561 :
後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:23:30.71 ID:jPJiZr/P (2/10)
……駄目だ、どうにも眠れない。
あいつにまた会ってしまった所為で神経が過敏になっているのが分かる。
蓮、蓮、蓮、と考えたくもないのにあいつの名前と姿が頭から離れない。
蓮が嫌いだ。
昔から蓮のことを憎んでいた。
あいつなんて居なければ良かったのに、何度そう考えただろう?
わざわざ俺を貶めて、嗤う、蓮はそういう奴だった。
蓮はいつも俺のことを嘲笑っていた。
例えば、あれは高校の何時だっただろう、中間か期末試験の朝、あいつはわざと目覚し時計を止めて俺を遅刻させた。
そのせいで試験の受けられなかった俺のために、あいつは俺を職員室まで引っ張って、
担任に必死で再試験を要求し、どうしても承諾しかねる教師の前で文字通り額を床に擦り付けて懇願した。
そのお蔭でとうとう教員が折れて俺は赤点を免れたが、
教師たちの間での俺は、学校創設以来の才女に土下座をさせた愚兄として有名になり、評判はがた落ちになった。
当たり前だが、両親からも烈火のごとく怒られたのだが、それを懸命に宥めてくれたのも蓮だった。
いつも俺の失敗を仕組んではそれをフォローする、その繰り返しだった。
562 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:25:56.04 ID:jPJiZr/P (3/10)
それから、蓮は俺の人間関係にも深い影を落としてくれた。
学校での蓮は家にいる時以上に俺に絡んできた。
俺がどこに居ても、誰と居ても、常に割り込んできた。
普通なら学年も違うような同級生の妹が居たら誰もが不審に思うだろうが、
美人で頭も良く、当然性格も(外面だけは)良いとくれば男子は誰からも大歓迎だった。
そして女子からもその10代とは思えない大人びた様子から、
年下でありながら姉のように慕われていた。
気が付くとクラスメイトの誰もが蓮のことを知っていて、誰もが蓮と親しくなっている。
一方で、俺は蓮のおまけのような扱いになって、
せいぜい、俺と居れば蓮と会えるという目印代わりになっていた。
そして、偶に俺と仲良くなってくれそうな人がいても、
いつも何かしらの事件が起きて俺から距離を置くようになる、さっきの夢の中の彼女のように。
その原因を作っているのは間違いなく蓮だったのだと確信していたけれど、
どんなにがんばっても一回もその証拠を掴む事はできなかった。
結局、俺は小・中・高とずっとクラスにいる名前だけ知っている誰かというポジションから抜け出せず、
親密な友人関係を誰とも築けなかった。
皮肉な事にそんな俺の話し相手になるのは蓮だけだった、外でも、家の中でも。
……認めたくないが、もしも蓮が俺を相手にしなかったらきっと俺は孤独に押しつぶされていただろう。
結局、俺はあいつが元凶だと、裏では俺の事を嘲笑っているのだと知りながらも、
蓮に縋らざるを得なかった、そして、縋るたびに惨めな気持ちになった。
563 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:26:50.95 ID:jPJiZr/P (4/10)
何回も何回も、執拗に俺を絶望的な自分だけではどうにもできない状況に陥らせる。
それをぎりぎりのところで救い出し、慰めて、嗤う。
ずっと蓮から、そうされ続けていた。
俺はその事を誰にも言うことが出来なかった。
どうせ信じるやつなんていないことが分かっていたし、
蓮の機嫌を損ねてもっとひどい目に会うことにも怯えていた。
そして、蓮は表では俺を支えながら、いつも裏では嘲笑っていた。
あの思い出すだけでも気分の悪くなる笑みを浮かべて。
「あいつは、一体何がしたかったんだ?」
頭の中に浮かんだ嫌な笑顔をかき消すように言葉を吐き出す。
結局、蓮にとってそれが何の得になったのかは、未だに理解ができない。
きっと蓮は俺が憎かったんだと、そう思うことに俺はしている。
何かしら俺の言動か、していた事が蓮にとっては気に入らなかったのだろう。
それとも、自分に出来の悪い兄がいるということ自体が気に入らなかったのかもしれない。
とはいえ、それでは納得が出来ない事がある。
本当に憎かったのなら俺のことを不幸のどん底に叩き落してそのままにしていれば良いのに、何であいつはそうしないのか?
大体、憎い人間のために、あれだけの気の遠くなる手間を掛けられるものなのか?
あいつは、俺を陥れておきながら、俺を助けるためには自分が恥を掻くのも厭わなかった。
そこまでして憎い人間を助けたいのか?
考えてくると、ぐるぐると思考が回って頭が痛くなってくる。
……まあ、あいつの考える事なんて分かないし分かりたくないし、
そんな事は俺が考えるべきことなんかじゃない。
564 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:28:04.62 ID:jPJiZr/P (5/10)
蓮が何を考えていたにせよ、俺はいつも蓮から逃げることだけを考えていた。
蓮から逃げさえすれば、そうすれば俺は救われるとずっと信じ続けるしかなかった。
そして、やっとあいつから逃げるチャンスがやってきた。
それが大学受験だった。
俺はわざと自宅から通えないような大学を志望校にして、必死に勉強をした。
そこは俺から見れば難関だったが、蓮の実力からみればレベルに見合わない学校だった。
だから、わざわざ蓮が将来を潰してまで嫌がらせに来るとは思えなかったし、
両親は素行の悪い俺に蓮が構うのを良く思っていなくて、
いつも俺を蓮から引き離そうとしていたから、
もしも蓮がこの学校を志望しようとしても両親が許さないだろう、そういう読みだった。
そして、その甲斐があって、めでたく合格。
家計の都合から俺の一人暮らしを両親は若干渋っていたが、奨学金を自分で借りることと、
そして、今後は蓮に近づかないことを条件にして何とか説き伏せた。
こうして晴れて蓮のいない日々を迎えることが出来た。
入学してから1年、蓮が渡米したことを聞いた。
蓮が俺の下宿先へ行こうとしても決して許されなかったことや俺と同じ大学を受けようとしても認められなかったことに反発したのだと、親父とお袋は言っていた。
それを知った俺は踊り出さんばかりに喜んだ。
理由なんてどうでもいい、蓮と俺が海に隔てられたのだ。
いっそのこと、あっちで事件にでも巻き込まれて、死んでくれれば尚良いとまで思っていた。
565 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:30:04.65 ID:jPJiZr/P (6/10)
決して大学生活が今までを帳消しにしてくれるほど素晴らしいものだったかと言うとそういう訳ではない。
何とか会話を交わせる友人ができた程度で基本的にはコミュニティの中では孤立しているし、恋人なんかは望むべくも無い。
それでも、そこには何かをするごとに足を引っ張られることはなかったし、
たとえ、失敗をしてもそれは自分の所為だと納得できたし、
その失敗を嗤う陰湿な奴も居なかった。
傍からみれば俺の大学生活は惨めにしか写らないだろう。
それでも、俺にとっては初めて訪れた平穏で、何物にも代えがたい幸せだった。
けど、そんな慎ましい幸せすら長くは続かなかった。
まず、俺が3年生の夏に実家が火事になり両親が亡くなった。
警察の人が言うには長時間火に焼かれて、かなり苦しかっただろうということだ。
そして、4年生の春、内定を得ていた会社が倒産した。
大きくはない会社だが業績は良く経営も安定していたのに、
何故か銀行から融資を引き上げられてしまったらしい。
結局、俺は就職先も確保できず、
大学4年間の成果と言えば奨学金分の返す当てもない借金だけで、
もちろん両親からの遺産なんて当然無い。
566 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:30:29.53 ID:jPJiZr/P (7/10)
「はあ、何やってるんだろうな、俺……」
実の妹に嫌がらせをされて、そいつから逃げることだけに人生を無駄遣いして、
気づけば借金持ち、友達ゼロ、恋愛経験なしの貧乏フリーター、か。
考えないようにはしているが、惨めとしか言いようがないよな。
「ま、蓮が居ないだけましか……」
自分でも余りにも情けないが、結局はその一言に尽きる。
俺は蓮さえいなければそれで満足しているんだから。
ふと、その時、部屋の隅に視線が行った。
「……これは大丈夫だよな」
そこにある、部屋に戻ったときに投げ捨てた鞄を見つめる。
中にはあの300万円が入っているはずだ。
蓮が何を考えているのかは分からない、本当にただ俺を嘲りたい為だけだったのか?
昔の蓮は、あの程度の嘲りだけで満足するようなやつだったか?
まさか、これも何かの罠だったりしないだろうか?
ぞくり、と背筋に嫌な汗が流れた。
「い、今さら、何ができるっていうんだよ!?」
誰が見ているわけでもないのに、何かを威嚇するように声が大きくなった。
567 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 03:32:13.45 ID:jPJiZr/P (8/10)
「あ、あいつがくれるって言ったんだから貰ったんだ!!
盗んだわけなんかじゃない、何も問題なんてないんだ!!
ここのことは誰も知らない、借金だって返せる!!」
そうだ、ここには大学の学生寮を追い出されてから来た上に
、不動産屋がまともな客には紹介したがらないくらいのボロアパートなんだから蓮に居場所が分かるはずなんて絶対にない。
しかも、例えあいつが来たところで借金を返した後ならどこにだって逃げられる。
「それに、俺は一度あいつを出し抜いて、逃げ切っているんじゃないか。
あの時みたいにすればいいだけなんだ。
もう今更、あいつになんて捕まる訳がない!!」
昔みたいに蓮の思い通りになんて絶対に行くわけがない。
そうやって自分に言い聞かせていると、突然、笑いがこみ上げてきた。
未だに蓮に怯えている自分が滑稽でしょうがなくなった。
「何だ、何も恐れることなんて無いじゃないか? はは、はははは」
そうやって、馬鹿みたいに笑っていると、ポーンと掠れた音の呼鈴がなった。
お隣さんかな、ここの壁は薄いから笑い声が聞こえていたのだろう。
569 :後悔した人の話3 [sage] :2012/03/28(水) 04:00:23.97 ID:jPJiZr/P (9/10)
「あ、はいはい、すいませーん、今開けます!」
慌てて鍵を開ける。
「ふふ、お邪魔します、ねっ!!」
「え?」
扉の前にいる人物が蹴飛ばしたドアにぶつかって、尻餅をついた。
その痛みを感じる間もなく今度は鳩尾を蹴飛ばされた。
息の出来ないような鈍痛に襲われて、思考が出来なくなる。
「こんにちは、私のだーい好きな、に・い・さ・ん」
あ…痛さで……頭……おかしくなってるんだ……蓮が……大好き……とか……。
「兄さんは本当に甘いですねー♪
現金の隙間に発信機なんて、ロスじゃあ日常茶飯事だぜ、ですよ?
って、あら、聞いてないですか、くすくす」
目の前が
真っ白になって何も見えなくなった。
最終更新:2012年04月15日 22:12