「上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/16スレ目短編/245」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
上条さんと美琴のいちゃいちゃSS/16スレ目短編/245 - (2011/04/17 (日) 09:45:40) の編集履歴(バックアップ)
オレンジデー 1
ある日の朝、上条は緊張していた。
どのくらい緊張していたかと言うと、遠足前に眠れない子供並みには緊張していた。
心なしか、鏡で見る自分の目は若干赤い気がする。
(でもま、仕方ないよな)
そう仕方ないのだ。なんと言ったって今日は上条当麻の大一番だ。
先週、電話で予定を取り付けたのだが、予定を取り付ける時点で上条の心臓がバクバクだ。電話が終われば徐々に落ち着いてきたのだが、昨日になるとまたドキドキしてきた。
なのだが、今は緊張こそすれドキドキはしていない。もしくは、余りの緊張で気付いていないのか。いや、今はいいか、と浴室(寝床)から出る。
上条が起きてから最初にする事は決まっていた。
「あ、おはよー、とうま。ねね、お腹すいたかも」
「わーってるよ」
既に起きているインデックスの朝食の用意である。
冷蔵庫を開け、中に入っている物を手に取りながら朝食のメニューを考える。
「げっ、これ賞味期限今日じゃねぇか」
うわ、これもだ。上条家には珍しく賞味期限ギリギリの食材をいくつか発見する。ハムにレタス、あとトマト。それらを見てから、何となくレンジの上に置きっぱなしの物へ目をやる。
食パンが置いてあるのだが一応確認してみる。こちらも賞味期限がギリギリだった。
なんだろう。サンドウィッチでも食えという天のお言葉か何か?
「ま、いっか。作るのも楽だし」
まずパンを用意します。その上にハムを乗せます。さらにレタスを乗せます。そして輪切りのトマトを乗せます。最後にパンで挟みます。サンドウィッチの完成。まぁお手軽。
寂れた喫茶店でももう少し手を掛けて作りそうな気がする。
バターもマヨネーズ等も塗っていない、素材の味を楽しみなさいと言わんばかりのサンドウィッチを牛乳と一緒にインデックスに差し出す。
「いただきまーす!」
しかしインデックスはいつもと同じくガツガツむしゃむしゃとあっという間に平らげる。時々思うのだが、インデックスにとって味は大した問題ではないのかもしれない。
インデックスとは対照的に、コーヒーを飲みながらゆっくりサンドウィッチを頬張る上条。
(やっぱバターくらいは塗った方がよかったか?)
早速テレビを見ているインデックスの傍で、そう思いながら手抜きサンドウィッチを咀嚼していく。
コーヒーを半分ほど飲み、最後のサンドウィッチを食べている所で、上条は眼前へ聳え立つ問題をどう解決しようかと悩んでいた。
今日この後出かけるのだが、当然インデックスの昼飯は用意できないし、もしかしたら帰ってくるのも遅くなるかもしれない。さぁどうしよう。
(小萌先生なら預かってくれそだけど、毎回毎回頼むのもアレだしなぁ……しかもいきなりだし)
最後のサンドウィッチを全て口に押し込み、残ったコーヒーで一気に流し込む。
空いた皿を集めキッチンで水につけておく。
とりあえず、いつまで経ってもパジャマというのも何なので、今日の為に予め決めておいた服を引っ張り出し浴室に引っ込む。
(あー、ホントどうすっかなー。隣に舞夏が来てるなら任せられるんだけど……)
その場合、義兄の追撃は覚悟せねばならないだろう。そして義兄から広がるであろう、クラスからの攻撃と口撃を。
それを思うともの凄く憂鬱だ。
が、しかし確か昨日「舞夏が一週間も修学旅行なんてそんな地獄は嫌だにゃー!! オレも修学旅行行くにゃー!!」と土御門が本気で泣きながら叫んでいた気がする。
(となると、最悪小萌先生に預かってもらうしかないか……)
いつもご迷惑をおかけして申し訳ないです……。着替えながら内心で謝る。
着替え終わり、髪型も彼なりに真剣にセットする。そのセット途中、部屋のインタホーンがなった。
「はいはーい、今出ますよー」
こんな時間に誰だろ? と思いながら上条は玄関へ向かう。
もう時間は9時を回っているが、さすがに休日の朝9時に突撃してくるような奴は知り合いにはいないと思う。となると宅急便だろうか。
密かに親からの嬉しドッキリサプライズ宅急便を期待する上条。や、やっぱりドッキリはいらない。
ガチャリと扉を開けると、名前は知らないけど何度か見た事がある人がいた。子萌先生のとこに厄介になっているようで、インデックスを迎えに行く時何度か顔を見た事がある。
その人を見ながら「にしても……」と思う。上半身がさらしだけというのは、もしかしてそっち系の趣味でもあるんじゃないかと、変に勘ぐってしまうと同時に、気持ち変に身構える。
「えー、と。確か小萌先生のとこに居た……」
「結標よ。悪いわね、こんな朝早くに。いきなりだけど、インデックスはいるかしら?」
「インデックス、ですか? いますけど」
玄関を開けたままインデックスを呼ぶ。
暇だったのか、スフィンクスを頭に乗っけてすぐにやってきた。
「あ、あわきー、おはよー。ん、あれ? もうそんな時間?」
「小萌がね、早めに迎えに行ってくれって。向こうを待たせるのも悪いしね」
「そっか、じゃあちょっと待っててね。用意してくるんだよ」
そう言ってインデックスは再び部屋の奥へ引っ込んでいく。
なにがなんだか全く分からず、頭にクエスチョンマークを浮かべている上条に微笑を浮かべた結標が説明をし始めた。
「小萌がね、福引で遊園地の無料券を当てたのよ」
「ああ、なるほど」
続く説明はこうだった。
福引で遊園地の無料券を当てたはいい物の、それが10名様分と明らかに団体様用だったのだ。で、どうせなら知り合いを集めて皆で行こうとなったのだという。
誘われたのはインデックス以外に目の前にいる結標と、小萌の同僚の黄泉川と彼女の同居人の数人だった。
「ま、断る理由もないしねー。暇つぶしには丁度いいと思って」
「えっと、インデックスの事、お願いしますね」
「ええ、わかってるわよ。最も、小萌たちが面倒を見そうだけどね」
それもそうですね、と上条も頷く。
小萌は元より、黄泉川も手のかかる生徒の面倒を見る方が好きだと、確か青髪が言っていた気がする。何でアイツがそんな事を知っているかは知りたくもないが。
ともかく、その二人がいれば結標の出る幕はないだろう。
などと他愛のない会話をしていると、後ろから騒がしくドタドタと走ってくる音が聞こえた。
「用意できたんだよあわき!」
『忘れ物はない?』
上条と結標の声が綺麗に重なった。
二人は思わず顔を見合わせ小さく笑みを交わす。一方、下では同時に同じ事を注意されて面白くなさそうにしているインデックスがいた。
「む~! もう行くんだよあわき!」
「はいはい、わかったわよ。じゃ、この子借りてくわね」
「はい、わかりました。インデックス、あんまり迷惑かけるんじゃないぞ」
「わかってるんだよ! とうまはちょっと口うるさいかも!」
んなっ!? と上条が絶句する中、微笑を浮かべながら結標が「いってくるわね」と言うと同時、インデックスと結標の姿が綺麗に消える。
「空間移動系の能力者さんだったのかぁ。羨ましいなぁ」
言いながら上条は部屋の中に引っ込む。
部屋に引っ込みすぐに洗面台に向かう。途中だった髪のセットを終わらせないと。けれど、ぱっと見何も変わっていないように見えるのだが、やっぱり本人的には何か違うのだろうか。
髪のセットも終わり、今何時かなぁと部屋の据え置きの時計に目をやる。
今の時間は10時。待ち合わせ時間は11時。待ち合わせ場所はあの自販機だから遠くないが、そろそろ出た方がいいだろう。
「上条さんの不幸が出ないとは限らないし」
いい加減馴れたとは言え、やはり警戒するべき事だ。
ぼやきながら持物を確認する。財布は持った。中身もある。携帯も持った。充電も満タンだ。髪型も服装もバッチリ。うし、大丈夫。
「あとは、これを忘れちゃいかんな」
本棚の中に隠しておいた、ラッピングされた一つの小さな袋を取り出しポケットに丁寧にしまう。
改めて持物を確認する。ついでに電気や戸締りも見る。
「おし、おっけーと」
んじゃ行きますか。上条は靴を履いて玄関を出た。
上条当麻の一世一代の大勝負へと。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ふふふん♪ ふふふん♪ ふんふんふ~ん♪」
御坂美琴は朝からご機嫌だった。そりゃもうとってもご機嫌だった。下手したら限定版ゲコ太を手に入れた時よりも機嫌がいいかもしれない。
同時にとてもドキドキしていた。
今日は待ちに待った、夢にまで見た嬉し恥ずかしドッキリイベント。上条当麻と二人っきりのお出かけなのだ。
(前みたいに罰ゲームとかじゃないもんねー♪)
なんてったって今回は上条の方から誘われたのだ。これが嬉しくないはずがない。
誘われた時はもう、冗談か何かかと思ってしつこく確認も取った。電話の後も、まだ信じきれず何度もほっぺを抓った。夢かとも思ったがちゃんと現実だった。
それら全て確認した後、次第に頭も追いつてきて「うそー!? アイツからお誘い!? マジで!? 夢じゃないよね!?」と嬉しさのあまり叫んだ。
その直後に寮監に「うるさい!」と首を刈られたがそれを受けてもなお「えへへ♪ 夢じゃないんだぁ……♪」になるのだから、嬉しさは半端ないのだろう。
「ねー、黒子ー。コレとコレ、どっちがいいかな?」
美琴が両手に持っているのはこの日の為に買った何着かの私服。
常盤台はいつ何時も問答無用で制服だが、だからと言って私服を全く持っていない訳じゃない。
むしろ、中学生というオシャレをしたい盛りの少女たちが持っていない訳がない。
「ちょっと、黒子?」
いつまで経っても返事が返ってこないので、背を向けて座っていた黒子の正面に回る。
けれど美琴は何も言わず、元いた場所に戻り何処からか姿見の鏡を引っ張りだして「んー、やっぱりこっちがいいかなぁ」と今日着ていく服を吟味していた。
黒子は、一言で言うなら『白子』になっていた。食べると美味しい方では断じてない。
「よし、決めた! これにしよ!」
言って美琴はパジャマを脱ぎ棄てて選んだ私服に袖を通す。
ついでにほんの少しだけ香水を付けてみる。たったそれだけなのだが、なんだかちょっとだけ大人な気分だ。
次に少し大きめのバックを取り出し、荷物を詰めていく。携帯とお財布と、他にも諸々。
「あと、これ忘れちゃいけないわよね」
手のひらサイズよりも一回り大きい箱を手に取り、箱が引っ繰り返らない様しまう。
全部しまって忘れ物もないはずだが、一応中身を確認する。その後にもう一度姿見で自分の姿を確認する。服装よし髪型もよし。
「うん、大丈夫ね。じゃ、行ってくるわねー」
どうせ聞こえていないと思うが言っておく。
行ってくると言いながら向かうのはドアではなく、部屋の窓。万が一寮監に見つかっては厄介だ。靴を持って窓から飛び降りる。
地面に着く寸前、磁力を操って壁に張り付き靴を履いてから着地する。
(あ、そういえば)
時間を確認するのを忘れていた。
腕時計を見ると10時10分頃だった。待ち合わせはあの自販機だからそんなに時間はかからない。むしろ早すぎる。
(ま、あのバカを待たせるよりはいいわよね)
それはどちらかと言うと男の発想なのだが。
まぁそれはぶっちゃけ建前だ。本音は楽しみで楽しみでしょうがないのだ。
こう、新しいおもちゃを買ったが、家に着くのを待ち切れずつい開けてしまうとか、そんな心境に近い。
まだまだ時間もあるし、上条が到着しているとは限らないのに、気持ちが逸り歩を進める速さが心なしかどんどん速くなっていく。
(あ、着いちゃった)
気付けばもう待ち合わせ場所。時間はまだ10時20分。いくらなんでも早すぎる。
(う~、どうしよう……)
とりあえず、いつの間にか出来ていた近くのベンチに腰を降ろす。
まだ来ないのはわかっているのだが「まだかな?」とキョロキョロ辺りを見回す。
腕時計を見ては「まだかぁ」と呟き、携帯を開いてはカメラ機能を使って「服も髪もおかしくないわよね? だ、大丈夫よね?」と不安になり、男の人の影が見えて「あっ! ……違うや…」と一喜一憂したり、それを一通りすると「まだかなまだかな」と再び辺りをキョロキョロ。
(そういえばアイツ、なんか緊張してたなぁ)
ふと思い出すのは上条が電話で誘ってきてくれた時の事。
あの時は自分も舞い上がりよくわからなかったが、今思えば上条の声が些か震えていた気がする。あと、時々上擦っていた気も。
(ま、まさか、私を誘うのに緊張してたとか!?)
自分で思って自分で「きゃーっ!?」と顔を赤らめて手で挟むように押さえる。ついでに足もバタバタと動く。
周りから見れば挙動不審な人だが、幸い、人はほとんどいないので見知らぬ人に変なレッテルを貼られる事はなかった。
だが、『ほとんどいない』だけで『実は』いたりする。美琴がもう少し冷静なら木陰に隠れたとんがり頭に気が付いた事だろう。
(で、でも! そういう事ならそういう事だよね!?)
どういう事だ、と突っ込みが入りそうだが、仮に誰かがそれを聞いていても妄想に突入した美琴には聞こえていないだろう。
『よぉ、待ったか美琴ー』
『あ、当麻。ううん、私も今来たところ』
『そっか。ならよかった。って言うと思ったか?』
『へ?』
『ほら、こんなに手が冷えてる。頬に当てるとよくわかるぞ?』
『にゃにゃにゃ!?』
『ったく……。美琴が風邪をひくのはいやだぞ、俺』
『……ごめんにゃさい……』
『分かったならよろしい。んじゃ、今日は何処行く?』
『あ、今日はここ行きたい!』
『おし、じゃ行こうぜ』
『あっ……、ね、ねぇ当麻……』
『わかってるよ。ほら、美琴。手ぇ出せ』
『うん!』
『恋人つなぎって、確かこうだよな』
『ふにゃぁ……』
今の季節は初夏だぞ、という突っ込みは無粋だろうか。
最も、恋する乙女には季節は案外どうでもよかったりするのだが、同時にとても重要な事でもある。
恋する乙女の心は、ただでさえ複雑な女心よりも遥かに複雑なのだ。
その恋する乙女の妄想はもうノンストップで、頭の中では「こら~、待て美琴~!」「やーだよ! 捕まえてみなさいよー!」「アハハ!」「ウフフ!」な世界や、なんかもう『キャッキャウフフ』としか言えない世界が広がっている。
さすが恋する乙女。
「ふ……」
しかし恋する乙女の想像は美琴に多大なダメージを与えたようだ。自分の妄想なのに。
木陰で彼女の様子を眺めている少年の目には、心なしか美琴の周りでピリピリッ! と言っているように見えていた。なんだか嫌な予感。
「ふにゃ~……」
「やっぱりー!?」
案の定、意識が飛びかけた美琴を中心に電気が漏れ始めた。
木陰に隠れていた少年は思わず飛びだし、椅子に倒れそうになっている美琴に右手を伸ばした。
しかし、
「え、ああ、ちょ!? なぁ!? なぁ!?」
まだ辛うじて意識を保っていた少女の視界に飛び込んできたのは、目の前の木陰から飛び出してこちらに右手を突きだしてる、彼女の想い人だった。
上条当麻である。
突然の事態に美琴は勢いよく立ちあがる。気のせいか、彼女の周りで無秩序だった静電気が前髪に集中していっている。
激しく嫌な予感がして上条は右手を突き出したまま美琴の前に立ち止まる。
「オノレはいつからそこにおったんかー!?」
予定調和というかなんというか、とりあえず飾りっ気のない本物の電撃が上条の右腕に突き刺さった。
「口調がおかしくなってますよ御坂サン!?」
「アンタのせいよ! いつから!? いつから見てたの!?」
顔を真っ赤にして「はぁ……はぁ……!」と息を荒げ、超電磁砲の射撃体勢を整えたカミナリ様が覗き見ていた変態へ正義の鉄槌を振り降ろさんとしていた。
その覗き見をしていた変態は、地べたに土下座しながら正直に応える事にした。なんか、変に誤魔化したらもっと大変な気になりそうな気がしたから、という訳ではない。単に深く考えていないだけである。
「……、まことに申し上げにくい所存なのでございますが、最初からとご報告させていただきますでせう、はい……」
「さっ……!?」
美琴が絶句する。
という事は「アイツはまだかなー」と待ち遠しそうな顔で待っていたのも、「まだこんな時間かぁ」とちょっと寂しげだったのも、「服も髪もおかしくないよね?」と不安そうだったのも、「も、もしこうなったらどうしよう……!」と他人に知られたら軽く死にたくなる妄想でニヤニヤしていたのも、
(全部見られたって事……!?)
なんかもう怒りや羞恥も全てどっかに吹っ飛び涙が込み上げてきた。
「ふ、ふぇ……、ふぇぇぇぇぇ…………」
「ええ!? みみみ御坂サン!?」
慌て驚く上条。まさか泣かれるとは思わなかった。
突然流れた美琴の涙に「ど、どうすれば!?」と辺りを右往左往する。
無い頭もフル回転させて何とか頑張ってみるが、何も思い浮かばない。
それでも必死に悩んだ結果、上条は素直に謝る事にした。
「ごめんな、御坂……」
優しく、彼なりに優しく美琴の頭を撫でながら真剣に呟く。
しかし美琴は首をブンブン! と横に振るだけ。
なんだかいい匂いがしたが、今は間違ってもそれを言う場面ではないだろう。
「ほんと、ごめんな……。何て謝ればわかんないんだけど、えっと、その、……ほんとにごめん……」
上条の声の真剣な雰囲気に、少しずつ悲しみや自責の念が次第に含まれていく。
美琴が泣きやむ気配はない。けれど、何かボソボソと言っているのが聞こえた。耳を澄ますと、
「……なんかくれないと許さないもん……」
と言っていた。
それを聞いて、場違いだと思ったがなんだか可愛く思えた。
だって、可愛いじゃないか。普段大人ぶっている女の子が、こういう風に子供っぽくなるのは。
とはいえ、そういう風にしたのは自分なので手放しには喜ばないし喜べない。
それに、元々彼女にあげるために持ってきていた物があるのだ。本当は後で渡したかったのだが、彼女がそれで泣きやむのなら嬉しいと思った。
「じゃさ、ちょっと顔を上げて目、閉じてくれないかな?」
「ふぇ……?」
涙は引いてきたがまだ少し赤い目を擦りながら、美琴は顔を上げて言われた通り目を閉じる。
目を閉じてすぐ、上条の髪が自分の髪を梳くくすぐったい感覚が襲い、次に感じたのは自分の髪を止めていたピンが外れた音だった。
「あっ……」
折角整えてきたのに、と言う前に今度は上条の手で新しいピンか何かで髪が止められた。
気になり手を伸ばすと「おし、開けていいぞ」と上条が言ったので、早速手鏡を取り出して確認する。
「あ……」
今自分の髪を止めていたのは何かの花が付いた新品のピンだった。今までのは上条が手に持っていた。
驚いて彼の顔を見上げると、
「ほら、先月ホワイトデーのお返しできなかったからさ。一月遅れだけど、受け取ってくれよなっ」
申し訳なさそうに髪をかきながら、それでも笑みを浮かべながら言った。
先月のホワイトデーは上条が入院していてお互いに何も返せずにいた。その後も年度末と言う事もあってお互い忙しく会えずじまいだった。
新しいピンに気を取られ、鏡越しにそれを見つめている美琴には「ま、それだけじゃないんだけどな」と呟いた声は届かなかったようだ。
(コレって、オレンジの花、よね……? もしかして知ってたの? いや、でも。……うーん)
美琴の髪についていた新しいピンは、今までの花柄のピンよりも一回り大きい、オレンジの白い花が付いたものだった。
世間的には非常にマイナーだが、今日も立派なイベントの日なのだ。
先月、先々月と違い街でイベントがあったり、ムードが流れていたりと言う事はない。
けど、それでも女の子が勇気を出すきっかけになる程度には、立派なイベントだ。
でも、そのイベントを上条が知っているとは思いにくかった。
だって、きっと目の前の少年は「端午の節句って何の日?」って聞いても首を傾げるはずだ。
そんな風に思われている少年は、美琴が泣きやんだ事に調子に乗り、見様見真似で恭しく腰を折ってみる。
「美琴お嬢様、ご機嫌はお直りになられたでしょうか?」
ニコッと笑いながら美琴に話しかける。
それを見て美琴は思わずドキッとした。
今日の上条の服が黒を基調したものだからだろうか、なんだか執事っぽく見えた。それも、自分専属の。
「御坂さん……?」
しばし黙っていたが「……はっ!? いけないいけない!」とすんでのところで気付き、何とか妄想突入は回避された。
上条は上条で、なんだか無視された気分になってちょっとアンニュイな感じだった。
「ふ、ふん! こんなんで機嫌が取れるほど私は安くないのよ!?」
と怒った口調で言うが、先ほどまでの感じはない。遊びとわかっていながら乗っかってくる感じだった。
上条もそれを感じ小さく笑ってから、笑みを浮かべたまま彼もそのまま続けた。
「それは失礼しました。では、今日一日、私めが精一杯エスコートさせていただきますので、それでご容赦のほどを」
「それはエスコート次第ね」
「これは手厳しい」
まるでお嬢様と執事だが、二人の顔にあるのは笑顔だ。
二人とも本当に楽しそうに笑っている。
そして執事はお嬢様の手を引いてエスコートを始めた。
目的地は水族館。執事とお嬢様には不釣り合いだが、男の子と女の子が出かけるにはぴったりの場所。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
4月14日、もうお昼に差しかかる頃、上条と美琴はバスを降りて第6学区へと来ていた。
休日という事もあってバスはぎゅうぎゅうで中では二人は終始くっ付きっぱなしだった。
その間、もう二人は気が気じゃなかった。何か会話をしたような気もするが、その内容を全く覚えていない。
(き、聞かれてなかったよな?)
(聞かれてなかったわよ、ね?)
テクテクと歩く二人はさっきからそればっかり思ってる。
余りに至近距離だったため、相手に触れているという事と互いに自分の鼓動が聞こえていないか。そればっかり気になってバスの中では会話どころじゃなかったのだ。
それがまだ続いていて、水族館へ続く道もなんだかもどかしい距離を保ちながら歩いていた。
(もうちょっと近付いても大丈夫かな?)
(もうちょっと近付きたいなぁ……)
付かず離れず。しかし手を伸ばせば確かに届く距離。あと一歩で手を掴める距離。だというのに、間に何かのラインでもあるかのように、二人は中々踏み出せずにいた。
木漏れ日の遊歩道、もっと近づきたいのにちょっとの勇気が絞り出せず、心なしか顔が赤い二人が歩く。
しかしそれでも、やっぱりこの沈黙はなんかきつい。
(う~、なんか喋った方がいいよな……。でも、何をしゃべればいいんだろう……)
そういえば、自分は美琴の事を余り知らない。
レベル5だの、第3位だのと強がっているが、その実はただの弱い女の子。
上条が抱いている印象はそれだ。しかし、美琴の好物はなに? と問われた時、ゲコ太としか答えられない自分もいる。
(あ、や、そこで俺の名前を上げてくれたら上条さんはもう狂喜乱舞なんですけど……)
でも、違ってたらすっげぇショックだなぁ……。そもそも好物って括りはどうなんだろう、俺……。
しかし全く望みがない訳ではないと自分では思っている。
先々月、わざわざ手作りでマカロンをくれたし、今日もこうやって誘いを受けてくれたし。
(うーん、これってもしかしてフラグ建ってる……?)
急に「うーん」と悩みだした上条に、美琴は「どうしたんだろう?」と視線を送る。
とはいえ、実は美琴も内心では思いっきり悩んでいたりする。
その証拠に、普段ならすぐに「どうしたの?」と話しかけているところを、今は視線を送るだけだ。
(こ、こういう時って私から話題振った方がいいのかな……? でも、どういうのがいいんだろう?)
美琴も今気が付いた。そういえば私、コイツの事あんまり知らない。
上条の趣味も他の事も何も知らない。こんなに心惹かれているのに、なのに上条の事をよく知らない。
バカで、無鉄砲で、デリカシーがなくて、あちこちでフラグを建てまくって、怪我ばっかりして、心配ばかりかけさせて、
(でも、とっても頼りになって、一緒にいると楽しくて、すっごく強い奴……)
自分の事を、本当の意味でただ一人の女の子として見てくれる奴。
レベル5だとか、第3位だとか、そんな事を一切気にせず、自分に一切の遠慮をしてくれない奴。
思えば初めてかもしれない。黒子や初春や佐天とは違い、本当に何処までも対等に接してくれる馬鹿は。
(でも、多分。ううん、絶対に、コイツがコイツだから私は……)
等と考え事をしていたら、気付いたら上条が前の方に居た。どうやら考え事のせいで歩くのが遅くなったようだ。しかも、向こうも何か考えていたせいで気付いていない。
上条の背を見ながら「もうっ!」と小さく頬を膨らませ、彼の背中に駆け寄る。
それで上条もようやく気付いたようで、こちらに振り向いた。
「悪い悪い、気付かなくて」
「もう、本当よ。ってきゃ!?」
「おいってわ!?」
駆け寄ってくる美琴が躓き倒れそうになるのを受けとめようと手を伸ばすが、上条の方も後ろから人にぶつかられ前に倒れそうになる。
二人とも、さほど離れていない距離で前に倒れそうになりゴチッ! とおでことおでこがごっつんこだ。
なんだか額以外もぶつかった気がするが、二人は痛みで気付いていない。
『~~~~~~~~~っ!?』
二人揃ってその場で額を抑え、涙目でプルプルと震える。
周りの通行人は、クスクスと小さく暖かく笑いながら通り過ぎる。
「ってぇ~……。大丈夫か? 御坂」
「ちょ、ちょっと大丈夫じゃないかも……」
見た目通りと言っていいのか、とにかく上条の頭はとっても硬かった。文字通り石頭だ。
それを不意打ち気味にモロに喰らった美琴の痛みは、多分上条の比ではない。
責任を感じた上条は、まだしゃがんでいる美琴を支えながら立たせ、手近な手すりに彼女を座らせる。
「ちょっと待っててくれ」
おでこを摩って俯いている美琴に言って上条は美琴の傍を離れる。
そこから1分くらいで上条は戻ってきた。
美琴の前にしゃがみ込み、彼女の顔を下から覗き込む。
「っ!?」
上条の突然のどアップに、さっきまでとは別の意味で顔が赤くなる美琴に、上条は手に持っていた物を彼女の額に優しく当てた。
ヒヤッとした感覚が気持ちいい。
なにが当たっているのか上目で見ると、そこらへんの自販機で売っているペットボトルのよく冷えたウーロン茶だった。
「これで少しはマシになると思ってさ」
「あ、ありがと……」
照れながら言う美琴に上条は「気にすんな」と笑った。
言ってから上条も美琴の隣に腰を降ろし、もう少し彼女が落ち着くまで待つ事にした。もう水族館は見えているから、少しくらいゆっくりしても大丈夫だろう。
なんとなしに上を見ると、暖かい木漏れ日が上条たちの辺りに差し込んでいた。
何でもない街の音が聞こえて、こうやって日の光を浴びて、
(隣にはコイツがいて……。こう言うのを、しあわせ、って言うんだろうなぁ)
誰から見ても何処もおかしくはない。通行人の誰もがこちらに注目しない。ただの群衆と化している二人だが、それでも上条の心はポカポカだった。
「なにニヤけてるの?」
おでこにお茶を当てながら美琴が突然聞いてきた。
なんだかそれが可愛くて、上条は小さく笑いながら立ち上がった。
オレンジの花が小さく揺れる。それが上条は無性に嬉しかった。
「なんでもねぇよ。そろそろ行こうぜ」
「教えてくれてもいいじゃな……わぷ!?」
ぼやきながら美琴も上条に続いて立ち上がり、ウーロン茶を彼に手渡したら、何でか右手で頭をいきなりわしゃわしゃと撫でまわされた。
「ちょ、ちょっと! 何すんのよ!? 折角揃えてきたのにー!」
言いながら美琴はバックから手鏡を取り出して、手櫛で髪を整える。
それを背後に、上条は笑顔を浮かべながら一人先に水族館へ向かう。後ろからは慌てた感じで「ちょ、ちょっと!? 待ちなさいよ! 待ちなさいってばぁ!」そう聞こえてきた。
上条にはそれがとても楽しかった。
オレンジデー 2
若干不機嫌そうなお姫様を少し後ろにし、上条は水族館へと足を踏み入れた。
中は学園都市には少ない家族連れもここでは多く見られる。あとはグループで来てたり、カップルで来てたりで溢れ返っていた。
俺たちはどんな風に見られてんのかな。そんな事を思いながら上条は入り口で貰ったパンフに目を通す。
「おっ。なぁなぁ、御坂。2時半と3時半にアシカショーとイルカショーがあるみたいだぜ」
「ふーん」
話しかけるとそっけない声が聞こえた。
と言っても、不機嫌と言う訳ではないようだ。だって、落ち着きなく周りをキョロキョロと見ている。
なんというか、ワクワクを抑えきれない子供のようだ。
それを見ているとなんだかこっちも笑顔になる。「しゃあねぇなぁ」と上条は美琴の後ろに回り彼女の背を押す。
「わっ!?」
「早く見に行こうぜ。俺って、水族館初めてだから結構ワクワクしてんだよな」
「そ、そう! ならしょうがないわね! 水族館マスターの美琴さんが案内してあげるわよ!」
「よろしくお願いします」
上条の言葉を聞いた途端、なんか美琴の顔が輝いた。と、すぐにルートの入り口にまで走っていった。
上条が付いてこないのに気付いたのか、美琴は振り向き「早く来なさいよー!」と手を振っていた。
「ほんと、こうやって見るとただの子供だよなぁ」
それもいいけどな。呟いて美琴の元へ駆け寄った。
「もう! 遅いわよ!」
「悪い悪い。さ、行こうぜ」
二人は並んで水族館の中へと消えていった。
その姿はどこまで行っても普通の物で、全く目立つ事はなかった。
と言うのは入り口に入るところまで。
「あー……」
入口入ってすぐの水槽へ向かった美琴だが、水槽の中を自由に泳いでいる魚の悉くが美琴を避けるように泳いでいる。まるで、ガラスの向こうに半球でもあるかのように綺麗に寄らなかった。
おかげで、美琴は通路の端っこに寄り「いいもんいいもん……」と壁に文字らしきものを書いていた。
(そういや『電撃使い』は動物が近寄ってこないらしいけど、魚も同じなのか?)
きっとそうなんだろう。さっきのを見る限り明らかに美琴を避けていた。
頭をかきながら「どーすっかなー」と悩む上条に一つの嬉し恥ずかし解決策が見つかる。
徐に美琴へ近付き右手を伸ばす。
「ふぇ?」
訳のわからない、ちょっと間抜けな顔で、美琴は掴まれた自分の左手を見る。
そしてちょっと考える。
えーと、隣にはコイツがいて、なんだか恥ずかしそうな顔をしていて、私は左手を掴まれていて、そんでもってコイツは右手で私の左手を掴んでて……、
「にょわぁ!?」
「おぉ!?」
突然奇声を上げる美琴に、上条がびっくりして半歩下がる。そのせいで美琴の体が僅かに引っ張られる。
それでまた周りから奇異の視線を集めるのだが、色々とテンパっている二人は気付いていない。
「なななななななにしてんのよ!?」
顔を真っ赤にして抗議を上げる。
いつもなら電撃をまき散らしているのだが、上条の右手で掴まれていて静電気一つ起こせない。
抗議を受けた上条は照れて頬をかいていた。
「あ、いや、こうすれば魚も逃げないんじゃないかなぁと……」
ついに恥ずかしくなって上条は美琴から顔をそむけ「ああ、あの魚って美味いのかな!?」などと水族館にあるまじき感想を言っていた。
かくいう美琴は初めて見る上条のその態度に「あ、あれ? もしかしてコイツ、結構可愛い?」と、男が言われても余り嬉しくない評価を彼に付けていた。
知らない一面を知れた事がなんだか嬉しくて、思わず笑った。
「な、なんだよ……。そんなに変な事言ったか……?」
「ううん、そうじゃないわよ。あ、でも、変な感想は言ったかな?」
「言ってたかなぁ……」
自分から手を繋いできておいてまだ恥ずかしいのか、上条はまだ美琴の顔を直視しない。
でも、それは自分も同じなので何も言わない。
「……ちょっとずつ慣れていけばいいよね?……」
「ん? なんか言ったか?」
「なーんでーもないっ! さぁ楽しむわよー!」
上条の手を握り、美琴は彼はあっちへこっちへ連れ回した。
途中、サメを集めた水槽では目の前までサメが口を開けて迫って来たり、水中トンネルを通ってペンギンの泳いでいる姿を見たり、クリオネの食事シーンを見て二人でショックを受けたり。
手を握ると握り返してくれたり。
「なぁー、御坂ー。上条さんお腹空きましたー……」
「あ、もう2時過ぎてるのね。そりゃお腹も減るわよね」
上条の右手ごと持ち上げて左手で時計を確認する。
上条はそれを気にした素振りを一切見せず、「どっか食うとこねぇかなぁ」と辺りを見回していた。
二人が今いるのはルートの丁度中間の場所だった。そこは2階の空中通路なのだが結構通路が大きく、道の終わりには売店があった。
売店の近くには階段もあり、そこから1階に下りられるようだ。
「おっ、なぁなぁ御坂。あそこ座れそうだぞ。近くに売店もあるし、なんか食えんじゃないか?」
「きゃっ!? もぅ! 急に引っ張らないでよ!」
文句を言いながら美琴はされるがまま上条に引っ張られる。
上条が言っていた場所に来てみると、テーブル席がたくさんあり、また同時に人もたくさん座っていた。弁当などを食べている人が多かったので、どうやらここがお食事処なんだろう。
「うぇ~、人いっぱいだなぁ……」
「あっ、あそこ空いてる」
「でかした御坂!」
「だから! 急に引っ張らないでって言ってるでしょ!」
美琴をひっぱり席を確保した上条は持っていたお茶を置いてすぐに立ち上がる。
美琴が不思議そうな視線を返すと、上条は売店を指さした。中は食堂にもなっているようで、中から何人か食事を持ってきてこっちに座って食べていた。
「なんか買ってくるよ。御坂は何食う?」
「あ、えっと……」
問われて美琴はなんかバックを抱え、中の何かを掴みながらモジモジとしていた。
それを見て「パンフレットって食堂のメニューも書いてあんのか?」と思い、自分もパンフを取り出して見てみる。
しかしパンフの何処にもそんな事を書いてなかった。じゃあ何でモジモジしてるんだろうともう一度美琴を見る。
「そ、その……」
「ん? どした?」
「……お、おべんと、作ってきたから、その……」
「…………………へ?」
上条は思わず自分の耳を疑った。
今、美琴の口からハッピーイベントな言葉を聞いた気がする。
これはアレだ。うん。男が夢に見る女の子の手作り弁当フラグだ。
「おべんと、食べる……?」
「もちろんっ!!」
もの凄く恥ずかしそうに弁当箱を取り出した美琴の手を、さらに上条の手が掴む。
上条の顔がよっぽど嬉しそうだったのか、美琴は「えへへ」と笑いながら大きめの弁当箱を取り出す。
蓋を開けると、鶏肉の唐揚げや卵焼きといったお弁当の代表的メニューが並んでいた。その段の下には色とりどりのおにぎり。
なぜだろう。上条さん、涙が出てくるよ。
「ちょ、ちょっと!? 何で泣いてるのよ!?」
「桃源郷ってここにあったんだなぁって……」
「なによそれ……」
「それでですね、これ食べてもいいんですよね……!?」
「もちろん。残したら超電磁砲お見舞いしちゃうわよ?」
「残す訳無いじゃないですか! いただきます!」
「召し上がれ」
男の子って皆こんな感じなのかな。笑いながらそう思う。
右手でおかずを持った箸を次々口に持って行って、左手ではすごい勢いでおにぎりを飲み込んでいく。
喉が詰まったら持っていたウーロン茶で流し込んで、そしてまたすごい勢いで平らげていく。
なんというか、こうまで夢中に食べてくれるとすっごいうれしい。
見てるだけで満たされていく。
『ワーーーーーーーーー!!』
「な、なんだぁ?」
「……もしかして」
いきなりそんな歓声が下から聞こえてきて、上条もその手を一旦止める。
一方美琴は何か思い当たるのがあったのか、バックからパンフを取り出す。
「あ、やっぱり」
「なんだ?」
「下でアシカショーやってるみたい。丁度始まったところかな?」
パンフを上条に渡し、腕時計を見せながら説明をする。
受け取り見ると、2時半にアシカショーと書いてあった。
そういえば、水族館に入ってすぐ自分で言っていた気がする。今までが楽しくてすっかり忘れていた。
「これを見る限り一日一回だけみたいね」
「そうみたいだなー。でもま、いいんじゃね? 次見に来ればさ」
「へ?」
言うだけ言って上条は再び弁当へ戦を仕掛ける。
言われた方は呆気に取られ、ただ上条を見ていた。
(い、今、さりげなく誘われた……? そ、それって『また二人で来ようぜ!』って事でいいのかしら……?)
きっと上条の事だから大して考えないで言ったんだろう。大して考えていないという事は、自然と出てきた言葉だという事。
それがもし、自分が思った通りの意味だったとしたら、
「……ふにゃぁ」
顔を赤くして「ほぅ」と両手で頬を挟み込む。
上条は上条でまた気絶するのかと焦ったが、それも杞憂に終わりまた弁当を平らげていく。
そういえば初めてかもしれない。「ふにゃぁ」状態で気絶しなかったのは。
「食った食ったぁ! ごちそうさまでした!」
行儀は悪いが腹を叩いて満腹を体全体で表す上条。
結局、勢いのまま食べていたら9割ほど食ったかもしれない。
や、だってすっごい美味いし、なんたってコイツの手作りだし……、等と誰も聞いてないのに上条は自分へといい訳を始めた。
上条の声で美琴も現実に戻ってきて、すっかり空っぽになった弁当箱を見て破顔した。
「お粗末さまでした。あのさ、いまさら何だけど、……美味しかった?」
「すっげぇ美味かったぞ! 毎日食いたいくらいだ」
「ま、まい……!?」
それはもしかしてそういう意味!?
どういう意味かは知らないが、どうにも今日の美琴さんはトリップしやすいようです。
上条も少し遅れて、自分が言った言葉がどんな意味か気付き、こちらも照れた表情で頭をかいた。
「あー! それより!」
この空気に耐えられなくなり、空気を変えようと上条が大きな声を出した。
周りに居た人達の視線が少し集まるが、上条はもちろんのこと美琴も気付いていない。
空いた弁当箱を片付ける美琴に、これからの予定を尋ねる。
「この後どうする? イルカショー見てくか?」
「んー、ちょっと見てみたいかも……」
「じゃさ、ちょっとそこの露天見てこうぜ。そこから下りれるみたいだしさ」
近くの売店と階段を見ながら言う。
確かに、今からルート後半を見ていたら間に合わなさそうだ。
「うん、私はいいわよ」
「おし、じゃあれっつごー」
手を繋ぎながら売店の中へ入ると、中からはわからなかったが結構な数のグッズが売られていた。
美琴が真っ先に向かったのはぬいぐるみコーナー。イルカやペンギンなど水族館の人気者の勢ぞろいだ。
その傍には海のパズルや、ここの水族館の人気者を集めたパズルがあった。
「あ、これかわいい!」
美琴が手に取ったのはペンギンの被り物。帽子の生地ではなく、ぬいぐるみと同じのようだ。それを見て、あったかそうだなと上条は適当に感想を抱いていた。
そこで視線を別の物へ向けた上条は美琴が怪しく笑ったのには気付かなかった。
美琴の隣でお菓子コーナーを物色していた上条は小萌先生たちに感謝もこめてお土産を買おうとしたのだが、これが高い。
「意外と高いな……」
お土産品は往々にして高いという知識はあるが、いざ目の前にすると購買意欲が減退していく。
水族館にいる魚たちを模しただけのクッキーなのに妙に高い。見た目は形が違うだけの普通のクッキーなのに。
背後から忍び寄る影に気付かず、上条は買うかどうか迷っていた。
「(うーん……、1番安いので850円。でもこれじゃ数が足りなさそうだ)」
「えいっ!」
「おぉ!?」
「あ、意外と可愛いかも……」
背後から忍び寄った美琴が上条に被せた物はマンボウの帽子。
マンボウは何となく鈍いイメージがあるからピッタリだと思ったのだが、これが思った以上によく似合う。
マンボウの下には「なんだこりゃ……」みたいな顔があった。
「アンタの頭がジョブチェンジしたわよ」
「ウニから、とか言ったら上条さんも怒るからな?」
「じゃあ…………、ハリセンボン?」
「言うと思ったよチクショウ!!」
ブツブツ言いながらハリセンボンはマンボウを元の場所へ戻す。
戻して気が付いたのだが、ここの水族館は中々にユニークな物を作るようだ。普通、この手の物は誰からも人気がある物を作ると思うのだが、まさかコレがあるとは。
口を押さえ、体を揺らして笑っている美琴に気付かれないようにひっそりと取る。
「あ、次はコレ被ってみてわっ!?」
「御坂にはコレが似合うんじゃないか?」
今度はひっそりと近寄られた美琴が何かを被せられる。
しかも何かを確かめる間に目の前では上条が携帯で写真を撮っていた。笑いを必死に堪えているのが凄く気になった。
近くに鏡があったのでそれを見ると、美琴の理性が少し飛んだ。
「やっぱ電気ウナギがよく似合うよ、うん。同じ電気だしな」
引くつく頬を必死に抑え、笑いを頑張って堪えながら神妙に頷く上条に美琴は静かに向き直った。
大して上条は安心しきっていた。今は右手で美琴の左手を掴んでいるし、電撃は絶対来ない。
だから、美琴が足を振りかぶっているのにも気付かない。
青天の如く爽やかな笑みを浮かべたまま、美琴は一蹴した。そのまんま文字通り。
「セイッ!」
「ッ!?」
美琴のつま先が上条の弁慶さんをジャストミート。
「~~~~~~~~~~~~~~~!!!???」
蹴られるとただでさえ痛い脛に、不意打ちと自販機で鍛えられた美琴の蹴りが入った。
想像を絶する痛みに上条は壁に突っ伏し、涙目でプルプルと言葉なく震えていた。
声は聞こえないが口元は動いていた。声が出ていれば「こっ、これ、はっ……! 余りにご無、体ッ……!!」っていう涙交じりの声が聞こえたはず。
「ふんっ!」
ご立腹のお嬢様は悶え苦しんでいる上条を引きずって、商品物色を続けた。
それからしばらく経ち、上条の脛の痛みも引き、売店から出る頃には丁度いい時間になっていた。
心なしか、足がまだ痛い気がする。
「お、ここいいんじゃないか?」
イルカショーのステージの観客席は徐々に埋まり始めていた。
上条が取った席は丁度ど真ん中だ。一番の前の席でステージの真正面。空中にいるイルカはもちろん、水中にいるイルカも堪能できそうだ。
「ねぇねぇ、あそこでコート配ってるみたい」
「じゃあちょっと貰ってるから待っててくれ」
「うん」
水しぶき対策だろう。それに、何故かはわからないけど上条には必須な気が美琴にはしていた。もちろん上条自身も。
二人分のコートを手に持って上条は席に戻ってきた。始まるまで時間が少しあるのでまだ着なくてもいいだろう。
「俺、イルカって初めて見るんだよなーっ」
「そうなの? って、そう言えばアンタって記憶喪失だったわね」
「でも知識はあるっていう、何とも不思議な状態だから余計に楽しみなんだよ」
美琴は上条の記憶喪失をどうにかしたいと思っているが、その当人が表面上だけかもしれないが、あまり気にした素振りを見せないので、周りがとやかく言う事ではないんだろうと。何か言ってきたら動けばいいだろうと思っていた。
「あれ? って事は、今までのも全部初めて?」
「おうっ」
「なんだ、じゃあもうちょっとちゃんと説明しながら見ればよかったわね」
「今日は楽しむ事第一! それはまた今度教えてくれよ、美琴センセー」
「任せなさい! ……って、今美こ」
「おっ、始まるみたいだぞ!」
「……むぅ……」
なんだか邪魔された気がする。
ちょっとだけ不機嫌になりながらコートを身に着ける。
現れた3匹のイルカは、一緒に出てきたトレーナーの人の合図で空高く飛んだり、口先にボールを乗せながら泳いだり、高い位置のわっかを潜ったり、トレーナーが足裏をイルカに押してもらって一緒にジャンプと、多種多様な芸を披露していった。
その芸の一つ一つに上条は子供っぽく歓声を上げる。その顔と声に美琴はイルカよりもこっちが気になった。「やっぱり、コイツって結構可愛い」そう認識を改めで確認しながら。
『じゃあ観客の皆さんにサヨナラのご挨拶ー!』
とトレーナーの人が言うと、3匹のイルカは尻尾で水面を叩いたり飛び跳ねたりとこちらに水しぶきを放ってきた。
もちろん、間には高いガラスの壁があるのだが、それでもやっぱり迫力はある。観客がキャーキャーと騒ぐ中、上条もそれに乗っかる。のもすぐに終わった。
「…………お?」
1匹のイルカが放った特大の水しぶき、その一部がガラスの壁を越えた。
なんだかその水がスローモーションに見えて、上条はやけに冷静に着弾地点を予測した。
その結果、バシャァ! と上条はぬれ鼠になった。ピンポイントで。左右前後は軽く濡れただけだった。
コートがあったのは不幸中の幸いだった。のだが、なんだか自分一人だけと言うのが釈然としない。
「不幸だ…………」
「あはは……。ド、ドンマイ……?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
水族館を十分に堪能し、帰途につきちょっと休憩にと公園に立ち寄った頃には、時間はもう6時付近になり夜と夕方のその中間点のような空をしていた。
初夏とは言え、日が沈み風が出てくると少し肌寒く感じる。
普段は多大に迷惑を被っている学園都市の自販機も、こう言う時は少しだけ嬉しくなる。こんな初夏でも暖かい飲み物もしっかり売っているのだから。
「なんか買ってくるからちょっと待っててくれ。なに飲みたい?」
「うーんと、ココアが飲みたいな。無かったら、なんでもいいや」
「おっけー」
飲み物を買いに行った上条の背中を見ながらベンチに座り美琴は一つ悩む。
バックの中にもう一つ食べ物が入っているのだが、いつ出そう。昼食の時はタイミングを逃してしまったし、いきなり「甘いもの食べたくない?」と言うのもなんかおかしい気がする。
「どうしよう……」
折角今日の為に作ってきたのに。今日食べてもらわないと意味がないのに。
バックを抱え濃紺になった空を仰ぐ。
空は雲ひとつなかった。だからだろう。濃紺一色しかない空が寂しく感じられた。星も何も見えないただの空。
首を上げているのも疲れたので下へ戻すとウニヘッドが丁度戻ってきた。
「お待たせー! ほい、ココア」
「ありがと」
ペットボトルのふたを開け、一口飲む。ココアの香りと暖かさが体に沁み渡っていく。
隣に腰を降ろした上条は見た事のない缶コーヒーを開け、勢いよく飲んでいた。缶の色が真っ黒だからきっとブラックだろう。
ただ、でっかい文字で特濃と書かれていたのが気になった。
「にっがー!?」
叫んだ上条の口からコーヒーが少し噴き出た。
ちょっとびっくりした美琴の視線の先で上条はせき込んでいた。よっぽど苦かったらしく、なんか唸ってる。
美琴は閃いた。これはラッキーだ。
「あ、甘いものあるけど、食べる?」
「食う食う! いくらでも食う!」
「ちょっと待ってね」
「早くー! にっがー!!」
ゴソゴソとバックの中ら取り出すのは掌よりも一回り大きいサイズの、底が少し深い箱だった。
上条に手渡すと、少し乱暴な手つきで蓋を開け中に入っている物を無造作に放り込んでいく。
落ち着いた上条は、何でか縁側でお茶を飲んでいるお婆ちゃんみたいな表情で箱の中の物をゆっくり味わう様に食べていた。
「なんというか、こう、沁みてくなぁ、これ……。ああ、甘うめぇ……」
その甘うまい物を一つを手に持ち、口に運びながら上条は美琴に聞いた。
「ところで、コレって何? すっげぇ美味いんだけど」
「オレンジピールってやつにチョコを塗ったの」
「へー」
オレンジなどの柑橘系の皮を使い作る、ちょっと苦みのある大人のお菓子だ。
今回はそれを甘めに作ったが今の上条には見事にジャストなようで、食べるその手はノンストップだ。次々と胃に収めていく。
それ見ながら美琴はホッとした。もし口に合わなかったらどうしようかと心配だったのだ。あと、全部食べてもらわないと困ったりする。
「なぁなぁ、これ全部食べていいのか?」
「い、いいわよ!」
「お前、なんか顔赤いぞ?」
「な、なんでもないから!」
ちょっと気になるが本人がこう言っているんだから、言い過ぎるとかえって機嫌を悪くさせると思って上条はオレンジピール退治に集中した。
これは一度食べると止まらない。さっきとんでもなく苦い物を食べたからか、すっごく甘く感じる。
あっという間に箱の中身を空っぽにする。
「ん? なんだ、これ」
「っ!?」
空っぽの箱の底にカードを発見する。
ドッキーン! と反応する美琴の横で上条はカードを開くと、可愛らしい女の子の字でこう書かれていた。
『話しがあるので私の目を見ててください』
ここに書かれている『私』は隣にいる美琴の事でいいんだろうか。いや、絶対そうだろう。美琴が取り出した箱、その底に入っていたのだから。
でも、話ってなんだろう。こう改まって手紙で言われると変に緊張する。
書かれている通り美琴の方へ振り向くと、顔を真っ赤にした彼女が一直線にこちらを見つめていた、というよりも力が入り過ぎていて泣き出しそうにも睨んでいるようにも見える。
(な、なんだぁ?)
いきなりそんな顔を見たもんだから上条もびっくりする。
夕闇から闇へと変わっていく中に見える、美琴の真っ赤な顔。スカートをくしゃにくしゃに握っている両の手。緊張で固まっている彼女の体。一言がなかなか言えず、何度も開く小さい口。
今日一日美琴と一緒に居た上条は一つ思う。
(……俺、勘違いしてもいいのか……?)
自分が鈍いという自覚はある。
その鈍い自分がそう思うほど、美琴からは一つの感情がむき出しだった。
どのくらい見つめ合っていただろうか。
周りはすっかり暗くなり、公園の外からは車の音が絶え間なく聞こえる。
外は暗い。でも相手の姿だけははっきり見える。空気は冷えてきた。でも心には心地よい暖かさ。
(いっ、言わなきゃ……!)
何度も思うが美琴は言えずにいた。
やっぱり怖いと思う。
もし。万が一。
やっぱり言うのをやめた方がいいんじゃないか。言わなければこの楽しい距離は続く。ダメだったら、きっと自分は二度と笑えない。
それでも同時に『でも』という希望を抱いていた。
折角持った勇気をダメにしちゃいけない。
美琴は口を開いた。
「ね、ねぇ!」
「ストップ!」
「え……?」
手を出され止められる。
それだけで美琴の顔から表情が消える。
けれど目は開かれ、眦には涙がたまる。
「お、おい!? 違う違う! お前が泣く事無いんだって!」
雫となって落ちる前に上条が慌ててそう言った。
不慣れな手で美琴の涙をぬぐい、優しい右手で彼女の頭を撫でる。
もう何がなんだかわからない美琴は、キョトンと上条の顔を見つめていた。
見つめられたからか、もしくは別の理由があるのか、恥ずかしそうな照れたような表情で頬をかいていた。
「こ、こういうのってさ、俺から言うもん……だろ?」
「え……?」
小さく息を吐いてから、上条はたった一言だけ言った。
結局、上条は目の前の女の子を泣かせてしまった。
暗い帰り道、一人思い出すのはあの日の夜の事。
右手一本で最強に挑んで入院した日。
ベッドで眠る少年は包帯ばかりでとっても痛々しかった。見ていられなかった。凄く、悲しかった。
でも、笑顔で寝言で自分の名前を呼ばれた時。笑ってと言ってくれた時。
目の前で寝ている少年がたまらなく欲しいと思った。
あの時はこの感情を知らなかったから、そんな恥ずかしい事を思ったんだと思う。
今ならその気持ちははっきり言える。
「今のこの気持ちの事、なんだよね。……ね、当麻」
あの時と同じ。でもまだ暖かい感触を唇に感じながら一人真っ暗な空に呟く。
不思議と、空は寂しく見えなかった。