狂もうと 第23話

140 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:02:02.73 ID:a9m8wlMU (2/26)
産まれた時から僕にはお母さんしか居なかった。
お父さんが居ない事に疑問を感じなかったのかと言われたら嘘になる…だけど僕はお母さんと二人で幸せだったし、家族はお母さんだけで問題なかった。
ある日、お母さんに僕にはお姉ちゃんが居る事を知らされた。
兄妹が居ない僕には姉と言う存在がどんなものか想像できず興味があったものの、言い知れぬ怖さもあり、お母さんに由奈と言う名の姉に会いに行こうと言われても会う事を拒否し続けた。

だけど気になる…どんな人か…優しい人なのか……お母さんに教えてもらった日からずっと頭でどんな姉か想像した。
悩みに悩んだ結果、お母さんと一緒にどんな人か姿だけ見に行く事にした。
橋の上に車を止めて学校から帰ってくる姉を待つ。
お母さんは何度かこの場所で姉を見に来ていたらしく、「もうすぐ向こうから来るわよ」と指をさして私に教えてくれた。
お母さんが言った通り、二十分ほど待っていると制服姿の一人の女の子歩いてきた。
見た目は本当に綺麗な人…笑顔を浮かべ花のような女の子だった。
そしてその笑顔を浮かべる先には一人の男性が居た。
別に目立たない男性…良くも悪くも優しそうな人だった。


141 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:02:46.51 ID:a9m8wlMU (3/26)
その人がお兄ちゃんだと聞かされた時は、姉ちゃんとはまったく似てないなぁ…と子供心に思っていた。
血の繋がりなんて複雑な事は当時の僕にはまったく分からなかったのだ……ただ、兄ちゃんに甘える由奈姉ちゃんを見て、純粋に羨ましいと思った。
背中に抱きつく由奈姉ちゃんを鬱陶しがる素振りすら見せず、笑顔を浮かべる兄ちゃんに僕は強く興味を引かれた。
だから時間がある度にあの橋に行き、兄ちゃんを見に行った。
それこそ雨が降る日もお母さんに内緒で…。
ただ、必ず兄ちゃんを見れた訳ではない。
三回に一回は見れなかったし、夜までまって道を通らない日もあった。
だけど私はやめなかった――いや、やめられなかった。
1ヶ月に一度のお小遣いで使い捨てカメラを買って兄ちゃんを橋の上から撮った事もあるけど、現像のしかたが分からない僕は使い捨てカメラがそのまま五つほどそのまま残ってしまっている。
多分殆どまともに撮れていないだろうけど、隠れて写真を撮る度、カメラを見て一人笑っていた。
それは今でも机の中に大切に保管している。

そんな日が数ヶ月続くと、小さな欲望が首をもたげてくる…。
もっと近くで見たい…触って見たい…声をかけてもらいたい…。


142 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:03:12.12 ID:a9m8wlMU (4/26)



――僕も甘えてみたい…。
感情が加速すると、もう止まらなかった…。
ある日いつものように橋に到着して兄ちゃんを待っていると、空から小雨が降ってきたのだ。
朝に見た天気予報で雨が降る事を知っていた僕は勿論、傘を持っている。
だから傘をさして兄ちゃんを待つ事にした。
小さな傘にパタパタッと小雨が当たる音を聞きながら長く続く道を眺め続ける。

「…………あっ、来た!」
自然と声が出る。
小さく二つの傘が遠目に見えた。
間違いなく、兄ちゃんと由奈姉ちゃん。

「なんだよッ…此処からじゃ全然見えないな」
傘で隠れて兄ちゃんの顔がまったく見えない…なんとか横に歩いて顔を見ようと右往左往してみるけど、どうにも橋の上からでは見辛い。

「あぁ…過ぎちゃう…」
一歩一歩、歩いてくる二人。
橋を潜ってしまうと、もう顔を見ることができなくなってしまう…。

「ぁ…あそこから降りれるかな」
ふと橋の横に降りられる階段とも言えない坂が視界に入ってきた。
橋の下で休んでたという最もらしい理由を作る為に持っていた傘を地面に叩きつけ壊すと、急いで坂を滑り落ち、橋の下へと移動した。
見えやすいように壊れた傘を両手で掴み石の上に腰かける。


143 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:03:42.41 ID:a9m8wlMU (5/26)
「ふぅ…あ、雨やまないかなぁ…(あぁあー!大丈夫かなぁ…不自然じゃないかなぁ…心臓痛いっ!)」
ドキドキする胸を傘で押さえつけ、フードを被り前を流れる川に目を向ける。
パニックになる頭が大根役者顔負けのわざとらしい言葉を勝手に口からひねり出す。

「傘壊れたし…どうしよ…(うわぁ…頭痛い!緊張で痛い痛い身体全体痛いッ!)」
まだ兄ちゃん達は遠く離れている…だけど私の口は焦りからくるパニックで勝手にポンポンと突いて出る。
目は川に向いているが、意識はすべて兄ちゃんが歩いてくる方角へと向けられた。
アスファルトを叩く雨音に混じって遠くから聞こえる足音…その足音が徐々に近づいてくる。
足音が近づいてくるにつれて、私の独り言も口から出なくなっていった…。

――お兄ちゃん、今日はちゃんと弁当に入れたトマト食べた?○×くんにあげたりしてないでしょうね
――なんでお前が○×の事知ってるんだ?もしかしておまえ…
――そんな訳ないでしょ!?殴られたいのお兄ちゃん!

二人の会話が耳に入り込んでくる……フードの隙間からちらっと横を見てみると、すぐそこに兄ちゃんと由奈姉ちゃんが並んで歩いてくるのが見えた。
慌てて視線を前に向ける。


144 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:04:16.00 ID:a9m8wlMU (6/26)
「びしょびしょだよ…ったく」

「傘さしてるのになんでお兄ちゃん濡れるの?お兄ちゃん傘揺らしてんじゃない?」
僕の視界の中を二人が横切っていく…顔を動かさずに目だけでそれを追いかける。
僕に気がつかないのか、二人は未だに会話したまま歩いていた。

「ぁ……お…おっほん!(ヤバッ…今のはわざとらしい…自分でも分かるぐらいわざとらしい!)」
頭の中でもう一人の自分が頭を抱えてのたうち回っている…。

「ん…?」
私の咳に二人が振り向いた。
フードを深く被り直し、身を縮める。

「どうしたの?大丈夫?」
真っ先に声をかけてきたのは由奈姉ちゃんだった。
深く被るフードの中を覗き込むようにしゃがみこみ、僕を見上げている。

「あ、だっ、だいっじょっ!」
まさか唐突に話しかけられるとは思っていなかったので、話す心の準備ができておらず、由奈姉ちゃんから勢いよく目を反らして背中を向けてしまった。

「ほら、由奈の顔が恐いから背中向けちゃっただろ?」

「お兄ちゃんつまらないこと言ってると、叩くよ?」

「はは、ねぇキミ」

「は、はひ!?」
突然後ろから肩をポンポンっと叩かれる。


145 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:04:41.62 ID:a9m8wlMU (7/26)
「キミよく橋の上にいる子でしょ?傘壊れちゃったんだよね?此処に傘置いとくからこれで家に帰りな」
まさか気づかれていたなんて…軽いショックを受けながらも気づいてくれていた嬉しさで自然と口がにやける。
まぁ、あれだけ顔をピョコピョコだしていたら気がつかれるかも知れないけど…。
私が座っていた石に兄ちゃんが使っていた傘を立て掛けると、そのまま二人の足音が遠ざかっていくのが分かった。

「あっ……ぉ、おい!」
慌てて振り向き、呼び止める。
由奈姉ちゃんは振り向かなかったけど、兄ちゃんは振り向き笑顔を向けてくれた。

「あ、ありがと…今度返す…よ」

「あぁ、俺が下通り過ぎる時にでも橋の上から放り投げてよ」
冗談混じりにそう笑うと、由奈姉ちゃんの傘に入って二人仲良く遠ざかって行った…。
それを見えなくなるまで見送った後、兄ちゃんに貸してもらった傘をさしながら橋の下から出てみた。
大きな黒い傘…僕の傘より2周りほど大きな傘は、僕に雨を一切寄り付けなかった。

「ははっ…おっきいなこの傘!」
大人用の傘なので重たかったけど、僕は二時間ほど傘をさして雨の中を歩き回った。


146 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:05:09.75 ID:a9m8wlMU (8/26)
おかげで38℃を超える熱をだしてしまったけど、その日は本当に幸せだったのを今でも覚えている。
しかし熱は3日間続き、その間家から一歩も出られなかった…だから兄ちゃんの顔も見れなかったし、傘を返す事もできなかった。
熱が引いた翌日、急いで橋まで行って傘を返す為に兄ちゃんを待ち伏せした…今度は堂々と橋の下で。
だけど、その日暗くなるまで待ってみたけど兄ちゃんが姿を見せる事はなかった。
今日は運が悪かった…その日は諦めて、次の日も…その次の日も……晴れでも曇りでも雨でも傘を持って橋に向かう。
結局あの日から兄ちゃんがあの道を通る事はなかった。
後日お母さんに聞いたら、高校卒業後に一人暮らしするために町を離れてしまったとのこと…。
その事に大きなショックを受け、僕は一週間家に引きこもり、お母さんにバレないように泣いた。
男子とケンカして殴られても絶対に泣く事なんてなかったのに、初めて悲しさから目が腫れるまで僕は泣いた。
それからその橋に行く事が無くなり、数年後、僕は中学生になった。
月日が経っても兄ちゃんを忘れる事は無く…いや、それ以上に兄ちゃんに会いたくなる一方で何度も兄ちゃんの実家に行こうかと思っていたほど…。


147 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:05:36.42 ID:a9m8wlMU (9/26)
お母さんにダメだと言われていたので仕方なく諦めていた…。



――僕が中学生に上がる頃からだろうか…お母さんがよくお酒を飲むようになったのは…。
酔うと決まって僕の知らない男性の名前を呟き涙を流すお母さん…何度かお母さんにお酒を控えるようたしなめるけど、私が口出すと怒るのだ。
だから口出さずに飲ませていたけど…。

ある日、夜遅くに酷く酔っ払って帰ってきたお母さんは、私の知っているお母さんの顔をしていなかった……真っ赤な目に真っ赤な顔…明らかに悪酔いしているなと一目で分かるほどお酒にのまれていた。
鞄を壁に叩きつけ、叫ぶお母さんを静かにしようと腕を掴む…それを振りほどき私に怒鳴る。

――本当なら私があの人と一緒になれるはずだったのに!死んだんだから私を――ッ―

「お母さん静かにしてよ!近所迷惑でしょ!」

――そうよっ!まだあいつらが残ってるからッ

「あいつら?何を言ってるの?」

――あいつらさえ居なくなればッ!

「やめて?ね?お母さん変なことやめてね?」

――空!喜びなさいよ!あいつら私が――してやる!

「なっ!?何言ってるんだよ!そんな事したらっ」


148 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:06:11.05 ID:a9m8wlMU (10/26)
――住所も知ってるのよ!――してやる!今すぐ――してやるッ!!!

「お母さん!やめてッお母さん!お母さッ―ッ――ぅッ――――ああああああああああああああああ!!!!!!!」




※※※※※※※


「昌彦(まさひこ)はッ…昌彦は何処に居るんですか!?」
そう叫びながら私の胸ぐらを掴んで、揺さぶる女性…名前は留美子。名字は知らない。
留美子さんが涙を流しながら私にすがり付くには大きな理由がある……それは車の中に居る男の子の存在。
留美子さんの弟で、小学六年生の可愛らしい子供だ。
何故留美子さんの弟が私の車に居るのかと言うと、わかりやすく言うと私はその子を下校中に拐ったのだ。
留美子さんが事故にあったと伝えると、簡単についてきたから楽だった。
多分空ちゃんも居たから疑いもしなかったのだろう…私が言えた事では無いけど、もう少し人を疑う知識をつけないと今後も危ない事に巻き込まれそうだ。

「焦らないで、後部座席に居るわよ」
そう伝えると、私の胸ぐらから手を離して車へと駆け寄った。

「昌彦!昌彦大丈夫ぶ!?貴女昌彦に何をしたのよ!」


149 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:07:43.88 ID:a9m8wlMU (11/26)
後部座席のドアを開けて昌彦くんを抱き抱えると、目を覚まさない昌彦くんを見て私を睨み付けて怒鳴った。

「睡眠薬で眠っているだけだから安心しなさい」
助手席に居た空ちゃんも外に出て昌彦くんの顔を覗き込む。

「近寄らないで!」
空ちゃんを突き飛ばすと、昌彦くんを抱いて立ち上がり私達から距離を取った。
お兄ちゃんを取り戻すという私の目的は達成されたのだからもうどうでもいいのだけど、恨まれたらたまらないので留美子さんに一つの鍵を手渡した。
鍵を見つめ「なんですかこれ?」と警戒心を解く事なく私に聞いてくる留美子さん。

「ほら、離島に別荘あるでしょ?あそこ誰も使ってないから貴女が使っていいわよ。クルーザーがある場所は分かるでしょ。鍵は刺したままだから」
それだけ伝えると、車に乗り込む為に留美子さんから遠ざかった。

「な、なんで私がそんな所に行かなきゃいかないんですか?」
私の“厚意”が分からないのだろうか?
ため息を吐き捨て昌彦くんを指差す。
何を勘違いしたのか私から守るように昌彦くんの顔を隠して見えないようにした。


150 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:08:26.92 ID:a9m8wlMU (12/26)
「二年ほどの食料は地下にあるから。島には貴女とその子の二人だけ……島に行くか行かないか貴女が決めていいわよ?貴女達の両親は私が何とかしてあげる。
緊急で何か必要なら、鍵の掛かった緊急電話があるからそれを使いなさい」
留美子さんを小さく嘲笑い、車のエンジンをかけた。
この留美子さんという人間は本当にわかりやすい……あの目…独占欲にまみれた純粋な子供のような目をしている。

「……」
私の言葉に耳を傾け、無言のまま私を見ている。
数十秒後――留美子さんは私に一度深く頭を下げると、昌彦くんを抱き抱えたまま闇の中へと消えていった。
それを見送り、車を発進させる。

「なぁ、あの二人大丈夫なの?なんか留美子のヤツ危ないような顔してたけど…」

「大丈夫でしょ。もう会うことはないだろうけど、幸せになるといいわね」
本来なら私とお兄ちゃんで使おうかと思っていた別荘なのだけど、少し不便なので迷っていたのだ。
誰も居ない小さな島で二人だけ…しかも相手は小さな子供…クルーザーなんて運転できないはず……そう考えたらあそこは昌彦くんにとって監獄のようなものじゃないだろうか?


151 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:08:54.10 ID:a9m8wlMU (13/26)
精神を壊して作り替えるには持ってこいの場所。
どうせ留美子さんも零菜さんを裏切った時点で居場所なんて無いのだから、死ぬまで仲良く二人で“混ざれば”いい。

「早く兄ちゃんの所に行こうよ。多分寂しがってるから」
心配そうに呟く空ちゃんを見て、今すぐ外に捨ててやろうかと思った。
当たり前のように兄ちゃん…兄ちゃん…兄ちゃん…兄ちゃんッ!
昌彦くんを留美子さんに手渡す為に家を出る時も「僕が兄ちゃんについてるから由奈姉ちゃん行ってきなよ」とほざいたのだ。
二人にすると何をするか分からないので無理矢理連れてきたけど、何か勘違いをしている“これ”にもちゃんとわからせないといけない。
妹は私一人だけ…。

「由奈姉ちゃん唇血出てるよ?」
空ちゃんに言われてミラーでちらっと確認する。
確かに唇から血が一筋ツーっと垂れている。

「えぇ、そうね」
それを拭き取る事なく車を走らせた。
零菜さんを潰した後は…やはりこの子が目障りになってきた。
いや…前々から気にくわなかったが、さりげなくお兄ちゃんの側にいようとするこの“女”が憎くなってきたのだ。

(まぁ…そんな空ちゃんとも、もうすぐお別れだからいいか)


152 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:09:20.51 ID:a9m8wlMU (14/26)
空ちゃんを横目で見ながら心の中で呟いた。

――今朝…零菜さんの事がニュースで流れた。
意識不明の重体。死んだかと思っていたのだけど…ゴキブリ並みにしぶとい生命力だ。
まぁ、零菜さんが意識を取り戻して警察にたれ込んでも問題無い…だって突き飛ばしたのは私ではなく空ちゃんなのだから。
そして空ちゃんが突き飛ばした時、私は意識朦朧とするお兄ちゃんと車の中で一緒に居た。
そう……警察から何を言われても、お兄ちゃんは必ず私を守ろうとするのだ。
もうすぐ空ちゃんともお別れ…悲しくは無いけど、笑って送り出してあげよう…満面の笑みで…ね。






――隠しきれない~移り香が~♪

「……ずいぶん古い歌知ってるわね。そう言えば空ちゃん演歌ばっかり歌ってるけど好きなの?」
助手席に座る空ちゃんが機嫌よく演歌を歌っているので気になって聞いてみた。
普段からよく歌を口ずさむけど、すべて演歌なのだ。

「うん、お母さんがよく歌ってたから僕も好きになったんだよ。いつしかあなたに浸みついた~♪」
窓の外を向いたまま歌を歌い続けた。

「ふぅん…ねぇ…」

「誰かに盗られる~くらいならぁ…なに~?」


153 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:09:46.27 ID:a9m8wlMU (15/26)
「……お母さん何で亡くなったの?」
何となく…本当に軽い興味で聞いてみた。
自分の母親がどんな死に方をしたのか。



「あなたを殺して…いいですかぁ~………僕が殺したよ?」
ブレーキを踏む。
別に空ちゃんの言葉に驚いてブレーキを踏んだ訳ではない。
単純に赤信号だから踏んだのだ。
ただ、軽く会話するように呟いた事に少し驚いた。
空ちゃんに目を向けるが、窓側に顔を向けているので此処からでは表情がまったく見えない。
本当か嘘かの区別がつかない…だけど多分本当だろう。
背中を見て不思議とそう思った。

「……なんで殺したの?」

「兄ちゃんに酷いことしようとしたから…だから首にヒモくくりつけて引っ張った」
兄ちゃん…お兄ちゃんの事だろう。
しかしこれで分かった…何故躊躇無く零菜さんを突き飛ばす事ができたのか。
この子はたった一度の殺人で人を殺す事に“慣れて”しまっている。


「そう…酷いこと…それなら仕方ないわね」
どうせ篠崎が証拠隠滅したに違いない。
事故か自殺扱いにでもしたのだろう…。
でも私は空ちゃんを責めない…多分私も同じ状況なら同じような事をするに違いないから。


154 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:10:12.41 ID:a9m8wlMU (16/26)
赤信号から青信号になるのを確認すると、再度車を発進させる。
それからは家までお互い無言を通した。

「兄ちゃ~ん、帰ったよー」
家に到着し、玄関で靴を脱ぎ捨てると、空ちゃんはお兄ちゃんの部屋へと一人走っていった。
帰った?残念ながら此処は私とお兄ちゃんの部屋。
他の誰のモノでも無い。
明日になったら実家に電話して迎えに来てもらおう…それで完全に終わり。
関係は完全に断ち切る。

「お兄ちゃんただいま。身体の具合はどう?」
部屋に入ると、ベッドに座るお兄ちゃんが視界に入ってきた。
いつも通りのお兄ちゃん…だけど、やっぱり表情は暗い。
私の声に痛々しく笑うと、空ちゃんの頭を撫でて私から目を反らした。
お兄ちゃんの心にできた傷は深い…その傷を癒せるのは私。
職場も家も全て変えて心機一転…今度は絶対にバレない遠い田舎にでも行こうかと思っている。
海外でもよかったのだけど、言葉の壁でお兄ちゃんのストレスがたまってしまうかもしれない…だから田舎で自営業をして二人で暮らして行く。
お兄ちゃんを傷つける者が居ない場所に行くのだ。

「お兄ちゃん、お風呂入らない?」

「いや…いいよ」


155 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:11:06.22 ID:a9m8wlMU (17/26)
「そう…それじゃ身体だけ拭こうか。タオル持ってくるからちょっとだけ待っててね」
消えそうな声を震わせるお兄ちゃんを置いて部屋から出ると、洗面所へと向かった。
零菜から引き離し家に帰ってきた時から、お兄ちゃんは私に対しても少しおかしい…。
やはり前に強引に身体の関係を迫ったから私も警戒されているのだろうか……だとしたら後悔の念が津波のように押し寄せてくる。
私はお兄ちゃんの妹……お兄ちゃんの妹……だけどお兄ちゃんの身体に所々刻まれた赤い痣…零菜のキスマークの痣を見る度に私の欲が首をもたげてくるのだ。
そして強い殺意に似た感情が自分を支配する。
何故零菜さんなのだろうか?私ならお兄ちゃんを傷つける事なく愛し合える自信があるのに…。
お兄ちゃんのすべてを自分の色に染めようとした零菜さんはお兄ちゃんを傷つけただけ……だけどお兄ちゃんと長い時間愛し合った。

「ッ……ぐッ!」
湯で濡れたタオルを握りしめ、力強く捻る。
これは間違いなく嫉妬…私は零菜さんに嫉妬している。
お兄ちゃんとキスをして…お兄ちゃんに舌を這わせて…お兄ちゃんと繋がったあの女が……羨ましかった。

「ふざけんな…死ね…死ね…死ね」


156 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:11:56.87 ID:a9m8wlMU (18/26)
私の殺意はやはり自分の手で零菜さんを殺さないと収まらないようだ…何とかして自分の手で零菜さんを殺して罪を空ちゃんに擦り付けられたらいいのだけど…。
それはまた、後で考えよう…まずはお兄ちゃんの傷を癒す事だけを考えないと…。


「由奈姉ちゃん、誰か来たよ?」
後ろから聞こえてくる声で我に帰る。
反射的に後ろを振り向くと、扉前に空ちゃんが立っていた。

ピンポーン――ピンポーン――

たしかに、玄関からインターホンの音が鳴り響いている。

「私はお兄ちゃんの身体拭くから、空ちゃん出てよ」

「えぇ…僕が拭くよ」

「早く行け!」
空ちゃんの頬を叩いてやろえと手を振り上げる。
振り上げる手を避けるように顔を引っ込めると、玄関へと走っていった。
それを見送った後、駆け足でお兄ちゃんの元へ向かった。

「お兄ちゃ~ん…」
扉から顔だけ突っ込み中を覗き込む。

「あれ…寝ちゃった?」
先ほどはベッドに座っていたのだが、ベッドに横たわり瞼を閉じてしまっている。
ベッドに近づきお兄ちゃんの顔を覗き込む。

「すぅ……すぅ…」
可愛らしい寝息を立てて眠っている。

「お兄ちゃんカワイイ…」


157 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:16:14.70 ID:a9m8wlMU (19/26)
お兄ちゃんの唇に人差し指を添えると、微かに感じる寝息が私の人差し指を熱くする。

「ねぇ、お兄ちゃん。私じゃダメなの?んっ…」
お兄ちゃんの唇に人差し指を添えると、微かに感じる寝息が私の人差し指を熱くする。

「お兄ちゃん…ねぇ、私じゃダメなの?零菜さんなんかよりもお兄ちゃを愛してるんだよ?んっ…」
お兄ちゃんの唇に人差し指を軽く押し込み、でこぼこした歯茎を人差し指でなぞる。
口から指を引き抜き、指を見つめる。
綺麗にお兄ちゃんの唾液で光っていた。

「はぁ、はぁ…あむっ」
その指を大切に自分の口に押し込む…。
自分の指をお兄ちゃんのペニスと想像して舌を這わせる…お兄ちゃんを起こさないよう音を立てずに…。

「は…ぁ…お兄ちゃっん゛ッッ」
一気に沸点が上がったように頭がカッと熱くなる。
自然と指は自分のズボンの中へと滑り込みパンツの中へと侵入していく。

「は、あッん…」
陰部に中指を押し込みお兄ちゃんの顔を見つめる。
お兄ちゃんにはもう変なことは絶対にできない…できないけど身体がお兄ちゃんを欲している。
数回中指を出し入れした後、引き抜く。
自分の愛液でベトベトになった指…それをお兄ちゃんの唇に薄く塗った。


158 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:16:41.76 ID:a9m8wlMU (20/26)
そして口の中へ恐る恐る押し込んだ。

「ねぇ…私のと零菜さんの…どっちが美味しい?ねぇ?私の方がいいでしょ?」
お兄ちゃん決して聞こえないように近くで囁く。
お兄ちゃんは私のモノ…お兄ちゃんは私のモノ…お兄ちゃんは絶対に誰にも渡さない…渡さない…渡さない…。
頭で何度も呟きお兄ちゃんの唇を指で“犯した”。




――ッ――ッ!

「……チッ!」
玄関から何やら騒いでる声が耳に入ってきた。
耳障りな音…何を騒いでいるのだろうか?
自分でもお兄ちゃんが起きるんじゃないかと思うほどの舌打ちをして立ち上がる。
扉を開けて玄関へと歩いていく…。
空ちゃんは一度本気で説教しないと気がすまなくなってきた。

「あんた何を一人で騒い………え?」

「あっ、由奈姉ちゃん!」
扉を開けて玄関前まで歩いてくると、まったく想像していなかった光景が視界に飛び込んできた。
玄関で空ちゃんと知らない中年が掴み合っているのだ。

「このっ、くそ野郎!」
空ちゃんが相手の腹部に何度も膝蹴りを入れる。
それでも相手は怯むことなく空ちゃんを離そうとしない。

「ぇ…なにこれ…ちょっとあんたら…」


159 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:17:09.28 ID:a9m8wlMU (21/26)
状況が飲み込めない私はその場に立ち止まり二人を眺めることしかできなかった。
真っ先に頭に浮かんだのは……あんた誰?
純粋にそう思った。
そして服装…郵便局の職員だろうか?

「コイツ郵便物があるって言うから開けたらッ、突然家の中に入ってきたんだ!」
突然中に入ってきた?何故?まったく状況を把握できない私を差し置いて二人は周りの物を壊しながら激しく掴み合っている。

「このガキッどけ!」

「痛ッ!」
空ちゃんを軽々と振り回し壁へと叩きつけると、今度は私に目を向けてきた。
――この時、初めて身の危険を感じて近くにあった花瓶を掴んだ。

「な、何よあんた?人の家に勝手に入ってきて」
見たことない人間が自宅に居る…言い知れぬ恐怖に足を震わせながらも花瓶を両手で掴んで男と対峙する。
これで頭を殴れば間違いなくただ事ではすまないだろう…だけど自分の身を守る為だ。

ゆっくりと此方へ歩み寄ってくる…。

「このっ!死ね!」
立ち上がった空ちゃんが男の背中めがけて飛び蹴りを入れる。
よろめき後ろを振り向いた瞬間、後ろから花瓶を頭に叩きつけてやった。
ガシャンッと激しい音と共に壁に血が飛び散る。


160 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:17:32.43 ID:a9m8wlMU (22/26)
「ッ!」

「なっ!?あぐ!!!」
血だらけの顔を気にする素振りすら見せず、男は再度振り返り私の頬を強く殴った。
壁に頭を叩きつけ、そのまま地面に倒れ込む…。
視界がぐらぐらと揺れ、立ち上がれない。多分、脳震盪を起こしたのだろう。
早く立ち上がらないと何をされるか分からない…。
ガクガク震える足を何とか動かすが、まったく言うことを聞いてくれない。

「……」

「ぅッ…つ…?」
私を殴った後、突然男は周りをキョロキョロと見渡しだした。
まるで私達が見えないように、何かを探している。

「由奈姉ちゃんッ…」
空ちゃんが台所を指差して何らかのジェスチャーをして見せた。
多分台所から何かを持ってくると言っているのだろう。
一度うなずくと、再度立ち上がる為に足に力を入れる。

「ふっ…うぅ…」
何とか立ち上がり、再度男と対峙する。

「どけッ!」

「きゃっ!」
今度は突き飛ばされて、地面に転ばされる。
ダメだ…まったく足に力が入らない。
下から男を睨み付け、次の攻撃に備えた。

「……あそこか…」
そう呟くと、私に目もくれずに私の横を通りすぎて行った。
その行動に私の精神は酷く揺らされた。


161 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:17:55.76 ID:a9m8wlMU (23/26)
奥の部屋にはお兄ちゃんが一人寝ているのだ。

「ちょっと待ちなさいよ!!!あんた何が目的よ!」
足を引きずり男を追うが、男は私の声が聞こえないようにスタスタ歩いていった。
「空ちゃん!はっ、早く戻ってきて!早くッ!」
男がお兄ちゃんが居る部屋の扉に指を掛けて扉を開ける。
何とか立ち上がり、空ちゃんを大声で呼んだ。
今の私では何もできない…お兄ちゃんを守らなきゃいけないのに!

「ゆ、由奈姉ちゃん、持ってきてよ!」
リビングから飛び出してきた空ちゃんの両手には包丁が二つ握られていた。
それを一つもらい、お兄ちゃんの部屋へと覚束無い足取りで歩いていく。

「このっ!このっ!ダメだ!中から鍵けてる!」
空ちゃんがガチャガチャと取っ手を回して強引に開けようとする…が鍵が掛けられておりビクともしない。

「お兄ちゃん!?逃げてお兄ちゃん!!!」
私も叫びながら何度も扉を叩いた。
叩く手から血がでようとも壊す勢いで叩いた。


――ぎッああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!

「お兄ちゃん!?お兄ちゃん!!!」
聞いたこともないようなお兄ちゃんの叫び声に、私の胸は張り裂けそうなほど悲鳴をあげていた。


162 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:18:21.19 ID:a9m8wlMU (24/26)
部屋の中から聞こえるお兄ちゃんの叫び声に二人で顔を見合わせる。

「開けろッ!おまえ兄ちゃんに何かしたら殺すからな!!!」
取っ手がちぎれるんじゃないかと思うほど空ちゃんが引っ張る。
ネジが緩んできてはいるが、開く気配を見せない。

「このっ、くっ、、ッ!?空ちゃん離れなさい!」
突然鍵穴からガチャガチャッと音がしたと思うと、先ほどの男が扉を開けて廊下に飛び出してきた。

「う…(何この臭い!?)」
扉を開けて真っ先に感じたのは、焼ける匂いと薬品の匂いが混じって異臭。
顔をしかめて部屋の中へと飛び込む。

「うあああああああああああああ!!!」

「お兄ちゃん!何をされたの、お兄ちゃん!?」
顔を押さえながらベッドの上で苦しそうにうずくまるお兄ちゃん。
お兄ちゃんを抱き抱えて問いかけるが、お兄ちゃんは悲鳴をあげるだけで会話にならなかった。

「兄ちゃん!だ、大丈夫か!?」

「あの男は!?」

「逃げていったよ。背中を何回か刺したけど普通に走って逃げた。それより兄ちゃんは!?」


163 :狂もうと ◆ou.3Y1vhqc [sage] :2011/12/04(日) 20:18:52.61 ID:a9m8wlMU (25/26)
血のついは包丁を両手で握りしめ、男が戻って来ないように扉の外を見張っている。
あの男、何が目的か分からない…けど言動や行動を見る限り、初めからお兄ちゃんを狙っていたように感じた。
だけど、今はそんな事どうでもいい。
早くお兄ちゃんを病院に連れていかないと――。


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最終更新:2011年12月27日 22:51
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