転生恋生 第十六幕

586 転生恋生 第十六幕(1/4) ◆.mKflUwGZk sage 2009/11/17(火) 23:41:21 ID:BI5fNDPp
 せっかくの連休だというのに、俺たち姉弟は入れ替わりで風邪を引いて寝込んでしまった。
 さしあたり、俺は姉貴をバスタオルでぐるぐる巻きにした上で担ぎ上げ、姉貴の部屋のベッドに寝かせた。
 本来ならパジャマを着させるべきなのだろうが、手足を持ち上げて袖やら裾やらを通すのは口で言うほど簡単なことではないので断念した。
 それ以前に姉貴は真っ裸だから、下着を穿かせないといけない。そのハードルは高すぎた。
 姉貴の発熱はかなりのもので、言葉にならないうわ言が口から漏れてくる。こうなるとキモ姉といえども哀れなものだ。
 まあ、俺が一昼夜あまり寝込んだ程度で治ったのは、姉貴の変態的もとい献身的な看護あってのことだから、俺もそれなりのことはしてやらないわけにもいかない。
 ……肉布団はごめんだけどな。
 台所から氷枕を持って来て当ててやると、俺の腹が鳴った。一昨日の晩からまともな食事を食っていないことを思い出す。
 手っ取り早くトーストを焼いて腹ごしらえをしてから、俺は姉貴の部屋に戻った。姉貴は熱にうなされている。
「姉貴、何かしてほしいことはあるか?」
 聴こえているのかどうかわからないが、とりあえず訊いてみる。姉貴の口が動いたが、よく聴こえない。
 口元に耳を寄せてみると、「だんなさま……だんなさま……」と微かな声が聴こえた。
 てっきり「たろーちゃん」と俺のことを呼んでいるのかと思ったから、これは予想外だった。
 だんなさまって誰だ? 例の男のことか? 自分のことを旦那様と呼ばせるなんて、どういう男だったんだろう。
 これ以上してあげられることもなさそうだったから、俺は部屋の電気を消して、自室に戻った。

 朝食に続いてパンで昼食を済ませた後、親父が我が家のベルを鳴らした。単身赴任先から帰ってきたのだ。
 お袋の入院中に戻ってこないような薄情なことをしたら熟年離婚になるぞ、と脅したのが効いたらしい。明日の退院に立ち会えるように、今日帰ってきたというわけだ。
 親父は姉貴が風邪で寝込んでいると知ると顔を曇らせて姉貴の見舞いに行った。やっぱり男親は娘の方がかわいいらしい。まあ、姉貴の方がスペック高いしな。
 姉貴の部屋から出てきた親父は、俺に姉貴の汗を拭いてやるように命令した。高熱で汗の量が凄いらしい。
「親父がやってやれば?」
「そんなことしたら、あとで仁恵に口をきいてもらえなくなるだろう。年頃の娘だからな」
「弟ならいいってもんじゃないだろ」
「命令だ」
 しかたがないので、言われたとおりにするべく姉貴の部屋に入った。確かに姉貴はうんうんうなりながら、苦しそうにしている。
 かけぶとんをはがして、体に巻きついたバスタオルを外したが、汗でぐっしょりだった。絞れるんじゃないかというくらいだ。氷枕もぬるいを通り越して温かくなっている。
 ……これ、かなり深刻な症状じゃないか? 下手すると入院かもしれない。ただ、発熱だけで咳はないんだよな。俺もそうだったし、一晩眠れば治るか?
 とりあえず様子を見ることにして、俺は姉貴の体をおしぼりで拭いてやった。
 顔・首筋・胸・腹・足と一通り拭いてから、うつぶせにさせて背中を同じように拭く。見慣れているから何とも思わないが、本当にわが姉ながらきれいな体だ。
 外面だけじゃなくて内面も文武両道家事万能と揃っているから、客観的には理想の女なんだよな。変態でさえなければ。
 姉貴ならどんな男でもよりどりみどりだから、女の幸せをすぐに手に入れられるはずなのに、どうしてよりによって俺を選ぼうとするんだ。
 それとも、ひょっとして血がつながってないとかいうことはないか? それなら考えなくも……
 いやいや! 何を考えているんだ、俺は! 正真正銘の姉弟なんだ。許されるはずがない。
 さっさと用事を済ませよう。バスタオルを巻きつけて、ふとんをかぶせて、氷枕を当ててやる。
 立ち去ろうとしたとき、姉貴が無意識に俺の手をつかんだ。ちょっとためらったが、俺はその手を振り解いて部屋を出た。



587 転生恋生 第十六幕(2/4) ◆.mKflUwGZk sage 2009/11/17(火) 23:42:14 ID:BI5fNDPp
 リビングへ入ると、親父が缶ビール片手にくつろいでいた。まだ昼間なんだけどな。まあ、堅苦しいことは言うまい。
「ちゃんと汗を拭いてやったか?」
「ああ。今は寝てるよ。それより」
 俺は気を取り直して、親父に姉貴が学校の進路調査で「結婚」と書き、学校側が俺を呼び出して事情聴取をしたことを打明けた。
 仮にも家長なんだから、はっきりと姉貴を諭してくれるだろう。姉貴にまっとうな人生を送らせるにはこれしかない。
 一部始終を聞いた親父は、姉貴の担任(名前は忘れた)と同じ質問をした。
「仁恵には結婚の約束をした相手はいるのか?」
「いないと思う」
「それじゃあ、結婚のしようがないだろう」
「そうなんだけど、姉貴が結婚するつもりでいる相手は俺なんだ」
 たちまち親父が険しい目つきで俺を睨みつけるので、俺は慌てて弁明した。
「いや! 俺にはそのつもりはないから! そんな事実もない! 姉貴が勝手にバカなことをほざいているだけだから!」
 親父は缶ビールを一気に呷ると、2本目を開けた。
「お前も飲むか?」
「俺、未成年だぞ」
「そうか」
 親父はそれ以上無理に勧めなかった。ちょっと惜しい気もする。せっかく親公認で酒を飲める機会をふいにしてしまった。
「念のために確認しておくが、少なくともおまえの方には近親相姦願望はないんだな?」
「あたりまえだ!」
 俺は思わず声を荒げた。親に変態と思われたんじゃ、立つ瀬がない。
「誤って一線を越えたとかいうことはないな?」
「ないっ!」
 寝ている間にフェラチオでイかされたことなんてノーカウントだ。
 親父は暫く天井を見上げていたが、やがて俺に向き直った。
「仁恵は小さい頃、よく父さんと母さんに向かって、自分と太郎が恋人同士の生まれ変わりだと言っていた。今でもそんな話をしているのか?」
「毎日だよ」
 どうやら親の前では口にしない程度の良識はあるようだ。小ざかしいというべきかもしれないが。
「仁恵はなぁ」
 親父は昔話を始めた。
「おまえが生まれる前は母さんにべったりだったんだ。母さんがおまえを妊娠すると、自分にあまりかまってもらえなくて癇癪を起こしたりもしていた」
 よくある話だ。幼児は弟や妹ができると、親が自分に関心を失うのを恐れて、わざと気を引こうとするらしい。保健の時間に聞いた。
「それが、おまえが生まれて、初めて対面したときから、おまえにぴったりくっついて離れなくなった。自分も赤ちゃんみたいなものなのに、姉の自覚がすぐに備わったんだと大人たちは感心した」
 俺と姉貴は学年は1つ違いだが、誕生日は俺が3月で姉貴が4月だから、実質的に2歳の年齢差がある。それでも早すぎるな。
「言葉が話せるようになるのと同時に、おまえに向かって『愛してる』なんて話しかけるもんだから、おませさんだと笑ったもんだ」
 いや、不気味だろ。
「しかし、生まれ変わり云々の話をするようになると、さすがに気味悪くなってな。『そんな話を他人にしてはいけない』と言い聞かせた。素直に言うことを聞いたと思ってたんだが」
 俺にはその話をし続けている。



588 転生恋生 第十六幕(3/4) ◆.mKflUwGZk sage 2009/11/17(火) 23:43:03 ID:BI5fNDPp
「で、実際のところどういう話なんだ? おまえは具体的に、前世の話がどうだとか聞かされているのか?」
「姉貴の話によると、俺と姉貴は千年前に恋人同士だったが、悪いやつらのせいでふたりとも命を落としたということらしい」
「ふうむ」
 親父はビールを咽喉に流してから、大きく息をついた。
「おまえは生まれ変わりが本当にあると思うか?」
「そんなことあるわけないだろ」
「実を言うとな、父さんは学生の頃オカルトサークルに所属していて、生まれ変わりの事例を熱心に集めていたことがある」
 初耳だ。親父にそんな趣味があったとは。
「多くの事例を研究して、ある種の結論にたどりついた。それを説明するために、ある生まれ変わりの話を聞かせてやろう」
 そんな前置きをして親父が話してくれたのは、19世紀のアメリカで起きた話だった。
 ある男の子が、突然自分の前世の話を始めた。なんでも自分は妻がいながら若い娘と恋に落ち、邪魔になった妻を毒殺したが、事が露見して絞首刑になったという。
 周囲の大人たちは初め笑って取り合わなかったが、あまりにリアルな話なので次第に気味悪く思い、男の子にそんな話はするなと叱りつけたが、その男の子は生まれ変わりの話を止めなかった。
 そんなある日、隣の州から来た親戚が男の子の話を聞いて顔色を変えた。その男の子の話とそっくり同じ事件が、親戚の住んでいた町であったのだ。
 驚いた両親が詳しく問い質すと、男の子が生まれる5年程前の事件で、処刑された男は30代半ばだった。
 男の子を呼んで聞いてみると、自分はまさにその男の生まれ変わりだと言い張った。そこで両親は思い切って息子を連れて親戚の住む町に行き、墓地を訪れた。
 墓地に足を踏み入れた途端、男の子は聞きなれない女の名前を叫びながら憑かれたように墓石の間をさまよいだし、ある墓石の前にたどりつくと、謝罪の言葉を絶叫して気絶した。
 その墓石に刻まれていたのは、処刑された男に毒殺された妻の名だった。
「男の子は命に別状はなかった。意識を取り戻すと、すぐに元気になった。しかも、生まれ変わりのことは二度と口にしなくなった。というより、忘れてしまったらしいということだ」
 親父は一気に話し終えると、缶に入っていた残りのビールを一気に飲み干した。
 俺はというと、体感温度が低くなるのを感じた。こういう話はどうも苦手だ。
「さて、この話には後日談というか、種明かしがある」
「種明かし?」
「実は、妻を毒殺した男の話は、事件当時大ニュースだった。当時のアメリカの田舎町はわりと平和だったから、殺人事件なんてのは5年くらい酒の話題になったらしい」
 ……ということは?
「男の子の両親はすっかり忘れていたが、母親が妊娠していた当時、同じ親戚が見舞いに来て、その話を熱心にしたらしい。男の子は母親のお腹の中でその話を聞いていたわけだ」
「それを覚えていたってのか?」
「ありえない話じゃない。胎児の脳をバカにしちゃいけないぞ。胎教なんてのがあるんだから」
「でも、音楽とゴシップ話じゃ、程度が違うだろ」
「仮説ではあるが、それで説明できる。男の子は胎児のときに妻を毒殺した男の話を刷り込まれた。そしてどういうわけか、自分がその男で、妻に対して謝罪しなければならないと思い込まされた」
「で、念願の謝罪を果たした途端に強迫観念から解放されて、刷り込まれた話を忘れ去ったっていうのか?」
 出来過ぎた話だ。ご都合主義にもほどがある。



589 転生恋生 第十六幕(4/4) ◆.mKflUwGZk sage 2009/11/17(火) 23:44:00 ID:BI5fNDPp
「人間の脳はまだまだわからないことで一杯なんだ。それに、他の生まれ変わりの事例にしても、本人が胎児のときに元になる話を刷り込まれた形跡があるケースが多いんだ」
「じゃあ、なんだよ。姉貴が胎児のときに、父さんと母さんが千年前に命を落とした恋人の話でもしたってことか?」
「そんな覚えはないが、その頃はまだ面白半分でオカルトの話題を口にしてたからな。ありえない話じゃない」
「それにしてもなぁ」
 ちょっと受け入れがたい話だ。姉貴の電波話が元をたどれば親父の与太話だったなんて。
「それなら、生まれ変わりの話が本当だったと受け入れるのか? 胎教説をとれば、少なくともオカルト現象なしで説明できるんだぞ」
「うーん……」
 これは痛いところを突かれた。姉貴の話を信じるか、親父の説明を受け入れるかだ。
「親父は、今では生まれ変わりを信じていないのか」
「父さんが自分で集めた事例については、全部生まれ変わりではなかったと思っている」
 なるほど、それはそれで筋の通った考え方だと思う。
 でもなぁ、姉貴の話が一筋縄じゃいかないのは、雉野先輩の話とも符合するってことなんだよ。複数の人間が同時にひとつの胎教を共有できるんだろうか? 
 もしうちのお袋と雉野先輩のお母さんが妊娠中に同じ話を聞かされていたというのであれば別だが……。
 いやまて、それよりさっきの話に重大なヒントがあった気がする。
「ところで、最初の話の男の子が生まれ変わりの話から解放されたきっかけだけど」
「ん? そんな話したっけか?」
 親父の手には3本目の缶ビールがある。頭がアルコールにやられる前に確認しないといけない。
「ほら、自分が殺した女の墓の前で謝罪したっていう話だよ」
「ああ、それがどうかしたか?」
「他の生まれ変わりの事例にもそういう条件が共通してあるのか? 謝罪か何かをすれば生まれ変わりの話を忘れてしまうのか?」
「全部とは言わないが、そういう事例は多いな。胎教の時点で、何か刷り込まれるんだろうな。強迫観念を消し去るための条件が」
 だとすれば、姉貴の場合も何かの条件をクリアすれば、生まれ変わりの話をしなくなるというわけだ。俺への執着もなくなるかもしれない。
 俺は親父の仮説を受け入れることにした。それが姉貴を救うことにもなるはずだ。
「それはそうとして、姉貴の進路はどうするよ」
「とりあえず話を合わせて、おまえの口から『大卒の女でないと嫁にしたくない』とでも言っておけ」
 親として諭す気はないのか?
「反抗期の娘を無理矢理押さえつけてもいいことはないからな。第一、娘に嫌われたくない」
 一浪して俺と同じ大学に行くと言ってるんだが、俺は大学に行ってまで姉貴につきまとわれたくないぞ。
「大学に行ってくれるんなら、一浪くらいどうってことはない。おまえが我慢すれば丸く治まるんだ」
 もう充分犠牲になっている。これ以上の犠牲となると、本気で貞操の心配をしなけりゃならない。
「最悪、妊娠さえしなければ目をつぶろう」
 ダメだ。ビールが回って顔が赤くなっていやがる。今日はもう話にならないな。

 夕方、もう一度バスタオルと氷枕を取り替えて、体を拭いてやった。
 結局、姉貴は寝込んだままで起き上がれなかった。熱もほとんど下がっていない。やっぱり葱を挿してやるべきか? でも俺にはできないな。
 親父に頼んでみたが、やっぱり「そんなことしたら後で口をきいてもらえなくなる」の一点張りだったので、断念した。
 俺と親父は出前を頼んだが、姉貴は俺が水差しで水を飲ませてやっただけだった。
 さすがに心配なので、夜は姉貴のベッドの隣に俺の布団を敷いて寝ることにした。何かあったらすぐに対応できるようにだ。
 そうしたら、夜中に寝苦しくて目が覚めた。電気をつけてみると、姉貴が熱にうなされたまま俺の布団に忍び込んで、全裸で抱きついていた。
 頭に来た俺は姉貴をバスタオルで簀巻きにしてベッドに戻すと、重石がわりに敷布団をかぶせてから自分の部屋に戻った。もう同情なんかするものか。


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最終更新:2010年09月26日 21:30
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