三つの鎖 13 後編

5 三つの鎖 13 後編 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2010/01/23(土) 00:13:25 ID:Avb0HgmG
 昼休みの終わる直前に春子と一緒に教室に戻った。
 「こーいち」
 僕に気がついた耕平が声をかけてきた。
 「夏美ちゃんが来て渡しといてやって」
 耕平は僕の机を指差した。そこには学校指定の鞄が置いてある。梓の鞄。
 夏見ちゃんのことを思い浮かべると胸がざわつく。ついさっきまで僕は夏美ちゃんをほったらかしにして春子といた。春子を抱いた。
 「幸一?どないしたんや」
 耕平が不審そうに僕を見つめている。
 「何が?」
 僕は平静を装ってこたえた。
 耕平は何か言いたそうな顔をしたけど、チャイムが鳴ったので自分の席に戻った。
 春子は少しつらそうに椅子に座っていた。
 椅子に座り僕はため息をついた。体が重く感じた。

 帰りのホームルームが終わった。
 僕は荷物をまとめて立ち上がった。僕の鞄と梓の鞄。帰って梓を看病しないと。体調は大丈夫だろうか。
 教室を出ようとしたとき、後ろで大きな音がした。
 机や椅子がぶつかり倒れる音。クラスメイトのざわめき。
 「村田!大丈夫かいな!」
 緊迫した耕平の声。
 振り向くと、机と椅子が乱れた中心に春子がいた。痛そうに腰をさすっている。
 「大丈夫だよ。ちょっとこけちゃっただけだよ」
 春子はそう言って自分で立ち上がった。微かにふらつく足元。
 周りのクラスメイトは心配そうに春子に声をかける。春子は笑顔で大丈夫というだけ。
 「生徒会があるから行くね」
 そう言って春子はクラスの出口に歩いた。僕のいるほうに。
 春子と僕の視線が合う。足を止める春子。怯えたように一歩後ろに下がり足がもつれる。姿勢を崩し後ろに倒れる春子。僕は素早く近づき、地面に倒れる寸前の春子を抱きかかえるように支えた。
 柔らかくて温かい感触。驚いたように春子は僕を見た。
 「大丈夫?」
 僕はそっけなく言った。春子は僕の腕の中で微かに震えている。
 「おいおい。無茶したらあかんで」
 耕平が心配そうに近寄ってくる。
 「今日は帰ったほうがええで。生徒会には俺が伝えとくわ。幸一。村田を家まで送ったり」
 「分かった」
 耕平はお大事にと春子に言って教室を出た。
 「春子。立てる?」
 僕の腕の中の春子に言うと、春子は微かにうなずいた。桜色に染まった頬。
 春子は立ち上がろうとして失敗した。ふらついて床にへたり込む。
 僕は無言で春子に手を差し伸べた。春子は視線をそらして僕の手を握った。柔らかくて綺麗な手。白い滑らかな肌。
 春子の手を握り、僕は一気に立ち上がらせた。ふらつく春子を支える。
 「歩ける?」
 「う、うん。大丈夫」
 手を離して離れようとする春子。ふらつく春子を僕は腕をつかんで支えた。
 「無茶しないで」
 僕は春子の腕をつかんでゆっくりと歩き始めた。
 「こ、幸一くん」
 僕は春子のほうを振り向いた。微かに上気した頬、潤んだ瞳、恥ずかしそうな表情。
 「は、恥ずかしいよ。お姉ちゃんは大丈夫だから、腕を離して欲しいよ」
 顔をそらして消え入りそうな小さな声で春子は言った。
 僕は手を離した。とたんにふらつく春子。僕は腕を差し出した。春子は僕の腕をつかんでふらつく体を支えた。
 「ご、ごめん」
 離そうとする春子の手を上から押さえた。
 「いいよ。僕にも責任はあるし」
 お昼休みの事が脳裏に浮かぶ。顔を真っ赤にする春子。僕の腕をつかむ白い手が震える。
 僕たちはゆっくりと歩き出した。今度は春子も腕を放さなかった。
 多くの生徒でごった返す校門。視線が僕たちに突き刺さる。仕方が無いかもしれない。
 春子は学校では有名だ。生徒会の一員で集会やイベントで他の生徒の目に触れる機会は多い。文武両道で美人でお茶目な女の子。学年や性別を問わず人気がある。
 悲しい事に僕も比較的有名だ。それもシスコンとして。加えてこの身長。妹は美人で有名。紹介して欲しいと何度頼まれたか。
 春子は顔を赤くしてうつむいた。僕の腕をつかむ春子の手が震えているのがよく分かる。
 「大丈夫?」


6 三つの鎖 13 後編 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2010/01/23(土) 00:16:42 ID:Avb0HgmG
 「は、恥ずかしいよ」
 「何が」
 いつも春子はもっと恥ずかしい事をしてきた。人前で抱きついたり頭を撫でたり手を握ったり。これぐらい何ともない。
 春子は恨みがましく僕を見た。その顔は面白いぐらいに真っ赤に染まっている。
 「幸一君は恥ずかしくないの。お姉ちゃん信じられないよ」
 そう言いつつも僕の腕を離さない春子。微かにふらつく足元。
 別に恥ずかしがる事はないと思う。体調が悪いなら仕方がないし。
 「家まで歩ける?タクシーを呼ぼうか」
 春子は首を左右に振った。
 二人でゆっくりと道を歩く。時々ふらつく春子を僕は支えた。春子は僕の腕をしっかりと握っていた。
 何も言わずに僕は春子の歩けるスピードにあわせた。春子は恥ずかしそうにうつむくばかりで何も言わない。
 僕の腕を握る春子の手から春子の体温が伝わってくる。温かいのにどこか頼りない温度。
 春子の家について玄関まで春子を支えた。おばさんもおじさんもいない。
 「部屋まで戻れる?」
 僕は春子に尋ねた。春子の部屋は二階だ。この様子では階段を上がるのは難しそうに見える。
 「だ、大丈夫だよ」
 春子は小さな声で答えて靴を脱いだ。歩こうとした途端にこけかける。僕は春子を抱きかかえるように支えた。
 「無茶しないで」
 何も言わずに春子はうつむいた。微かに震えている。
 僕は春子の額に触れた。びくっと震える春子。春子は切なそうに僕を見上げた。熱はないようだ。
 「立てる?」
 春子は立ち上がろうとして床にへたり込んだ。
 僕はため息をついて春子を持ち上げた。
 「きゃっ!?」
 春子の背中と膝に手を差し入れ胸の前で持ち上げる。俗に言うお姫様抱っこ。
 「ちょ、ちょっと!?幸一くん!?」
 顔を真っ赤にして手足をじたばたする春子。
 「暴れないで。危ないよ」
 「は、離して」
 春子は恥ずかしそうにうつむいた。
 「お、お姉ちゃん重たいでしょ。大丈夫だからおろして」
 梓を背負った記憶が脳裏に浮かぶ。
 「確かに梓より重いかも」
 「えっ!?」
 春子は目を見開いて僕を見つめた。
 しまった。失言した。
 でも、春子の身長で梓より軽かったらおかしい。
 「でも軽いよ。羽みたいだ」
 呆然とする春子を抱えて僕は階段を上った。自分でもびっくりするぐらい春子は軽く感じた。
 春子の部屋に入りベッドに春子を横たえた。その上に布団をかける。
 「おばさんが帰ってくるまで一人で大丈夫?」
 春子はぼんやりとうなずいた。心あらずというように僕を見つめる。
 今までに見た事のない春子の様子に胸がざわつく。
 風邪をひいた春子をお見舞いに行った事が何度かある。いつも春子は病人とは思えないはしゃぎっぷりだった。
 ずっとベッドで寝ているのが暇なのか、風邪にも関わらず春子は僕と話したり、ゲームで遊んだりした。おばさんが春子を叱るまで付き合わされた。
 今の春子にそんな面影はない。
 不安そうに、びくびくしながらも、僕から視線を逸らさない。
 僕は唇を軽くかみしめた。胸がざわつく。
 「何かあったら遠慮なく連絡して。じゃあ」
 梓の体調も心配だ。僕は春子に背を向けた。歩こうとした瞬間に袖に何かが引っかかる。
 振り向くと春子が僕の袖を握っていた。白い手が僕の袖を必死につかんでいる。
 「春子?」
 春子はベッドで横たわったまま僕を見上げた。目尻に涙が浮かぶ。
 目が合うと春子はびくりと震えた。
 「どうしたの」
 春子の目尻から涙が落ちる。
 「お、お姉ちゃん分からないよ」
 涙をぽろぽろ流す春子。
 「どっちが本当の幸一君なの。ベッドの上でひどい事をする幸一くんが本当なの。優しい幸一くんが本当なの。分からないよ。何であんなにひどい事をした後でこんなに優しくできるの」
 涙に濡れた顔で僕を見上げる春子。僕の袖を握る手は微かに震えている。


7 三つの鎖 13 後編 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2010/01/23(土) 00:20:12 ID:Avb0HgmG
 春子の言葉に胸がどうしようもなくざわつく。
 「僕も春子のことが分からないよ」
 小さいときから僕を助けてくれた春子。梓との仲直りができたのも、夏美ちゃんと恋人になれたのも春子のおかげだ。
 それなのに今は僕を脅し、夏美ちゃんを裏切る行為を強要する。
 多くを与え、多くを奪った女の子。
 「春子。こんな関係はもう止めよう」
 春子は首を横に振った。涙が飛び散る。
 「やだっ!絶対にやだっ!」
 春子の目からとめどなく涙が流れる。
 僕の手をつかむ春子の手。僕はそれをゆっくりと離した。
 「今日はごめん」
 何で僕は春子にあんなひどい事をしたのだろう。
 春子は嫌がって泣いていたのに。
 小さい時から何度も助けてくれて、そばにいてくれた僕のお姉さん。
 どうしてこんな関係になってしまったのだろう。
 春子はしゃくりあげながら僕を見つめた。
 涙で濡れた頬、子供のように泣きながら僕を見上げる瞳には頼りない光が浮かぶ。
 胸がざわつく。いろいろな感情がごちゃ混ぜになって胸の中で暴れる。
 「お大事に」
 僕は春子に背を向けた。春子の泣き声を振り切って家を出た。
 頭がおかしくなりそうだった。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 今日の朝、屋上で兄さんと夏美の情事を目撃した私は家に戻って兄さんのベッドの上でずっと横になっていた。夏美から連絡があったけどでる気にはなれなかった。
 脳裏によみがえるのは兄さんと夏美の情事。夏美の喘ぎ声と腰をふる兄さん。悪夢のような光景。
 兄さんは朝の時間、家で私といるよりも夏美といる方がいいんだ。
 脳裏に兄さんが夏美を犯している光景が頭に浮かぶ。気持ちよさそうな嬉しそうな夏美の嬌声。
 私はスカートに手を忍ばせ、下着の上から割れ目を触った。そのまま何度もなぞる。兄さんのベッドの上で行う自慰。兄さんに匂いに包まれ頭が熱くなる。
 「…あっ…ひうっ…にいさっ…んっ…はっ…すきっ…にいさんっ…んっ…」
 頭がぼんやりする。気持いい。私は快楽に耽るけど、同時に満たされない想いも大きくなるのが分かった。
 「んっ…なんでっ…なんで夏美なのっ…あっ…んっ…にいさっ…んっ」
 夏美といる兄さんの笑顔が脳裏に浮かぶ。私に向ける悲しそうな笑顔とは違う、嬉しそうな笑顔。
 みじめだった。あまりにも。
 一度は納得したはずだった。兄さんの恋人は夏美。それなのに。
 私は下着に指を入れ、膣の入り口を何度もいじった。兄さんを想いながら。
 絶頂に体を震わす。快感と悲しみで頭が爆発しそうだ。
 私は兄さんの枕に顔を押し付けた。涙がとめどなく溢れ兄さんの枕を濡らした。私は全身汗だくだった。下着だけでなく、制服も汗で濡れている。汗に濡れた制服と下着が体に張り付いて気持悪い。
 兄さんが帰ってくる前にシーツをかえて着替えないと。
 そんな事を思いながらも、私は眠気に包まれた。

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 目が覚めたとき私は自分の部屋に寝ていた。
 身を起して自分を確認する。制服だったのに私は寝間着になっていた。
 今何時だろう。机の上の目ざまし時計を見ると、隣にスポーツドリンクのペットボトルがある。それを見たとたん、強烈なのどの渇きを覚えた。私はペットボトルをつかんで一気飲みした。水分が体中にしみわたる感覚が心地よい。
 口を拭い時計を見る。時間はすでに夜だった。
 下に降りると、兄さんはリビングでアイロンをかけていた。私の制服だ。
 「梓。もう大丈夫なのか?」
 私に気がついた兄さんはアイロンを置いた。
 「帰ったら僕のベッドの上で制服のまま汗だくだったからびっくりしたよ」
 私はあのまま寝てしまったのか。
 「もう大丈夫。寝たらすっきりしたわ。お父さんとお母さんは?」
 「まだ帰ってきてない。時間もまだ早いでだろ?」
 確かに両親が帰ってくる時間はもっと後だ。
 「もしかして兄さんが私を運んで着替えさせてくれたの?」
 兄さんは恥ずかしそうに目線を反らした。頬が微かに赤い。
 「いや、その、すまない」
 私は頬が熱くなるのを感じた。
 「もしかしたら体を拭いてくれた?」


8 三つの鎖 13 後編 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2010/01/23(土) 00:23:20 ID:Avb0HgmG
 兄さんの顔がさらに赤くなった。気まずそうに頬をぽりぽりとかく兄さんが可愛すぎる。
 私は兄さんに抱きついた。背中に腕をまわし思いきり抱き締める。
 「ありがとう。すごく嬉しい」
 兄さんは驚いたように固まる。
 「兄さん。ごめんね。迷惑掛けて」
 正直言うと少し恥ずかしい。寝ていたとはいえ兄さんに服を脱がされ体を拭かれたと考えるだけでまた体が熱くなる。
 「梓。大丈夫?ちょっと熱いよ。まだ熱があるんじゃないか?」
 兄さんの手が私のおでこに添えられる。大きくて柔らかい兄さんの手。ひんやりとして気持いい。
 「横になった方がいい。後でお粥を作って部屋に持っていくから」
 兄さんが私のおでこから手を離そうとするのを私は上からそっと押さえた。
 「お願い…もうちょっとだけ…」
 「梓?」
 困惑したように私の顔を覗き込む兄さん。可愛い。
 「その…手が冷たくて気持ちいい」
 我ながら意味不明な言い訳。それでも兄さんは苦笑して私のおでこに手を添えてくれた。
 「氷枕も持っていくよ」
 兄さんの手が気持いい。おでこに触れているだけなのに。
 そうだ。兄さんに恋人がいても、家の中で一番そばにいるのは私なんだ。どこに行っても兄さんは必ず家に帰ってくる。だったら兄さんが家にいる間は思いきり甘えてやる。 
 そんな事を考えていると誰かの訪問を知らせるチャイムが鳴った。
 「僕が出るよ。梓は部屋に戻って横になって」
 兄さんの手が離れる。兄さんはリビングを出て行った。
 いったい誰なんだ。おかげで兄さんとの触れ合いが減った。
 まあいい。私はため息をついてリビングを出た。後で兄さんが手作りのお粥を持ってきてくれるまで部屋でのんびりしておこう。そうだ。ついでに「あーん」てしてもらおう。
 想像するだけでテンションが上がる。兄さんの「あーん」。だめだ。わくわくが止まらない。
 それなのに。玄関から聞こえてくる楽しそうな会話に私は足を止めた。
 「そうなんですか。それを聞いて安心しました」
 夏美の声が聞こえる。
 私はそっと玄関をのぞいた。夏美と目が合う。
 「あずさー!お見舞いにきたよー!」
 夏美は明るい笑顔を私に向け、大きく手を振った。元気で幸せに溢れた声。
 その姿に胸がざわつく。
 「鞄だけ置いてあったから心配したよ。体調は大丈夫?」
 梓は靴を脱いで私に駆け寄った。兄さんは苦笑するだけで何も言わない。
 何で止めないの。この家は私と兄さんの家なんだよ。なんで夏美が我が物顔で入るのを止めないの。
 夏美が心配そうに私を見た。
 「梓?大丈夫?」
 兄さんも心配そうに私達を見る。私と夏美を。
 何でなの。ここは私たちの家なのに。何で私だけじゃなくて夏美も見るの。
 「えっと、梓?」
 夏美は兄さんの恋人じゃない。私は外にいる時は遠慮しているのに。何で夏美は家まで上がり込むの。私が兄さんと誰にも邪魔されずにいられるのは家だけなのに。
 いつまで私と兄さんの家にいるつもりなの。
 心配そうに私を見る夏美を私は思いきり突き飛ばした。悲鳴をあげ尻もちをつく夏美を私は見下ろした。
 「出て行って」
 「え?あ、あずさ?」
 「出て行って!ここは私と兄さんの家よ!」
 私は感情のままに叫んだ。頭が爆発しそうだ。
 夏美は呆然と私を見上げた。早く出て行け。私は夏美をさらに突き飛ばそうとした。
 「梓!」
 兄さんが私を後ろから羽交い絞めにした。
 「なんで出て行かないの!夏美は兄さんの恋人じゃない!外でも学校でも一緒にいるじゃない!」
 「梓!落ち着いて!」
 「私の気持ちを知っているんでしょ!何で家まで来るの!私が兄さんのそばにいられるのはここだけなのに!」
 私は滅茶苦茶に暴れた。兄さんは必死に私を押さえる。
 「そんなに私に見せつけたいの!兄さんと一緒にいるのを!抱きしめてもらっているのを!キスされているのを!抱いてもらっているのを!」
 足元に滴が落ちる。涙がとめどなく溢れ私の頬を濡らす。
 「ずるいよ!私だって兄さんが好きなのに!ずっとそばにいたいのに!キスしてほしいのに!抱いて欲しいのに!」
 梓の瞳に理解と後悔の色が浮かぶ。
 「あ、あずさ。その、私、そんなつもりじゃ」
 「出て行って!これ以上私から兄さんを奪わないで!」
 夏美は涙をぽろぽろ落としながら後ずさった。


9 三つの鎖 13 後編 ◆tgTIsAaCTij7 sage New! 2010/01/23(土) 00:24:16 ID:Avb0HgmG
 「待って夏美ちゃん!」
 「失礼します!梓本当にごめん!お兄さん、梓のそばにいてあげてください!」
 靴もはかずに夏美は飛び出した。
 「夏美ちゃん!」
 兄さんは私をはなして靴をはく。私は立ち上がる兄さんの袖をつかんだ。
 「いやっ!行かないで!」
 兄さんは私を見た。いつもの困った顔ではない。焦った表情。
 その表情に胸が締め付けられる。
 兄さんは私よりも夏美の方が大切なんだ。
 「ひぐっ…兄さん…お願い…家の中では私のそばにいて…私を見て」
 私の言葉に兄さんは困ったように微笑んだ。
 兄さんは袖をつかむ私の手を優しく引き離した。
 「梓。ごめん」
 そう言って兄さんは私に背を向けた。
 私に対する優しさで満ちた言葉なのに、全然嬉しくなかった。
 「温かくして寝るんだよ」
 そう言って兄さんは駈け出した。
 「いやっ!兄さん!兄さん!」
 遠ざかる兄さんの背中に叫んだが、兄さんは振り返ること無く走り去った。


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最終更新:2010年01月23日 20:06
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