無題32

235 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:12:59.72 ID:tubCMUDR (3/10)
――ああ、今日はバレンタインだっけか。

板垣祥文(いたがき あきふみ)は何時も通りの時間に起き、何時も通りに身支度を済ませ、朝食のスクランブルエッグをフォークでつつきながら、
いつも同じチャンネルの朝の情報番組を見て、今日が何の日であるかを改めて思い知った。

何しろ、祥文は中学以降男子校に入った事もあり、こういった行事に関心も関わりも無かったのである。
こういったイベントが控えた朝というのは、漫画やらドラマやらでは、そわそわしたり、何かと意識したりする描写が目立つものだが、
如何せん現実世界では、そんな事にかまける暇人など居やしない。現実では、ただの忙しい、何の変わり映えもしない平日でしかないのだ。
そういった意味では彼、祥文の反応はいたって普通かもしれない。

いや、祥文の「何時も通りの朝」にしては、変わった所が合った。
そう、姉、祥子(さちこ)の姿が見えないのである。
普段なら、祥文より早く支度を済ませ、祥文がダイニングに来るころには、祥子は涼しい顔で紅茶を飲んでいるのが板垣家の「何時も通り」であった。

「そういえば、姉さんは?」
「ああ、祥子さんなら、生徒会の用事とかでもう家を出ましたよ。」

キッチンに居た母親は特に興味も無さそうに祥文の疑問への明快な答えを出したのであった。

――姉さんも生徒会なんて面倒な事をよくやるねえ・・・

祥文の疑問が解けた事で、キッチンに向けた視線をまた点けっ放しのテレビへ向け直しつつ、再び朝食へ手をつけ始めた。

姉である祥子は九段の白百合学園に通う、彼の一つ上の姉である。
彼女を形容するならば「美女」と「長身痩躯」ほど相応しい言葉は無いのではないだろうか。
色は白く、目鼻立ちははっきりとしていて、長く黒く艶やかな髪を歩くたびに揺らし、長い睫毛に周りを覆われたその双眸は何ものをも見透かすかのようであった。
いや、実際、彼女のその双眸は何ものをも見透かすと祥文は思っていたし信じている。
何しろ、祥文は彼女のその双眸を前にすると、全く嘘によってその場を取り繕うと言った事が出来なくなるからである。

祥文にとって、姉は頭の上がらない存在であり、また己と姉とを比較し劣等感を多少感じずにはいられない存在でもあった。
姉は勉強も運動も絵画も音楽も何でも出来るが、己がせいぜい敵うのは勉強程度。運動はからっきし駄目で、それどころか度々大病に冒されるほど。
絵心は全く無いし、姉がやっているのを見て始めたピアノも結局姉ほど上達はしなかった。
だからと言って、祥文は姉に嫉妬だとか苦手意識だとかの僻み根性を持っているつもりは全く無い。
彼は姉を尊敬している、いや、畏敬の存在と言っても良いかもしれない。
しかし、一方で祥文の心の襞に触れるモノがあるのも事実だった。ただ、彼の名誉の為に言っておくが、彼は姉が家族として大好きであった。



祥文にとって、姉と共に朝食を取らなかった事を除けば、居たって何時も通りの朝であった。
何時も通りに、自由が丘を7時17分に発車する渋谷行きの通勤特急に乗り、中目黒で日比谷線に乗り換え、広尾で降り、高校へと向かう。
何時も通り、いや、何時も通りの筈だった。


236 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:14:52.75 ID:tubCMUDR (4/10)
――校名に「麻布」と付いているのに、最寄駅が「広尾」とは、之如何に。

何時も通り、最寄駅にしては、若干遠さを感じる距離を歩きつつ、何時も通り上記のくだらない疑問を浮かべながら、高校へ向かった。
道程は何時もと変わらない風景を見ながら。


「あっ、調度いいところに来た。お前さ、英語の課題やった?」

教室に入るなり、クラスメイトの杉野肇(すぎの はじめ)が話しかけてきた。
彼は、正気の沙汰とは思えないような色に髪の毛を染め、両耳はピアスだらけという、一見、六本木界隈で怪しげな商売でもしている人間のようであった。

祥文の通う高校は、都内でも屈指の進学校で、「御三家」の一角に数えられるほどであるが、校則が無いという事でも有名で、
彼のような奇抜とも言える風貌の生徒は多数居るのである。
生徒の風采のみならず、例えば、「ジャンプ」や「マガジン」などの週刊誌の発売日なら、誰かが買ってきて、授業中だろうと休み時間中だろうと回し読みされ、
終業の頃にはボロボロに成って、本来の持ち主の許に還る。これがこの高校での見慣れた何時も通りの風景の一つである。

「杉野く~ん、ボクが今まで課題をやって来た事があるかね?」

と、わざと居丈高に、それこそ胸を張って、祥文は答えた。

「ですよね~。じゃあ田中に見せて貰うか。」
「あれ?彼まだ来て無いの?っていうか借りてきたらボクにも見せろよ。」
「いや、知ねぇけど、まだ見て無いからまだ来てねぇんじゃね?」
「きっと、女だ。そうに違いない。何しろ今日はバレンタインだからな!」

と、いきなり話に割り込んできたのが同じくクラスメイトの伊達忠雄(だて ただお)である。彼も杉野肇と同じく髪を染めていた。しかも緑色に。

「ふ~ん。」

興味も無かった為、適当に相槌を打つと、すかさず伊達から二の矢が放たれた。

「余裕っすね、板垣さん。」
「こいつは、ホラ、美人の姉ちゃんいるし。きっと毎晩・・・」
「うわ、禁断の愛じゃん。つーか俺にもヤラせろ。」

野郎二人は祥文を置いて、勝手に下卑た妄想に花を咲かせていた。これも何時も通りであった。
ちなみに、姉、祥子は祥文の学校の文化祭に毎年のように顔を出して居る為、校内では知らぬ者が居ないほどで、ファンクラブなるものまで結成された。
そのファンクラブの創設者は杉野・伊達の二名である。

「いや、姉さんをオナネタにするなら勝手にすれば良いけど、家族のボクの前で言うの止めてくれよ・・・食欲が著しく減衰しそうやん?」
「あ、そうそう。この前の合コンでさ、一緒だった東京女学館の娘がさ、お前のメルアド知りたいっつてたけど、教えて良いの?」

杉野肇からの一言で、最近あまり思い出したくは無い出来事を、祥文に想起させた。

――「合コン」か・・・アレの後に家に帰ったら姉さん機嫌悪くなったんだよな・・・しかも一週間機嫌悪いままだったし

二週間前、杉野肇にせがまれ、その勢いの圧倒され、「合コン」に祥文は参加をせざるを得なかった。
杉野はこの学年では他校にも顔がよく効き、男子校付きものである女子校との合コンをよくセッティングしていた。
元々、内向的で多数の人と交わるということに猥雑さしか見出せない祥文としては、億劫で仕方が無い催しであった。
特にこれと言った印象も残らず、家に帰ればなぜか機嫌の悪い姉にビクビクする羽目になっただけの、苦い初合コンであった。

「ん~・・・まあ知りたいって言うなら、やぶさかではないけど・・・っていうか誰だい?その娘は。」
「え~と・・・ああ、高埜凛(たかの りん)ちゃんだ。ほら、調度お前の向かいで座ってた。じゃ教えるから。」

――「蓼食う虫も好き好き」って奴かしら・・・いや、そういうのじゃ無いか。っていうかどんな娘だったかな・・・記憶に無いな。

この、何気ない決断が何時も通りでは無い一日に大きく変わる。


237 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:15:52.39 ID:tubCMUDR (5/10)
何時も通り、授業を受けて、何時も通り男子校特有の下卑た話題で盛り上がり、そして何時もどおり終業を迎えた。
校舎は夕日に紅く染まり、校舎特有の陰の指し方を見ると、時間の移ろいやすさに改めて気付かされる。

「なあ、ちょっと歩を進めて、東洋英和の女の子ナンパしねぇ?」
「ボクが行っても、逆効果だろ・・・常識的に考えて。」

帰り支度をしてると、伊達忠雄は突拍子もない提案を祥文にぶつけた。

「んなことねぇだろ。お前はさ黙って立ってりゃいいんだって。」
「いや、何かそれ馬鹿にされてるような・・・それに此処から六本木って結構歩くぞ。」
「俺は今、猛烈に女が欲しいんだよ!」
「いや、知らんし。杉野誘え。ボクじゃ力不足だ。」

あまりの異性に対する情熱に尊敬と軽蔑の念を持ちつつ、祥文は伊達忠雄を置いて教室を後にした。

校門を出ようかとしていると、杉野肇が何やら女性と話をしているのを目の端に捉えた。
もっとも彼は「色男」だからこういう風景は見慣れたものであるから、特に意識もせず、そのまま通り過ぎようと祥文はした。

「あ、おい、板垣祥文!待った!」

いきなり杉野に呼びとめられるとは、思いもしなかった為、祥文は心臓が止まるのでは無いかと思うほど驚いた。

「なんだ、いきなり・・・びっくりしたわ。」
「えっと、この娘が朝に言ってた、高埜凛さん。」

高埜凛を一目見て、祥文は思い出した。

――ああ、この美人さんか。この娘が高埜さんか。

「あの・・・すいませんいきなり。」

と言って、いきなり高埜凛は頭を下げた。故に祥文も恐縮してしまった。

彼女、高埜凛は、如何にもスポーツ少女と言った印象を与え、髪の毛はポニーテールに、肌の色は冬だというのに日焼けしていた。
しかし、彼女はそれでも尚、美人だとの印象を十分与えるほどの十分な器量を持ってもいた。
姉の双眸は、何処か鋭さを憶えるのに対して、彼女のその双眸は何か柔らかさを感じるものであった。

「いや、そんな謝らなくても、大丈夫ですよ・・・それでボクに何か?」
「じゃ、後はお二人さんで宜しくやってくれ。」
「あ、おい杉野!」


238 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:16:53.59 ID:tubCMUDR (6/10)
祥文はまさかここでさっそく杉野が退場するとは、思いもしなかった。何しろ筋金入りの人見知りで、初対面の人間と二人きりになるのは、
何としても避けたいと思っていたからである。

「あの・・・ご迷惑かもしれませんが、これを・・・」

高埜凛から差し出されたのは、ジャン・ポール・エヴァンの包装紙に包まれた菓子であった。

――まさかこの歳でバレンタインのチョコを頂くとはな・・・しかも結構値の張るモノじゃないか。

「わざわざ此処までご足労願うとは、すいません・・・いやぁ、ありがとうございます。有り難く頂戴致します。」
「お口に合うかどうか・・・」
「いやいや、甘いものは大好物ですから・・・お気になさらず。」

結局、二人は広尾の駅まで一緒に歩くことになった。何しろ、男子が女子を見送らずに帰るのは男子の名に廃るからである。
二人は最後までギクシャクした噛み合わない会話をして、駅で別れた。

――ここで、気の効いた事を言えれば良いんだが・・・如何せんボクにはそれほどの甲斐性も無いようだ。
  杉野の如き「色男」には成れんな・・・

己の不甲斐なさに、自嘲を感じつつ、しかし、同時に祥文は無意識的に今まで感じた事の無い、温かみを彼女との過ごした時間に見出した。


「ただいま。」

家に帰ると、姉の靴があり、祥文より早く帰宅をしている事がわかった。

「フフッ、おかえりなさい。祥文。」

視線を廊下に向けると、祥子が己の髪の毛先を弄びながらこちらを見ていた。

――今日は機嫌が良さそうだな。

「ああ、ただいま姉さん。今日は早かったね。」
「まあ、ね・・・それに今日は特別な日だし。」
「ふ~ん。」


239 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:17:41.69 ID:tubCMUDR (7/10)
何時も通り祥文は荷物をリビングのカッシーナのソファーに無造作に置き、手を洗うため洗面所へと向かった。
高埜凛から貰ったジャン・ポール・エヴァンの菓子も他の荷物と一緒にしたまま。

祥文が手洗いとうがいを済ませ、リビングに戻ってくると、祥子は怪訝そうにジャン・ポール・エヴァンの包装紙を見つめていた。

「ねえ・・・あなた、コレどうしたの?まさか私へのプレゼントかしら?」

祥子は視線を祥文に向け、クスクスと笑いながら疑問を投げかけた。

「残念ながら、違うんだな、これが・・・ま、ちょっとした頂きものさ。」
「頂き物?あなた男子校よね?男同士でチョコをあげるのが流行りなの?ねえ、祥文、誰から頂いたの?ねえ、答えて頂戴。」

祥子からの疑問は、矢継ぎ早に展開された。祥文は何一つ、責められるべき事をした憶えは無かったが、祥子のそれは、
まるで法廷での検察官の如く舌鋒鋭かった。
あまりの剣幕に祥文は、たじろぎながらも答えた。それも正直に。

「いや、ほら、この前の〝合コン〟で一緒だった娘がくれたんだけど・・・」
「・・・っ。そ、そう。良かったわね・・・早いうちに頂いておきなさい・・・姉さんちょっと疲れたから、お部屋に居るわね」
「うん、わかった・・・大丈夫?姉さん」
「大丈夫よ・・・ちょっと横になりたいから、一人にさせてね?祥文」
「ん・・・晩御飯になったら呼ぶから」

祥子は努めて平静を装い、祥文の両頬に手をあてがい、語りかけた。
だが祥文には明らかに姉の様子が変わった事がわかった。元々、天の邪鬼で自分勝手なところのある姉の機嫌を常に窺って生きてきた祥文にとって、
姉の様子は語らずとも、手に取るようにわかるのである。そして当の姉の様子は、不機嫌というより「狼狽」していた。
祥子の美しくも、何処か鋭利な刃物をも思わせる双眸は、潤み揺れていたのだ。
祥文は、一体何が姉をそうさせたのかも理解できずに、呆然と美しい艶やかな髪を揺らしながら歩く祥子の背を見つめ続けていたのだった。


240 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:18:22.19 ID:tubCMUDR (8/10)
祥子に取って、弟、祥文は特別な存在であった。弟として、そして異性として。
祥子は祥文が弟として存在している事に神に感謝すらしていた。尤も素直にそう思っていたのは、せいぜい小学5年生までだが。
大きくなるにつれ彼女も当然ながら社会常識を学び、祥子が抱く感情が許せざるものである事を理解し、
そして姉弟であることが大きな障害である事を彼女は理解した。だからと言って、祥子は祥文を諦めるつもりは毛頭無かったのだが。
いやむしろ、余計火がついたのかもしれない。彼女はなるべく秘めた気持ちを誰にも悟られぬように、しかし徐々に布石を打ってきたのだ。来るべき日に備えて。

両親の経歴から見ても、お互い中学受験をさせられて私立に入れられる事がわかっていた。故に祥子は当時、小学5年生の祥文に男子校への進学を強く薦めた。
なるべく、祥子以外の女性と触れる機会を持たぬようにする為に。祥子の通う白百合と同じ九段にある暁星中学を。
帝国陸軍の高級将校であった曾祖父を強く尊敬し、同時に「軍事オタク」に成りつつあった祥文ならば、サン・シール陸軍士官学校の制服の意匠に影響を受けた、
暁星中学ならば薦める口実も受け入れる公算も十分あると踏んで。
案の定、祥文は父に進められて決めつつあった第一志望を学習院から、暁星へ変えた。
祥子の誤算だったのは、祥文が祖父を安心させる為に、そして「記念受験」のつもりで受験した麻布中学に合格した一方で、第一志望であった暁星に落ちた事であった。
ただ、どの道男子校に祥文を入れる事が出来た為、祥子は当時は大したことと捉えなかった。「良かった、良かった。これで私の祥文は安全だわ。」と。

だが今日、男子校に入れ際すれば、万事が安全、大丈夫であるということは、祥子の勝手な思い込みであった事が知らされたのだった。

――そもそも、高校生の分際で「合コン」ってどういうことなの・・・やっぱり麻布にあの子を入れたのは間違いだったわ・・・
   一体どんな野良かしら・・・私の大事な祥文に手を出して、弄ぶなんて・・・万死に値するわね・・・
   大体、私は反対だったのよ!麻布なんて。チャラチャラしてて!それなのに、お父様もお母様もあの子が合格したら浮かれちゃって!
   それに麻布に合格しておいて、暁星に受からないあの子もあの子だわ!

祥子自身も「高校生の分際」であるにも拘らず、祥子は怒りの矛先を、祥文の通う学校に、チョコを渡した見知らぬ女子に、両親に、そして最愛の祥文に向けていた。
部屋に入ってからというもの、祥子は己の部屋に置いてあるリビングとお揃いのソファーに座り、常日頃の女王然とした風格が嘘のように貧乏ゆすりをし、爪を噛んでいた。


「姉さん?お母様が晩御飯が出来たって。」

祥文はヒヤヒヤしつつも、姉の部屋をノックした後、要件を告げた。

――大丈夫かな・・・姉さん意外とメンタル弱いし・・・って言うか生きてるよね?
  しかし、訳がわからぬ。いきなりああ成るとはな。

「わかったわ。」

と祥子の返事を生存確認の代りにし、目的は達せられた為に祥文は安心してダイニングへ向かおうとした。
だが、いきなり部屋から出てきた祥子に

「さあ?いきましょう?祥文。」

と言われ腕を組まれたのである。あまりにいきなりの事で祥文は驚き

「え?あ、うん・・・」

と、姉に対してなんとも妙な反応をしてしまった。

――あれ・・・何時も通りだ・・・さっきまでのアレは虫の居所が悪かったのかな?

「晩御飯食べたら、姉さんの部屋に来てくれるかしら?祥文、良い?」
「ん、わかった」
「今日の晩御飯は、何かしらね?」
「ミラノ風カツレツとかって、お母様が言ってたなあ・・・」

祥文は何時も通りの祥子の様子に安心しきっていた。姉の双眸が何処か怪しく光っている事にも気付かずに。



241 :名無しさん@ピンキー [sage] :2012/02/16(木) 01:19:06.50 ID:tubCMUDR (9/10)
夕食後、祥文は何時も通り持病の薬を食後服用し、姉の部屋に向かった。

「姉さん?ボクです。」
「あら、どうぞいらっしゃい。」

部屋に入るなり

「ここにきてお座りになったら?祥文。」

と姉の隣を進められた。

「じゃ、失礼して・・・」

既にソファーテーブルには、ロイヤルコペンハーゲンのティーセットが置いてあった。

「祥文、ハイ。Happy Valentine!」
「ああ・・・ありがとう!姉さん!今食べても良いの?」
「ええ、そのために部屋に呼んだんですもの。紅茶もあるしね」

祥文は丁寧に包装紙を破り、チョコを口に含んだ。

「お味はどうかしら?一応手作りなのよ?ソレ」
「あ、そうなの?いやおいしいよ。それに見た目も綺麗で・・・買って来たものかと思った。」
「フフッ、何しろ特別なモノだから・・・」

祥子の双眸は怪しく光り、さすがにこの時は祥文も気付いた。

――なんだ?まさかわさびが一個入ったモノがあるのかしら・・・

某リアクション芸人の如く、良いリアクションが己にも取れるのかを心配する祥文をよそに、祥子は涼しい顔で紅茶を堪能していた。

結局、祥文が心配したようなものはチョコには入っておらず、ただ、姉の部屋で優雅に紅茶とチョコを楽しんだだけであった。

「祥文、そろそろお風呂に入ったら?」
「えっ、もうそんな時間?でもまだ20時・・・」

と祥文は言いかけ、祥子の部屋に置いてある電波時計を、中腰になって覗き込もうとしたその時、祥文は膝から崩れ落ちた。

――なっ・・・力が入らない?いかん、頭も何か・・・持病が出たか?

祥文は朦朧としその場で動けなくなった。姉に助けを乞おうとし、なんとか頭を姉に向けると、
姉は平生では見たことも無い黒く濁った双眸を祥文に向けてただ立っていた。

「ね・・姉さん・・・ちょっと、たす・・・」
「ごめんね、祥文・・・でもこうしないと祥文を護れないから。でも大丈夫。姉さんにすべて任せて、ね?」
「ちょっ・・・ね、姉さん何を・・・?」
「好きよ、祥文。Happy valentine...本当のプレゼントをあげるわね」


祥文はその言葉を最期に意識を失った。

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最終更新:2012年02月16日 16:15
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