とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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あの、言葉 をもう一度 -Christmas Night- 1 (前編)



――時は12月の初旬。

 街は徐々にクリスマスに向けた賑わいを見せ始めている。
 しかしいつもの4人組は、そんな喧騒とは裏腹に、のんびりとファミレスでだべっていた。


「今年のクリスマスってイブが金曜なんですねー。冬休みの学生にはあんまり関係ないですけど……」
「初春、それ以前に相手いないことには、元から関係ないんじゃない?」
「さ、さてんさんっ!」
 佐天涙子と初春飾利との掛け合いを苦笑いで眺めつつ、御坂美琴はストローでジュースの中の氷をかき混ぜる。

 昨年の美琴は、特に親しい友人もおらず――LV5の宿命となかば諦めつつ過ごしており、クリスマスなどのイベントではコンサートに出かけたりして済ませていた。
 しかし、今年は白井黒子を始め、仲の良い友人がいる。そして、心の大部分を占めてしまった、あの少年の存在も。――今年の美琴にとって、クリスマスはそれなりに期するものがあった。

「白井さん、クリスマスイブの警備はどうなりますかねえ」
「わたくしも、現在のところ非番申請しておりますけど……通ったとしても、実際事件が起これば駆り出されるでしょうし。困ったものですの」
 ジャッジメントの二人は、深くため息をついた。
 本来、ジャッジメントに夜番はない。しかし、イブの夜は肩がぶつかっただの何だのと、カップル絡みの小競り合いが例年起こっており、アンチスキルの人手不足により駆り出される可能性が高いと聞く。
 ならば、時間外でも駆り出される当番を決めておこう、というのがジャッジメント内での結論となった。恋人といちゃいちゃしてる最中に呼び出されたら堪らない。
 ただ、黒子は分かっていた。こうなると、ジャッジメント一年生で彼氏無しの初春飾利が貧乏くじを引くであろう、と。必然的にパートナーである自分も付き合うことになる。まして、現場対応は初春ではほぼ無理だ。……愛するお姉さまとのラブラブクリスマスイブ、は絶望的であった。


「うーん、こんな状況じゃ、パーティとかも企画しづらいですねえ、御坂さん」
 佐天は腕組みをして、どうしたものかとしかめっ面をしている。
「そうねえ……、どうしよっか。あとで黒子たちが途中参加しやすいような、大規模なパーティとかあればねえ」
「……ちなみに御坂さん」
「ん?」

「もし、気になる男の人いるなら、あたしの事は気にせず、そちらに行ってくださいね?」

「ぶっ!?」
 美琴はいきなりの不意打ちに、思わず吹き出した。
「もしそうなったら、あたしはアケミのグループに紛れ込んじゃいますから。気にしないでゴーゴー! ですよ」
「ちょーっと待って佐天さん。なんで私がそんな……?」
「……この際だから口に出しちゃいますけど、御坂さんと噂になっている人、いるじゃないですか? 結構一緒に居るのを目撃されてる、あのウニ頭の人」
「うっ……噂ーッ!?」
「確か、大覇星祭で借り物競争を一緒にした人ですよね。エキシビジョンに映ってた人」
 初春が合いの手を入れた。そして白井黒子は険悪な顔をしている。

「他にも、そのストラップとか。それってペア契約キャンペーンのヤツですよね? 御坂さんはその辺の話題、一切しないんで、まあ隠しておきたいんだろうなとは思ってましたけどね」
 全て隠し通せていると思い込んでいた美琴は、真っ赤になって口をぱくぱくするしかなかった。
「その噂は、御坂さんが言い寄られているだけかと思ってましたけど……。そのストラップ見て、結構仲は進展してるんじゃないかなーって。ウニ頭さんはやっぱりスゴイ能力の持ち主なんですか?」
「ちょちょ、ちょっと待ってよ! し、進展とかアイツとは別にそんなのじゃないし、契約も色々事情があって……!」

 佐天は尻尾を掴んだ! とばかりに身を乗り出した。
「あー、やっぱペア契約してるんだ御坂さん! しかもウニ頭さんと!? うっはあ~!」
(……し、しまった!)
 ストラップは貰い物、とでも言えばかわせたのに、まんまと誘導尋問に引っ掛かってしまった。

「しかも『アイツ』ですってよ、初春さん」
「ですってよ、佐天さん」
 にんまりと顔を見合わせる二人。
 ……しかし。

「お二人とも! 何をあんな類人猿とお姉さまを結びつけようとしてますの!? 冗談にも程がありますの!」

 佐天がこっそりため息をつく。そう、美琴の噂を知っていても、全く突っ込めないのは、……この露払いこと、白井黒子の存在である。
「し、白井さんはその人を良く知ってるんですか……? そういえばエキシビジョンで見た時、怒り狂ってましたけど」
 初春が場を取り繕うかの如く問いかける。
「ある程度は、ですわね。まったくお姉さまったら、ストラップ目当てとは言え、あのような類人猿に協力を仰いだりなさるから、このような誤解を受けたりするのです! ちょっとは反省なさっていただきたいですの!」

 言い草は気に入らないが、助け舟には違いない。
 美琴は、はは~気をつけます、と口を開こうとして、固まった。
「オトコを知らないお姉さまが、後々碌でも無い殿方に引っかからないよう、あえて黒子は免疫という意味を込めて、あの類人猿が近づく事だけは許しておりますが! お姉様の貞操を守るのはわたくし白井黒子の務めですので、ヘタレで人畜無害とはいえ――」
 美琴は真っ赤になって黒子の言葉を遮った!
「ちょっと黒子! アンタ大声で何言ってくれちゃってんのよ!」
「いえ、この際ですから。そもそも――」


 飛びかかって黒子の口をふさぐ美琴を横目に、佐天と初春の二人はやれやれといった表情で顔を見合わせた。
 また今回も、御坂美琴の噂は追求できず。

 そして、クリスマスの事も、何も決まらず。

――次の日の夕方。

(うー、やっぱ色々知ってたかあ)
 美琴は一人歩きながら、昨日のファミレスでの出来事を思い出していた。
 よく考えれば、あの二人が今まで、あの少年の事を一度も話題に触れなかったのは確かにおかしい。
 少なくとも大覇星祭での借り物競争やフォークダンスなど人目に付くことはしてしまっているし、他にも追い掛け回したりといった噂も一つや二つ、聞いていたはずだ。
(なるほどね、黒子が防波堤になってた訳か……)
 ならば白井黒子がいない時に、というのはスキをついてやるようなもので、後で話がややこしくなるのを避けていたのかもしれない。
 もしくは、美琴から口に出すのを待っていたか。

「何にせよ、聞かれたって何も答えようがないけど、ね」
 美琴は小さくつぶやいた。何せ、自分自身、彼への想いが整理できていない。
 興味がある、というのは否定しない。こればっかりは、認めざるを得ない。
 でも。
 でも「恋」じゃない、と美琴は必死に抵抗していた。あんなヤツに、……あんなヤツに。

(命の恩人だし、それで借りもあるわけだし! きっとそういう負い目とか感謝の気持ちってのが、アイツに対した時に変に出ちゃうだけで! そ、そんな助けてもらったからって惚れるほど、この御坂美琴サマは軽くないんだから!)
 あんな……あんな鈍感で、デリカシーもなく、自分のことをちっとも見てくれない男を。
(そもそも、これが恋なら、私の初恋がアイツってなっちゃうのよ? ないない、絶対無い! 能力で負けて、泣き顔も見られて、……黒歴史を記念碑に残すようなもんじゃない!? ありえないってば!)


 美琴は、フッと我に返った。
 ここは……いつもの自動販売機がある辺り、上条の高校への道との分岐ポイントだった。
(……またやっちゃった)
 歩いてきた道を振り返る……ここまでどうやって歩いてきたか記憶にない。それほど、心の中の議論に熱中していた。

 たぶん、誰かに話しかけられても、思いっきり無視してしまったことだろう。
(あーもう! 全部アイツのせいだ!)
 美琴はブンブンと首を振り、すっかり冷えてしまった左手をコートのポケットに突っ込んだ。
 と、何かが指先に触れる。

(……100円玉。あ、昨日のファミレスのかな)
 貰ったお釣りをそのままポケットに入れてしまったような気がする。
 ピン! と宙空に弾く。
(表だったら、コレで何か飲もっと。裏だったら素直に帰って……クリスマス作戦考える!)
 パシッ、と落ちてきたコインを掴み、美琴は自分の手のひらを見つめた。
(まあ、これかな)
 美琴はさっきの100円玉をそのまま投入し、『ホット黒豆コーヒー』のボタンを押した。
 ちなみに、前に上条から注意されてからは、自販機蹴りは封印している。

 コーヒーを取り出し、コーナーに一つだけあるテーブルの、向かいあわせのイスの片方にちょこんと座る。
 かじかむほどではないが、冷えた手を温めるように缶コーヒーを両手で包み込んだ。

(それで問題は……クリスマスよね。どうしよっかな)
 結局、クリスマス作戦に考えが及ぶ美琴。
 4人組での予定が立ちそうになく、何かこのままでは去年と同じく、寂しいクリスマスを過ごすハメになりそうな気がしてきた。
 考え方を変えれば、上条と過ごすクリスマスに向けて障害がなくなったとも言える。
 しかし……
(私が誘うしかないのよね……)
 向こうは100%自分なんぞ誘わない。
 しかし、ここで誘えるような性格なら、苦労はしない。今度の日曜遊びに行こう、すら言えないのに。

(せめてクリスマスの予定、聞き出せないものかしらね)
 だが、もし特定の人物と過ごす予定だと聞かされようものなら、1ヶ月は寝込む自信がある。だからこそ、怖くて聞けない。
(あのちっこいシスター……クリスマスにシスターなんてまたこの上ない組み合わせだわね)

 カシュッ! とプルタブを開け、一口飲んだ。
(あーあ。自分から動かなきゃ、何も起こらないのは分かってるんだけど、でも……)
 ちょっと前のように、ケンカ売りまくったり、首根っこつかんで恋人ごっこしたりといった、強引なアプローチはできなくなっている。もうそういった嫌われそうな事が、怖くてできないのだ。
 電話も緊張して掛けられない。メールはできるのだが、何故か不可解なほどに届かない、ようだ。
 だからもう、この自動販売機前での『偶然』しか頼れない状況に……


「よう」
 突然の背後の声に、美琴は文字通り飛び上がった!
 声をかけた上条当麻はドサッと美琴の向かいのイスにカバンを置き、そのまま自動販売機に向かう。
 上条も黒豆コーヒーを選び(というより他がゲテモノすぎるのだ)、缶を手に持って戻ってきた。

「席、いいよな?」
「お……お好きに」
 偶然に期待していたとはいえ、美琴は考えに気を取られて完全に油断していた。何とか平常心を取り戻そうと、心の中で深呼吸を何度も繰り返す。

 上条はイスに座って、ふーっと一息付いている。
「わ、私に何か用? わざわざ飲み物まで買って」
「いや残念ながら。ちょっと雑誌読みたくてな、テーブルあるとこ……と考えたら確かココにあったな、ってな」
 ちょっとカチンと来て、美琴はぐっと軽い怒りを飲み込む。人の気も知らないで……!
「お前は何やってんだ? ヒマそうだな」
「か、考え事よ考え事。色々悩みもあんのよ」
「ふ~ん」
 興味をなくしたのか、上条はカバンをがさごそと探り、雑誌を取り出した。

 相変わらずのスルーっぷりに悲しくなってくるが、美琴は携帯をいじるふりをして上条の様子を伺う。
(何よ! 知り合いが近くに居て、しゃべりもせず雑誌読むって! ほんとムカつく……)
 上条はいつのまにか蛍光ペンを持っており、テーブルの上でパラパラ雑誌をめくりながら角を折り曲げたり、軽く印をつけているようだった。

 怒りよりも興味が優ってしまった美琴は、ちょっと身を乗り出して誌面を覗き込んだ。
「さっきから何やってんのよ?」
「見ての通り、バイト探し」
 別に上条には何の含みも無いのだろう、あっさりと答えてくれた。

「なんだ、それならテーブル探すまでも無く、教室に残ってやればいいのに」
「奴らにゃ見られたくねえんでな、探してるトコ。集中して探してえし」
 集中して探したい、と言われると話しかけるのも申し訳ない気がしてきた美琴である。
 しかし、色々と感情を押さえられているせいもあって、美琴の口は止まらなかった。

 ページ欄外に『冬休み特集』のロゴが見える。
「冬休みで探してるの?」
「そうそう。と言っても、補習の嵐だから、ド短期で探してんだけどな」
「ド短期? 1日限りってこと?」
「クリスマスとか正月とか、その辺で結構あるんだぜ? 時給も高いのが多いし。まー、お前みたいなお嬢様にゃ無縁の世界だよ」
 意外に上条はうるさそうにもせず、のんびりと答えてくれる。美琴を見ずに目は誌面を追いかけているが。

「で、なにか目星ついてんの? いっぱい印つけてるけど」
「ああ、これにしようかなと。印はどっちかというと第二候補探しだ」
 ちょっとページを戻し、指差した上条が示したのはケーキ屋のバイトであった。どうやらサンタの格好をして、呼び込む担当らしい。
 美琴は更に覗き込んで、文字を読み取った。向かいから見ているので、文字は上下逆だ。
「んーと、9:00から21:00で休憩1時間……半日やんのねー。時給1000円だから1万チョイか」
「そゆことだ。高いとこは競争率激しいしな、これちょっと安めなだけに、まだ募集間に合うかもしんねえ」
 相場がいまいち分からない美琴は曖昧に頷いていたが、ある一点に釘付けになった。
「アンタ、これ24日のみって……イブじゃない! 折角の日に何やってんのよ! こんな夜遅くまで……」
 ここでようやく上条は顔を上げ、ジト目で美琴を見つめた。
「遠まわしに嫌味ですかそれは? この俺にイブなんか関係あるかっつーの! 用事を意地でも入れてやる!」
「ク、クリスマスパーティーとか……」
「絶対イブその日にはパーティーはねえよ。皆見栄張って、その日は用事が、とかぬかすに決まってんだ! だから俺も!」
 クラスでのパーティーをイメージしているのか、上条は拳を握って力説した。
 さっきのバイト探しを見られたくない、というのもおそらくソレが理由なのだろう。


 しかし今の言葉から判断するに。コイツは現状、イブに全く予定が入っていない……?

――最初から諦めず、何か考えておけば。
 美琴はほぞを噛んだ。
 折角、上条がフリーだというのに、つなぎとめるアイデアが何も浮かばない。
 1万円出すから私の1日召使になりなさい、等といった馬鹿な事しか思い浮かばない。

 何かないか……、と美琴は目の前の雑誌に、再度目を落とす。
 ……あれ? よく見ると……

「ね。私も応募していい?」
「はい?」
「ここに、売り子も募集してるって、ほら。中学生から大学生まで、って」
「……常盤台のお嬢様がバイト、ねえ? 金が目的……じゃねえよな?」
 上条が目をぱちぱちしている。
「いや~、アルバイトってやった事ないのよ。ちょっとやってみたいなって」
「そもそも常盤台ってバイト可能なのか? まあ学園都市は中学でも結構バイト認めてるけどさ」
「事前申請すれば大丈夫だったはず……よ。義務教育終了までに世界に通じる人材を育成する、が基本方針なんだし、実習にもなるバイトは止めないと思う。いざとなりゃ、全額募金します、ボランティアですって言っちゃえば通るわよ」
「まあ、やるなら止めねえけどさ。さっきの台詞お返ししていいか?」
「な、何よ」

「バイト経験したいっつーのはともかく、イブだぞ? 何考えてんだ?」

 何考えてると問われれば、上条と一緒の空間にいたい、それだけだ。
「ほっといてよ! 私にも事情ってもんがあるの!」
「……なんだ、また海原の時みてーに、理由つけて逃げ出す魂胆か? 出たくないパーティとか?」
「ま、まあそんなとこね」
 しかしむろん、本当の理由なぞ言えるわけもない。
 美琴は、また情報誌に目を落とし、他の募集も眺めてみた。
「でも、なんでサンタなの? 他時給いいの結構あるじゃない?」
 意外なことに、上条がちょっと顔を赤らめて、頬をポリポリ掻き出した。
(なにこの反応!?)

「何か理由あるみたいね?」
「……ま、お前には話せるんだけどさ」

 上条は深く座りなおし、街のほうに視線をやった。
「あの戦争でさ……とりあえず世の中を救ったっつーか、守ったっつーかわかんねえけど、今は平和じゃねーか?」
「う……うん」
「でも、実感てイマイチでさ。クリスマスに街に出て……皆の笑顔見れたら、俺のやってきたことって無駄じゃなかったって、実感できるかな、ってな」
「…………、」
「ちょっとした、自分へのご褒美みたいなもんだよ。中で作業してちゃ分からねーからな、だからサンタなんだよ。正直、金は二の次で、サンタ系なら何かの手伝いとかでもいいんだけどな。ま、稼いだ金で美味いモン食えば、ダブルご褒美ってなもんだ」

 他の人間が言えば、何を浮いたセリフを言っているのか、と思うだろう。
 でも美琴は、知っている。上条の思いを、知っている。
『何ひとつ失う事なくみんなで笑って帰るってのが、俺の夢だ――』
 シスターズの時も、残骸事件の時も、上条は何の見返りも求めてこなかった。恩着せがましいことも、一切言わない。
 それは、美琴や黒子が病室の時点で『笑顔』を上条に返したから。
 彼にとって、そこでもう話は終わっているのだ。

 でも、あの戦争では、戦争直後のバタバタもあって、上条が帰ってきたのはもう世間が落ち着いてからだった。
 もう、皆が通常モードに戻ってしまっており、彼の求める『笑顔』は、物足りなかったのだろう。
 だから、きっと。
 彼はクリスマスにサンタとなることによって、向けられる笑顔を……

「自分へのご褒美ね、なるほど。じゃ、じゃあさ」
 美琴は溢れる想いを押し殺して、勇気を出して口を開いた。
「バイトして、その、お金貰ったらさ……帰りそのまま一緒に何か食べに行こ? 私も褒めてあげるからトリプルご褒美ってことで!」
「お、お嬢様にお褒めいただけるんですか……。まあそれはともかく、屋台のラーメンぐらいしか空いてねーんじゃねえか? 結構遅いと思うから、数少ない店はカップルで占められてそうだし。そんなのでいいのか?」
「屋台、いいじゃない。じゃ、そうしましょ? それ以前に、まだ応募の電話もしてないのに、こんな話してちゃ恥ずかしいわよ」
「そりゃそうだ。じゃあ掛けるとすっかな……って」
 上条は美琴をまじまじと見つめた。
「な、何よ」

「いやさ。店のアルバイト担当の人びっくりするぞ、と思ってな。お前が『常盤台中学の御坂美琴です』なんて名乗ろうもんならさ」

――12月中旬。

 美琴はバイト先の制服合わせに来ていた。
 普通、ド短期バイトでそこまでする所はないが、むろん初アルバイトの美琴はその辺の事情は疎い。

「こんにちは~」
「こんにちは。わあ、ほんとに御坂さんだー」
「こんにちは、よろしくね」

 今回の1日クリスマス限定売り子アルバイトは三人採用されたらしく、美琴を含めた中学生二人と、高校生一人となっていた。
 他の二人も感じのいい子で、ちょっと緊張していた美琴も、肩の荷を下ろしていた。
 自己紹介などを交えつつ歓談していたが、やはり話題は美琴に集中する。

「でもやっぱり常盤台の人がバイトするって不思議。さらに不思議なのが、なんでこの店か、ってこと」
「あははー、売り子ってやってみたくて。店そのものは、目に飛び込んできたもので、たまたま……」
 高校生のツッコミに当たり障りなく答える美琴。
 中学生の子からは、あこがれの御坂さんモード、という美琴がよく食らうキラキラな眼差しが向けられている。
「店長から聞いたときはビックリしましたよー。まさか御坂さんとご一緒できるなんてー」
「いや、ほんと普通の人間だから。同い年でご一緒もへったくれもないってば」

 と、そこまで話していた時に、部屋に店長が入ってきた。
「お待たせ! 貴重な時間を割いてまで来てもらって済まないね!」


 いくつかの説明の後、店長は急に改まったかと思うと、おずおずと切り出した。
「……でね、実は今日来てもらったのは、制服の話と合わせて、お願いがあったからなんだ」
「お願い?」
「制服に着替えたら、その、撮影させて貰いたいんだ。3人がこう、ケーキをさし出したような図柄の、販促ポスターをだね」
 三人は顔を見合わせた。

「……なるほど、そんな企みですか」
 高校生の子が、眉をひそめた。制服合わせっておかしいと思ったのよね、とつぶやいている。
「ポ、ポスターは店頭に貼るだけと約束する。チラシには載せない。……OKなら、時給100円アップする」
「「OKです!」」
 二人が即答して、美琴は泡を食った。時給に興味のない美琴には、どうにも判断がつかない。
「御坂さんはどう?」
「いいですけど……なんでまた?」
「美女ぞろいだからね、君たち目当てのお客様も増えるかと思ってさ。でもあからさまな宣伝に使うと、学園に睨まれるかもだから、あくまで店内限定でね」
 店内に貼るだけで効果あるの? と美琴は思ったが、他の二人が賛成しているし、まあいいかと思うことにした。

「わかりました。……ちなみにですね、私の預かり知らぬ話ではあるんですが……」
「な、なんだい?」
「私の写真って、結構検閲入るんでご注意くださいね。ネット等に流出しないよう、お願いいたします」
 美琴の言葉に、店長はごくっと唾を飲み込んだ。

 そう、このネット時代に、美琴だけでなくLV5の顔が出まわらないのには理由がある。
 学園都市のネットワーク監視は、きっちり行き届いており……
 下手にアップロードしようものなら、何が起こるか分かりませんよ? そう美琴は釘を刺したのである。

 ◇ ◇ ◇

 制服合わせも撮影も終わり、美琴は帰宅の途についた。
(ま、あの程度のポスターなら問題ないわね)
 ピンク系の可愛らしい制服ではあったが、胸元が開いているわけでもなく至ってノーマルで、妙な心配をする必要はなさそうだ。

 あれから上条と会えてないが、バイトの面接に受かった事だけは電話で聞いた。
 クリスマスに一緒に働けるというだけで、美琴は数日前までの『これは恋じゃない』だのといった思考はどこへやら、『なにかいい事起こらないかなあ?』と終始ふわふわ気分になっていた。
 そして、バイトの後は。
(イブにラーメンデートなんてねー。……そりゃ綺麗な夜景だの理想ってのはあるけどさ。贅沢は言えないよね)
 少なくとも、よく分からないライバル達よりは一歩リードだ! と美琴は自分を納得させた。

(あと、問題は……)
 上条へのクリスマスプレゼントを、思い悩んでいた。
 手作りのマフラーなども考えたが、部屋には白井黒子がいる。彼女の目を盗んで、それは非常に難しい。それに、恋人でもないわけで、ちょっとハードルが高すぎる気がする。
(アイツって、何に喜ぶのかしら)

 コンビニに立ち寄り、雑誌コーナーで情報系雑誌に手をのばしてパラパラとめくる。
 時期が時期だけに、プレゼント特集などもあるが、いまいちピンとこない。
(うーん……)
 ついにはメンズ雑誌にまで手を出してみた。

 むっ!?
 新製品特集のページで、美琴の手は止まった。
(これだ……! これ面白そう!)
 型番を一瞬で記憶して雑誌を棚に放り込むと、美琴はコンビニを飛び出した!
 足は一路、スポーツ店へ。


(よーし、これで準備オッケー! カモンクリスマス!)

――12月23日。

 世間は祝日だが、冬休みであるが故に、学生にとってはもったいない気分になる……というのはさておき、いつもの4人組は、ファミレスで慰めの会を行っていた。
「はは……見事に監視の仕事入れられちゃいましたあ~」
「自分の能力が憎いですの……」
 内部事情はいざしらず、やはり二人はクリスマスイブに支部待機となってしまったようだ。

「25日はオフなんでしょ? その日は相手してあげるから、頑張りなさいな」
「黒子はそのお姉様との約束を糧に、頑張りますの……」
 擦り寄って来る黒子を、美琴は全身で押し返す。

 佐天涙子が頬づえをついて口を開く。
「でも御坂さんがアルバイトなんてビックリですよ。でもケーキ屋さんってかわいくていいなあー」
「えっへへー。一緒に働く女の子たちも良さそうな人たちばっかりだし。結構楽しみなのよねえ」
「あたしもたぶん買いに行くんで、サービスよろしくですよっ」
「ロ、ローソクのサービスならね……」
「……それにしても、そのケーキ屋考えましたわね」

 美琴は、黒子が何を言いたいか分かっていた。あの販促ポスターである。

 確かに、ポスターは約束通り、店内のみに貼られていた。
 しかし、上手くチラシと口コミを活用し、『あの』御坂美琴がアルバイト! という噂を広め、店内のポスターはその証ということで……おそらく、あのケーキ屋には相当の客が押し寄せるのでは、と見られている。
「まったくあの店長ってば……まあいいけどさ」
「あのポスター、あたしも見てきましたけど、御坂さんを始め、三人とも可愛らしかったから、男の人いっぱい来ますよきっと」
「は、はは……」
「まして、デートもせずそのバイトしてるってことはフリーの可能性が高いってことですからね! 帰り道、待ち伏せされてるかもしれませんよ~?」
「え……」
 その可能性は考えていなかった。
 上条との約束を考えると、何かしらトラブルが発生するかもしれない。元々あの男は不幸が売り、でもある。
(う、なんか嫌な予感するわね)
「まあでも御坂さんの能力はみんなご存知ですから、あんまり無茶なことする人もいないんじゃないですか?」
「ま、初春の言う通りですわね。そもそもお姉さまは、そういうナンパな殿方はお嫌いですし」

「まあでも白井さん、御坂さんが男の人とのイブとかじゃなくて良かったですねー」
 佐天涙子としてはもっと面白い展開を期待していたのだろう、『良かった』というわりには、どこかつまらなそうな口調である。
「当然ですの! さすがお姉様、クリスマスイブにこのような愛らしいバイトをされるなんて! 妙な噂もこれで払拭できるやもしれませんわね」
 コイツにかかればそういう風に思われるのか、と美琴は黒子をあきれた様な目で見つめる。

 が、そこで美琴は、あることに思い当たった。
(そういや佐天さん、店に来るって言ってたよね……まずい、店の前では、件のウニ頭が客引きを……)
 うひゃー、と美琴は頭を抱えた。佐天だけの話ではない、ウニ頭との噂、とやらの拡散状況次第では……。
(うわっ、どうしよ。サンタ帽被ってるからバレないとか? け、結構ヤバイ綱渡りな気分……! あれーっ、噂の払拭どころか、一緒のバイトしてたなんて噂が加わっちゃう……?)

 急に赤くなったり青くなったりしだした美琴を、他の三人は不思議そうに見つめていた。


 ◇ ◇ ◇


 その日の夕方の、上条当麻は。
 補習で疲れた身体を引きずって、トボトボと歩いていた。
 冬休みに入ってからも、毎日学校に通っている。今日が祝日なのも関係なかった。文字通り、補習の嵐だ。

 明日は事前申請もあって休みとなっている。
 小萌先生には、なぜか涙目で「上条ちゃん、誰とご一緒なのですか……?」と聞かれたので、ただのバイトっすよ、と答えたが、……信用してもらえなかった感じだった。

 それにしても。
(御坂がバイト、ねえ……なーんかあっさり私もやるとか言ってたけど)
 あのお嬢様、何を考えているのか。
(シスターズ関連の話以外は、アイツほんと気楽そうに生きてるよなあ。悩みがなさそうでうらやましいぜ)
 美琴が聞いたら間違いなくシバキ倒されるであろう事をのんびりと考えていると。

 携帯が震えている。
 見慣れない番号に首を傾げながら、通話ボタンを押して耳に当てた。


「もしもし? ――あ、店長ですか!? はいはい、……ええ、大丈夫ですよ。――――えっ……」



――12月24日、クリスマスイブ。

 ケーキ屋の前は、大行列ができあがっていた。
 やはり、目玉はピンク系のケーキ屋制服を着た御坂美琴である。

 これは、学園都市のLV5を見てみようという人々が集まった、という要素もあるが、何よりも。
 一人でも半端ないオーラを醸し出すと言われる常盤台中学の女生徒が、大挙して押し寄せたのが原因である。
 なんせ、『常盤台制服・体操服以外の御坂美琴』を見ることができる機会はめったに無い。常盤台で絶大な人気を誇る美琴のコスプレ(?)をひと目見られるばかりか、注文時に普段はできない会話もできるかもと、学舎の園から出たこともないような純粋培養お嬢様クラスまで列に並ぶとどうなるか。
 通りがかる人々は、『何だこの眩いまでの行列は?』『常盤台でブームのケーキ屋?』『自分たちも並んでみよう』となり。後は放っておいても列は膨れ上がっていったのである。

 店側も、想像以上の状況でてんてこ舞いとなっていた。本来は応対からケーキピッキングまで一人で行うところを、美琴は応対専用、もう一人をそれ以外の作業に専念させて効率化を計っていた。
 おかげで、美琴は朝からずーっと喋りっぱなしで、――まあ元々よく喋る人間ではあるので、問題はないのだが――ケーキを触らずに終わりそうなケーキ屋のバイトに、何だか違和感を感じていた。

 でも、そんな違和感は実際のところどうでも良く。もっと大きな問題があった。
 顔を上気させ、頭を下げて購入したケーキを持って去ってゆく常盤台中の子に手を振りながら、美琴は。


(――なんで来てないのよ! あの馬鹿……!)

 そのケーキ屋の前に。――サンタクロースは、居なかった。


 ◇ ◇ ◇


「まさかまた、事件に……?」
 美琴は小さくつぶやいた。

 1時間の昼食休憩に入っていた。交代制なので、今は控え室に一人だけだ。
 意を決して上条の携帯に掛けてみたが、捕まらない。圏外だ。
(連絡もよこさないなんて……あの馬鹿!)

 そもそもバイトをサボって問題はないのか?
 店長は死ぬほど忙しそうだが、バイトが来ないと喚いているようでもない。ならば、休む連絡は入ったのか。
 でもそれなら代わりのサンタがいないとおかしい気もする。
 店長に聞いてみたいが、そもそも上条とは無関係と思われているはずだ。非常に聞きにくい。


 忙しいからこそ紛れているものの、上条がいない事は、美琴的にダメージが大きかった。
 またスルーされた、空回りしてる、といった気分がひしひしと押し寄せてくる。
 夜も……バイトの帰り道で、という約束だ。バイトそのものが成立していない。

(幸せな……一日になるはず、だったのに、な……)

 気分が沈みかけたが、美琴はブンブンと首を振った。
「ま、まだ終わってない。それに、アイツがもしホントに事件に巻き込まれてたら、それどころじゃないし」
 口に出して、気分を切り替える。例えば、またシスターズ絡みで何かあって、私に知らせたくないとか、色々あるかもしれない。落ち込むのは、全てが判明してからでいい……。
 とにかく、目の前のアルバイトをきっちりやり遂げること。


 まだ休み時間は残っていたが、美琴は立ち上がった。休んでいると、余計なことを考えてしまう。
 戻ろうとドアの方に向くと、ちょうどドアが勝手に開いた。にゅっと、高校生の子が顔を出す。
「御坂さ~ん。お友達来てるよー」
「あ、はーい!」
 誰だろう? と店の方に戻ってみる。

「あ、佐天さん! 来てくれたんだ」
「御坂さんだ! うっわ、可愛い~~!」
 佐天涙子が友達を連れて来てくれていた。
 佐天の顔を見てちょっと救われた気分になった美琴は、佐天の友達を見回しながら笑いかけた。
「来てくれてありがとね! どれもオススメだから、じっくり見て選んでね!」


(よし、頑張る! とりあえずあの馬鹿の事は横に置いといて……)

――12月24日、20:30

「完売! いっやあ、凄かったなあ~」
 完売の張り紙を外に貼りつけて、店内に戻ってきた店長はニッコニコ状態で気持ち悪いぐらいだった。
 例年なら、ケーキも人気に偏りがあるため、売れ残ったりする。それを店員で分けて持ち帰ったりするのが通例だったが。
 それが閉店時間まで30分残して、見事に売り切ったのだから、エビス顔になるのも当然であった。
「去年より多めに準備したんだけどねえ。いやあ、御坂さんサマサマだよ」
「ははは……」

 もう完全に美琴は、神サマ御坂サマ状態であった。
 最初はあくまでアルバイト、対等に扱われていたが、誰が見てもこの客の入りは美琴の力であり、また仕事の方も、普段のんびりとしているのか店員の方が忙しさでパニックになる中、美琴は平然とこなしている所から、自然と店内で『御坂さんは別』という空気が出来上がってしまったのである。
 特に、美琴の記憶力は半端ではなく、どれだけ客が来てもどれだけ多種多様のショートケーキの組み合わせが来ても、注文を全部覚えていた。包装した箱を美琴に渡すだけで、的確に該当の客に渡してくれるのだ。元々ハッキングなどで、膨大な情報の一時的記憶について鍛えこんでいる美琴には、何の苦労も無かったが。

 ご機嫌な店長に対して、店員やバイトの子たちはグッタリである。やりとげた感はあるものの、あまりに忙しすぎた。
 もう閉店にして片付けたい所だが、サブメニューのプリンや飲み物目当ての客が来るかも、という理由だけで店はまだ閉めないようだ。
 一息ついている店長に、椅子に座りながら美琴はおずおずと切り出した。

「あの……」
「ん、なんだい?」
「私、ここに応募したとき、サンタの呼びこみバイトも併記してあったなあって思い出したんですが。今日いなかったですよね」
「あ、そういえばそうですねえ」
 中学生の子も横から口を挟んできた。

「ああ、あれね。……募集はしたんだけどね、後でその話、無くなっちゃってね。今年はサンタなしでやることになったんだ」

 美琴は愕然とした。
「な、なんで……。あ、いや、間近で見てみたかったなあ、って思っただけですけど」
「ですよねー。でも今日の行列だったら、列整理するサンタさんという妙な事になりかねませんでしたけどねえ」
 その子の言葉に、美琴はハッとした。……まさか!?

「て、店長。ひょっとして、今日の行列を予想して、……もう呼び込みのサンタはいらない、と判断した……とか?」
「……ボクはそのつもりは無かったけど、オーナーがね。コストカットに厳しくてさ。その、御坂さんがいるなら、客はきっと来るから、サンタは無しに、って話がね」
「…………、」
「決まってた子には断りの電話を入れつつ、ウチよりも時給のいい仕込みの仕事を紹介したんだけどね、いいですって断られちゃった。あの子どうしたのかなあ」


――自分の、せいで。
 自分でも、青ざめたのが分かる。

 椅子に座っていなかったら、ぺたんと地べたに座り込むところだったろう。
 この店に貢献できた! とちょっとした自尊心もあったが、一瞬で吹き飛んだ。

「す、すみません、ちょっとお手洗いに」
「あ、御坂さんもういいよ。こちらに戻らず、もう着替えだしていていいよ。昼休みも削ってやってくれてたしね。バイト代用意しとく」
 美琴は何も言わず、一礼して控え室に戻り、トイレではなく、狭い女子更衣室に駆け込んだ。
 更衣室のドアを背に、……美琴の瞳に涙がじわっと浮かぶ。

「なんで……こんなことに……?」
 まさか、自分が上条のアルバイトを潰していたとは。
 連絡がないのも当たり前だ。

 今日のは、彼にとってお金目当てのバイトではない。あの時、照れくさそうに喋っていたのを思い出す。
 それを、単に一緒にいたいだけという自分の行動が、……彼の思いを叩き潰してしまった……?
「うっ……」
 彼の事だから怒りもせず、『不幸だ』と呟いて……そして。
 自分との距離は、今以上に、離……れ……
「うっ……ううぅ」
 そんなつもりはなかったのに。私は、……ちょっと幸せになりたかった……だけなのに。
 更に涙が溢れ出す。

 どこで間違ったのか。ポスターの件を受けてしまったことか。
 それとももう、何をやっても、こういう噛み合わない運命なのか。
 もう、自分が近づかないほうが彼にとって幸せなのでは……?

(い、イヤ。それだけは。近づかないなんて、離れるなんて、イヤ……)
 美琴は逆に、悲しんでいる場合ではないとほんの少しだけ我に返った。
 ぐしぐしっ、と手の甲で涙を拭う。
(とりあえず……出よう。出て、何とか、アイツと連絡を……謝らないと……)
 自分用の臨時ロッカーまで、ふらふらと歩み寄る。
 のろのろと手を動かし、常盤台中学の制服に着替え、セーターを着込む。頭の中は真っ白だ。
 カバンに放り込んでいた携帯を手にとった。時間は、20:59。
 着信案内が表示されていないということは、誰からも電話はかかってきていない。つまり……、彼からも。

(……21:00にな~れ)
 ぼんやりと、このアルバイトの終了を美琴は願う。

 その時。ヴーッ、ヴーッと携帯が暴れだした。
 美琴の目が見開かれる。食い入るように着信を知らせる画面を見つめた。――画面には。


[上条 当麻]、と。

あの、言葉 をもう一度 -Christmas Night- 2 (後編)



――12月24日、21:15。

「うー、寒い……ラーメンってのは大正解だったなー」
 上条当麻はひとりごちて、首元のマフラーに口を埋める。

(しっかし、なんだあのヤロー共は)
 ケーキ屋の通用口のあたりに、男共がたむろっていた。
 一人か、二人組がバラバラと散らばっている感じだ。10人程いる。

(彼女が出てくるの待ってんのかね? ……あれ、俺も傍から見れば彼女待ちみたいに見えたり……?)
 さっき御坂美琴に電話をしたら、もうじき出られるような事を言っていた。
 そろそろ出てきそうなものだ。
(しかし、なんか態度おかしかったような……初アルバイトで何かやらかしたか?)
 一人であわあわ早口で喋ったかと思うと、そこを動かないですぐ行くから、と電話は唐突に切れた。
 ま、色々あったのだろう、ラーメン食いながら愚痴でも何でも聞いてやって、それで……と考えていると、通用口のドアが開いた。

 コートとマフラーを着用した美琴が現れた。
 キョロキョロしながらドアを後ろ手に閉め、……とその時。
 男共がわっと美琴の周りに群がった!

(な、何だー!?)
 上条が状況を把握できずに固まっていると、美琴がこちらの姿を見つけたのか、かき分けて走ってくる。
「うっ!?」
 美琴が、上条の腕にしがみついてきた!
「行こ! 早く連れてって!」
「へ? へ?」
「早く!」
 訳がわからないまま、男共の強烈な視線を浴びつつ、上条当麻は御坂美琴を腕に絡めたまま、回れ右をした。


 早足でスタスタと歩いていた二人だったが、ひとまず後をつけている者がいなさそうだと分かると、足をようやく止めた。
「な、何なんだ一体……?」
「び、びっくりしたわね。なんかね、この後ご一緒にどうですかみたいな事を、口々に言われちゃった」
「……ナンパかよ。お前の正体分かってんのかね」
 あの集団の意味を理解した上条であった。
「化物みたいに云うなっての! ま、まあ、イブにデートもせずバイトしてるのはフリーの証、って思うらしいわ……」
「……モテますね御坂さん。俺帰ろっか?」
「やめてよ馬鹿! ったく!」
 美琴は一層強く、上条の腕にしがみついた。

「……で、なんでお前はしがみついてんだ?」
「フリよフリ。こ、恋人がいると思えば諦めるでしょ。これで行きましょ」
 上条は改めて首だけで振り向く。
「うーん、もういねえと思うけどなあ……」
「そんな見えるトコから見てるもんですか。物陰に居られちゃ分かんないわよ。いいからこれで行こ」
 上条は軽くため息をつくと、美琴を腕に絡めたまま、繁華街の方に向かって歩みだした。

 しばし、無言で歩く二人。
(なーんか変だよな、コイツ……)
 上条は首を傾げる。
 フリならば、軽く腕を絡めるくらいで問題ないと思う。しかし、これは……お化け屋敷でしがみつかれるとこんな感じか、と思えるようなしがみつき方である。『そばから離れちゃダメ!』とでも言いたげな。


 美琴は美琴で、まだ心の整理がついていなかった。
 たまたま、あの男達がいたお陰で自然と上条の腕にすがることができたが、会話は正直自分以外の誰かが勝手に答えていたような感覚で、頭は全く回転していなかったのである。

『おー、御坂ー。俺もう店の外にいるけど、そっちはどんな感じだ?』

 21:00丁度にかかってきた電話、この上条の一声――いつも通りの、何の屈託もなさそうな声に、美琴は救われた。
 色んな感情が入り混ざって、どう返事したかも覚えていない。

 上条との関係に、悲観的な思いで満ち溢れていたところに降りてきた、当人からの蜘蛛の糸。
 上条の腕に、まさに蜘蛛の糸に見立てたように――美琴は無我夢中でしがみついていた。周りの目など気にもとめず、さながら「パパごめんなさい、もう悪い事しないから」と父親にすがる幼い娘のように。


「あのー御坂さん……もうちょっと力抜きません? 歩きにくくねえか?」
 上条の言葉に、少しだけ掴む位置を変える美琴。しかし歩きやすいように調整しただけで、上条的には何も変わらなかった。
(……コイツ、とにかく離す気はないみたいだな。やっぱ変だ、バイトで何か嫌なことでもあったのか……?)
 上条がそう思って本気で心配しかけたとき、美琴が口を開いた。

「もう……今日は来ないと……思って、た」
「へ? 食いに行くって約束したじゃん」
「だって、サンタのバイトが……私のせい、で、無くなって……」
「お前のせい? って何だ? いや確かにサンタは無くなったっつーか断られたけど、俺も向こうの話断ったしな」
「……なんでサンタの話が無くなったか聞いてないの?」
「聞いてねえ。諸事情でどうたらこうたら」


 美琴は店内でさっき聞いた話を上条に伝えた。――言わずにはおれなかった。
「……すげえなお前。そりゃ店側は正解だな。俺へのバイト代なんて無駄の一言だわ」
「何言ってんのよ。私、それ聞いて泣きそうになっちゃった。アンタのバイト潰しちゃった、って。私がバイト、なんて、余計な事……」
 実際は泣いてしまったのだが。

 上条はようやく合点がいった。どうにも御坂美琴の様子が変である理由に。
「……それが理由か、お前がなんか元気ないのは」
「…………、」
「そんな事気にしてたのかよ。お前な、上条さんの不幸の星ナメてんじゃねーよ。こんなの日常茶飯事すぎて、一々気にしてられるかっての」
「……でも……、」
「ああ、バイト無くなったんで、今日俺はちょっと学園の外に出てさ、知り合いが来日してるってんでオルソラ教会ってとこでミサの手伝いしてきた。決まったのが昨日の夜だろ、いきなりのミサ参加で外出許可証だのバタバタしてさ、お前に経緯を連絡するヒマなかったんだよ。店長に聞けば分かる話だし夜も会う訳だし、ってんで、お前にメールすらしなかったのがマズかったな」
「きょ、教会の手伝いじゃバイト代もないでしょ? こ、これ足しにしてよ」
 美琴は空いている手で貰ったバイト代の袋を取り出し、袋ごと上条に手渡そうとした。

「バカかお前は。お前が初めて自分で稼いだバイト代なんだろ? ちゃんと自分で使え」
「使えるわけないでしょ! 本来アンタが貰うべきものじゃない!」
 上条は頭をガリガリと掻いた。このお嬢様の場合、社交辞令でもなく、本気で渡す気なのが分かるだけに、対処が難しい。
「……だったら、俺にラーメン奢るってのはどうだ? お前の稼ぎでさ。俺はそれが一番嬉しい」
「…………!」
「前に言っただろ、金は二の次だって。ミサの手伝いをしたらさ、みな楽しそうに笑ってた。俺はそれで十分満たされたしな」
「……、」

 上条は美琴の思いつめたような表情が、ようやくかすかに緩んだのを見てとった。
「というわけで奢り、な! よっし儲かった!」
「……全部使い切るまで帰さないからね?」
「……今から行こうとしてる屋台は、一杯千円しません、けど……」
「一番高いの選んでお代わりしなさいよ。使い切るまで帰さないってば」
 そう言って、美琴は改めて強く腕を絡める。

「今夜は帰さないってか? へいへい、っと」
「…………!」
 むろん上条は冗談で返しただけだが、美琴は真っ赤になってうつむいた。
 そ、そんなつもりじゃ、と小さくつぶやく美琴の心からは、ようやく上条への罪の意識が薄らぎはじめていた。


――12月24日、21:30

「言っとくけど、ほんと綺麗でもない、ただバカでかいだけの屋台だからな? お嬢様向きじゃねえぞ?」
「お嬢様じゃないって。ウチの母見たでしょうが、一般家庭だわよ。普通に扱いなさいっての」

 そう言って二人が入った店は、巨大な屋台と言うべき店であった。雨避け程度の屋根しかない。
 テーブルが全部外にある。座敷席、椅子席、カウンターと何でもありである。
 ラーメンそのものはトンコツ風でオーソドックスだが、名物はトッピングで、ニンニク・ニラ・キムチがテーブルにどかんと置いてあって、それが入れ放題となっていた。
 白飯まで無料でオーダーできるが、ちょっとこちらは出来が不人気で、あまりお替わりする者もいないらしい。

「どれもちょっとずつ、っと。ニンニク入れすぎると、黒子に鼻つままれる羽目になりそうだわね」
「気にしちゃ負けだ、っと」
 そう言いつつも、ニンニクは控えめにする上条。二人は座敷席の角で、90度に座っていた。

「おいし♪ あったまるわー」
「冬で、かつ、この時間のラーメン! 至高だなー」
 とりあえず、美琴が元気を取り戻したようで、上条は安堵していた。
 結局、ラーメン店までずっと美琴はしがみついてきており、まだ何か考え事をしている風な感じであまり会話もなかったのである。上条に言わせれば、「俺の不幸の星にコイツ巻き込んじまったなー」と、むしろこっちが謝りたい気分であったが、言えばまた気を使わせただのと悪循環に陥る可能性もあって、口に出せなかった。
 ともあれ、普段、電撃をぶっぱなすわ襟首捕まえて振り回すわの美琴が、しおらしい女の子のように腕にしがみついてくる訳で、調子が狂う事この上なかった。理由が理由だけに振りほどくわけにもいかず。
(まあ、腕を組んでたことで浮かずには済んだけどな……)
 ラーメン店は繁華街の中にあり、クリスマスイブということもあってカップルの嵐である。その中に溶け込むには、腕を組んで歩くこと自体は良い選択であった。ケーキ屋とラーメン店までは10分程度の距離だし、照れくさいけどまあいいか、と上条も美琴のやりたいようにさせていたのである。

 ま、ここから仕切りなおしだな、とばかりに上条は美琴に話しかける。
「で、初アルバイトはどうだったんだ?」
「案ずるより産むが易し、ってヤツだわねえ。やたら常盤台の子が来てさあ……」
 温かい物を身体に入れて、ちょっと落ち着いたのか、ようやく美琴の口が回りだした。
 コートとマフラーを脱いで、白系のセーターを着た美琴……襟元で常盤台だと判断は出来るだろうが、パッと見では分からないはずだ。
 この格好なら、と上条も周りの目を気にせず、美琴との会話に集中した。


 ◇ ◇ ◇


「……ふーん、クリスマスケーキっつーとデコレーションケーキ、みたいなイメージあったけどな。チョコ板に白文字でMerry Christmas! ってヤツ」
「あれはやっぱり家族あってのものだと思ったわね。親元から離れてるココじゃ圧倒的にショートケーキ、次がミニタイプのデコレーション、って感じだったわ」
 美琴は箸を置いて、ミニホールタイプのケーキの大きさを手で示す。
「まあ『学舎の園でしか売っていないケーキ』みたいな売りはない店だったけど、美味しかったわよ。リピーターもつくんじゃないかな」
「そう言うなら、おみやげ貰ってくるだろ普通。食いたくなっちまうだろうが」

 言われて美琴はハッとする。実は店側は、少しではあったがおみやげを用意してあった。――しかし。
 美琴もそれは聞いて知っていたのだが、……電話を貰った後はもう頭の中は上条一色になって、お金を貰うやいなや慌てて飛び出したが為に、ケーキを貰ってくるのを忘れたのだ。
「あ、アンタを待たせちゃマズイかな、と思って、おみやげ交渉してこなかったのよ」
 ちょっと頬を赤らめながら、美琴は適当に答えた。俺のせいですかい、と上条はブツブツ呟く。

「そういや、お前がいつ電話取れるか分かんなかったからさ、とりあえず終わりの21:00丁度に掛けてみたら、すぐ出てちょっとビックリしたぞ」
「ちょ、ちょうど携帯いじってたところでね。ちょっと早めに終われたから」
 美琴は思う。――本当に、あの着信で、自分は救われた、と。
「で、外に群がるオトコたちの図、ね。……もったいねえな、いい男いたかもしんねえのに」
「……いい男、なんて関係ないわよ」
「関係ない?」

 美琴は答えず、一旦スープを飲んで一息入れた。

「……そもそも私と付き合ってくれる人は、電撃を苦にしない人じゃないと、だし。あの中に偶然いるなんて思えない」
「お前、条件厳しすぎね?」
「ビリビリしたらビビっちゃう人と付き合えると思う? ケンカもできない仲なんて意味ないじゃない。その人と居てくつろぐどころか、力をセーブしなくちゃなんない、なんてホント勘弁」
 上条が眉をひそめた。
「……何か俺が範囲に入っているような気がするが……」
「へー、アンタ電撃を苦にしないと? ビリビリしてもいいんだ?」
 美琴は一瞬心臓が跳ね上がったが、平静を装って言葉を返す。

「あ、やっぱ違いましたゴメンナサイ。……お前、某ゴム人間しか相手できねーぞ、そりゃ」
「別に、電撃に耐えられるカラダ、でもいいのよん。ほいっ」
 美琴は入れ放題のニンニクをガッと大盛りにすくうと、上条の丼に放り込んだ!

「バカお前! なんでっ……!」
「しーらない♪ スタミナつくから、カラダもきっと丈夫になるわよ♪」
「俺のカラダ丈夫にしてどーすんだ! あーあ、俺の息がニンニク臭いと困るのはお前だろーが、ったく……」
「……私に何する気?」
「何考えてんだテメーは! クサイ男と帰り道一緒になるんだぞ、って話だ!」

 あはは、と笑った美琴が、ちょっと表情を改めた。
「そ、それで」
 視線を目の前の丼に落としつつ、少し顔を赤らめる。
「アンタの好みはどうなのよ……」

 上条はニンニクだらけになったラーメンにおそるおそるレンゲを落としながら、口を開いた。
「俺が選り好みできる立場かっての。ま、敢えて言うなら……しっかりした年上のお姉さんってとこかな」
「……年上。」
 美琴は一気にテンションが下がってしまった。丼に気を取られている上条はそんな美琴に気付かず、続ける。
「だって年下って、お前みたいに中学生になっちまうじゃん。俺はロリコンの称号はいらねえ」
「……年上年下の話じゃなくて、ロリコン扱いが嫌なの?」
「そうだ! 来年俺が高二になりゃ、高一はアリだ!」
「…………、」

 心底あきれたような目で、美琴は上条を見つめた。
「なんですかその目は」
「でもこうやってアンタは私という中学生と一緒にいるのよ? これだけでもロリコン認定じゃないの?」
「……お前は、別」
「別?」

「普通のヤツなら、『俺の隣にいる中学生』っていうのが客観的な姿だよな。だからロリコンっつー話になる。でもお前の場合、主従逆転するんだ、『超電磁砲の横にいる高校生』ってな。むしろお前が気にしないとな、噂とか」
 美琴は佐天涙子に言われた噂、とやらを思い出した。超電磁砲の横にいるウニ頭、たぶんそういう噂になっているのだろう……
「何バカ言ってんのよ。ほんと理屈っぽいんだから」
「ま、俺がこうだから、相手はしっかりしたヤツの方がいいなと思ってるだけだよ。お前ぐらいしっかりしてりゃ、年上も年下も関係ねえしな。別に好みなんてねーんだよ」
 え、それって……と美琴の手が止まる。

「ふ、ふーん。それじゃ私も範囲に入っちゃうんじゃないかしら?」
「いやいや、実は他にもあってだな」
 上条は入れ放題のキムチのかたまりを美琴の丼にひょいっと投げ入れた!
「あーーーーっ!」
「食べ物に好き嫌いのない奴、は条件だったりするんだな」
「ば、馬鹿! こんなの好き嫌い関係あるかっ! これすっごい辛いのにっ!」
「ニンニクにした方が良かったか? クサイ仲になりたかった?」
「馬鹿っ! あーもう、スープまで赤く……どうすんのよこれ!」
「全部食うのがマナーですからね?」
「アンタも汁まで全部飲むのよ!? ニンニクたっぷりのね!」
「ふっふっふ、俺のは逆に美味しくなってたりするんだな。匂いをお前が我慢するだけだ!」

 美琴は軽くふくれっ面で上条を睨む。
「中学生いじめて何が楽しいのかしら、まったく……」
「そのセリフ、高校生に置き換えて、普段のお前にのしつけて返すわ」
「何よー! あうぅ、辛い……」
 二人して軽口をたたきながら、湯気もおさまってきたラーメンを片付けるためラストスパートに入る。


 何となく、誤魔化されたような気もするが、美琴は十分に満足していた。
 こんなやりとりをする空間は、今までに無かった。とても、楽しいひとときであった。


――12月24日、22:10

「まいどっ!」
 美琴は貰ったお釣りを、封筒の中に戻す。
 初めてのアルバイト代で、二人の食事代を払った。――確かに、得も言われぬ充足感がある。
 ちなみに全部使い切るどころか、万札まるまる残ってしまった。

「ゴチソウサマです、お嬢様」
 上条が大仰に頭を下げる。
「ど、どういたしまして」
 美琴は店の人に貰ったブレスケアカプセルを上条に手渡し、上条がそれを口に放り込んだのを見て自分も噛んで飲み込んだ。一時的な効果であれ、やはりこういうサービスは助かる。
「うーん、でも悪い気がしてきたな。普通、初めてのバイト代って両親へのプレゼントとかだよなあ」
「だから元々アンタの分だって言ってんのに……」
「まだ言うかお前は」

 美琴は時計を見た。――22時過ぎ。
 今第十五学区で、隣の第七学区はすぐそこだ。だが、終電が終わっているため、歩くしか無い。寮まで歩くと30分強というところか。
 門限は23時であった。バイトは21時まで、その後食事プラス移動で23時帰宅――という申請理由にしていたのだ。『あの』寮監の事だ、クリスマスイブはさぞかし爛々と目を光らせている事だろう。……喫茶店に立ち寄るどころか、繁華街中央の大クリスマスツリーをちょっと見に行く時間もなさそうだ。時間に余裕をもたせないと、「アレ」も渡せない。
 残念だが、帰るしか無い。美琴はふうっ、とため息をついた。
 帰り道も、きっかけがあれば手を握るなり、腕を絡めるなりしたいが……心に余裕が出来てくると、さっきのように出来ないから不思議なものである。


「帰ろっか」
「ああ……」
 上条は、通りのイルミネーションを見つめていた。美琴も並んで見つめる。
「……綺麗ね」
「そうだな。……お前にゃ敵わねーけど」

「え?」
 美琴は目を見開いて上条を見つめた。
 なにいまの? 聞き間違い?

 上条が美琴の方に向き直って、ニヤッと笑った。
「どうだ? 自然だったろ今の!?」
「……え?」
「いや、いっぺん言ってみたかったんだよ、今の流れ! お前がいいネタ振りしてくれたんで、自然に出てきたぜ!」

 ネタ振り、って……。
 冗談、……ってこと?

 美琴はつい電撃を発しそうになって踏みとどまる。
(お、落ち着け……ここで怒ったら、いつもと変わんないじゃない!)
 ふーっ、と深呼吸した美琴は、行きと同じく上条の右腕にしがみついた!

「お、お前また!」
「結構な冗談ですこと。じゃあ今の言葉をもう一度ね。……ただし、こうやって腕を絡めた女の子の目を見つめて、ね?」
「……へ?」
「へ、じゃないわよ。今の冗談だったんでしょ? なら、何度でも言えるわよね?」
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
「じゃあ、言うわね。『イルミネーション、……綺麗ね』」

 上条は、ごくっと唾を飲み込んだ。まさか、こんな逆襲を食らうとは。
「お……、『お前の方が綺麗だよ』」
「…………!」
「……、あー」

 見つめ合いながら、二人してみるみる真っ赤になっていった。

「ば、馬鹿、セリフ変えないでよ! ちょっとビックリしたじゃない!」
「違った『敵わない』だった……お前な、馬鹿なこと試すんじゃねーよ……」
「ああもう! 帰ろ! 門限もあるし!」
「あ、ああ……」
 真っ赤なまま美琴は、腕を絡めたまま帰る方向に引っ張った。上条も毒気を抜かれたのか、逆らわず歩き出す。

 冗談だと分かっていても、目を見つめられながら綺麗だよ、と……
(やっ、やばい。ニヤケ顔が戻らない……)
 思わず、くふっ、と変な声が出そうになって、美琴は俯きながら悟られないように飲み込む。

「……寝るときに思い出すと身悶えして奇声を発したくなるシチュエーション、ナンバー1に躍り出たぞ、今のは……」
 上条が呆然とつぶやいている。
「に、似合いもしない台詞で中学生をからかおうとするから、そんな目に合うのよ」
「勉強になりました……」


 ◇ ◇ ◇

 いつのまにか、第十五学区を抜け、第七学区に入っていた。
 右手には、「学舎の園」が広がっている。ただ広大なエリアではあるので、入り口となるとまだもう少し距離がある。
 ちなみに、第十五学区のラーメン店から学舎の園入り口、そこから美琴の常盤台中学学生寮、この両者の距離は同じくらいである。すなわち、もう少しでほぼ半分の道のりを歩くことになる。

 途中まで大覇星祭の思い出など喋っていた二人であったが、だんだんと言葉数が少なくなってきていた。
 喋りでは常にリードしていた美琴が、物憂げになって、あまり喋らなくなったためである。
(はあ、この時間が終わっちゃう……)
 美琴は、どさくさ紛れに絡めた上条の腕を、まだしっかりと両手で掴んでいた。

 もうじき普段の通学路の帰り道ルートに差し掛かる。
 そうなれば、否応なしに現実に引き戻されるような気分になっていたのだ。

 そう、明日からはいつもの二人の関係に戻る。年内は会う予定すらない。こんな腕を絡めて、なんぞ当分無いだろう。
 思わず、美琴は改めて、ぎゅっと上条の腕にしがみついた。


(……もう決まりだな。あの、あの御坂が……甘えてきてるッ! 絶対間違いねえ……)
 一方の上条は、また腕に強く圧迫感を感じながら、隣のこの少女のことを考えていた。
 『恋人ごっこ』か何かのつもりだとは思われるが、食べてる時以外ずっと腕に抱きつかれているこの状況は、どう考えても甘えてきている。クリスマスイブ独特の空気に加え、バイトの件の影響もあるのかもしれない。学園都市の誇るLV5といえど、中身は普通の女子中学生だ、誰かに甘えたい時もあるだろうて、と上条は結論づけていた。
 そもそも、と上条は思い出した。御坂美鈴、美琴の母親。彼女も酔っ払うとやたら構ってちゃんモードで抱きついてきたし、御坂妹も、ラストオーダーも、地下街では抱きついてきた記憶がある。
(御坂DNAは抱きつき属性ってことですかね? ……っつーか、コイツにとって腕抱きつきなんて手をつなぐ程度の意識なのかもしんねーしな。俺が意識しすぎなだけか)
 上条自身はこのシチュエーションに、流石に慣れてきていた……というのもあるが、こんなお嬢様にしがみつかれて、正直なところ不快なわけがない。単に照れくさいのと、他人に見られたくないだけであり、その点この帰り道はほとんど人がおらず、気楽だった。お互いコートを着ているせいもあって、厚着であるがゆえに接触部分もあまり意識しなくて済んでいる。

(ケーキ屋バイトやさっきの繁華街で、さんざカップルにアテられただろうしな。まあ、ちょっと人恋しい気分になるのは分からんでもないわな)
 元々バイトの件で引け目があるせいか(上条からすると気にしすぎとしか思っていないが)、普段と違って刺々しい所が全く無いので今日は非常に付き合い易い。ここぞとばかりに、「甘えんぼですね、御坂さんは」と一言言ってみたいところではあったが……余計なツッコミをして、今日一度も出してこない電撃を誘発したら元も子もない。
 明日からはいつもの二人の関係に戻るだろう。天敵の自分と『恋人ごっこ』をしている様子の御坂美琴の胸中は計り知れないが、上条としては本人が満足してるんならいいか、といった心境であった。


 ◇ ◇ ◇

あの、言葉 をもう一度 -Christmas Night- 3 (後編)



「えっと、ちょっと聞いていい?」
 もうじき(学舎の園の)入り口だな、と上条が口にするより早く、美琴が上条に問いかけた。
「ん? 何だ?」
「今日、その……もしこの約束なかったら、何してたの?」
「んー、その手伝ってた教会で、そのままパーティーに参加して飲み食いってとこじゃねえかなあ。誘われたけど、お前との約束あったし」
「あら、……悪かった、わね」
「ま、あっちは大勢でやってるし、俺がいねえからどうこうってのもねえよ。……たぶん」
「そっか……」
 上条は思い出していた。夜は女子中学生と約束があると漏らしたがために、お馴染みのシスター達に監禁されそうになったのだ。這々の体で逃げ出してきたが……。


 美琴もまた、思いを巡らす。
(間違いない、きっとみんなコイツに残っていて欲しかったはず……)
 逆の立場だったら、自分ならもうパーティどころではない。誰かと約束があるなんて聞かされようものなら。
 今、こうやって一緒にいられるのも、あのアルバイトを決めた日、ポケットにあった100円玉が、――もし逆の目だったら、自動販売機の前に行くこともなく……今頃ベッドの上で三角座りでもしていたかもしれない。
 幸運。これは相当幸運だったと思っていい。美琴は今の幸せをかみ締めた。
 しかし、その幸せの反面として、新たな不安も生まれている。この帰り道、上条にしがみついて考えていたこと。

 自分の中にある、まだ眠っている、体裁を打ち破るほどの莫大な感情――

 今なら分かる。あの『恋じゃない』と否定していた心は、……それ自体に意味はなく、ただ『上条の事を考えている至福のひととき』の一つに過ぎないという事を。意味があるとすれば、心が彼に向かいすぎないように調整していた、程度のものだろう。
 だが、今日こうやって始終しがみついて……この居心地の良さを、身体が覚えてしまった。特に、心にぽっかり穴が空いたところに、こんなに甘いモノが流れこんできたのである。――ひとたまりもなかった。

 不安。
 この眠っている感情、……もはや薄皮一枚の状態だが、もう押さえ込める自信がない。
 次に感情が高ぶったら、自分は……

 と、そこで美琴は何とか我に返り、軽く首を振った。これ以上は、きっと彼も拒絶する。――それは、お互い不幸なだけだ。
 自信のある無しではない。押さえ込まなければ、今度こそ関係が壊れる。もうあのバイト先での思いは、二度としたくない。

 美琴は自分の中の不純なモノを吐き出すかのようにため息をつくと、上条を見上げて話しかけた。
「と、ところでさ。ちょっと、あの、いつもの自販機のとこ、寄っていいかな」

 広い学舎の園の前を通り過ぎ、上条の高校との分岐点が見えてきていた。
 その分岐点を、高校側に少し歩けば、あのいつもの自動販売機がある。
「いいけど、門限大丈夫か?」
「大丈夫、すぐ済むから」


 少しルートを外れ、自動販売機の場所まで歩く。
 アルバイトの相談をしたテーブルの前まで来ると、ようやく美琴は絡めていた腕を放し、上条を解放した。
「飲み物でも買うのか?」
 上条はう~~~ん、と伸びをしている。
「ううん、ちょっと待って」
 美琴はカバンをあのテーブルの上に置き……ごそごそとラッピングされた袋を取り出した。

 おずおずと、上条の真正面からプレゼントを差し出す。街灯と自動販売機の灯りで、暗すぎるということは無い。
「はい、これ。ここで今日の約束した時、私言ったでしょ、『褒めてあげる』って。これがご褒美、ね!」
「えっ……いやいや、俺なにも用意してねえ!」
「クリスマスのプレゼント交換じゃないってば。ご褒美だって言ってんでしょ」

 うわ参ったな……と上条は躊躇っていたが、頬をポリポリ掻きながらも受け取った。
「サ、サンキューな。開けていいか?」
「う、うん。気に入ってくれると、いいんだけど」

 丁寧にシールをはがし、そろそろと中身を取り出す。……上条が低く唸った。
「お、お前これ……最新のアレじゃねえか!」
「えへへ、これならアンタも持ってなさそうだったし」
「持ってるわけねえだろ! ……シャレなんねーぞ……」

 それは手袋だった。
 しかし、最新のアレ、というだけあって学園都市最新技術が盛り込まれているシロモノで、この高機能手袋は極薄なのに防寒性・耐衝撃吸収を兼ね備えており、更に……
「なんだこれ……ものの数秒で装着感無くなったぞ……すげえ」
 早速右手にだけ装着した上条は再度唸る。
「私の水着もそうなんだけど、その装着感無くなるのって、良し悪しな気もするけどね」
 学芸都市でも着た美琴の競技タイプ水着も、高性能な中でも、着ていると装着感が無くなるというのが性能の一つとして挙げられている。本当に何も着ていないような気分になるのだ。

「お前これは……いやもちろん嬉しいけど、ちょっと行き過ぎじゃねーか?」
 値段は今日のバイト代で賄えるレベルではないはずだ。
「アンタね、その右手で色んな人救ってきてんじゃないの? どうせこれからも酷使するんだろうし、せめてそれでちょっとは守りなさいな、ってね」
「…………、」

 上条は包装紙をコートのポケットにしまい込み、両手にきっちり手袋をはめ直し、にぎにぎと感触を確かめた。
「マジですげえな……ありがたく受け取るけどさ、俺お前にこのレベルのお返し、なにもできねえよ……」
「だからご褒美だと何度言ったら。……それにお返しって話なら、私に言わせりゃこんなの、アンタへの借りの足しにもなってないわよ? ただ市販品買っただけだもん」
「借り、って……お前ひょっとしてシスターズかなんかの話してんのか? あれは俺が好き勝手やっただけじゃねーか」
「それだけじゃ、ない。色々よ、色々。……アンタが好き勝手と言うなら、私もこうやって好き勝手にやる、それでいいでしょ?」

「あーもうお前は! 何でこういう、いやそりゃ嬉しいけど、……うーん……」
 上条的には、両親からの高校入学祝い級とも言える破壊力を持った品であった。
 友人間のプレゼントのレベルではない。
「……罰ゲームと一緒だけどさ、何でも言うこと聞くから、何か言え」
「え……?」
 上条には、もうこれしかなかった。
「ご褒美なのは分かった。ありがたく受け取る。で、それはそれとして、お前には世話になってるし、……俺もお前にプレゼントしたい。出来ることなら何でもやってやる」

 今日の御坂美琴の行動はちょっと読めない。よって、こういう「何でもやってやる」は結構危険な賭けであった。
 しかし、日を改めてプレゼント返しをしようにも、ちょっとこれはマトモに返せない。金欠は解決していないのだ。


 美琴は考え込むかのように俯いてしまっている。
 しばし、二人の間に静寂が流れた。自販機の内部の音だけがやけに響く。

 しかし思ったより早く、美琴が沈黙を破った。
「じゃあ、……お言葉に甘えて……」
(!? 早い! この展開を読んでた……ってのは無いか。てーことはつまり……)

 ひょっとして常日頃、俺に期待してる事がある?

 今思いついたのではなく、前々から考えていた事。……そして言い出せなかった事。なんだか重くて、実現が厳しそうな予感がする。
 だが上条は、動揺を押し隠しつつ、頷きながら言葉を促した。
「出来ることなら、すぐ約束してやる。言っちまえ」
「……その……アンタが前に言ってた言葉を、聞かせて欲しいな……ってのは、ダメ?」

――言葉。

(何だ!? でも、言ったことのある言葉、なら問題ねえ、よな……?)
 二度と口にしたくないほどクサイ言葉があったかどうか思い出そうとする上条。あの橋の上では結構言っちゃった感はあるが、切羽詰った状況であまり明確に覚えていない。
 しかし、ここで嫌なことに思い当たった。
(まさか……記憶喪失前、とんでもねーこと口走ったとかじゃねーだろうな、俺? ひょっとして、俺がコイツをナンパしたのが出会いで、その時のセリフ……ってのもあり得るんじゃねーか!?)

「そ、それでいいならお安い御用、と言いたいけど……、いつ、どこでの話だ?」
 不安が何だか膨らんでくる。上条は俯き加減に視線をそらしたままの美琴に、おそるおそる問いかけた。

「……夏休み、最後の日。」

 夏休み最後の日。
(偽デートやった日か! 何か言ったか俺……? そういえば夜も歩道橋で会ったっけ)

「その……工事現場で、海原光貴に……、いつでもどこでも駆けつけて、って言ってたじゃない? 同じ言葉を、私にも……」
「…………、って!」
 今の言葉が上条の脳に時間をかけて染み込み……、そして上条に驚愕の声を上げさせた。
 確かにあの時、御坂美琴が落ちてくる鉄骨の軌道を変えてくれたような記憶がある。――しかし、粉塵の舞い散る中、そんな聞こえるほど近くに居た、と!?
「ちょ、ちょーっと待て! あ、あれ聞こえてたのかお前!」
 美琴はこくん、と頷いた。そして、上条に顔を向ける。


「かすかに、ね。だからいつかちゃんと、……あの、言葉……をもう一度、って」


 上条は頭を抱えた!
「バカお前、あんなの本人目の前に言えるかっ! あ、あれはつまり……アイツとの約束であり、俺の誓いで、しか……!」
「……ダメ?」
「…………、」

 美琴は、上条をじっと見つめていた。
 だが、引きつった上条の顔を見るとまた、うつむいてしまった。

「ダメなら……いい。……アンタが何かお返ししようとしてくれた、その気持ちで十分。……帰ろっか、もうここからは一人で」
「待て待て!」
 チェックメイト。急にしぼんでしまった様な美琴を見てしまったからには、このまま帰るという選択肢はあり得なかった。
「け、結論を早まんな! よりによって、何だってその言葉なん……だ?」

「…………、」
「い、いや、あのな? 言葉なら言える、恥ずいけど言える。でも、めちゃくちゃ上っ面な台詞になるぞ? 何かこう、お前が敢えてそれを選んだ理由とか教えてくれるとかしねえと……」
「…………、」
「やっぱり、言葉ってのは感情を込めて、じゃねえと、さ……今のままじゃ、言い方悪いけど、『言わされた』みたいになっちまう」

 自動販売機のヴ…ンといった稼動音だけが、しばし二人の間の静寂を取り持った。

 やがて美琴が、ぽつりとつぶやきだした。
「……私とアンタって、肝心なところで縁が、ないのかな、って」
「……はい?」
 思ってもみない言葉に、上条は戸惑う。

 美琴が顔を上げた。何か覚悟を決めたような表情をしている。
「アンタってさ、私をほんとスルーするよね。無視じゃなく、視界に入ってない類の」
「してねえよ、と言いたいトコですけど……」
「今日アンタがバイトに来なくってさ、……色々考えさせられたのよ。そういや、メールは届いた試しないし、電話は肝心なところでブチブチ切れるし、恋人ごっこでも罰ゲームでも途中で邪魔されるし、他にも色々。……これはひょっとして、何かあるんじゃないかって」
 これは確かに上条も不思議に思っていた。美琴とはいつも尻切れトンボな形で話が終わるのだ。

 美琴は上条を見つめたまま――たまに視線を下に落としたりもしつつ、淡々と話す。
「でも、シスターズの件や残骸事件の時は、そういう妙な妨害無かったしなあ、と思ったとき、気づいたの。あの2つの事件は、アンタの視点からしてみたら、あくまであの子や黒子が主役だったのよね。あくまで私は、オマケ、だった」
 確かに、命の危険という意味では、主役は御坂妹であり、白井黒子であった。だが、美琴がオマケというほどに低いわけではない、と上条は思ったが、口には出さずに美琴の言葉をじっと聞いていた。
 ちょっと間を開けて、美琴は改めて口を開く。

「ではここで問題です。御坂美琴が一人単身でどうしようもないピンチになったとき、どうなるでしょう? 私が主役だったなら?」
「…………!」

「……なんかさ、アンタは来ない気がするの。今までの経緯を考えると、アンタは私をスルーしちゃう、と思うのよ……」
 美琴の声のトーンが落ちる。
「何なの……かしらね。アンタの右手は、私の電撃を防ぐのに飽きて、私との縁をぶった切ろうとしてるのかもね。私が死んじゃえば、防ぐ必要も無くなるものね。……冗談よ」
 口を開きかけた上条を、美琴は制した。

「……アンタも知ってるかな。学園都市のLV5が次々におかしくなっていってる、って話。噂じゃ五体満足な状態でもないって聞くし」
 上条の脳裏に、ロシアでのアクセラレータの姿が思い浮かぶ。苦悩と狂気に彩られた、上条に向けた総攻撃……確かに、正常ではなかった。
「私も、アンタがいなかったら、そうなってたと思う。精神的にか、物理的にかはともかくね……。でもまた、いつか……きっと何かに巻き込まれる。もう予想ってか、確信に近いわね」
「…………、」

「だから、さ」
 美琴の声が……鼻声になった。
「直接、あの言葉をもう一度……、と思ったの。……今のままじゃ、『お前だけは助けない』って言われてる気分でさ。……つらいじゃない、そんなのって」
「御坂……」

 美琴は俯いた。かすかに涙目になってしまったのを隠すかのように。
「言っとくけど、アンタが来る来ないは本題じゃないわよ? 私は独りでやるもの。ただ、……どうせスルーされるって思って戦うのと、ギリギリまで諦めなければアンタが来るかもと思って戦うのと、どっちがいい? って話でさ……」
 声のトーンは戻ったが、幾分自嘲気味に美琴は続けた。
「これが理由。……あんまり言うもんじゃないわよね、白けちゃったかな。やっぱり言わなくていいわ、帰……」
 美琴の言葉は、そこで途切れた。――上条が、美琴の頭の上に、優しく右手を乗せたためだ。

「分かった分かった。お前またややこしいこと考えてやがんなあ……」
「…………!」
 上条はつぶやき、俯いた美琴の頭を優しく撫でる。美琴は胸の前に両手を揃えたまま、硬直していた。

「縁……ね。俺は相当お前との縁は、あると思ってるけどな」
 頭の上に乗せた右手を、上条は美琴の左肩に移動させた。手を頭から外せば美琴が顔を上げるかと思ったが、美琴は俯いたまま、上条を見ようとしない。
「……ど、どこが……よ」
「例えばあのバイトの話、ここで偶然会ったのが始まりじゃねーか。あれが縁じゃなかったら何なんだ? それに、今日の21:00の電話もそうだよ。肝心な電話が切れるっつー話も、微妙だよなこれで」
「…………、」
「そして、お前、今日ずーっと俺にしがみついてたけど、誰かに邪魔されたか? 妹も、白井も来なかったぞ?」
「それは……」
「それにそもそも、携帯のペア契約だの、両親の面あわせだの、……これで縁がないとか言うのかよ、お前は?」
「だ、だから、縁自体はそれなりだとは思うけど、肝心な時、って話よ!」
 美琴は小さく抗議した。

「ま、確かに言われてみれば、俺とお前の繋がりみたいなのが、妙な力で邪魔されてるような感じは否定しねえ。お前のピンチに気づかないかもしれねえ」
 でもな御坂、と上条は言葉を継いだ。
「――お前には周りの奴らが居る。御坂妹が、白井が、皆がいるじゃねえか。そいつらがきっと俺に教えてくれる。お前は、独りじゃねえんだからさ。で、俺が――」

(直接言う事による『責任』と、その『覚悟』――! ちっと重いが、まあ構わねえ!)
 上条はもう一方の掌で美琴の肩を掴み、心のなかで誓いを新たにした。
 両肩を上条にしっかりと掴まれた美琴。その『意思』を感じ取った少女は、弾かれるように顔を上げ、目の前の少年を見つめ――


「いつでも、どこでも、誰からも。何度でも駆けつけて、お前を守ってやる。御坂美琴の世界を守ってやる」
 上条ははっきりと、美琴を見つめ返しながら、言い切った。


「…………!」
「お前ホントどうしたんだよ今日は。イブだからっておセンチになりすぎだぞ、……って!」
 上条は言葉に詰まった。
 御坂美琴が――目を見開いたまま瞬きもせず、瞳から涙をぽろぽろ落し出した、から。
 引き結んだ口元を、わずかに震わせながら。

「だあー、泣くな! お、お前、今日は何だってそんな、おん……」
――女の子みたいに。
 言葉を飲み込み、美琴を改めてじっと見つめた。

 女の子みたいに、しがみついたり、泣いたり。
 そもそもコイツ、泣き顔見られたのを心底嫌がってなかったか? しがみつくってのも、明日以降からかわれる事を考えれば、本来ありえない事だ。からかわれると、とにかくムキになる性格だったはずだ。
 今日は、クリスマスイブに乗じて『女の子らしく』しているのかと思っていたが、……そうではなく、ひょっとしたら。

 上条の心に、フッ……と湧き上がる、思い。
 今日の、この甘えたで泣き虫の姿が、御坂美琴の本来の姿……? 普段はLV5のプライドもあって弱さを見せまい、と……?


(い、いや、そういう判断はあとでいいや! まずコイツどーすっか?)
 上条は両手を離して一歩踏み込むと、美琴の左側から右肩を抱いた。
(こうやって抱き抱えるようにしてやれば、ちょっとは落ち着くかな? 正面から抱きしめたら、表情わかんねえし……)
 空いた左手でポケットをまさぐり、ハンカチを取り出した。
 正面に上条がいなくなったせいか、やや視線は下におとしつつも、涙をぬぐおうとせず心ここにあらず、といった風である。美琴の目の下に、上条はそっとハンカチを当ててやる。

「お前、マフラーぐしょぐしょになるぞ……台詞もどういうか分かってんのに、なんでそんなに……」
 ようやく美琴がぴくりと動いた。
 ゆっくりと、左側にいる上条へ顔を向ける。

(うっ……!)
 上条の身体を、電気のようなものが貫いた。決して、美琴の直接的な電撃ではなく。
 見つめてきた美琴の潤んだ瞳、唇から視線が外せない。さっき真正面からの時は焦点があっていなかった感じだったが、今は、はっきりと上条を見つめている。

(な、なんだこの空気は、……!)
「……ぁ」
 ありがとう、と言おうとしたのか。声にならずに美琴の唇だけがかすかに動く。
 美琴の潤んだ瞳がとろん、と――

 マズイ――!
 この顔の距離、顔の角度、……後は、少女が目を閉じようものなら。
(ま、待て御坂。そこで目を閉じたら、『そういう』空気になっちまう! お、俺たちは『そういう』関係、じゃ……!)



 美琴は、『あの言葉』を聞いてから、――感動して何も考えられなくなっていた。
 自分が涙を流していることも、気づいていない。

 そして、頬になにか布のようなものが当てられる感触で、ようやく我に返った。
 左側に気配を感じて、ゆっくり顔を向けると、心配そうに見下ろす、『アイツ』の姿が。

――何か言わなきゃ。
 口を動かすが、出てこない。
 それよりも、そんなに見つめられると、眩しくて……嬉しくて、幸せで……目を開けてらんない……

 美琴はゆっくりと目を閉じた。


 上条はその美琴の幸せそうに目を閉じた顔を見て、吸い寄せられるように、唇を近づけ――

 ビービービービービービー!!!

「うわわわっ!?」
「きゃっ!?」

 突然の警報音に、二人とも思わず抱き合った!
「な、なんだっ!?」
「…………!」
「じ、自販機か。何で警報が……?」
 二人して自販機を見つめるも、何で鳴っているのか皆目見当がつかない。

 上条も美琴も、一気に現実世界に引き戻された。
(……た、確かにキスしそうな空気だったが、そこに完璧なタイミングの警報って何だよ……、って!)
(し、幸せな気分に浸ってたのに、なんなのよこれ! コイツ絶対なんかあるわよ、間違いない! って!)
 二人は同時にばっ! と離れた。
「は、はは……」
 さっきの危うい空気と、おもいっきり抱きしめあった状況に、赤面する二人。
 甘い空気が吹き飛ばされ、仕切り直すにもこんな警報音の下ではあり得ない。

 が、やにわに上条は美琴の手を差し伸べた。
「……?」
「と、とりあえず行くぞ。ここに居たらマズイ!」
「! そ、そうね。通りの道まで戻りましょ!」
 美琴は頷いて上条の手を取った。抱きしめあった後では、手を握るなど照れもなく出来るから不思議なものである。
 上条は逆の手でテーブルの上の美琴のカバンを掴む。
「カバンはとりあえず持つ! 行くぞ!」
 巻き添えはゴメンとばかり、二人は逃げ出した。

「……お前、やっぱ、自販機、蹴りすぎだ、ろ! 反撃だな、ありゃ!」
「ば、馬鹿! んな、訳、ないでしょ! あ、警備、ロボットが」
 走りながら途切れ途切れに会話していると、警備ロボットとすれ違った。あと30秒判断が遅れていたら、面倒な事になった事だろう。
「とりあえず、あの、高架下、へ!」
「う、うん!」

 二人は頷きあうと、手をつないだまま走り続けた。

 ◇ ◇ ◇

 はーっ、はーっ。
 高架下で足を止めた二人は、とりあえず息を整えていた。……手は握ったまま。

(……御坂は手を離す気はないみたいだな。ああもう、今日はこのお嬢様の好きにさせとこう!)
 そんなことよりも、上条にとっては実際問題、キスしかけた自分の心理状態のほうが問題だった。
(ぐうう、中学生相手に俺は……! な、流されたとはいえ、キスしてたら大問題だったろ俺! ううう……)
 自称硬派が聞いてあきれる。
 上条は美琴に気取られぬよう、そっとため息をついた。


 一方、美琴は、思い出していた。

『いつでも、どこでも、誰からも。何度でも駆けつけて、お前を守ってやる。御坂美琴の世界を守ってやる』
 美琴にしっかり刻み込まれたこの言葉。
 恋人でもないのに、現実的でもないのに、誓ってくれた上条の真意は分からない。
 でも、真意を上条に問おうとして表に出せば、きっと『薄れる』。
 描いた絵を解説して貰う必要はない、こちらは感じ取るだけでいい。感じたままに、心の奥底に、丁寧にしまい込んでおけば――。

 この言葉があれば、明日からもきっと大丈夫だ。感情のコントロールができないと不安がる必要は、もうない。
 美琴は、自分の中に芯のようなものができたことを感じ取っていた。物理的に上条にすがるのではなく、この芯にすがれば良い。
(勇気を出して、言ってもらって良かった……)

 繋げた手をぎゅっと握りしめた。

「ああ、もう大丈夫か? じゃあ行くか。マジで門限きつそうだな」
「正直、テレポートでもないと無理ね。まあでも叱られりゃ済む話だし。あ、ごめんカバン持つね」
 自分のカバンを受け取って、一歩歩みだしたところで、美琴は足を止めた。

「御坂?」
 上条は、うつむいている美琴をいぶかしがる。
「あの、さ……」
「な、なんだ?」
「自分で贈っておいてナンだけどさ。……手袋外して欲しいかな、って」
 そう言って、美琴は手を離した。真っ赤な顔が見て取れる。

 上条は、まじまじと繋いでいた手を見つめる。超薄手の特製手袋。
(コイツは……いやもう敢えて言おう。マジで可愛いかもしれん! 今日だけかもしれねえけど!)
 丁寧に手袋を外してポケットにしまい、上条は改めて手を横に差し出した。
 美琴も、改めて上条の、素手を握る。

「やっぱ、違うね」
「ああ……お前手、冷えてんじゃねーか。手袋じゃわかんなかったぞ」
「さすが防寒仕様ねえ」
 走ったとはいえ、数分の短距離だ。手が温もるほどではない。

 しょうがねえな、と上条はつぶやき、美琴の手を握ったまま自分のコートのポケットに手を入れた。
 そして美琴を引っ張るように、歩き出す。
「き、気のきいたことするじゃない」
「あの繁華街でな、こうしてたカップルがいたんだよ」
「か、カップルって……」
「今更カップル云々で意識してんじゃねーよ。ずっとしがみついてたクセに」

 美琴はカーッと赤くなりつつも、黙ってはいなかった。
「な、何よ。アンタだって、さっき私が眼を閉じてた時に、何しようとしてたのよ!」
「え、いや、何も! 何もしてませんですことよ?」
「へー。すっごいニンニク臭いのが、濃厚に感じ取れたんだけど? あれは気のせいだったんだ?」
「き、気のせいだ! 元々距離近かったんだから、ソレのせいだ!」

 美琴はむーっと上条を睨んでいたが、やがてぽつりとつぶやいた。
「……次は、そういう匂いのしないとこ、行こうね」
「へ?」
「何でもないっ!」
 顔を赤くして顔を背けてしまった。

 上条はそんな美琴の様子を見て、ははっ、と笑う。コイツこんなにいいキャラしてたんだな、と。
「……じゃあ、次お前が選べ。ラーメンは俺が選んだしな」
「……よ、よーし。きょ、今日のバイト代使いきれるとこ探してくるから、待ってなさい!」
「つ、次は奢る必要ねえよ!」
「アンタが私の初アルバイト代で奢れって言ったもん! まだ契約は終わってないんだから!」
「こ、この……泣き虫娘が!」
「あーっ、そん……」
 不意に美琴の声が途切れた。

「え?」
 上条が思わず声を出した。

 そこにいたはずの御坂美琴が、消えていた。

 いきなり握っていた左手から、感触が消えた。
 思わず振り返ると、そこには。

「門限ですわよ、お・ね・え・さ・ま?」

 これは門限破りか、と白井黒子がやきもきして探しにきたのだ。
「ちょ、ちょっと黒子!?」
「問答無用ですの!」

 思いっきり白井黒子が睨んできたかと思うと、美琴と黒子の姿はかき消えた。


「……ここでようやく、邪魔、か」
 上条が小さくつぶやいた。
 本当に彼女とは二人でいると、無難には終わらねーなと改めて思う。
「ま、今日は御坂の……違った一面が見れたって事、でいいか。結構可愛らしい面があるってこったな」
 フッとイルミネーションでの浮いた台詞や、キスしかけた事を思い出す。
(くっ……アイツよりまず俺だ。いつもの上条さんに戻らねーと、明日からアイツの顔見れねー……)
 上条はブンブンと首を振った。

 携帯を取り出し、時計を見た。あと2分ほどで23時だ。
(……ま、門限に間に合うなら白井に感謝しなくちゃ、だろう)
 上条は天を見上げる。
(さーって帰って寝るか。明日も補習だし、……って?)

 黒かったので、至近距離まで気付かなかった。上から黒い網が降ってきたのである!
「何だーっ!?」
 網に絡まってもがく上条。機を同じくして、四方から現れたのは。一人の男と、数人の修道服の女たち。


「た、建宮! 何のつもりだテメエ!」
 クワガタみたいな光沢のある尖った髪に、ぶかぶかのシャツやジーンズ。首には小型扇風機を四つほど紐を通して引っ掛けてある――そう、建宮斎字である。
 建宮は答えず、修道服の女たちに合図する。わらわらと上条に群がり、網で綺麗に巻きあげてしまった。
 上条も女相手では無茶な抵抗もできず、ほとんどなされるがままであった。
「な、何のつもりだ、と……」

 建宮が不機嫌そうに口を開く。
「……まあ積もる話はオルソラ教会に戻ってからなのよな」
「へ?」
「こちらのパーティを抜けだして、女子中学生とクリスマスデートとあっては、そのままにしておけんのよ」
「な……に……?」
「ああ、さっきは邪魔してすまなかったのよなあ。自販機を誤作動させるタイミングは我ながら完璧! と思ったものよ」
「てっ、テメエ……、全部見て……?」

 建宮は上条の呻きには反応せず、修道服の女たちに頷く。
「さて、二人の関係を洗いざらい吐いてもらうのよ。科学の方に調査が及んでいなかったのは不覚。まさかインデックスの他にいようとは思わなかったのよな」
「ちょ、ちょっと待て……」
「では戻るとするのよ!」


 女たちに担ぎ上げられた上条当麻は、思わずつぶやいた。
「俺を、いつでも、どこでも、誰からも。何度でも駆けつけて、守ってくれる人はいねえのかなあ? 不幸だ……」


 上条当麻のクリスマス・ナイトは、まだ終わらない――。


fin.


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