黒の綾

658 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 00:52:50 ID:3oGV0AWj
午前四時。
小鳥が目覚めの囀りを始め、外の世界には朝の清浄な空気が広がっていく。
そこから窓一枚隔てた支倉家の一室には、澱んだ、いやらしい空気が満ちていた。
「あ、あ! んん! あ! お兄ちゃん……! お兄ちゃん!」
雨戸の隙間から差す光に、室内の輪郭がぼんやりと浮かぶ。
薄暗い部屋のベッドの上で、少女の白い体が艶かしく跳ねた。
「ん、ん……! お兄ちゃん……」
ベッドの端に両足首をくくりつけられ、手は後ろ手に縛られて寝そべる陽一。
その男性自身を己の身の内に受け入れて、身悶えする妹。
昨晩からずっと、綾は陽一と繋がったまま、ひたすらに快楽を貪っていた。
「ん……! あは……お兄ちゃん、また出してくれたわね」
既に何度子宮に陽一の精を受けたかもわからない。
綾が腰を動かし、陽一のペニスが赤く腫れたようになった綾の秘所を出入りする。
そのたびに、二人の結合部からは、愛液に混じって白く泡立った精子があふれ出した。
「ふふ……お兄ちゃんがたくさん出したから……私のあそこの中精子で一杯になっちゃって……動くたびに出てきちゃうわね」
幾分かぎこちなさの取れた動きで腰を前後に震わせる。
ぐじゅ、ぐぼ、ぐぽ、と膣内で愛液と精液をかき回すいやらしい音が鳴った。
「お兄ちゃん、聞こえる? すごくエッチな音がしてるわ……」
「う……」
「ねえ、気持ちいい? 気持ちいいわよね? こんなに私の中に出しているんだもの。気持ちいいはずよね?」
激しく身体を揺すり、さらに淫音は勢いを増す。
幼さの残る秘所がこれでもかというくらいに割り開かれ、綾はのけぞって身体を震わせた。
「あ、いい! いい! お兄ちゃん……私……気持ちいい……!」
息も絶え絶えに陽一の唇に吸い付き、キスを繰り返す。
「ねえ、お兄ちゃんも動いて……二人でもっと気持ちよくなりましょう?」
綾の情熱的な訴えに、陽一は苦しそうな、悲しそうな表情のままで、ピクリとも動かない。
しばらく陽一が動き出すのを待ったが、やがて綾はもどかしげに腰を引き上げると、勢い良く振り下ろした。
肉棒が膣襞をえぐりながら、一気に最奥まで突き立てられる。
数時間前まで処女だった綾の肉体は、いまや貪欲なまでに陽一の身体に快楽を求めていた。
「あぁ……ん……ふ、くぅ……! あん! あっ……!」
激しく腰を振り、陽一に何度も口付けを求める。
それはまさに、十数年間抑え込んできた想いが爆ぜて現れた姿だった。
「お、お兄ちゃん! 気持ちいい! あそこ気持ちいいよ! お兄ちゃんっ!」
「綾……」
「これで私……お兄ちゃんの一番近くに……ん、あああ! あぁあ~!」
綾は理知的な瞳を蕩けさせ、涎を垂らしながら大きく喘ぐ。
陽一の上に倒れこむようにして、乳首を擦りつけた。


659 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 00:53:35 ID:3oGV0AWj
「ね、お兄ちゃん、これからは……ん! わ、私と二人で生きていこうね。二人きりで……私、お兄ちゃんと一緒なら、大丈夫だから……」
舌足らずな声で、綾は言った。
「お兄ちゃん、約束して……私以外見ないって。何があっても私を一番に考えてくれるって……約束して……!」
陽一に抱きつき、間近で瞳を合わせながら綾は腰だけをかくかくと動かす。
浅ましくも性欲を満たすためだけの動きを、妹が自分に対してしている――
陽一は何度目とも知れない絶望に打ちひしがれた。
「お兄ちゃん……そんなに悲しそうな顔をしないで。お願いだから約束してちょうだい」
「約束……」
「そうでなきゃ、私また誰かを傷つけちゃうかもしれない。我慢できなくなっちゃうかもしれないの」
頬を紅潮させて綾は言った。
「ねえ、お願い。お兄ちゃんがずっと私の傍に居てくれるなら、私、元の自分に戻れるから……」
「元の……綾に……?」
陽一の目に涙が浮かんだ。
「……約束する」
「お兄ちゃん……?」
「それでお前が元に戻ってくれるのなら……いくらでも約束する。ずっと傍に居るから……お前以外は見ないから……だから……」
「お兄ちゃん……!」
歓喜に打ち震えながら、綾は陽一にキスをし、舌を絡め合わせた。
「ん……! お兄ちゃん……! お兄ちゃぁん!」
「綾……!」
綾の膣壁がぐねぐねと蠢き、陽一のペニスを絞り上げる。
耐え切れず、陽一は綾の中に精を吐き出してしまった。
「ん……熱いよ……お兄ちゃん……」
うっとりと呟いて、綾が腰を上げる。
ちゅぽ、と音を鳴らし、肉棒が綾の秘所から糸を引いて離れた。
激しい交わりに、綾の秘所は痛々しいほどに赤く充血し、ぱっくりと穴を開けてしまっている。
「ふふ……お兄ちゃん……気持ちよかったよ……」
外気に触れた膣口がヒクヒクと震え、大量に吐き出された精液がドロリと流れ出た。
自分の秘所から兄の精液が滴り落ちる様を、綾はうっとりと眺めていた。


660 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 00:54:19 ID:3oGV0AWj
「ちゃんとハンカチとティッシュは持った?」
「ああ」
「あ、こら! 寝癖が直し切れてないわよ」
「仕方ないだろ。朝、あまり時間無かったんだから」
「ほら、ネクタイも曲がってる!」
朝の昇降口で、綾は陽一の身だしなみのチェックをしていた。
てきぱきと制服を整えながら、ぼんやりとする兄の胸を叩き、喝を入れる。
つい二時間前まで、陽一の上でよがり声を上げていた少女の姿はそこには無かった。
「ほら! もう学校なんだから、いつまでも寝ぼけてちゃだめよ! お兄ちゃんが情けないと、私まで恥をかくんだからね!?」
「あ、ああ……すまん」
その変わりように、陽一はひょっとして自分は夢を見ていたのではないかと思ってしまう。
数時間前までのことは、自分の浅ましい性欲の見せた夢だったのではないかと。
「何よ、じっと見て」
「いや……その……世話をかけて悪いなあと……」
「悪いことなんて無いわよ。私はお兄ちゃんの女なんだから」
「ん……」
やはり、つい数刻前まで、自分はこの妹と体を重ねていたのだ。
綾の言葉に、改めて全ては現実にあったことなのだと思い知らされ、。
「はいはい、落ち込んだ顔しない!」
「ああ……すまん」
「ま、仕方ないけどね。お兄ちゃん、根が真面目だから。でもあまり暗い顔してると、何かの拍子に私たちのことが他の人にばれちゃうかもしれないからね。ちゃんと普段通りにしてなさいよ」
昇降口を抜けていく生徒たちに聞こえぬよう、小声で言う。
そして、タイミングを見計らって、素早く陽一の頬にキスをした。
「! あ、綾……!」
「ふふ。まあ、私は別にばれてもかまわないんだけどね。お兄ちゃんは困るでしょ?」
「それは……」
「はい、身だしなみオッケー。じゃ、昼休みに会いましょ。居眠りなんてしちゃだめだからね?」
軽く笑って手を振り、綾は一年の教室に向かった。
その後ろ姿を、陽一は見送る。
本当に、いつも通りの綾だった。
抱き合っていた時とはまったく別の、厳しくしっかりした妹の顔。
表面上はいつもと変わらぬように見える兄妹。
しかし、二人の関係の根底には、もう戻れない感情の楔が埋め込まれていた。
一晩中触れ合った、妹の肌の感覚。
そして先ほどのキス。
激しい罪悪感と後悔が胸のうちに澱となって溜まっていく。
陽一は死人のような顔で教室に向かった。
今はただ休みたかった。


661 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 00:56:14 ID:3oGV0AWj
徹夜ではあったが、綾はすこぶる調子が良かった。
何しろ、夢にまで見た最愛の人との一夜だったのだ。
肉体は疲れていたが、精神はかつてないほど高揚していた。
(ロマンチックとかそういうのとはほど遠いけど、まあ良しとすべきよね)
陽一が望んで自分と契ったわけではないことは、重々承知していた。
あの約束にせよ、あくまで家族としての愛情が先にあってのことだとわかっている。
それでも綾の表情は晴れやかで、時折鼻歌を歌ったりして、小夜子のみならずクラスの皆を驚かせた。
(そう……私はお兄ちゃんを愛しているわ。家族として、一人の異性として。お兄ちゃんは違う。それはわかってる……でも、いつか愛してもらえればそれでいいわけだし、ここまで来たら慌てることも無いわよね)
十年以上待ってこれから先待てないということはない。
陽一に近づく女が消えて、陽一に一番近しい女となった以上、少しずつ二人で幸せになっていけばそれでいいのだ。
「とすると、お兄ちゃん以外のことをこれから先どうするか、ね……」
教師の話を適当に聞き流しながら、真っ白なノートにペンを走らせる。
宇喜田縁、四辻夕里子、森山浩史、佐久間愛、生徒たち――
書き連ねられる名前は、綾にとっての駒だった。
これらを操り、動かし、時に排除し、今に至る。
今、この駒たちを自分に都合の良い形にし、全てを終わらせなければならない。
邪魔をする者は消え、疑う者も無く、兄と平穏に暮らしていけるように。
(今までのことについては、すでに処理は決まっている……)
森山浩史の名前の上に、大きくバツをつける。
(でも、これから……縁と夕里子はどうする? このまま放っておいて大丈夫なの? それとも、消すべきなの?)
夕里子は転校するという話だった。
昨日の家でのやりとりもあるし、陽一に今後も近づくとは考えにくい。
(消すことはないのかしら? だとしたら……)
人を一人殺すにはリスクが伴う。
夕里子に関しては、社会的地位もあいまって、それは非常に高い。
判断の失敗は絶対に許されない。
一度手に入れた幸せを手放すことは、絶対にしたくなかった。
「ん……夕里子さんがいい人だったら、残しておきましょ」
夕里子の名前に丸をつけ、綾はノートを閉じた。

その放課後、綾は電車を乗り継いで隣県の町にやって来た。
駅のトイレで制服から私服に着替え、容姿をごまかせるよう軽く変装をしておく。
夕暮れ時の賑やかな駅前の商店街を、目立たぬよう一人歩いた。
寂れた住宅地の端の、古い家の戸を開け、入っていく。
薄暗い木造の家の中。
綾が一歩進むごとに、廊下が軋んだ音を立てる。
家の奥に進み、居間の戸を開けると、ねっとりと体に絡み付くような空気が流れ出した。
強烈な腐臭が部屋の中には満ちていた。
腐臭の源は、上品な敷物の上に倒れた、人間の死体だった。
首を大きく裂かれ、そこからのぞいた肉はとろけたようになって黒く変色している。
この家の元々の住人で、人生の余暇を楽しむだけだった老婦人。
自分の家だと偽って森山浩史を連れ込み、その目の前で殺して見せたものだった。
「問題なし、と」
腐臭に表情を動かすこともなく、綾は居間を通り、さらに家の奥へと進んで、トイレの前で足を止めた。
ゆっくりと戸を開ける。
下半身を裸にして、全裸で便座に座らせられた森山浩史の姿がそこにはあった。



662 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 00:58:33 ID:3oGV0AWj
森山は、顔には目隠しと猿轡、上半身はロープで何重にも縛られて、手すりに固定されている。
両脚は便座を跨いだ体勢のまま折りたたまれ、便器の後ろで足首をしっかりと結ばれていた。
「う……」
戸が開けられたのを感じて、小さくうめき声をあげる。
「はぁい、森山君。元気にしてた?」
「ぅう……」
元気なわけがない。
殺人を見せつけられ、完全に萎縮してしまった森山を、こうして縛って監禁した後、綾は最低限の食事しか森山に与えていなかった。
助けを呼んだり、脱出を試みたりといったことが無いようにだった。
二日ほどは小さくうめき声を上げていた森山も、体力が失われると、おとなしく便座に座るだけとなった。
綾は森山を排泄のみしか許されない、ただ生きているだけの存在として、この一週間飼いならしていた。
「今日はね、あなたにいいお話があるのよ」
「……」
「おうちに帰してあげるわ。嬉しいでしょ?」
「……! う……! ぅう~!」
弾けるように身を乗り出して、森山はうめき声をあげた。
「よしよし、喜んでもらえて何よりだわ。でもね、ただで帰すわけにはいかないのよ」
笑って、綾は森山の顔面に巻かれた目隠しを外す。
衰弱しきって萎んだ眼孔。怯えをはらんだ眼差しが綾を捉えた。
「私の言うこと……聞けるわよね?」
銀に光る包丁の刃を見せつけて問う綾に、何度も繰り返し森山は頷く。抵抗の意思は全く無かった。
「……今から縄を解いてあげるわ。あなたの着ていた服も用意してあるから、体を拭いたらすぐに着替えなさい」
また頷いて了解の意を伝える森山に、綾は続けた。
「やることは簡単よ。手紙を一枚書いてくれればいいわ。そうしたら、温かいご飯を食べさせた後でおうちに帰してあげるからね」
言って綾は、森山の身体の自由を奪っていた縄を切っていった。
手紙の文面は実に単純なものだった。
『夕里子さん、愛さん、ごめんなさい』
一行――わずか一行で十分だった。
数週間ぶりに服を着て、震える手で言われるままに書き終えた森山に、綾は死体の転がる居間で料理をふるまった。
普通なら食べることを躊躇してしまう状況だったが、一週間で飢えに飢えた森山は、己の欲望に忠実だった。
「どんどん食べてちょうだいね」
テーブルに肘をついて自分を見つめてくる美少女。
そのにこやかな表情に、森山は思わず、つい先ほどまで自分がその少女に殺されかけていたことを忘れそうになる。
それほどに、綾の笑顔は穏やかなものだった。
「そ、その、いいんですか?」
「え? 何が?」
「こんなに優しくしてもらって」
あまりの扱いの差に、そんなとんちんかんな問いを口にしてしまう。
綾は笑い飛ばすことも無く、丁寧に答えた。
「優しくしない理由もないわ。私はこれで情が深いのよ」
「……?」
「これから死にゆく人間にはね」
「え……?」
腹を空かしている時、体の養分の吸収はこの上なく早い。
森山は視界がぐらぐらと揺れるのを感じた。

一度意識を失わせれば後は簡単だった。
風呂場に森山を運び込み、タイル張りの浴槽の中に座らせる。
予め用意しておいたポリタンクの蓋を開け、森山の体に灯油をかけていった。
冬に備えてだろう、この家の倉庫に収められていたものだった。
ポリタンク丸々四つ分の灯油が浴槽に溜まり、森山の下半身を浸すまでになっていた。
「これで全部燃えてくれるかしら」
監禁の跡を残すわけにはいかない。森山の体は、そのままでは絶対に残してはいけないものだった。
「ついでに家も燃やしておいた方がいいわよね」
脱衣場とその前の廊下にまで、残った灯油を撒いておく。
「ありがとう、森山君。何もしなくても、あなたは十分な働きをしてくれたわ」
満足げな笑みとともに、綾はライターを脱衣場に投げ入れ、強い熱気が現れるのを背に感じながら廊下を走り、家を出た。
燃え広がるのにそんなに時間はかからないだろうし、そうなると人が集まってくる。
炎は綾がこの家に出入りした証拠をあらかた消し去ってくれるが、その炎を生み出したことで別の証拠を残しては本末転倒であり、人に見られることは何としてでも避けねばならなかった。
夕闇に紛れるように、綾は初冬の風の吹き荒ぶ町を離れた。


663 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 00:59:52 ID:3oGV0AWj
「ただいま」
日の落ちた後、支倉家には明かりも無く、薄暗い屋内に綾の声が響いた。
「お兄ちゃん……帰ってないのかしら」
二階に上がり、陽一の部屋を覗くと、ベッドに横たわって寝息を立てる陽一の姿があった。
「何だ……寝ちゃってたのね。せっかく、思い切り甘えてやろうと思ったのに……」
拗ねるような呟きが宵闇に冷えた部屋の空気に溶ける。
「つねって起こしてちゃおうかしら」
陽一の頬に手を伸ばして、少し考えてまた手を引いた。
「まあいいわ。許してあげる。お兄ちゃんも疲れているでしょうしね」
仰向けに、少し眉を寄せて眠る陽一の顔を見ているだけで、胸の奥が熱くなる。
綾の頬は赤く染まり、口元は笑みとも緊張とも取れる、微妙なほころびを見せていた。
自分は今、ひどく間抜けな顔をしているんだろうな――
そう思うと、何とも情けない気持ちになる。
「変よね。今更ドキドキすることもないのに」
何度もキスをした。
肉体関係も持った。
それでも、陽一の顔を間近で見ると、胸を高鳴らせずには居られなかった。
「もう……お兄ちゃん、何もかけないで寝てると風邪ひいちゃうわよ」
ベッドの隅に置かれていた毛布を広げ、かけてやる。
陽一の眠りを妨げることがないように、と思っていたが、堪えきれずにそのまま抱きついてしまった。
「お兄ちゃん……」
陽一の胸に顔をうずめ、体をすり寄せる。
熱い。
胸の中が熱い。
喜びで全身が満たされていく。
「お兄ちゃん……好き……! 大好き……! やっぱり私、お兄ちゃん無しには生きられないわ……!」
情熱的な囁きに、陽一はしかし、深い眠りの渕から目覚めることは無い。
「私、頑張るからね。お兄ちゃんが幸せになるよう、頑張るから。何でもやってみせるから」
陽一にとって不利な人間は消してきた。
陽一に近づくくだらない女も消してきた。
これまでで一番の障害だった夕里子についても、森山という存在を使って周囲を人質に取り、最終的に陽一に近づけないようにした。
森山を殺した今、その枷が外れる可能性もあるが、あれだけの人を犠牲にして、人間関係をボロボロにして、彼女の精神が耐えられるとは思えない。
夕里子の家庭も、これだけ問題を起こした付き合いを許すことはないだろう。
その証に、夕里子は近いうちに転校することが決まっている。
ただ一人、縁だけはさらに陽一と夕里子の仲を後押しするかも知れないが、夕里子の精神への負担と周囲の人間からの圧力は、夕里子から縁への信頼で秤をつりあわせるにはあまりにも重くなっている。
恐らくは、昨日の試みが最後の策と見てよい。
夕里子はもう陽一から離れ、縁は何も手出しができなくなる。
そして何より、陽一は綾だけを見ると言った。
その動機は綾が真に望むものとは異なるが、自らの意志で綾の傍に居ると決めたのだ。
「私の勝ちね……」
陽一の頬に指先を滑らせながら、うっすらと微笑み、目を細める。
成果は十分。
後処理についても、自殺に見せかけて殺したものは、とりあえず問題は無い。
加害者を必要とする佐久間愛の件は、森山に罪を着せて処理をした。
結果はこれからだが、ミスをした覚えが無い以上、十中八九うまくいくだろう。
「となると、後はお兄ちゃんの名誉ね……」
夕里子を陥れる過程において、陽一を巻き込む形でその評判を下げてしまった。
陽一は現在二年生。
あと一年以上、この状態で学園生活を送るのは、不便であり苦痛だろう。
「でも、それも大丈夫。今の状況なら、夕里子を使うことができるものね」
兄の温かみを、体臭を、十分に堪能して、綾は身を起こした。
「さて、せっかくお兄ちゃんが寝ているんだから、携帯電話のチェックでもさせてもらおうかしら」
履歴を見るが、縁からも夕里子からも、連絡は無かった。


664 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:00:35 ID:3oGV0AWj
「よしよし。後は、と……」
床に置かれた陽一の鞄を開き、教科書とノートを全て取り出す。
小さく歌いながら、綾はそのページを開いた。
「ん……?」
幾分か時間が経って、綾の歌声に陽一が目を覚ます。
暗い部屋の中で、陽一のノートを素早くめくり続ける綾の姿が目に入った。
「な、何してるんだ……?」
「あら、お兄ちゃん、起きたのね。疲れは取れた?」
「まあ……楽にはなったけど、何してるんだよ、綾……」
「お兄ちゃんの教科書とノートを見てるのよ」
さも当然とばかりに言う綾に、陽一は首を捻った。
「いや……だから何でそんなことを……楽しいもんじゃないだろ、勉強道具なんて見たって」
「ううん、大切なことよ。お兄ちゃんの愚痴とか、悩みとか、どこかに書いてあるかもしれないでしょ? 字の形を見れば、元気かどうかわかるじゃない?」
「え……」
「お兄ちゃんが困ってたら、すぐに助けなきゃいけないもの」
話しながら、綾の視線は既に陽一の方には無かった。
高速でめくられていく見開きのページに、神経を集中させているのがわかる。
「綾……」
陽一は掠れた声で話しかけた。
「そんなこと……しなくていい」
「え?」
「俺は大丈夫だから、そんなことしなくていいよ」
「ふふ……お兄ちゃん、遠慮しないで。私たちは誰よりも近くに居る二人なんだから。お兄ちゃんのために私が何かするのは、当たり前のことなんだから」
会話の最中も、綾はページをめくる手を止めない。
二人の間の空気を、紙の擦れる音が微かに揺らした。
「頼む……綾、やめてくれ。お前だって疲れてるだろ? お前は、あれから寝たのか?」
「寝てないわよ。寝るよりも大事なことだもの」
黒髪を揺らして振り返り、綾は美しく微笑んだ。
「お兄ちゃん、責任感が強くて、頑張り屋さんだから、何かあっても私に隠そうとするもの。それじゃ駄目なのよ。寄り添う二人は、隠し事なんてしていたら駄目なの。互いの全てを知って、支え合わなきゃいけないのよ」
笑顔で頷く綾は、本当に美しかった。
あまりにも美しく、妖しく、狂気の影の滲む少女の姿があった。
「綾……」
やはりおかしい。
穏やかな雰囲気の底に感じる、粘つくような何か。
(いつからだ? そもそもにして世話焼きな部分はあったが……やはり森山に犯されてから……?)
綾がボロボロになって帰ってきた夜のことが、頭の中に蘇る。
陽一の胸に、刺すような痛みが走った。
「お兄ちゃん、どうしたの? 苦しそう……やっぱり何か悩みがあるの?」
「……あるとしたら、お前のことだよ」
「私の?」
きょとんとした顔で綾は尋ねる。
「休んでくれよ。俺のことはそんなに心配しなくてもいいからさ。綾が俺を心配してくれるように、俺も綾が心配なんだ」
陽一の言葉に、綾は不満げに唇を尖らせたが、すぐに諦めたようにため息をついた。
「わかったわよ」
ほっとした表情を見せる陽一に、「ただし」と綾は続けた。
「そんなに私が心配なら、今後一切隠し事は無しよ。何かあったらすぐに私に話して、私を頼ってね。他の人には話して、私には話さないなんて、絶対に無しよ?」
「ああ、わかったよ」
「本当の本当よ? 約束破ったら……酷いからね」
冷たく響く妹の声に背筋を震わせながら、陽一は黙って頷いた。



665 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:01:42 ID:3oGV0AWj
次の日、学校は隣県の町の火事の話題で持ちきりだった。
四辻夕里子を狙っていたストーカー、森山浩史の焼け爛れた遺体が発見されたからだ。
家もあらかた焼け落ちて、同様に焼けた住人の遺体も見つかった。
さらに、外の郵便受けから遺書めいたものが発見され、警察では自殺か否かを調べている最中だという。
(さすがに警察も、あれだけとなると慎重を期す、か……)
四辻家からの圧力もあるのかもしれないが、警察も面倒ごとを引っ張るような真似はしないだろう。
一連の事件はこれで全て解決――
誰もが望んでいることであり、流れの向かいやすい方向であるはずだった。
教室に入り、自分の席に荷物を置いた綾は、すぐ後ろの席でうなだれる小夜子に声をかけた。
「沈んでるわね。どうしたの?」
「綾……」
「森山浩史の話?」
「ん……」
小夜子は小さく頷いた。
「良かったじゃない。これで夕里子さんも安心して眠れるってもんでしょう」
「それは……そうなんだけど」
おや、と綾は内心驚いた。
小夜子の瞳に浮かんでいたのは、紛れも無い怒りの色だったからだ。
「……遺書が見つかったって話は聞いてる?」
「まあ、聞いているわ」
「その内容……ユリねえから聞いたんだけどね、謝ってたんだって。ユリねえと、佐久間さんに」
机に置かれた小夜子の両手が、ぎゅっと握られた。
「何なんだろうね? 謝るくらいなら、最初からしなければいいのに。今更謝られたって、佐久間さんの心の傷は消えないし、佐久間さんのお母さんは生き返らないし、ユリねえが失ったものだって返ってこないのに……」
「……小夜子は、犯人に、どうして欲しかったの?」
意識せずに口を出た言葉だった。
何を意味の無いことを聞いているのだろう――思いながら、綾は小夜子の返答を待った。
「森山浩史……あんな人は……」
小夜子は、憎しみの塊を吐き出すように、その言葉を口にした。
「生まれてこなければ良かったのに」
綾はただ静かに、親友の言葉を受け止めた。


666 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:04:36 ID:3oGV0AWj
放課後、綾は夕里子を屋上に呼び出した。
あんなことがあった矢先で、萎縮しながらやって来た夕里子を、綾は笑顔で迎えた。
「こんにちは、夕里子さん。調子はどうですか?」
「え、ええ、まあ……普通ですね」
「先日は見苦しくも取り乱したところを見せてしまって、すみませんでした」
丁寧に頭を下げる綾に、夕里子も「私こそ……」と頭を下げた。
やはり夕里子は綾に対する恐怖感があるらしく、瞳はどうにも落ち着かない。
が、そんなことには一切かまわず、綾は本題を話し始めた。
「夕里子さん、転校するんですよね」
「え、ええ……まあ……そうなりますね」
「ずばり聞きますけど、お兄ちゃんのことは、まだ好きですか?」
「そ、それは……」
怯えた様子を見せながら、夕里子は小さく頷いた。
「そう、それは良かった。お願いがあるんですよ、夕里子さんに」
「お願い、ですか……?」
ええ、と綾は力強く頷く。
「知っての通り、夕里子さんとお付き合いして、色々と巻き込まれたおかげで、お兄ちゃんの校内での評判はあまりよろしくありません」
「はい……すみません」
「級友が脅迫されているのを見捨てて、恋愛に狂った馬鹿二人と、好き勝手に言われています」
「すみません……」
ただ謝る夕里子に、綾は謝らないでくださいと厳しい声で言った。
「謝られても何も変わりません。お兄ちゃんを今でも好きで、申し訳ないと思っているのだったら、行動で示してください」
「行動で?」
「お兄ちゃんがこれから先、この学校で普通に過ごしていけるよう、動いて欲しいんですよ」
「それは全然かまわないけど、どうしたらいいのですか?」
夕里子の問いに、綾は不敵な笑みを浮かべた。
「簡単です。夕里子さんが全部の罪を背負ってくれればいいんですよ」
「え……?」
「お金でもそれ以外でも何でもいいです。夕里子さんが何かを盾にお兄ちゃんを脅迫して、強引に付き合わせていたことにしてください。
夕里子さんの家はこの辺りでは力のある家のようですし、その一人娘が、わがままから男を無理矢理自分のものにしようとしていたというのは、そこらの生徒なら信じそうなお話でしょう」
あまりの提案に、さすがに夕里子も戸惑ってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってください。私、陽一さんとは……」
「わかっています。お互い合意で付き合っていたんですよね。でも、お兄ちゃんを救うためにはこの嘘が必要なんです。お兄ちゃんがこれから平穏に過ごすには、夕里子さんが全ての元凶だということにするしか無いんです」
綾は屋上の床に膝をつき、夕里子に頭を下げた。
「お願いします。夕里子さんは別の学校に行って新しい生活を始められるでしょう。でもお兄ちゃんは……ここにずっと残ることになるんです。お兄ちゃんの……愛する人の幸せを願うなら……どうか夕里子さん本人の口で、この嘘を広めてください」
「そんな……」
綾は正座をし、顔を下げたままで、懇願を繰り返した。
ストッキングを通して、冷たい石の感触が脚に、体に伝ってくる。
正直辛くはあったが、この程度でうまく説得できるなら安いものだった。


667 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:05:30 ID:3oGV0AWj
綾は動かなかった。
夕里子が了承するまで動かないつもりだった。
「陽一さんの……ため……」
やがて、夕里子は小さく呟き、頷いた。
「……わかりました。わかりましたから、顔を上げてください。立ち上がってくださいな」
「夕里子さん……」
感謝の念を込めて、綾は夕里子の名を呼ぶ。
(さすが……人格者ね)
なかなか殺すことができず、これまで散々手を焼かせられたが、それも今では怪我の功名と言えるだろう。
綾にとって最善の状況で終わらせるための、重要な駒となってくれたのだから。
「ありがとうございます。本当に……ありがとうございます」
「いえ。私、陽一さんにも綾ちゃんにも、たくさん迷惑をかけてしまいましたから。これで少しでも償いになるなら幸いです」
「その……お兄ちゃんに知られたら、多分全部無駄になってしまうと思うので……くれぐれも内密にお願いします。
もしもお兄ちゃんや縁さんに知られてしまったら、夕里子さん自身の意志で、お兄ちゃんのためにしたいからしてるんだと言ってください」
「ええ、かまいませんよ」
申し訳ないとばかりに、綾は眉根を寄せた。
「勝手を言ってすみません。私が勧めたとわかれば、お兄ちゃんはきっと止めるでしょうし……正直私がお兄ちゃんに怒られたくないというのもあります」
「そんな、気にしないでください。それも含めての償いですから」
端正な顔に悲しげな笑みを浮かべて、夕里子は綾の手を握った。
「私が居なくなった後、陽一さんと綾ちゃんが、これまで通りの生活に戻れることを願います」
本当にいい人だと、綾は思った。
兄のことがなければ、きっと大好きになれただろうに、と。

小夜子がその騒ぎに気付いたのは、五時半を回った頃、図書室の閉館の準備を進めている時だった。
「まったく、ちゃんと片付けていきなさいよね……」
ぼやきながら、机の上に残された本を書架に戻す。
窓のカーテンをまとめようとして、中庭に人が集まっているのに気がついた。
「あれ……? 何かあったのかな?」
図書室の前を何人か生徒が走り過ぎる。
「誰か飛び降りたらしいぜ、屋上から」
「え、マジかよ」
そんなやり取りが聞こえ、小夜子は思わず眼下の人の集まりを凝視してしまった。
次々と集まる生徒たちを教師が遠ざけ、人の輪ができている。
その中央、校舎から数メートル離れた芝生の上に、人が一人倒れていた。
遠目にその顔ははっきりと見えないが、芝生に広がるスカートの裾から、女生徒だとわかる。
そして、その特徴的な栗色の髪に気付いたとき、小夜子は小さく悲鳴をあげていた。


668 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:06:39 ID:3oGV0AWj
病院には続々と人がやってきた。
夕里子の両親、小夜子の両親、他何人もの親戚たち。
佐久間愛の事件以来遠ざかっていた級友たちもやってきて、小夜子に夕里子の容態を聞いた。
さらに、綾と陽一、縁も姿を現した。
「小夜子……夕里子さんは……?」
「……手術中……どうなるかわからないって……」
目に涙を浮かべながら、小夜子は答えた。
「しっかりしなさい。泣いたところでどうにもならないんだから。泣くぐらいなら祈らなきゃ。夕里子さんが助かるように」
綾の言葉に、小夜子はいくらか気持ちを落ち着ける。
一番混乱しているのは綾自身だった。
(何故……? 何故今になって……全てがうまくいきかけていたのに)
夕里子の自殺は全く予測していなかった。
陽一の名誉回復の策が取れなくなったのはまだいい。
問題は、自分が夕里子と接触した直後に自殺を図っているということだった。
(口頭で呼び出したから、私と夕里子が直前に話をしていたという証拠は何も無い。でもそれは、誰にも見られていなければの話……)
今回は、ただ頼むだけだったので、接触の際特に注意は払わなかった。
おまけに放課後だったとはいえ、校内は基本的に人の密度が高い。
思わぬところで見られている可能性は大いにあった。
(言うか言わざるか……どうしようかしら?)
直前に会っていたことで綾が不利になるパターンは二通り。
綾との接触が自殺の引き金になったと思われることと、綾が夕里子に直接的に危害を与えたと思われることだった。
前者は、周囲から陽一への印象がさらに悪くなるということ以外、まったく問題は無い。
何が自殺の原因かなどというのは、所詮推測の域を出ることはできないのだ。
後者は、陽一と共に過ごせなくなる以上、大いに問題があった。
(つまり考えるべきは、後者と見られる可能性を減らすこと。怪しいと思われる言動をとらないことだわ)
数秒で思考をまとめ、綾は口を開いた。
「私……今日の放課後、夕里子さんと話をしたのよ……」
綾が選んだのは、夕里子と話した内容を適当に変えて、それ以外は全て話す暴露戦術だった。
黙っていて後で指摘され、変に疑われるよりかはずっといい。
「話したのは……今後どうするのかとか、そんなことだったんだけど……私、ひょっとしたら夕里子さんを傷つけることを……?」
ふむ、と隣で聞いていた縁が頷いた。
「それはわからないけど、とりあえずお巡りさんに話した方がいいんじゃないかな?」
「はい……そうですね」
綾は縁の目を見た。
さすがに縁はいつもの笑みは浮かべず、不安そうな表情を見せている。
しかし、瞳の色はあくまで揺らがず、清水を湛えているがごとく静かだった。


669 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:07:21 ID:3oGV0AWj
「縁さんは、夕里子さんの自殺の原因に心当たりはありますか?」
「無いよ」
「では、夕里子さんが自殺するかもしれないと、考えたことはありましたか?」
「それも無いよ。だから驚いてる」
縁の後に小夜子が続いた。
「私も……ユリねえはどんなことがあってもそんなことはしない人だと思ってたから……だからまだ信じられなくて……」
「これまでの事件の重圧に耐え切れなくなって、ということも考えられるけど」
小夜子は綾の言葉にぶんぶんと首を横に振った。
「ううん。ユリねえはすごく責任感の強い人だもん。死んで逃げるなんてことはしないよ」
「そう……そうよね」
縁の時は頷きもしなかったが、綾は小夜子の言を無条件で受け入れた。
そもそも、あの約束を交わした後で自殺をするのはおかしいのだ。
あるいは、あの時の夕里子の様子はあくまで表面上のもので、陽一と綾への当てつけに自殺して見せたとも考えられた。
(でも、だとしたら、私たちを批判する遺書を残していてもおかしくはないわ。当てつけとしての効果を期待するなら、少なくとも私はそうする……あるいは、単純な話……)
誰かに殺された。
まだ夕里子は死んではいないが、その言葉が頭に浮かんだ。
(殺す……まさか……私以外にそこまでできる人間が居るというの?)
誰が、何のために?
佐久間愛の関係者か、それとも――
綾は縁を見た。
恐らくは兄を好きであろう、今まで散々邪魔をしてくれた女、宇喜多縁。
しかし、夕里子を殺したとして、縁にどんな得があるのか、結びつかなかった。
(駄目だわ。考えがまとまらない。ああ、駄目……ちょっと予定外のことが起きたくらいでこんな……)
懸命に心を落ち着かせる。
何よりもまずは、自分の身を守ることを考えなければならない。
恐らくは自分が、夕里子が自殺を図る前に最後に話した人間なのだ。
「小夜子、警察の人も病院に来てるのよね?」
「う、うん……」
「とりあえず、話をしてくるわ。私が居なくなっても泣くんじゃないわよ?」
「うん……ありがとう」
それから日が変わるまで、綾は警察に事情を聞かれることとなった。


670 :黒の綾 ◆5SPf/rHbiE :2007/10/28(日) 01:08:08 ID:3oGV0AWj
次の日、学校は休校となった。
病院で一夜を明かした後、家で短い眠りをとり、小夜子は午後の日差しの中を歩いていた。
目指す先はとある喫茶店。
縁から電話で指定された先だった。
こじんまりとした店の、古びた扉を開け、すぐに見つけた三つ編み少女の対面に座る。
「何ですか、用事って」
「うん、まあ、色々あるんだけどね。まずは夕里子ちゃんが助かったこと、おめでとうと言っておくね」
「……まだ、予断を許さない状態らしいですけど」
あはは、と縁は朗らかに笑った。
「それでも、昨日の夜死んじゃってるよりかはずっといいよ。うん、良かった良かった」
「はあ……まあ……確かに良かったことは良かったと思いますけど……」
さて、と手を軽く打って、縁は話を切り出した。
「今日こうして来てもらったのはね、ちょっと聞いてもらいたい話があるからなんだ」
「はい。私でよければ聞きますよ」
「うん、小夜子ちゃんにこそ聞いてもらいたい話。と、その前にちょっとお尋ねするけど……」
縁はティーカップに軽く口をつけ、小首を傾げて小夜子を見つめた。
「この街で年にどれだけ人が死んでいるか、知ってるかな、小夜子ちゃん?」
戸惑う小夜子に、縁はあくまで笑顔だった。


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最終更新:2011年10月27日 23:56
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