転生恋生 第四幕

949 転生恋生 第四幕(1/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/29(水) 23:13:43 ID:AwmVLPAU
 自己紹介が全員終わり、クラスの役員その他を決め終わったのは午後1時だった。当然、腹が減っている。
 こんな時間になるのなら、おふくろに弁当を作ってもらうんだった。家に帰ってから食うとなると、なんだかんだで2時頃になってしまう。
 とても耐えられないので、購買でパンでも買うことにした。……そういや、姉貴はどうする気だろう?
 そんなことを考えながら購買に向かう途中で、左手薬指に指輪をはめているスーツ姿の女の人に呼び止められた。第一会議室の場所はどこかと尋ねてくる。
 既婚者みたいだから保護者かな? いや、それにしては若いが……。ともかく、校舎の構造がわからなくて困っているのは確かだった。
「1号館3階を西へ行って……」
 俺が教えてあげると、女の人はほっとした顔で礼を言った。
「ありがとう、助かったわ。授業を担当するかもしれないけど、よろしくね」
 そう言って、その女の人は行ってしまった。先生だったのか。そういえば、新任教諭紹介のときにいたような気もする。
 まるで名前が思い出せないが、若くて美人だから人気が出るだろう。ボーイッシュなところは女子生徒に受けるかもしれない。
 そういえば猿島はファンの男どもに言い寄られてもまるで意に介していないけど、ひょっとすると百合の気があるのか? 宝塚の男役みたいなのもやるんだろうか。
 どちらにしても、モテまくってハーレムみたいな学園生活を送るなんて、平凡な俺には無縁の話だ。
 というより、そんな女難生活が送れる男子高校生なんて現実にいるのなら見てみたい。すぐに殴りたくなるだろうけど。
 ただし、キモ女に言い寄られるのはモテるとはいわないと思う。それは単に、エサにされてるに過ぎない。俺はごめんだ。

 ハプニングで時間を取られたのがまずかったのか、購買に行ってみると大勢の生徒でごった返していた。昼食の用意を忘れていたのは皆同じなようだった。
 ……いかに自分が平均的思考の持ち主かということを改めて思い知らされて軽く凹む。
 不意に、柔らかい感触が視界を遮った。
「だーれだ?」
 掌で目隠しをされたわけだが、俺にこんなことをするアホは、あのキモ姉貴以外に心当たりがない。
「……姉貴だろ?」
 てっきり、「違うでしょ? 『たろーちゃんの愛しい愛しい永遠のスウィート&セクシーマイハニー』よ?」みたいな気力を吸い取られる答えを予想していたのだが、これが大外れだった。
「はーずれっ!」
 楽しそうな声がして、俺に目隠しをした手が力をこめて、俺の頭をそのまま後ろへ引き寄せた。両耳が弾力のある物質に挟まれる。
「罰としておっぱいパフパフの刑やで!」
「!?」
 それで俺は自分が女性の胸に抱き寄せられたことを知った。慌てて腕を振り解いて逃れる。振り返ってみると、俺と接点のある数少ない3年生が立っていた。



950 転生恋生 第四幕(2/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/29(水) 23:14:43 ID:AwmVLPAU
「雉野先輩!」
 雉野歌子というのが彼女の名前だ。姉貴とタメを張る、つまり学校で一二を争う涼やかな美貌が俺に微笑をむけている。
 先輩は平均的身長の俺より頭半分ほど背が高いから、女の子にしては長身だ。そしてとにかく胸が大きい。スペックとしては姉貴を上回るかもしれない。
「何をしてるんですか。いや、何をするんですか」
「かわいい後輩とのスキンシップや。ハグするくらい、どうってことないやろ? ウブなネンネやないねんから」
 オヤジ臭いことを言う人だ。それもよりによって関西弁で。男女双方にファンが多いが、この容貌とのギャップがまたウケるらしい。
「人目を気にしてくださいよ。俺が妬まれるじゃないですか。……それと俺はウブなんで、誤解を招くようなことは言わないでください」
「たろくんのお姉ちゃんの話を信じるなら、毎日禁断の愛欲生活を送ってるそうやけど」
 普段何を口にしているんだ、あのキモ姉貴は。
「姉貴の言うことを真に受けないでください。俺はまともですから」
「そうなん? それ聞いて安心したわ。ただれた関係にはなってないねんな」
 前髪をかきあげながら、先輩はカラカラと笑った。一つ間違えばがさつと映りかねない仕草が、この人の場合は颯爽と映える。
 いつの間にか俺たちのやり取りを眺めるギャラリーが形成されつつある。先輩には憧れの眼差しを、俺には敵意を向けてくる。早いところ、この場を逃れたい。
「お姉ちゃんの声を真似したら、あたしにもなついてくれるかなと思うたんやけど、似てた?」
「似てましたけど、それとこれとは関係ないです。で、何か用ですか?」
「まあ、ここで会うたんは偶然やねんけど……、せっかくやから勧誘しとこか。合唱部に入らへん?」
 先輩は合唱部の部長で、先ほどの入学式でも独唱を披露していた。本来はアルトだが、わりと高い声も出せるらしい。とにかく抜群の歌唱力を持っていて、将来は音大に進んで歌手を目指すんじゃないかと噂されている。
 男女双方にファンの多い、そんな凄い人が、どういうわけか入学以来ずっと俺を合唱部に勧誘し続けている。俺はとりたてて歌の才能があるわけでもないのに。
「俺はもう2年生ですよ」
「べつに2年生から部活を始める人も普通におるやないの。要は本人の気持ち次第やで?」
「すみませんが、その気はないです」
「つれないわぁ」
 自分で自分の髪をいじりながら、先輩は気を落としたようにぼやいた。姉貴も髪が長い方だが、先輩の髪は腰まで届くほどで、耳にかかるところだけを左右ともリボンで束ねてある。
 薄く茶色がかっているのは生来のものらしいが、トイレのときはこの長い髪をどうするんだろうかと下世話なことを考えてしまう。洋式でも和式でも、床に落ちないように気をつけないといけないよなぁ。
「じゃあ、これで失礼します」
 午後の授業がない日は商品の仕入れが少なくなるので、購買の方は売り切れ必至の情勢だ。これ以上ここにいる理由はない。ギャラリーからも逃れたかった。
 帰り支度をしようと教室を目指して歩き出したが、どういうわけか雉野先輩が俺を追ってきた。
「待ってぇな、たろくん」


951 転生恋生 第四幕(3/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/29(水) 23:15:40 ID:AwmVLPAU
 先輩は俺を「たろくん」と呼ぶ。親しい人は下の名前を適当に縮めて呼ぶ習慣らしいが、俺の場合は明らかに例外的だった。合唱部員ではない以上、普段それほどの接点はないのだから。
「まだ何か用ですか?」
「一緒にお昼ご飯食べへん?」
 既に胃袋が収縮しきっている俺にとっては、無下にできかねるお誘いだった。先輩は見透かしたように言葉を続ける。
「どうせお弁当は持ってきてへんやろ? 余分にパンを買うたさかい、一緒に食べよ?」
「……合唱部の部室で、とかいうのはなしですよ?」
「そないな姑息なことせぇへんよ。あたしは単にたろくんと仲良うしたいだけや」
 それなら、せっかくの誘いだからありがたく受けるか。だけど、あまりこの人と親密になるわけにはいかないんだよなぁ。
 躊躇する俺の手を先輩がつかむ。
「お腹減ってんのとちゃう? 我慢はようないで?」
「ええっと……」
「今ならこんなサービスもあんねんけど」
 そう言いながら、先輩は俺の手を自分の胸へ誘った。ブレザー越しにでもわかる圧倒的な質量に、俺は理性を削り取られる。
「な……!? ダメですよ、廊下で、そんな!」
「ほな、人気のないとこへ行こか?」
 先輩は男に自分の胸を触らせているというのに、まるで顔を赤らめもしない。これが年上の余裕ってやつか、1歳しか違わないのに。
 そのときだった。
「何をしているの?」
 地の底から響くような声が背後から聴こえてきた。今回は決して間違えようもない。
 恐る恐る振り向くと、姉貴が立っていた。両肩を怒らせ、殺気のこもった眼光を俺たちの方へ向けている。
 いや、正確には先輩に向けてだ。二人とも学年が同じで、互いに相手を知っているが、姉貴は雉野先輩のことを物凄く嫌っている。
「何って、むしろこれからナニをしようと思うてたんやけど」
 先輩は動じることもなく言葉を返した。姉貴が自分に向けてくる敵意を承知の上で、あっさり受け流すところは大人だと思う。
「たろーちゃんから離れろ」
 怒鳴るのではなく、むしろ押し殺すような口調で姉貴が命じた。やばい、これは本気で怒っている。
「先輩、離れてください。姉貴を怒らせるとまずいです」


952 転生恋生 第四幕(4/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/29(水) 23:16:27 ID:AwmVLPAU
「……みたいやね。さすがに腕力では敵わんし」
 先輩はあっさりと俺の手を離してくれた。 
「たろーちゃん、こっちへ来なさい」
 手を離すだけでは満足せず、姉貴は俺を呼び寄せた。俺と姉貴の間の距離が、俺と先輩の間の距離より長いのが気に食わないらしい。
 姉貴を刺激しないように、俺はおとなしく姉貴の側へ行った。俺が射程距離に入ると、姉貴は俺の腕をつかんで自分の方へ引き寄せた。
 骨にひびが入るんじゃないかというくらい強い力でつかまれたが、俺は痛いのを懸命にこらえて声を立てないようにした。男の子だもんな。
「たろーちゃんに近づくなと言ったはずよ、このクソキジ」
「殿方の前でそないな汚い言葉を使うもんやないで」
 俺としても姉貴にこういう言葉遣いはしてほしくない。というか、女の子の口から「クソ」なんて言葉を聞きたくない。
「とっとと消えろ」
「そないに邪険にせんでもええやないの。あたしにとっても運命の人やさかい」
 まるで先輩が俺に惚れているみたいだが、俺からするとからかわれているとしか思えない。実際、先輩は俺を合唱部に勧誘はするものの、デートに誘うようなことはこれまでのところなかった。
「黙れ」
 俺の腕をつかむ姉貴の手に力がこもる。
「あんた、私たちにしたことを忘れたとは言わさないわ」
 どうやら、二人の間には以前に何かがあって、それで姉貴は雉野先輩を嫌っているらしいということはわかる。俺があまり先輩と親しくするわけにいかない理由がこれだ。
 姉貴の怒りを増幅させるような行為は一切慎まなければならない。本能的にそう感じる。取り返しのつかない事態になってからでは遅い。
 だが、先輩の方は事情が異なるようだった。
「そんな昔のことを今更蒸し返さんでもええやないの。あたしはもう、それほどこだわってへんで?」
「私は絶対に許さない」
 姉貴の恨みは相当深いらしい。何があったかは知らないし、知りたくもないが、姉貴のわだかまりが解けないうちは、先輩とは距離をおいた方がいいのだろう。
「困ったなぁ……」
 先輩は額に手を当てた。ちらりと俺を見る。口添えをしてほしいということなのだろうが、あいにく俺には口を挟む度胸がなかった。
「お姉ちゃんとも仲良うしたいんやけどなぁ」
「お姉ちゃん?」
 姉貴が不愉快極まりないという口調で吐き捨てるように言葉を返す。
「あんたにお姉ちゃんと呼ばれるいわれはない」
「今はないけど、将来的にはお姉ちゃんと呼ばなあかんやろ?」


953 転生恋生 第四幕(5/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/10/29(水) 23:17:24 ID:AwmVLPAU
 将来的に姉貴を「お姉ちゃん」と呼ぶということの意味はつまり……、俺と結婚するということか。この状況で大した冗談だ。
 もう、姉貴は完全にキレてしまった。弟の俺にはわかる。
 姉貴の目がすうっと細くなり、一瞬大きく息を吸い込んだ。膝を軽く曲げ、溜めを作る。
 次の瞬間、一気に跳躍して先輩に跳びかかり、その豪腕で先輩を絞め殺すか殴り殺すかするだろう。その光景が俺の脳裏にくっきりと浮かぶ。姉貴の腕力なら十分現実味のある話だ。
 とっさに、俺は姉貴の腰にしがみついた。先輩の命を守るため、そして何より姉貴を殺人犯にしないため、俺は全力で姉貴を止めようとした。
「ダメだ! 堪えてくれ、姉貴! 暴力沙汰は絶対にダメだ!」
 跳躍は阻止できたが、姉貴は俺を引きずって先輩の方へ距離を詰めていく。毎度のことながら、女子高生とは信じられない力だ。
「先輩! 逃げて!」
 無言で接近してくる殺意の塊を前にしても、先輩は冷静さを崩さなかった。
「そやね、これは逃げなあかんね」
 今にも姉貴が手を伸ばして先輩の胸倉をつかもうというところで、先輩はひらりと身をかわして距離をとった。巨乳に見合わず、軽やかな身のこなしだ。
「まあ、今日のところは退散するけど、あんたとこれ以上ケンカしたくないんは本当のことやで、桃川さん」
 一応気を使ったのか、先輩は姉貴に苗字で呼びかけた。
「誰が信じるか! ぶっ殺してやるから、そこを動くんじゃない!」
 相変わらずおっかないが、怒鳴り声が出るのは、むしろいい兆候かもしれない。多少は感情が発散されるから、無言で殴りかかるよりはまだいい。
「せやから、もう消えるわ。……あ、でも一つだけ言うとくわ」
 先輩は最後にもう一度俺の方を見て、薄く笑った。
「こっちもようやく面子が揃うたさかい、ここからは本気で行かせてもらうで」
 それだけ言い残して、今度こそ先輩は早足で立ち去った。実質的には脱兎の如く逃げ出したというべきだが、傍目には全くそうは見えない優雅な足取りだった。
 その後ろ姿を殺気のこもった視線で射抜く姉貴の口からは歯軋りの音が洩れていて、俺はなおも全力で姉貴を引き止めなければならなかった。
 先輩の姿が見えなくなって、たっぷり1分が過ぎてから、やっと姉貴の体から力が抜けていった。
「ねえ、たろーちゃん」
「何だ?」
「私と抱き合いたいんなら、人気のないところへ行こうよ」
 姉貴を見上げると、顔を赤らめて、そして期待に満ちた眼差しで俺を見下ろしている。
 いつもの姉貴に戻ったようだ。と同時に、俺は自分が空腹だったことを思い出した。
「いや、俺はもう家へ帰る。……そういや、姉貴は何をしていたんだ?」
「たろーちゃんを探していたの。2年生の教室へ行ってもいなかったから。でも、赤い糸をたどって、たろーちゃんに会えたんだよ!」
 空腹感に加えて徒労感がのしかかった。


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最終更新:2008年11月02日 23:45
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