後悔した人の話4

678 :後悔した人の話4 [sage] :2012/04/09(月) 02:50:42.52 ID:8mEkibG8 (2/8)
しゃっかしゃっか、しゃっかしゃっか。
ずきずきとした痛みに響く、リズミカルな音で気がついた。
どうやらここはまだ俺の家の中らしい。
手足は動かない。
変な光沢の無いテープのような物で縛られている。
体も同じテープで柱に括り付けられて、俺は座らされている状態だ。
「あー、やっと起きましたね、兄さん」
そして、目の前には思いもしない光景が待っていた。
蓮が両手に持ったマラカスを振っている、すごくノリノリで……。
「あら、どうしたんですか、兄さん、その冷めた目は?
 おーい、可愛い兄さんの妹の蓮ちゃんですよー?」
しゃんしゃんとマラカスの音だけが狭い部屋に響く。
「……何やってるの、お前?」
「何? これから始まるのは何か、なんて決まっているじゃないですか?」
そこで蓮が一度間をおいて、大きく息を吸った。
「どきどき蓮ちゃんクーイズ!!」
しゃかっ、という音と共に目の前にマラカスが突きつけられた、もう訳が分からない。
「は?」
「えいっ!!」
お前馬鹿じゃないのか、そう言おうと口を開く前に、再び腹へ鈍痛が走った。
今度は力いっぱい拳で殴られた。
「今、失礼な事を言おうとしましたねー? 
駄目ですよー、蓮ちゃんにはお見通しなんですから。
さて、兄さんにはこれから、100個のクイズに答えてもらいます。
大丈夫ですよ、全部兄さんに関わることですから、ちゃんと答えてくれれば何も問題はありませんよー?」
蓮には、痛みで絶え絶えになっている俺の呻き声がまるで聞こえていないのだろうか。
まるで何事もなかったように訳の分からないことを続ける。



679 :後悔した人の話4 [sage] :2012/04/09(月) 02:51:18.66 ID:8mEkibG8 (3/8)
「問題、兄さんの一番大切な人は誰でしょうか?」
「は?」
「1,2,3、4、5、6、7、8,9、じゅーう」
いきなりの意図不明な質問に思考が止まる俺を尻目に蓮が指を折り曲げてカウントを行う、
「はい、ざんねん、正解は妹の蓮ちゃんでした~。
 当然ですよね、だって、兄さんに親しい人なんて私以外に居ないんですから」
蓮の声は楽しそうに弾んでいた。
「ちなみに今のは練習問題ですから別に良いですけど、本番で不正解をしたらこわーい罰ゲームですからね? 
もちろん!! 正解すればご褒美だってあります」
あ、早押しですからいつでも答えて良いですよ、と要らない忠告を差し挟んだ。
「では、第一問」
蓮の声からさっきまでの愉快そうな抑揚が消えた。
表情は笑顔のままだが、そこから何の感情も汲み取れない。
「どうして、兄さんは蓮から逃げようとしたのでしょうか?」
一問目から難問だ、どう答えれば最良なのか分からない。
もしも、ここで蓮が気に入るような答えを出せば許されるだろうか。
いや、そもそも蓮の気に入る答えって何だ、あるわけないだろう。
要は俺をいたぶりたいだけ、だから、無駄に考えたところで意味がないだろう。


680 :後悔した人の話4 [sage] :2012/04/09(月) 02:52:12.74 ID:8mEkibG8 (4/8)
俺は正直に答えることにした。
「お前が嫌いだからだ」
また殴られると思って腹に力を入れる。
けれど、蓮は何もしなかった。
ただ笑顔を顔に張り付かせたまま問題を続ける。
「第2問、どうして兄さんは蓮が嫌いなのでしょうか?」
「……ふざけてるのかよ、お前?」
「ふざけてるのは兄さんですよ、蓮が嫌い、何の冗談なんですか?
 全然、笑えませんよ、それ」
蓮が俺の胸元を掴んで睨み付ける。
その表情から少なくとも蓮はふざけている訳ではないようだ。
「次は、ちゃんと答えてくださいね。
 まったくもー、ホントに、兄さんは駄目な子さんですねー」
ダメなコ、その言葉が俺のなけなしの反発心に火をつけた。
精一杯の怒りをこめて蓮を睨み返した。
「……じゃあ、言ってやるよ。俺は、お前が大嫌いなんだよ!!」
「へぇー、どうしてですか?」
蓮の瞳が一回り細くなった、まるで、猫が獲物を狙うように。
けれど、今の俺はそんなものに怯えるほど冷静じゃなかった。
「お前が俺の人生をめちゃくちゃにしたからだよ!!」



681 :後悔した人の話4 [sage] :2012/04/09(月) 02:55:19.05 ID:8mEkibG8 (5/8)
「はへ? じ、人生!?」 
「確かに俺はお前から見たらつまらない人間だろうよ!!
 だからって何でそんなに俺をいじめるんだよ!?
 どうして俺をそっとしておいてくれないんだ!?」
「え? え?
 ちょっと、兄さん、何を言ってるんですか!?」
その答えは蓮にとってはあまりにも予想外だったらしく、蓮の顔に困惑の色が浮かぶ。
「蓮は兄さんをいじめてなんていませんよ!?」
そう答える蓮には全く罪の意識が見られなかった。
自分が加害者であることさえ認める気がないのか、こいつは。
「いい加減にしろよ!!
 お前のせいでずっと友達はできなかったし、
 いつも、いつも、みんなの前で恥ずかしい思いをして!!」
脳裏に浮かぶつらかった日々、それをぶつけるつもりで蓮に言い放つ。
「教えてくれよ、蓮。
 一体どうして俺のことがそんなに憎いんだよ!?
 俺の何が気に入らないんだよ!?」
「ええっと、兄さん?
 要は、蓮の所為で友達ができなかったとか、恥をかいたとか、そういうことですか?
 だから、蓮から逃げたと?」
「そうだよ!! お前のせいで俺は!!」
さらに言葉を続けようとして、蓮の様子がおかしいことに気づいた。
蓮は呆気にとられたように、口をぽかんと開けたまま停止している。
「おい……お前?
俺の話、ちゃんと聞いてるのか?」
すると、蓮がはっとわれに返り、急に声を上げて笑い出した。



682 :後悔した人の話4 [sage] :2012/04/09(月) 02:56:33.72 ID:8mEkibG8 (6/8)
「れ、蓮!? 
 どうしたんだよ!?」
自分の声に怯えの感情が混じっているのが分かる。
さっきまで腹の内から込上げていた怒りが抜けてしまうほどに、
その蓮の豹変振りはあまりにも気味が悪かった。
「くっくくく、ごめんなさい、くく」
蓮が笑いを必死にかみ殺しながら俺の声に応えた。
「ねえ、兄さん、私が兄さんの人生をめちゃくちゃにするなら、どうしてだと思います?」
「嫌いだから、憎いから、じゃないのか?」
蓮の質問の意図は分からない、けれど、手間隙を掛けてまで誰かの人生を貶めたいというのなら、
憎しみとか嫌悪とかそういう感情が根底にあるのが普通だろう。
理由は分からないけれど、蓮だってそういう負の感情を俺に抱いていたのは間違いない。
「嫌い? 憎い? それなら……」
気味の悪い笑みを浮かべながら、蓮が顔を近づける。
顔を背けようとする俺の顎をつかんで、強引に前を向かせる。
「ん、んんん!?」
自分の口の中に柔らかいものが入り込む。
生ぬるい蛇が這いまわるようなイメージが頭に浮かぶ。
「ん、ふふ、憎いなら、こんなことはできませんよね?」
口から漏れた涎を蓮が美味しそうに指で掬い、口に戻す。
その動作は上品なのに、何か生理的な嫌悪感を催させるものがあった。
もごもごと咀嚼をするように口を動かして、蓮がゆっくりと喉を鳴らした。
そして、口を開いた。
「大好きです、兄さん、昔から、誰よりも、何よりも……」
俺のことが好きだという蓮の言葉は、普通なら性質の悪い冗談にしか思えなかっただろう。
しかし、その蕩けきった表情と熱を帯びた瞳見せる普通でない雰囲気には、それがただの冗談ではないと信じ込ませるだけの説得力がある。



683 :後悔した人の話4 [sage] :2012/04/09(月) 02:57:41.09 ID:8mEkibG8 (7/8)
蓮は暫く俺を見つめたまま黙っていたが、急に蓮はまた声を上げて大笑いをしだした。
目には涙すら浮かべている。
理由は分からないがこいつにとってはこの状態が面白くてしょうがないようだ。
「ぷ、くくく、あははは、だ、駄目ですね。
 少しはシリアスに行こうかと思ったんですけど、兄さんってば、面白過ぎますよ」
「な、何なんだよ、さっきから何がそんなにおかしいんだよ!?」
「だって、ま、まさか人生だなんて……。
 余りにも兄さんが可愛すぎるのですもの、くく」
気持ちが悪い、何が可愛いんだよ、何なんだこいつは!?
「可愛いってどういう意味だよ?
 頼むから俺に分かるように話してくれよ!?」
「ご、ごめんなさい、そうですね、
兄さんには知る権利がありますよね、ふふふ」
蓮が目元に溜まった涙をふき取りながら答える。
「まず、兄さんは大きな間違いをしています。
 いいですか、昔から私は兄さんのことが大好きなんです。
 あ、当たり前ですけど、ここで言う「大好き」って言うのはもちろん家族愛とかじゃなくて性的、あら、「異」が抜けてましたか、異性的な意味ですからね?」
「異性って俺たちは血のつながった……」
「兄妹ですよ、そんな事くらい蓮だって知ってますよ。
 そして、社会的には近親相姦って、誰にもどこでも決して認められない事だって、ね?」
「なら、お前だって分かってるんじゃないか」
「んー、でも兄さん?
 例えば、倫理的に正しくないから呼吸をするなって言われたら、兄さんは口を閉じて死ぬまで息を止められますか?」
「それは……」
「無理ですよね、例えどんなにがんばったって体が勝手に空気を吸い込んじゃいますもの。
 それと一緒ですよ?
 私も、どうしても兄さんを求めずにはいられないんです。
 水を飲むくらいに、呼吸をするのと同じくらい自然に、こうやって……」
「や、やめろよ」
蓮が俺に顔に向かって伸ばした手をとっさに避けた。
「あら、つれないですね、ふふ。
 まあ、いいですよ、時間はたくさん、たーくさん、ありますから」
蓮が楽しそうに、声を殺して笑った。



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最終更新:2012年05月06日 13:16
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