転生恋生 第七幕

801 転生恋生 第七幕(1/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/30(日) 00:32:42 ID:p3FaBHzW
 4時限目終了のチャイムが鳴った。それはすなわち昼食の時間が来たことを意味する。
 数学の教師が退室し、俺たち生徒も弁当組と購買組に分かれていく。俺の昼食は母親が弁当を作ってくれている。
 昼休みは俺にとって気の休まるひと時だ。家ではべったりの姉貴も、基本的に登下校時を除いて学校では俺にくっついてこない。むしろクラスメートとの付き合いは疎かにするなと俺に忠告している。
『孤立していると、いざというときに困るからね』
 やけに真面目な顔で言うときの姉貴は、実際以上に年を取っているように見える。昔何かあったんだろうか。姉貴がいじめられるなんて想像もつかないが。
 弁当組は数人ずつのグループに分かれて机を引っ付け、食卓を囲む。新学期が始まって1週間、皆それなりに打ち解けていた。
「桃川、飯食おうぜ」
 長身の田中が声をかけてきた。傍には中肉中背の中山と背が低くて小太りな山田がいる。今現在、俺が一番気安く話せるやつらだ。
 三人はいつも一緒にいるので、田中山とか中山田、あるいは山田中と一括りにして呼ばれている。
 ちなみに入学式の日に猿島を合コンに誘うことを依頼してきたのもこいつらだ。いかにして彼女を作るかということに情熱を燃やしている連中だが、いまだに成果をあげたことがないらしい。
 思うに欲望丸出しでがつがつしているから、女の子が引いてしまうんだろう。毎日姉貴に迫られている俺としてはよくわかる。
 ……あれ? すると、俺は女的立場にいるわけか。
 机をくっつけているとき、クラスの女の子が俺を呼んだ。
「桃川君、お客さんよ」
 誰かと思って入り口へ目を向けると、小柄なポニーテールの女の子が手を振っていた。
「ご主……じゃなかった、センパーイ! ご飯食べよーっ!」
 思いっきり大声だったので、クラス中に響いた。当然、田中山にも聴こえた。
「桃川……、貴様、いつのまに彼女を作ったんだ!?」
「しかもあんなかわいいロリっ娘を……!」
「短い間だったが、貴様との友情ともこれまでだ」
 まあ、こいつらが誤解するのも無理はない。傍目には、彼女が昼食の時間を一緒に過ごすために誘いに来たと思うわな。実際、カップルで昼食をとるのはごく普通だし。
 真実は電波女のストーキングなんだが、この場でむきになって説明するとかえって面倒なことになりそうだ。
 司が俺の教室に来たのは、入学式の日以来だ。この1週間は校内で顔を合わせることもなく、俺の平和は守られていたんだが。
 とりあえず、俺は今日のところは司の誘いに応じることにした。田中山が呪詛の言葉を吐き出すのを無視して、司の方へ行く。
「どうしたんだ、急に?」
「ボクも学校に慣れてきたから、そろそろセンパイのお世話をしてもいいかなって思ったの!」



802 転生恋生 第七幕(2/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/30(日) 00:34:07 ID:p3FaBHzW
「お世話って、おまえ、何ができるんだよ?」
「センパイの昼ご飯の相手!」
 まるで独居老人相手のボランティアみたいだ。しかし、俺がこいつの相手をさせられるというべきじゃないか?
「今日のところはつきあってやる。場所を変えるぞ」
 司を促して、俺は教室を出た。中山田がしつこく俺をなじる。
「裏切りの代償として、せめて猿島を合コンに誘い出せ!」
 そういうことは本人がいないところで言えよ……と思ったら、猿島は教室にいなかった。そういえば、あいつは昼休みには教室から消えているな。

 俺と司は校舎裏の一角にあるスペースに腰を下ろした。使われていないコンクリートブロックが簡易ベンチのように置かれていて、弁当を食べるのに都合がよかった。
「おまえ、クラスメートとか部活の仲間と飯食わなくていいのか?」
「大丈夫だよ! もう皆と仲良しになったから! センパイのところへ行くって言ったら、皆応援してくれた!」
 確かに司は人懐こくて明るいから、すぐに友達ができるだろう。特に心配してやる筋合いではないのかもしれない。
 ……でも、そうすると早くも俺は司の周囲では、司の彼氏として認識されている可能性大だな。
 ともあれ腹が減っているので、俺たちは弁当箱を開けた。司は体が小さい割には、俺と同じ大きさの弁当箱だ。女の子にしてはよく食う方らしい。
「いただきまーすっ!」
 無駄に元気を振りまいて、司が食事を始める。メインのおかずは鳥の唐揚げだったが、肉の部分を食べた後で骨をしゃぶり続けるのは女の子としてどうかと思う。
 いくつかおかずの交換をしつつ、俺たちは弁当を平らげた。特に急いで教室へ戻る必要もないし、食後の満腹感で動きたくなかったので、そのまま雑談になった。
 もっぱら俺が司を質問攻めにした。クラスではどんな風に自己紹介をしたのか。部活はどんな感じか。勉強はできるのか。
 どちらかというと兄が妹を気にかけるような話題の振り方だったが、司は機嫌よく答え続けた。
 総合すると、司は体育以外はあまり得意ではなく、陸上部では短距離でずば抜けたタイムを記録して早くも期待を集めており、クラスでは全員から名前で呼ばれているということだった。
「ユニフォームも発注したんだ。でき上がったら、ご主人様に見せてあげるね!」
 別に見たいとも思わないが、わざわざ断る必要もないだろう。
「ご主人様、放課後暇なんでしょ? 練習見に来てよ!」
「そんなもの見てどうすんだ?」
「ボクの太もも見てれば目の保養になるよ!」
 あいにく俺はロリコンじゃない。いっそ田中山を紹介してやろうか。あいつら年上年下巨乳微乳アダルトロリの区別なく女の子を求める博愛主義者だからな。
 だが、それよりこの機会に聞いておきたいことがあった。
「なぁ、司。おまえ、前世がどうのとか言ってたけどな。それは何か? 昔から記憶として持っているのか?」



803 転生恋生 第七幕(3/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/30(日) 00:35:09 ID:p3FaBHzW
 質問しつつ水筒から飲み残しの茶をカップに注いで口に含んだが、司の答えを聞いて口から噴き出してしまった。
「んっとねー、初潮がきたときに一気に全部思い出したんだよー」
 ちょっ、おま……初潮って、まさかその小学生顔からそんな単語が出るとは思わなかったぞ。生々しすぎて完璧に引いた。
「ご主人様、大丈夫?」
 茶がむせて咳き込んでしまった俺の背中を司がさする。
「……精神的ダメージの方が大きかった」  
 たぶん、俺の顔は赤くなっているだろう。司はどうして平然としているんだ? こいつには恥じらいがないのか?
 姉貴とは方向性が違うが、電波女はどうも社会的な何かが欠落しているらしい。
「ご主人様はどうして思い出してくれないのさ?」
「思い出しようがないだろう。俺は前世なんて信じていないんだから」
「思い出したら信じるよ」
 そりゃまあ、そういうことになるだろうな。この点は俺が前世の記憶とやらを思い出さない限り、永遠に相容れないだろう。
「俺が思い出すまで、俺につきまとう気か?」
「なんで? ご主人様が前世のことを思い出したら、なおさらボクを手元においてかわいがってくれるんじゃないの?」
 ……どうあっても俺につきまとう気か。まるっきり無垢な目を向けてくるからタチが悪い。
 どうしたら、こいつを「更正」させられるんだろうか。
「かわいがるって、前世の俺は司に何をしたんだ?」
「ご主人様はねー、ボクにエサをくれて、頭を撫でてくれて、時々抱きしめてくれたんだよ!」
 うっとりとした表情で司は答えた。昔のことを思い出しているみたいだ。しかし、まるっきりペットの扱いじゃないか。前世の俺は変態プレイが好きだったのか?
 いやいやいや、そもそも前世なんてあるわけがないんだ。こいつのペースに巻き込まれちゃいけない。
 俺は一つ咳払いをしてから通告してやった。
「とりあえずな、毎日昼休みに教室へ来る必要はないぞ」
「どうして?」
 司はきょとんとした顔で聞き返してきた。ここをうまく丸め込むのが腕の見せ所だ。
「おまえと違って、俺はまだ新しいクラスになじめていないんだ。だから、しばらくはクラスの連中と飯を食うように心がけたい」
「えー? そんなのご主人様の怠慢じゃないかー。この1週間何をしてたのさー」
 耳に痛いことを言う。俺としては健闘したつもりなんだが。それにしても司が「怠慢」なんて熟語を知っているとは意表をつかれた。
「俺はおまえみたいに社交的じゃないんだ。俺なりに頑張ってるんだよ」
「ボクはご主人様と一緒にいたいのー!」
 知るか。いや、こういう言い方じゃダメだな。



804 転生恋生 第七幕(4/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/30(日) 00:36:01 ID:p3FaBHzW
「わがまま言うな! おあずけ!」
「むー」
 露骨に不満げな唸り声を上げたながらも黙り込んだので、これで済んだと思ってしまった。話を切り上げて教室へ帰ろうと立ち上がった俺の左手に鋭い痛みが走る。
「痛っ!」
 見ると司が俺の左手に噛みついていた。シャレにならないくらい痛い。
「やめろ! 離せ!」
 司を叱りつけて噛みつきを止めさせたが、俺の手にはしっかりと歯形がついて、傷ができてしまった。特に犬歯の跡と思われる部分の傷が深い。
「血が出てるじゃねーか! ちょっと歯を見せてみろ!」
「虫歯はないよ」
 司の顎を開いて歯を見てみると、上顎と下顎に左右一対計4本ある犬歯が異様に鋭く尖っている。まさに牙そのものだった。
 正直、不気味に思った。
「おまえ、牙が生えてるぞ」
「凄いでしょ? ボクのチャームポイントだよ!」
「とにかく、噛みつくな。……しょうがない、こうしよう」
 俺は司を言いくるめるために、ちょっとしたゲームを提案した。それは昼休み、司が俺を校内で見つけることができたら、一緒に昼飯を食ってやるというものだった。
 まるっきり子供だましみたいな話だが、司は「面白そう」と言ってあっさり受け入れた。俺としてはとにかくこの場を逃れるための方便だった。
 明日からは昼休み限定で逃亡者生活が始まる。そう思うとげんなりするが、電波女を振り切るためにはやむをえない。

 ……甘かった。
 司と昼休み限定の鬼ごっこをすると約束した翌日から、4日間連続で俺は惨敗を喫した。
 チャイムが鳴ると同時に弁当箱を抱えて教室を飛び出し、校庭の隅や屋上、社会科準備室などに逃げ込むのだが、ことごとく司に見つけられてしまう。
「なんでわかるんだ? おまえ、入学して2週間しか経っていないのに、もう校舎の構造を覚えたのか?」
 校舎の構造を把握するのに1年を要した俺としては、司が超能力者に見える。
「違うよ! 匂いをたどったんだよ!」
 司は満面の笑みを浮かべている。振る舞いだけじゃなくて、嗅覚まで犬並なのか。
 こいつが絶対に入れない場所としては男子トイレがあるが、さすがにトイレで飯を食おうとは思わない。3年生の校舎は姉貴と出くわす可能性があるから行きたくない。
 この先ずっと司と昼飯を食わなければならない運命なのだろうか。



805 転生恋生 第七幕(5/5) ◆U4keKIluqE sage 2008/11/30(日) 00:36:55 ID:p3FaBHzW
「ねえ、お腹空いたよ。ご飯にしようよー」
 司がせがむので、俺は仕方なく腰を下ろして弁当箱を広げた。今日のランチはプールサイドだ。まだプールの季節ではないから、水が張られていない。
「ご主人様、この学校は水泳の授業はあるの?」
「ああ、6月から9月は週1時間水泳の授業になる」
 うちの学校では体育の授業は2クラス合同で、男女混合の球技もしくは陸上が1時間、選択別の武道が1時間、男女別で筋トレとダンスをやる授業が1時間という編成だ。
 それとは別に単独クラスの保健が1時間あって、これは教室で男女一緒に通常の授業形式で受ける。
「今は球技をやってるけど、6月になったら水泳の授業になる」
 球技は男女混合でチームを組んでバスケットボールのリーグ戦をやっている。わりと人気の授業だ。田中山を筆頭に、男子は女子にいいところを見せようと張り切る。
 武道は剣道・柔道・弓道から選択する。俺は1年生のときは弓道だったが、あまり面白くなかったので今年は剣道を選んだ。防具が臭いので後悔している。
 筋トレは地味な授業で不人気だが、文字通り血肉になることがわかっているので、真面目に取り組む者が多い。田中山は何とかサボって女子のダンスを覗きに行こうとするが、まだ一度も成功していない。
 俺はどの授業も平均的な成績だ。本当に、何をやっても俺は平均値人間なんだな。
 俺の説明を聞いた司は顔をしかめた。
「うぇぇ……、水泳は苦手だよぅ」
 これは意外だ。運動神経抜群に見える司がカナヅチだとは。
「カナヅチじゃないよ! 速く泳げないだけだよ!」
 なんだよ、せっかく仲間が見つかったかと思ったのに。
「あれ? ひょっとしてご主人様……」
 司のニヤニヤ顔が癇に障ったので、強く否定した。
「俺はカナヅチじゃない。泳ぐことはできる。ただ、長く泳げないだけだ」
 そう。俺が苦手なのは息継ぎだ。一息で泳げる距離なら問題なく泳げる。
「そういうのをカナヅチって言うんでしょ?」
「……おまえ、かわいくないぞ」
 思いっきり頭をわしづかみにして髪をくしゃくしゃにしてやった。
「むぎゅぅ……。じゃあ、どうしたらかわいいと思ってくれるのさ?」
「どうしたらって、べつに……」
 無駄口を叩かなければ普通にかわいい。そう言いかけて、俺は危うく踏み止まった。どうかしてるぞ、この電波犬女をかわいいと思うなんて。
「とりあえず、俺につきまとうな。それなら、かわいい後輩と思ってやる」
「うーっ!」
 思いっきり手に噛みつかれた。痛かった。 


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最終更新:2008年12月02日 09:59
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