! もう! 馬鹿! 心配したのよ!」
しっかり数秒抱きしめて、小夜子は離れる。
心配そうに問いかけた。
「もう体はいいの?」
「ええ、ばっちり。もうすっかり健康体よ」
小夜子は心配そうに、綾の額に手を当てた。
「本当? 熱は無いみたいだけど……」
「そんなに心配しないで。本当にもう大丈夫なんだから」
体調など悪いはずが無い。
休みの理由として学校に風邪と届けただけで、実際は陽一と二人きりで過ごしていただけなのだ。
「ふふ……心配性よね、小夜子は」
「心配もするわよ。あんなことがあった後だし……綾にまで何かあったんじゃないかって……」
肩までの髪を揺らして、小夜子は目を潤ませる。
涙腺の緩い友人に、綾は悪いと思いながら笑ってしまった。
「大げさよ、そんな」
「だって……二学期になってからもう二人亡くなっているのよ? 学校の雰囲気もおかしいし……私、綾にまで何かあったら……」
またじわりと涙を滲ませる小夜子。
「私がどうにかなるわけないでしょう? それを言うなら、小夜子こそ大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫……」
「なら良かった。小夜子に何かあったら、私の方こそ大ショックだわ」
にこりと笑って、綾は席に着く。
「はい、休んでいた時のノート」
「ありがとう」
小夜子の差し出したノートの束を受け取り、パラパラとめくる。どうやら授業については問題無しのようだった。
「学校の雰囲気がおかしいって言ってたけど、どんな風におかしいの?」
「うん……前よりもずっと暗いのよね。……鬱々してる感じ。あの事件の後、影響を受けちゃったのか、自殺未遂をした人が一人いて……休む人も増えてきたし」
「へええー、そりゃ確かに普通じゃないわね」
仕組んだ綾も驚くほどの影響を生徒たちに与えていたらしい。
「まあ確かに、あんな風に人死にが出れば当然かもね。言われてみると、うちのクラスも活気が無いみたいだし」
綾は教室全体を見回す。
いくつかの席は、朝のホームルームの時間が迫っているというのに、空いたままである。
綾の方を見て何やら話をしていた生徒たちが、慌てたように目をそらした。
「それに、何だか私、注目されているみたいね」
「うん……ユリねえと陽一さんは、あれからずっと噂されてるから」
「いい噂なわけはないわよね」
やれやれと綾は首を振った。
どうやら陽一の名誉挽回は思った以上に手間がかかりそうだった。
「噂の当人のお兄ちゃんは、今日まで仲良く病欠していたわけだけど、夕里子さんの様子はどうなの?」
「ユリねえは……元気ない……この何日か、特に」
佐久間愛に関する一連の事件の後、夕里子の評判は地に堕ちていた。
今、夕里子の周囲には誰もいない。
夕里子に関わると酷い目に遭うという恐怖、人殺しの仲間と見られることへの嫌悪から、皆離れていってしまったのだ。
昼休みに縁や小夜子と昼食をとるものの、それ以外の時間は完全に孤立していた。
「ここのところ、話しかけてもぼーっとして反応してくれなかったりして……本当、心配なのよ……」
「なるほどね」
どうやら夕里子は、陽一から振られたことを、少なくとも小夜子には話していないようだった。
(話もできないほどショックだったのか、それとも別れるつもりはないということか……)
いずれにせよ、今日明日中には陽一と接触を持とうとするのは間違いないだろう。
(もう絶対に、お兄ちゃんは渡さないわ……)
夕里子をさらに追い込むにはどうしたらいいだろう。
ぼんやりと、いくつかの案を頭の中で吟味する。
「綾! 綾ってば!」
小夜子の呼びかけで現実に引き戻された。
「ぼーっとして……大丈夫?」
「ん、ちょっと考えごとしてたのよ」
小夜子は知る由もなかった。
目の前の親友が、自分の敬愛する従姉に対して、さらに残酷な牙を剥いていることを。
528 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:47:41 ID:sCu2rWYp
陽一の久々の登校を迎えるクラスの雰囲気は、何とも微妙なものであった。
級友たちは挨拶もぎこちなく、こそこそと話をしている。
覚悟していたことなので、特に気にした様子も見せず、陽一は自分の席に着いた。
「おはよう。久しぶりだね」
「久しぶりって、たかが三日だろ」
クラスの人間が遠巻きに見守る中、陽一に声をかけたのは、委員長の縁だった。
縁は周囲の雰囲気などまるで気にした様子も無く、陽一にいつものように話しかけた。
「はい、休んでいた間のノートだよ」
「ああ、ありがとう」
「風邪はもう治ったのかな?」
「ひとまずはな」
綾と二人で過ごした背徳的な三日間が脳裏をよぎる。
自然と表情が沈んだ。
「元気無いね」
「そうか?」
「うん、元気ない。支倉君のことなら、ちょっと見ればわかるよ」
「……まあ、どうやら悪い意味で有名人になっちゃったみたいだからな」
縁は、なるほど、と頷いて教室を見回した。
「大丈夫だよ。どんなことがあっても私は支倉君の味方だから」
言って、陽一の目をじっと見つめる。
「だから、何かあったらいつでも私に相談してくれていいからね」
「ああ」
「今は、何か悩んでることとか無いのかな?」
「特に無いよ」
「本当に?」
いつの間にか縁の顔がすぐ目の前に迫っているのに気付いて、陽一は思わず身を引いた。
「ああ、本当に無いよ」
「ならいいんだけど、本当の本当に?」
心の内を見透かしたように、縁はじっと見つめて問いかけてくる。
ここで話してしまえば、いくらか気が楽になるかもしれない――
そんな思いが一瞬頭によぎったが、すぐに綾の言葉を思い出した。
『お兄ちゃん以外の人に知られたら……私、恥ずかしくてどうなるかわからないからね』
どうなるかわからない。
それはつまり、今の綾にとって、その身を傷つけることを意味する。
余計なことをしないように言っておいてくれとも言っていた。
「宇喜田……心配してくれるのは嬉しいけど、変に勘繰らないでくれよ。本当に何もないんだから」
「ん、不快にさせちゃったかな?」
あはは、と縁は笑った。
「私、一度気になりだすと止まらなくて。うん、わかった。支倉君がそう言うなら、もう気にしないようにするよ」
ホームルームの時間が近づき、次第に人が増えていくが、相変わらずひそひそと話し声が聞こえるだけで、教室内の陰鬱な雰囲気は変わらない。
縁はスカートのポケットから手紙を取り出した。
「これは……?」
「夕里子ちゃんからだよ。支倉君が来たら渡してくれって言われてたんだ」
水色の、飾り気のない封筒。
開いてみると、細く綺麗な字で、『昼休み、屋上で待っています』とだけ書かれていた。
「夕里子ちゃん、すっかり元気無くしちゃってるから、支倉君が励ましてあげなきゃだめだよ。恋人なんだから」
「そうか、聞いていないんだな……」
「何を?」
「夕里子さんとは別れたんだよ」
あらら、と縁は間の抜けた声をあげた。
「どうして?」
「色々考えて決めたんだ。俺なりにさ」
「支倉君、やっぱり何かあったんじゃないのかな? だとしたら……」
「宇喜田」
縁がしゃべるのを、陽一は少し大きな声を出して押しとどめた。
「これは俺と夕里子さんの問題で、それ以外は何も無いんだ。俺が夕里子さんと別れようと決めただけなんだ。俺に関しては、これ以上変に関わろうとしないでくれ」
「……そうだね。ごめん」
ややきつい陽一の物言いに、縁は表情を変えることなく謝る。
それから、縁が夕里子に関する話題を口にすることは無かった。
529 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:48:25 ID:sCu2rWYp
灰色の雲が重苦しく垂れ込める十一月の空。
初冬の風が吹き荒ぶ屋上に、夕里子は一人立っていた。
栗色の髪は寒風に狂ったように舞い、絶え間なく宙に流れている。
美しく整った顔は病的なまでに白く、優しい光を宿していた瞳は虚ろで、ぽっかりと黒い穴が開いているかのようだった。
「夕里子……さん?」
「陽一さん、来てくれたんですね」
嬉しそうに目を細め、ゆっくりと陽一のもとに歩み寄った。
「不安でした。来てくれないんじゃないかって……三日間ずっと待っていました」
「ごめん。俺、ずっと学校休んでたから」
「そう……そうでしたね。わかってはいたのですが、それでもここで待たずには居られなかったんです」
夕里子は陽一の頬に手を伸ばし、愛しげに指先で撫でた。
「陽一さん……会いたかった……」
風の音に紛れてしまいそうな細い声で言って、夕里子は陽一に抱きつこうとする。
その細い両肩を陽一は手で押さえ、押し止めた。
「陽一さん……?」
「夕里子さん、メールで送ったけど……俺たちはもう別れた方がいいと思う。別れよう」
陽一の言葉に、夕里子は穏やかに笑った。
「……ええ、承知しています」
美しいが生気が無い、人形のような笑顔だった。
「悲しいけど、仕方の無いことだと思っています。陽一さんは、優しい人ですから……他の人が傷つくのが耐えられないんですよね」
「君だってそうだろう」
「どうでしょうね」
微笑みながら、夕里子はぽろぽろと涙を零した。
「私、転校することになると思います」
「え……?」
「今度の件で、色々と問題を起こしているのがお父様に知られてしまいましたから。もと行く予定だった女子校に編入されるそうです。結局、あの便箋にあった通りになってしまいましたね」
佐久間愛の事件の際の脅迫文には、『別れたことの証明は、いずれかの証明を以ってする』とあった。
「これでもうみんなに迷惑をかけずに済みますね。どうせこうなるなら、初めから無理をするんじゃありませんでした。おかげで佐久間さんは……」
「……森山浩史のことは大丈夫なのか?」
「お父様がお知り合いを通じて、警察に強く訴えてくださったみたいです。たぶん……これからのことは大丈夫だと思います」
夕里子は俯いてため息をついた。
「結局、私たちの恋は何だったのでしょうね」
栗色の髪が、風に舞い乱れる。
陽一は何も言えなかった。
「……別れるといっても、最後に抱きあうくらいは許していただきたいです」
すがり付いてくる夕里子を、陽一は今度は押し止めなかった。
鉛色の空の下、二人は静かに抱き合った。
530 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:49:26 ID:sCu2rWYp
放課後、文化祭実行委員の集まりに縁と共に参加した陽一を、綾は校門で待ち受けた。
夕影の中、昇降口から歩いて来る陽一を目に留めると、綾はすぐさま駆け寄ってその腕に抱きついた。
「お兄ちゃん!」
「綾……」
甘える猫のように腕に頬を擦り付ける綾に戸惑いながら、陽一は尋ねた。
「ずっと待ってたのか? けっこうな寒さだったろうに……」
「ずっとじゃないわ。私もついさっき来たところよ。放課後やることがあったしね」
綾はきょろきょろと辺りを見回す。
「縁さんは? 一緒じゃなかったの?」
「ああ。宇喜多は、用事があるとかで先に行ったけど……校門を通らなかったか?」
「通らなかったけど……ま、どうでもいいわ」
組んだ腕を引き、少し体制を崩させて、綾は陽一とキスを交わす。
そして、嬉しそうににこりと笑った。
「二人きりならこうやってキスもできるし、好都合よね」
「綾……外では……」
「大丈夫。誰も見ていないわよ。今日一日、恐怖に押し潰されそうになるのを我慢してクラスの男の子とも話したんだから、エネルギー補給くらいさせなさいよね」
駅までの道すがら、綾は陽一にその日一日のことを面白おかしく話した。
夕里子のことも、縁のことも、ひと言も言わなかった。
「……聞かないんだな。夕里子さんとのこと」
「え? どうして?」
「いや……いつもお前は、俺と夕里子さんとのことを聞いてきたし……もっと追及してくるかと思った」
「しないわよ、そんなこと。お兄ちゃんが私のために別れるって言ってくれたんだもの。信じない道理が無いわ」
さも当然とばかりに綾は言った。
「……夕里子さん、転校することになるみたいだ」
「そう」
「警察も動いているみたいだし、もうお前に迷惑をかけることもないと思う」
「縁さんは?」
「宇喜多には……もう俺と夕里子さんとの問題だからって言っておいた。お前のことは話さなかったし、変に勘繰らないでくれとも言っておいたよ」
綾は無言で深く頷いた。
(警察、か……)
この数ヶ月で殺し過ぎた感はある。
追及はそれなりに厳しいものになるだろう。
「やれやれ……まだまだ大変ね」
「ん?」
「何でもないわ。それより、今日の夕食は何がいい?」
兄妹は仲睦まじく腕を組んだまま家路についた。
531 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:50:09 ID:sCu2rWYp
空き教室で、縁と夕里子は向かい合っていた。
西日が真横から二人を照らし、長い影が教室の床に伸びる。
「今日屋上で……陽一さんと抱き合いました」
虚ろな目で縁を見つめながら、夕里子は言った。
「それで最後って、陽一さんと約束したんです。だから……もういいんです」
「あらら、諦めちゃってるね」
夕里子のか細い声に、縁のあっけらかんとした声が対照的に響いた。
「支倉君を嫌いになったわけじゃないんでしょ?」
「そんなわけありません……」
「好きなんだったら、もう少し頑張ってみてもいいと思うんだけどな、私としては」
縁の助言に、夕里子ははっきりと首を横に振る。
「皆さんに迷惑がかかります」
「夕里子ちゃんのお父さんが、警察の偉い人をけしかけてくれたんでしょ? 大丈夫だよ」
「でも……」
夕里子とて未練がないわけではない。
生まれて初めて好きになった人なのだ。
「陽一さんは……別れると言っていました。私の想いだけではどうにもなりません」
「支倉君は、夕里子ちゃんのことを嫌いになったって言ったの?」
「それは……言われていませんけど……」
「つまり、支倉君も本心では別れたくないってことだよ。二人とも一緒に居たいって思っているのに、諦めちゃっていいのかな?」
夕里子はぎゅっと唇を噛んだ。
そして、彼女には似つかわしくない、険しい眼差しを縁に向けた。
「……宇喜多さんは、何とも思わないんですか?」
「何がかな?」
「佐久間さんのこと……佐久間さんのお母様のこと……何とも思わないんですか!?」
「申し訳ないことをしたなって思ってるよ」
あっさりとした物言いに、夕里子は噛み付くように言う。
「だったら……! 何でそんな、何事も無かったみたいに言えるんですか!?」
「私は、支倉君と夕里子ちゃんに幸せになってもらいたいだけだよ」
「……そのお気持ちは嬉しいです。でも、人を不幸に追いやって幸せになるのは、私には無理だとわかりました」
「そっか」
縁は残念そうに笑って、頭をかいた。
「もうこれ以上、支倉君とお付き合いはしないと、そういうことだね?」
「……そうなりますね」
「どうしても? 考え直したりはしない? 私は出来る限り協力するよ?」
縁は夕里子に歩み寄り、肩を掴んで問いかけた。
優しい声で、優しい眼差しで。
「もし少しでも未練を感じているなら、保険をかけておいた方がいいと思うんだけどな」
「保険……?」
「そう、保険。転校して離れ離れになっちゃったとしても、全部が解決して二人の邪魔をする人間が居なくなったとき、またよりを戻せるように」
「そんなことが……できるのですか?」
簡単だよ、と縁は笑った。
「支倉君と、男と女の関係になればいいんだよ」
「え……そ、それって……」
「エッチしちゃえばいいってこと。支倉君は責任感の強い方だし、夕里子ちゃんのことを忘れられなくなるはずだよ」
夕里子は頬を赤らめ、目をそらす。
「で、でも陽一さんは私のことを抱くなんて……嫌がると思います」
「そんなわけ無いよ。支倉君だって、別れたいわけじゃないんだから」
縁は、夕里子の肩を掴む手に、さらに力を込めた。
「好きな人と結ばれて……しかも、また恋人に戻れるかもしれないんだよ?」
「また……陽一さんの恋人に……」
もう身を引くしかないと思っていた夕里子にとって、それはあまりにも甘美な響きだった。
陽一と結ばれる――
考えるだけで、緊張し、体が熱くなった。
「ご迷惑じゃ、ないでしょうか……」
「ご迷惑じゃないと思うよ」
夕里子は迷いながらも、気付いたら頷いてしまっていた。
532 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:51:32 ID:sCu2rWYp
次の日の放課後、綾は縁に呼び出され、中庭にやってきた。
四方を校舎に囲まれてはいるが、南側と西側の校舎は高さが低いため、昼から夕にかけては日の光がよく入る。
古びた校舎の壁も、枯れた下草も、葉を落とした木々も、すべてが夕日の赤に染まっていた。
「綾ちゃん、おひさだね」
「何です、こんなところに呼び出して」
中庭の真ん中に立って出迎えた縁に、綾は不快感を隠さずに言った。
「私も暇じゃないんですけどね。何か大切な用事なんですか?」
「大切な用事というか……綾ちゃんと親交を深めたいと思って」
背後に隠していた手を、ぱっと広げる。
その手には、バドミントンのラケットが握られていた。
「じゃーん」
「……じゃーん、じゃないわよ」
早くも敬語を崩して、綾は突っ込んだ。
「綾ちゃん、バドミントンしよう」
「気でも狂ったの? 何でこんなところであんたとお遊戯をしなきゃならないのよ」
「あっはは。ひどいなあ。綾ちゃんと仲良くしたいだけなのに」
縁は綾の手をとり、ラケットを握らせる。
「ネットもコートも無いけど、ここを中心に高さはこのくらい。コートの幅は、このくらいでやろうか。綾ちゃんはおりこうさんだから、頭の中にコートを描いてできるよね」
「……まだやるなんて一言も言ってないんだけど」
「ちなみにこの試合は特典付きだよ」
「特典?」
「一打打つごとに相手に質問ができる特典。相手は、必ず質問に答えなければならない。質問は、点を取られるか、質問が途切れるかするまで続けられるよ」
「何なのよそれは」
綾は険悪な表情を崩さない。
一方の縁も、いつもの微笑を崩さなかった。
「綾ちゃんは私の質問に正直に答えなくてもいいよ。適当な答えでもかまわない。でも私は、綾ちゃんの質問に全部正直に答える。どう? おもしろそうじゃない?」
「ふーん……」
縁が何を意図しているかはわからない。
しかし、いつも笑ってばかりいる優等生面をした女の素顔はどんなものなのか。
綾は強く興味を引かれていた。
「あんたが私の質問に正直に答える保障なんて、何もないわけだけど」
「そこは信じてもらうしかないかな。ここで嘘をついたらもう二度と綾ちゃんと遊んでもらえなくなっちゃうだろうし、私は本気だよ」
「なるほどねえ……」
踵を返し、綾は縁から五歩、十歩と離れる。
そうして再び縁の方を向き、ラケットを構えた。
「いいわ。来なさい」
「先手は綾ちゃんでいいよ」
縁がバドミントンの羽を放り投げる。
「ちなみに負けた方は勝った方にパフェをおごるということで」
「はいはい。どちらにせよ勝つのは私だから……」
綾はふわりと羽を空中に投げ――
「問題無しよね?」
思い切り打ち出した。
鋭い球筋だが、縁は素早く横に動き、難なく打ち返す。
「それは違うかな」
打ち返された羽は、二人が頭に描くコートの隅に吸い込まれ、綾はあっさりと得点を許してしまった。
「勝つのは私だよ。どんなことでもね」
誇るわけでもなく、蔑むわけでもなく、ただ淡々と縁は告げる。
やはりこの女は違う。
綾は改めて思った。
「今度は私の番だね」
「ふん……」
「綾ちゃんは、女の子かな?」
問いかけながら、厳しいコースに打ち込む。
「見てわかるでしょう!」
負けじと綾も打ち返した。
学業のみならず、身体能力も各々の学年で並外れて高い二人である。
素早い身のこなしと、力強い打ち込みで、二人は延々ラリーを続けた。
533 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:55:23 ID:sCu2rWYp
「綾ちゃんは、友達はいる?」
「たぶんね」
「友達は好き?」
「まあね」
「その友達は小夜子ちゃん?」
「だからどうした!」
「羨ましいね」
「それも質問か!?」
放課後の校内に、二人の応答の声と、羽を打ち合う音が響く。時に打ち返すのに精一杯で質問が途切れ、質問の権利が移ることはあったが、互いに得点を許すことは無かった。
「そういう縁さんは友達いるの?」
「いるよ」
「その人は夕里子さん!?」
「違うねえ」
「じゃあお兄ちゃん!?」
「そうだね」
「それ以外には?」
「いないよ」
縁の打ち返しが厳しく、質問が途切れてしまう。
打ち合いを続けるうちに、二人は息が切れ、質問はより踏み込んだものになっていった。
「綾ちゃんは、夕里子ちゃんは好き?」
「普通ね」
「他の人は?」
「普通」
「支倉君は?」
「好きよ」
「じゃあ私は好き?」
「大嫌い」
点が入り、質問権が移る。
「縁さんは、夕里子さんは好きなの?」
「好きだよ」
「他の人達は?」
「好きだよ」
「お兄ちゃんは?」
「好きだねえ」
「私は?」
「好きだよ」
「嫌いな人はいないの?」
「みんな好きだよ」
「それってつまり、みんなどうでもいいってことよね」
「……そういうわけでもないけどね」
また質問権が移る。
「綾ちゃんには、特別な人がいるの?」
「ええ」
「支倉君?」
「だったらなんだってのよ!」
「支倉君の何が特別なの?」
「大切な家族よ」
「支倉君のためなら何でもできる?」
「ものによるわね」
「人殺しとか」
「ご冗談を」
さらに綾が得点を重ねる。
「縁さんは、特別な人はいないの?」
「いるよ」
「お兄ちゃん?」
「そうだよ」
「お兄ちゃんのためなら何でもできる?」
「できることなら」
「お友達を見捨てることも?」
「友達はもとより一人しかいないしね」
534 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:56:13 ID:sCu2rWYp
そうして、延々二人は打ち合った。
佐久間愛の事件のせいで、生徒は早々と帰ってしまうので、誰も通りかかるものはいない。
実力の拮抗した二人の試合は、抜きつ抜かれつのシーソーゲームとなっていた。
綾も縁も、肩で息をするまでになり、なおも互いに譲らなかった。
「ふう……やるねえ、綾ちゃん。さすがだよ」
「あなたもね」
何度目かの質問権を得た縁が、シャトルを手に空を見上げる。
「日が落ちるのが早いね。少し見えづらくなってきたかも」
綾も釣られて空を見ると、薄紫の空に、一番星の輝きが見えた。
「あまり長く続けていられなそうだね。もっと綾ちゃんに聞きたいことがあったのにな」
「私は適当にしか答えてないけどね」
「うん。それでも、ね。聞くことに意味があるんだよ」
あれだけの運動をしても、縁は微笑を絶やさずにいた。
「そうそう、風邪で休んで以来、支倉君が元気が無いように見えるんだけど、綾ちゃん何か知らないかな?」
「……打たないで質問はルール違反だと思うけど」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ、ちゃんとした質問にするね」
ふわりと、縁は羽を浮かせた。
「綾ちゃんは支倉君と……」
そして、勢いよく振りぬいた。
「肉体関係にあるのかな?」
「!!?」
飛んできたシャトルを受け損ない、あらぬ方向に弾いてしまう。
綾は呼吸を落ち着かせて縁を見た。
「……何言ってるの?」
「この数日、綾ちゃんが前にも増して支倉君と仲がいいみたいだったから、気になったんだ」
「兄妹が仲が良いのは当たり前でしょうが」
「まあ、そうだね。聞いてみただけだから、気にしないでよ」
言って縁は、地面に転がったシャトルに視線を走らせた。
「さっきの、真正面だったのに、取り損ねちゃったね」
「……だから何?」
「人間の心と体は、どうやっても切り離せないんだよね。心の動きは、体の動きに現れちゃうんだよねえ」
しみじみと縁は言う。
「だから聞くことに意味がある。……今日は、綾ちゃんのことを知ることができて、とっても楽しかったよ」
「まあ……あんたが頭の中でどう解釈しようがあんたの勝手だけどね……」
「そうだね。私、妄想癖があるみたいだから、気にしないで」
縁が綾に向かって手を差し出す。
戸惑う綾に笑いかけた。
「ラケット。今日はもう終わりにしよう」
「まだ勝負がついてないわよ」
「勝負は私の負けでいいよ。充分に目的は果たせたから」
「目的?」
いぶかしげに聞く綾に、縁はあっさりと答えた。
「夕里子ちゃんに頼まれたんだ。一時間でいいから、支倉君と綾ちゃんを引き離して欲しいって」
「……!」
慌てて時計を見る。
縁との遊戯で、すでに一時間半費やしていた。
「まさか……!」
慌てて陽一に電話をかけるが、やがて留守番電話センターに繋がってしまった。
「あんた……」
「綾ちゃんのことを知ることもできたし、私としては上出来だね」
綾が手に持っていたラケットを投げつけるも、縁はあっさりとそれを手で掴んで受け取った。
「この女狐……!」
「今度パフェおごるよ」
ほんの数秒、縁を睨みつけ、綾は踵を返す。
中庭の隅に置いておいた荷物を手にし、全力で駆けた。
後に残された縁は一人夕影の落ちる中庭に佇んでいた。
535
蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:57:13 ID:sCu2rWYp
校門を出てすぐに綾はタクシーを拾い、家に直行した。
焦りで鍵穴に鍵を挿すのを二度三度と失敗してしまう。
玄関の戸を開き、そこに陽一ともう一人の靴があるのを確認すると、二段抜かしで階段を駆け上がった。
迷わず陽一の部屋の戸に手をかける。
鍵がかかっていたので、問答無用で蹴破った。
「お兄ちゃん……!」
散乱した衣服。
ベッドの中で、驚きの表情で自分を見つめてくる半裸の兄と夕里子。
綾は、腹の底から全身に震えが走るのを感じた。
「何やってるの?」
「綾……」
「何やってるのよ……!」
すぐ脇の机の上にあったボールペンを手に取り、綾は駆けた。
その切っ先を夕里子の見開かれた瞳に向けて。
「綾……!」
陽一の反応は素早く、枕を夕里子の顔の前に差し出す。
鈍い音がして、枕に深々とボールペンが突き刺さった。
先端が枕を突き抜け、夕里子の瞳の直前で止まる。
「ひっ……!」
眼前に生々しく光る金属の先端に、夕里子は悲鳴をあげた。
「綾! 待ってくれ! 違うんだ!!」
「何が違うってのよ!? どうしてこの女がここにいるのよ!! どうして裸でお兄ちゃんと寝てるのよ!!?」
ボールペンを引き抜いてさらに腕を振る綾を、陽一が抱きつくようにして抑える。
「夕里子さん! 部屋を出て!」
「は、はい……!」
シーツで体を隠しながら、夕里子は床に散らばった制服を拾いつつ、廊下に出た。
追おうとする綾を押しのけて、陽一も廊下に出る。
急いで部屋の戸を閉めた。
「開けて! 開けなさいよ!!」
部屋の中からドアを激しく叩く音と、綾の叫びが聞こえる。
陽一は必死でドアノブを押さえ、廊下にへたり込む夕里子に、服を着るように促した。
「いつまで押さえていられるかわからないから……ここは一旦帰ってくれ」
「でも……陽一さんは……」
元々白い顔を真っ青にして、夕里子は罵り声の聞こえてくるドアを見る。
「こんな……綾ちゃん……なんで……」
「うちの妹、ちょっと癇癪持ちなんだ。いつものことだから問題ないよ」
「でも……」
なおも心配する様子を見せる夕里子に、陽一は微笑んで見せた。
「大丈夫だから、本当に」
「……わかりました」
頷いて、手早く制服を着込むと、夕里子は深く頭を下げた。
「今日は……本当にすみませんでした。わがままを言ってしまって……」
「いいよ……俺も嬉しかったから」
「そう言っていただけると……救われます」
ちらりと綾の閉じ込められた部屋を見る。
「綾ちゃん……」
呟いて、夕里子はまた頭を下げ、階段を下りていった。
その後姿を見届けて、陽一はほっと息をつく。
いつの間にか強烈にドアを引っ張る力も、鋭い罵り声も消えて、部屋からは何の物音もしなくなっていた。
536 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:58:31 ID:sCu2rWYp
「綾……?」
恐る恐る問いかけるも、返事は無い。
そっとドアを開けると、部屋の中央でうずくまるようにして膝をつき、嗚咽を漏らす綾の姿が見えた。
「綾……」
部屋に足を踏み入れると、小さく床の軋む音がする。
その音に反応して、綾は陽一の方へ顔を向けた。
黒髪の隙間から覗く目からは涙がとめどなく零れ、同時に恐ろしいまでの憎しみに溢れていた。
「何なのよ……」
「綾、違うんだ」
「何が違うっていうのよ! 私を守ってくれるって言ったのに!! あの女と別れてくれるって言ったのにっ!! なのに……私の居ない間に家に連れ込んで……やらしいことを……」
「俺と夕里子さんは、そんなことはしてない」
「じゃあその格好はなんなのよ!!」
綾の指差す陽一の格好は、Tシャツにトランクスのみという、裸に近い格好だ。
「夕里子さんなんて、裸だったじゃないの! それで何もしてない!? 今時中学生だってもっとまともな言い訳するわよ!! 馬鹿にしないでよっ!!」
指摘されて、自分の格好に恥ずかしさを覚えつつ、陽一は説明した。
夕里子に思い出が欲しいと、抱いて欲しいと言われたこと。
恋人で無くなった今、それはできないと断ったこと。
ならばせめてと、お互い素肌を触れられるようにして、一緒にベッドの中で過ごして欲しいと懇願されたこと。
それで全部終わりにしようと了承したこと。
「断った……?」
「……無責任なことはできないからな。お前との約束もあったし」
「本当に……本当に何もされていないの? 本当に?」
身を起こし、床にへたり込みながら陽一を見上げる。
「ああ。俺と夕里子さんは、何もしないで終わったよ」
一瞬見せた陽一の悲しげな表情に、綾は陽一が真実を語っているのだと悟った。
それてまた、陽一の夕里子に対する未練を感じ取り、猛烈な嫉妬がこみ上げてきた。
「……信じられないわね」
「え……?」
「裸の男女が肌を触れ合いながらベッドに一緒に居て何も無かった!? そんなことが信じられるわけないでしょう!! 本当は……私なんてどうでもよくて、夕里子さんといちゃつきたいんでしょう!?」
綾の剣幕に、陽一は慌てた。
また綾が自傷に走ると思ったからだ。
「綾、頼む、信じてくれ……! 本当に何も無かったんだ。俺には、お前の体のこと以上に大切なことは無いんだよ」
「ふうん」
目を細め、綾は問いかけた。
「なら、確かめていい?」
「え?」
「本当に何も無かったのか。確かめてもいい?」
綾の視線に気圧されながら、陽一は頷く。
疑いを晴らせるなら、綾が落ち着いてくれるなら、何でもするつもりだった。
「でも、どうやって確かめるんだ?」
「しばらく私の言う通りにしてくれればわかるわよ」
立ち上がり、綾は机の上の文房具箱にあったガムテープを手に取る。
腕を広げ、勢い良くテープをはがした。
「それを……何に使うんだ……?」
「お兄ちゃん、後ろに手を回してちょうだい」
「え?」
戸惑う陽一に、綾は氷のような声で言った。
「言う通りにできないの? 確かめられると困ることがあるってことかしら?」
その一言で、おとなしく手を後ろに回す。
綾は陽一の両手をそのまま後ろ手にガムテープで巻いて縛ってしまった。
「なあ、綾、これ本当に……」
「いいから。黙ってて」
綾は陽一の背を押して、ベッドに向かわせる。
「はい。寝転んでちょうだい」
「腕をこのままにしてか?」
「そうよ」
有無を言わさぬ口調と、冷たい眼差しは、抗議すらも許さなかった。
537 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 12:59:12 ID:sCu2rWYp
陽一はベッドの上に寝転がり、天井を見つめた。
「これでどうやって確かめるんだ……?」
「まあ、状況の再現のようなものだから。そんなに堅くならないでいいわよ」
言いながら、綾はさらにガムテープをはがし、今度は陽一の右足首をぐるぐる巻きにする。
器用なもので、あっという間に右足首はベッドの端の棒に結び付けられてしまった。
「綾……? なあ、本当に何を……」
言いかけた言葉が止まる。
今度は視界が真っ暗になってしまったのだ。
肌につく感覚から、目の上からガムテープが貼られたのだとわかった。
「綾……?」
さすがに異様な雰囲気に気付き、声を出すも、綾は答えない。
さらに陽一の左足首を、ベッドの端にくくりつけた。
「怖がらなくていいからね、お兄ちゃん」
「……?」
「お兄ちゃんは恥ずかしがると思ったから。だから、ちょっと工夫しただけだから」
自由を奪われてベッドに寝転ぶ兄を見て、綾は嬉しそうに笑った。
白い細い手が、陽一の股間に伸びる。
トランクスをずらすと、まだ柔らかなペニスが露になった。
「お、おい……!」
体をゆすって逃れようとするも、今更どうしようもない。
陽一はただ、綾の為すがままとなっていた。
「そんな慌てないでよ。お兄ちゃんが夕里子さんとセックスしたかどうか確かめるだけなんだから」
「た、確かめるって……これは……」
「簡単な事よね」
綾は陽一のペニスを、包み込むように握る。
繊細な指使いで、亀頭からカリにかけてを刺激した。
「あ、綾! やめろ!」
「やめないわ。必要なことだもの」
「これのどこが必要なことなんだ!」
「言ったでしょう? 夕里子さんとセックスしたか確かめるって」
陽一のペニスを見る綾の瞳が、妖しく蕩ける。
「そう……簡単な事なのよ。あの女の膣に入っていたなら、その味がするはずなんだから」
髪をかき上げて、綾は陽一のペニスを口に含んだ。
唇をすぼめ、吸い付くようにして口の中でペニスをしごきあげる。
頭を上下させ、勃起したペニスを丹念に刺激した。
「綾……お前……」
陽一は目隠しをされていたが、自分の身に何が起こっているのか、その感触で理解した。
「やめろ! やめるんだ!!」
陽一の必死の叫びに、綾は答えない。
苦しそうに鼻で息をしながら、ただひたすら陽一のペニスを舐めた。
「く……うっ!」
限界はすぐに訪れる。
苦しそうに呻き声を漏らしたかと思うと、陽一は綾の口の中に、思い切り射精してしまっていた。
止めようにも止められない体の反応。
己の意思とは関係なく、陽一の精液は与えられる刺激により次々と溢れ出てしまった。
「ん……ふ……んん……!」
悩ましげな呼吸と共に、綾はペニスを口に含んだまま、精液を吸いだす。
コクン、コクンと、何度も喉を鳴らして飲み込んだ。
「あ、綾……」
「んん……ふぅー……ん……」
うっすらと目を細め、表情に悦びを露にしながら、兄の精液を音を立てて吸った。
「ん……お兄ちゃん、いっぱい出たわね」
「……」
「ふふ……お兄ちゃんの味しかしなかったわ。お兄ちゃんの身の潔白は証明されたわね」
「……解いてくれ」
力なく陽一は言った。
目隠しのせいで表情は読めないが、どうしようもなく落ち込んでいるのが見て取れた。
そんな兄を慰めるように、綾は囁きかける。
「落ち込むこと無いわ、お兄ちゃん。お兄ちゃんも、私のあそこを舐めてくれたじゃないの。これでおあいこよ」
陽一が何か言う前に、その口をキスで塞いだ。
538 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 13:00:23 ID:sCu2rWYp
「んふ……お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」
片手でペニスを撫ぜながら、陽一の唇、頬、首筋と舌を這わせる。
制服の前ボタンを外し、露にした胸を押し付けるようにして、陽一の体に身を絡めた。
「綾……頼むからやめてくれ……これ以上は駄目だ。俺たちは……」
「兄妹だから?」
「……ああ。兄妹だから……どうしたってやってはいけない一線があるんだよ。頼むからやめてくれ。不安を感じるのなら、いつもみたいに抱きしめてやるから……だから……!」
陽一は必死だった。
綾の雰囲気が尋常ではないことに気付いていた。
このままでは、人として大切なものを失ってしまうと予感していた。
「ふふ……お兄ちゃんは、まともだね」
「……?」
「私は……もう駄目なのよ。もう壊れちゃったの。まともじゃないのよ。いつもみたいに抱きしめてもらうだけじゃ、本当は全然足りないの。お兄ちゃんがどこかに行っちゃうかもって思うと、不安で不安で仕方ないのよ」
言いながら、綾は陽一をまたぐようにしてベッドの上に立つ。
スカートの中に手を入れて、ゆっくりと下着を下げた。
「俺の……せいなのか? 俺のせいでお前は……」
「そうね。お兄ちゃんのせいね。お兄ちゃんが夕里子さんとあんなことしていなければ、まだ我慢できたかもしれないのに……」
足を上げて、下着を脱ぎ捨てる。
兄の胸の上に手を置き、ベッドに膝をついて、少しずつ腰を下げていった。
「お兄ちゃん……」
綾の秘所に、陽一のペニスの先端がつく。
ぴったりと閉じた若々しい蜜の園は、ぬらりと愛液に濡れていた。
「綾……?」
「く……う……んうう……」
亀頭の先が、わずかに膣口に入る。
「ごめんね、お兄ちゃん」
次の瞬間、陽一の肉棒は、綾の膣にずぶずぶと飲み込まれていった。
愛液に混じって、破瓜の血が陽一のペニスを濡らした。
「く、う……!」
痛みの声を出さないよう、綾は唇をぎゅっと噛む。
『森山に犯された』以上、処女であると悟られるわけにはいかないのだ。
「お兄ちゃん……入っちゃったよ」
「綾……何でこんな……」
「言ったでしょ? 不安で……怖くて悲しくて……死にそうなの。お兄ちゃんが居ないと、私は死んじゃうのよ」
泣きながら綾は、腰を動かす。
黒いスカートを自らまくって、陽一との結合部をのぞき見た。
「こうやって、お兄ちゃんの一番傍に居なきゃいけないの……お兄ちゃんと居なきゃ私は……私は本当に……」
まだ幼さを残していた綾の秘所は、陽一のペニスを根元までくわえ込んで、痛々しく広げられている。
実際痛みはかなりのものだったが、綾は決して苦痛の声を漏らさなかった。
嬉しさと安心感から涙が止まらず、その涙が体の痛みを洗い流してくれるかのようでもあった。
「お兄ちゃん……夕里子さんとしていないってことは、私が初めてよね?」
「……」
「私がお兄ちゃんに一番近い女ってことになるのよね?」
熱い吐息を漏らして、綾は声を震わせる。
陽一は一言も発さなかった。
ただ時折喉を震わせて、小さく首を横に振るだけだった。
「お兄ちゃん……泣いてるの?」
ガムテープで目を貼られているせいで、涙を流すことすら出来ない。
しかし、陽一は確かに泣いていた。
アキラが死んだ時は悲しかった。
佐久間愛が被害に遭ったときも悲しかった。
佐久間愛の母親が自殺した時も、佐久間愛が自殺未遂した時も悲しかった。
夕里子と別れることになった時も悲しかった。
しかし、今感じているのは絶望だった。
最愛の妹が傷つき壊れていく様を見て心に浮かぶ感情は、悲しさなんて言葉では生ぬるい。
何よりも辛い、絶望という感覚だった。
539 蜜の綾 ◆5SPf/rHbiE sage 2007/09/07(金) 13:01:52 ID:sCu2rWYp
「綾……どうして……」
小学生の頃の、少し生意気で、でも素直で甘えん坊の、笑顔の可愛い綾。
中学生の頃の、ちょっとひねくれた、しっかり者で面倒見のよい綾。
高校生になってからは、優等生と言われ、何でも人並以上にこなした、自慢の妹の綾。
そして今――
狂気とも取れる言動と共に、自分と一線を越えてしまった綾。
「あんなにいい子だったのに……俺のせいで……」
綾の忠告を無視し続けて、夕里子と付き合った自分が恨めしかった。
こんな状況なのに反応してしまう、男としての自分の体が恨めしかった。
「泣かないでよ……お兄ちゃんは私を救ってくれてるんだから」
「これが……救いだって?」
「そうよ。私、今すごく幸せだもの」
陽一の気持ちを見越して、綾は優しく声をかける。
そして、ぎこちなく腰を振った。
陽一が気持ち良くなるよう、懸命に。
ぬち、ぬち、と小さく粘着音が響く。
陽一のペニスをくわえ込んだ綾の秘部は、さらに愛液に濡れ、綾が白い尻を動かすたびに、陽一の下腹との間に糸を引いた。
「く……あぁ……お兄ちゃん」
綾の動きにあわせて、出入りを繰り返す陽一の肉棒も、愛液にまみれていく。
可愛らしい陰唇を巻き込むようにして綾の膣に入り込み、引き抜かれるときはそのカリ首で膣壁をこそぎ取るようにして、綾を次第に官能の渦に引き込んでいった。
「お兄ちゃん……ああ、ん、くぅ……! お兄ちゃん……! お兄ちゃん!」
腰を浮かすのをやめ、前後に細かく振ってみる。
先ほどとは違った刺激に、綾は背をそらして喘いだ。
「はあ……ぅん……んっ!」
不意に腹の中に熱い感覚が走り、綾は動きを止める。
陽一の腹筋がヒクヒクと動いているのを見て、にこりと笑った。
「お兄ちゃん、私の中で出してくれたのね……?」
「う……うぅ……」
「ありがとう……温かい……」
至福の表情で、慈しむように自分の下腹を撫でた。
「もっともっと出して。私の中を、お兄ちゃんで一杯にして」
陽一はついに声を上げて泣き出してしまう。
綾は兄の嗚咽を聞きながら、より激しく腰を動かした。
精液が膣内でかき混ぜられ、じゅぶ、じゅぶ、とさらにいやらしい音を奏でる。
ギシギシと、二人の乗るベッドが軋んだ。
「お兄ちゃん……これでずっと一緒よね……?」
体を揺らしながら、陽一の目を隠していたガムテープを剥がす。
涙に濡れた虚ろな目が露になった。
「これからは、私と二人で支えあっていこうね」
言って綾は、陽一の目の端に口付けをし、溢れ出る涙をそっと吸い上げた。
「お兄ちゃんの涙は、全部私が絶ってみせるわ。必ず……必ずお兄ちゃんを笑顔にするからね」
その夜、陽一がベッドから解放されることはなかった。
最終更新:2011年10月27日 23:53