第5章 妹達(シスターズ)
15. 「Their wishes」
エディンバラ・ウェイヴァリー駅7番線。
落ちぶれた特急列車から降り立った、落ちぶれた男(ヒーロー)。
今の自分には似つかわしいんだろうな、とひとりごちた上条は、降り立ったプラットホームを見渡した。
落ちぶれた特急列車から降り立った、落ちぶれた男(ヒーロー)。
今の自分には似つかわしいんだろうな、とひとりごちた上条は、降り立ったプラットホームを見渡した。
ホームに架かる大きな屋根の、その向こうに見える、スコットランドの秋の空。
それは、今の上条の心情と同じように、鈍色の雲が重く垂れ込め、霧のような雨が降っていた。
まもなく訪れる冬のように、気温も低く、街全体が鬱のような重苦しい装いに包まれている。
気が付けば、17000号「御坂美笛」に手を引かれて、出口へ向かっていた。
それは、今の上条の心情と同じように、鈍色の雲が重く垂れ込め、霧のような雨が降っていた。
まもなく訪れる冬のように、気温も低く、街全体が鬱のような重苦しい装いに包まれている。
気が付けば、17000号「御坂美笛」に手を引かれて、出口へ向かっていた。
「――ぼんやりしてないで、行きますよ、とミサカは貴方の手を引っ張ります」
駅内のレンタカー事務所で、美笛が手続きを行っている間、上条はまたぼんやりと周りを眺めていた。
ホームの横まで道路が乗り入れ、タクシー乗り場では荷物と人の喧騒が聞こえてくる。
構内にわんわんと轟く機関車のエンジン音や、アナウンス、駅特有のさざめきが彼の周りを包む。
人が生きる世界と、これから向かう死者の世界との、その落差を上条は感じ取ろうとしていた。
『妹達(シスターズ)』が眠る場所は、彼女達の安息の地になるのだろうかと。
ホームの横まで道路が乗り入れ、タクシー乗り場では荷物と人の喧騒が聞こえてくる。
構内にわんわんと轟く機関車のエンジン音や、アナウンス、駅特有のさざめきが彼の周りを包む。
人が生きる世界と、これから向かう死者の世界との、その落差を上条は感じ取ろうとしていた。
『妹達(シスターズ)』が眠る場所は、彼女達の安息の地になるのだろうかと。
――死んだ妹達は、どこへ行くのだろう。
――人の魂と、クローンの魂に違いはあるのだろうか。
――十字教は、魂は神が創りしものというけれど。
――人が創りしクローンの魂は?
――神が人を創り、人がクローンを創ったというのなら、
――神が人の手を介し、クローンを創ったことにはならないのだろうか。
――人の魂と、クローンの魂に違いはあるのだろうか。
――十字教は、魂は神が創りしものというけれど。
――人が創りしクローンの魂は?
――神が人を創り、人がクローンを創ったというのなら、
――神が人の手を介し、クローンを創ったことにはならないのだろうか。
「――お待たせしました、とミサカは……」
美笛の声がした。
考えがまとまらぬまま、それを振り払うように、上条は声の方へ目を向けた。
笑顔の美笛が、レンタカーの鍵を指先でぶら下げて見せた。
上条はその笑顔から、なぜか視線を逸らすことが出来なかった。
その視線に気付いた美笛が上条に近寄り、その腕をとって車の方へ引っ張っていく。
上条は背徳感を感じながら、黙って彼女にされるがままでいた。
自分へ向かって放たれる、美琴の電撃を思い出しながら。
考えがまとまらぬまま、それを振り払うように、上条は声の方へ目を向けた。
笑顔の美笛が、レンタカーの鍵を指先でぶら下げて見せた。
上条はその笑顔から、なぜか視線を逸らすことが出来なかった。
その視線に気付いた美笛が上条に近寄り、その腕をとって車の方へ引っ張っていく。
上条は背徳感を感じながら、黙って彼女にされるがままでいた。
自分へ向かって放たれる、美琴の電撃を思い出しながら。
-*- -*- -*-
エディンバラから南へ下った、スコティッシュ・ボーダーズ地方の中心都市、ガラシールズ。
スコットランド特産のタータンなどの織物業と醸造業の他に、大学など研究施設も多く、それなりの賑わいを見せる街。
そこから波のようにうねる田園と丘を越え、森と荒地の境目にある、廃墟のような小さい礼拝堂と墓地に着いた。
苔むした低い石塀に囲まれ、墓碑と十字架が並んでいる。
ここまでの道は、わだちにも草が生え、普段人があまり来ていないことを物語っていた。
その侘しい風景が、上条にやるせない思いを喚起させる。
スコットランド特産のタータンなどの織物業と醸造業の他に、大学など研究施設も多く、それなりの賑わいを見せる街。
そこから波のようにうねる田園と丘を越え、森と荒地の境目にある、廃墟のような小さい礼拝堂と墓地に着いた。
苔むした低い石塀に囲まれ、墓碑と十字架が並んでいる。
ここまでの道は、わだちにも草が生え、普段人があまり来ていないことを物語っていた。
その侘しい風景が、上条にやるせない思いを喚起させる。
車を降りると、雨はほぼ止んで、橙色した雲の隙間から、スポットライトの様に光が差し込んでいた。
スコットランド特有の変わりやすい天候は、いつしか空に七色の橋を作っている。
スコットランド特有の変わりやすい天候は、いつしか空に七色の橋を作っている。
美笛が先にたち、上条は花を持って彼女の後に続いた。
荒地から吹く冷えた風が、時折来訪者の顔に冷たい滴を叩きつける。
その冷たさが、身体をも冷やしていくように感じた。
森から流れてくる、泥と草の匂いが、石と苔のそれに混じって、まるで死者の匂いのようにも思えた。
荒地から吹く冷えた風が、時折来訪者の顔に冷たい滴を叩きつける。
その冷たさが、身体をも冷やしていくように感じた。
森から流れてくる、泥と草の匂いが、石と苔のそれに混じって、まるで死者の匂いのようにも思えた。
墓地の外れ近くに、まだ真新しい、何も刻まれていない墓碑と小さな十字架が立っていた。
美笛はその前に立つと、上条へ振り返った。
美笛はその前に立つと、上条へ振り返った。
「ここです、とミサカは神妙な面持ちで貴方に伝えます」
「ありがとうな、美笛」
地面に穿たれた、何も無いのっぺらな、さほど大きくない墓碑。
本来なら、そこに故人の名や略歴、手向けの言葉が刻まれるが、そこには何も刻まれていない。
上条は黙って、その墓碑の上に、持ってきた花束を置き、頭を垂れた。
本来なら、そこに故人の名や略歴、手向けの言葉が刻まれるが、そこには何も刻まれていない。
上条は黙って、その墓碑の上に、持ってきた花束を置き、頭を垂れた。
「ミサカたちの名前が決まったら、ここに刻むことになります、とミサカはお父様から聞いた通りに告げます」
「なら、ここに眠っている妹達は……」
「はい、個体番号しかもっていないミサカです、とミサカは説明します」
「そうか……」
-*- -*- -*-
しばらくの沈黙の後、美笛が思い出したように口を開く。
「それと伝えておかなければならないことがあります、とミサカは貴方に動揺しないよう注意を喚起します」
「ミサカたちが活動停止したあとの素体は――」
「DNAが流出しないよう全て特殊処理され――」
「現在灰はおろか、細胞1片さえ残っていません、とミサカは打ち明けます」
「このミサカたちは、この世界に何も残していません、とミサカは貴方に告げます」
それを聞いた上条の胸に、大きなショックが襲った。
「――くッ」
「――ミサカたちは、軍用クローンとして、殺すために作られました」
「作られたなんて言うなッ!」
「――その次は、実験で殺されるために生きてきました」
「なんで……」
「ミサカたちが生きる目的は、殺すか殺されることでした」
「お前たちは……」
「でも貴方のおかげで、ミサカたちはそれ以外の生き方を手に入れることが出来ました」
「なんで……こんな目に……」
「今もこうして貴方と同じ場所に立っていられます」
「俺は……」
「貴方のおかげで……喜びも悲しみも……」
「だからって……」
「多くのものを手に入れることが出来ました」
「――認めねぇぞ!」
「ミサカは……」
「俺はッ!絶対に認めねぇ!!」
「もう……十分に……」
「お前たちだって、本当はもっと生きていたいんだろうがあッ!!」
「それが……なんで……こんな目に合わなきゃいけないんだよおッ!!」
「――何でこんなことになったんだあああああアアアアアアッ!!!」
-*- -*- -*-
上条の体が、がくっと膝から崩れ落ちた。
涙をぼろぼろと流し、いつしか地面に、右手の拳を叩きつけていた。
拳から流れ出した血と、頬を伝う涙が、墓碑に暗い染みを作っていく。
風が、供えられた花びらを散らすように吹いている。
まるでこの世に何も残していかなかった妹達のように。
涙をぼろぼろと流し、いつしか地面に、右手の拳を叩きつけていた。
拳から流れ出した血と、頬を伝う涙が、墓碑に暗い染みを作っていく。
風が、供えられた花びらを散らすように吹いている。
まるでこの世に何も残していかなかった妹達のように。
「こんな目に合うためじゃないだろうがああ!!」
「ミサカは……それでも貴方とお姉様に感謝しています」
「でも違うッ!!」
上条は心の底から涙した。
あの夜、学園都市の路地裏で見た、おぞましい光景。
闇の中に、血を流し、横たわるミサカの死体。
それが今、目の前の十字架に重なっている。
これがあの妹達の望んだ未来なのか。
そう感じたとき、上条はただ、泣くことしか出来なかった。
あの夜、学園都市の路地裏で見た、おぞましい光景。
闇の中に、血を流し、横たわるミサカの死体。
それが今、目の前の十字架に重なっている。
これがあの妹達の望んだ未来なのか。
そう感じたとき、上条はただ、泣くことしか出来なかった。
「俺は……こんなのを見たくて……戦ったんじゃないんだ……」
「貴方は、お姉様とミサカ達のために戦ってくれました」
「お前たちの……笑顔が見たくて……ただそれだけなのに……」
「いいえ、ミサカたちは今も笑顔でいます」
「それで辛くねぇのかよッ!!」
上条が涙を流しながら吠えた。
「お前たちの望んだ生き方がこれなのかよぉ……」
「名前も遺らねぇって、あんまりじゃねぇかッ!」
「もうすぐ死ぬってわかってて……
――お前はなんでそうやって笑っていられるんだよッ!!!」
風が、上条の供えた花を、あたり一面に吹き散らしていく。
「――それは……ミサカ達のために……貴方がこうして泣いてくれるからです」
長い沈黙の間に、いつのまにか風が、止んでいた。
雲間から射す日が、スポットライトのように、この墓地を照らしていた。
低い空の雲と、地平の間に広がる透明な空気が、墓前に跪く上条と、その後に立ち尽くす美笛の周りを暖かく包んでいた。
墓碑の周りに茂る、草葉についたきらきら光る水滴が、上条には妹達の涙のようにも見えた。
上条にはなぜだか、その粒をきれいだと思えた。
その水滴の一粒一粒が、自分の心の傷を癒してくれそうな気がした。
光の暖かさに抱かれて、それが自分の中にある、何か冷たい塊を溶かすように感じていた。
死んだ妹達が、無力な自分を許してくれているのか。
雲間から射す日が、スポットライトのように、この墓地を照らしていた。
低い空の雲と、地平の間に広がる透明な空気が、墓前に跪く上条と、その後に立ち尽くす美笛の周りを暖かく包んでいた。
墓碑の周りに茂る、草葉についたきらきら光る水滴が、上条には妹達の涙のようにも見えた。
上条にはなぜだか、その粒をきれいだと思えた。
その水滴の一粒一粒が、自分の心の傷を癒してくれそうな気がした。
光の暖かさに抱かれて、それが自分の中にある、何か冷たい塊を溶かすように感じていた。
死んだ妹達が、無力な自分を許してくれているのか。
-*- -*- -*-
突然、美笛が上条の背中に抱きついてきた。
「何度も言いますが、ミサカ達は、いろいろなものを貴方からもらいました」
「美笛……」
「貴方のおかげで、ミサカは、こうして貴方の温かさを感じることが出来ているのです、とミサカはネットワークでこの温もりを共有しています」
「ミサカ達は、本当に貴方に感謝しています」
「こちらこそ、ありがとうな……」
「ミサカ達には――、不思議です……」
「なぜ――、涙が出ているのでしょうか……」
「お前――、泣いてるのか……」
「わかりません――、でもなぜか涙が止まりません……」
「そうか――、俺も――、止まらないよ……」
「今――、ミサカ達全員――、涙を流しています……」
背中から伝わる肌のぬくもりと、涙の冷たさが、上条にはいとおしく感じられた。
そのいとおしさは、上条に美琴のことを思い出させる。
上条の居場所を守り、遠く離れた地球の裏側で戦っている大切な人。
脳裏に蘇った美琴の顔は、涙を流しているようだった。
ただなんとなく、その涙は悲しみの涙ではない気がした。
笑顔のままで、涙する彼女の記憶が、上条の心を奮い立たせていく。
そのいとおしさは、上条に美琴のことを思い出させる。
上条の居場所を守り、遠く離れた地球の裏側で戦っている大切な人。
脳裏に蘇った美琴の顔は、涙を流しているようだった。
ただなんとなく、その涙は悲しみの涙ではない気がした。
笑顔のままで、涙する彼女の記憶が、上条の心を奮い立たせていく。
――彼女達を救うなんてことは、今の俺には無理だ……。
――せめて彼女達を支えてやることは出来るだろう……。
――彼女達の居場所を、守ってやることなら出来るんじゃねぇか……。
――せめて彼女達を支えてやることは出来るだろう……。
――彼女達の居場所を、守ってやることなら出来るんじゃねぇか……。
彼女の笑顔を守りたい、彼女を支えてやりたい、という思い。
「なあ、美笛……」
それまで、目の前の現実になすすべもなく、膝を屈していた男が、顔を上げた。
「泣いてるのは俺だけじゃねぇ。
美琴だって、お前たちのことを大切に思って、泣いていると思うんだ。
旅掛さんだって、美鈴さんだってきっとそうだ。
冥土帰しも一方通行も、お前たちの周りにいる人、全員泣いていると思う。
お前達だけが、この世界にいるんじゃないだぞ」
美琴だって、お前たちのことを大切に思って、泣いていると思うんだ。
旅掛さんだって、美鈴さんだってきっとそうだ。
冥土帰しも一方通行も、お前たちの周りにいる人、全員泣いていると思う。
お前達だけが、この世界にいるんじゃないだぞ」
何かを決心したように、上条の瞳が、遠くを見つめる。
「俺は、こんな未来(エンディング)は認めねぇ……。
この世界が、神様の作った物語(システム)の通りに動いてるってんなら、俺はその幻想をぶち殺してやるよ」
この世界が、神様の作った物語(システム)の通りに動いてるってんなら、俺はその幻想をぶち殺してやるよ」
そこには、不屈の闘志でもって、右手だけで世界の底で戦い抜いてきた上条当麻がいた。
「俺は、この墓の前で誓ってやる。
美琴も、美笛も、他の妹達も、俺が支えてやる。
確かに今はまだ、どうすればいいのかわかんねぇ。
だけど、必ず助かる方法を見つけてやる」
美琴も、美笛も、他の妹達も、俺が支えてやる。
確かに今はまだ、どうすればいいのかわかんねぇ。
だけど、必ず助かる方法を見つけてやる」
その言葉に、上条の背中に抱きついたままの美笛の腕に力が入った。
「俺は必ず、お前たちの世界を守ってやるからな」
――そんなふうに言われたら、このミサカだってますます貴方に憧れていきます。
――お姉様に敵わないのはわかっています。
――ミサカが貴方を思う気持ちが、一方通行でも構わないです。
――できれば少しでも長く、貴方と一緒にいたいです。
――お姉様に敵わないのはわかっています。
――ミサカが貴方を思う気持ちが、一方通行でも構わないです。
――できれば少しでも長く、貴方と一緒にいたいです。
いつしかその腕は、しっかりと上条の体に巻きつけられていた。
「今度こそは、みんなで笑って帰ろうや」
美笛が巻きつけた腕を、わざと手荒く外すと、上条は、涙を拭って立ち上がる。
残念そうな顔をしている美笛に向かい、笑いかけた。
残念そうな顔をしている美笛に向かい、笑いかけた。
「美琴に見られたら、電撃くらうようなことは勘弁な……」
「――あ……」
「――あ……」
言葉とは裏腹な、優しげな上条の笑顔に、美笛は再び顔を赤くして、俯くしかなかった。
いつしか、夕闇みが近付いていた。
日は森の陰に沈もうとし、東の空はすでに黒く染まり、星の瞬きが中天近くまで煌いている。
上条は十字架に向かって振り返った。
日は森の陰に沈もうとし、東の空はすでに黒く染まり、星の瞬きが中天近くまで煌いている。
上条は十字架に向かって振り返った。
――今度は、お前たちの姉を連れて来るから、それまで……
そう呟くと、美笛に「帰るか」と声をかけ、駐めてあった車へと歩き出した。
美笛は、思いを残さないよう、後ろを振り返ることなく、無言のまま彼に従った。
美笛は、思いを残さないよう、後ろを振り返ることなく、無言のまま彼に従った。
-*- -*- -*-
エディンバラへ戻る頃には、日はとっぷりと暮れてしまっていた。
天気は再び霧のような雨模様になっていた。
暗い空に、街灯が滲むように浮かび、古い街並みと、石畳の歩道の上を行きかう人々を照らす。
先程までの誰もいない墓地から一転して、生の営みが満ち溢れた世界へ舞い戻ったことで、2人はそれまで抱いていた不安が、なんとなく払拭されるように感じていた。
レンタカーを返却した後、2人は列車の時間まで、傘を差し、街を歩いていた。
2人の気持ちを、橙色の暖かな光がやさしく包んでいる。
天気は再び霧のような雨模様になっていた。
暗い空に、街灯が滲むように浮かび、古い街並みと、石畳の歩道の上を行きかう人々を照らす。
先程までの誰もいない墓地から一転して、生の営みが満ち溢れた世界へ舞い戻ったことで、2人はそれまで抱いていた不安が、なんとなく払拭されるように感じていた。
レンタカーを返却した後、2人は列車の時間まで、傘を差し、街を歩いていた。
2人の気持ちを、橙色の暖かな光がやさしく包んでいる。
これからどこかで、ゆっくり食事をして、それから列車でロンドンに戻る。
帰りの便は、ロンドン・ユーストン行きの夜行列車を予約してあるのだ。
エディンバラ・ウェイヴァリー駅を23時40分に発つ、「ローランド・カレドニアン・スリーパー」のスタンダードクラス。
ユーストン駅に着くのは、翌朝7時前。
朝8時までは駅ホームに留置されるので、その時間まで車内でゆっくり出来るのがありがたい、と上条は思った。
宿には泊まらず、夜行日帰りとは実にハードなスケジュールだが、翌日のことを考えれば致し方ないとも思っている。
帰りの便は、ロンドン・ユーストン行きの夜行列車を予約してあるのだ。
エディンバラ・ウェイヴァリー駅を23時40分に発つ、「ローランド・カレドニアン・スリーパー」のスタンダードクラス。
ユーストン駅に着くのは、翌朝7時前。
朝8時までは駅ホームに留置されるので、その時間まで車内でゆっくり出来るのがありがたい、と上条は思った。
宿には泊まらず、夜行日帰りとは実にハードなスケジュールだが、翌日のことを考えれば致し方ないとも思っている。
明日は、インデックスに会うため、午前中に聖ジョージ大聖堂に来るよう、神裂から連絡があった。
元々こちらへ来た理由が、インデックスの為である以上、早くに会う必要が会ったのだが、現在の彼女も責任ある立場にいるため、こちらの都合どおりにはいかないようなのだ。
神裂からは、教区内での各教会での霊的指導や、宣教活動、さらには魔道書研究などで、会える時間が取れないから、とは聞いていた。
それに未だ上条がこちらに来ていることを、インデックスには知らせていないらしい。
確かにひとつ間違えば、スキャンダルともとられかねないことは、関係者以外秘密にしておくのが一番なんだろう。
いずれにせよ、明日会えば、すっきりするだろうと上条は思った。
元々こちらへ来た理由が、インデックスの為である以上、早くに会う必要が会ったのだが、現在の彼女も責任ある立場にいるため、こちらの都合どおりにはいかないようなのだ。
神裂からは、教区内での各教会での霊的指導や、宣教活動、さらには魔道書研究などで、会える時間が取れないから、とは聞いていた。
それに未だ上条がこちらに来ていることを、インデックスには知らせていないらしい。
確かにひとつ間違えば、スキャンダルともとられかねないことは、関係者以外秘密にしておくのが一番なんだろう。
いずれにせよ、明日会えば、すっきりするだろうと上条は思った。
留学という名目でこちらへ来た以上、学業を疎かには出来ない。
新学期が始まってから、語学スクールのカリキュラムに付いていくのに必死で、昨日までなかなか暇がなかった。
その上、ミサカコンサルタントでの雑用仕事もあった。
かなりハードな日々を過ごしていたが、やっと空いた時間が取れたのが、今日と明日の2日間だ。
前から懸案となっている妹達の墓参を、美笛とともに実現させて、上条はやっと気持ちの整理に取り掛かることができたのだった。
新学期が始まってから、語学スクールのカリキュラムに付いていくのに必死で、昨日までなかなか暇がなかった。
その上、ミサカコンサルタントでの雑用仕事もあった。
かなりハードな日々を過ごしていたが、やっと空いた時間が取れたのが、今日と明日の2日間だ。
前から懸案となっている妹達の墓参を、美笛とともに実現させて、上条はやっと気持ちの整理に取り掛かることができたのだった。
街を行く2人はやがて、ガイドブックで探し当てたレストランでディナーを愉しんだ。
スコットランド料理というのは、悪評高い英国料理の中でも地味な方だ。
それでも素材の良さがそれをカバーする部分もあり、上等の食事とは言えなかったが、それでも満足できた。
向かい側の席でほんのりと頬を染め、とびきりの笑顔をした美笛には、充分にその時間を過ごせたようだった。
特に会話がはずんだわけでもないが、それでも雰囲気や、少々嗜んだ食前酒の影響もあるのだろうか。
スコットランド料理というのは、悪評高い英国料理の中でも地味な方だ。
それでも素材の良さがそれをカバーする部分もあり、上等の食事とは言えなかったが、それでも満足できた。
向かい側の席でほんのりと頬を染め、とびきりの笑顔をした美笛には、充分にその時間を過ごせたようだった。
特に会話がはずんだわけでもないが、それでも雰囲気や、少々嗜んだ食前酒の影響もあるのだろうか。
そう思ったとき、学園都市の妹達とも、最近はこうして会った覚えがないことに気が付いた。
美琴と恋人になってからは、ほとんど彼女とのデートばかりだったし、それ以前は、受験やら学校やらインデックスとの失恋ショックとやらで、ほとんど顔をあわせていない。
それでは彼女達の異変など判るわけがない。
美琴は上条の受験勉強に付き合い、更にインデックスの世話まで引き受けていた。
その後の失恋騒動に付き合わせた上に、こうして自分と恋仲になるまで、空いた時間はベッタリとくっついていた筈だ。
美琴に、妹達へ関わる暇さえ与えてこなかったことが、今更ながら上条の苦悩を増幅させる。
彼女の気持ちを思うと、かつての『御坂美琴とその周りの世界を守る』という誓いが、ますます自分の中で色褪せていくように思えた。
美琴と恋人になってからは、ほとんど彼女とのデートばかりだったし、それ以前は、受験やら学校やらインデックスとの失恋ショックとやらで、ほとんど顔をあわせていない。
それでは彼女達の異変など判るわけがない。
美琴は上条の受験勉強に付き合い、更にインデックスの世話まで引き受けていた。
その後の失恋騒動に付き合わせた上に、こうして自分と恋仲になるまで、空いた時間はベッタリとくっついていた筈だ。
美琴に、妹達へ関わる暇さえ与えてこなかったことが、今更ながら上条の苦悩を増幅させる。
彼女の気持ちを思うと、かつての『御坂美琴とその周りの世界を守る』という誓いが、ますます自分の中で色褪せていくように思えた。
-*- -*- -*-
店を出て駅へ戻る道すがら、美笛は上条の隣で、笑顔を絶やさなかった。
いつしか雨は止み、濡れた黒灰色の石畳が、街灯に照らされている。
遅い時間にもかかわらず、街の中心部の人通りは少なくない。
オーケストラのように、2人を包む音の全てが街のさざめきを奏でている。
硬い靴音が木管楽器のように流れ、行き交う車のヘッドライトが、弦楽器のように2人の影を長く短く交差させる。
時折響くバスのエンジン音は、さしずめ打楽器のよう。
クラクションが金管楽器のように、何かを吐き出していく。
先程まで、食の官能を満たしていた2人を
それでもやがて、冷たい冬の空気がその体温を冷ましていく。
いつしか雨は止み、濡れた黒灰色の石畳が、街灯に照らされている。
遅い時間にもかかわらず、街の中心部の人通りは少なくない。
オーケストラのように、2人を包む音の全てが街のさざめきを奏でている。
硬い靴音が木管楽器のように流れ、行き交う車のヘッドライトが、弦楽器のように2人の影を長く短く交差させる。
時折響くバスのエンジン音は、さしずめ打楽器のよう。
クラクションが金管楽器のように、何かを吐き出していく。
先程まで、食の官能を満たしていた2人を
それでもやがて、冷たい冬の空気がその体温を冷ましていく。
ふと美笛が冷めた手を温めるように、上条の手にその細く華奢な指を絡ませてきた。
美笛の顔を見やると、彼女は恥ずかしそうに上条の目を見つめてくる。
彼女の口元が、何か言いたげに動いたが、上条にはわからなかった。
それでも笑顔をかえすと、ふっと安心したような柔らかな表情をして、絡めた指でぎゅっと握ってきた。
そんな彼女の反応に、あれからずっと思い悩んでいた事を思い出し、上条もその手に力を込めたのだった。
美笛の顔を見やると、彼女は恥ずかしそうに上条の目を見つめてくる。
彼女の口元が、何か言いたげに動いたが、上条にはわからなかった。
それでも笑顔をかえすと、ふっと安心したような柔らかな表情をして、絡めた指でぎゅっと握ってきた。
そんな彼女の反応に、あれからずっと思い悩んでいた事を思い出し、上条もその手に力を込めたのだった。
――俺は……なんとかして美笛を、妹達を助けたい……。
なにより今の美笛は、緊急時でも調整を受けられない。
それに細胞劣化も以前より進んで、調整間隔が最盛期より短くなりつつあるらしい。
それに細胞劣化も以前より進んで、調整間隔が最盛期より短くなりつつあるらしい。
――美笛には、もうあまり時間が残っていないかもしれない。
その憶測が外れることを上条は心の中で願う。
更に上条を悩ませることがある。
それは彼女が間違いなく、彼になんらかの好意を抱いていることだ。
その好意が、憧れなのか恋なのかはわからない。
ただ美笛の気持ちを、そのまま無碍にするようなことをしたくなかった。
もし彼女の寿命が長くないのであれば、最後に彼女の夢をかなえてやるのも……。
更に上条を悩ませることがある。
それは彼女が間違いなく、彼になんらかの好意を抱いていることだ。
その好意が、憧れなのか恋なのかはわからない。
ただ美笛の気持ちを、そのまま無碍にするようなことをしたくなかった。
もし彼女の寿命が長くないのであれば、最後に彼女の夢をかなえてやるのも……。
そこまで考えて、あわてて上条は、縁起でもないとそれを脳裏から消した。
――どうやら俺にも、残された時間は少ないな。
――明日、インデックスの所へ一緒に連れて行ってみるか。
――もしかしたら、何かいいヒントが見つかるかもな。
――明日、インデックスの所へ一緒に連れて行ってみるか。
――もしかしたら、何かいいヒントが見つかるかもな。
そんなことを考えながら、上条は傍らで、腕にしがみついている美笛を見た。
いつしか上条の顔を、心配そうに見つめる彼女が、彼の視線に気付くと、また俯き、しがみついた腕に、きゅっと力を入れた。
上条は、そんな彼女のしぐさに、やっぱり恋人の面影を見てしまう自分にホッとすると同時に、美笛には申し訳ないという思いを抱いていた。
いつしか上条の顔を、心配そうに見つめる彼女が、彼の視線に気付くと、また俯き、しがみついた腕に、きゅっと力を入れた。
上条は、そんな彼女のしぐさに、やっぱり恋人の面影を見てしまう自分にホッとすると同時に、美笛には申し訳ないという思いを抱いていた。