440 転生恋生 第五幕(1/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/13(木) 21:22:45 ID:F2MCW+dY
今しがた本気で人を殺そうとした人間とは思えない乙女な表情の姉貴に、俺は投げやりに尋ねた。
「……それで、俺に何か用か? 俺は腹が減ってるんだが」
「そうだろうと思ってぇ、お弁当作ってきたの」
そう言って、姉貴は2人分の弁当箱をかざしてみせた。魔法瓶も用意してある。こういう気配りはキモいくらい行き届いている。
将来はさぞかしいい嫁になるんだろうが、「私はたろーちゃんのお嫁さんになるの!」と本人が言い張るうちはありえない話だな。
「一緒に食べようね」
そういうことなら、機嫌を直してもらうためにも姉貴の厚意を受け取っておいた方がよさそうだ。
どのみち食べ物を無駄にするわけにはいかないし、別々に食うというのは姉貴が許すはずがない。
とはいえ、代償に体を要求されないよう警戒しないといけないな。本気でやりかねないから。
「ほら、屋上へ行こっ!」
姉貴に引っ張られて、俺は屋上へ向かった。
途中ですれ違った生徒は、大部分が知らない人だった。つまりは俺たち姉弟を知らないわけで、予備知識のない人からはカップルに見えるらしい。
男子生徒からは妬ましげな視線を、女子生徒からは微笑ましげな視線を向けられた。
男どもの視線の意味はわかる。姉貴が美人だから、単純に羨ましがっているんだろう。
女どもの場合はどうなんだ? 恋する乙女に共感する気持ちか?
だけどおまえら、これが実の姉と弟だと知ってもまだ同じ視線を向けられるのか? 俺は問いたい。
毎日強姦魔予備軍と一つ屋根の下で暮らす俺の身にもなってみろ、と。
いくら美人だろうが、実の姉だ。朝、目を覚ましたときに股間に顔を埋めてしゃぶられていたら本気で引くぞ?
実際にそういうことが何度かあって、俺は反射的に膝蹴りを食らわせて逃れた。辛うじて、まだ「出した」ことはない。姉貴だと認識した途端に萎えるからな。
問題は姉貴が腕力で圧倒的優位に立っているということだ。あれでも今のところは自制しているらしいが、本気で襲われたらひとたまりもない。
今のうちに自衛策を見つけないといけないが、皆目見当もつかない。やっぱり、頑張って彼女を作って諦めさせるしかないか……。
でも、雉野先輩みたいに姉貴が受け入れられない人は困る。べつに高校時代に付き合う相手とそのまま結婚するということはないだろうが、姉貴とうまくやっていける人でないと。
441 転生恋生 第五幕(2/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/13(木) 21:23:55 ID:F2MCW+dY
そんなことを考えているうちに、俺と姉貴は屋上へ出た。幸か不幸か誰もいなかった。
天気は快晴、風もなく、弁当を食べるのに何の支障もない。むしろ気分よくランチタイムを過ごせそうだ。さっきは肝が冷える思いをしたが、これも天の配剤かもしれない。
「えへへ、屋上でお弁当食べるのって、恋人同士の定番シチュエーションだよね」
恋人じゃないって。確認するぞ? 俺たちは姉弟だから。日本国の法律で結婚は禁じられてるから。政経の授業で習っただろ?
「愛し合うのは自由だよぅ。べつに姉弟の間でデキたって、逮捕されたり、刑務所に入れられるわけじゃないし」
愛し合ってないから! でも刑罰がないってのは穴があるな。罰則のない法律なんか守られるわけないのに。
「それじゃあ、食べよっか」
姉貴に促されるまま、二人で並んで弁当を開ける。ケチャップで味付けした焼き飯がメインで、ポテトサラダと野菜の洋風煮込みが添えられている。うまそうだ。
「スープもあるよ」
魔法瓶の中身は温かいコンソメスープだった。女子高生が作った弁当にしては出来すぎだろう。小学生の頃から台所に立っていたから、修練の賜物だな。
「どう? おいしい?」
俺が箸をつけると同時に聞いてきた。
「ああ、うまい」
実際、姉貴は料理が上手だ。万人受けするかどうかはわからないが、俺の口には合う。
「たろーちゃんのお嫁さんになるために頑張ってるんだから!」
……だから、そういうことを言うな。風味が落ちる。
とはいえ、空腹だったこともあって食は進む。普段は食事も弁当も母親が作っているから、姉貴の料理を口にする機会はそれほど多くはないが、既に同等のレベルに追いついていると思う。
あっという間に弁当箱を空にすると、姉貴が心底嬉しそうに微笑んだ。
「おそまつ様でした」
「……いや、うまかったよ。ごちそうさま」
やばい。ちょっと胸にキてしまった。美人で料理がうまくて俺を第一に考えてくれて……。
俺の人生で、この先こういう女に出会う機会はあるんだろうか。これでもう少し慎みがあって、何より血がつながってさえいなければなあ。
年に数回はそう思ってしまう瞬間がある。今がまさにそれだ。
ひょっとすると、危ないのは姉貴じゃなくて、俺の方かもしれない。何かの間違いで一線を越えてしまったら、俺の方が姉貴に溺れてしまうんじゃないだろうか。
いやいやいやいや、それは絶対ダメだ。二人とも人生が台無しになっちまう。結婚できないのはもちろん、子供ができたら大変だ。
肉親である以上、たとえ仲が悪くなっても死ぬまで縁を切ることはできないもんな。
姉貴だって、じきに彼氏を作れば、憑き物が落ちたように俺から離れていくだろう。そのとき俺は嫉妬するんだろうか。
442 転生恋生 第五幕(3/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/13(木) 21:25:02 ID:F2MCW+dY
俺がそんなことを考えている間、姉貴は自分の弁当を食べていた。俺が食べているのを見つめていたせいで、自分の食事が後回しになったんだな。こういうところが健気でかわいい。
……なんて思ったらダメだろ、俺! 正気を保て!
「どうしたの?」
突然俺が自分で自分に拳骨をぶつけたので、姉貴は驚いたようだった。
「何でもない」
俺は姉貴が食べ終わるのを待ってから立ち上がる。
「この後は何もないでしょ? 一緒に帰ろ?」
「ああ……」
姉貴も俺も部活に入っていない。姉貴の場合は「たろーちゃんと一緒にいられる時間が減るのがイヤ」だからそうだが、俺がどこかに入部すれば後からついてくるだろう。
そして俺が帰宅部なのは、姉貴が原因だ。俺も入学当初はいくつかの運動系の部活に体験入部してみた。どれもしっくりこなかったが、俺は1年生の間はどこからも熱心に入部を誘われた。
理由は単純で、俺が入部すれば運動神経抜群の姉貴が洩れなくついてくるからだ。俺はそれが嫌だった。俺は姉貴の付属品じゃない。
かといって文化系の部活には興味が持てなかった。姉貴のことがなかったとしても、雉野先輩の誘いに乗って合唱部に入る自分というのは想像できない。
2年生にもなれば勧誘も減るんじゃないかと思うが、確か今日は新入生に対する全部活総出の勧誘活動が行われるはずだ。たぶん、1年生校舎から校門までは混雑が凄いだろう。
俺を知っているやつがいれば、ついでに俺も勧誘するだろうから、うっとうしいな。
「俺、やっぱり図書室で時間潰してから帰る」
「じゃあ、私もそうする」
姉貴は嬉々として弁当箱を片付ける。まあ、図書室ならおとなしくしているだろうから、別に一緒でもいいか。
俺は読書家というほどじゃないが、推理小説を読むのが好きだ。一度として犯人を当てたことはないけど、探偵が謎解きをする場面を読む度にカタルシスを得ている。
それも、自分が見落としていた手がかりを探偵が見逃さずに拾い上げることに快感を覚える。自分の見落としを指摘されると気分がいいというのも変な話だが、推理小説ファンはM気質なのかもしれない。
でも、姉貴は図書室で何を読むつもりだろう? 学校の図書室には姉貴の好きそうな姉弟相姦ものの官能小説はないよなぁ。
突然、目の前の空気が消し飛ぶような、乾いた破裂音がした。俺は思わずのけぞった。
「何!? 何があった!?」
姉貴が壁に向かってストレートパンチを放ったのだと理解するのに数秒かかった。普通は拳がただではすまないはずだが、姉貴は痛そうなそぶりを見せていない。
「何でもないよ。虫がいただけ」
拳の跡がついた壁をよく見ると、確かに蝿か何かの残骸が張り付いていた。といっても、潰れて原形を留めていない。
「うふふ……、あのときの村人がこんなところにもいたんだぁ……。蝿になってるなんてイイ気味……」
ウェットティッシュを取り出して右手の甲を吹く姉貴の顔に薄笑いが浮かんだ。その瞳が放つ暗い光に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
やたらスキンシップ過剰なのとは別に、俺が姉貴をキモいと思うのはこういうときだ。怖いといってもいい。
443 転生恋生 第五幕(4/4) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/13(木) 21:25:57 ID:F2MCW+dY
俺が物心ついたときから、姉貴は前世がどうのという話を盛んにしていた。最初の頃は俺も素直に姉貴の話を信じた。
学校へ通うようになって知恵がついてくると、前世とか生まれ変わりなんて非科学的なものは信じなくなった。
それでも、俺よりはるかに勉強のできる姉貴が、どういうわけか生まれ変わりの話だけは頑固にこだわり続けている。「そんなことあるわけない」と言っても、聞く耳持たない。
『たろーちゃんが忘れているだけ。そのうち思い出すよ』
真顔でそんなことを言われても、俺は断じて覚えていないし、そんな話は信じない。
どうして姉貴はここまで前世とやらに固執するんだ? 姉貴の脳の中にある記憶って何だろう?
いくら考えても、俺にわかるはずがない。問題なのは、前世の話がらみで、姉貴がとてつもなく暴力的になるときが見受けられることだ。
いつだったか、ネズミを捕まえて、足を釘で打って板に磔にし、生きたまま焼き殺したことがあった。
『熱い? ねえ、熱い? 私が火をつけられたときも熱かったよ。うふふ……』
そんなわけのわからないことを口にしながら顔を歪ませて笑う姉貴は、たまらなく恐ろしかった。キモいけど優しい、いつもの姉貴の面影は全くなかった。
姉貴が覚えている前世とやらで何があったにせよ、まともな人間のやることじゃない。精神を病んでいるとしか思えない。
弟としては実の姉を精神病院へ送りたくはないから、早くまともになってほしいと願っている。
もし姉貴の暴力の矛先が人間相手に向けられたらと思うとぞっとする。やっぱり何らかの治療が必要なのか?
ああ、そういえば今日あった1年生も似たような電波を受信してたな。二人を会わせたら、話が合うんだろうか……。
とはいうものの、あれはあれで面倒くさそうな子だからなぁ。できればもう関わり合いたくない。部活に入っていないから、1年生と接する機会は大してないだろうが。
かなり深刻に悩んでいる俺の気も知らないで、姉貴がニコニコとしながら体を寄せてきた。とりあえずいつもの屈託ない笑顔だったのでほっとする。
「たろーちゃん、食後のデザートはどう?」
そんなものまで用意してあったのか。芸が細かいな。
「あるんなら、もらおうか」
「デザートはぁ、ぷるぷるプリンでーす!」
そういって俺の手を取ってブラウスの下の生乳に触らせる。何がぷるぷるプリンだ。オヤジのセンスだぞ、それは。
「いらん! 教室に寄って、鞄とって来るから!」
もちろんそんなデザートは遠慮して、俺は一人でさっさと2年生校舎へ戻ることにした。
途中、窓から中庭が見えた。そこは人影がまばらだったが、雉野先輩と猿島が話していた。いったい、どういう組み合わせだ?
もちろん話の中身が聴こえるわけもない。特に興味もなかったので、移動するうちに気にならなくなった。
最終更新:2008年11月16日 20:40