とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part16

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第6章 魔術師たち


16. 「St George's Cathedral」


 灰色の雲が低く垂れ込める、どんよりした空の下、ロンドンの街並みは朝の喧騒に包まれている。
 今朝の気温はコートが必要かと思うほど低く、陰鬱な冬が待ちうけていることを物語る。
 道端や公園の樹木も、全て冬の装いに変わっていた。
 上条と美笛が降り立ったロンドン・ユーストン駅から、聖ジョージ大聖堂までは、歩いてもすぐだ。
 駅構内の『SUBWAY』で、朝食も兼ねた時間つぶしをしても、約束の時間まで余裕がある。

「少し早いけど、ゆっくり出かけようか」

「はい……」

 上条の誘いに、美笛はあまり体調が優れないのか、少し疲れの見える笑顔で頷くと、上条の腕を取り、肩に頭を預けてくる。
 美琴と同じ、煉瓦色した茶髪のショートボブが揺れている。
 ふんわりと上条の鼻腔をくすぐる、スコットランドの風のような、透明なヒースの匂い。
 微かに甘く爽やかで、美琴とはまた違う、魅力的な香りだった。
 もうあまり、彼女に無理をさせてはいけないように、上条は感じていた。
 上条は彼女のペースに合わせ、ゆっくりと歩調を取るようにした。
 何を話すでもなく、まるで恋人のように、晩秋のロンドンを歩く。
 これから向かう先に、何が待ち受けているか、はっきりとはわからない。
 だが成り行きとはいえ、事態は最初に考えていた事とは、違う方向に進んでいるようだ。
 それでもこの先に待ち受けているであろう、どす黒い漠然とした不安が上条の心の片隅から離れない。
 ユーストン駅の西側に沿って、カーディントンストリートをほんの少し北へ向かう。
 右にそびえる鉄道線路の高い塀と、左側に建つ石造りの古ぼけた建物が、通りに黒い影を生み、頭の上の白灰色した空との間に、明暗のコントラストを作る。
 やがて左手側に建つホテルの建物が切れ、そこにセントジェームズガーデンズの、薄い緑が残る芝生が見えて来た。
 無機物に造られた景色の合間に見える、生きた緑の色が、上条の傷つけた右手の痛みを、和らげてくれるように思う。
 その小さな公園を抜け、中層アパートが立ち並ぶ住宅地を、東西に貫くロバートストリートへと足を向けた。
 縦列駐車の車が並ぶ道沿いに、葉を落とし、幹と枝だけの街路樹が、寂しくその存在を主張している。
 その木の陰から、自分達の方へ真直ぐ近寄ってくる人影に気付いた上条は、無意識に美笛を背後に庇っていた。

「いよう、カミやん。待ってたんだにゃー」

「なんだ、土御門じゃないか。驚かせるなよ。こんな所でいったいどうしたんだ?何かあったのか?」

 ホッとした上条が見たのは、見慣れた金髪サングラスの男、土御門元春だった。

「なんだ、とはつれない言葉だにゃー。心配しなくとも、何も起きてないぜい。今のところは、な……」

「今のところ……?」

 彼がそんな発言をする時は、必ず何かある、と上条は経験で学んでいる。
 土御門は、ここで立ち話もなんだが……と言いながら、上条の背後にいる美笛に声をかける。

「そちらのお嬢さんは、『超電磁砲』のクローンで、『妹達(シスターズ)』の内のお一人さん、で間違いないんだにゃー?」

 その言葉に美笛は、何かに怯えたように、ビクッと体を震わせた。
 その震えを背中に感じた、上条の警戒心にスイッチが入った。

「――テメェ、何をたくらんでやがる……」

「そんなにカリカリしなさんなよ、カミやん。お前さんの本当の任務が『これ』なんだからにゃー」

 はしごを外されたような面持ちの上条を見ながら、土御門がニヤリとした笑みを浮かべ、こちらを向いたまま声を上げた。

「ねーちんもそんな所に隠れてないで、こっちへ来たらどうだ……」

 何時の間に来ていたのか、神裂が建物の影から姿を見せた。
 神裂の表情も、怪訝な表情をしていた。

「土御門、私にもどういうことか、説明してもらえますね?」

「――ああ、皆揃ったし、ちゃんと説明はさせてもらいますたい。その前に、ちょっと場所を変えるぜい……」

 そう言って、土御門が後ろも見ずに、先に立って歩き出した。
 神裂が上条と美笛に向かい、先に行くよう目で促す。
 上条は美笛の肩に手を回し、庇うようにその後に続く。
 神裂はそんな上条の姿に、どこか複雑な表情をして無言のまま、後ろをついて行く。


◇  ◇  ◇  ◇


 聖ジョージ大聖堂の東、カンバーランドマーケットの中層アパートに囲まれた公園に彼らはいた。
 隣の遊具広場で遊ぶ、賑やかな子供の声が、彼らの話し声を、周りからうまく中和している。
 この辺りの多人種な住人のおかげで、東洋人風の男女4人の密談風景は、周囲になんの違和感も与えていない。

「――つまり、インデックス云々というのはカモフラージュで、本当の目的は、『妹達(シスターズ)』の保護でいいんだな」

 なぜ土御門がこの話をしているのか、という疑問に答えを導き出そうと考えていた。

「土御門元春、なぜ私にまでそれを隠していたのですか」

 神裂もまだ納得できないという表情をしている。

「ねーちんにはすまないと思うが、これは出来る限り秘密にしたかったからなんだぜい。
なにせこれは『必要悪の教会(ネセサリウス)』だけの任務なんだからにゃー。」

 土御門は、ねーちんには後で詳しく説明すると言い、上条に向かい説明を続ける。

「依頼者は理事会ではなく、親船理事と、貝積理事、というよりもそのブレーン、雲川のクソ女だぜい」

「雲川って、雲川先輩か?」

「ああ。貝積理事のブレーン、というよりむしろ黒幕、と言った方が正確なんだが……」

 やはり土御門は、解答を持っていると上条は確信した。
 一方で、その裏に何か隠しているとも感じていた。

「――親船さんらとしちゃ、『妹達(シスターズ)』の問題を現状のまま放置できないんだにゃー。
それはまあ、国際法上違法なクローンの隠蔽工作というのもあるが、一番の理由は、『学園都市第一位・一方通行』を守るためなんだぜい」

「――ア……一方通行をだと?、『妹達(シスターズ)』では無くてか?」

「カミやんは、一方通行が『妹達(シスターズ)』の延命措置に、懸かりっきりだってのは聞いているよな?」

 確かにあいつなら、自分の事を後回しにしてでも、そうするだろうと、その話を美笛から聞いた時に思った。
 一方通行にとって、打ち止めや妹達は、もはや『存在価値(レゾン=デートル)』なのだから。
 それは上条にとって、羨ましくもあり、一種のあこがれにも等しい。
 上条には無い、明確な『生きるための目的』を持っている一方通行を。

――自分の全てを賭けられる明確な目標。
――そんな生き方が出来るなら本当に羨ましいと思う。

 思い出されるのは、学園都市を出る前に会った一方通行の瞳。
 赤く、夕陽のような瞳が、あの時優しく感じられたのは、守る力を持っている証しなんだと。
 真のヒーローは、強くて優しいのが決まりなんだと。
 『生きるための目的』を持っている者は、何もかも全て背負って生きていけるんじゃないかと。

――そうだよな。
――今の俺には……そんな力なんてない。
――俺の力は、幻想を殺すだけの力。
――大切なもの全てを守る力なんて……。

 そう思いながらも、あきらめきれない自分を、どう扱えば良いのかまだわからない。

「クローン達のネットワークから、演算補助を受けている以上は、ヤツと『妹達(シスターズ)』は一蓮托生なんだにゃー。
だがそれに変わるヤツの演算補助システムが、まだ完成していないんだぜい……」

 土御門はじっと遠くを見るような表情をしているようだ。
 サングラスに隠された本心は、どこにあるのか。

「冥土帰しや学園都市技術部らが頑張ってはいるんだが、まだ時間がかかるようなんだぜい。
だから一方通行が倒れた時、学園都市の防衛能力は格段に落ちる。
また戦争になりかねない事態だけは避けなければならないんだにゃー。
だから……

 上条が、土御門の顔を見つめる。
 いつものことだが、コイツの本心は読めない。
 自ら多角スパイと称し、天邪鬼を自認するような男だ。
 だが一方だけが損をするような取引はしない、という信頼だけは昔からある。

「それまで『妹達(シスターズ)』の保護は、『必要悪の教会(ネセサリウス)』が行う。魔術の力で、クローン達を助ける……」

 神裂と美笛が驚いた顔をしていた。
 だが上条には思い当たる節がある。
 そう、かつて大覇星祭の時、オリアナに襲われた、瀕死の姫神を助けたのは……。

「そうか、回復魔術か!」

「ピンポ~ン!カミやん、大正解だぜい!」

「だけど、可能なのか?」

「確認しなけりゃならないことはあるが、大丈夫だにゃー……」


◇  ◇  ◇  ◇


 用があるという土御門と別れた上条らを、聖ジョージ大聖堂で出迎えたのはステイル=マグヌスだった。

「か、上条当麻か!?君はこんなところでなにをしている?」

 驚いた顔の長身赤髪の司祭に、上条は笑いかける。

「久しぶりだというのに、相変わらずな挨拶だな、ステイル……」

「君とはあまり馴れ合いたくは無いのだがな。で、今回は何事だ?
神裂が一緒にいるというのに、僕には何も知らされていないのはどういう事だ?
僕が蚊帳の外に置かれるような事態が起きているとでもいうのか?」

 上条の横に立つ神裂を見て、自分が何も知らされていないことに、イライラと不快感を隠さない。
 彼はインデックスの補佐兼護衛役として、不測の事態が起きた時、対処に齟齬が出ることは個人的にも避けたいのだ。
 それに気づいた神裂が、私が説明しますから……と言いながら、てきぱきとステイルと、面会の手続きを進めていく。
 しばらく待たされた後に、上条と美笛が案内された、聖堂隅の通路の突き当たりの部屋は、『第零告解室』というらしい。
 本来告解室とはその目的から、極狭小なスペースなのだが、この部屋は小会議室ほどの広さがあった。
 正面に十字架が掲げられた祭壇が設えられ、その前に置かれたいくつかの椅子。
 美笛が小声で、上条にAIMジャマーの存在を伝える。
 上条はその意味に理解し、美笛に頷き返した。
 やがて現れた、上条にとって初恋の相手にして、彼自身の記憶を代償とし、体を張ってその身を守り助けてきた銀髪碧眼の少女。
 この時の彼女は上条の姿を認めるや、いぶかしみ、舐めるように視線を上下させている。
 本来ここにいるはずのない者が来ていることに、不審感を抱かれても仕方がないと上条は思う。
 その事を恐れるかのように黙ったまま、じっとその碧眼で上条を見据えている。
 しばらくの間、何か言いたげに、その口元を震わせていたが、やがて決心したように口を開いた。

「とうま、ここへ何しに来たの?それとその女の子は、みことじゃなくてクールビューティ?でいいのかな……」

 インデックスの問い詰めるような、ちょっときつめの口振りは、昔に戻ったような安堵感を上条に感じさせる。
 だがそれは同時に、胸の奥底に埋めておいたはずの感情を、再び思い出させてしまうことになった。
 それに翻弄される上条が、かろうじて口に出来たのは、ほんのわずかな言葉。

「インデックス。元気……だったか?」

 上条は今にもあふれ出しそうなそれを、かろうじて押さえ込み、ぎこちない笑顔を作っていた。
 何かを隠し、誤魔化そうとする上条のそんな仕草は、インデックスに懐かしく、胸を突かれる思いを蘇らせた。
 彼女が握り締めた両の手にきゅっと力が入り、それまでの勝気な表情がみるみる泣きそうな顔になる。
 上条がよく見た、それでいて自分が見たくないインデックスの顔。
 その瞳に溢れる泪が、桜色に染まった頬をつぅっとつたっていく。
 彼女の碧眼から零れる、勿忘草にも似て薄青く輝く透明な滴を、上条はいつもきれいだと感じていた。
 幾度と無くその涙をきれいだと思い、一方でそんな彼女を見たくないと思う勝手な自分に苛立ちを感じることもあった。
 いつも自分が原因で、そんな自分の下手な気遣いで、彼女にそんな思いをさせることに、黒い渦のような感情を抱くことさえあった。
 お前にまた、そんな思いをさせたのか、と上条は、胸に淀む重苦しい戸惑いを扱いかねていた。
 だが今日はその意味が、それまで彼が想像していたのとは違うことに気付かされたのは、その後のことだった。

「とうま、無理しなくてもいいんだよ」

 何もかもわかっていると言いたげに、インデックスの瞳が、真直ぐ上条を見つめる。
 碧眼の奥深くから上条の胸の奥へ侵入し、そこに堅く堅く突き堅めていたそれを、この場に吐き出させようとする彼女の意思。
 覗き込み、掻き回し、突き崩し、抉り出さんとする強い意思。
 そこにあるのは、健気で儚く、可憐で、それでいて優しい、それまでの彼女ではなかった。
 精神系能力者のように、強く、残酷で、容赦なく、憎らしいほどに冷淡な意思を持つ、魔女の泪。
 幻想殺しの備わる右手でさえ防ぐことの出来ない、強力無比な泪という魔力に、上条の心が開かれる。

「とうまに辛い思いをさせたのも、みことに全て背負わせて、何もかも捨ててきたのはこの私……」

 インデックスの言葉に、上条から周りの音が消えていく。
 目の前にいるのは……誰だ?


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