604 転生恋生 第二幕(1/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/14(火) 01:32:32 ID:Wez9qBef
今日から新学年だ。俺はブレザーの袖に腕を通し、ネクタイを締める。
俺が通うのはごく普通の県立校だが、少子化への対応として3つの学校が合併されてできた新設校だから、やたら規模がでかい。30人学級が1学年20クラスある。
「たろーちゃん、支度できた?」
ノックと同時に姉貴が部屋へ入ってきた。……いや、返事を待たないならノックの意味がねーだろ。
忌々しいことに姉貴も同じ学校へ通っている。俺の学力で入れる一番いい学校に狙いをつけて前の年に入学していたからだ。
でも、それってわざわざ自分の学力より低い学校へ入ったということなんだよな。そうまでして俺と一緒の学校に通いたがるというのはやり過ぎだ。進学は将来を左右するっていうのに。
「だって、たろーちゃんと一緒に高校生活を過ごしたかったんだもん」
だから、抱きつくな。ファスナーを下ろすな。……手を入れるんじゃねーっ!!
なんとか姉貴のセクハラを止めさせると、俺たちは朝食を終えて登校した。自宅から最寄駅まで15分、鈍行で2駅、さらに学校までは5分ほどかかる。
ちなみに電車の中では混雑に乗じて姉貴が体を密着させてくるものだから、傍目にはまるっきりカップルに見える。
俺はもう姉貴が胸を押しつけてきても何とも思わないが、男性客の妬ましげな視線がうざい。
学校へ着くと、校門を入ってすぐのところに臨時掲示板が設置され、クラス分けが発表されていた。俺は2年生のクラスに自分の名前を探す。
『2年C組 30番 桃川太郎』
A組から順番に見ていったが、わりとすぐに見つかった。掲示を見る度に嫌になる、俺の名前だ。書類の記入例では必ずといっていいほど、「○○太郎」という名前が使われる。
それくらいひねりがない上に、俺自身が体格も学力も運動能力も全て平均値なものだから、「凡人」「スタンダード」「量産型」なんて渾名をつけられた。
それを受け入れているのは、もっと嫌な渾名がつきそうになったことがあるからだ。小学1年生の頃、俺はクラスメートから一斉に「桃太郎」と呼ばれるようになった。
他愛のないからかいだったが、俺はその呼び名がとてつもなく嫌で、今思い出しても恥ずかしい限りだが、家に帰ると姉貴に泣きついた。
すると翌日には誰も俺を「桃太郎」とは呼ばなくなっていた。その代わり、クラスメート全員が俺を怖がるようになった。
姉貴が一人一人を訪ねて「説得」したらしいということを知ったのは随分と後のことだ。
605 転生恋生 第二幕(2/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/14(火) 01:34:23 ID:Wez9qBef
〔まとめ収録の際は1行開けてください〕
「あー、またたろーちゃんと同じクラスになれなかった」
となりで姉貴が残念がっている。……いや、学年が違うだろ。
さりげなく姉貴のクラスを確認する。休み時間にうっかり姉貴の教室へ近づかないためだ。
『3年S組 29番 桃川仁恵(ももかわ にえ)』
学年ごとに棟が違うが、S組はかなり遠い位置にある。わざわざこちらから会いに行かない限り、姉貴に遭遇することはない。
逆に姉貴が俺の教室へ来るにしても、時間がかかるから逃げる余裕は十分ある。俺はやや安心した。
「じゃあな、姉貴」
「名残惜しいよぅ」
姉貴が俺の腕をつかんだまま離さない。他の生徒の目もあるので恥ずかしい。姉貴がブラコンなのは既に周知の事実だが、せめて俺がシスコンと思われないよう、嫌がっているのだということを懸命にアピールする。
「うっとうしいんだよ、このアマ!」
思いっきり蹴飛ばしてやった。人間離れした怪力を持つだけでなく、人並み外れて頑丈な体の姉貴はべつに痛くも痒くもないだろう。
それなのに、「いくらなんでもひどいんじゃない?」と囁きながら周囲の女子生徒が白い目を向けてくる。
……全くもってバランス感覚ってやつは難しい。
とにもかくにも姉貴を3年生の校舎へ向かわせることに成功した俺は、2年生の校舎へと向かう。途中に渡り廊下があって、花壇で飾られた中庭の鮮やかな風景を楽しむことができる。
女の子が1人、中庭でうろうろしているのが見えた。どうも人を探しているとか、待っているとかいうのではなくて、自分の行き先を見失っているように見えた。
俺は何となくその子が気になって、近づいていった。俺より頭半分ほど小柄なポニーテールの子で、制服が真新しかった。ネクタイも曲がっていて、明らかに締め慣れていない。
「あーっと、新入生か?」
俺が声をかけると、その子は一瞬びくっとしたが、べつに逃げ出したりはしなかった。
「はい、そうです。教室がわからなくなって……」
おどおどとする様が、まるで段ボール箱の中に取り残された子犬を連想させる。
「1年生の教室はあっち……って、どうした?」
その子が急に鼻をヒクヒクさせたものだから、俺は戸惑った。屋内ではないからガス漏れなんてことはないはずだし、火事の気配もない。
すると俺か? 俺が臭いのか?
平均的男子高校生としては香水なんかつけていないし、まだ暑くないから汗臭くもないはずだが、何か変な匂いがするのだろうか。
不安になった俺は自分で自分の匂いを嗅いでみたが、何もわからない。
と、いきなり目の前の1年生が抱きついてきた。
「ご主人様ーっ!!」
顔をくしゃくしゃにして、首にしがみつく。そして俺の顔中を舐め回す。その様はまるで犬そのものだった。
606 転生恋生 第二幕(3/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/14(火) 01:35:27 ID:Wez9qBef
「ちょっと待てっ!」
俺は慌ててその女の子を引き剥がした。幸いにも、姉貴のような怪力を持ち合わせてはいなかった。
「いきなり何をしやがる! ばっちいだろっ!」
涎まみれにされた顔をハンカチで拭いた。そして周囲を見渡す。他の生徒にこのありさまを見られると面倒なことになるが、幸い渡り廊下からある程度距離があったので、移動中の生徒は大部分が気づかなかった。
気づいた少数の生徒も、こちらを一瞥しつつも歩を止めはしなかった。こういうときは他人の注意を引かない自分の平凡さがありがたくなる。
「おまえ! いったい誰だ!?」
「えー? ボクのことがわからないの? ご主人様」
女の子は信じられないと言わんばかりの顔をする。だが、間違いなく初対面なのだから、こちらとしては責められるいわれはない。
「おまえが誰かなんて、俺は知らない。とにかくその『ご主人様』はやめろ」
「どうしてー? ご主人様はご主人様だよ?」
「違う! 俺はおまえなんか知らん!」
「そんな……ひどいよ……」
女の子は見る見るうちに泣き顔になった。畜生、これじゃあ俺が悪者じゃないか。
「ひょっとすると、人違いじゃないのか?」
「人違いじゃないもん! 絶対ご主人様の匂いなんだもん!」
「そんな言い方じゃあ、わからん。俺とおまえはどこで知り合いになったんだ? 言ってみろ」
「えーっと……千年前?」
まいった、姉貴の他にも電波女は実在したのか。
それとも春先だから増えてるのか? とにかく関わり合いにはなりたくない。
「保健室は中央棟の1階だ。さよなら」
背を向けて立ち去ろうとしたが、左袖を引っ張られて前へ進めない。見ると、女の子が俺の制服の袖に噛みついていた。
「離せよ!」
腕を振り回して剥がそうとするが、どうにも離れない。信じがたい顎の力だ。
「……オーケー。話を聞いてやるから、とりあえず離せ」
女の子は素直に袖を離した。俺の制服は唾液まみれだ。なんだって新学期初日からこんな目に遭うんだ? 俺が何かしたのか?
溜め息をつきながら、俺はもう一度女の子の全身を眺め回す。小柄で凹凸も少ないが、顔立ちは悪くない。
童顔なロリフェイスはその道の愛好者には受けるだろう。「飛び級で小学校から転入しました」って言われても信じてしまいそうだ。
電波を受信しているって時点で台無しだけどな。
「あーっと……」
さて、何を糸口にしようか。
607 転生恋生 第二幕(4/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/14(火) 01:38:00 ID:Wez9qBef
「まあ、仮に俺とおまえが千年前に知り合っていたとしよう。
だが生憎俺は最近16年間しかこの世に存在していないということが証明されている。
おまえは千年以上生きているとでもいう気か?」
「違うよ。ボク、千年ぶりに生まれ変わったんだ」
ああ、そうか。生まれ変わりってやつか。時間軸の問題は一気に解決だよな。便利な設定だ。
「じゃあ、仮に俺とおまえが千年前に知り合っていて、千年ぶりにこの世に生まれて再会したんだとしよう。
だが俺たちは別人として生まれているんだ。
過去には拘らないで、全く新しい人間として別々に生きた方がいいと思わないか?」
単純に、今のおまえと関わり合いたくないと言いたいところをできる限り婉曲に言い表してみた。
「ダメだよ! ご主人様は千年前に悪い鬼に誑かされて死んじゃったんだ。
だから今度はボクがちゃんと見張っていてあげるの!」
……更に厄介な設定だ。「見張ってあげる」ときたもんだ。こういう手合いは「遠慮します」って言っても聞かないんだよな。
予鈴のチャイムが鳴るのが聴こえた。そろそろ教室へ行かないとまずい。
「なあ、おまえも一応この世で十数年生きているんだよな?」
「うん!」
肯定的な返事はやたら元気に言う奴だ。
「なら、学校がどんなところかわかるよな?」
「わかるよ! ボク、そんなに頭悪くないよ!」
憤慨したような顔をする。表情がよく変わる子だ。
「とにかく、今は俺たち二人とも別々の教室に行かなきゃならないんだ。話はまた今度にしよう」
そう言って逃げようとしたが、行く手に回りこまれた。
「ご主人様の『今の名前』とクラスを教えて」
……なるほど、確かにそれほどバカじゃないらしい。
「2年C組の桃川太郎だ」
面倒くさくなって、俺は正直に答えた。どの道、同じ学校にいる以上、偽名を使ってもバレるのは時間の問題だろう。
俺が嘘をついていないのがわかったのか、女の子は嬉しそうに笑った。
「ボクは1年A組の犬井司(いぬい つかさ)だよ!」
何故か、尻尾を振る犬の姿が脳裏に浮かんだ。
最終更新:2008年10月20日 01:01