第3章 謀略と別離
9. 「El Intermedio」
上条が英国に旅立った後、時は流れ、季節は移り変わる。
時の流れは確実に、2人の記憶を、残酷なまでに変えていく。
そんな恋人達が抗う日々の一こま。
時の流れは確実に、2人の記憶を、残酷なまでに変えていく。
そんな恋人達が抗う日々の一こま。
その日、上条当麻はロンドンのリージェンツパークにいた。
こちらへ来て、初めて迎える秋も、終盤に近いロンドンは既に肌寒い。
イギリスの秋は短く、今日の空は、むしろどんよりとした冬のそれに近い。
公園の木々の紅葉も色褪せ、灰色の季節の到来を予感させる。
まだ緑が残る芝生に腰を下ろし、彼はじっと遠くを見ていた。
上条は今、ウェストミンスター大学に在籍している。
もっとも、語学スクールを修了しないと、今の彼では、とても講義についていけない。
語学カリキュラムが午前中で終わった彼は、カムデンタウンの下宿へ戻る前に、ここに立ち寄っていた。
空を見上げると、テムズ川から飛んで来たのか、カモメが空を舞っていた。
くるくると舞うように、白いカモメが頭上で円を描いていた。
上条はあの日、学園都市で見た空を思い出していた。
こちらへ来て、初めて迎える秋も、終盤に近いロンドンは既に肌寒い。
イギリスの秋は短く、今日の空は、むしろどんよりとした冬のそれに近い。
公園の木々の紅葉も色褪せ、灰色の季節の到来を予感させる。
まだ緑が残る芝生に腰を下ろし、彼はじっと遠くを見ていた。
上条は今、ウェストミンスター大学に在籍している。
もっとも、語学スクールを修了しないと、今の彼では、とても講義についていけない。
語学カリキュラムが午前中で終わった彼は、カムデンタウンの下宿へ戻る前に、ここに立ち寄っていた。
空を見上げると、テムズ川から飛んで来たのか、カモメが空を舞っていた。
くるくると舞うように、白いカモメが頭上で円を描いていた。
上条はあの日、学園都市で見た空を思い出していた。
学園都市は海から離れた街。
街を見下ろす高台の展望台で、美琴と2人寄り添い、快晴の空の下、暖かな春の風に吹かれながらのデート。
ふと気が付けば、普段あまり見慣れない鳥が空を舞っていた。
街を見下ろす高台の展望台で、美琴と2人寄り添い、快晴の空の下、暖かな春の風に吹かれながらのデート。
ふと気が付けば、普段あまり見慣れない鳥が空を舞っていた。
「あ、カモメ……」
美琴が指さした。
「へぇ、珍しいな。こんな内陸にカモメなんて」
「そうよね。
――ねぇ、当麻は『カモメのジョナサン』って小説、知ってる?」
「ん、名前だけは。読んだことはねぇけどな」
「主人公のジョナサンはね、餌を獲るために飛ぶんじゃなくて、飛ぶということに価値を見出しちゃったカモメなの。
そのために仲間のカモメから離れて、ひたすら飛ぶことだけに自己鍛錬して、ついには超能力さえ身につけたわ。
やがてジョナサンは仲間の元へ戻り、嫌われながらも、彼らに飛ぶことの価値について広めたの。
そしてそれはゆっくりと仲間を増やしていったってお話」
「へぇ、詳しいんだな」
「昔、好きだったから。でも今は何か違うような気がしてるのよ」
「違うって、何が?」
「ん……、うまく言えないけど、なんか上から目線って言うか、拘ってるって言うか……自然じゃないなって感じ?」
「自然って?」
「私のことをさ、当麻は『超電磁砲』じゃなくて、『御坂美琴』としてみてくれたでしょ」
「そうさ。当たり前のことじゃないか……」
「でもそれまでは、学園都市第三位の超能力者としか見られなくて、自分でもそういうのにずっと拘ってた。
でも当麻が私は私のままが良いって言ってくれたから。
私、当麻の前ではそういう無理をしなくてすむの。
だからこうして当麻と一緒にいるだけで、すごく気持ちが楽なのよ……。
私、当麻と出会えて、本当に良かったと思ってる。
ありがと、当麻。愛してるわ……」
「そうか。俺も美琴が一緒にいてくれるだけで、すごく楽だよ。
ありがとうな、美琴。俺も愛してるぞ……」
「そうよね。
――ねぇ、当麻は『カモメのジョナサン』って小説、知ってる?」
「ん、名前だけは。読んだことはねぇけどな」
「主人公のジョナサンはね、餌を獲るために飛ぶんじゃなくて、飛ぶということに価値を見出しちゃったカモメなの。
そのために仲間のカモメから離れて、ひたすら飛ぶことだけに自己鍛錬して、ついには超能力さえ身につけたわ。
やがてジョナサンは仲間の元へ戻り、嫌われながらも、彼らに飛ぶことの価値について広めたの。
そしてそれはゆっくりと仲間を増やしていったってお話」
「へぇ、詳しいんだな」
「昔、好きだったから。でも今は何か違うような気がしてるのよ」
「違うって、何が?」
「ん……、うまく言えないけど、なんか上から目線って言うか、拘ってるって言うか……自然じゃないなって感じ?」
「自然って?」
「私のことをさ、当麻は『超電磁砲』じゃなくて、『御坂美琴』としてみてくれたでしょ」
「そうさ。当たり前のことじゃないか……」
「でもそれまでは、学園都市第三位の超能力者としか見られなくて、自分でもそういうのにずっと拘ってた。
でも当麻が私は私のままが良いって言ってくれたから。
私、当麻の前ではそういう無理をしなくてすむの。
だからこうして当麻と一緒にいるだけで、すごく気持ちが楽なのよ……。
私、当麻と出会えて、本当に良かったと思ってる。
ありがと、当麻。愛してるわ……」
「そうか。俺も美琴が一緒にいてくれるだけで、すごく楽だよ。
ありがとうな、美琴。俺も愛してるぞ……」
上条はふと、あの時のカモメの姿を思い出そうとしたが、それはぼんやりとしたまま形にならなかった。
過ぎ去った日々の思い出が、自分の中でゆっくりと消えていくことに焦り、忘れてはいけないものへの愛着を消してしまう、そんな自分の不甲斐なさを嫌悪した。
過ぎ去った日々の思い出が、自分の中でゆっくりと消えていくことに焦り、忘れてはいけないものへの愛着を消してしまう、そんな自分の不甲斐なさを嫌悪した。
「美琴は覚えてくれてるだろうか……」
あの時の幸せは白く透き通るカモメのかたちをしていたように思えた。
二人の上に、儚い円を描きはばたいていたように。
俺はただ、見つめるだけ。何もできずに。
見つめるだけ。薄れていくそのかたちを。
その白さを。 その記憶を。
二人の上に、儚い円を描きはばたいていたように。
俺はただ、見つめるだけ。何もできずに。
見つめるだけ。薄れていくそのかたちを。
その白さを。 その記憶を。
――上条は涙を1つだけ零した。
年が明け、やがて春が来た。
その夜、御坂美琴は学園都市のとある桜並木にいた。
遅くまで残っていた研究所からの帰り道だった。
学生が中心のこの町では、満開とはいえ、夜桜見物に出る者もほとんどいない。
街灯に照らされた桜並木は、昼の明るい景色とは違い、幻想的で背筋にぞわりと突き抜けるような感覚さえ覚えた。
薄桃色に膨らんだ空間から、溢れ零れるように、はらはらと小さな欠片が舞っている。
その夜、御坂美琴は学園都市のとある桜並木にいた。
遅くまで残っていた研究所からの帰り道だった。
学生が中心のこの町では、満開とはいえ、夜桜見物に出る者もほとんどいない。
街灯に照らされた桜並木は、昼の明るい景色とは違い、幻想的で背筋にぞわりと突き抜けるような感覚さえ覚えた。
薄桃色に膨らんだ空間から、溢れ零れるように、はらはらと小さな欠片が舞っている。
「桜の樹の下には屍体が埋まっているとは、言いえて妙だわ……」
そう呟かずにはいられないほど、その夜の桜は美しかった。
満開の桜の森には狂気が渦巻くという。
その狂気に魅入られると、その森からは二度と出られないと言ったのは誰だったか。
満開の桜の森には狂気が渦巻くという。
その狂気に魅入られると、その森からは二度と出られないと言ったのは誰だったか。
「私はアイツに魅入られて、二度と出られなくなったのよね……」
一瞬、空の暗さが、桜の周りの闇と混じり、自分がどこにいるのか分からなくなった。
闇の中に浮かんだ桜から目が離せなくなる。
風に舞い散る花びらが、渦を巻くように、薄桃色のカーテンになる。
その中に見たのは、懐かしいアイツの顔。
私を見て、優しい笑顔をしたアイツの顔。
私は身動きすら出来ず、ただ立ち尽くすだけ。
ゆっくりとアイツが手を伸ばしてくる。
手を伸ばせば届きそうな気がする。
アイツの目が私を見てる。
その目に魅入られて、私もゆっくり手を伸ばす。
もしもその手に触れたら……
この桜の森から抜け出すことはかなわなくなるのだろうか……
それでも私は……
手を伸ばさずにいられなかった……
私の心は……もうアイツに……
伸ばした手と手……
指先が……
闇の中に浮かんだ桜から目が離せなくなる。
風に舞い散る花びらが、渦を巻くように、薄桃色のカーテンになる。
その中に見たのは、懐かしいアイツの顔。
私を見て、優しい笑顔をしたアイツの顔。
私は身動きすら出来ず、ただ立ち尽くすだけ。
ゆっくりとアイツが手を伸ばしてくる。
手を伸ばせば届きそうな気がする。
アイツの目が私を見てる。
その目に魅入られて、私もゆっくり手を伸ばす。
もしもその手に触れたら……
この桜の森から抜け出すことはかなわなくなるのだろうか……
それでも私は……
手を伸ばさずにいられなかった……
私の心は……もうアイツに……
伸ばした手と手……
指先が……
その時、風が吹き抜けた。
花びらが私の周りで渦になった。
思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
ふと気が付いたら、そこは桜並木の真ん中。
街灯に照らされて、桜の木が明るく向こうまで続いてる。
私は何を見ていたんだろう。
幻?それとも……
きっと桜の木が、会わせてくれたのだと思う。
ここにいないアイツに。
指先に残った微かな感触に、私には覚えが有ったから。
花びらが私の周りで渦になった。
思わず頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
ふと気が付いたら、そこは桜並木の真ん中。
街灯に照らされて、桜の木が明るく向こうまで続いてる。
私は何を見ていたんだろう。
幻?それとも……
きっと桜の木が、会わせてくれたのだと思う。
ここにいないアイツに。
指先に残った微かな感触に、私には覚えが有ったから。
「当麻……」
愛しい彼の名を呟いた。
同じ時間に、上条は通学途中のリージェンツパークにいた。
ここにはロンドンで唯一、数本の桜の木がある。
まだ肌寒さを残すイギリスの空に、桜の枝が伸びていた。
ほとんど蕾の中に、一輪だけ咲いた桜の花。
その向こうに、なぜか愛する彼女の顔が見えた。
なぜだろう。
彼はふと、その花びらに向かって手を伸ばした。
届かぬ人への思いを乗せて。
伸ばした指先に、何かに触れたような感触があった。
その感覚になぜだか、上条は懐かしさと愛しさを覚えていた。
ここにはロンドンで唯一、数本の桜の木がある。
まだ肌寒さを残すイギリスの空に、桜の枝が伸びていた。
ほとんど蕾の中に、一輪だけ咲いた桜の花。
その向こうに、なぜか愛する彼女の顔が見えた。
なぜだろう。
彼はふと、その花びらに向かって手を伸ばした。
届かぬ人への思いを乗せて。
伸ばした指先に、何かに触れたような感触があった。
その感覚になぜだか、上条は懐かしさと愛しさを覚えていた。
「美琴……」
口をついて出たのは、愛しい彼女の名だった。