618 :
吸精之鬼 [sage] :2012/01/15(日) 16:40:39.53 ID:lG8lbEkO (2/7)
吸精之鬼、それが男女いずれに対する罰なのか、
長い時を生きる清水理沙にさえ、その答えは出ない。
吸精之鬼は、男が女に自らの精を与える事で、自身の所有物、奴隷と出来る人間の事だ。
それだけを考えれば、女に対する罰だと言える。
何せそうなった女は、他の人間を愛する事が出来なくなるのだ。
だが、もう一つ、別の事実がある。
吸精之鬼となった男は、女に対して自らの精を供給し続けなければならない。
精は必ずしも無限ではない。体力と同じで回復こそ可能なれど、限度がある。
それを越えた先に待つのは、死だけだ。
ただ一つ分かっている事、それはいずれの罰にせよ、そうなった者達が繰り広げる物語は、清水理沙にとって、喜劇だと言う事。
そして清水理沙は、その喜劇を盛り上げる為に長い年月を、それこそ清水理沙になる以前より、存在しているのだ。
619 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/15(日) 16:42:01.40 ID:lG8lbEkO (3/7)
日曜、大輝と桜は久し振りに二人だけで出かけていた。
「デート!デート!」
と桜は浮かれているようだが、そんなに艶やかなものではなく、単に親戚への用事を頼まれていた大輝に、たまたま部活が休みだった桜が着いて来ただけで、大輝にとってみれば、余計な仕事と厄介者がセットだ。
「兄ちゃん兄ちゃん!コレ、可愛いよ、見て見て!」
桜は親戚に対する用事がある事など気にした様子なく、途中で通った商店街で、自分が気になった店に大輝を引っ張り込んでは、そうしてはしゃいだ。
あの日以来、桜の調子はその前より格段と良くなっていた。
キスをする度、精を注ぐほどに桜は元気になっていく。
「あのなぁ、福原の叔父さん家に届け物するために出てきたんだぞ?」
「だいじょーぶ!時間はタップリとあるんだから!」
呆れた声で窘める大輝に、桜が笑顔で答える。
確かに時間は十分にある。
とっとと用事を済ませるつもりでいた大輝は、朝早くに家を出たのだ。
それでも既に昼近くにはなっていた。
「いい加減急ぐぞ」
大輝がそう声をかけた時、桜はじっとある商品を見ていた。
大輝が近寄り、桜の視線の先にある商品を見る。
それは指輪だった。
620 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/15(日) 16:43:04.17 ID:lG8lbEkO (4/7)
「兄ちゃん・・」
大輝の存在に気づいた桜が、懇願するような眼で大輝を見る。
大輝はそんな桜に呆れつつも、その指輪と値段を見る。
高校生である大輝から見ても、それほど高価な物ではない。
「にーちゃん!」
その言い方は本格的に何かをねだる時の言い方で、ついでに言えば、眼をウルウルさせている。
「はぁー」
そんな桜に大輝は溜め息を一つ大きくつくと、
「それ買ってやるから、とっとと行くぞ!」
と、口調を乱暴にしながら、そっぽを向いて言う。
なんだかんだと言った所で大輝は桜に甘い。
それと知られたくないのと、テレがあるだけだ。
「兄ちゃんありがとう!」
桜が大声で礼を言いながら、大輝に抱きつく。
「うわっ!ばか、離れろ!」
そんな慌てる大輝に関係なく、
「だぁいすきだよ、兄ちゃん!」
と、桜は満面の笑みで喜びの声をあげた。
そんな桜に、大輝の顔は真っ赤になっていた。
621 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/15(日) 16:44:11.70 ID:lG8lbEkO (5/7)
昼飯を食べる為、二人はファミレスに寄っていた。
このままの時間で行くと、食事時に叔父の家に着いてしまい、それは迷惑ではないか、そう桜が主張したためだ。
赤の他人の家ではないし、そこまで気を遣う必要はないようにも大輝には思えたが、桜は”親しき仲にも礼儀ありだよ”と言って譲らない。
この叔父の家には、自分は何度となく訪れているものの、部活が忙しい桜は滅多に来る事がないので、その事で遠慮があるのかもしれない、そう考えた大輝はあっさりと桜の言葉に従った。
日曜の昼時なので、混んでる事もすぐに席に案内された。
近くにオープンしたばかりの別系列のファミレスがあり、そこが今、セールをやっている為か、思った以上に空席が目立つ。
「うーん、何にしようかなあ?パスタもいいけどハンバーグも捨て難いし、わふーを選んで大人な女ってイメージを兄ちゃんに植え付けるのもイイかも」
和風の何が大人なんだか良く分からなかったが、既にメニューを決めていた大輝は、メニュー表を見ながら色々と悩む桜の姿を、微笑ましく見守る。
そして散々悩んだ挙げ句、ようやく桜が、「きめた!」と声を上げる。そして、
「兄ちゃんと同じのにする!」
と、どうだと言わんばかりの声で宣言した。
「散々悩んで、それかよ・・」
「うん!やっぱりデートなんだから、恋人同士で同じ物を食べなきゃ!」
「あ、そう」
桜の妄言に色々と言いたい事もあったが、大輝はそれだけを言うと、店員を呼んだ。
暇なのか、店員はすぐに来た。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「チーズハンバーグのライス、サラダセット二つ」
「兄ちゃん兄ちゃん!」
事務的に聞く店員に大輝も事務的に返した時。桜が目を輝かせながら大輝に聞く。
「デザートも頼んでいい?」
「別に構わないよ」
「じゃあ、甘くて甘いストロベリーチョコパフェ一つ!」
大輝の返答を得るや、桜が勢い良く注文した。
”そんなんがたべたいのか”
びっくりしながら大輝が桜の顔を見ると、桜は嬉しそうに、
「へっへへ、兄ちゃんと来た時にコレを食べたかったんだ」
と、とびっきりの笑顔を見せる。
そして、なぜか店員も微笑ましそうな顔をしていた。
622 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/15(日) 16:45:22.56 ID:lG8lbEkO (6/7)
注文を待つ間、大輝は桜にビニール袋を渡そうとした。
それは先程の店で買った指輪が入ってるものだ。
しかし、桜はそれを受け取ろうとしない。
「兄ちゃん、分かってないわね?」
誰かの真似してるのか、桜が急に足を組みながら大輝に言う。
「こういう物を渡すにはじょうきょおってものがあるのよ?」
懸命に大人びた口調で語る桜だったが、その年齢以上の童顔と声では、はっきりと似合わない。
「まだ若い若造の貴方には分からないかしら?」
妙に格好付けて言う桜、自分の言葉には気付いてない。
そんな桜に大輝も頭が痛くなる思いで、何も言う言葉がない。
「あたくし、御トイレに行ってきますので、その間に考えなさい」
そう言ってから席を建とうとして、ちょっとよろけた(自分が足を組んだのを忘れてた)桜に、大輝はもう、”せめて御手洗いだろう”としか突っ込みようがなかった。
トイレに行く、それは桜にとって口実だった。
本音は、今日一日、いや、今までずっと自分たちを見ている相手に一言、言ってやりたかったからだ。
幸い、店自体が空いているせいか、女子トイレには桜とその相手しかいない。
「ねえ、お姉さん、なにがしたいの?」
桜がその相手に問いかける。
正確に言うならば、その空間に声をかけた。
そこには誰もいない。桜にしても、女の気配を感じるだけだ。
第三者が見れば、桜が独り言を言ってるようにしか見えないだろう。
「ねえ、なんで何も答えないの?いるんだよね」
それでも桜が言葉を続ける。
「私は話をしたいだけだよ、何で出てこないの?」
桜のそんな声に、それまで空間であった場所が少しづつ歪んでいきながら、一人の女性を形作っていく。
そして、誰の目にもはっきりと分かる女性になったその姿は、
清水理沙、その人だった。
最終更新:2012年01月21日 17:22