後悔した人の話5

721 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:22:56.34 ID:Ziv4TZ1H (2/10)
「ふふ、少し話が脱線してしまいましたが、私は兄さんのことを憎んだなんていないっていうことは分かっていただけましたね?」
「憎まれてた方がましだったのかもしれないけどな」
「ふふ、兄さんはツンデレさんというものなんですね。
 そういう言葉があるって最近知りましたよ」
蓮なりのジョークなのかも知れないが、余りにも馬鹿ばかし過ぎる発言に突っ込む気が起きない。
「……それで、お前が俺のことを好きだからって、どうしてああいうことをしたんだよ?
 普通、好きな人の人生を台無しにしようなんて思わないよな?」
「ああ、それはですね。その……」
急に蓮の言葉の歯切れが悪くなる。
「その、あれ、ですよ、何て言うのか」
よそよそしげに視線をそらしてあらぬ方向を見ながら言葉を続けた。
「ほら、良くあるじゃないですか?
好きな子に意地悪したくなっちゃうな~、なんてこと」
蓮の頬が赤く染まった。
「あー、その、何と言うか、初めは兄さんが私以外の事で嬉しそうにしてるのが嫌でしょうがなかったからなんですけどねー。
 ほら、小学生の初めの時は兄さんってばクラスの人気者だったじゃないですか?
 その上、可愛い可愛い妹の事を蔑ろにしだしましたよね、あの時はとーっても傷ついたんですよ。
 だって、兄さんは私だけの物でないといけないのに。
 そこで、当時の蓮ちゃんは考えたわけなんですよ、兄さんが皆から嫌われる様な事をすればまた蓮ちゃんを大事にしてくれるんじゃないかなって。
 ついでにその兄さんを庇ってあげれば、さらに好感度アップも間違いなしって、健気ですよねー。
 それで、試しにちょいちょいってクラスの誰かの給食費を兄さんの鞄に入れてみたんです」
蓮の話に自分でも忘れていた記憶が蘇る。
ある日突然なくなったクラスメイトの給食費、自分のランドセルから出てきた茶色い封筒、緊急学級委員会という魔女裁判、必死で犯人をかばう蓮。
今思えば、あれが俺の暗い学生時代の始まりだった。



722 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:24:08.22 ID:Ziv4TZ1H (3/10)
「お前がやったのか?」
「ええ、私がやりました」
バツが悪そうに蓮が笑った。
「効果は絶大でしたね、必死に言い訳をしても信じてもらえなくて、次の日からは泥棒呼ばわり」
蓮はどこか遠い目をしていた。
「そんなある日、廊下の隅でこっそり泣いていた兄さんをたまたま見つけちゃった訳で。
 ……その、それが可愛すぎて、それで、癖になっちゃって、あ、あははは」
「は、癖になった?」
「はい、生まれて初めての感覚でした。
 胸が締め付けられて苦しいのに気持ちよくて、体中に弱い電気が走るみたいにむずむずして……」
「それで、もっと気持ちよくなりたくて、もっと兄さんにいたずらをして、そしたら段々エスカレートしすぎちゃって」
そこから蓮は滔々と今までにあいつがしてきた悪事を告白した。
文化祭の為のカンパを亡くして皆から吊るし上げられた事、受験票を亡くしてセンター試験を受けられなかった事、
体育祭のときに女子の着替えが無くなって影で俺が疑われたこと、
それを見た蓮がどれだけ興奮したか、それが蓮にどれだけの快楽をもたらしたか。
蓮の鮮明な描写に昔を思い出して、吐き気が込上げた。
それに、俺の就職先を潰したのも蓮が裏で糸を引いていたということも判った。
そして極め付けに吐き気を催したのは、高校生になってからは、
蓮が俺を嵌めた日はそれを思い出しながら何度も自慰に耽っていたということだった。
そういうただひたすら聞きたく無いことを延々と聞かされた。



723 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:25:10.32 ID:Ziv4TZ1H (4/10)
「流石に兄さんが高校生の時にクラス中の誰からも居ないもの扱いにされているのを見たときは、
 その、ちょっとやりすぎちゃったかな~って、少しは思ってみたりしてた訳で。
 あら、兄さん? ど、どうしたんですかいきなり泣き出して!?」
気づいたときには頬に熱いものを感じた。
涙がぼろぼろと零れて、嗚咽が漏れる。
「なんだよ、なんなんだよ、それ?
 じゃあ、お前の惨めな姿を見るのが気持ちいいから、それだけの理由で俺に干渉していたのか、
 それで、俺はそれだけの為にこんな人生を歩む事になったって言うのかよ?
 気持ちよくなりたいから、たったそれだけの理由で……?」
「ええ、まあ、そういう言い方もできると思いますよ?
それに今の兄さんも、とってもそそるものがありますね~」
「ふざけるな!!
 お前、自分がした事が分かってるのかよ!?
「だから、ごめんなさいって謝っているじゃないですか」
蓮が困った笑顔を浮かべた、けれど、瞳は興奮を隠せないように潤んでいる。
その態度が余計に頭に血を上らせる。
「謝ってすむ問題かよ!?
 ふざけるな、お前なんか消えちまえ、お前なんて大嫌いだ!!!」
「まあまあ、兄さん落ち着いて」
「嫌いだ、蓮なんて、お前なんて居なければ良かったんだ!!」
「ちょっと、兄さんってば」
「お前さえ居なければ、友達だって、恋人だって、皆居たはずなのに。
 お前のせいで、何もかも台無しじゃないか!!」
「落ち着いてください、兄さん」
「お前なんか大嫌いだ!!」
「ああ、もう、いい加減にしてください!!
 だから、ごめんなさいって言ってるじゃないですか!?」
蓮はそう怒鳴るや否や、俺の頭を殴った。
気を失いそうになるくらいの痛みに呻いた。
「はぁ、兄さん、これで少しは落ち着いてもらえましたか?
 私のしたことは余り良い事じゃなかったのは認めますよ。
 でも、たったそれだけの事じゃないですか?」
蓮の声には苛立ちが混じっていた。
まるで、聞き分けの悪い子供をあやすのに疲れたような表情を見せていた。
「今、何回嫌いって言いましたか?
 蓮なんて大嫌いですか? 蓮が大嫌い?
たったあれだけの事で蓮を嫌いだなんて言えるんですか?
 兄さんにはデリカシーが足りなさ過ぎです。」
蓮はため息を吐いた。



724 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:25:54.72 ID:Ziv4TZ1H (5/10)
「大体さっきから大事なもの大事なものって、何なんですかそれ?
 すいませんが、蓮には全然理解ができません
 兄さんが失ったものなんて、兄さんを認めないクズどもとその評判だけですよ。
 それのどこに蓮よりも価値があるのですか?」
「それはお前のせいで……」
「いいえ、たかが私のいたずら程度で兄さんを仲間外れにするような連中です。
 そんな奴らは、ちょっとでも何かあったら平気で兄さん見捨てるに決まってますよ。
 それでも、そんな方々との友情がそんなに大事なんですか?」
蓮は何の迷いも無くきっぱりと言い切った。
「私ならどんな時も兄さんだけを愛し続けられます。
 たとえ兄さんが殺人犯でも、強姦魔でも、そして、例え私を避けたとしても、ね」
なのに、と蓮は呟いた。
「なのに、兄さんは不満だって言うのですか。
 こんなに兄さんの事を想っている私がいるのに?」
ああもう、さっきは笑えてましたけど、全然笑えない話ですね。
 そんなくだらない理由で兄さんが私から逃げようとしたなんて、それだけの為に兄さんとの時間を6年間も失ったなんて」
蓮の言っている事は理不尽極まりないのに、怖くて何も反論ができない。
俺が怯える姿を見た蓮は満足そうに笑って、表情を緩めた。
「まあ、でも良しとしましょうか、そういう愚かさは兄さんの魅力の一つですもの。
 可愛いですよ兄さん、食べたいくらい、壊しちゃいたいくらい」
蓮が俺を見つめて、心地よさそうに喉を鳴らす。
「この6年間も結果的に無駄だった訳じゃないですしね、私にとっても、兄さんにとっても」
「俺にとっても?」
「ええ、とっても、ふふ、兄さんもこの6年間で理解してくださいましたよね?
 兄さんは蓮がいなければ何も出来ないっていうこと。
 ふふ、私から離れてから、お友達は何人できましたか?
 恋人はできましたか、恩師と呼べるような方はいますか?」
ずきり、と胸が痛んだ。
「……少しは、できたよ、友達」
「できてないでしょ?
ふふ、嘘を言っても無駄ですよ。
遠くには居ましたが、色々な方法で蓮は兄さんを見ていましたから」
くすり、と蓮が満足そうに嗤った。
「大学では、いつも一人でしたね。
 ああ、一応、何人か同じ学科の方とは言葉を交わしては居ましたか、とても無様に。
 ふふふ、影であの方々がどんな言葉で兄さんを嘲笑っていたか知りたいですか?」
「うるさい、黙ってくれ」
蓮は嫌なやつだ。
自分に友達が居ない、そんなのは分かっている。



725 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:26:31.60 ID:Ziv4TZ1H (6/10)
「けど、それは皆お前のせいで友達の作り方も分からなくて……」
「いーえ、違います。
 確かに、私は兄さんにいたずらをしたかもしれません。
 でもね、他の人だって多かれ少なかれ人生に障害は付き物で、それを自分で乗り越えていくものなんですよ?
 なのに、兄さんってば、全部蓮が悪いって諦めて、蓮が解決するのを待って、何も努力しなかったんじゃないですか?
 ちょっとでも失敗すれば蓮のせい、蓮が悪いって。
 くすくす、それが兄さんの6年間だったじゃないですか?
 結局、兄さんは私に依存しないと失敗を誤魔化すことすらできないですね」
「違う、勝手に決め付けるな!!」
「違いません、大体、普通の人なら6年間で友達が一人も居ないなって絶対に有り得ないですよ」
友達がいないのが有り得ない、その一言に胸が痛く、苦しくなる。
反論をしようにも苦しくて言葉を吐けない。
「私は、兄さんよりももっと悲惨な境遇の方々をあちらで見てきましたよ?
 生まれたときから家族がいないとか、命にかかわるくらいの差別を受けてきたかたとか……。
 それでも、その方々には親友と呼べるくらいの深い中の友人を誰もが持っていましたし、新しいお友達だって何人も作っていました。
 なのに、どうして兄さんだけは友達どころか、まともに話し相手になってくれる方すら、蓮以外にいらっしゃらないのですか?
 ふふ、不思議ですねー?おかしいなー?」
蓮はべらべらとしゃべっている事は全部でたらめだ、絶対に嘘だ。
俺は自分に出来る精一杯の努力をしたんだ、こんな変態妹に誹られるような情けないことは絶対にしていないんだ。
それなのに、涙が止まらない。
こんな所で泣くなんてまるで蓮を肯定しいるみたいじゃないか、蓮を喜ばすだけじゃないか。



726 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:36:04.46 ID:Ziv4TZ1H (7/10)
「ふふ、そんなに泣かなくたって良いですよ?
 私は別に兄さんの努力不足を怒っているわけではないんですから。
 いいえ、むしろ、超大歓迎です。
 私に依存しなければ何も出来ない兄さん、なんて魅力的なんでしょう?
 考えるだけでぞくぞくします」
さっき苛ついていたのは何だったのだろうと疑問に思えるくらいに、蓮は上機嫌だった。
「ふふ、6年間という代償は大きかったですが、見返りも大きいものですね。
 こうやって兄さんを一生養えるだけのお金もできましたし、
 今の状態の兄さんなら失踪しても誰も疑問に思いませんでしょうし、願ったり叶ったりですね。
 しかも、私と兄さんを引き離したゴミだって片付いたのですから。
 怖いくらいに全て思い通り、うんうん、結果オーライです」
「お前は父さんと母さんに何をしたんだよ?」
自分の声には自分でも呆れるくらいに緊張感も、怒りも含まれていなくて、
ただ疲れ切っているだけだった。
「さあ、何でしょう?
 蓮はアメリカにいましたから、手を下す事なんて出来ませんよ?
 もっとも、ゴミをゴミ箱に入れたのが誰かなんて一々気にするようなことではありませんけど」
蓮が、くすり、と笑う。
「ふふ、やっぱり罰ゲームをやりましょうか?」
俺の首を両手で掴んで、力を込める。
「兄さんにはやっぱり自分の罪を自覚して、償っていただく必要があるみたいですね。
 それに、今の兄さんの顔を見ていたら我慢できなくなってしまいました」
蓮が俺の唇を舐める、ぬるりとした感触が気持ち悪い。
「この6年間、私は兄さんをどう楽しむか、それを考える事だけが楽しみだったんです。
 何度も何度も、数え切れないくらいにたくさん考えて考えて……」
蓮が嗤った、6年前まで何回も見た獲物をいたぶる猫のような目をしている。
その目で見つめられると体から力が抜けて、まぶたの一つも動かせなかった。
昔はあの目が憎くてしょうがなかった、けれどその意味を知った今は怖い。
その反応がますます蓮を喜ばせていると分かっていても、恐怖を隠す事ができない。



727 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:36:39.35 ID:Ziv4TZ1H (8/10)
「冗談です、ちょっと苛め過ぎちゃいましたね、ごめんなさい。
 ふふ、そんなに怯えないでください、そそられちゃうじゃないですか?」
蓮が俺の頬に軽いキスをした。
「逆ですよ、蓮が償ってあげる事にしました。
 兄さんが失ったもの、ぜーんぶ、蓮があげますよ?
 恋人も、家族も、兄さんが欲しかった物はみんな蓮で埋めてあげます」
「どういう意味だよ?」
蓮は何も答えないで、ただ幸せそうに微笑んでいるだけだ。
「簡単な事ですよ。
 兄さんが憧れたもの、最良の伴侶を得て、結ばれ、契り、平凡で幸せな家庭を築く。
 それを蓮がプレゼントしてあげるんです、さ、まずは恋人から、ですね」
蓮が両手で俺を抱きしめて、下から覗き込むように視線を合わせる。
頬を染めてまるで慈母のように優しげな表情を作る。
認めたくないが、俺が今までに見た女性の誰よりも綺麗だった。



728+1 :後悔した人の話5 [sage] :2012/04/16(月) 03:37:27.14 ID:Ziv4TZ1H (9/10)
「愛してるわ、欄」
蓮が優しく、甘く囁く。
それから、今度は舌を絡めてのキス。
拒絶したいと思っているはずなのに、体が熱くなった。
人生ではじめて聞いた甘い言葉、女の匂い、唇の感触、
そして、その先にあるだろう初めての快楽への予感、それが頭の中にくらりとするような心地よい多幸感をもたらす。
嫌だ、蓮のものになんてなりたくない、なのに、蓮が欲しくなる。
「ふふ、欄は誰にも奪わせない、欄はずっと私だけのもの」
俺は今になって蓮から逃げた事を後悔した。
あのまま蓮にいたぶられていれば、蓮に憎まれていると思い込んで、蓮を憎み返していれば良かったんだ。
そうすれば、きっと蓮から奪われるだけですんでいたのに。
俺の奪われた全てを蓮で満たされるなんて嫌だ。
絶対に嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。
頼む、お願いだから、誰か助けてくれ。


「ふふ、兄さんには誰も、だーれもいませんよ、蓮以外には、ね?」




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最終更新:2012年05月07日 23:17
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