838 転生恋生 第三幕(1/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/23(木) 22:31:32 ID:ZKgCJdVk
自分の教室へ行ってみると、既に教室は生徒で一杯だった。20クラスが再編されているから、元のクラスメートは1人いるかどうかだ。
うちの学校は社交的なやつが多いせいか、皆自己紹介しあって友達作りの真っ最中だ。やばい、出遅れた。
とりあえず自分の席を探す。最初は出席番号順かと思ったが、後ろの隅の席が埋まっているところを見ると違うらしい。
手近な男子生徒を捕まえて聞いてみたら、来た者から早い者勝ちで好きな席に座っているということだ。
ということは、最後に教室へたどり着いた俺の席は一番不人気な席になるわけで……
案の定、最前列の中央、教卓の真正面の席しか空いていなかった。俗に「ロイヤルボックス」と呼ばれている席だ。
これも忌々しい電波犬女に時間を取られたせいだ。全く新学年早々ついていない。
いずれ席替えもあるだろうと自分を納得させるしかないが、ちょっといらっときたせいか、席につくときに鞄で隣の席の女子生徒をなぎ払ってしまった。
「あっ!」
か細い声がして、床に乾いた音が落ちた。その女子生徒が読んでいた文庫本を俺が叩き落としてしまったらしいと気づく。
「あ、悪い」
謝りながら、俺は文庫本を拾いあげた。布製のブックカバーがついていたから、中身はわからなかった。
「ごめん。汚れてない?」
「……大丈夫」
その女の子は小さいけどよく通る声で素っ気無く答えた。色気のない眼鏡をかけた、ショートヘアの子だ。人形みたいに表情がない。
……単に、本を落とした俺に不快感を抱いたせいかもしれないが。
「あーっと、本が好きなの?」
一応、1年間同じクラスで過ごす相手だ。少しは打ち解けた方がいいと思って、話しかけてみることにした。
「好きだけど、どうして?」
抑揚のない声で反問された。何となく俺の相手するのを面倒くさがっているように思えなくもないが、頑張って会話を続けてみる。
「いや、わざわざブックカバーなんかつけてるからさ」
姉貴も読書好きでブックカバーを愛用している。もっとも、愛読しているのが姉弟相姦ものの官能小説ばかりだから、カバーで表紙を隠さないと体裁が悪いだろうが。
「ブックカバーを使っている人は本が好きなの? ……ああ、確かにその定理は成立するわね。逆は成立するとは限らないけど」
一人で話を完結させてしまった。やっぱり俺と話したくないのかな。
840 転生恋生 第三幕(2/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/23(木) 22:32:43 ID:ZKgCJdVk
「ひょっとして話しかけたの迷惑か? 読書の邪魔しない方がいい?」
そういえば、教室内で自己紹介が氾濫しているこの状況で黙々と本を読んでいたってことは、女の子同士での会話にも加わっていないってことだ。孤独指向なのか?
「迷惑というほどではないわ。単に今まで誰にも話しかけられなかったというだけ」
「そりゃあ、普通は初対面の人が本を読んでいたら、話しかけるのはためらうわな」
俺の場合は謝るというきっかけがあったからであって、ハプニング的なものだ。
「あと、自分から話しかけようとは思わないわけ?」
見るからに、あまり社交的ではなさそうだ。俺は別に「友達100人できるかな」主義者じゃないが、こういう知らない人だらけのところへ放り込まれたら、頑張って話しかけてみようとする。沈黙に耐えられないからだ。
……やっぱり凡人だよな、俺。
「特に思わないわね。あなたは人と話すのが好きなの?」
「話すのが好きっていうか、沈黙が嫌なんだ。君は……あ、名前何ていうの? 俺は桃川太郎」
「猿島景(さしま けい)よ。私は本を読んでいれば満足だから」
そこへ、シャツの上にジャケットを着た30歳過ぎの男が入ってきた。どうやら担任らしい。会話の時間はそこで終わった。
担任は「茂部一郎(もぶ いちろう)」と名前を黒板に書いて、簡単に自己紹介した。大きな学校だから、俺がまだ習っていない先生もたくさんいる。この先生もその一人だ。
「初日だからここで皆にも自己紹介してもらいたいところだが、あいにく始業式の時間だ。全員講堂へ行くこと」
指示に従って、全員ぞろぞろと教室を出て講堂へ向かう。さっきまで話してた者同士で固まって歩き出す様は、まさに三々五々ってやつだ。
俺としては猿島しか口をきける相手がいない。廊下で声をかけようとしたところで、数人の男子生徒に捕まった。
「なあ、おまえさあ、猿島と知り合いなのか?」
何やら期待を込めた眼差しを向けてくる男どもに、俺は正直面食らった。俺ではなくて、猿島の方に興味があるらしい。
あれか? 好きな女の子に声をかけたいけど、きっかけがつかめなくて困ってるってやつか?
「いや、知り合いも何も、さっき初めて口をきいたんだけど」
「本当か? 仲良さそうに見えたけど」
あれで? すっごく無愛想な対応をされたとしか思えんのだが。
「俺ら、1年のときに何度か話しかけたけど、いっつも一言しか返してもらえなかったんだ」
「へぇ……、やっぱり愛想のないやつなんだな」
それなら、一応会話が成立しただけ、俺は愛想よくしてもらったのかもしれない。
「つーか、おまえ、猿島のこと知らないのか?」
「ああ、初対面だし」
「そうじゃなくて、あいつの舞台を見たことがないのか?」
「舞台? 何だ、それ?」
841 転生恋生 第三幕(3/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/23(木) 22:33:42 ID:ZKgCJdVk
それから講堂へたどり着くまでの短い時間に説明してもらったところでは、猿島は演劇部に所属していて、期待の超新星と評判の高い活躍を見せているのだという。
普段は地味で人見知りで他人との接触を拒絶しているような雰囲気を漂わせているが、メイクして舞台に上がると別人になるらしい。
文化祭のときの公演『夕鶴』を見たやつの話によると、物凄く健気で可憐なおつうを演じきって、観客全員がラストシーンで号泣させられたそうな。
県の大会では、うちの演劇部は『カルメン』を上演したが、猿島が演じた妖艶なカルメンは大絶賛され、最優秀演技賞を受賞したとか。
ただし、猿島一人の演技があまりに凄すぎて他の部員との落差が目立ってしまったため、うちの演劇部自体はあまり評価されなかったというオチがつく。
とにかく将来プロの役者になるのは間違いないと誰もが認める天才ということだ。
……で、俺を捕まえた男どもはメイクして普段とはまるで異なる姿を見せた猿島に参ってしまい、何度もアプローチを繰り返しては玉砕し続けた連中だと判明した。
授業時間確保のためか知らないか、新学期第1日はやたらスケジュールが詰まっている。
講堂に全校生徒と教員が揃うと、まず新任教員の紹介があった。そして始業式を手短に終えると、引き続いて入学式が始まった。新入生がぞろぞろと入場してくる。
例の電波犬女は体が小さいせいか、見つからなかった。いっそ消えていてほしい。
新入生父兄・在校生・教員一同・来賓が見守る中、新入生代表が挨拶を述べ、校長と来賓代表が祝辞を寄せた。事務的に式は進行していく。
在校生からのお祝いとして、合唱部部長が独唱を披露したが、吹奏楽部の伴奏が全く1人の歌に負けている。どこにでもずば抜けた才能はあるもんだ。
(なあ、猿島と話ができるんなら、合コンに誘ってくれよ)
俺は先ほど知り合ったクラスメートの頼みごとを思い返しながら、前の方に座っている猿島をちらちらと見ていた。
信じられないな。そもそもあの無口で無愛想なやつが舞台に上がるということ自体が想像もつかない。
しかしあれほど熱烈なファンがついているんだから、メイクすると本当にきれいになるんだろう。
ちょっと見てみたい気がしなくもない。
ふと3年生の集団に目を向けると、姉貴と目が合った。ずっと俺を見つめていたらしい。
入学式の最中だってのに、姉貴は派手な手振りで投げキッスをしてきやがった。ひたすら他人の振りをする。
ちょうど正午に入学式が終わった。教室へ戻る途中、俺はさっきの依頼を片付けようと、猿島に話しかけた。
「……というわけで、都合のいい日ある?」
「興味ないわね」
にべもなく断られた。そうか、「にべもなく」ってのはこういうのを言うんだな。
「まあ、無理にとは言わないけど」
俺も頼まれたから取り次いだだけで、本当のところはどうでもいい。俺自身、誘われたところで行く気はない。
842 転生恋生 第三幕(4/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/23(木) 22:34:27 ID:ZKgCJdVk
別に合コンが嫌だというわけじゃあない。俺が合コンに参加すると必ず姉貴が割り込んでくる。それが嫌だ。
姉貴は見た目は凄い美人なので、合コンに出ると男が全員姉貴に群がってしまって、女の子たちの不興を買う。そして姉貴は俺にべったりだから、場が白ける。
それだったら、最初から俺が行かない方がいい。
「あいつらには、断られたって言っておく」
「お願いするわ。でも、私が行っても盛り上がらないわよ。私は口下手だから」
「そうか? あいつら、猿島のファンらしいから、来てくれるだけで満足すると思うぞ」
「それは舞台の上での私であって、普段の私ではないでしょう」
「そういうもんかな?」
そういえば、お笑い系の人や落語家は日常生活だと気難しくて近寄りがたい人が多いという話を聞いたことがある。猿島も切り替えが極端なんだろうか。
……ちょっと興味が湧いてきた。
「なあ、猿島の芝居を見たことがないんだけど、ビデオとかない?」
「見たいの?」
「ああ」
猿島はちょっと考えるようなそぶりをすると、制服のポケットから携帯電話を取り出した。
「なら、今度見せてあげるわ。連絡先を教えて」
「え? ああ……」
言われるまま、俺は携帯の番号とアドレスを教えた。
「用意ができたら連絡するわ。……でも、私の連絡先は他の人に教えないで」
色々とうっとうしいからだと言う。確かに、女の子の連絡先をむやみやたらと他人に教えるもんじゃないよな。
生徒全員が教室に戻ると、新学年お決まりの自己紹介タイムになった。俺はいつもの持ちネタをやった。
「桃川太郎です。俺は何でも平均値の人間なんで、試験のときは俺の点数が学年平均だとわかるから便利です」
さっき話しかけてきた連中が笑ってくれたが、義理で笑ったという感じだった。女の子が数人クスクス笑ったのは、それなりに面白い挨拶だと思ってくれたんだろう。
猿島は相変わらず素っ気無かった。
「猿島景です。演劇部所属なので、よかったら舞台を見に来てください」
女子生徒の中で笑顔を見せずに自己紹介をしたのは猿島だけだった。
最終更新:2008年10月26日 20:49