とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part08

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匿名ユーザー

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―beginning・一二月三日―


 一二月三日、午前7時。
 太陽がようやく地平線からその姿を現し、闇と冷気に支配されていた長い夜に終わりを告げて、地上に待望の光と熱をもたらし始める。
 続いて雀達がその日の朝の始まりを告げるかのように、ちゅんちゅんとその小さい体のさらに小さい喉を震わせ大合唱を始め、大気を揺るがす。
 ある所からはコケコッコーというけたたましいまでに大きな鳴き声が聞こえた。
 ある所からは朝のトレーニングをしている人のタッタッという軽快な足音が聞こえた。
 それらは朝の始まりを告げる大合唱に更なる幅をもたせ、時には良いアクセントとしても働く最も自然で最も馴染み深い朝の営み。
 冬の朝の大気はひんやりと肌を刺すような痛みをもたらすが、それを相殺できるほどに空気は澄み、気分がすっきりできるほど清々しい。
 空を見上げるとそこには雲一つない快晴の空が広がっており、時折空を横切る鳥たちもまた、気持ちよさそうに空を滑るように飛んでいる。
 一二月三日の朝は、そんな当たり前のような風景が当たり前に広がる、平和で非常に気持ちのよい朝だった。
 そんな全ての人に元気を与えてくれるような平穏な朝の風景に少し似つかわしくない少年と少女が二人、学園都市を流れる川のほとりを歩いていた。

「ああ~、眠いよう……ねえ、なんでまた朝に散歩なんかしようなんて思い立ったわけ? ミサカ全然良さがわかんないよ」

 まだ完全には眠気がとれず、目をしぱしぱとさせて文句を言う少女は番外個体。
 彼女は眠い目をこすっては文句を垂れ流し、だるそうにしながらもなんだかんだで隣を歩く少年についていく。

「いちいちお前はうるせェな。そんなに文句があるならついてこなきゃいいだろォが。言っとくが俺は別に強制した憶えはねェぞ」

 番外個体が垂れ流す文句に対して鬱陶しそうに振る舞い、独特な口調、白い肌、白い髪、白い服そして血を思わせる赤い目が特徴的な少年は一方通行。
 彼は補助の杖を片手に、隣を歩く番外個体には目もくれずにひたすら前へと進む。
 二人はこれからようやく気温が上昇しようかというまだ寒い冬の朝に、散歩していた。

「そういやそうだよね。なんでミサカはついてきたんだっけ?」
「俺に聞くンじゃねェよ。むしろ俺が聞きてェくらいだ」
「んー…確か、寝起きがかなり弱いはずの第一位がこんな朝早くから出かけるってのは珍しいじゃん? だからミサカは何か面白いことでもおっぱじめるのかと期待したんだけど、本当にただの散歩だったとはね、とんだ期待外れだよ。無視して寝ときゃよかったー」

 うだー、とついていくと言い出した過去の自分を呪うかのように、番外個体はうなだれた。
 うなだれる番外個体に対して一方通行はふんと鼻を鳴らしどこか釈然としない表情でそっぽを向くが、それは長くは続かない。
 一方通行の行動に疑問をもった番外個体が、問いを投げかける。

「……じゃあ、第一位はどうして朝に散歩をしようと思ったわけ?」
「あ?」
「だからさ、寝起きにすっっっっっっっっごく弱いはずの第一位がどうしてまたこんな朝早くに、それもこんなクソ寒い冬の朝に散歩なんかしようと思った理由を聞いてるの」
「俺が何をしようと俺の勝手じゃねェか」

 お前には関係ないことだ、と言わんばかりに一方通行は吐き捨てる。

「そりゃそうなんだけどねぇ、やっぱり気になるじゃない? もしかして平和を守る正義の戦士気取りのパトロール? それとも、打ち止めがいるあの家にいるとドキドキしたりして胸が苦しくなって眠れないからとか? …まさかとは思うけど、その貧弱な体をどうにかしたいとか思って誰も見てない朝に秘密のトレーニングでもしようと思った? うわぁ、もしそうだったらミサカ、もやしな第一位の涙ぐましい努力に涙しそう…」
「よくもまァそんなありもしねェ愉快な妄想が次から次へと溢れ出てくるもンだな。お前はあれか、事件に飢えすぎて頭わいてきたのか? それともこの平和に慣れ親しみすぎてボケてきたのか? 治してやるから頭差し出せ」
「……とか言いつつチョーカーのスイッチに手を伸ばすのやめない? 何する気? ちょ、ストップ! 暴力反対!」

 能力者モードへ移行した一方通行は番外個体の頭を鷲掴みしようとするが、番外個体はそれを避けその手は空を切った。
 後に番外個体は語る、一方通行は本気だった、目が完全に据わっていた、と。
 それ故全力で回避し後で彼を非難した。
 そんな番外個体の態度に忌々しそうに舌打ちをした一方通行はチョーカーのスイッチに手をやり通常モードに移行すると、苦虫を潰したかのような表情で一方通行は告げる。

「今のところこの学園都市は平和だ、闇の動きも最近となってはこれといって見られない。だからこんな風にのんびり散歩みてェな腑抜けたことができるのは今のうちってことだ。できることをできる内にやっておくってことは当然のことだろォが」
「……つまり、今ある平和を満喫しようとでも思ったわけ? 第一位がそんなことを考えるようになったとはねぇ…、…ミサカもかもしんないけど、第一位も相当平和ボケしてきてんね?」
「いちいちうるせェやつだなお前は。それが平和を生きるってことなら仕方ねェつってんだよ」

 一方通行にしても、番外個体にしても、かつては様々な人々が作り出す悪意の中心点にいた。
 血が流れることなど日常茶飯事、どす黒い闇が横行する学園都市暗部を生き残るために、規定されたルールの裏をかく事がそもそもの大前提とされるような異常な世界の中で泥に塗れ地を這いながらも進んできた。
 平和とは程遠い世界を駆け進んできた経験をもつ彼らだからこそ、平和を渇望し、平和を掴み取るために手段を問わず様々な行動をとってきた。
 その行動の結果が今の平和であり、かつて学園都市の深部で横行していた“闇”の鎮静化である。
 かくして彼らは望んでいた世界を手にしたのだ。
 しかし。
 彼らもまた“闇”を横行していた一員。
 手にした平和、掴み取った平穏をすぐには受け入れる事はできず、むしろ『平和を自ら遠ざけかねない』存在となり得る可能性を秘めていた。
 世の人々は一方通行を怪物と呼んだ。
 一方通行自身、恐怖の象徴として闇の中を駆けまわっていた。
 番外個体はそんな一方通行を殺すために生まれた存在。
 彼を殺すことこそが存在意義であり、生きる理由だった。
 誰かを殺すことでしか価値を見出されない者達。
 だからこそ平和を得るために奮戦した彼らは、自身の手で平和を壊す要因となる可能性を秘めていたのだ。
 だが、それも今となっては昔の話。
 今ではこうして今ある平和を受け入れ、彼らもまた平和を享受している。
 まだ食品の買い物という行為には若干の違和感を覚える。
 他にも付き添いやら何やらでどこかに連れてかれるのだって違和感だらけ。
 こんな風に朝散歩するのは勿論、街中で打ち止めを引き連れて歩くなど以ての外。
 万が一打ち止めが行きたいと騒ぐ第六学区の遊園地になどに連れて行かれる日を考えると、頭が痛くなって仕方がない。
 それでも彼らにも少しずつ、だが確実に変化は訪れていた。
 闇が巣食っていた彼らの心にも、光は差し込んでいた。


         ☆


 一二月三日の今日は金曜日。
 明日からの二日間は土曜日曜で学園都市中の学校全ては休日だ。
 というわけで本日の学校の課程を終えると明日からの二連休に想いを馳せ、休日は何をしようかと考えを巡らせるのが普通であり、また喜ぶのが当然だろう。
 しかも冬休みという長期休暇も目前にまで迫ってきており、勉強の事など一切合財忘れて遊ぶ事ばかりを考える学生あるまじき輩も出てくる。
 だがそうは問屋が卸さないのが学校、または教育機関というものである。
 確かに明日からは二連休が始まるが、週が明けてから待ち構えているのは期末テストという名の地獄。
 運動などでアピールできずテストで見返そうとする者や勉強してきた成果を試したいという殊勝な学生を除けば、この先一週間に横たわっている期末テストは正に世紀末の足音が聞こえてきそうなほど頭を悩ませる深刻な行事だろう。
 それはとある高校に通う高校生上条当麻に関しても例には漏れない。
 しかも彼に関して言えば、学校に約一カ月に及ぶ大冒険から復帰したのはつい昨日の事で、勉強にはかなりのブランクが存在するのだ。
 加えて彼は登校初日から非常に災難な目に遭い入院してしまい、情けなくも登校二日目から欠席してしまっている。
 それだけのハンデを抱えているというのについ先ほど見舞いにきた担任の月詠小萌は『昨日言い忘れてましたが、来週から期末テストが始まりますので頑張って勉強してくださいねー?』とさながら天使のような笑顔で悪魔のような言葉を言い放ち、上条はそれからずっと顔を真っ青にして頭を抱え込んでいた。
 彼女が帰る際にはさらに、明日は土曜日ですが補習は普通にありますので忘れず学校来てくださいねという有難いお言葉を受け取ったが、それは来週が期末テストであるという事実と共に飲み込むものとする。
 上条当麻の半分は忍耐力でできているのだ。
 ともかく、上条は退院の準備(と言っても着替えくらいだが)をしつつ自らの境遇を嘆いた一言を、力一杯ため息を吐きながら呟いた。

「不幸だ…」

 ただでさえ課題が山のように、というより本当に山を築けるほどあるというのに期末テストにそこまで時間を割けるなどと本気で思っているのだろうか。
 次々に湧いてくる不平不満をぶつぶつと呟く上条だが、呟いたところで状況は何一つとして変わりはしない。
 分かっている事はといえば、とにかく勉強をしなければ成積はおろか、進級すら危ういという残酷な事実だけだ。
 もう一度、不幸だと呟いた。

「それだけ元気そうなら大丈夫そうだね?」

 上条が憂鬱な気分に浸っていると、不意に病室の扉が開き、開いた扉の方から声が飛んできた。
 入ってきたのは彼の主治医であるカエル顔の医者だった。

「……元気そうだなんて、本気で言ってます?」

 ふ、ふふふ…、とやや壊れた笑いを上条はこぼすがカエル顔の医者はそれを無視し、

「分かっているとは思うが、君は頭を強打したんだ。それも後頭部をね。打った後しばらく大丈夫だったからって、くれぐれも安静にしないといけないよ? 決して無茶はいけない」
「あ、はい、それはわかってます。というかそれ、何回も聞きました…」
「分かってても無茶をするのが君という人間だからね? 医者として、何回でも言わせてもらうよ」
「あ、あはは…」

 否定しきれないところがまた、上条としては耳が痛かった。

「僕は医者で、君は僕の患者だ。その関係にある以上、僕は患者の必要なものは何だって揃えてあげるつもりだけど、その代わり僕の指示には従ってもらうよ?」
「はい、有難うございました」
「お大事に。…おおっと」
「きゃっ!」

 カエル顔の医者が振り返り、彼が病室をでようとした時、誰かにぶつかった。
 双方とも転んでしまうほどではなかったが、ぶつかってきた方は急いでいたのか申し訳なさそうにペコペコと頭を下げまくり、綺麗な茶髪が縦に盛大に揺れていた。
 上条からでは誰がぶつかってきたのかははっきりとは見えなかったが、紺がかったチェックのスカートに紺のハイソックス、カエル顔の医者の体の合間からちらちらと見えるベージュのブレザーに頭を下げた時に見える大きく揺れる茶髪。
 誰が来たのかは大体想像ができた。

「何やってんだ? 御坂…」
「う、うるさいわねっ!」

 やってきたのは、上条が想像した通り、急いだあまり医者とぶつかってしまうようなお転婆トンデモガール、御坂美琴だった。

「あ…えと、本当にすいませんでした」
「いやいや、気にしてないからいいよ。こちらこそ不注意ですまなかったね?」
「不注意だなんて、それは私の方が…」
「そうかい? まあそれはいいとして、僕はそろそろ退散させてもらうよ?」
「はい、すみませ…あっ!」

 美琴は何かを思い立ったかのように声をあげると、カエル顔の医者を引っ張って病室から出し、耳元で何かを尋ねた。
 何か、という曖昧な表現なのは上条からでは美琴がカエル顔の医者に耳打ちしたということしかわからず、尋ねた内容は当然小声なため何を質問したのかまではわからなかったためだ。
 わかるのは、カエル顔の医者が『君の話は少し込み入った話だ。長くなってしまうからまた今度。今はそれよりも大事なことがあるだろう?』と言ったくらいだった。
 話の全容が全く掴めない上条としては、二人のやりとりには疑問しか覚えない。
 やがて美琴は言う事に納得したのか、言葉を聞いて少し俯いた後、わかりましたと告げてカエル顔の医者は立ち去り、美琴は真剣な表情から明るい表情へと変えて病室へと入ると、

「ごめん、今日学校だったり寮にも寄ってたからこんな時間になっちゃった。具合はどう?」
「ごめんって、そりゃ謝る事じゃねえだろ。今日は平日で普通に学校があるんだから来れないのが当たり前じゃねえか。むしろ俺が感謝しねえと。具合は見ての通り、ピンピンしてる。ただ、絶対に安静にしてろって厳重注意くらってるけどな、あっはっはっ」
「アンタね…」

 上条は何でもないかの様に笑っているが、それは笑いごとではないとだろうと美琴は内心呟く。
 おかしいのは美琴ではない、間違いなく彼なのだ。

「そりゃ当然でしょうが! 私が能力使って即死にならないレベルまで勢いは殺したけど、それでもアンタは昨日頭を強く打ったんだから、安静にして当然なの!」
「あ、やっぱり昨日のあれってお前のおかげだったのか。いやー、上条さんはずっとおかしいと思ってたんですよ。どうして俺助かったんだろうなって。となるとお前って高位能力者なのか? あれだけの事ができるとなると、大能力者あたり? 能力は何て言うんだ?」

 それを聞くと、美琴は少し浮かない顔をした。
 目の前にいる上条当麻には、やはり記憶がないのだということを改めて実感したため。
 浮かない顔をする美琴を上条は不思議そうに見るがその真意は上条には到底わからない。
 美琴は彼が何の疑問を持たず純粋にその問いをしてきたこと自体にチクリと胸が痛んだのだが、美琴としても彼の前で長い間浮かない表情をするのは忍びない。

「能力は電撃使い(エレクトロマスター)、私の場合は超電磁砲(レールガン)とも呼ばれてるわね。強度は五で超能力者、一応学園都市第三位よ」
「……………………へ?」

 信じられない、とも言いたげな表情で上条は美琴を見る。
 超能力者と言えば、学園都市の全学生一八〇万人の頂点である。
 それも一八〇万人も学生がいるにも関わらず、超能力者はたった7人しかいない。
 記憶を失ってはいるものの、知識は何とか残っている上条にも超能力者の希少性というのはわかっているつもりだ。
 その学園都市の頂点で、たった7人しかいないはずの超能力者が、目の前にいるこの女の子。
 些か、簡単に信じられるような事実ではなかった。

「……またまた、ご冗談を。あれだろ? 俺を驚かせたくてちょっと背伸びしちゃった感じだろ?」
「ホントよ」
「いやいや、まだちょっと幼い自分が嫌な年頃なのはわかるけどさ、嘘吐くならもうちょっとマシな嘘つこうぜ? まだまだ子供のうちに背伸びしたって良い事なんてなn…どわっ!?」

 バチィ! というスパーク音が上条の病室に響き渡るが、それは上条が反射的に突き出した右手に吸い込まれ、そしてかき消される。

「あ、危ねえだろうが!」
「本当だっつってんでしょ! 何なら今からアンタに超電磁砲ぶちかましてあげようかしら? その減らず口も叩けなくなってかもしれないわね? それと子供扱いすんな!」
「たったそんだけのことでそんな危ねえ攻撃すんじゃねえよ!? つか病院! ここ病院だからその物騒なビリビリはしまいなさい!」
「アンタが私を子供扱いして信じないのが悪いんでしょうが!」
「わ、わかった! 俺が悪かったから後生ですので許して下さいっ!!」
「お姉様」

 わあわあぎゃあぎゃあと大声で言い争うという大凡病院に似つかわしくない光景を早々に脱するために上条が土下座の態勢へと移行した時、不意に扉の方から声が聞こえた。
 上条は不審に思い、一度下げた頭を上げて扉の方を見るが、立っていた人間を見て、上条は素直な感想を述べる。

「………………御坂二号?」

 立っていたのは、容姿だけでなく背丈や着ている服まで、何から何まで御坂美琴と全く一緒と言ってもいい女の子。
 唯一違う点を挙げるとすれば、ハート型のネックレスが首から下げられていることだろうか。

「妹です、とミサカは初対面の時と全く同じ対応をしてくれたことに嘆息しつつ、記憶がないということを再確認します。……やはりわかっていても悲しいものですね」
「……っ」
「妹…? あ、御坂って妹いたのか。にしてもよく似てるな、双子ちゃんか? ……悪いな、俺記憶失くしちまってるもんで」
「どうしてあなたが謝るのですか? とミサカは問いかけます。あなたが記憶を失うに至った経緯は知っていますし、それは仕方のないことであってあなたが謝るようなことではありません、とミサカは勘違いをしているあなたに懇切丁寧に説明しました」
「それでもだよ。ごめんな…」

 さきほどまでの空気が一変し、やたらと重い雰囲気が漂う。
 記憶を失ったというのは仕方のないこと、だから気にするな。
 上条は目覚めてから様々な人々に再三に渡って言い続けられてきた。
 世界を滅ぼせるほどの力を対峙したのだから、むしろ生きている事に感謝しろとも言われてきた。
 記憶を遡り、イギリスでの事を思い出す。
 けれどそうは言っても、周りの人々は決まって悲しそうな表情をする。
 仕方のないことだと言い続ける人達でさえも、時には寂しそうな表情を見せる。
 上条の心を鎮めようとしてくれるからこそ、そういう人達が時折見せる寂しそうな表情は、上条の心を否応なしに締め付ける。
 苦しくて苦しくて、だけどそれをどうにかすることなど自分には到底不可能。
 それが、とにかく上条にとって心苦しかった。
 重くなった空気が気になったのか、御坂妹は交互に二人に視線を送る。

「……どうやら空気を重くしてしまったようですね、すいません、とミサカは謝罪します。それとお姉様、ここは病院ですのでいかなる理由においても能力の使用は避けてください、とミサカは当然のマナーを指摘します」
「あ……ご、ごめん」

 美琴が申し訳なさそうに委縮するのを見て、御坂妹はため息をつくと、

「全く、この人が関わる時のお姉様の見境のなさには目も当てられませんね、とミサカはいい加減素直になれよお姉様と心の中で呟きつつ、嘆息します」
「よ、余計なお世話よ!」
「それにこの人は怪我人なのですからもう少し労わるべきでは? とミサカは率直な感想を述べます」

 うっ、と美琴が言葉に詰まるのを見計らい、沈んでばかりではだめだと上条もまたここぞとばかりに畳みかける。

「そうだぞー、俺は怪我人なんだぞー」
「アンタは黙ってなさい!」

 やれやれ、という表情を御坂妹が見せ、上条の元へとゆっくり歩いていく。
 やがて上条の目の前に立つと、身を屈めて、

「大丈夫ですか? うちの姉が無礼なことをして申し訳ありませんでした、とミサカはよく出来た妹を演じつつ、第一印象が重要だからとここぞとばかりに手を差し伸べます」
「ん? あ、ああ…悪いな」

 上条が差し出された手を掴むと、御坂妹はニヤリとした表情で美琴に目配せをした。
 彼女の表情は、言外にこの場は私の勝ちですねと何かの勝負に勝ち誇っている表情だった。
 そんな確信犯とも呼ぶべき妹の表情を見て、美琴は二人の間に割って入って妹を非難したい衝動に駆られたが、つい先ほど怪我人をもっと労われという注意を受けた手前、実行には移せない。
 確かに妹が嬉しそうな表情をすることは美琴としては喜ばしい限りではあるが、その理由というのは上条が手を掴んだからということでそれは相殺される。
 いくら愛すべき妹だからといって、妹に大切な人を奪われる事までもよしとできるはずがないのだ。
 恋は時には女を変え、妹すらも毒牙にかけるのである。
 加えて上条が若干鼻の下をのばしている(ように見える)のがより一層気に食わず、相殺されるだけには終わらず美琴の苛立ちは増すばかり。
 あの馬鹿、絶対に後でお仕置きしてやる…と心の中で誓うと、二人の間に変化が訪れた。

「おわっ!」
「きゃっ!」

 上条が立ち上がろうとした際に足を絡ませ、態勢を崩してしまったのだ。
 当然、御坂妹よりも体が大きく体重も重い上条を彼女が支えられるはずもなく、二人はなだれ込むようにして倒れる。
 床に倒れた二人は美琴のほぼ足元で抱き合うような形をとり、上条に至っては御坂妹の胸に顔を埋める形となっている。
 傍から見れば、上条が御坂妹を押し倒したかのように見えるかもしれない。
 まず、これを見た美琴の額にビシィ! と不穏な音を立てて一筋の青筋が浮かんだ。
 そして上条は状況に気付いたのか、起き上がろうとばたばたと動き、恐らく床に手をつこうとしようとしたのだろうが、
 上条の右手は床ではなく御坂妹の胸をがっしりと掴み、御坂妹は熱っぽい声を漏らす。
 美琴の額に、二つ目の青筋が浮かんだ。

「あ、あの…」
「あれ!? わ、わわわ悪い! 別に悪気があったわけじゃないんだ! マジだ、本当だ、信じてくれ!」
「い、いえ、別に、その…ミサカは相手があなたであればこの身の全てを捧げても構わないのですが、とミサカはまだ明るいのに大胆な行動をとるあなたに頬を染めつつ、初めてを捧げる覚悟をします」
「ぶふぅ!? な、何を言ってやがるんだこのお姫様はーっ!?」
「いつでもどうぞ、とミサカは目を閉じ不安になりながらもあなたの行為を待ちわびます」
「しねえから! 確かに上条さんは健全な男子高校生であってこれは非常に魅力的かつ心動かされる展開だけどもだからと言ってこんな場所でしかもほぼ初対面な相手とするほど上条さんは見境がなく常識のない人間ではありません!!」
「では場所を変えましょう、とミサカは提案します」
「いやいやそういう問題でもねえから!!」
「いいからアンタはまず妹から離れろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「がふあっ!?」

 直後、我慢のリミッターの外れた美琴のアッパーカットが上条の顎に炸裂し、上条の奇声と美琴の怒号が部屋中に響いた。
 結局、ぶちキレた美琴は再度能力を使用してしまい、偶々近くを通りかかった職員の人に厳しく注意を受ける羽目になった。
 行為が未遂で終わってしまった事に御坂妹は若干不満をこぼし『あなたがしたいのならいつでもどうぞ、とミサカは…』と何やら言い寄ってきたが、上条はそればかりは聞かなかったこととする。
 上条当麻の四分の三は忍耐力でできているのである。
 上条の病室は、今日もまた賑やかだった。


         ☆


 学園都市第七学区にあるとある喫茶店。
 そこでは、とある三人の女子中学生がたむろしていた。

「あー、来週からのテスト面倒だなー。初春代わりにやっといてくれない?」
「な、何を言ってるんですか佐天さん! そんなことできるわけないじゃないですか! 第一、私もテスト受けるんですからね?」
「あー、そう言えばそっか」

 でもやっぱり面倒なものは面倒だよね、とテーブルに突っ伏しながら盛大にため息吐く長い黒髪が特徴的な女の子は佐天涙子。

「でも、面倒でも受けないと成積はもちろんもしかしたら進級も危ないですよ?」
「うっ…」

 冷酷ながらも彼女達の置かれている現実を提示し、説得を促す少女は佐天の親友であり風紀委員でもある初春飾利。
 今日も頭の上には色とりどりの花が咲き乱れており、彼女自身が頼んだその店自慢の様々なフルーツをふんだんに使った特大パフェを頬張るたびにそれは揺れている。
 花も何故だか嬉しそうだ。

「そうだ、白井さんならわかってくれますよね!? この気持ち!」
「常盤台でそんなことをしようものなら即退学ですの」
「ぐあっ! やっぱり五本指はレベルが違う…」
「忘れましたの? 常盤台中学は卒業と同時に社会で通用するレベルの人材を育成することを念頭に置いている中学。そんな腑抜けたことできるはずもありませんし、許されるはずもありません。サボるとか面倒とか言う暇があるなら勉強することをお勧めしますわ」
「ごめんなさい…」

 つまらないことを言う佐天に白井黒子は紅茶を優雅に口に含みながら、吐き捨てるように話す。
 だが彼女もまた、そう言うや否やため息を吐いた。

「…? 珍しいですね、白井さんがため息なんて。何かあったんです?」
「別に、特にこれといったことは何もありませんの」
「「??」」

 そう言って、白井は口元にやっていた紅茶をテーブルの上に置くと、店外を見た。
 二人は白井の態度や言動に疑問を持ち、白井の視線を追いかけて彼女達もまたガラス越しの外を見るが、外には特筆すべき点は何もない。
 家へ帰宅途中の学生達、立ちながらおしゃべりをしている学生達、はたまた窓を拭いている清掃員の大人。
 通り過ぎる人達を舐めまわすように見ても、やはり二人には白井の目に留まりうるものは何もないように思える。
 だがそれでも、白井は物憂げに外をぼんやりと見つめていた。
 不審に思った二人はこそこそと顔を寄せ合い、

(白井さん、どうしちゃったのかな?)
(さ、さぁ…? 私には何も…。やはり御坂さん絡みですかね?)
(いや……もしかして、変態な白井さんにも春がきたのかも…)
(ぬっふぇ!? この御坂さんラヴの変態白井さんに男ですか!?)
(だってそれしか考えられないじゃん! 最近の御坂さん調子おかしいし、白井さんもようやく変態から一般人になったのかも)
「二人とも、聞こえてますわよ?」
「「ひぃっ!?」」

 いつのまにか視線を店内へと戻していた白井の一声に、二人は声が干上がった。

「全く、お姉様一筋のわたくしに殿方さんなど不要ですわ。しかも揃いも揃って人の事を変態変態と……覚悟はできてますの?」

 シャキン、と銀色に輝く鉄矢二本を白井は太腿のホルスターから引き抜き、二人にチラつかせる。
 鬼気迫る白井の気迫に二人は押され、すぐに詮索はやめて謝罪をする。
 その後は少々気まずい空気が漂いはしたものの、すぐにいつも通りのほんわかした雰囲気を取り戻していた。
 二人は知らない。
 美琴が調子を取り戻した事を。
 そしてその美琴の復調の理由というのが、白井ではなく“彼”にあるという事こそが、美琴を心から慕う白井にとって何より腹立たしく、嬉しくもあったという事を。
 故に今白井の心中は複雑怪奇に揺れている事を。
 二人は、知らない。


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