人格転生 第7話

14 :人格転生20 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/01/23(月) 22:06:56.66 ID:+U8P3f2f (3/7)
夕暮れ。由衣がリビングのソファでウトウトしながら日記を書き始めている。
窓からのオレンジの日差しがやけに眩しい。
ちなみにあれからキッチンを全部説明したり、洗濯乾燥機の使い方から普段掃除してる場所まで丁寧に説明した。
さらに家で住んで貰うため、空きの部屋をいくつか案内して決めてもらった。両親がいた寝室を使ってもらおうと思ったのだが、恐れ多いという理由で断られてしまった。あの部屋が一番まともなのに。

その薫さんだが、さっきまで家の掃除をして今は夕飯の材料の買い出しに行っているところだ。

由利が起きるのはもうすぐ…
はぁ…どうするかなぁ…
帰ってきたところに由利と鉢合わせしたら…
…怖い。怖すぎる。

いっその事由衣の気を引き続けて夜まで寝かさないとか。遊んでやったらこいつは夜まで寝ないだろう。
だが人格が交代するローテーションを崩したらハプニングしか起きないし、朝の生活と夜の生活ではまったく違うからこいつらにとっても良くない。
そもそも、ふたりとも交代時に起きる強烈な眠気には耐えられないらしい。
今の安定した生活もこいつらと俺が必死に築き上げてきたものだ。

「んにゃ…お兄ちゃん…」
「なんだ?」
「…ふあぁ…また明日起こしてね…」
「ちょ、ちょっと待て」

おい! 俺を置いていくな!

「…おやすみなはい…んにゅぅ…」
「おい、由衣! 起きろ、まだ今日は終わってないぞ! ほら、トランプして遊ぼうぜ!」

必死になる俺。由衣の顔をペシペシ叩く。
まだ寝ないでくれ! 頼むから!

「…ん! いた…!」
「ひっ!」
「な…何をしてるんですか! 兄さん!」

冷ややかな視線で射ぬかれる。
一瞬のことで頭が真っ白になる。

「痛いですよ…つつ…」
「あの…」
「なんですか?」
「あのさ、実は…」

ガチャリと玄関のドアが開く音がした。
由利の顔が険しくなる。

「良也様、由衣様。ただいま戻りました」

玄関から薫さん特有の透き通った声がした。
由利は理解出来ない顔をしたまま玄関の様子を伺っている。

「それでは夕飯をお作り致します」

そしてリビングに入ってきてから、こちらを見てニッコリ微笑んでからキッチンに入った。


15 :人格転生21 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/01/23(月) 22:08:17.15 ID:+U8P3f2f (4/7)
「兄さん」
「はい」

声を潜めてこちらを睨んでくる。

「誰ですか?」
「家政婦さん」
「え?」
「だから今日から働いてもらうことになった家政婦さん」
「もう一度お願いします」
「家政婦さん」

由利は眉間に指を当てて考える仕草をする。
そのあと人を殺せそうな目で俺を見る。

「兄さん」
「は…はい」
「説明してもらいます。二階に上がりましょう」
「はい…」

階段を上る。
由利から凄い不機嫌オーラが出ている。
俺たちは由衣たちの部屋に入った。

「さあどうぞ」

俺は今日の出来事と以前から爺ちゃんに言われていた事をきちんと話した。
由利は真顔でなんども考えこんでいた。

「私の存在が負担ですか?」
「え?」

真剣な表情で問い詰めてくる。目を見ると…
泣いてる? こいつが泣くのはガキの頃以来じゃないか?

「私は不要ですか?」
「なんでそうなるんだよ」
「私を精神病棟に送りたいんでしょう?」
「はあ?」

真顔だけれど声が震えている。本気で泣いてる。

「兄さんは第三者をこの家に入れる危険を考えたことがありますか」
「何言ってんだ?」
「私たちは病人です」
「ちゃんと生活してるだろ」
「兄さんの意見を聞いているんじゃありません。ここで言っているのは、社会から見た私たちの一般的な見解です」
「あの人も守秘義務があるし、話したらわかってくれるよ」
「まだそんなことを言ってるんですか?」
「…」
「なぜ私が病院に行くことをやめたか覚えていますか」
「消されるって…泣いてたな…」

当時の病院の診察室で悲鳴にも近い声で泣いていた由利を思い返す。
そのとき爺ちゃんと俺が由利と一緒に問診していた。


16 :人格転生22 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/01/23(月) 22:12:46.89 ID:+U8P3f2f (5/7)
「そうです。DIDの治療は人格を一人に統合することです。
私の記憶は一番古くて幼稚園くらいのものですが、私は私なんです。
別の人間にされるのは嫌です。
今の医療技術では私の病気を治す手段は限られています。
人格の統合しかありません。
つまり私であって、あの子である、まったく違う別の人間になるということなんです」

「俺は…」
「兄さんは私のことを考えていてくれていると思っていました」
「考えてるよ」
「じゃあ! なぜ!?」

由利が叫んだその時だった。コンコンとドアを叩く音がした。薫さんだ。

「ただいま夕飯ができました。お好きなときに降りてきてくださいませ」

そう言ってあとに気配が遠ざかっていった。

「由利」
「…」

俺は由利を抱きしめた。

「兄さん…」
「深くは考えてなかったかも知れない。ごめん」

由利もきつく抱きしめてくる。目を赤くしながら。

「行こう。それで薫さんに話そう」
「薫さん?」
「あのメイドの人」
「そう…ですか…」

うなだれた感じでドアに向かう由利。その背中に声をかける。

「由利」
「…なんですか?」
「お前が通院や入院することは絶対ない。あの時も爺ちゃんと話合ったよな?
おまえと由衣の個人を尊重するって。もしおまえが強制的に入院させられるような事態になったら俺も一緒に入院する。
おまえも由衣も同じ姿だけど別の個性があるから俺はひとりの妹じゃなくて、ふたりの妹がいると思ってる。
何があったも一緒だし俺がおまえを見捨てることはない」

「兄さん…」
「だから自分がいらないとか病人だとか自分を否定することは言うなよ」

背中越しに軽くハグをする。由利の体から温もりと震えが伝わってきた。

「兄さん、お願い。捨てないで。私を捨てないで」
「だから心配するなって…」
「私は兄さんなしで、生きていく自信がありません」
「大げさだ。つかおまえも由衣を見習えよ。あいつなんか何も考えてないぞ」
「私はあの子ようには振る舞えない。あの子は強いんです。私は弱い」
「逆だと思うけどな」
「いつかは兄さんにもわかると思います。お願い…だから…」
「おい…泣くなよ…」
「グス…兄さん…がいなかったら…私…」


17 :人格転生23 ◆qtuO1c2bJU [sage] :2012/01/23(月) 22:14:58.16 ID:+U8P3f2f (6/7)
由衣の方が強い? そんなバカな?

俺が言うのもなんだが由利はどこでも通用する人間だと思う。
社会に出てもどこでもトップクラスの成功を残せるだろう。

むしろ心配なのは由衣だ。あいつこそ一人では何もできないどころか人に迷惑をかける。
スポーツでは成功できそうだが個人競技でも自分のやりたいようにしかやらないから指導者も四苦八苦して追い出されるのは目に見えている。
現に今まで部活などもしたことがあったがすべて3日も続かなかった。
その点、由利は生真面目でコツコツ努力できる能力もあり頭もいい。

その夜はリビングで俺と由利と薫さんで長いこと話をした。

家の事情。
由衣と由利の事情。
そして俺たちの事情。
ほとんどすべてを話したと思う。

薫さんは少し驚いた素振りだったが、落ち着いた表情で真剣に話を聞いてくれていた。
由利も不安な表情が徐々にほっとした表情になっていった。

由利の前に跪いて手に口付けをして「これから由利様に忠誠を誓います。ご安心下さいませ」って言われたら由利じゃなくても頼もしく思えると思う。
やりすぎだとは思うが、薫さんもそれだけ俺達の問題が深刻なのがわかっての行為だろう。

 そして明日から新しい一日が始まる。文字通り新しい一日が。


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最終更新:2012年02月16日 15:43
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