二人繋ぐ傘 1
一面暗い灰色に覆われた空に、ざぁざぁと雨の音しか聞こえないような横殴りの雨。バケツをひっくり返したような雨とは正にこういうことを言うのだろうかと、冬の凍てつくような寒さの中でぼんやりと思った。
「不幸だ…。」
そんな真冬の豪雨の中、シャッターの閉まった小さなビルの下で少年、上条当麻は深いため息とともにもはや口癖と化した言葉を吐き出し、寒そうに身じろぎをした。
彼のトレードマークとも言えるつんつんとした髪も、今は豪雨にうたれたためにぐっしょりと下を向いている。
(ったく、補習さえなけりゃこんなことには…あー、不幸だ…)
本来上条は早く帰って少しのんびりしたらスーパーのタイムセールに行こうという幸せ計画をたてていたのだが、それは小さな担任の「上条ちゃーん、補習でーす」という残酷な一言によってあえなくガラガラと崩れ去ったのだった。
そして補習を終えて校舎を出た頃にはお約束のように既に持ってきていた傘は無くなっており、傘立てには水滴が散らばっているだけだった。なんのこれしき気合いだ根性だとなんとかダッシュでここまでなんとか来たのはいいが、雨足はますます強くなり、一旦軒先に入ってしまえば中々出るに出られないというのが現在の上条の状態である。
「いや、補習の前に傘パクった奴が悪い…。というか、ぁああああっっ!あれ一本しか傘無かったのにこれからどうしたらいいんだよ!?」
暴食シスターのせいで上条に経済的な余裕は全くといっていいほどない。100円だって節約したい上条にとってこれは痛い。それでも今懐に財布があれば間違いなく近くのコンビニで買う選択肢をとるだろうが、あいにく今上条の懐に財布は入っていない。特定のスーパーでのみ使えるカードのみだ。(落とさないようにと家に保管したのが裏目に出た。)
(不幸だ…。最初三本あった傘もパクられ続けてついに無くなっちまった…。
タイムセールスも始まっちまうってのに雨は止む気配もなし、か…。)
上条の願いも虚しく雨は止む気配など微塵も見せず、むしろ徐々に強まっている。雷までなりだした。
「仕方ねぇ、タイムセールス始まっちまうし、止む気配も無ぇし、……やっぱ走るしかねぇかなぁ。」
長い溜息をつきつつ絞れる程に濡れたワイシャツを絞り、かつ上条が走るための一歩を踏み出すという器用な技を披露しようとした、その時____。
「ちょっとアンタ、こんなところで何やってる訳?」
よく通る声が聞こえて上条は一瞬制止した。
嫌な予感がするというか、聞き慣れたせいか声で誰かもうわかってしまう。何より自分のことをこんな風に呼ぶ人間は一人しかいない。
「み、御坂か…?」
「そうよ、他に誰がいるっていうの?」
反射的に出した足を引っ込め顔をあげると、茶色の髪に勝ち気そうな目をした少女、御坂美琴がそこにいた。
「ま、アンタのことだからそりゃもういろんな女に声かけられてるんでしょうけど」
「いろんな女って…お前なぁ、いっとくけど上条さんはそん」
「で、アンタはそこで何してるの?」
「って聞けよ!…はぁ、見りゃわかんだろ、雨宿りだよ」
言うだけ言って聞かないなんて横暴すぎるぞ、と言いかけたが言葉にしたら何が返ってくるかわからないので上条はぐっと心に押し込んだ。そんなことは露知らず、美琴は構わず続けてくる。
「そのわりにはどっか行こうとしてたじゃない。」
「どっかっつったって、ただのスーパーだぜ?」
「スーパー?ふーん…、でもなーんでわざわざこんな1番雨強いときに行こうとするのよ?」
美琴の言うとおり、今が雨のピークなのだろう、視界もかなり悪く、雨の音も耳障りな音を奏でている。こんな時に走り出す奴なんて何故か大雨とか雪にテンションが上がる小学生男子しかいないことぐらい上条もわかっている。だが___
「あー…、そうなんだけどさ、もうタイムセールス始まっちまうから、いつまでもここにいる訳にはいかねぇんだよなー…」
「タイムセールス?あぁ、成る程ねー。でもアンタなんで傘持ってないの?朝天気予報見なかった訳?」
「見たし持ってきたけどパクられました!」
「パクられた?…プックッククク…あーっはっは!あんたらしいわ!」
半ばやけくそ気味に叫ぶと美琴は一瞬キョトンとして上条の言葉を反復した2秒後、堪えきれないといった感じで笑いはじめた。いきなり笑いはじめた常盤台中学の制服を着た少女に、周りの視線がちくちくと刺さる。
「あぁもう畜生笑うんじゃねぇえっ!大体お前はさっきからなんなんだよ?用が無いなら上条さんはそろそろスーパーに行きたいのですが」
スーパーのタイムセールスまでもうあまり時間は無い。早く行かないと空っぽの棚の前で立ちすくむことになってしまう事を上条は知っている。
だが肝心の美琴は笑うのをやめて訳がわからないていう顔をした。
「へっ?よ、用?」
「用があったから話しかけたんじゃないのか?」
「あ、ああ用ね!よよよ用ならあ、あるわよ!
あるに決まってるるるじゃない!」
「そうか?んで何の用だ?」
「え、えっと…」
なんでこいつこんなテンパってんだ?と上条は訝しげに美琴を見るが、今の美琴にはそんなことを気にしている余裕は無かった。
(どどどどうしよう…!?)
当たり前だが用など有るはずも無い。ただ上条がいたから話しかけたというもはや条件反射のようなものが働いただけだ。
「え…と…あの…」
なんとか言葉を繋ごうとするがいつもぽんぽん出てくる言葉が何故かつまった様に出てこない。
何か言わなくては、上条はこのまま自分の前から去ってしまう。この楽しい時間が終わってしまう。そう慌てた美琴は無理矢理言葉を捻り出した。
「し、仕方ないからスーパーまで傘いれてあげるわよ!」
「…は?」
「…へ?」
本気で驚いた二人の声が重なり合って、反響した。