まもののこころ

239 まもののこころ sage 2007/11/10(土) 02:17:32 ID:W57vm9S+
私の名前はソウカ=アマノ。
歳はちゃんと結婚も出来ちゃう18歳。職業は冒険者で、熟練度(レベル)31の黒魔導士。
そんな私は、今日も元気に愛する弟であるユー君、ユウト=アマノと世界を旅しています。
ユー君と二人っきりで、ユー君の傍で、ユー君を守りながら。

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?」

広々とした、時たま吹く風に緑の絨毯が揺らされる草原。
私は上級爆熱呪文が魔物を焼き尽くす心地良い音と共に、ユー君の高い声を聞いた。
ちょっと離れた所で轟々と燃え盛る炎を前に、ユー君が男の子にしては少し長めの黒髪を熱風に揺らしている。
赤々と燃える炎が色白のユー君の顔を照らしていて、うん、とっても素敵。綺麗だよ、ユー君。

「ああああぁぁぁぁぁぁ・・・・・・」

でも、当のユー君はうっとりと見詰める私の視線に気付かずに、地面に両膝をついている。
ユー君への愛で赤く染まった私のほっぺも見て欲しいのに。残念。
そんなユー君は気のせいかな、少し目が潤んでるみたい。それがまた炎に照らされて、綺麗な光を湛えてる。
もし涙が流れたら舐め取って慰めてあげようと思ったけど、ユー君はがっくりという感じで俯いた。

「・・・・・・・・・姉さん

「なあに? ユー君」

俯いたせいで顔は見えないまま、微かに呼ぶ声が聞こえたから近づいていく。
呪文を放つ前に駆除した魔物の残骸を、何色かの血と一緒に踏んでいく。ユー君の傍で立ち止まると、熱風が私の体を撫でた。
今日もユー君を魔物の手から守りきった達成感と共に、熱が私の体を火照らせる。

「姉さん」

「ぅんっ・・・・・・なあに?」

こういう時にユー君に呼ばれると、不覚にもちょっと感じちゃう。
戦いの後の高揚もあって、いつもこれを我慢するのは一苦労だ。
出来ることなら今すぐにユー君に抱きついて、ちゅーして、この喜びを姉弟で分かち合いたい。

「姉さん・・・・・・ボク、言ったよね。今回は、今回だけはちゃんと手加減して戦おうって。
 せめて一匹くらいは魔物を殺さないで弱らせるだけにしてねって・・・・・・お願いしたよね?」

「うん、そうだね。他でもないユー君のお願いだもの。お姉ちゃん、ちゃんと覚えてるよ?」

でも今はダメ。駆除し終えたばかりの、汚らわしい魔物の血の臭いが辺りにこびりついてるから。
私の着ている漆黒のローブにも、目だ立たないけど返り血がある。
こんな場所や状態でここに長居したり、ユー君に抱きついたりしたら折角のユー君の好い匂いが台無しになっちゃう。
ましてや、ユー君に魔物なんかの血をつけるわけにはいかない。我慢我慢。

「じゃあどうして! またっ! こんなことになるのさっ!?」

「きゃんっ♪」

ユー君のためにも。そう思ったとたん、ユー君の方から立ち上がって掴みかかってきた。
両肩をぎゅっと握られてがっくんがっくんと揺さぶられる。
冒険者になりたての頃より背が伸びて、私と同じくらいの高さになったユー君の顔が近づいたり離れたり。
もう、ユー君ったらたまに大胆になるんだから。

「何回目だと思ってるの!? 冒険者になってからもう二年以上だよ? いい加減にしてよっ!」

ユー君の方から求めてくれるなら私に文句はない。
だけど、取りあえずはユー君の質問に答えようかな。
一通り私を揺らしてから、顔を近づけてぴたっと私を固定したユー君の瞳を見てから言う。


240 まもののこころ sage 2007/11/10(土) 02:19:01 ID:W57vm9S+
「てへ。やりすぎちゃった♪ ごめんね、ユー君」

「うううぅぅぅ」

ユー君も思春期だから、お姉ちゃんの顔をあんまり近くで見るのは恥ずかしかったのかな。
私から手を離すとちょっと下がってまた俯く。

「姉さんはいつもそうだ・・・・・・ボクのことを大切だって言う割りに、ちっとも話を聞いてくれない・・・・・・」

そのままぶつぶつと何かを呟き始めた。
こうなってしまうと、ユー君は元に戻るまで少し時間がかかる。
駆除した魔物の死に心を痛めているのかもしれない。ユー君は優しいから。
私にとっては、魔物なんて汚らわしくて、私とユー君の時間を邪魔する害虫でしかないけれど。
ユー君にとって違うみたい。もちろん、そこには優しさ以外の事情もあるけれど。



ユー君の職業は魔物使いだ。熟練度は23。
呼んで字の如く魔物を使役する、魔物の被害に困っている人が多いこの世界ではいまいち不人気な職業。
ユー君が冒険者を目指したのは、ユー君がちっちゃい頃によく聞かせてあげてた童話に出てた魔物使いに憧れたからだ。
確か、人間だけじゃなく魔物とも友達になれるなんて凄い、って言ってたと思う。
思い返すと、ユー君は特にその童話がお気に入りで、子供の頃から前兆はあった。
あの本、もっと早くに捨てておけばよかったと思う。
そうすれば、ユー君が冒険者になる、なんてことを言い出すこともなかったのに。

勿論、私はユー君が冒険者になるのに反対した。猛反対した。
考えられる限りの論理と、時には私を捨てるのって情に訴えたりもした。
だって、外の世界は、私とユー君が生まれ育った村の外は危険が一杯だ。
魔物はいる。盗賊を始めとする色々な悪人もいる。ユー君の魅力に惹かれて発情する雌猫だっているだろう。
わざわざそんな場所に行く必要はない。
ユー君の欲しいものは、何だって私が用意してあげる。ユー君は一生私が守り、幸せにしてあげる。
あの村で。あの誰もユー君と私の邪魔をしない、二人だけの小さな家で。
そのためなら私は何だって出来る。
たった二人の姉弟だもの。誰よりも濃い血と絆で繋がった、誰よりも愛しいユー君のためだもの。
だから、私は反対した。なのに。
ユー君は首を縦に振らなかった。
ううん。それどころか、つい熱くなりすぎてユー君の夢を否定した私に、姉さんなんか嫌いだって言った。

死ぬかと────────死のうかと思った。
その時にそれを実行しなかった自分の判断を、今でも私は褒めてあげたい。
私が死んだら、多分ユー君は悲しんで悲しんで、でも私っていう絆のなくなったあの家をすぐに出たと思う。
ユー君のことだから、私が一番分かる。
そうしたら、ユー君は村を出て、冒険者になって、旅をして。
もしかしたら途中で魔物や悪人に殺されて、生き続けられたとしてもどこかで私以外の人間に会って、
私の知らない人と、私の知らない、私のいない場所で楽しくして。
そして、いつか恋をして、どこの誰とも知れない私以外のオンナと結婚を────────。



そ ん な こ と は 許 さ な い 。



だから、私は決意した。
ユー君を止められないなら、私がついて行けばいい。
ユー君と一緒に旅をして、ユー君の敵を殺して、ユー君を守って、ユー君を奪おうとするモノを排除して。
そうすればいい。
いつか、ユー君と骨をうずめる場所を探しに行くんだと思えば、むしろ楽しいことだ。
当然、ユー君は反対したけど、ユー君と同様に私も退かないと分かると渋々ながら許してくれた。
いまいち押しにも押すのにも弱いユー君だから、その結果は当たり前。ユー君は優しいのだ。


241 まもののこころ sage 2007/11/10(土) 02:21:53 ID:W57vm9S+
そんなこんなで、私とユー君の二人っきりの旅が始まって二年くらい。
私は今日まで、ユー君を守り続けている。
ユー君には傷一つ負わせないまま魔物は皆殺しにしているし、襲ってくる盗賊なんかはきちんと将来の結婚資金に変えた。
ちゃんとマーキングしているから泥棒猫は寄ってこないし、
ユー君が寝てる間にしっかりヌいてあげてるから、何というか、ユー君がいかがわしい場所に行くこともない。
他の女の臭いがすればわかる。

ただ、ユー君は私の戦い方には不満があるみたいだけど。
魔導士は基本的に大威力の呪文で敵を殲滅するから、手加減が利かない。
利いたとしても、戦士なんかよりは融通が利かない。
ユー君も転職して魔物使いになってからはどうにかして魔物を仲間にしようとしているけど、
戦力としては低い魔物使い単体では魔物をなかなか倒せないし、そもそもユー君だけで戦わせたりはしない。
そして私は魔物相手に手加減なんかしないから、私達と戦った魔物はほぼ逃げるか死ぬ。
つまり、ユー君は魔物を仲間にすることが出来ない。ユー君は戦闘の後はいつも不満そうだ。

だって、仕方がない。魔物は敵だ。
ユー君に襲い掛かり、ユー君を傷付け、ユー君を殺そうとする敵だ。
そんなモノに、私が手加減できるはずがない。
ユー君の敵は殺す。ユー君に近づくものは殺す。何に代えても、私が殺す。
本能だろうと何だろうと、ユー君を攻撃するなんて許されるはずがない。
その上で生き残ったら仲間になるだなんて吐き気がする。
ユー君の敵なのに。ユー君の敵なのに。ユー君の敵なのに。
ユー君の敵は殺す。ユー君は私が守る。たとえ攻撃だろうと何だろうと、ユー君に触れていいのは私だけ。
生まれた時からずっとユー君を傍で見守ってきた私だけ。
ユー君に触れるのも、傷付けるのも、愛されるのも、愛するのも全部、全部私だけだ。
二人を結ぶ血の絆に割って入る存在なんて許さない。魔物なんていなければいい。
ユー君を惑わす魔物なんか、全て死んでしまえばいいのだ。だから、私は見付けた魔物は一匹残らず殺す。


でも、私には最近、一匹だけ存在を許せる魔物が出来た。


「そう言えば、ユー君は知ってるかな?」

「・・・の間迷宮で・・・剣士の彼女だって・・・すれば・・・・・・え? 何、姉さん?」

ぶつぶつと呟き続けていたユー君が顔を上げる。
ずっと昔から変わらない、可愛くて大好きなユー君の顔に向けて、私は微笑んだ。

「ユー君は、『魔物の心』って知ってる?」

「魔物の心・・・・・・って確か、魔物が極稀に落とす、
 転職の時にそれを使えばそれを持っていた魔物になれるっていうアイテムのことだよね?」

「うん、正解」

流石ユー君、魔物のことになると物知りだ。
私はユー君の頭を撫でてあげてから、それを出した。

「じゃーん」

「姉さん・・・・・・これ」

それは真っ黒な、ユー君の瞳くらいの大きさの珠。

「魔物の心だよ。ユー君には秘密で、ちょっとしたツテで手に入れたの」

本当は、今さっきユー君が言ってた女剣士のパーティを皆殺しにした時に拾ったんだけど、それは秘密。
教えたら、きっと優しいユー君は悲しむから。あんな女のことをユー君が気にするなんて許せないし。


242 まもののこころ sage 2007/11/10(土) 02:23:24 ID:W57vm9S+

「お姉ちゃん、いつもユー君に迷惑をかけちゃってるよね?
 お姉ちゃんのせいでユー君は仲間にする魔物が出来なくて、困ってるよね?」

「えっと。まあ、そう・・・・・・だけど」

ちなみに、これは普通の魔物の心じゃない。その中でもとびっきりレアなものみたい。
調べてみたら元になった魔物はしっかりした知能があって、姿も殆ど人と変わらない。そして強い。
魔物の心で転職した場合、本人の技能はそのままプラスされるらしいから、もし私がこれを使ったら今よりもかなり強くなれる。

「それが、どうかしたの?」

「えへ♪ お姉ちゃんね、これでもちゃんと反省してたんだよ?
 ユー君が魔物を仲間に出来なくて悩んでいて、それがお姉ちゃんのせいだってこと」

だから。

「だからね。お姉ちゃん、考えたの」

私はそれを思いついた時、あまりの名案に、ユー君との将来を想いながらイっちゃった。



「私が魔物になって、ユー君の仲間になればいいんだって」



ユー君が魔物を欲しがっていて、私が魔物を許せないなら、私が魔物になればいい。

「ねえ、さん・・・?」

えへ。ユー君ったら、やっぱり驚いてくれた。一生懸命考えた甲斐がある。
思えば、これは運命なのかもしれない。
ユー君は魔物使いで、魔物が欲しくて。
そんなユー君に色目を使っていたあの女が、たまたまユー君へのプレゼントにこれを用意していたなんて。
ちょっと出来すぎだと思う。

「ねえ、ユー君?」

そう考えると、やっぱり私とユー君は結ばれるべき運命なのだ。
世界でたった二人だけ。血の繋がった姉弟。誰よりも近くて、誰よりも強い絆で結ばれている。
それはきっと、血の繋がりがなくなっても変わらない。
だから、私はユー君に言った。



「お姉ちゃんが魔物になったら、飼ってくれる?」



ユー君のためなら、私は魔物になれる。

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最終更新:2007年11月13日 17:06
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