こんな上琴の交際開始~バレンタインが近いから便乗しちゃいました~
「ふんふふん、ふんふふん、ふんふんふん♪」
上条当麻はいつになく上機嫌で街中を歩いていた。
目的は買い物だが、特売品目当てで急いでいる様子でもない。
何故なら、今日は幸運なことが続いているからだ。
折角の休みをインターホンの呼び鈴で起こされたのは多少不幸ではあったが、訪れた来客からチョコレートをもらえた。
また、それとは別に宅配によって朝から家に送られてくる大量のチョコレート。
知っている名前もあれば、「さて、誰でせうか?」と首を傾げたくなる名前まで、それはそれは数多くのチョコレートが届けられた。
(中には五和や舞夏のように、チョコレートに合う紅茶などをくれた人もいるが)
正直、その量は一日や二日で消化できるものではないのだが、幸いにも今の上条家には学園都市に(文字通りの意味で)遊びに来ている腹ペコシスター・インデックスが居る。
インデックスの来日スケジュールを考えると、今回の来日では食糧問題に悩まされる事がなくなった可能性が非常に高くなっていた。
そのインデックスは今日は小萌先生や姫神の家に遊びに行っているので、それもまた上条の足取りを軽くさせていた。
午前のタイムセールを制して食料を手に入れる必要が無いし、何より夜も多少帰りが遅れたところで、チョコレートで場を持たせることが出来る故に、頭を噛まれる危険性もかなり低くなっているからだ。
それに加え、学生最大の難関、学年末試験は既に終わり、追試や補習の確定までにはまだ暫く時間がある。
試験前には色々とあったものの、優秀な家庭教師を雇えたお陰もあって、今回は奇跡的に追試や補習を免れることが出来るかもしれない状況にあった。
家庭教師の指導は厳しく、部屋の整理整頓や食生活、健康管理など、日常生活のありとあらゆる部分を改善させられることになったのだが、それはまた別のお話。
ほぼ同時刻、場所は変わって…
「ったく…、あのバカは何処をほっつき歩いてるのかしら」
その家庭教師・御坂美琴は上条宅の前でインターホンを鳴らしつつ、悪態をついていた。
昨日、友人の佐天涙子と協力し、丸一日かけてチョコレートを作ったまでは良かったものの、帰寮後ベッドの中で数々の脳内シミュレート(大概は年齢制限に引っかかるところまでシミュレートが進んだのはご愛嬌)を行った結果寝付けなかった上、今朝は今朝で白井黒子に捕まってしまい出遅れてしまったのだ。
結局、美琴は上条宅の前で10分ほど待ったのだが、上条が戻ってくる気配は無い。
(音沙汰なし、か。これ以上待ってても無駄ね。どこかに探しに行こうかしら)
美琴はそう考え、上条宅を後にした。
「(せっかくのチャンスだと思ったんだけどな…。今日、私の思いを全て伝えてしまいたいのに…)」
10月31日、美琴は極寒のロシアで上条を目と鼻の先にその姿を捉えておきながら、手を繋げることさえ叶わなかった。
要塞と共に消えた上条を追った美琴が北極海で手に入れたのは、傷ついたゲコ太ストラップだけだった。
失意と絶望と憔悴の中で、目の前の「色」を失いながらも、それでも美琴は上条を求め、探し続けてきた。
学園都市に戻ることになっても、最後の最後まで美琴は抗った。学園都市に戻っても、美琴は上条の手がかりを求め続けた。
そこに、学園都市の象徴、常盤台の超電磁砲、最強無敵の電撃姫などの異名を誇った逞しい姿は存在しなかった。
自分を唯一女性として見てくれた、失いたくない大切な存在として見てくれた、そんなかけがえの無い「男」を捜し続ける「女」が居た。
その姿を見た者は口を揃えてこう言った。
「今の美琴を止めることは出来ない。止めてしまえば、美琴は美琴でなくなってしまう」 と。
そんな訳で、上条当麻発見・帰国の報は、冥土返しを通して、かなり早い段階で美琴の耳にも届いていた。
一通りの情報を冥土返しから得た美琴は、上条が帰国することになっていた23学区の空港で、上条を待ち構えた。
一時的に上条の存在が第三次世界大戦と相俟ってクローズアップされていた時期でもあり、生中継の放送も含め、空港には多くの報道陣が居た。
そんな中、上条が空港のロビーに姿を見せた。一斉にフラッシュや声が飛び交い、空港を喧騒が支配する。
美琴は、上条の姿を見つけると、胸の中にしまっていた感情を抑えきれなくなり、人目を憚ることなく規制線を飛び越え、上条へと全身を投げ出すようにして抱きついた。
上条は少し驚きながらも、ふらつく事無くしっかりと美琴を抱きとめ、その背中に手を回した。
上条の手の中にすっぽりと納まった美琴は、上条の胸に自分の顔を押し付けながら、ただひたすらに「会いたかった」と言い続けた。
上条は何を言うでもなく、黙って美琴の言葉を受け入れ続けていた。美琴の目には、「色」が戻ってきていた。
それはまるで、ドラマのフィナーレの1シーンのような光景だった。と、美琴を良く知る人間は口を揃えてそう言った。
美琴が上条と結ばれることに対して最後まで抵抗していた白井黒子でさえ両手を上げてしまうほど、そのシーンは劇的に、鮮やかに彩られていた。
もっとも、そのシーンがあまりにも絵になりすぎたために上条の認知度が更に上がり、「上条ファン」とも言えるような人間が増えたことや、その後のゴタゴタのお陰で、10月31日に美琴が決意した事が何一つとして未だに達成されていないのは何とも皮肉な話ではあるのだが。
結局、真っ直ぐ寮に帰る気になれなかった美琴は、いつもの公園へと足を運んでいた。
いつもの自販機の前、そこに何時に無く上機嫌に見えるツンツン頭を、美琴は見つけた。
「(あっ…居た…)ね、ねぇ、アンタ!」
「ん?ああ、御坂か、どうした?」
「(すぐに気付いてくれた?)…あ、あの、さ…」
「?」
「こ、これ…」
「ん?箱…?」
「…う、うん…」
「取りあえず、開けてみて良いか?」
「ど、どうぞ」
「じゃ、遠慮なく…おお、チョコレートかー」
「ちょこっとだけど…ね…これでも一応手作りなんだからね!感謝しなさい!」
「(朝からチョコレートばかり見てるが、これは…。トリュフってやつだっけか。一つ一つが食べやすい大きさだし、形も丸くて良い。御坂はちょっとと言っているが、普通に店に並んでいそうなくらいに丁寧に仕上げてある。これが手作りって常盤台は凄いな…)」
「一口、食べて良いか?」
「どうぞ。ビターに仕上げてるから少し苦いかもしれないけれど」
「………」
「…ど、どうかな…?」
「うん、美味い!苦味の中にほんのりと香るカカオの匂いが良いアクセントになってる」
「そ、そう、良かった…」
「でも、急にどうしたんだ?チョコレートなんて。確かに今日は朝から沢山チョコレート貰ってるけど、何かのブームなのか」
「ア、アンタねぇ…」
「…ん?」
「今日が何の日かも覚えてないわけ!?今日はバレンタイン・デーでしょ!」
「…!ああ、そうか、それでか(そういえば、バレンタインはそんな日だったな…)」
「「…」」
「(何か空気が重いんですが!?ここは取りあえず…)」
「ありがとうな、美琴」
「え、み…?」
「最近は色んな事を御坂に教えてもらって、色々と身の回りの世話までしてもらっていて、それなのに自分からは何も出来なくて、本当に申し訳ないと思うんだ」
「べ、別にそれは…」
「だから、俺からも、何か美琴にお返しがしたい。このまま色々としてもらうだけなのは、なんだか納得がいかないし…」
「「…」」
「じゃ、じゃあ…」
「…」
「ちょっとだけ、私の話を聞いて欲しいな」
「?ああ、良いぞ」
「(何だか話の展開が急だけど、今しかない!今なら勢いに任せて全部言える気がする!)」
「…アンタはね、私にとって、唯一無二のかけがえの無い存在なのよ」
「一方通行と戦って、私と1万人近い私の妹を救い出したあの日、少なくとも私は、あの日からアンタに惹かれてた」
「偽デートなんて嘘も嘘、大嘘よ。だって、本当の彼氏になって欲しかったんだもの。あの時は認めきれてなかったけど、今ならそう言える」
「大覇星祭で一緒にフォークダンス踊った時なんて、本当に幸せだった」
「罰ゲーム、なんていって携帯のペア契約もしたけど、本当はもっと自然に契約したかった。カップルですって、胸を張ってそう言える関係になりたかった」
「アンタが妹にネックレスを買ったときなんか、妹に嫉妬しちゃった。アンタだけ特別な思いするんじゃない、って。アイツの隣で、アイツから特別な思いを出来るのは私だけなんだ、ってね」
「アンタがボロボロになりながら何かと戦ってたとき、私はアンタを止めることが出来なかった。とんでもなく恥ずかしいことを言って、その上で力ずくでも止めようと思っていたのに、体が動かなかったのよ…」
「だから、この前の大戦を放送していたテレビでアンタの姿を見つけたとき、今度こそは、って思って覚悟を決めてロシアに飛んでいったの」
「…でも、やっぱり出来なかった」
「…私、ね。アンタをロシアで見失った時、本当に悲しかったし、辛かった」
「ゲコ太ストラップを拾った時、私とアンタの間にあった繋がりが全部引き裂かれた気がして、胸が痛くなって、頭の中で何も考えられなくなって、世界が止まった気がした」
「絶対にアンタを見つけて、自分の手で引っ叩いて、なんで一緒に戦わせてくれないの、なんで私には何も言ってくれないのって、言うつもりだった」
「だけど、出来なかった。何も、出来なかった」
「そうして、学園都市に帰ってきて、私は周りのもの全てを、拒絶したの」
「アンタに繋がる情報を得るために、危険なこともかなりやった。だから、かな。空港でアンタの姿見たとき、思いを抑えきれなくなっちゃって…」
「そこから先は…良く分かってるわよね?」
「…ああ。勉強もそうだけど、日常生活のありとあらゆる事を改善させられたしな」
「そういえば、俺が学園都市に帰ってきてからというもの、本当に、ずっと一緒に居るような気がするな」
「門限とか学校とかは確かにあるんだけど、それ以外の時間という時間は、いつも御坂がそばに居る気がする」
「最近じゃ、御坂が居ない生活が、考えられないしな…」
「えっ…?」
「(って何言ってるんだ俺!?)」
「(…そうか、俺は、いつの間にか御坂の事を…)」
「…美琴」
「…!?ど、どうしたの?急に改まって…」
「好きだ。どんな事があっても絶対に手放したくない、いや、手放さない」
「(ちょ、ちょっと、そんな不意打ち…)」
「(私から言うつもりだったのに…良いところだけ持っていくなんて、酷いよ…)」
「(でも、でも…!)」
「ありがとう、当麻。私も、当麻のことが、大好き。ううん、この世の誰よりも、愛してる」
「美琴…」
「当麻…」
同時刻、風紀委員第177支部…
「んー!んー!んー!(初春!佐天さん!何を見ているのかはっきりと見せてくださいまし!)」
「おお、これはこれは…」
「刺激的だねー初春。これは風紀委員的にどうなの?」
「白井さんなら間違いなく不順異性交遊で取り締まるでしょうね。まあ、私からすれば、良い話のネタが出来て嬉しい限りなんですけどね」
「…初春、ちょっと黒いよ…?」
「黒い…?なんのことですか?」
「(ゾクッ…)ううん、何でもない、よ…?」
「さーて、じゃあ引き続き監視活動頑張りますか!」
「なあ、美琴」
「ん?どったの?」
「いや、なんでもない。…ただ、幸せだなって、な」
「?」
「こんなにも可愛くて、愛しい女の子が彼女なんだ。同じ人なのに不幸だーなんて言ってたあの頃が何かもったいなく思えるくらいに、さ」
「そんなに想ってくれるなんて、嬉しい…」
「そういえば、まだ言ってなかったな」
「…?…な、何…?」
「俺、上条当麻は、御坂美琴とその周りの世界を守る。そして、御坂美琴と共に歩き続ける、ってな」