狂もうと 第21話

403 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:03:08.34 ID:E79i860p (2/20)
――空、ほら来たわよ

「あの人が僕のお姉ちゃんなの?」

――えぇ、空に似てるでしょ?

「分からないけど、美人だね!隣歩いてる男の人は誰なの?」

――あの子はお兄ちゃんよ

「お兄ちゃんも居るの!?」

――えぇ…

「へぇ、あっ、姉ちゃん転んだ!!」

――……

「……おんぶしてもらってる」

――優しいお兄ちゃんなのよ

「……」

――羨ましい?

「……べつに…」

――ふふ、じゃあ帰ろっか?

「もうちょっとだけ……見てる…」

――そう…じゃあもう少しだけね?

「うん…」


404 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:03:39.56 ID:E79i860p (3/20)




※※※※※※

「だからさっきから言ってるでしょ!?さっさとお父さんだしなさいよ!!!」

「で、ですから由奈様…旦那様は食事会の為いらっしゃらないんです」

「一昨日も聞いたわよ!二日間丸々料亭に入り浸ってるって言いたいの?戯言はいいから早くかわれ!」
携帯を耳に当て怒鳴り散らす。
電話相手は実家で働く人間だろう…だろうと言うのは電話相手を私は知らないから。
声を聞いただけでは分からないが、私の事を由奈様と言うあたり間違いなく父の側近。
顔が見えないから余計に苛立ちが増すのかも知れない。

「ッ…貴女はクビよ。今日中に荷物まとめて実家から出ていきなさい」
押し問答を繰り返すこと数十分…握りしめている受話器を叩きつけるように…と言うか叩きつけて電話を一方的に切ってやった。

「はぁ…お兄ちゃん…」
ため息を吐き、椅子に腰を落とす。
お兄ちゃんが姿を消してから3日目…未だにお兄ちゃんの居場所は分からず零菜の居場所も分からず…。
二人が一緒に居る事は間違いない…それを頭で想像しただけでストレスが頭から吹き出そうになる。
お兄ちゃんが私に連絡をよこさないのは理由があるはずなのだ…。


405 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:04:14.69 ID:E79i860p (4/20)
一番考えられる理由は電話できない状況に居ること。
零菜に監禁されてる可能性が一番高いのだ。
理由は分からないけど、お兄ちゃんを巻き込んで何かをするのだろう。
完全に地下に潜られた形となってしまったので、探すのは難しい。
零菜が何か証拠を残していないか家の中をくまなく探してみたが、何も見当たらなかった…悔しいがお手上げ状態だ。


「お~い、由奈姉ちゃ~ん」

「……」
玄関から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
それに反応する事なくテーブルに額を乗せて目を瞑る…。

「お~い…って、なんだよ居るじゃん」
薄く目を開けて横に目を向ける。

「あんた何勝手に入ってきてんのよ」
リビングの扉から姿を現したのは、三日前にボコボコにしてやった空ちゃんだ。
あれだけ手酷くやってあげたのに、何を笑顔浮かべて私の前に立っているのだろうか?
少し頭がおかしいのかもしれない…。
またボコボコにしてやってもいいのだが、今はそんな事に時間を使えない。
早くお兄ちゃんを探さないと…。

「あんたさぁ…本当にお兄ちゃんの居る場所知らないの?」

「本当に知らないって。零菜の携帯に電話しても繋がらないし、家にも帰ってこないし……」


406 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:04:40.82 ID:E79i860p (5/20)
「あっそ」
やはり個人で動いているようだ…空ちゃんから目を反らしてもう一度考える。
一番の疑問はやはり零菜の動機。
何故お兄ちゃんを…。

「そう言えば、昨日は誰も家にいなかったなぁ…」

「……どう言う意味?」
何気なく呟いた空ちゃんの声が耳に入る。
上半身を起き上がらせ、空ちゃんに問いかけた。

「ぇ…いや、いつもなら留美子が家に居るんだけど、昨日はいなかったよ。だからご飯食べられなかったんだ。だからコンビニでおにぎり食べた」

「……それで?」

「それでって……おにぎりの具はシーチキンマヨy「違うわよ…その留美子さんが家にいなかったらおかしいの?」
姿勢を正して空ちゃんに向き直ると、テーブルの上にあった小さなポテトチップスを差し出した。
それを笑顔で受け取る空ちゃん。

「いや…おかしくないけど、留美子は零菜が帰ってくるまで家からでないからさ…だけど昨日は留美子いなかった」
ポテトチップスの袋をバサバサ音をたてながら開けると、中に入ってるチップスを鷲掴みにして頬張りだした。
この子は扱いやすくて楽だ。
私の妹としては願い下げだけど、友達ぐらいならなれたかも知れない。
まぁ、もう遅いけど。


407 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:05:06.91 ID:E79i860p (6/20)
「留美子さんが家を出る時は何か目的がある時だけなの?」

「そりゃ、零菜に仕事を頼まれた時とか家族事ぐらいかな。留美子の携帯は零菜と親、弟の四人しか入ってないんだぜ?仕方ないから僕の番号も教えて友達になってやったんだ」
食べカスを口からこぼしながらケラケラ笑う空ちゃんを見て眉間にシワがよる。
私の表情が険しくなるのが分かったのか、慌ててテーブルにこぼれた食べカスを手の平で集めると、ティッシュで摘まみゴミ箱にポイッと捨てた。

「留美子さんっていつから零菜さんの付き人になったの?」

「零菜が引っ越す時だけど、って由奈姉ちゃん何処いくんだよ?」
携帯と車のキーを取ると、椅子から立ち上がり玄関へ向かう。
後ろから空ちゃんも慌てたようについてくるのが気配でわかった。

「なぁ、何処いくんだよ?」

「空ちゃんも協力しなさい。協力したらお菓子いっぱい買ってあげるわよ」
後ろでポテトチップスを未だに頬張る空ちゃんの目先に財布をちらつかせる。
数秒間財布を凝視すると、険しい表情で財布を手の平で叩いてきた。

「由奈姉ちゃんさぁ…なんでもお金や物で解決すると思ってるんだろ?」


408 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:05:45.53 ID:E79i860p (7/20)
「……」

「そんなもので僕を動かそうとしてるなんて。
ったく………しょうがないな…早く行こうよ」
私よりも早く靴を履き終えると、目を輝かせながら玄関の扉を開けて待っている。
扱いやすいといっていいのか……今日何度目かになるため息を大きく吐き捨てると、立ち上がり空ちゃんを追って家を後にした。




※※※※※※

「ほら、ゴシゴシしましょうねー」

「……」

「ばんざいしてー、はい流しますねー」

「……」

「はい、タオルの上に乗って。拭いてあげるから」

「……」
最悪だ…こんな屈辱的な思いは生まれて初めてだ。
双子の妹に身体を隅々まで触られて、身体を拭いてもらっている。
別に身体が不自由な訳では無い。
単純に一人では風呂に入ることすら儘ならない拘束具を装着させられているのだ。
足には鎖の足枷…手には手錠…口には開口器…どこの囚人だと思われるだろうが、俺は法に触れるような事は何もしていない。
法に触れているとしたら間違いなく、鼻歌混じりに俺の身体を拭いているコイツ…双子の零菜だ。
もう何時間経ったのだろうか?
時計が無いので分からないが、窓から見える景色は見えていたので二日以上は軽く過ぎているはずだ。


409 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:06:12.56 ID:E79i860p (8/20)
そしてその長い時間、俺は零菜の異常とも言える行為にずっと耐えている。

「今度は何をしましょうか?」
身体を拭き終えると、俺の腕を掴んでベッドまで引きずるように俺を連れていく。
なすがまま零菜に引きずられ、ベッドに倒れ込むとまた箱の中へ手を突っ込んでカチャカチャとあれでもないこれでもないと探しだした。
それを横目で睨み付けるが、零菜は此方へ振り向きすらしない。

「あっ、これなんてどぉ?」
箱の名から二つの道具をだしてきた。

「これはこっちの趣味の人達には王道でしょ?」

「……」
知らねーよと怒鳴ってやりたいが、如何せん口が開きっぱなしで話せない。
俺の目に映る二つの道具……

「じゃあ飴と鞭…今度の鞭は言葉通り“これ”ね」
零菜の右手には黒い鞭が握られていた。
おまけに左手にはロウソク……完全にSM…。
兄妹で何を考えてるんだ?と多人から見たら間違いなく思うだろう。
それは間違いではない、だって兄の俺でもコイツは完全におかしいと思えてきたからだ。

監禁されて開口器をつけられてから零菜はずっとこの調子だ……。

思い出したくないような…絵に書いたような軽い拷問…。


411 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:09:46.24 ID:E79i860p (9/20)
だけど一般人の俺には重い拷問を寝てようが起きてようが気が向いたら俺に仕掛けてくるのだ。
一番辛かったのはやはり開きっぱなしの口の中にお湯を……やめよう……思い出したくない。


そして今度は鞭とロウソクか…。
そんなもの誰に頼んで用意させたのだろうか?

「これは火傷しないように低温のロウソクなんですって。この鞭も痛くないのかしらっ」
何の躊躇もなく鞭を振りかぶり、俺の背中へ叩きつける。
ビシャッと部屋に響く程の音が響く。
痛みで声が漏れるが、零菜は聞こえないかの如く二度、三度と鞭で叩いてきた。

「むぅッぁ!」
たまらず背中を庇うように仰向けになる。

「あら、痛かったの?痛いなら早く言わないと」
クスクスと笑い鞭を投げ捨てると、今度はロウソクにライターで火を灯らせた。
ゆらゆらとロウソクの火を揺らしながら此方へ歩み寄ってくる零菜。

「ッぁ……あがッぅ!」
ロウソクを俺の胸上で傾け蝋を垂らすと、透明な蝋は胸板へと降ってきた。
胸板へ落ちた瞬間あまりの熱さに身体をくねらせベッドから転げ落ちる。
低温?絶対に嘘だ。
焼けるほど熱かった

「ほらほらベッドの上で暴れると怪我するから」


412 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:10:09.33 ID:E79i860p (10/20)
蝋燭を息で吹き消すと、俺の手を掴みベッドに寝転がせた。
胸を見てみると、白く固まった蝋が数滴付着しているのが見えた。

「ふふ…どう、お兄ちゃん私に何か言いたいことある?」
俺の口に装着されている開口器を外すと、上から見下ろし問い掛けてきた。

「言いたいこと?あぁ…腐るほどあるよ」

「なに?聞いてあげるから言ってみなさいよ」

「お前胸全然成長しなかったんだな。そんなんでよくモデルなんて勤まッ!?」
すべての言葉を吐く前に零菜が俺の腹部へお尻を乗せてきた。

「女性に対して言うことじゃないわね。貴方モテないでしょ」

「大きなお世話だよ。これでも女性とは何人か付き合った事はあるんだよ」
零菜に対しては何の自慢にもならないだろう…だけど負けっぱなしは嫌だ。


「柴田 恵美理。佐野 理恵。関口 知江。今まで貴方が付き合ってきた女性の名前よ」

「ぇ…は?なんでお前が名前なんて知ってるんだよ」
零菜の口から出た三人の名前は紛れもなく、過去に俺が付き合った事がある女性達の名前だ。
由奈すら知らないはずなのになんで…。


413 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:10:44.68 ID:E79i860p (11/20)
「佐野 理恵と関口 知江は今頃は普通の幸せを堪能して暮らしている事でしょうね。だけど一番初めにお付き合いした柴田 恵美理はどうでしょう?」
俺の上から転がるように俺の横に寝転がると、耳元で囁いた。

柴田 恵美理とは俺が中学二年の春に付き合った初めての女性で当時五つ上の大学生だった人だ。
ゲームセンターのUFOキャッチャーで一人苦戦している姿を見兼ねて俺が助けてやったのがキッカケとなり付き合う事になった。
俺が高校生になる頃にお互い会う時間が作れなくなって自然消滅となってしまったが良い思い出として残っている。
三人目の女性である関口 知江は…あまり良い思い出では無い。
彼女の名誉の為に言っておくが、決して彼女に浮気されたとかでは無い。

……単純に由奈に見つかったからだ。
あんな一方的なキャットファイト誰でもトラウマになる。
その日以来関口 知江とは電話で話すらしていない。

「言いたい事が見えてこないんだよ……何が関係あるんだ」
いい加減、由奈の怒りもMAXになっている頃だ。
次二人が鉢合わせした時、間違いなく俺の制止を振り切ってでも零菜を…。



414 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:11:42.86 ID:E79i860p (12/20)
「正直、こんな玩具で貴方の心を壊せるとは思っていないのよ?
ただ、今までの貴方に対してのストレスを晴らしたかっただけ…だからあんな酷い事をしたの。
可愛い妹のした事だから許してね勇哉」
一度頬を撫でると、起き上がりテレビの前へ移動した。
理不尽なようで理不尽で無い零菜の言い訳に一瞬イラっとしたが、何も返答せず首を持ち上げ零菜に目を向けた。
テレビ横に置いていたアタッシュケースの鍵を外すと、二つのビデオテープを出してくる零菜。
十中八九家で見たテープだろう。
しかし何故あんな古びたテープをアタッシュケースの中に大事に保管しているのだろうか?
中に何が映っているのか純粋に気にはなる。

「勇哉…貴方お母様との思い出はどれぐらい残ってるの?」
テレビの電源を入れると、砂嵐が画面に映し出される。
砂嵐を数秒間見つめたかと思うと、此方へ振り向かず唐突に問い掛けてきた。

「思い出?…母さんが生きてる時までの思い出はあるよ」
零菜のテープを撫でる指に目を奪われながら返答する。

「一番記憶に残ってるお母様はどんなお母様?」
テープをテレビ下にあるビデオデッキに差し込むと、リモコンを握りしめ此方へ歩み寄ってきた。


415 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:12:08.64 ID:E79i860p (13/20)
「はぁ?……あぁ…ほら、昔三人で遊園地に行っただろ?」

「えぇ、懐かしいわね」
小学生の頃、由奈がまだ小さい赤ちゃんの時に、母に零菜と俺の三人で遊園地に連れていってもらった時がある。
母と遊園地に行ったのはあれが最初で最後だったと記憶では覚えている。
母が亡くなったのが、中学三年に上がってすぐの事。
元々身体が丈夫ではなかった母は持病を悪化させ、静かに息を引き取った。
亡くなった今ではもうどうしようも無いが、もう少し母と一緒に出掛けたり遊んだりしたかったと心から思う。

「ふふ、お母様も天国で喜んでるわね」

「人の考えてる事を読むのやめろ……それで遊園地の時にお前がはしゃいで走り回ってさ」
テーマパークなんてものはテレビでしか見ることがなかったので、普段以上に零菜が喜んでいたのを今でも覚えている。

「派手に転んだだろ?」

「……」

「その時お前珍しく母さんの名前呼ばずに俺のy「忘れたわ。そんな事あったかしら?」
突然先ほどまでとは違う冷たい声で俺の言葉を遮ると、俺の腕を掴んで強引にベッドへ座らせた。

「もう一度コレ着けさせてもらうわね?舌噛んで自殺でもされたらたまらないから」


416 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:12:34.30 ID:E79i860p (14/20)
「ちょっまッ、あぐぁ!」
目先で開口器をぶら下げてちらつかせると、口に指を突っ込み無理矢理開口器を押し込んできた。
涙で前が滲む。

「みっともないから泣かないでよ」
みっともない?こんな事されてみっともないもクソも無い。
後ろにいる零菜を目だけで睨み付ける。
が、それを無視してリモコンを俺の前に差し出した。

「今から見るけど気絶だけはしないでね?もう一つビデオテープあるんだから」

「……」
気絶?ホラー系の映画だろうか?
それなら余裕なのだが。

「それじゃ、どうぞ」
リモコンの再生ボタンを目の前で押す。
すると、砂嵐から突然暗い画面に移り変わった。
黒い画面を見つめる事十秒…突然映像が映し出された。

「なんだこれ?……隙間?」
画面に映っているのは襖の隙間から撮影しているであろう映像。
かなり古く、画質も悪いがこの場所…見覚えがある。
確か実家にある母と父の寝室だ。

「これもう十五年前のビデオテープなんだけど、私が撮影したのよ?」
十歳の零菜が撮影したのか…通りで手ぶれが酷いわけだ。
しかしこれは何目的で撮影されたものなのだろうか?


417 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:12:57.93 ID:E79i860p (15/20)
ビデオカメラなんて物があれば真っ先に興味を引かれるであろう俺の記憶にないのだから、ビデオカメラは零菜のモノでは無い。
零菜が十歳なら誰かに撮影を頼まれたのか…もしくは勝手に撮影したのか。

「……?」
四分ほど隙間から見る風景が映っていたのだが、突然誰かの怒鳴り声のようなモノがテレビから聞こえてきた。
女性の声だ。

――って――して!

「……」
未だに隙間から見える景色は変わらない…だけど怒鳴り声は大きくなっていく。

――まだ分からないのかッ!?お前のしようとしている事は――!

今度は別の怒鳴り声…男性の声だが聞き覚えがある。
父の声だ。
だとするともう一つの怒鳴り声は母さん…

貴方だけには言われたくないわよ!――絶対に嫌よ!私の――は――ッだけ!!!

古いビデオテープに女性が発する独特な金切り声が相まって聞き取りづらい。

「大切な“何か”を奪われると思ったお母様の声よ?」
耳元でそう囁くと、俺の後ろから移動して隣に座った。
しかし、この声……本当に母さんかと疑いたくなる声だ。
母さんの怒鳴り声なんて俺は一度も聞いたことがない…それ以前に俺は怒られた事すらないのだ。


418 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:18:07.46 ID:E79i860p (16/20)
温厚で誰にも優しい聖母のような母だといつも心では自慢に思っていたけど…。

――分からないでしょうね!私の気持ちは変わらないわ!勇哉の―を――のは―よ!
長々と怒鳴り合いが続いたが、奥の襖が開かれると同時に音声が消える。
奥の襖を開けたのは母だ。
髪を頭の上で結い、綺麗な着物姿だ。
そして奥には父も微かに見えたが表情は見えない。
見慣れた懐かしい母の姿が画面に歩み寄ってくる。

ゆっくり…ゆっくり…
――おのずと母の表情もはっきりと見えて……鮮明に……



「っ!!?」

「……はい、このビデオテープは終了」
母が零菜が居る襖を開けた瞬間、砂嵐へと変わる…。

「どうだった?お母様の愛を感じられた?」

「……」
母の愛?
確かに母は俺の名前を口にしていた。
父との口論は俺の事なのか…いったい何を話し合っていたのだろうか?
あんな母が怒り狂う事なんて…それに父も怒鳴るような人では無い。
よっぽどの事なのだろう。

しかし…内容よりも砂嵐に変わる寸前に映って母の顔が頭から離れない。
あの顔は俺が知ってる母のモノでは無かった、まったくの別物。


419 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:19:18.96 ID:E79i860p (17/20)
そう、零菜が見せたように俺の知ってる顔なのだが間違いなく“俺が知らない表情”を張り付けていた。

「あら…全然平気そうね?」
鼓動が高鳴っていく俺に目もくれず零菜は立ち上がりテレビに近づくと、テープを取り出した。
そしてもう一つのテープをデッキへと差し込む。

「予想外ね…案外貴方なら大丈夫なのかしら?」

「……」
確かにビックリはした…ビックリはしたけどこれで俺の精神を壊せると本当に零菜は思っていたのだろうか?
だとしたら零菜は俺を本当に下に見ているのだろう。
これぐらいでは問題無い。

「はぁ…貴方の顔が歪む姿を想像してたけど、とんだ肩透かしね」
わざとらしくため息を吐くと、リモコン片手に再度ベッドに歩み寄ってきた。ベッドに座り映画を見るように軽く再生ボタンを押した。

絶対に大丈夫…絶対に大丈夫……自分の心に言い聞かせ画面を見つめた。




大丈夫だったはずなのに…。






――俺の思いとは裏腹に心は呆気なく脆くも壊れてしまった。


420 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:19:42.06 ID:E79i860p (18/20)




勇哉…ぁ…ん…勇哉ぁ…



「……ん…?ぁ?…あぁ、…ぁぁっ!?」

「ふふ…お母様は本当に貴方が好きで好きで好きで…大好きなのよ?ちゃんと見なさい」

勇哉…愛してるわ!誰にも絶対に渡さない!

「ふふ…お母様あんなに乱れて…本当に貴方の○×ちゃんが欲しかったのねぇ?」

――勇哉!勇哉!私の〇○×


優しかった母…毎日のように手を握って…暖かい眼差しで……あれは全部…




「勇哉の“初めて”は全てお母様。そしてお母様の口癖は…」






――勇哉の子供は絶対に私が産むわ――






「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」

もう母の優しい表情は思い出せなかった――。
母との思い出も綺麗に歪む。
ただ、一枚一枚服を脱ぎ捨てる零菜とテレビの中で乱れる母の姿を交互に見ながら声にならない声を叫び続けた。

「お母様の想いを私が強く受け継いだ。だからお母様の夢を果たすわ」
月明かりに照らされた零菜の裸体。
綺麗なのだろう…だけど俺の頭は何か大切なモノが完全に欠落してしまっていた。

ただ叫び続けた…。


421 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/11/02(水) 01:20:22.43 ID:E79i860p (19/20)
密室の中で流れ続ける母の醜態を無理矢理見せられ続け…身体から流れる水分を止める事も出来ずに泣き叫んだ。

「じゃあ…お願いね?ちゃんと私を――」
微笑む零菜の顔が母と重なる。
もう元の零菜の顔の原型すら留めていない…。
考える事を辞めて天井に視線を向ける。

ゆっくり近づいてくる零菜らしき顔…耳元にピタリとへばりつくと小さな声で呟いた。






――孕ませて


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最終更新:2011年11月19日 18:47
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