637 :
吸精之鬼 [sage] :2012/01/16(月) 11:54:28.42 ID:ew+5bN5Q (2/8)
吸精之鬼、それは吸精之鬼の血を引く者がそうなる訳ではない。
吸精之鬼は一代限り、その能力を子孫が受け継ぐ事はない。
異能者の血と妖の血、その異なる二つの血が混じり合った時、吸精之鬼は誕生するのだ。
その理由については詳しく分かっていない。
薄れ消えゆくだけの双方の血が、それを途絶えさせない為なのか、それとも・・。
その理由はともかくとし、父方である大野の家は異能者の血を持ち、母方である福原の家は妖の血を受け継いでいた。
そしてその結果、長男である大輝が吸精之鬼として覚醒した。
ならば、同じ血を持つ妹の桜はどうなのだ。
同じ両親の元に生まれた妹、
女が吸精之鬼となる事はない。
女では精を与える方法が貧弱すぎるから。
今まで清水理沙は、吸精之鬼と成り得る血を持った女は、吸精之鬼に対する抵抗力があるものだとばかり考えていた。
だがそれは大きな誤りであった。
638 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/16(月) 11:55:48.69 ID:ew+5bN5Q (3/8)
何もない空間から姿を現した女性、
そんな相手に対して桜は臆するどころか、逆に好奇心を溢れさせていた。
「お姉さん、すごぉい!」
気付かれる可能性などないはずなのに気付かれた事に警戒する理沙の事などお構いなしに、桜が感嘆の声を上げる。
「ねえねえ、それどうやってやるの?私にも出来るようになる?」
「貴女、私が怖くはないの?」
「居るのは知ってたんだから、怖いワケないよ」
「そんなのより、今のどうやってやるのか教えて!」
桜の興味は、理沙がどのようにして姿を隠していたかに尽きるようで、理沙の正体に微塵も興味をみせない。
そんな桜を、理沙は未だ驚愕の目を持って見ている。
吸精之鬼、その奴隷となった女は何らかの特異な力を持つことがある。
が、それはあくまでも性行為の後の話だ。
女が吸精之鬼になれない理由でもあるが、キスだけでは不充分、体内に直接、精を受ける事で、完全に吸精之鬼の奴隷となり、その代償として特異な力に目覚める。
理沙が観察している限りでは、大輝と桜との間にキス以上の関係はない。
639 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/16(月) 11:57:27.74 ID:ew+5bN5Q (4/8)
「私にもそれが出来たら、ずっと兄ちゃんと一緒に!お風呂に入っても怒られないし、トイレにだって着いてっても・・、へっへへ、恥ずかしいなあ」
「貴女!私に話があるんじゃないの?」
一人、現実逃避を始めた桜に、理沙が大きめの声で問い掛ける。
それで現実に戻った桜が、理沙の方に向き直り言う。
「そうだ、忘れるとこだった」
「お姉さん、何で私達に付きまとうの?はっきり言って迷惑だよ」
先ほどまでとまるで変わった厳しい視線と声が理沙に突き刺さる。
「それが私の使命だからよ」
桜の厳しい視線に何ら動ずることない理沙の答え。
「しめい?」
「そう、吸精之鬼とその周りの人間を観察するのが私の使命」
「吸精之鬼・・」
その言葉は桜も知っているし、自分がそうであろうと考えている。
そしてその事を自分と兄が知ったのは、
そこまで思い至った時、桜の脳裏に自分達にその事を教えてくれた女性の顔が思い浮かんだ。
それは目の前にいる清水理沙の顔だ。
「お姉さん、あの時の!」
桜の表情がまた変わり、驚きの中にも喜びが見える。
「思い出してくれたのね」
「あの時はありがとう!おかげで兄ちゃん、私にたっくさんキスしてくれるようになったよ!」
嬉しそうに無邪気な笑顔を浮かべながら言う桜、
そんな桜に理沙は「良かったわね」と笑顔で言うと、
「そう言えば、貴女達は吸精之鬼について勘違いしているわ」
と桜を見据えながら続ける。
「吸精之鬼は貴女じゃない、お兄さんなの」
事実を知った桜がどのよう反応を見せるか、楽しみにしていたのだ。
640 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/16(月) 11:58:55.88 ID:ew+5bN5Q (5/8)
「それ、どういう意味ですか?」
桜が理沙を見上げながら聞く。
「貴女のお兄さんが吸精之鬼、つまりは貴女に精を与える事で、貴女を我が物に出来る能力があるって事よ」
理沙は桜の変化を見逃さぬよう努めながら言葉を続ける。
「貴女へのキス、その一回一回で貴女を自分だけの物にしていってるの」
「えっと、私がどうなるって事ですか?」
「このままでは貴女はお兄さんしか愛せない。お兄さんだけの為の存在になってしまうわ」
吸精之鬼の本質、吸精之鬼の問題点、それを理沙は隠す事なく、桜に告げた。
まだキスだけの段階なら助かる余地はある。
桜が助かりたいと言うのならば、助ける事もやぶさかではない。
だが、桜の反応は理沙が考えていたものとまるで違うモノだった。
「で、それでなんですか?」
言葉の意味が分からない、そう言いたげに問い掛ける桜。
「貴女、このままだとお兄さんだけの・・」
「それ、当たり前だよ?」
理沙の言葉を遮り桜が言い切る。
「ずっとずっと前から私は、桜は、兄ちゃん、大輝兄ちゃんだけの物なんだよ」
クスクスと笑いながら言う桜、その瞳の奥に隠しきれない炎を宿して。
理沙にとって有り得ない話だ。
キスだけでそこまで心を縛れない筈なのだ。
その時、理沙は一つ思い出した事がある。
この兄妹に初めて本格的に接触した時の事だ。
あの時、吸精之鬼の物としての副作用がでていた桜を見て、既にキスはしているものだと考え、理沙は大輝にキスをするように告げた。
だが、その時のぎこちなさや躊躇を考えれば、まだしていなかった、そんな事実が浮かび上がる。
それがどういう事なのか、理沙はその事を有り得ないと思った。
が、桜の言葉がそれを肯定させた。
「ちいちゃい頃から望んでたんだ!」
「兄ちゃんだけの物になることを」
その言葉は、大輝を吸精之鬼として覚醒したのではなく、桜が大輝を吸精之鬼として覚醒させた、その事実を肯定するのに、充分な言葉だった。
641 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/16(月) 12:00:19.00 ID:ew+5bN5Q (6/8)
理解、出来る訳がない。
確かに、大輝と同じ父、同じ母をもつ桜ならば、そう言った能力があったとしても不思議ではない。
だが、大輝が覚醒した時の桜でさえ、幼女のようにしか見えなかったのだ。
それ以前から、自我さえ目覚めていたかも分からない年齢の時からそれを望み、そうなるように働きかけていたなどとは、どう理解すれば良いのか。
始めて畏怖の目を持って桜を、人間を観た。
その姿、その顔に一点の迷いも曇も感じられない。
「ほ、本当に良いのかしら」
桜に気圧されながらも理沙が問う。
「確かに貴女はお兄さんだけの物、でもお兄さんは貴女だけの物にはならないのよ」
少しでも揺さぶりをかけたかった、そんな理沙の言葉に桜は何ら動ずる事なく、胸を張って言う。
「大事なのは、私が兄ちゃんだけの物ってコト!それ以外はどうでもいいの」
「それに兄ちゃんには息抜きが必要だろうしね」
「ただの息抜きで済むかしら?」
桜が続けて言った言葉を捉え、理沙が冷静を装った声で言う。
「息抜き以上にさせるワケ、ないよ?」
桜の顔はあくまで笑顔、だが、その言葉には言い知れぬ狂気が込められていた。
流れ出した緊迫の空気、それを壊したのも桜だ。
「あー!兄ちゃんがまってるんだ!」
桜はそう声をあげると、
「お姉さん、ごめんね。私、もう行かなきゃ!」
と言って駆け出して行った。
最後に、
「あんまり私たちのコト、見てちゃやだよ?恥ずかしいから!」
そんな言葉と笑顔を残して。
残された理沙は考える。
アレが相手では普通の人間では勝ち目かない。
そんな桜に対抗出来るであろう女、妖の血を引く福原の娘、
その娘は、大輝と桜の兄妹より強く、少なくとも二倍は強く、その血を受け継いでいる。
”ただの息抜きじゃ終わらないかもよ”
理沙が呟く。
これだから面白い、これだから観察は止められない。
気づけば理沙は、声を出して笑っていた。
642 :吸精之鬼 [sage] :2012/01/16(月) 12:01:53.45 ID:ew+5bN5Q (7/8)
桜が席に戻ると、既にチーズハンバーグ、ライス、サラダセットは届けられていた。
「ごめんね、兄ちゃん。ちょっとだけ時間かけすぎちゃった」
「それはいいんだけど、桜、大丈夫か?」
謝りながら席に着いた桜に、大輝が心配そうな声で聞く。
「ん、なんで?私はいつでも元気いっぱいだよ!」
「いや、随分と長かったからな、それで・・」
「心配しちゃったんだ!」
「ばっ、ばか!そ、そんなの当たり前だろ!」
顔を赤くしながら、そっぽを向いて起こる大輝、
そんな大輝に桜は笑みを零し、
「ごめんね、兄ちゃん。心配かけちゃって」
と言うと、
「早く食べよう、お腹空いた!」
と明るく元気な声で言った。
大輝はまだ不機嫌な様子だったが、それでも元気な桜に安心したのか、共に食事を始めた。
ちなみに、その後に来たデザートの”甘くて甘いストロベリーチョコパフェ”なる物は、最初の一口を互いに”アーン”しなければ料金二倍という、大輝にとって罰ゲームとしか言いようがない物だった。
最終更新:2012年01月21日 17:28