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三つの鎖 5 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/16(月) 22:37:29 ID:DrdEP+Ae
三つの鎖 5
わたくし夏美には高校に入って面白い友達ができた。
これはその友達と愉快な仲間達のお話。
授業が終わりお昼休みになる。
この学校に学食はあるが、全生徒を収容する余裕が無いので弁当の持参を推奨している。
わたくし中村夏美も弁当派の一人だ。
「あーずーさー!弁当食べよ」
私は友達の梓に声をかけた。
「兄さんが持ってくるから先に食べて」
梓はにこりともせず言う。相変わらず綺麗な顔にポニーテールがよく似合う。
「またまたー。相変わらずお兄さんをこき使いすぎだYO」
スルーする梓。反応してくれないと寂しい。
私は梓の前の席の机を無断拝借して座った。
同じクラスメイトの美奈子が声をかけてくる。
「加原さんのお兄さんってあの大きい人でしょ?」
「そうなのよ美奈子。あの身長が高いちょっと格好いい先輩」
美奈子は首をかしげた。
「でもシスコンなんでしょ?毎日妹の教室まで弁当を届けに来る」
「でも格好いいでしょ?」
うーんと悩む美奈子。うーむ。気持ちは分かる。女の子はシスコンとマザコンが嫌いなのだ。
噂をすれば本人が登場。
教室の入り口からこっそり中をうかがうお兄さん発見。いや、丸見えですよ?
私はお兄さんに手を振る。控え目に手を振ってくれるお兄さん。ちょっと可愛い。
梓が不機嫌そうに椅子から立ち上がりお兄さんに近づく。
「はい梓」
お兄さんが笑顔とともに差し出す弁当を無言で受け取る梓。こえー。
「出て行けシスコン」
いつも通り不機嫌そうに暴言を吐く。お兄さんは苦笑して去って行った。
今日は美奈子と梓の三人で机を囲む。
「梓、お兄さん可哀そうじゃない?」
私は梓をたしなめる。
「えー?でも梓のお兄ちゃんシスコンなんでしょ?あれぐらいでいいと思うよ」
弁当を開く美奈子。のり弁か。
「みなこー。梓のお兄さんすごいんだよ?朝昼晩とご飯を作る上に掃除洗濯も引き受けるのよ」
「え?何それ?メイド?」
目を丸くする美奈子。
梓は不機嫌そうに弁当を取り出した。
「私も少しは手伝ってる。お母さんもてつ」
弁当を開き沈黙する梓。
「え?お母さんも鉄?」
梓のほうを振り返り聞き返す美奈子。その表情が劇的ビフォーアフター。
「どしたの。ピーマンでもあったの?」
私はピーマン好きだぞ。
梓の弁当を覗き込む私。
沈黙の理由を理解した。梓の弁当は鮭弁当だった。ただ、鮭は細かく砕かれてご飯の上に心の形でまぶしてあった。
心。ハート。
白米の上にピンクのハードがでかでかと。
「えっと、梓?」
私は恐る恐る梓に声をかける。梓はうなじまで真っ赤になっていた。おおっ。色っぽいぞ。
美奈子が口を押さえて立ち上がる。
「何この愛妻べんとー!これが妹に渡す弁当?きもすぎー!」
お兄さんごめんなさい。私もそう思います。
教室で弁当を食べていた他のクラスメイトも寄ってくる。みな一様に梓の弁当を見て絶句した後いろいろ言う。梓は無言で弁当に蓋をして袋に入れると、弁当を持って教室を出て行った。
「ねえ夏美。梓だいじょうぶ?耳まで真っ赤になってたよ。ありゃお怒りじゃない?」
「うーむ」
私は腕を組んでうなる。
「お兄さんてドMなのかな」
あの子お兄さんをしばきに行ったんだろうな。
555 三つの鎖 5 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/16(月) 22:38:51 ID:DrdEP+Ae
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
お昼休みが終わる直前に夏美は帰ってきた。
顔色はまだ赤い。ハンカチでしきりに顔をぬぐっている。大丈夫かな。すごい汗だ。
「ちょっと梓。お兄さんをどれだけフルボッコにしたの?」
「ふるぼっこ?」
怪訝な顔をする梓。手で顔をあおぐ。暑そうだ。
「ええと、お兄さん生きてる?」
「あの変態シスコンに何かあったの?」
あれれ?
「梓、お兄さんの教室に行ったんじゃないの?」
「行ってないわよ」
よかった。お兄さんは無事か。
「じゃあどこに行ってたの?」
「屋上」
短く答える梓。そこでお昼休み終了のチャイム。
私は自分の席に戻った。
授業を聞きながら私は別の事に頭フル回転。
梓が屋上に行った理由は?
1.怒りを鎮めるため
2.恥ずかしい弁当を見られるのがいやだったから
どっちもありそう。
梓がお兄さんを問い詰めに行かなかった理由は?
…分からない。恥ずかしかったのかな?
でもそれなら呼び出して問い詰める事もできたはず。でもそれもしなかった。
梓のほうを見る。相変わらず顔が赤い。無表情な顔を手であおいでいる。
でも。
顔が赤いのは、本当に怒っているからなのだろうか?
いつも通りの無表情なのに、嬉しそうに見える。
アルェー?
なんでー?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
終わりのホームルームが終わった。
「あーずーさー!」
私は梓に声をかけた。
「何?」
「お兄さんに今日の愛妻弁当の事聞きに行こう!」
梓の事も気になるけど、お兄さんの事も気になる。
実の妹にあんなお弁当を渡すということは本当にシスコンなのだろうか?
梓は少し考えて頷いた。
お兄さんはいつもすぐに帰るらしい。帰る学生でごった返している廊下を梓と二人で走る。
お兄さんの教室をのぞく。幸いお兄さんはハル先輩と知らない男子生徒と話していた。
「おにーさんはいねーかー!」
私はそう言って教室に入る。私に視線が集中する。うおっ。ちょっと恥ずかしい。
「おいおい幸一。お前は梓ちゃんだけじゃ飽き足らず、こんな可愛い女の子にまでお兄さんって呼ばせてるんかいな。どれだけ妹が好きやねん」
「耕平。僕にそんな趣味はないよ」
あの男の人は耕平さんというのか。胡散臭い関西弁だ。でもお兄さんと仲良さそうだ。
「夏美ちゃーん。おにーさんはここだー!」
後ろからハル先輩がお兄さんの首に腕を回す。ちょ!こんな人が多いクラスで抱きつくとは!さすがハル先輩!私にはできない事をやってのけるっ。そこにしびれる!あこがれるゥ!
だが周りは反応薄い。いや、何て言うか生暖かい空気だ。
何さこれ!またいつもの事みたいな空気!
「ハル先輩!まさかいつもお兄さんにそんな、その、ゴニョゴニョな事をしているんですか?」
「夏美ちゃん。言い方がヒワイだよ」
そう言いつつも後ろから抱きついているのを離さないハル先輩。恥ずかしそうに頬を染めるお兄さんが可愛すぎる。
「ねえ春子。恥ずかしいから離れて」
小さな声で恥ずかしそうに言うお兄さん。やっべー。ハンパなく可愛いっす!
「ふっふー。お姉ちゃんに意見とは100年早いですよ」
そう言いつつ後ろからお兄さんの背中に胸を押し付けるハル先輩。
556 三つの鎖 5 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/16(月) 22:41:06 ID:DrdEP+Ae
恥ずかしそうに頬を染めるお兄さんが可愛すぎる。
「ねえ春子。恥ずかしいから離れて」
小さな声で恥ずかしそうに言うお兄さん。やっべー。ハンパなく可愛いっす!
「ふっふー。お姉ちゃんに意見とは100年早いですよ」
そう言いつつ後ろからお兄さんの背中に胸を押し付けるハル先輩。
「ちくしょぉぉぉぉ!ちくしょぉぉぉぉぉ!羨ましくないわい!」
血の涙を流している男が一名。
「春子。お願いだから」
「ダメでーす。恥ずかしがる幸一君が可愛すぎるのです」
そう言って後ろからお兄さんに頬ずりするハル先輩。今にも涎を垂らしそうな笑顔だ。めっちゃ幸せそう。
血の涙を流していた男、確か耕平さんとやらが目元をふき私のほうを向く。
「で、どないしたん?あっちはお取り込み中や。何か幸一に用事なん?」
突然立ち直るお兄さんのクラスメイトに面食らう私。
「あの、そのですね」
「すまんすまん。自己紹介がまだやったな。俺は田中耕平。加原幸一のクラスメイトや」
「あ、こりゃご丁寧にどうも。私は梓のクラスメイトの中村夏美です。夏美って呼んでください」
「夏美ちゃんね。幸一になにか用なん?」
お兄さんのほうを見る耕平さん。ハル先輩は幸せそうにお兄さんに頬ずりしている。お兄さんは恥ずかしそうにうつむいている。見てるこっちが恥ずかしくなる。
「ええとですね、梓と一緒にお弁当について質問しに来たのですが」
「梓ちゃん来てるん?」
「ええ。そこに」
教室の入り口を向くとそこには修羅がいた。何で今まで気がつかなかったのだろう。
「ちょ!あずさー!乙女が決してしてはいけない表情してるよ!」
私と耕平さんは思わず後ずさる。
梓の存在に気がつくお兄さんとハル先輩。
お兄さんも梓の表情を見てちょっと困った表情をする。
って、あれ?お兄さん?あの表情を見てその程度のリアクションですか?
「梓。どうしたの?」
穏やかに聞くお兄さん。怖くないすか!?あんたすげーよっ!
「変態シスコン。楽しそうね」
こわっ!梓怖すぎ!
「梓ちゃんだー!」
お兄さんを放り投げて(あれれ)梓にダッシュするハル先輩。そのまま梓を抱きしめる。
梓の顔がハル先輩の胸にうまる。
「梓ちゃーん。ごめんね幸一君にばっかりかまってー!寂しかったんだねー。よしよーし」
「春子。離れて」
ご機嫌で抱きしめた梓の頭をなでるハル先輩。梓の冷たい言葉もスルー。
「そんな冷たいこと言わないでー。お姉ちゃん寂しい」
梓に頬ずりするハル先輩。豊満な胸が梓の胸…うん胸とぶつかって潰れる。梓がさらに不機嫌になった気がする。
「えい」
「やんっ」
春子を突き飛ばす梓。
「梓ちゃんひどい!お姉ちゃんに何てことするの」
抗議する春子を無視する梓。ちょーこえー。
ゆっくりとお兄さんに近づく梓。その不機嫌オーラにクラスが黙る。
お兄さんの手前で止まる梓。そのまま背の高いお兄さんを下からにらむ。
「ねえ兄さん」
「梓、どうしたの?」
困ったように頬をかくお兄さん。なんでそんなに平然としてられるんだこの人は。それともあれで困っているのかな。
「私の友達にお兄さんと呼ばせたり、挙句の果てに春子にまでお兄さんと呼ばせたり。そんなに妹が好きなのこのシスコン」
何その言いがかり。断わっておくが、お兄さんが頼んだわけじゃない。私が勝手に呼んでいるだけだ。だって名字だと梓と被るじゃん。名前呼ぶのは恥ずかしいし。
お兄さんは膝をついて梓を目線を合わせた。
「梓。僕が頼んだわけじゃないよ」
「そーだよ梓ちゃん!私は幸一君のお姉ちゃんだよっ!」
突っ込むハル先輩を兄妹そろってスルー。あ、ハル先輩へこんだ。
「じゃあ今日の弁当は何なの?」
不機嫌MAXの梓。
「あのシスコン丸出しの弁当は何だったの?クラス中が引いてたわ」
「梓。あれは違う」
「言い訳するつもり?この変態シスコン」
557 三つの鎖 5 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/16(月) 22:42:40 ID:DrdEP+Ae
梓は顔を真っ赤にしてお兄さんの頬を両手ではさむ。
「何を想像しながらあんな弁当を作ったの?私がどんな事を考えてあの弁当を食べるか分かってた?」
「梓。落ち着いて」
「黙れこのシスコン!あのハートは何なの?今時のバカップルでもしないわよ!」
「梓。話を聞いて」
「何?そんなに妹が好きなの?兄さんの分際で私が好きなの?どうなのシスコン?」
「梓」
「私の名前を呼ぶな変態シスコン!」
顔を真っ赤にしてお兄さんの頭を揺らす梓。ヒートアップしすぎて汗だく。
梓は荒い息をつき肩で息をしながらお兄さんを睨みつける。お兄さんをつかむ細い腕まで真っ赤にして。
「何か言ったらどうなのシスコン!」
困ったような顔をするお兄さん。クラス中が梓の剣幕に怯えている。
その時、勇者は動いた。
「あのー。梓ちゃん」
耕平さんが恐る恐る声をかける。
勇者を睨みつける大魔王梓。
「あのさ、弁当って鮭を砕いて白米の上にハートの形にまぶしたやつやろ?」
「耕平さんには関係ありません」
「あの弁当って京子さんが作ったって聞いたんやけど」
時が止まる。ザ・ワールド!
…そして時は動き出す。
「あのね梓ちゃん。幸一君のお弁当も鮭でハートがまぶしてあったんだ」
ハル先輩がのんびりと言う。
梓はお兄さんの方を向いた。
今気がついたけど、お兄さんと梓の顔が近い。梓がお兄さんの顔を両手ではさんで揺らしていたからだ。
梓は不機嫌そうにお兄さんを見ている。顔が真っ赤で息が荒い。興奮しすぎだ。
「本当だよ。今日は京子さんがお弁当を詰めたんだ。僕もお弁当を開けてびっくりしたよ」
困ったように言うお兄さん。
梓はしばらく硬直していたが、やがてお兄さんにもたれかかる。
「梓?大丈夫」
受け止めるお兄さん。
「…すぴー」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
帰り道。
お兄さんと耕平さんと梓と私でのんびり帰っていた。ハル先輩は生徒会の用事で学校に残った。
梓はお兄さんの背中で寝息を立てている。スカートで背負われると下着が丸見えなので、私のカーディガンを腰に巻いている。
スカートからのぞく白くて細い太もも。怒っているときはあれだけ真っ赤だったのに。
「しっかし幸一。気を失うぐらい梓ちゃんショックだったんだな」
「うん。ちょっと悪いことした」
「いやいや。おめー何も悪くないやろ?」
のんびりボケるお兄さんに突っ込む耕平さん。息がぴったりだ。
「いや、梓に京子さんがお弁当を詰めてくれたって伝えてなかったからさ」
穏やかに言うお兄さん。梓は気持ちよさそうな寝息を立てる。すごく幸せそうな顔をしている。なんかちょっと腹が立つ。
だけど、無防備な寝顔はいつもの不機嫌な顔からは想像できないぐらい幼かった。
「こうして見ると梓ってめっちゃ可愛いですね」
「まじでっ!っと。紳士たるもの女性の寝顔をのぞくんはあかん」
変に男らしい耕平さん。
「んじゃ俺バイトやから」
そう言って離れていく耕平さん。
控え目に手を振るお兄さん。私も手を振る。耕平さんも手を振って去って行った。
軽く背負いなおすお兄さんの動きに梓は目を開いた。
「あれ?起きちゃった?」
お兄さんなんで気がつくの?梓の顔見えないでしょ?
眠たそうな梓。
「寝ていていいよ」
穏やかに言うお兄さん。
「梓、後でいいからお兄さんに謝っておきなさいよ」
「…うん」
558 三つの鎖 5 ◆tgTIsAaCTij7 sage 2009/11/16(月) 22:43:59 ID:DrdEP+Ae
私の言葉にびっくりするぐらい素直な梓。
「兄さん」
「何?」
「ごめんね」
そう言って梓は目を閉じた。心地よさそうな寝息。
「梓もいつもこうだったらめっちゃ可愛いんですけどねー」
そう言ってお兄さんを見て私はギョッとした。
涙がお兄さんの頬をつたっていたのだ。
「え、あ、その、えと」
私はテンパってしまう。お兄さんどうしたの?
「夏美ちゃんごめんね。みっともないとこ見せて」
いつも通りの穏やかなお兄さんの声にさらに慌ててしまう。
「あ、いえ、そんな、私そんな事気にしませんよ。あはははー」
私のバカ!何があははーよ!
沈黙。
…無理無理!ええと、何か話題は…そうだ!
「お兄さん!」
「なに?」
「妹が素直だと泣くほど嬉しいんですか?」
私のバカ!空気読まなさ過ぎだろ!
でもお兄さんは怒らなかった。それどころか少しほほ笑んだ。
「うん。やっぱり嬉しいよ」
いつものような困った笑顔とは違う。
その笑顔を見て頬が熱くなるのを感じる。今まで見たことのない種類の笑顔だった。
私はお兄さんの事を勘違いしていたのかもしれない。わがままな妹に振り回される情けない人と思っていた。
でもお兄さんは。もしかしたらずっと苦しんでいるのかもしれない。
だってお兄さんの笑顔は、まるで赦されない罪を後悔する人が、赦しを得た瞬間のように安らぎと感謝に満ちていたから。
「えっと、あの」
私にはお兄さんの力にはなれない。でも。
「その、お兄さん」
せめて涙だけでも拭いてあげたい。
「どうしたの?」
何でだろう。ほほ笑むお兄さんをまともに見れない。
「あの、私、用事あるんで失礼します!」
うつむきながら叫ぶ。私のバカ。何やってんだ。
「夏美ちゃん」
先輩の声が心地よく響く。初めて知った。自分の名前を呼ばれるのがこんなに心地よいなんて。
「今日はありがとう」
何でこの人は私にお礼をいってくれるのだろう。
涙すら拭けない私なのに。
「私、何もしてません」
うつむいたままの私。
「夏美ちゃんが梓を連れてきてくれたから」
違うんです。
「本当に感謝してる」
そんなつもりはなかったんです。
「それじゃあ。さよなら」
お兄さんが今どんな顔をしているのか知りたい。
だけど恥ずかしくて見れない。
「あの!」
やっと顔をあげたとき、お兄さんはそばにいなかった。
私は何を聞こうとしたのか。
分からない。
見渡すと人ごみの中のお兄さんが見えた。
人ごみの中でもお身長の高いお兄さんはすぐに分かる。
お兄さんの背中にいる梓が羨ましかった。
最終更新:2010年07月30日 21:43