42 名前:
『転生恋生』第十幕(1/4) ◆ .mKflUwGZk 2009/07/05(日) 23:18:19 ID:awlgy6aE
毎月第3月曜日は委員会の定例活動日だ。各クラスから男女1組2名ずつが選ばれて、学校生活の運営に当る。
全員に委員の仕事が回るわけではないから、部活をやっていない暇そうな生徒が仕事を押しつけられる。
そういうわけで、俺は美化委員を拝命することになった。学校周辺のゴミ拾いや焼却炉の管理をするのが仕事だ。
帰りのホームルームが終わり、俺は捻挫した右足をかばいながら、委員会が開かれる空き教室へ向かう。
結局あの後、猿島とは話ができずじまいだった。すぐ隣にいるのに相手にしてもらえないというのは拷問といっていい。
俺の頭の中は猿島で一杯になってしまった。ただ、けいちゃんの姿はやや影が薄くなり、体育の時間のときに触れた猿島の肢体が強烈に印象づけられている。
ともあれ、今は委員会に出なければいけない。相方の委員は気が利かない女生徒で、片足が不自由な俺を置き去りにして行ってしまった。
捻挫はそれほど重くないが、今日は帰宅するのに難渋しそうだ。委員会が早く終わってくれればいいんだが。
美化委員会の開かれる第一会議室へ行くと、案の定俺がビリだった。慌てて空いている席につく。
「はーい、全員揃ったので始めまーす」
ぱんぱんと手を叩いて全員の注目を集めたのは草葉先生だった。どうやら先生が顧問らしい。
「それではまず、委員長を決めます。誰か、立候補する人はいますか?」
そんな面倒なもの、自分からやりたいと言う人はいないだろう。くじ引きでもして決めるしかないかもしれないが、委員長は3年生が務めるのが慣例だから、さしあたり俺は関係ない。
のんびり高みの見物を決め込むつもりだったが、手を挙げて立候補する人がいたのであっさり決まった。
「ほな、あたしがやりまーす」
声の主を見ると、雉野先輩だった。まさか同じ委員会だったとは。
「他に立候補者はいる? ……いないようだから、雉野さんにお願いするわ」
草葉先生は雉野先輩を呼寄せて司会を譲ると、会議室の隅に椅子を移してしまった。あとは生徒に任せるということらしい。
「えー、委員長を務めます3年S組の雉野歌子ですぅ。さっそくやけど、副委員長をあたしの方で指名させてもろてエエでしょうか?」
副委員長は2年生が務めるのが慣例だ。3年生は受験があるので、だいたい後期からは副委員長が切り回すことになる。
やばい。猛烈に嫌な予感がしてきた。なるべく委員長の視界に入らないように身を屈めることにする。
「特に反対もないみたいやし、あたしが指名します。2年C組30番の桃川太郎君に副委員長をやってもらいます」
……ばっちり俺の存在に気づいていたらしい。それにしても出席番号まで把握していたのか。
こうなると観念するしかない。帰宅部の俺には、副委員長を忌避するだけの説得力のある理由がなかった。
拍手で人事案が承認され、俺は右足を引きずりながら、委員長の隣に席を移した。
続いて委員会の仕事の説明が書かれたプリントが全員に配布され、それを委員長が読み上げて確認し、年間のスケジュールに沿って焼却炉管理の当番を決定し、委員会は終了した。
まあ、特に議案がない限り、美化委員会は短時間で終わるのが通例だ。その代わり、日常の業務は面倒だが。
委員が三々五々会議室を出て行く中、俺は雉野先輩に呼び止められた。
「たろくん、足を怪我したんやてなぁ。痛いん?」
目ざといな。足を引きずっているのに気づいたか。
「あたしはいっつもたろくんを気にかけてるし、すぐにわかったわ」
俺は軽く捻挫しただけで、ゆっくり歩けば支障ないと答えた。
「ゆっくり歩かなあかんいうんを支障ないとは言わへんで。そんなんやったら、家へ帰るまでが大変やろ?」
大変でも、電車に乗る区間以外は歩くしかない。タクシーを使うわけにはいかない。
43 名前: 『転生恋生』第十幕(2/4) ◆ .mKflUwGZk 2009/07/05(日) 23:18:51 ID:awlgy6aE
「あたしが車呼んだげるわ」
「え!?」
俺の返事を聞かずに、雉野先輩は携帯を取り出してどこかへ電話した。
「ちょっと待ってください。そんなことをしてもらうわけには……」
「かまへん。どうせウチの車やから、お金はかからへんし」
ウチの車? タクシーでも呼ぶのかと思ったが、自分の家の車を呼ぶ気か。そういえば、雉野先輩の家はお金持ちだと噂で聞いたことがある。それほど興味はなかったんで聞き流していたんだが。
「先輩は普段から車で通学してるんですか?」
「まさか。そないな嫌味なことはしてへんよ。今日は特別や。てゆーか、たろくんはあたしの特別やし」
そう言いながら、雉野先輩は俺を抱き寄せて胸の谷間に頭を押しつけた。本当にでかくて弾力がある。冗談抜きで枕にもできそうだ。
「すぐに来るさかい、あたしのおっぱいの中で待っとってな」
「待ちますから、放してください!」
雉野先輩の押しの強さに負けて、というより強引に手を引かれて、俺は雉野先輩が自宅から呼び寄せた車に同乗して、家まで送ってもらうことになった。
……黒塗りのベンツって、実在するんだな。漫画やドラマの中にしかないもんだと思ってた。
ひょっとして雉野先輩の家って、「道を極める」商売をやってるんだろうか。
「この車はおとんの趣味や。あたしはあんまり気に入ってへんのやけどな」
俺の疑問に先回りして答える。雉野先輩は読心術でもできるのか?
「たろくんが考えてることを顔に出しすぎるだけやと思うわ。まあ、そこがエエとこなんやけど」
運転手がドアを開けてくれた。40歳代くらいの、がっちりしたおっさんだった。制服の帽子を目深にかぶっているが、ちらっと見えた眼光が鋭くて、素手で牛を殺せそうな雰囲気がある。
「ほら、乗って乗って」
雉野先輩が俺を先に押し込んで、後から乗った。後部座席に2人がけだからゆったりできるはずなのに、必要以上に体を密着させてくる。
「たろくんの家までやって」
雉野先輩が指示すると、運転手はナビで目的地を検索する。
……どうして俺の住所が入力済みなんだ?
「30分ほどかかります」
そう言って、運転手が車を発進させた。
「ちょっとしたドライブやね」
嬉しそうに雉野先輩が俺を抱きしめた。身をよじって逃れようにも、捻挫している右足のせいで踏ん張りがきかないから、全く抵抗できない。
それをいいことに、雉野先輩は俺の頭を自分の胸の谷間にはめ込もうとする。
「やめてくださいってば」
俺は雉野先輩を手で引き離そうとするが、首根っこを押さえられているせいで力が出なかった。
「あたしのおっぱい、やーらかくて気持ちええやろ?」
確かに気持ちいいが……、男なら誰もが羨む体勢だというのはわかるが……、なんだって女の子の体はこうもいい匂いがするんだろう?
中学1年生の終わり頃あたりから、同級生の女の子とすれ違うときにいい匂いがするようになった気がする。小学生の頃は、女の子も大半は年相応に汗臭かった。
姉貴はませていたせいか、物心ついた頃から何かを体につけていたな。まあ、慣れているせいで姉貴の匂いにはまるで興奮しないけど。
雉野先輩からはとてもいい匂いがする。ピアスや口紅の類は校則で禁止されているが、香水はひょっとするとノーマークかもしれない。雉野先輩はお金持ちだからつけている可能性はある。
このまま雉野先輩の柔らかい感触に包まれていると、こっちから積極的に触りまくりたくなる。
……じゃなくて!
違うだろ! 俺!
いつの間にか雉野先輩の作る空間に飲み込まれている!
なんとかしてペースを変えないと!
44 名前: 『転生恋生』第十幕(3/4) ◆ .mKflUwGZk 2009/07/05(日) 23:19:29 ID:awlgy6aE
「あの……」
「何?」
とろけそうな微笑を向けてくる雉野先輩に心が折れそうになったが、懸命に踏み止まって、俺は用意していた質問をぶつけた。
「雉野先輩はどうしてうちの姉貴と仲が悪いんですか?」
雉野先輩の笑顔が強張った。タブーだったのかもしれないが、この先雉野先輩と仲良くしていいのかどうか判断するためには、どこかでこの問題に触れなければならなかった。
「それをあたしに訊くん?」
「すいません。どうしても気になるんです」
雉野先輩は相変わらず俺を抱きしめていたが、若干力が弱まったせいで、俺は胸の谷間から顔を離すことができた。
やがて大きく息を吐くと、雉野先輩は真正面から俺の顔を見つめて、真面目な表情で語りだした。
「最初に言うとくけど、あたしの方はべつにたろくんのお姉ちゃんを嫌ってへんで。……今はな」
つまり、以前に何か2人の間を険悪にする事件があったというわけだ。俺が高校入学直後に初めて雉野先輩と会った時点で、既に姉貴は先輩を毛嫌いしていた記憶がある。
一体何があったのか。
「昔の話やけどな、あたしとお姉ちゃん……仁恵さんは同じ男の人を好きになって、奪い合いをしたんや」
「え!?」
鏡を見たわけではないが、俺は大きく目を見開いていたと思う。三角関係なんて、身近な人間の話として耳にするのは初めてだった。
それも姉貴が、だ。
あの、しょっちゅう俺に性的アプローチをしてくる姉貴が、俺以外の男を好きになったことがあるという事実は、衝撃という以外のなにものでもなかった。
あまりに衝撃過ぎて、「本当ですか?」と訊き返すことも、「相手はどういう人だったんですか?」と突っ込むことも、俺にはできなかった。
ただ、雉野先輩の顔を見つめて、話の続きを促すことしかできない。
「正確に言うと、あたしの方は女の子3人とその男の人4人で仲良くつるんでる感じやった。恋人同士にはなってへんかったけど、友達以上いうやつで、ずっと一緒にいられると思てたんや」
グループ交際ってやつか? 変則的ではあるが。
それにしても雉野先輩を含めて女の子3人をはべらせるなんて、もてるやつだ。雉野先輩1人を彼女にするだけでも尊敬に値するのに。
……田中山が聞いたら憤死しそうだな。
「そこへ突然仁恵さんが現れてな。その人を奪ってしもたんや」
俺が覚えている限り、姉貴の俺に対するアプローチが途絶えたことはない。すると、俺にべたべたしながら、他の男に恋愛感情を抱いていたわけだ。ちょっとショックだな。俺を騙していたのか。
いや、騙していたんじゃなくて、やっぱり俺と前世からの恋人同士というのは、俺をからかうネタだったということなんだろう。むしろ姉貴が正常だったことに安堵するべきか。
普段の俺に対する突撃が他の男に向いたとするなら、雉野先輩から奪い取ったというのも充分にありうる気がする。
「あたしらは、そらもう怒ったで。激しく仁恵さんのことを恨んだんやけど、今にして思うと、仁恵さんの方は奪ったという意識はなかったんやろな」
何故ならその男と雉野先輩たちとは恋人同士ではなかったからだ。単なる取り巻きと思われたとしても無理はない。雉野先輩は、今ではそう思わなくもないという。
その男との関係をはっきりさせなかったのは、女の子3人同士も仲が良かったから、誰か1人が選ばれることで友情にひびが入るのを嫌がったということらしい。
「あたしらみんな、その男の人を好きというか、尊敬しとったからな。尊敬する気持ちをお互い理解してたさかい、共有する方を選んだんや」
同じ年頃だったろうに、どれだけカリスマのある男だったのか。とはいえ、ここまでの話は全体の半分というところだろう。
何故姉貴が雉野先輩を嫌うのか。その理由はこれから語られるはずだ。姉貴が相手の男とくっついて幸せになったなら、姉貴にとって何も問題はないはずだ。
そうはならなかったわけだ。実際、今の姉貴は明らかに独り身だ。
45 名前: 『転生恋生』第十幕(4/4) ◆ .mKflUwGZk 2009/07/05(日) 23:20:10 ID:awlgy6aE
「それで……」
いよいよ核心部分に入るというところで、雉野先輩は口篭もった。俺から目をそらして、視線を宙にさまよわせる。
よっぽど言いづらいことなのか。だが、ここで話を止められてはたまらない。
「それで、どうなったんです?」
待ちきれずに、俺は先を促した。雉野先輩はなおもためらっていたが、意を決したらしく、再び俺に顔を向けて話し出した。
「仁恵さんの方もうまくいかんかった。……その男の人がな、亡くなってしもたんや」
「えっ!?」
まさかの展開だった。ケータイ小説ならいざ知らず、そんな超展開が現実にあるのか。
「事故やったんやけど、あたしら3人が現場近くにおったさかい、仁恵さんはあたしらが見殺しにしたいうて恨んでるんや」
逆に雉野先輩たちの方では、姉貴が自分たちの前に現れたのが、その男の運命を狂わすことになったと考えて、姉貴を憎んだらしい。
これで得心がいった。そんな凄絶な事情があるなら、雉野先輩に対する姉貴の激しい反応も説明がつく。
はたして、その事件があった時期はいつだろうか。これは簡単に推測できる。おそらく一昨年だ。
姉貴が高校1年、俺が中学3年の頃は、当然のことながら学校が別だったから、姉貴が俺と一緒にいる時間も今より格段に少なかった。家では俺にべったりでも、学校では劇的な恋愛をしていたというわけか。
ひょっとすると、姉貴が俺に異常な執着を見せるのは、恋人と死別した心の傷が原因なんじゃないか。前世云々の話も、やはりそこから派生した心の病気なのかもしれない。
だとしたら、俺は姉貴の心を癒すために何をしてやればいいんだろうか。恋人の代わりに甘えさせてやるべきか。でも、それは問題の解決にならない気がする。
それっきり、雉野先輩は口をきかなくなった。先輩にとっても辛い思い出だったのだと今更ながら気づいて、無理に話させた自分の迂闊さを悔やんだ。
罪滅ぼしというわけじゃないけど、車が家に着くまで、おとなしく雉野先輩に抱きしめられていた。
車が家に着いて、俺が降りるとき、雉野先輩は最後にもう一度俺を強く抱きしめて、耳元で囁いた。
「他の2人はともかく、あたしはもう仁恵さんと争いたくないんや。今のあたしにはたろくんがおるさかい、どないしてたろくんを喜ばせたろかってことで頭が一杯やから」
本気で照れることをさらっと口にする。この辺が年上の女の余裕か。1歳しか違わないけど。
「あたしらの仲を修復するためにも、たろくんはあたしと仲良うしてや」
つまり、俺が間に立って2人の関係を取り持つということか。難しいけど、俺としても姉貴が誰かと深刻な敵対関係にあるのは落ち着かない。相手が知ってる人ならなおさらだ。
そういうことになると、姉貴を刺激しない程度に雉野先輩と接触を保つ必要があるわけだ。一緒の委員会に入ったのは天の配剤かもしれない。
俺を降ろすと、車はすぐに立ち去った。
姉貴の方は風紀委員会が長引いたようで、俺より遅れて帰宅したから、雉野先輩が俺を送ってくれたことを知らずに済んだ。俺もあえて知らせなかった。
俺が怪我していると知った姉貴は大げさに騒いで、それから「私が看護してあげる!」と張り切った。
普段なら鬱陶しがる俺だが、今日は姉貴を邪険にできなかったので、おとなしく歩行の介添えをしてもらった。
風呂に入れない俺の体をおしぼりで拭くというのには困ったが、今日は拒めなかった。
案の定姉貴は俺の股間を入念に拭いた上に、頼んでもいないのにマッサージをした。患部でもないのにマッサージの必要があるのか?
けれども、やっぱり反応しなかったので、姉貴はあからさまにがっかりしていた。
……調子に乗ると俺の同情もすぐに底を尽くぞと警告してやりたい。
最終更新:2009年07月12日 20:44