446 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:03:36 ID:DamrVLf2
三つの鎖 2
朝4時30分。
まだ日も昇らない暗い時間に私は起きる。
耳を澄ます。隣で兄さんが起きて着替えるのが分かる。階段を降りる音がする。
兄さんは朝キッチンに戻ると当分戻ることはない。父さんと母さんが起きるのはまだ後だ。
私は部屋を出て兄の部屋に向かう。
兄の部屋は整理整頓されている。カーテンは開き窓は開いて朝の空気が流れ込んでくる。きっちり布団と寝間着も畳まれている。
私はまだ温かい兄さんの寝巻を胸に抱き布団にもぐりこむ。
布団はまだ温かく兄さんの匂いがする。
「…ふー、ふっー、ふー」
息が荒くなる。兄さんの温もりと匂いが私を包み込む感覚に興奮する。
兄さん好き。
そのまま兄さんの布団でごろごろする。本当は自慰をしたいが、さすがに跡が残る可能性があるので行わない。ただ兄さんの布団に横になるだけで下着が濡れるのが分かる。
兄さんの温もりと匂いに頭がくらくらする。
時計を見る。もうすぐ父さんたちが起きる時間だ。名残惜しく思いながら私は布団を出る。布団と寝間着をたたみ来る前と同じ状態にしてから兄さんの部屋を出る。
自分の部屋に戻り布団に入る。昨日の兄さんのカッターシャツを抱きしめ匂いを嗅ぐ。締め切られ空気の澱んだ私の部屋でも兄さんの匂いは分かる。
私は我慢できずに自慰をする。兄さんの匂いが堪らない。兄さんの部屋にいたときから我慢するのに大変だった。
兄さん好き。
兄さんを想像し何度も自慰をする。兄さんの腕に抱かれ、兄さんに口づけされ、兄さんに組み伏せられて犯される様を想像しながら。
やがて階段を上る音が聞こえた。兄さんの足音だ。
私は兄さんのカッターシャツをベッドの下に隠しタオルケットをかぶる。
ノックがする。
私は何も答えない。
「あずさー、入るよ」
扉があき兄さんが部屋に入る。
兄さんは手早くカーテン開き窓を開ける。
寝たふりをする私をゆする兄さん。私をゆする兄さんの手が心地よい。
「あずさー。起きて。もう朝御飯だよ」
私は起きて兄さんを睨みつけた。今すぐにも抱きつきたい衝動を我慢する。
「すぐ行く。出て行けシスコン」
兄さんは困ったように、少し悲しそうに苦笑した。私に短パンを渡し部屋から出ていく。
私は兄さんの困った顔も悲しそうな顔も大好きだ。胸が熱くなる。
深呼吸して胸の熱い空気を吐き出す。
私は下着を替え短パンをはき下に行く。手早く歯を磨きリビングに行く。
兄さんと父さんと母さんはすでに座っていた。
全員でいただきますと言い朝食が始まる。今日の朝食はカツオの生姜焼きだ。
この家の食事はいつも静かだ。私と父さんは無口だし母さんも食事中はあまりしゃべらない。兄さんは無口なわけではないが、私に何度も無視されているせいか静寂を何とも思わないようになった。
別に余所余所しいわけではない。
「幸一君、今日もおいしいわね。腕を上げたかな?」
母さんが茶目っ気たっぷりに兄さんに言う。
「そんな事ないですよ。ありがとうございます」
兄さんが少し照れながら言う。
「幸一、このカツオはうまいな」
父さんが言う。父さんは魚好きだ。いつも無表情な顔もこころなしほころんで見える。
「村田のおばさんがくれたんだ」
私は無表情なままいようとして失敗した。
それに気がついたのか父さんが私を見る。
「梓、高校はどうだ?」
私はこの春から兄さんと同じ高校に通っている。
「…まあまあ」
私は答えた。不機嫌そうに見えたかもしれない。実際私は不機嫌だった。
村田。隣に住んでいる一家。いい人ばかりだ。昔から何度も面倒見てもらったし、一人娘の春子は私と兄さんにとってお姉さんみたいなものだった。
だが、血のつながった兄に好意を抱いている私にとって、兄と親しい女性に好意を抱けるはずがない。
「梓は生徒会から勧誘されているんだ」
「ほう。まだ入学したばかりなのにか」
「何度か手伝わされただけよ」
母さんはにこにこしている。
447 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:07:03 ID:DamrVLf2
私は視線だけで動かし母さんを見る。父さんの再婚相手。私の生みの親は私を生んですぐに亡くなったらしい。それ以来、母さんはよく私たちの面倒を見てくれた。
私は母さんが嫌いでない。むしろ好きだ。気難しい私の面倒を見てくれた。私にとっては母代わりだ。兄さんは母さんと呼ばずに京子さんと呼ぶが、私は母さんと呼んでいる。
いつも思う。私が兄さんの妹でなく、京子さんの連れ子だったら何も悩むことはなかったのに。
朝食が終わり兄さんが食器を運んでいる間に母さんはお茶を淹れてくれる。私には冷たいお茶を淹れてくれた。
「母さんありがとう」
兄さんには冷たくしている私も母さんや父さんまでそうではない。
母さんはにっこり笑った。
私はお茶を一気に飲みリビングを出た。
いったん部屋に戻り着替えと一緒に兄さんのカッターシャツを持っていく。
洗濯機のスイッチを入れシャワーを浴びる。
兄さんは優しい。
私がどれだけ冷たくし罵倒しても離れない。困ったような、少し悲しそうな苦笑を私に向ける。どれだけ冷たく接しても怒らない。いつも少し悲しげで困った苦笑をする。
先ほどの兄さんの表情を思い出す。わずかに悲しみのにじむ困った苦笑。私は兄さんのあの表情が大好きだ。思い出すだけで体が熱くなる。
シャワーの温度を下げる。私は暑がりだと思われているが、別にそうではない。むしろ暑さに強いといえる。もしそうならあんな締め切った部屋でいられるはずがない。
私は暑がりなのではなく、考え事をすると体温が上がるのだ。特に兄さんのことを考えると体中が熱くなる。そうなるとどうしても汗をかく。家なら別に着替えるなりシャワーを浴びればよいが、外だとそう簡単にはいかない。汗だくになると怪しまれる。
結局、私は体温を冷ましやすい涼しい格好を好むようになっただけだ。
家で冷たい飲み物を好むのも同じ理由だ。兄さんの近くにいるとどうしても意識してしまい体温が上がるのだ。
こう書くと暑いのが嫌なように思われるが、嫌いではない。むしろ好きといえる。兄さんのことを考えている時の全身が燃えるような感覚は好きだ。ずっと溺れていたいと思う。だから自分の部屋は閉め切って暑くしている。
あの部屋で兄さんのことを思い自慰するのが私の慰めの一つだ。
シャワー出て体をふき制服に着替える。
リビングには誰もいなかった。二階で掃除機をかける音がする。兄さんが掃除しているのだろう。
キッチンに行くと弁当の包みが二つあった。体温が上がるのが自分でもわかる。
私はあまり女らしくないと自分で思う。普通は好きな人に尽くしたいと思うのが女らしいのだろうが、私は逆だ。むしろ好きな人に尽くしてほしい。
兄さんは人並み以上に料理をできるが、私の腕は大きく上回る。だが兄さんの料理は好きだ。兄さんは栄養を考慮しつつも私の好きな料理をよく作ってくれる。それが私にはたまらない。
深呼吸して胸の熱い空気を吐き出す。冷蔵庫から牛乳をとり飲む。私は身長こそ普通だが、胸は…これからが期待だ。
兄さんが下に降りてきた。私は兄さんにブラシを投げつける。
兄さんはいつものように困ったように苦笑して私の髪にブラシを通す。
私の髪にふれる兄さんの手の感触が心地よい。冷たいのに熱い感触。
私は兄さんに甘えるのが大好きだ。昔はいつもべったりくっついていた。今でも気持ちは変わらない。兄さんに抱きつきたいし、さわりたい。キスしたい。
だが今はそんな事はしない。そんな事をすれば私は自分の気持ちを抑えられなくなってしまう。しかし兄さんに私の気持ちを告げても双方にとって不幸になるだけだ。
兄さんに甘えたいが、自分の気持ちを抑えられるレベルで。このぎりぎりの妥協点が兄さんに髪をすいてもらうことなのだ。
「梓、部屋を掃除したよ」
私は意識を戻す。
「このシスコン。そんなに妹の部屋をあさるのが好きなの」
兄さんが困っている気配が伝わる。
「またには換気しないとだめだよ。埃がたまりやすいし」
私は何も言わずに髪止めのゴムを渡した。
兄さんは私の髪をポニーテールにまとめてくれる。
私は別に長い髪は好きでは無い。体温が上がった時に首周りが汗をかきやすくて困る。それでも髪を伸ばすのは兄さんに髪をすいてもらうのが好きだからだ。そんな私が好む髪型は首周りが涼しいポニーテールだ。
私は何も言わずに家を出た。これ以上兄さんの近くにいると抱きついてしましそうだからだ。
448 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:08:45 ID:DamrVLf2
手で顔をあおぎながら登校する。周りはまだ人が少ない。登校には早い時間だ。
私は人ごみが嫌いだ。だからいつも人の少ない時間に登校する。
教室に入る。当然のごとく誰もいないはずだった。が、一人いた。
「ちーっす!」
彼女はうれしそうに挨拶してくる。
「おはよう夏美」
「梓も。相変わらずはやいね」
輝くような笑顔を私に向けてくる。
彼女も私と同じく人がいないような時間に登校している。初登校日からそうだった。理由は知らない。
夏美は私と違って愛想がよく友達も多い。私のように無愛想な人間とは本来接点がないはずだが、朝の遭遇のせいか不思議と気が合う。
人が多くなるまで夏美と話すのが私たちの日課だ。人が多くなると私は人の少ない場所で本を読んだり音楽を聞いたりする。
教室に人が増えてきたので夏美に断って私は教室を出た。
今日は屋上に行った。
屋上で音楽を聴きながらぼんやりとしていると、他の人間が来た。
屋上に人はめったに来ない。風は強く日差しは強い。私は平気だが、普通の人間は春先の今でも暑いぐらいだろう。
私は黙ってmp3プレイヤーをしまった。
見覚えのない女子が二人だ。染めた髪に濃い化粧、短いスカートなど全身でヤンキーであることを主張している。リボンの色から二年生だと分かる。学校で何度か見た顔だ。
「あんたが加原ね」
身長の高いほうが偉そうに言う。
「人違いです」
私はそっけなく言った。
「しばっくれてんじゃねーよ。調べは付いてるんだ」
小さいほうが巻き舌で言った。全く迫力がない。おせじにも友好的な雰囲気では無い。
ノッポが口を開く。
「あんたさーユウヤをふったらしいじゃん」
入学早々付き合えといったあの男か。
「それが何ですか」
チビが目をむく。
「何チョーシこいてんだ。何様のつもりなんだよ」
口汚い罵り。
私はこういう経験は多い。自分で言うのもあれだが、私は美少女とよく言われる。しかも見た目は無口で無表情で、大人しそうに見えるらしい。勘違いした男から告白されることは多い。
男というものは自分が支配できそうな女を狙うことが多い。そのような男からすれば私は格好の獲物なのだろう。
あのユウヤという先輩は私に何をされたかこの二人に告げてないらしい。
ぎゃあぎゃあわめく二人を睨む。
「何か言ったらどうなんだよ。びびってんのかよ」
「知ってるー?こいつの兄貴シスコンらしいよ。よく妹のクラスに来るんだってさ」
「へー。残念でちたねー。ここに愛しのお兄ちゃんは来まちぇんよー」
私は反論しない。このような愚物に言葉で反論しても無意味だからだ。
素早く周りを確認する。他の人の気配はない。ここは屋上だからほかに高い場所からのぞいている可能性も無い。
チビの足を払い倒す。お尻から落ちたチビの喉を踏みつける。
カエルが潰れるような音がした。苦しそうにもがくチビ。
「てめー!」
ノッポが殴りかかる。喧嘩慣れはしているようだ。
相手の腕を流し、腰をかけ投げ飛ばす。
背中から落とす。ノッポは悲鳴もあげずに屋上で苦しそうにもがく。
頭から落とすのが一番効果的だが、こんなコンクリートで頭から落とすと命を落とす危険がある。
そのまま二人の荷物と持ち物をチェックする。録音機や通信中の機器は無かった。
これで遠慮はいらない。
二人の荷物からハンドタオルとハンカチを取り出し、口に押し込む
そのままノッポの手首を極める。
ぐもった悲鳴を上げるノッポ。
私は蹴ったり殴ったりはしない。証拠が残るからだ。その点手首というのは少しで大きな痛みが走る。鍛えていない人間にはつらい。
訳の分からない事を喚くノッポ。「ごめんなさい」と言おうとしているのだろう。
散々痛めてからチビに近づく。
震えて離れようとするが、腰が抜けているのか動けない。
同じように痛めつける。
涙と涎と鼻水でぐちゃぐちゃになった二人の顔を見てやっと気分が収まった。
二人に二度と近づくなと告げて屋上を去る。
それにしてもと思う。私の気持ちを誰にも知られてはならない。高校生の女でも男をふったというだけで目を付け迫害しようとする。
もし私の気持ちを他人が知ったらどうなるだろか。私は勿論、兄さんも迫害されるだろう。実の妹が懸想するような行動をしたと。それは兄さんを苦しめ不幸にする。
449 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:10:33 ID:DamrVLf2
私はそんな迫害を屁とも思わない。だが兄さんはそうでは無い。誠実な兄さんは苦しみ、私を説得しようとするだろう。兄妹で添い遂げることはできないと。
それは私にとって最も残酷な言葉になる。愛しい男に愛するなと言われるのだから。
手で顔をあおぎながら教室に戻ると、夏美がニヤニヤしながら声をかけてきた。
「おにーさんが来たよ」
弁当だろう。
「またお昼に弁当を持ってくるってさ」
「そう。教えてくれてありがとう」
私が弁当を持っていかないのはわざとだ。こうすれば兄さんはお昼に教室に持って来る。そうなれば兄さんがシスコンという噂に真実味が増す。女というのは不思議なもので、マザコンとシスコンにはどれだけ格好いい男でも評価は厳しくなる。
何度も繰り返すが私は兄さんを不幸にしたくはない。だが兄さんの隣に私以外の女がいるのは耐えられないのだ。
自分でもエゴだと自覚している。私は兄さんを愛している。しかしそれは兄さんを不幸にする。だから自分の気持ちは打ち明けない。だけど自分から兄さんから離れられない。だから兄さんに冷たくして兄さんから離れるように仕向ける。
だけど私は知っている。兄さんは優しいからそんな事では離れない。これは矛盾だ。
私は兄さんの不幸は望まない。それなのに兄さんがほかの女性と幸せになるのは我慢できない。
矛盾しているようだが矛盾していない。これは私のエゴなのだ。
手で顔をあおぎながら私は授業を受けた。
昼休みに兄さんと春子が来た。
春子は私が小さい時から隣に住んでいた。父さんは警察官で家をあけがちだった。面倒を見てくれたのは隣の村田一家と京子さんだった。
私は春子が嫌いでない。
だが私と兄さんが仲悪いと思い、関係を良好にするために色々してくるのは正直うっとうしい。
兄さんと一緒にお弁当を食べるのは正直うれしい。二人きりだとなおうれしかったが。
だが兄さんに弁当を届けさせるのは冷たくされながらも弁当を届けに来るシスコンな男というイメージを広めるためだ。これでは意味がない。
そんな私の考えをよそに意気投合する春子と夏美。この二人乗りが合いそうだ。
弁当を開き興奮する夏美。にこにこする春子。
二人とも兄さんの唐揚げを奪い自分の弁当からおかずを入れる。
困った顔をする兄に腹が立って私はそのおかずを奪った。
腹が立つことにおいしかった。
無論兄さんの弁当にはかなわないが。
お昼休みにいろいろ話した。
「えええー!?お兄さんが弁当作っているのですか!?」
興奮する夏美。確かに男でここまで料理できるのは珍しい。
「夏美うるさい」
「ちょっと梓!お兄さん料理の鉄人?」
「私が料理を教えたからね。これぐらい当然なのです」
春子は胸を張る。夏美は思わず春子の揺れる胸を見つめ自分の胸に手を持って行った。断わっておくが悔しくはない。
「春子先輩!ししょーと呼ばせてください!」
「幸一君は朝昼晩とご飯を作り選択掃除もこなす自慢の弟子なのです。一家に一台幸一君なのです」
二人ともネタが古い。やはりこの二人気が合うのか。
「お兄さん何者ですか?家事万能ですか?」
「あのね中村さん」
「ノンノン!私のことは夏美と呼んでください」
「ええと夏美ちゃん、梓も手伝ってくれるから」
確かに多少は手伝うが、ほとんどは兄がする。
「お兄さんいい人過ぎ!梓!お兄さんもらっていい?」
450 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:12:33 ID:DamrVLf2
ふざけるな。兄さんは私のものだ。
「夏美、ひとつ言っとくけど、兄さんはいつもあられない格好で寝ている私に鼻息荒く近づいて鼻の下伸ばしながら起こしに来るのよ。妹の髪をとかしながらウットリして、妹の部屋を掃除と称して荒らす変態シスコンよ」
全部逆だ。起こされて鼻息を荒くしているのは私だし、髪をとかされてウットリしているのも私。兄さんの部屋の布団に潜り込み興奮しているのも私だ。
「いやいやいや」
兄さんは慌てて私の言葉を否定する。その困った顔が可愛い。
「えー。それはちょっとドン引きですね。妹の髪ととかしてウットリとか。お兄さん、そんなに梓ちゃんの髪が好きなのですか?」
夏美がわざとらしく兄さんと距離をとる。
「ふふふ。夏美ちゃん分かってないですね」
春子がにこにこ笑う。嫌な予感がする。
「梓ちゃんは面倒臭がり屋だから幸一君にさせているだけなのです」
「梓そうなの」
「まあね」
私はあっさり認めた。ここで否定すると兄さんが好きだが認められない妹になってしまう。
「どんだけお兄さんをこき使ってんだYO!」
夏美がつっこむ。
「幸一君覚えていますか?女の子の髪の手入れの方法がわからなくて私に教えてと頼んできたのを」
春子が自分の長い髪をなでながらウットリささやく。無論私に丸聞こえ。兄さんを見るとちょっと困った顔をしている。
気に入らない。
「春子待って」
止める兄さん。
「何回も私で練習させてあげましたよね」
「春子先輩!その言い方はなんかエロいっす!」
顔を赤くして突っ込む夏美。意外と純粋なのね。
私は怒りとうれしさという矛盾した感情を味わっていた。女の子をさわるのを苦手な兄さんが、そこまでして私のために練習してくれたのは素直にうれし。他の女で練習したのは減点だけど。
「ふーん。そんなことあったんだ。シスコンじゃなくて幼馴染好きだったんだ」
私が意地悪く言うと兄さんが困った顔をする。だめだ。濡れそう。手で顔をあおぐ。
「幸一君。今度女の子の髪の扱いが上昇したかテストさせてあげます。私を満足させたら合格です」
春子はいい人だが、オヤジ臭い所があるのは女としてどうなんだろう。
「お兄さん。その、あの」
夏美が頬を染める。腹が立つ。
「今度私もお願いしていいですか?」
私は机の下で兄のすねを蹴とばした。
昼休みが終わって兄さんと春子は去って行った。
「夏美のお兄さんって面白い人だねー。春子先輩も」
「春子はともかく兄さんは変態シスコンよ」
顔を手であおぎながら夏美に答える。
「えー?そうかなー?結構格好いいじゃん。料理得意なのもポイント高いし」
そうなのだ。兄さんは男としてのスペックは高い。そこが好きなわけではないが、魅力を感じる女はいるだろう。
私は深呼吸した。熱い息を吐き出す。
「どうしたの梓」
「何でもない」
手で顔をあおぎながら私は答えた。
451 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:13:31 ID:DamrVLf2
授業の後のHRが終わる。
教室を出ていくクラスメートを尻目に、私は本を読んでいた。今帰ると人ごみが多いからだ。
私は人ごみが嫌いだ。兄さんや春子は勘違いしているが、私が人ごみを嫌うのは私の可能性の無さを思い知らされるからだ。極端にいえば、今日私に絡んできた愚物二人でも兄さんと結ばれることは可能なのだ。世界中の女たちには少なくとも血縁という意味での障壁はない。
「あーずーさー」
そう。この夏美でも可能性はあるのだ。可能性がどれだけ小さくても、ゼロでは無い。
私はゼロなのに。
私は顔を手であおぐ。
「一緒にかえろ」
「断る」
「そこはだが断ると言うとこだよ」
なぜか怒る夏美。意味不明。
私の手をひっぱる夏美。私はため息をついて立ち上がった。
今日は楽しいことがあった。兄さんとお昼ご飯をお一緒に食べられた。たまには人ごみで自分を戒めるべきだろう。私には可能性が無いのだと。
そんな事を考えながら靴箱に向かう私たち。私は相変わらず手で顔をあおぐ。
なのに。
もし運命があるのなら。
それはなんて残酷なんだろう。
靴箱に兄さんがいた。
「おにーさーん。今から帰りですか?」
「うん。夏美ちゃんも?」
「一緒に帰りましょう。いいでしょ梓?」
にこやかに話す兄さんと夏美。
何で世界は私の意志にことごとく反するのだろう。
私が兄さんを愛するのには反対し、頭を冷やそうとすると兄さんに合わせる。
残酷だ。
「ええと、やっぱり遠慮しとこうかな」
私の表情を勘違いしたのか兄さんがそう言う。
兄さんにそう思われるように冷たく接してきたのに、私は悲しかった。
兄さん。お願い。私を捕まえて。手を握って。頭をなでて。抱きしめて。キスして。犯して。
私の思いは兄さんに伝わらない。伝わってはならない。
気がついたら私の手は夏美に引っ張られていた。兄さんと私の手を夏美が一緒に握る。
兄さんの手。心地よい感触に私は体温が上がるのを止められない。
頬を染める兄さん。兄さんは女の子にさわったりさわられるのが苦手だ。私がずっと冷たく接したから女の子に苦手意識があるんだろう。単なる恥ずかしがり屋かもしれないが。
「変態シスコン」
私は兄さんに毒づいた。
「え?梓なんて?」
夏美が聞き返す。
「夏美。この変態シスコンは妹と後輩の手にドキドキしているのよ。妹として恥ずかしいわ」
「えー。お兄さん本当ですか?」
「ええと、女の子に触れるのが苦手なんだ」
「ほら夏美。否定しないでしょ」
「お兄さんって恥ずかしがり屋ですね」
そんな事を話しながら帰る。周りは人でごった返していたが気にならなかった。
分かれ道で夏美と別れた。元気いっぱい手を振る。
私は立ち尽くした。周りは多くの人がいる。男も女も。女がうらやましかった。どんな愚かな女でも兄さんと血のつながりという壁はないのだ。
顔を手であおぐ。
「梓」
兄さんが手を差し伸べていた。
私は泣きそうになった。絶対に手に入れてはいけない存在が私に手を差し伸べる。うれしくて、悲しくて、残酷な運命を呪いたくなる。それでも。
「何?後輩の手の温もりが無くなったから妹の手の温もりがほしいの?」
「うん」
今この瞬間は感謝しよう。
兄さんの手を握る。ひんやりしていて心地よい。
「このシスコン。まあいいわ。兄さんが女の子にふれる練習にもなるし今回は付き合ってあげる」
「練習って。まあいいや」
「私が練習に付き合ってあげないと春子にお願いするかもしれないでしょ。女の子にふれるのが苦手だからってそんなことしたら私が恥ずかしい」
自分でも無茶苦茶言っている。兄さんはそれ以上しゃべらなかった。私は兄さんが話しかけると無視するか罵倒するかが多かったから、兄さんの行動は当然だった。勝手だと分かっていても私は悲しかった。
私も無言だった。兄さんの冷たい手が心地よくて、何もしゃべる気になれなかったのもある。それ以上に口を開くと私の気持ちを伝えてしまいそうだったからだ。
453 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:17:27 ID:DamrVLf2
家に着いたら二人で家事を行った。
いつもは私が家に着くのはもっと遅い。家事を手伝わずに兄さんに全部押し付けることも多い。今回は早目に家に着いたので洗濯物をたたんだ。
今日は久しぶりに二人で料理をした。兄さんが下ごしらえをした照り焼きを手早く作る。
両親の帰りは遅いのでいつも二人で食事をとる。兄さんが柔道の練習に行くことが多いので晩御飯ははやい。
しかしと私は思う。お昼に唐揚げで晩御飯に鳥の照り焼きとはどうなんだろうか。確かに私は鶏肉が好きだ。母さんは鳥の唐揚げが好きだ。父さんは魚。兄さんも魚。
兄さんの料理はおいしい。それ以上に食べる相手のことをいたわっている。食材、栄養をよく考えて作っている。少しずつだがおいしくなっている。食べる相手のことを考えている。
私にはそれがうれしく悲しい。兄さんが私を想う感情は私の望む感情でないからだ。
いけない。また顔が熱い。
食後兄さんはアイスティーを入れてくれた。よく冷えている。
食器を洗った兄さんは緑茶で一息ついていた。
無言だが何も気まずいとは感じない。兄さんのそばにいて兄さんの入れてくれたアイスティーを飲んでいるだけで私は満たされていた。
兄さんは鞄を持ちリビングを出ようとする。
「梓、行ってくる」
私は返事をしたいのを我慢して無視した。
兄さんが練習に向かってから私は兄さんに部屋に入った。兄さんのベッドの上で兄さんの布団を抱きしめる。
母さんが帰宅する音がすると、手早く布団をたたみ自分の部屋に戻る。
私はずっと部屋にこもっていた。隣の村田の家のシロがわんと吠えた。
この犬、黒いくせに名前がシロなのだ。春子もそうだ。冬に生まれたのに名前が春子だし。
カーテンを少し開いて外を見る。兄さんと春子が何か話していた。いらいらする。
春子は市民体育館で行われる合気道の練習に参加している。昔は私も一緒に参加していた。
兄さんは春子の事をどう思っているのか。春子は兄さんの事をどう思っているのか。いつも気になる。
兄さんはあまり問題ない。兄さんにとって春子は恋愛の対象ではないと私は確信している。
問題は春子だ。春子はもてる。顔はきれいだしノリもいい。高い身長にそれに見合う豊満な体。それなのに春子に男ができたと聞いたことはない。
春子はいつも私たち兄妹の面倒を見ようとする。春子自身は一人っ子だから弟や妹的な扱いなのだろうか。今日のように私と兄さんを誘ってお弁当を食べたりもする。これは恋する乙女として矛盾する行動だ。
しかし私の直感が警鐘を鳴らしている。春子は油断ならない。
二人は別れ兄さんも家に帰ってきた。出迎えたいのを我慢する。
耳を澄ます。兄さんは帰ってきたらシャワーを浴びてすぐに寝る。朝が早いからだ。
兄さんがシャワーを出て階段を上がったのを確認して、私は風呂場に向かう。
目的は兄さんの道着。私は洗濯機から兄さんの道着を取り出し服を脱いで洗濯機に入れ、浴室に入った。
シャワーを流す。こうすれば他の人間は入ってこない。
私は裸で兄さんの汗で濡れた道着を抱きしめる。兄さんの匂いが鼻孔をくすぐる。
私は兄さんに抱きしめられるのが大好きだ。小さい時は何度も抱きついて抱きしめてもらった。抱きしめられた時の兄さんの温もり、匂い、鼓動。何もかもが堪らない。
だがそんな事は今は望めない。
だから私はその狂おしい欲求をこうして慰める。朝に兄さんが抜け出した布団に入るのも同じ理由だ。
思わず長風呂してしまった。洗濯機の私の服の下に兄さんの道着を入れ証拠を隠滅する。
キッチンに牛乳を飲みに行くと兄さんが歯を磨き終えたとこだった。私が風呂に入っていたからここで歯を磨いたのだろう。
兄さんは私に気がつくと無言で牛乳と取り出しコップに注ぎ私に差し出した。
私はコップを受け取る。ふれる兄さんの指が、冷たいのに熱い。
一気に飲みほし私は兄さんに背を向けた。
「おやすみ」
兄さんの言葉に振り返りそうなのを必死に抑え私はキッチンを出た。
部屋に戻る前に風呂場から今日の兄さんの買ったシャツを取り出しバスタオルにくるんで私の部屋に戻る。
締め切った部屋で、私は兄さんのカッターシャツを抱きしめながら眠りについた。
454 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2009/11/07(土) 23:18:38 ID:DamrVLf2
ここで自己紹介をしておく。
私は加原梓。
高校一年生。
好きな人は兄さん。
悩みは兄さんへの想いをどう抑圧するか。
兄さんは勘違いしているが、私は兄さんを嫌いなのではない。むしろ愛している。
詳しい話はこれから語っていくと思う。
最終更新:2009年11月08日 18:37