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三つの鎖 4 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/13(金) 01:03:29 ID:ZTskBLYo
三つの鎖4
私が兄さんを男として愛するようになったのはいつからかは覚えていない。物心ついた時から、私は兄さんを愛していた。
幼いころは自分の気持ちが分からなかった。ただ単に兄に対する独占欲と嫉妬が強く、それを抑えることができなかった。大人から見たら気難しい子供でしかなかっただろう。
幼いころから兄さんは優しかった。私の母さんは私を生んですぐに亡くなったから、私は余計に兄さんに甘えた。
物心ついた時から村田のおば様や京子さんが面倒を見てくれた。あの人たちには感謝している。
しかし、それでも私が一番好きなのは兄さんだった。常に兄さんにくっつき離れなかった。兄さんがあやすように抱きしめるのが嬉しかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄さんに対する私の気持ちが世間一般におかしいことであるのを自覚したのが小学生になってからだった。
それまで私の知り合いは少なかった。友達というのもほとんどいなかった。兄さんと、春子だけだった。どこでも兄さんにくっついていた。
小学校に上がって私と同じ年頃の子の知り合いが増え、そこで私は異端であることを自覚した。兄が好きな子はいたが、私の好きとは違っていた。
そのころから私は積極的に家事を手伝うようになった。あの頃は私も女の子らしい喜びがあった。私の手料理をおいしいと言ってくれるのが嬉しかったのだ。
家事を手伝うようになったのは、兄さんが小学校に上がって友達が増え私に構う時間が減ったのもある。それでも兄さんが家にいる時はべったりくっついていた。
このころから私は兄さんの事を考えると体温が上がるのを自覚した。兄さんに抱きついている時は兄さんがひんやり感じた。
私は冬が好きだった。寒いのが苦手な兄さんはよく私を抱きしめた。
そのころの兄さんに対する気持ちはまだ十分抑制できる範囲だった。家では兄さんにべったりできたのもある。そのころの私に対する印象は、気難しいけどお兄ちゃん子という程度だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄さんに対する気持ちに歯止めがかからなくなってきたのは私が小学二年生になったころだった。兄さんが柔道を始めたころだ。
兄さんは柔道に夢中になり、家に帰るのも遅くなった。帰ってもすぐに寝た。今の兄さんからは想像もできないかもしれないが、そのころの兄さんは腕白な子供だった。特に土日も練習や試合でいなくなることが多いのは私をイライラさせた。
私は家で家事を行う以外は兄さんの部屋の布団にいることが多くなった。自慰を覚えたのはこのころだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄さんは柔道に夢中だった。素質もあった。
この頃、私は春子に連れられ市民体育館で行われる合気道の練習に参加していた。兄さんと一緒にいる時間が減ってふさぎこんだ私はますます気難しく見えた。私を心配した村田のおば様が連れて行ったのだ。
私は上達した。そして数年で辞めた。辞めたとき私は小学六年生だった。
辞めた理由はもう既に学ぶことがなくなっていたからだ。合気道の練習は子供たちが集まるゆるいものだった。
また合気道自体も実戦的ではなかった。私はそのころすでに自分の外見が男たちにどう映るかを理解していた。私が求めたのは自衛の手段だった。合気道にはそれが余りない。そして練習に通った数年で私は合気道の実戦的な技と動きは高いレベルで身につけていた。
私は素質があった。異能というべきものかもしれない。私は自分のイメージ通りに動くことができた。どんな技も一度見たらものにできた。兄さんの練習や試合を見ているだけで柔道の技を理解し身に付けた。
身に付けた技と動きは実戦で磨いた。私は一時期荒れていた。夜の街を徘徊し、絡んでくる者を片っ端から叩き伏せた。
事情を知る人間は、家事を押し付けられてストレスがたまっていたのだと思っている。昔、兄さんは家事をしなかった。家事はほとんど私の仕事だった。
そう考えるのも無理はない。あの頃は両親も村田のおば様も忙しくて家の家事は私が一手に引き受けていた。兄さんは柔道に夢中で中学一年生の時点で柔道が有名な高校から声がかかるほどだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私が荒れているのを兄さんが知った時、私が中学一年で兄さんが中学二年生だった。兄さんは柔道部を辞め家事を始めた。
今思い出しても笑ってしまう。最初の兄さんの家事はひどかった。料理はめちゃくちゃ、洗濯はぐちゃぐちゃ、アイロンをかけると煙が出た。
それでも兄さんは忍耐強く家事を学んだ。今ではどこでも通用する家事の技能の持ち主だ。それもすべて私のためだった。
503 三つの鎖 4 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/13(金) 01:05:37 ID:ZTskBLYo
兄さんは勘違いしているが、私が荒れていた理由は家事を押し付けられていたストレスではない。理由は少し長くなる。重複する部分もあるが最初から話そう。
昔から兄さんは優しかった。はたから見れば気難しい子供でしかない私に辛抱強く付き合ってくれた。だが兄さんが柔道を始めてから変わった。兄さんは柔道に夢中になって私に構う時間が大きく減った。
兄さんといる時間が減った私はますます気難しくなった。私が合気道を始めたのはそのころだ。前にも書いたが、ますます気難しくなる私を村田のおば様が見かねて春子に練習に連れて行かせたのだ。
私はそこで体を動かすことを覚えた。適度な運動はある程度のストレス解消になる。
だがそれもある程度でしかない。そのころから私は自分の気持ちが、兄さんを愛することがどれだけ認められないか理解したのだ。根本的な解決は不可能だった。
そして私は夜の街に繰り出した。夜の街は下劣な人間だらけだった。恐喝してくる少年。私を誘拐しレイプしようとする男。お金を見せて援助交際を持ちかけるサラリーマン。
私は全て叩きのめした。気分はほとんど晴れなかったが、一人でいるよりマシだった。
要するに私が荒れていたのは八つ当たりでしかない。兄さんを愛することが兄さんを不幸にするだけだと理解し、諦める事のできない気持ちが私を凶行に走らせたのだ。
そのうち私は有名な存在になり、ヤクザに目を付けられることになった。叩きのめした人間にヤクザがいたのだ。刃物をちらつかせ囲まれたこともある。
それでも私は負けなかった。私は喧嘩に関しては天才だった。天才というのは人格的に問題がある人間に多いと聞く。おそらく人格と引き換えに異能ともいえる素質を得るのであろう。私もその類なのだろう。
無論、私はそんな素質を望んだ事は一度もなかった。望むのは兄さんと結ばれることだけだった。
警察に捕まることはなかった。私は狡猾だった。警察には訴えない人種ばかり選び必ず相手から先に手を出させた。叩き伏せても大怪我はさせなかった。
兄さんが私の非行を知ったのは春子からだった。春子は私の非行を目撃し、私にやめるように訴えたのだ。無論私は黙殺した。春子は力づくでも連れて帰ると言った。
春子は本当に力ずくで私を抑えつけようとした。春子は強かった。傷つけてでも私を止めるという意思があった。それが私のためになると信じていた。
それでも私の敵ではなかった。
喧嘩は長引いた。私の喧嘩の必勝法は相手を投げつけて動きを止めてから急所を攻撃するというものだった。いくら鍛えていても子供の力ではそれ以外に方法はない。
投げは体重が軽くて受身のとれる人間には効果が薄い。春子はすぐに起き上がり急所を責めることができなかった。私は相手を大怪我させない投げしかしないのも長引いた要因だった。
春子は投げても投げても受け身をとりすぐに起き上がった。場所が公園なのも春子に有利に働いた。地面が土でコンクリートほど硬くなかった。いつもは手加減のために選ぶ場所だが、それが裏目に出た。
終わりは春子の一言が原因だった。
起き上がった春子は、私に言った。
「梓ちゃんが何を思っているのか分からないけど、こんな事を繰り返して何になるの!?」
迷いのない言葉だった。春子の言葉は全く正しい。
だからこそ我慢できなかった。
私は春子を頭から叩き落とした。合気道は柔道と違って頭を打つ受け身は絶対にしない。春子は一撃で意識を失った。
何も嬉しくなかった。私の行動は、兄をどれだけ愛しても決して報われない気持ちを、他の人間に八つ当たりしているだけだ。
私が叩きのめした人間は人間の屑ばかりだったが、その屑に八つ当たりをする私も同じだ。むしろ自分の欲望とは関係のないことを繰り返す私よりも人間らしくあった。
そしてついに人間の屑でない春子にまで八つ当たりしたのだ。
私は救急車を呼び春子を残して消えた。春子は入院し手術を受けた。私に頭を叩きつけられ急性の脳内出血を起こしたのだ。幸い春子に障害は残らなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
春子は見舞いに来た兄さんに事の顛末を話したらしい。
兄さんはすぐに飛び出して私を探した。
私はいつも通り夜の街で荒れていた。兄さんが私を見つけたとき、私は十人を超える男に囲まれていた。私はいつも通りたたき伏せるつもりだった。
そこに兄さんが飛び込んできた。私は意表を突かれた。兄さんは私を担ぐと走った。
既に兄さんの身長は180cmを超えていた。また兄さんは鍛えていた。私が軽かったのもありその場は逃げだすことに成功した。
504 三つの鎖 4 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/13(金) 01:07:01 ID:ZTskBLYo
兄さんは逃げだすことができたのは奇跡的だと思っているが、あの時気が立っていた私はすでに何人かをいつもより痛み付けていて、それに怖気ついて単に追ってくる気が無かっただけというのが真相だ。
人気のいない公園で兄さんは私を抱きしめて泣きながら謝った。何も気づいてあげられなくてごめん、僕にできることなら何でもすると、何度も謝った。兄さんに抱きしめられたのは本当に久しぶりだった。
私は兄さんの背中に腕を回し抱きしめた。私は燃えるような快楽とそれを上回る喜びに包まれた。兄さんが私を力強く抱きしめてくれる。それだけで絶頂を迎えそうだった。
兄さん。私の恋人になってください。私にキスしてください。私を犯してください。
そう言いたかった。必死で押さえた。それは叶わない望み。兄さんを不幸にしたくなかった。
私は兄さんの腕をつかみ投げた。あれだけ柔道が好きで腕の立つ兄さんを、面白いぐらい簡単に投げることができた。兄さんはしたたかに地面にたたきつけられた。
これは兄さんが下手なのではない。私に投げられるなど全く考えていなかったのだ。受け身も取れずもがく兄さんを見下ろして私は奇妙に興奮していた。
それでも私の一部は冷静だった。兄さんを不幸にはしたくない。ならば困らせてやる。私はそれで我慢する。だから兄さんも我慢して。
エゴだった。もともと許されない想いを我慢する代わりに困らせるというのだ。それでも私には耐えがたい妥協だった。
私は兄さんに冷たく告げた。
「今更何を言ってるの兄さん。もう遅すぎるのよ」
その時の兄さんの顔は忘れられない。悲しい表情。そしてそれを受け入れる覚悟。憎まれても仕方ないことをしたと思い知った顔。全てが勘違いなのに。
私は兄さんを不幸にしたくない。それでも兄さんが悲しむ顔に奇妙な興奮を覚えた。
その時は分からなかったが今なら分かる。私は違う意味で兄さんを手に入れたのだ。愛しい人を傷つけても、絶対に離れない。それどころかますます近づこうとする。赦しを、償いを求めて。
今までは私が兄さんを追いかけてきた。これからは兄さんが私を追いかける番だ。
追う理由が私の求めるものとは違っても、兄さんは私を求める。
兄さんが求めるのは私の赦しと償いであって私ではない。
それでもいい。兄さんが私を追ってくれるなら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから兄さんは私に尽くすようになった。
たとえ私からどんな暴言を受けても、いつもの困って少し悲しそうな笑顔を浮かべるだけで私に従った。
私が家事を積極的に行っていたのは、兄さんに尽くしているという自己満足のためだった。たとえ実の兄を愛するのが許されなくても、尽くしたい。そんな自己満足だった。
だが私は兄さんの家事から自分の本質に気がついた。私は尽くすよりも尽くされるほうが好きなのだ。
兄さんに料理を食べてもらうよりも、兄さんの料理を食べるほうが嬉しかった。
兄さんの部屋を掃除するよりも、兄さんに私の部屋を掃除してもらうほうが嬉しかった。
兄さんの服を洗濯するよりも、兄さんに私の服を洗濯してもらうほうが嬉しかった。
私は本当に女らしくないと思う。
一つ面白かったのが、私が人ごみを嫌う理由を兄さんが勘違いしていることだ。
私が人ごみを嫌うのは、そこにいる女全てに兄さんと血縁の障害が無いのに、私にはあることを思い知らされるからだ。
自戒の意味を込めて私は人ごみにいることがたまにある。どれだけ兄さんが私を追ってきても、兄さんは手に入らないという事を自分に言い聞かすためだ。暗示といってもいい。
それを兄さんは、あの夜男に囲まれていたのを思い出すからと勘違いしているのだ。
兄さんの発想は非常識ではない。むしろ常識的だ。中学一年生の女子が大の男に囲まれて恐怖に震えるのではなく、全員を叩きのめす方法を考えているほうがおかしいのだ。
一度人ごみの中でぼんやりしていると、顔色を変えた兄さんが走ってきた。
「梓?大丈夫?」
最初は意味が分からなかったが、兄さんの言動から兄さんの考えを把握した。兄さんらしい優しくて何も分かっていない勘違い。
私は兄さんの袖をつかんだ。
兄さんは驚いたがすぐに微笑み私の手を握った。
「帰ろう。梓」
私は勘違いを正さなかった。正すには本当のことを言わないといけなかったし、兄さんと堂々と手をつなぐ機会を得たからだ。
あの日、兄さんが私を追うようになってから私は夜の街で暴れるのをやめた。
春子とも仲直りした。春子の怪我は私以外の者との喧嘩と春子は言った。
父さんと母さんは何も知らないままだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
505 三つの鎖 4 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/13(金) 01:08:35 ID:ZTskBLYo
それからしばらく平穏な日々が続いた。
兄さんは変わった。柔道が好きな能天気な少年は、物静かで忍耐強く思慮深い男になった。
柔道部を辞めてから兄さんは柔道とは縁を切った。中学になってから部活一本に絞っていた兄さんは、柔道を練習する機会を無くした。
それでも時々早朝の庭で足捌きや型の練習はしていた。忘れられないのだろう。
しかし柔道は一人で練習して上達するものでも満たされるものでもない。兄さんは柔道に関して優れた素質を持っているが、私のような異端な素質ではない。どれだけ優れていたとしても、あくまで一般的な素質だ。
兄さんが早朝に一人柔道の練習をしているのを知った私は兄さんに囁いた。
「柔道をしたいの?」
正直に白状すると、この時まで私は兄さんを見くびっていた。
兄さんは不思議そうに私を見たのだ。
「昔は夢中だったけど、今は全然」
柔道に対する兄さんの想いを全く感じさせない態度だった。
「何で?忙しいから?」
兄さんは苦笑した。
「別にそういう訳でもないよ。今は家事も楽しいし。最近料理も分かってきたしアイロンも上手くなっただろ?」
兄さんの言うことに嘘はない。確かに兄さんの家事全般は目覚ましく向上していた。
「それに今は柔道よりも家をしっかり守って梓に苦労をかけないほうが大事だよ」
兄さんの言うことに嘘を感じなかった。兄さんは本気でそう思っているのだ。
私の兄さんは成長していた。武道は心技体を鍛えるのが目的だ。柔道で兄さんは技を体を鍛えたが、心はあまり鍛えることができなかった。柔道をやめ私と過ごす日々は、兄さんの心を鍛えたのだろう。
その日の夜、私は兄さんを人気のない公園に呼び出した。そこは私が荒れていた頃よく使用した場所だった。つまり柔らかい土の上で投げても大怪我をさせにくい。
私は兄さんに道着の上を渡し着るように言った。
不思議そうに兄さんは道着をはおった。
「兄さんの好きな柔道をしよう」
私は兄さんの胸倉をつかみ投げ飛ばした。兄さんは受け身をとった。きれいな受け身だった。
「梓。僕は柔道はやめたんだ」
私はありとあらゆる技を兄さんにかけた。兄さんはされるがままだった。
兄さんはそれ以来早朝に一人で練習する事もなくなった。
私は逆に確信した。兄さんは柔道を忘れていないと。
兄さんは私に対して本当に優しい。兄さんは私が柔道を嫌っていると思っている。兄さんからしてみれば、柔道に夢中だったせいで私が非行に走ったと思っているのだろう。
だから私に対しては柔道を見せないのだろう。私が思い出さないように。受け身をとったのは怪我をしないためだ。あの状況で受け身を取らずに怪我をすると、私に疑いがかかる。そうなれば余計な疑惑を招く。
ひとつ言っておくと、別に私は柔道は嫌いでも何でもない。むしろ感謝しているぐらいだ。結果的にとはいえ兄さんが私を追ってくれるようになったのだから。
強烈な欲求が私を締め付ける。
私は兄さんを困らせたくなった。兄さんの困って少し悲しそうな顔は、私を興奮させた。要するに私は兄さんを試したくなったのだ。どこまで兄さんが私を優先してくれるのか。
今は柔道と私なら、私を優先してくれる。それは柔道をしていないからだ。
ならば柔道に夢中になった時、私と柔道のどちらを優先してくれるだろうか。
市民体育館で厳しい柔道の練習が行われているのを私は知っていた。父さんに頼んで、兄さんを参加できるように頼んだ。私が中学三年生、兄さんが高校一年生の春だった。
父さんは驚いた。無理もない。私が必要最低限の頼み以外をするのは初めてだったからだ。
その練習は高校生で参加した者は今までいなかったが、警察官である父の口添えと兄さんの昔の実績から特別に許された。
最初兄さんは驚き、柔道はもう忘れたと言ったが、私が参加するように強く言うとしぶしぶ参加した。
しかし兄さんはすぐに夢中になった。もともと柔道が好きで上達したいと思っているのだ。当然の結果だった。
練習での評判も良かった。兄さんはもともと素質がある。よい環境さえあればいくらでも伸びた。
506 三つの鎖 4 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/13(金) 01:09:36 ID:ZTskBLYo
私が兄さんに柔道を再開させたのは、いつか奪うためだ。その時の兄さんの困った顔を想像するだけで私は濡れた。
しかし兄さんは昔と違った。練習には積極的に参加しつつも、家事は絶対におろそかにしなかった。柔道に夢中にでも溺れる事は無かった。それどころか勉学も励んだ。
兄さんは高校ではちょっとした有名人だ。文武両道で家事を担いそのうえ穏やかで優しい。見た目もまあいい。身長もある。
しかし学校の運営にかかわる役職には絶対に着かないことでも有名だった。実際、生徒会や委員会の勧誘も多い。それを勉学のためとすべて断った。私のためといわなかったのが兄さんらしい。シスコンという噂さえ無ければ間違いなくモテただろう。
私は肩透かしを食らった気分だった。兄さんに与えておいて奪う。その時の兄さんの困った顔が楽しみだったのだ。
しかし同時に嬉しくもあった。兄さんがそこまで私の事を大切に思っているのを確認できたからだ。
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私は危険な道を歩いているのを自覚している。兄さんを困らせても不幸にしないというのが私の最低限のルールだった。今では困らせるのと不幸にするの境界があいまいになっているのが分かる。
兄さんが私のものにならないなら、思い知らせてやればいい。
安っぽい破滅願望を自覚するからこそ兄さんと一緒にいる時間を減らした。これ以上一緒にいると自分でも何をするか分からなかった。兄さんを邪険に扱い近づかないようにした。
それでも兄さんは優しかった。冷たく接すれば接するほど、兄さんは私を追いかける。
私は今まで以上に兄さんを愛するようになった。それと同時に私の満たされない思いも大きくなっていた。
妹としてではなく、女として兄さんに愛してほしい。大切にしてほしい。
その気持ちはどんどん大きくなってくる。
そんな日は来ないと私は分かっている。
この二律背反に心がきしむ。
私は常に恐れる。
もし兄さんに愛する女性が出来たら。
私はどうなるのだろう。
最終更新:2009年11月22日 20:24