あの、言葉 をもう一度 -Christmas Night- 2 (後編)
――12月24日、21:15。
「うー、寒い……ラーメンってのは大正解だったなー」
上条当麻はひとりごちて、首元のマフラーに口を埋める。
(しっかし、なんだあのヤロー共は)
ケーキ屋の通用口のあたりに、男共がたむろっていた。
一人か、二人組がバラバラと散らばっている感じだ。10人程いる。
(彼女が出てくるの待ってんのかね? ……あれ、俺も傍から見れば彼女待ちみたいに見えたり……?)
さっき御坂美琴に電話をしたら、もうじき出られるような事を言っていた。
そろそろ出てきそうなものだ。
(しかし、なんか態度おかしかったような……初アルバイトで何かやらかしたか?)
一人であわあわ早口で喋ったかと思うと、そこを動かないですぐ行くから、と電話は唐突に切れた。
ま、色々あったのだろう、ラーメン食いながら愚痴でも何でも聞いてやって、それで……と考えていると、通用口のドアが開いた。
コートとマフラーを着用した美琴が現れた。
キョロキョロしながらドアを後ろ手に閉め、……とその時。
男共がわっと美琴の周りに群がった!
(な、何だー!?)
上条が状況を把握できずに固まっていると、美琴がこちらの姿を見つけたのか、かき分けて走ってくる。
「うっ!?」
美琴が、上条の腕にしがみついてきた!
「行こ! 早く連れてって!」
「へ? へ?」
「早く!」
訳がわからないまま、男共の強烈な視線を浴びつつ、上条当麻は御坂美琴を腕に絡めたまま、回れ右をした。
早足でスタスタと歩いていた二人だったが、ひとまず後をつけている者がいなさそうだと分かると、足をようやく止めた。
「な、何なんだ一体……?」
「び、びっくりしたわね。なんかね、この後ご一緒にどうですかみたいな事を、口々に言われちゃった」
「……ナンパかよ。お前の正体分かってんのかね」
あの集団の意味を理解した上条であった。
「化物みたいに云うなっての! ま、まあ、イブにデートもせずバイトしてるのはフリーの証、って思うらしいわ……」
「……モテますね御坂さん。俺帰ろっか?」
「やめてよ馬鹿! ったく!」
美琴は一層強く、上条の腕にしがみついた。
「……で、なんでお前はしがみついてんだ?」
「フリよフリ。こ、恋人がいると思えば諦めるでしょ。これで行きましょ」
上条は改めて首だけで振り向く。
「うーん、もういねえと思うけどなあ……」
「そんな見えるトコから見てるもんですか。物陰に居られちゃ分かんないわよ。いいからこれで行こ」
上条は軽くため息をつくと、美琴を腕に絡めたまま、繁華街の方に向かって歩みだした。
しばし、無言で歩く二人。
(なーんか変だよな、コイツ……)
上条は首を傾げる。
フリならば、軽く腕を絡めるくらいで問題ないと思う。しかし、これは……お化け屋敷でしがみつかれるとこんな感じか、と思えるようなしがみつき方である。『そばから離れちゃダメ!』とでも言いたげな。
美琴は美琴で、まだ心の整理がついていなかった。
たまたま、あの男達がいたお陰で自然と上条の腕にすがることができたが、会話は正直自分以外の誰かが勝手に答えていたような感覚で、頭は全く回転していなかったのである。
『おー、御坂ー。俺もう店の外にいるけど、そっちはどんな感じだ?』
21:00丁度にかかってきた電話、この上条の一声――いつも通りの、何の屈託もなさそうな声に、美琴は救われた。
色んな感情が入り混ざって、どう返事したかも覚えていない。
上条との関係に、悲観的な思いで満ち溢れていたところに降りてきた、当人からの蜘蛛の糸。
上条の腕に、まさに蜘蛛の糸に見立てたように――美琴は無我夢中でしがみついていた。周りの目など気にもとめず、さながら「パパごめんなさい、もう悪い事しないから」と父親にすがる幼い娘のように。
「あのー御坂さん……もうちょっと力抜きません? 歩きにくくねえか?」
上条の言葉に、少しだけ掴む位置を変える美琴。しかし歩きやすいように調整しただけで、上条的には何も変わらなかった。
(……コイツ、とにかく離す気はないみたいだな。やっぱ変だ、バイトで何か嫌なことでもあったのか……?)
上条がそう思って本気で心配しかけたとき、美琴が口を開いた。
「もう……今日は来ないと……思って、た」
「へ? 食いに行くって約束したじゃん」
「だって、サンタのバイトが……私のせい、で、無くなって……」
「お前のせい? って何だ? いや確かにサンタは無くなったっつーか断られたけど、俺も向こうの話断ったしな」
「……なんでサンタの話が無くなったか聞いてないの?」
「聞いてねえ。諸事情でどうたらこうたら」
美琴は店内でさっき聞いた話を上条に伝えた。――言わずにはおれなかった。
「……すげえなお前。そりゃ店側は正解だな。俺へのバイト代なんて無駄の一言だわ」
「何言ってんのよ。私、それ聞いて泣きそうになっちゃった。アンタのバイト潰しちゃった、って。私がバイト、なんて、余計な事……」
実際は泣いてしまったのだが。
上条はようやく合点がいった。どうにも御坂美琴の様子が変である理由に。
「……それが理由か、お前がなんか元気ないのは」
「…………、」
「そんな事気にしてたのかよ。お前な、上条さんの不幸の星ナメてんじゃねーよ。こんなの日常茶飯事すぎて、一々気にしてられるかっての」
「……でも……、」
「ああ、バイト無くなったんで、今日俺はちょっと学園の外に出てさ、知り合いが来日してるってんでオルソラ教会ってとこでミサの手伝いしてきた。決まったのが昨日の夜だろ、いきなりのミサ参加で外出許可証だのバタバタしてさ、お前に経緯を連絡するヒマなかったんだよ。店長に聞けば分かる話だし夜も会う訳だし、ってんで、お前にメールすらしなかったのがマズかったな」
「きょ、教会の手伝いじゃバイト代もないでしょ? こ、これ足しにしてよ」
美琴は空いている手で貰ったバイト代の袋を取り出し、袋ごと上条に手渡そうとした。
「バカかお前は。お前が初めて自分で稼いだバイト代なんだろ? ちゃんと自分で使え」
「使えるわけないでしょ! 本来アンタが貰うべきものじゃない!」
上条は頭をガリガリと掻いた。このお嬢様の場合、社交辞令でもなく、本気で渡す気なのが分かるだけに、対処が難しい。
「……だったら、俺にラーメン奢るってのはどうだ? お前の稼ぎでさ。俺はそれが一番嬉しい」
「…………!」
「前に言っただろ、金は二の次だって。ミサの手伝いをしたらさ、みな楽しそうに笑ってた。俺はそれで十分満たされたしな」
「……、」
上条は美琴の思いつめたような表情が、ようやくかすかに緩んだのを見てとった。
「というわけで奢り、な! よっし儲かった!」
「……全部使い切るまで帰さないからね?」
「……今から行こうとしてる屋台は、一杯千円しません、けど……」
「一番高いの選んでお代わりしなさいよ。使い切るまで帰さないってば」
そう言って、美琴は改めて強く腕を絡める。
「今夜は帰さないってか? へいへい、っと」
「…………!」
むろん上条は冗談で返しただけだが、美琴は真っ赤になってうつむいた。
そ、そんなつもりじゃ、と小さくつぶやく美琴の心からは、ようやく上条への罪の意識が薄らぎはじめていた。
――12月24日、21:30
「言っとくけど、ほんと綺麗でもない、ただバカでかいだけの屋台だからな? お嬢様向きじゃねえぞ?」
「お嬢様じゃないって。ウチの母見たでしょうが、一般家庭だわよ。普通に扱いなさいっての」
そう言って二人が入った店は、巨大な屋台と言うべき店であった。雨避け程度の屋根しかない。
テーブルが全部外にある。座敷席、椅子席、カウンターと何でもありである。
ラーメンそのものはトンコツ風でオーソドックスだが、名物はトッピングで、ニンニク・ニラ・キムチがテーブルにどかんと置いてあって、それが入れ放題となっていた。
白飯まで無料でオーダーできるが、ちょっとこちらは出来が不人気で、あまりお替わりする者もいないらしい。
「どれもちょっとずつ、っと。ニンニク入れすぎると、黒子に鼻つままれる羽目になりそうだわね」
「気にしちゃ負けだ、っと」
そう言いつつも、ニンニクは控えめにする上条。二人は座敷席の角で、90度に座っていた。
「おいし♪ あったまるわー」
「冬で、かつ、この時間のラーメン! 至高だなー」
とりあえず、美琴が元気を取り戻したようで、上条は安堵していた。
結局、ラーメン店までずっと美琴はしがみついてきており、まだ何か考え事をしている風な感じであまり会話もなかったのである。上条に言わせれば、「俺の不幸の星にコイツ巻き込んじまったなー」と、むしろこっちが謝りたい気分であったが、言えばまた気を使わせただのと悪循環に陥る可能性もあって、口に出せなかった。
ともあれ、普段、電撃をぶっぱなすわ襟首捕まえて振り回すわの美琴が、しおらしい女の子のように腕にしがみついてくる訳で、調子が狂う事この上なかった。理由が理由だけに振りほどくわけにもいかず。
(まあ、腕を組んでたことで浮かずには済んだけどな……)
ラーメン店は繁華街の中にあり、クリスマスイブということもあってカップルの嵐である。その中に溶け込むには、腕を組んで歩くこと自体は良い選択であった。ケーキ屋とラーメン店までは10分程度の距離だし、照れくさいけどまあいいか、と上条も美琴のやりたいようにさせていたのである。
ま、ここから仕切りなおしだな、とばかりに上条は美琴に話しかける。
「で、初アルバイトはどうだったんだ?」
「案ずるより産むが易し、ってヤツだわねえ。やたら常盤台の子が来てさあ……」
温かい物を身体に入れて、ちょっと落ち着いたのか、ようやく美琴の口が回りだした。
コートとマフラーを脱いで、白系のセーターを着た美琴……襟元で常盤台だと判断は出来るだろうが、パッと見では分からないはずだ。
この格好なら、と上条も周りの目を気にせず、美琴との会話に集中した。
◇ ◇ ◇
「……ふーん、クリスマスケーキっつーとデコレーションケーキ、みたいなイメージあったけどな。チョコ板に白文字でMerry Christmas! ってヤツ」
「あれはやっぱり家族あってのものだと思ったわね。親元から離れてるココじゃ圧倒的にショートケーキ、次がミニタイプのデコレーション、って感じだったわ」
美琴は箸を置いて、ミニホールタイプのケーキの大きさを手で示す。
「まあ『学舎の園でしか売っていないケーキ』みたいな売りはない店だったけど、美味しかったわよ。リピーターもつくんじゃないかな」
「そう言うなら、おみやげ貰ってくるだろ普通。食いたくなっちまうだろうが」
言われて美琴はハッとする。実は店側は、少しではあったがおみやげを用意してあった。――しかし。
美琴もそれは聞いて知っていたのだが、……電話を貰った後はもう頭の中は上条一色になって、お金を貰うやいなや慌てて飛び出したが為に、ケーキを貰ってくるのを忘れたのだ。
「あ、アンタを待たせちゃマズイかな、と思って、おみやげ交渉してこなかったのよ」
ちょっと頬を赤らめながら、美琴は適当に答えた。俺のせいですかい、と上条はブツブツ呟く。
「そういや、お前がいつ電話取れるか分かんなかったからさ、とりあえず終わりの21:00丁度に掛けてみたら、すぐ出てちょっとビックリしたぞ」
「ちょ、ちょうど携帯いじってたところでね。ちょっと早めに終われたから」
美琴は思う。――本当に、あの着信で、自分は救われた、と。
「で、外に群がるオトコたちの図、ね。……もったいねえな、いい男いたかもしんねえのに」
「……いい男、なんて関係ないわよ」
「関係ない?」
美琴は答えず、一旦スープを飲んで一息入れた。
「……そもそも私と付き合ってくれる人は、電撃を苦にしない人じゃないと、だし。あの中に偶然いるなんて思えない」
「お前、条件厳しすぎね?」
「ビリビリしたらビビっちゃう人と付き合えると思う? ケンカもできない仲なんて意味ないじゃない。その人と居てくつろぐどころか、力をセーブしなくちゃなんない、なんてホント勘弁」
上条が眉をひそめた。
「……何か俺が範囲に入っているような気がするが……」
「へー、アンタ電撃を苦にしないと? ビリビリしてもいいんだ?」
美琴は一瞬心臓が跳ね上がったが、平静を装って言葉を返す。
「あ、やっぱ違いましたゴメンナサイ。……お前、某ゴム人間しか相手できねーぞ、そりゃ」
「別に、電撃に耐えられるカラダ、でもいいのよん。ほいっ」
美琴は入れ放題のニンニクをガッと大盛りにすくうと、上条の丼に放り込んだ!
「バカお前! なんでっ……!」
「しーらない♪ スタミナつくから、カラダもきっと丈夫になるわよ♪」
「俺のカラダ丈夫にしてどーすんだ! あーあ、俺の息がニンニク臭いと困るのはお前だろーが、ったく……」
「……私に何する気?」
「何考えてんだテメーは! クサイ男と帰り道一緒になるんだぞ、って話だ!」
あはは、と笑った美琴が、ちょっと表情を改めた。
「そ、それで」
視線を目の前の丼に落としつつ、少し顔を赤らめる。
「アンタの好みはどうなのよ……」
上条はニンニクだらけになったラーメンにおそるおそるレンゲを落としながら、口を開いた。
「俺が選り好みできる立場かっての。ま、敢えて言うなら……しっかりした年上のお姉さんってとこかな」
「……年上。」
美琴は一気にテンションが下がってしまった。丼に気を取られている上条はそんな美琴に気付かず、続ける。
「だって年下って、お前みたいに中学生になっちまうじゃん。俺はロリコンの称号はいらねえ」
「……年上年下の話じゃなくて、ロリコン扱いが嫌なの?」
「そうだ! 来年俺が高二になりゃ、高一はアリだ!」
「…………、」
心底あきれたような目で、美琴は上条を見つめた。
「なんですかその目は」
「でもこうやってアンタは私という中学生と一緒にいるのよ? これだけでもロリコン認定じゃないの?」
「……お前は、別」
「別?」
「普通のヤツなら、『俺の隣にいる中学生』っていうのが客観的な姿だよな。だからロリコンっつー話になる。でもお前の場合、主従逆転するんだ、『超電磁砲の横にいる高校生』ってな。むしろお前が気にしないとな、噂とか」
美琴は佐天涙子に言われた噂、とやらを思い出した。超電磁砲の横にいるウニ頭、たぶんそういう噂になっているのだろう……
「何バカ言ってんのよ。ほんと理屈っぽいんだから」
「ま、俺がこうだから、相手はしっかりしたヤツの方がいいなと思ってるだけだよ。お前ぐらいしっかりしてりゃ、年上も年下も関係ねえしな。別に好みなんてねーんだよ」
え、それって……と美琴の手が止まる。
「ふ、ふーん。それじゃ私も範囲に入っちゃうんじゃないかしら?」
「いやいや、実は他にもあってだな」
上条は入れ放題のキムチのかたまりを美琴の丼にひょいっと投げ入れた!
「あーーーーっ!」
「食べ物に好き嫌いのない奴、は条件だったりするんだな」
「ば、馬鹿! こんなの好き嫌い関係あるかっ! これすっごい辛いのにっ!」
「ニンニクにした方が良かったか? クサイ仲になりたかった?」
「馬鹿っ! あーもう、スープまで赤く……どうすんのよこれ!」
「全部食うのがマナーですからね?」
「アンタも汁まで全部飲むのよ!? ニンニクたっぷりのね!」
「ふっふっふ、俺のは逆に美味しくなってたりするんだな。匂いをお前が我慢するだけだ!」
美琴は軽くふくれっ面で上条を睨む。
「中学生いじめて何が楽しいのかしら、まったく……」
「そのセリフ、高校生に置き換えて、普段のお前にのしつけて返すわ」
「何よー! あうぅ、辛い……」
二人して軽口をたたきながら、湯気もおさまってきたラーメンを片付けるためラストスパートに入る。
何となく、誤魔化されたような気もするが、美琴は十分に満足していた。
こんなやりとりをする空間は、今までに無かった。とても、楽しいひとときであった。
――12月24日、22:10
「まいどっ!」
美琴は貰ったお釣りを、封筒の中に戻す。
初めてのアルバイト代で、二人の食事代を払った。――確かに、得も言われぬ充足感がある。
ちなみに全部使い切るどころか、万札まるまる残ってしまった。
「ゴチソウサマです、お嬢様」
上条が大仰に頭を下げる。
「ど、どういたしまして」
美琴は店の人に貰ったブレスケアカプセルを上条に手渡し、上条がそれを口に放り込んだのを見て自分も噛んで飲み込んだ。一時的な効果であれ、やはりこういうサービスは助かる。
「うーん、でも悪い気がしてきたな。普通、初めてのバイト代って両親へのプレゼントとかだよなあ」
「だから元々アンタの分だって言ってんのに……」
「まだ言うかお前は」
美琴は時計を見た。――22時過ぎ。
今第十五学区で、隣の第七学区はすぐそこだ。だが、終電が終わっているため、歩くしか無い。寮まで歩くと30分強というところか。
門限は23時であった。バイトは21時まで、その後食事プラス移動で23時帰宅――という申請理由にしていたのだ。『あの』寮監の事だ、クリスマスイブはさぞかし爛々と目を光らせている事だろう。……喫茶店に立ち寄るどころか、繁華街中央の大クリスマスツリーをちょっと見に行く時間もなさそうだ。時間に余裕をもたせないと、「アレ」も渡せない。
残念だが、帰るしか無い。美琴はふうっ、とため息をついた。
帰り道も、きっかけがあれば手を握るなり、腕を絡めるなりしたいが……心に余裕が出来てくると、さっきのように出来ないから不思議なものである。
「帰ろっか」
「ああ……」
上条は、通りのイルミネーションを見つめていた。美琴も並んで見つめる。
「……綺麗ね」
「そうだな。……お前にゃ敵わねーけど」
「え?」
美琴は目を見開いて上条を見つめた。
なにいまの? 聞き間違い?
上条が美琴の方に向き直って、ニヤッと笑った。
「どうだ? 自然だったろ今の!?」
「……え?」
「いや、いっぺん言ってみたかったんだよ、今の流れ! お前がいいネタ振りしてくれたんで、自然に出てきたぜ!」
ネタ振り、って……。
冗談、……ってこと?
美琴はつい電撃を発しそうになって踏みとどまる。
(お、落ち着け……ここで怒ったら、いつもと変わんないじゃない!)
ふーっ、と深呼吸した美琴は、行きと同じく上条の右腕にしがみついた!
「お、お前また!」
「結構な冗談ですこと。じゃあ今の言葉をもう一度ね。……ただし、こうやって腕を絡めた女の子の目を見つめて、ね?」
「……へ?」
「へ、じゃないわよ。今の冗談だったんでしょ? なら、何度でも言えるわよね?」
「ちょ、ちょっと待って下さい……」
「じゃあ、言うわね。『イルミネーション、……綺麗ね』」
上条は、ごくっと唾を飲み込んだ。まさか、こんな逆襲を食らうとは。
「お……、『お前の方が綺麗だよ』」
「…………!」
「……、あー」
見つめ合いながら、二人してみるみる真っ赤になっていった。
「ば、馬鹿、セリフ変えないでよ! ちょっとビックリしたじゃない!」
「違った『敵わない』だった……お前な、馬鹿なこと試すんじゃねーよ……」
「ああもう! 帰ろ! 門限もあるし!」
「あ、ああ……」
真っ赤なまま美琴は、腕を絡めたまま帰る方向に引っ張った。上条も毒気を抜かれたのか、逆らわず歩き出す。
冗談だと分かっていても、目を見つめられながら綺麗だよ、と……
(やっ、やばい。ニヤケ顔が戻らない……)
思わず、くふっ、と変な声が出そうになって、美琴は俯きながら悟られないように飲み込む。
「……寝るときに思い出すと身悶えして奇声を発したくなるシチュエーション、ナンバー1に躍り出たぞ、今のは……」
上条が呆然とつぶやいている。
「に、似合いもしない台詞で中学生をからかおうとするから、そんな目に合うのよ」
「勉強になりました……」
◇ ◇ ◇
いつのまにか、第十五学区を抜け、第七学区に入っていた。
右手には、「学舎の園」が広がっている。ただ広大なエリアではあるので、入り口となるとまだもう少し距離がある。
ちなみに、第十五学区のラーメン店から学舎の園入り口、そこから美琴の常盤台中学学生寮、この両者の距離は同じくらいである。すなわち、もう少しでほぼ半分の道のりを歩くことになる。
途中まで大覇星祭の思い出など喋っていた二人であったが、だんだんと言葉数が少なくなってきていた。
喋りでは常にリードしていた美琴が、物憂げになって、あまり喋らなくなったためである。
(はあ、この時間が終わっちゃう……)
美琴は、どさくさ紛れに絡めた上条の腕を、まだしっかりと両手で掴んでいた。
もうじき普段の通学路の帰り道ルートに差し掛かる。
そうなれば、否応なしに現実に引き戻されるような気分になっていたのだ。
そう、明日からはいつもの二人の関係に戻る。年内は会う予定すらない。こんな腕を絡めて、なんぞ当分無いだろう。
思わず、美琴は改めて、ぎゅっと上条の腕にしがみついた。
(……もう決まりだな。あの、あの御坂が……甘えてきてるッ! 絶対間違いねえ……)
一方の上条は、また腕に強く圧迫感を感じながら、隣のこの少女のことを考えていた。
『恋人ごっこ』か何かのつもりだとは思われるが、食べてる時以外ずっと腕に抱きつかれているこの状況は、どう考えても甘えてきている。クリスマスイブ独特の空気に加え、バイトの件の影響もあるのかもしれない。学園都市の誇るLV5といえど、中身は普通の女子中学生だ、誰かに甘えたい時もあるだろうて、と上条は結論づけていた。
そもそも、と上条は思い出した。御坂美鈴、美琴の母親。彼女も酔っ払うとやたら構ってちゃんモードで抱きついてきたし、御坂妹も、ラストオーダーも、地下街では抱きついてきた記憶がある。
(御坂DNAは抱きつき属性ってことですかね? ……っつーか、コイツにとって腕抱きつきなんて手をつなぐ程度の意識なのかもしんねーしな。俺が意識しすぎなだけか)
上条自身はこのシチュエーションに、流石に慣れてきていた……というのもあるが、こんなお嬢様にしがみつかれて、正直なところ不快なわけがない。単に照れくさいのと、他人に見られたくないだけであり、その点この帰り道はほとんど人がおらず、気楽だった。お互いコートを着ているせいもあって、厚着であるがゆえに接触部分もあまり意識しなくて済んでいる。
(ケーキ屋バイトやさっきの繁華街で、さんざカップルにアテられただろうしな。まあ、ちょっと人恋しい気分になるのは分からんでもないわな)
元々バイトの件で引け目があるせいか(上条からすると気にしすぎとしか思っていないが)、普段と違って刺々しい所が全く無いので今日は非常に付き合い易い。ここぞとばかりに、「甘えんぼですね、御坂さんは」と一言言ってみたいところではあったが……余計なツッコミをして、今日一度も出してこない電撃を誘発したら元も子もない。
明日からはいつもの二人の関係に戻るだろう。天敵の自分と『恋人ごっこ』をしている様子の御坂美琴の胸中は計り知れないが、上条としては本人が満足してるんならいいか、といった心境であった。
◇ ◇ ◇