482 :
後悔した人の話2 [sage] :2012/03/21(水) 03:08:27.41 ID:nfcZO5Ao (2/6)
夏なのに汗一つ掻かずにきっちりとセーラー服を着こなした蓮が俺のクラスメイトを睨む。
気の弱そうな彼女は、可愛そうに、まるで検事を前にした犯罪者のように縮こまっている。
けれど、彼女は加害者なんかではなくむしろ被害者で、容疑者といえるのは俺だった。
それもついさっきまでの話だったが。
「ではもう一度聞きますが、雨宮先輩。
貴方はさっき、私の兄さんが貴方の机を漁ったんだと言いましたよね?」
発端は実に簡潔だ。
俺たちの学年は水泳の授業で教室を空けていた。
帰ってきたら机の中にあったはずの彼女の財布が、偶然、無くなった。
誰かに盗まれたのかもしれない。
そして俺は朝から腹痛により、偶然、保健室で寝ていた。
そんな立場の苦しい状況で、偶然、俺に用事があって教室に来た蓮が彼女に詰め寄った。
調べたら、偶然、鞄の中にあるのを見落としていただけだということが発覚した。
そして、蓮が怒りを露にして彼女を責めている、傍から見ればそういう状況だ。
483 :後悔した人の話2 [sage] :2012/03/21(水) 03:09:25.63 ID:nfcZO5Ao (3/6)
「でも、私は本当にお財布を机の中に置いていたから、鞄になんて入ってるはずないよぉ。
ひょっとしたら、誰かが入れ替えたのかも、その、間違えてとか……」
「はい?
先輩は何か勘違いをされていませんか?
私は探偵なんかじゃないんです。
何でそうなったかなんて考えませんし、
万が一、誰がそうしたとしてもそんな事は知りません。
ただ、兄さんを犯人にしようとした事が許せないと言っているのです」
「で、でも、それに、私は誰かがもしかしたら持ってったのかもって思っただけで……」
そう、彼女は俺が犯人だと言っていない。
それに、確かに俺のことを疑わしいとクラスの大部分は思っていたのだろうが、
蓮がここに来て彼女を詰問するまでは誰も俺が犯人だなんて口には出していなかった。
けれど、蓮は彼女への詰問の中で言葉巧みにまるで俺しか犯人が居ないように話を誘導し、
彼女が俺を疑っているという印象を周囲に持たせた。
その上で、俺の無実を晴らすという名目で、蓮は雨宮さんにもう一度自分の荷物を検めるように言ったのだ。
そして、財布は彼女の鞄の中から出てきた。
「いい加減にしてください!!
保健室で寝てただけの兄さんが犯人呼ばわりですか!?
全部貴方の不注意のせいじゃないですか!?」
484 :後悔した人の話2 [sage] :2012/03/21(水) 03:09:59.69 ID:nfcZO5Ao (4/6)
蓮が激高して怒鳴る、ひっ、と小さな声を上げて雨宮さんが体を怯えて震わせる。
そのまま、彼女の弱々しい反論は打ち消された。
「ご、ごめんなさい」
彼女は泣き出してしまった。
はぁ、と蓮はため息をついた。
「もう過ぎた事です、今更これ以上どうこう言おうとは思いません。
とはいえ、先輩の軽率さにはほとほと呆れますが」
それから、彼女にお説教というには生ぬるい人格否定の言葉を一通り投げかけてから、
蓮は笑みを浮かべて俺に向き直った。
「さ、兄さん、これでもう一安心ですね。
皆様も失礼いたしました。
……全て彼女の不注意に起因しますが」
そこでもう一度、蓮は泣いている彼女に視線を落とした。
「では、失礼しますね」
そう言って蓮は教室から出て行った。
廊下を歩いている蓮を追いかけ、呼び止める。
「おい、蓮!!」
「あら、どうされましたか、兄さん?」
「何てことをするんだよ!!
雨宮さんは俺の友達なんだぞ!!」
「友達? ふふ、お友達は友人を根拠も無く疑ったりはしませんよ。
あれは友達なんかじゃありませんから、安心してください、ね」
そう言って蓮は笑った、ニタァ、と口元を歪めて。
485+2 :後悔した人の話2 [sage] :2012/03/21(水) 03:11:12.42 ID:nfcZO5Ao (5/6)
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昔の嫌な夢で目が覚めた。
暖房も入れていないのに布団が汗でぬれていて気持ち悪い。
俺の、蓮に纏わる最悪の思い出の一つだ。
当時、人見知りで友達ができなかった転校生の彼女と、
クラスに友達の居なかった俺は余り者同士で仲良くなった。
なのに、あの事件以降、彼女は蓮の事を恐れて俺に近寄ろうともしなくなった。
彼女は高校に入ってからの初めての友達だったのに、それを蓮が一瞬でぶち壊してくれた。
「どうせあれも、あいつが仕組んでた癖に……」
ぼそり、と呟いてもう一度目を閉じた。
そして、今度は蓮の居ない夢を見れるように祈った。
最終更新:2012年04月15日 22:13