とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part09

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匿名ユーザー

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―beginning・一二月三日―

「―――ったく、アンタは程度ってものを知らないの? 悪ふざけにも程があるわよ!」
「だから、あれは事故だって何回も言ってるだろ!? 俺は無実だー!!」

 日も若干傾き始め、空もやや茜色に染まりつつある午後四時前。
 人通りもピークの頃と比べれば少なくなりつつある帰り道に、上条は力の限り叫んだ。

「ほっほーぅ。無実、ねえ…?」

 だがその上条の叫びに反応し、美琴は額の青筋はそのままに、頬をひくつかせ、上条に対して向き直る。

「な、なんだよ、その意味ありげな表情は…」
「じゃあ聞くけど、事故とは言え他人の妹を押し倒して、勢い余って胸に顔面からダイブして、あまつさえ胸を鷲掴みにしたという事実は何?」
「う…」
「もしアンタが誰かに何らかの危害を加えても、わざとじゃなければ大丈夫なの?」
「うぅっ…」
「例えば車で誰かを轢き殺した時、故意じゃなければ無実って言えるの?」
「ううぅっ…!」
「極端かもしれないけどアンタはそれとほぼ同じ事を言っているのよ? わかってるの? 
 それによりにもよって他人の妹に対して……アンタが恩人で怪我人じゃなければ即死刑よ、死刑」
「……………申し訳ありませんでした。上条さんが悪かったです」

 事故にしろ故意でもないにしろ、事実は事実であり、同情の余地なし。
 その判決の前に、上条はがっくりとうなだれる。
 美琴は美琴でぶつぶつと小声で、そんなに妹って響きが好きかこの野郎と呟くがそれは上条の耳には届いてはいなかった。
 結局あの後、美琴の暴走と説教、職員による説教、美琴と妹による姉妹喧嘩などの一悶着はあったものの、上条当麻はなんとか無事に退院できた。
 病院を去る際には、上条は病院に残る御坂妹を見て疑問に思ったが、それを美琴に聞くと『その話はまた今度絶対話す』と真剣な表情で返され、
 要領の良い返事は得られなかった。
 追求をしてもよかったのだが、その時の美琴の表情はどこか辛い表情を浮かべていたため、それ以上の詮索はよしている。
 今度絶対話す、とまで言っているのだからそれを信じればいい、そんな考えも働いていたこともあったからだ。
 ともかく、今は買い物をするために上条の学生寮の割と近くに位置するとあるスーパーへと向かっている。
 恐らく上条の部屋には腹を極限にまで減らした白いシスターが彼の帰りを今か今かと待ち構えていることだろう。
 もう一つ付け加えるならば、昨夜はなんだかんだ色々な事情が重なったせいもあって連絡を取れなかったことから、心配もしているかもしれない。
 それ故、彼女の機嫌は最凶に悪いだろうと判断した上条は、機嫌を直してもらえるかは些か疑問ではあるが
 せめて今日は美味しいものでもつくってやろうと考え、その材料を調達しに向かっている次第だ。
 彼女には食で満足させることがご機嫌とりでの最善の策であることは、今までの生活で嫌というほど心得ている。

「つか、なんか成り行きでお前ついてきてるけど、もういいぞ? 俺はこれから買い物して寮に帰るだけだし」
「……何言ってんのよ、今日はこのままアンタの家までついてくわよ?」
「……………はぃ?」
「だから買い物にも付き合うし、晩御飯も私が作ってあげる」
「……………えーっと?」


 上条は己の耳を疑った。
 一体、このお嬢様は何を言っているのだろうか。
 聞き間違いか何かだろうか。
 そんな考えが上条の脳裏を一瞬よぎったが、二回も聞き間違えるはずがないだろう。
 例え全身がボロボロであっても、いくらなんでも聴覚まで衰えてはいない。

「……お前、何考えてんだ?」
「別に、変な事なんてこれっぽっちも考えてないわよ」

 そんな上条の質問に、美琴はきょとんとした表情で返事を返し、

「私のせいで色々迷惑かけちゃったし、挙句入院までさせちゃったりで申し訳ないから、そのお礼の一環」

 何でもない事を言うかのようにして、そう言った。
 表面上ではあくまで終始無表情を貫いた美琴ではあったが、心中にいたってはそうでもない。
 ちゃんと思っている事を言う事ができたと安堵の息を密かに漏らし、内心ほっとするばかりである。
 これは病院を訪れる前に脳内で幾度となく繰り返したシミュレーションの賜物。
 内容自体には偽りなどどこにも存在せず、本心そのものであることには間違いはないのだが、いかんせん内容が内容。
 れっきとした理由が存在するとは言え、上条の部屋に行くという趣旨のことを話すことは美琴にとっては難しいものがある。
 例え記憶がなく、美琴の隣にいる上条は本来美琴がよく知る上条当麻ではないことは知ってはいても、姿かたちは上条当麻そのものであり、
 しかもそもそも一人暮らしの男の家に行くという行為自体初めてな美琴にとってはなおさらだ。
 事実、脳内シミュレーションをし始めた時は、脳内でやっているにも関わらず噛んでしまったり、言葉を変に濁したりしまっていた。
 それがこうして表面上は平静を保ちながら話す事を可能にしたのは、シミュレーションの反復のおかげであり、決して容易なことではなかった。

「……いや、何も別にそこまでしてもらわなくてもいいんだぞ? 昨日の事にしたってあれは俺が勝手に助けたいと思ったからであって、
 別に見返りが欲しかったとか、そんな下心があったわけじゃ…」
「そんなのわかってる。でもその理論だと、これは私が勝手にしたいと思ってる事だから別にいいってことになるじゃない」
「それは、そうかもしれないけどな…」
「アンタが何て言おうと、私はお礼がしたいの。それにアンタは絶対安静にしろってお医者さんからも言われてるでしょ? 
 なら丁度良いじゃない。人の好意ってのは甘んじて受けとくべきよ?」

 それもそうだ、と上条は内心納得するが、やはりひっかかるものがあった。
 以前の記憶がない上条にとっても人助けとは言ってしまえば当たり前の事であり、上条からしてみたら当たり前の事をしただけなのであって、
 それで礼をもらうのは違和感を覚えずにはいらない。
 ましてや昨日の美琴に関して言えば、生死に関わる状況だった。
 尊いはずの人の命がそこで終わってしまうかどうかの瀬戸際で、しかもとある少女からお願いまでされていたのだから、何もしない方がおかしい。
 上条はそういった考えの持ち主であるからこそ、美琴の好意に素直に甘える事に躊躇いを感じる。
 さらに付け加えるのであれば、美琴は名門常盤台中学に通う現役バリバリの女子中学生。
 しかも美琴は世辞抜きでどこへだしても恥ずかしくないほどの、美少女。
 そんな彼女を男が一人暮らす(実際にはもう一人いるが)部屋に連れ込むのはいかがなものだろうか。
 以前の自分が彼女をどう扱っていたかは上条には知る由もないが、この年頃の女の子の扱いというのは非常に繊細かつ難しいものというのは
 上条にもなんとなくの想像がつく。
 事実、インデックスがそうなのだから。
 彼女が悪い奴ではないことはわかってはいるが、このまま家に連れていき、思わぬところで変ないちゃもんをつけられたりなどの
 面倒事が絶対ないとは上条には思えなかった。
 そういった事態は上条としては勘弁願いたいところ。


(うーん、でもなあ…)

 一方で、どうしてもお礼をしたいと言っている人間の好意を頑なに拒むのもまた違うとも上条は思う。
 それでは遠慮を通り越して無礼と言えるのではないだろうか。
 彼女に対しての家での扱いも、自身がこれといったアクションを起こさなければいいだけの話。
 触らぬ神に祟りなしとは、よく言ったものだ。

「…………じゃあ、本当にどうしてもってのなら、別にいいぞ」

 故に様々な思惑はあったものの、上条の中にやがて、もしそこまで望むのなら素直に甘えてもいいのではないか。
 それに家には怒っているだろうインデックスがいる。
 二人の関係を今の上条は知らないが、同年代の女の子がいれば流石のインデックスも遮二無二噛みついてきたりはしないだろう、そんな考えもあった。
 上条当麻とて面倒事は然ることながら、できれば痛いことも避けたいものなのだ。

「そうそう、別にいいのよ。あ、でも本当にアンタが負い目を感じる必要はないわよ? 私は私がしたいことをするだけなんだから」

 美琴は上条が悩んだ末に出した了承の返事を受け取ると、一瞬やや嬉しそうな表情を浮かべ、そう述べた。
 何がそんなに嬉しいのかは上条にはよくわからない。
 しかし。
 彼女が醸し出すこの雰囲気に上条に何故だかほっとし、ある種の安心感を抱いていたのは確かだった。
 理由はわからない。
 インデックスからの攻撃を受けなくても済むという安心かと思ったが、それは違う気がした。
 また彼女が魅力的な女の子ということは上条自身わかるが、感じた安心感は『そういうの』ともまた違う安心感ということもわかっていた。
 正体と思しきもののぼんやりとした輪郭は掴めているのだが、中々はっきりしてこない。
 あとほんの少しで答えがわかりそうだ、そんな時にチクリ、と上条は少しだけ頭に痛みを覚えた。

(……?)

 痛みに疑問を覚えたのも束の間、上条はその後何かにつられるようして美琴の顔を見た。
 なんとなく美琴を見た方がいい様な気がしたからだ。
 丁度、美琴は行動を起こそうとしていた時だった。
 美琴は真正面へと向いていた体を上条の方へと少しだけ向け、

「なら、早く行きましょう。ね?」

 うっすらと、微笑みかけた。
 同時に、美琴の周りに変化が起きた。

 ―――レンブラント光線。

 薄明光線、または旧約聖書においてヤコブが夢の中で雲の切れ間から差す光の柱が、天から地上へと伸びる光のような梯子に見え、
 そこを実際に天使が上り下りしているという光景を見たとされることから天使の梯子(エンジェルラダー)とも呼称されるそれは、突如として美琴を包んだ。
 それも相まってか、上条には美琴の微笑みが世辞でも誇張表現でもなんでもなく、本当に光り輝いて見えた。
 それはまるで、その時その瞬間だけ、天使の梯子から美琴に天使が舞い降りたかのように思えるほどの、
 ―――いや、むしろ彼女自身が天使と思えてしまうほど、優美で、美麗で、神秘的な光景。
 気を緩め、油断していたこともあったかもしれない。
 原因不明の安心感から、心のガードが緩んでいたのもあったかもしれない。
 しかしそれらを差し引いても、隣を歩くこの少女はあまりに美しすぎた。
 一瞬だけ、上条は足を止める。

「……? どうしたの?」
「い、いや…なんでもねえよ」
「???」

 ぶんぶんと首を勢いよく横に振り、上条は駆け足で少し前を行く美琴についていく。
 美琴は不思議そうな表情で上条を見つめていたが、上条はそんな彼女の視線を無視し、何も言わず目を彼女から逸らして黙って歩き始める。
 今上条には何か言葉を口にするという余裕など一切存在しない。
 ただただ、ざわめき暴れまわる己の心を鎮めるのに精一杯だった。

(どうしたの? って、そんなの口が裂けても言えるわけがねえだろうが…)

 そして二人はスーパーまでの道のりを再び歩み始める。
 黙ったまま、けれどそれは嫌な沈黙ではない。

(―――こいつに見惚れていた、なんて…)


 その時は視界の隅に映っていた、ほんの少しだけ赤みがかっている太陽が丁度雲の切れ目から顔を覗かせていて、すごく眩しかった。
 けれど彼がついていく事を許可してくれたことが嬉しくて、その太陽の光の眩しさを我慢して、隣を歩く彼に笑いかけた。
 すると何故か彼はほんの少しだけ視線が固まり、歩みを止め、次第には動きが止まった。
 そんな彼を不審に思い、どうしたのと問いかけたが、彼はぶんぶんと首を振って、なんでもないと返事をした。
 明らかに何かある素振りを見せていたため私はそのまま彼の目を見つめ続けたが、彼は目を逸らし、それから黙り続けながら歩き出す。
 彼は隠すのがあまりに下手で、不器用で、でも顔だけは正直で――太陽の光のためかもしれないが――赤みがかっていた。
 そんな彼が、可笑しく思えて、可愛く思えて、以前以上に愛おしい。
 再確認。
 私はやっぱり、『上条当麻』のことが好きなのだろう。
 確かに私が一番始めに好きになった上条当麻はもういないかもしれない、もう帰ってこないかもしれない、それ自体はわからない。
 だけど、『上条当麻』という人間は、人間性はまだ生きている。
 それは昨日の出来事、今日の出来事、今この瞬間までに行われていたやり取りが証明してくれる。
 何よりもこの胸の高鳴りと、彼と二人で歩いて会話することの心地良さが何よりの証であり、これを覆す事など到底できないだろう。
 実を言うと記憶喪失という話を聞いて、今後彼とどう接していくべきか、彼を自分にとってどういう存在として見ていくべきか、私は悩んだ。
 今まで通り? 記憶がないから赤の他人の様に? 今までの想いはなかったことに? それとも…
 悩んで悩んで一晩中悩んだけれどこれといった最適解は得られず、結局はとりあえずは今までのノリでいくことにしていたが、解は今得られた。
 悩むまでもなく、ありのままの自分をぶつけていけばいいのだ。
 自身が見た事、聞いた事、接した事を自身が思う様に感じ、そして今度は自身が感じた事、思った事を相手にぶつける。
 そうすることが何より自然であり、どちらにとってもいいはずなのだ。
 ここまで彼と対話をしてわかった、彼の根幹は何も変わっていない。
 記憶の有無という差異は確かにあるが、それは些細なことで、『彼』は私が好きな『上条当麻』という人間そのもの。
 かといって、記憶が戻らなくていいなどという事を思っているわけではない。
 これまで彼と過ごしてきた日々はどれもこれも大切で、できれば忘れてほしくないというのが本音。
 けれど万が一、記憶が戻らなかったとしてもこうして彼と接点をもち、きっとまた会いたい、何らかの形で接点をもちたいなんてことを思うのだろう。
 その過程で、私はきっと『彼』を好きになる。
 何しろ『上条当麻』は死んでなどおらず、彼の中にしっかりと息づいているのだ。
 だから、私は『彼』もまた等しく好きになれる。
 ふと、前を見る。

(………?)

 不意に、心に、頭に、体に違和感が走った。
 しかも、とても奥底でピキッという何かが割れた様な音がした気がした。
 決して不快な違和感ではないのだが、心地良いというわけでもない。
 今まで経験したことがあるような感じはするのだが、一方でしたことがないようにも思えてしまう。
 この感じは言葉でどういった感じなのかということを表現することは難しく、ただただ頭の中に疑問が残った。
 けれど、自身の中で何らかの変化が確かに起きた。
 何故だかそれは断言できた。
 試しに指先から電撃を出してみる。
 一見して、変わりはないように思える。


(……まあ、いいか。どうせ大したことないでしょ)

 一息おいて、思考を切り替えた。
 気になる事であることは間違いないのだが、この手の疑問というのはえてして簡単に答えはでてこないもの。
 よって、今は気にしないことにする。
 考え事はまた一人の時にじっくりと時間をかけてすればよく、今は今しかできないことをすることの方が肝要。
 今は今までのように一人ではないのだ。
 だから、少し前を歩く上条当麻を横目に、私はしっかりと前を見据えて歩いた。



         ☆


「ず~~る~~い~~! って、ミサカはミサカはミサカに内緒で朝に二人で散歩してた番外個体に憤慨してみたり!」

 同刻、とある実験で生み出された体細胞クローン、通称『妹達』の司令塔である打ち止めは番外個体に対して腹を立てていた。
 発端は、今朝の出来事。
 一方通行と番外個体が打ち止めに内緒で散歩に出かけていた事にある。
 打ち止めとしても、ただ単に二人が散歩に出かけたくらいなら多少の嫉妬や羨望の念を抱きはするだろうが、番外個体という存在がいる以上、
 そういう感情を抱く事はむしろ逆効果。
 だからそこではとやかく言わない、というよりも言えない。
 しかし、今回の出来事はあまり褒められたものではなかった。
 昨夜眠りに就いて、朝目覚めると、二人の姿が家から忽然と消えていたのだ。
 朝食を作る為に起きていた家主である黄泉川に聞いても要領の良い返事は得られず、そもそも昨夜は打ち止めが寝た後早々に床に就いたらしく、
 昨夜二人がその後ちゃんと家にいたかどうかも知らないとのことだった。
 黄泉川はその件に関して『まああの二人はそこまで子供じゃないし、そんな心配することないじゃんよ』とは言っていたが、
 なまじ二人の裏の部分を知っている分、打ち止めはその状況は気が気ではなかった。
 ただ結果だけをみれば朝食の準備が整いだした頃、二人は無事帰宅し、心配していた打ち止めをよそに何事もなかったようにして
 いつもの朝の営みに戻っていった。
 事情を聞いてみれば、ただ気まぐれで散歩してただけ、とのこと。
 蓋を開けてみれば、なんのこともなかったのだ。
 そしてその後、打ち止めは朝食を食べた後二人に物申し、それで一時は彼女のほとぼりは冷めたものの、
 今度は今になって自身も彼と出かけたいという欲が湧き始め、今に至っている。

「ずるいも何も、上位個体は寝てたから内緒もくそもないって何度も説明したでしょう?」
「それならそれで起こしてくれてよかったのに! ってミサカはミサカは何度も言ってることを再度指摘してみたり!」
「そんなこと言っても過去には戻れないからどうしようもないとも、ミサカは何回も言ってる」

 何度も繰り返したやりとりにいい加減うんざりした表情で番外個体は吐き捨てる。
 だがその額にはうっすらと汗をかいていた。
 上っ面では何でもない素振りはしているものの、ミサカネットワークの負の感情を一手に引き受ける彼女にとって、
 打ち止めの嫉妬の念は迷惑そのもの。
 自分も一方通行と出かけたい、そんな一見してなんでもないような思考も情報を共有している『妹達』内で広まり、
 やがてネットワークにおける『一つの意思』と相互干渉を起こすと、本来上位個体からの干渉は全く受け付けない番外個体であっても
 結果として影響が出てしまうのだ。

(うがあああああ! け、今朝の散歩なんてむしろ後悔してるくらいなのに、一方通行と出かけたいなんて微塵も思ってないのにィィいいいいい! 
 また、またネットワーク内からとんでもない感情の波がァァああああああああああああっ!!)


 本心では一方通行のことなどどうでもいいとは思ってはいるものの、これにより頭の中を駆け巡る衝動の奔流は止まらない。
 彼と出かけたくなんかないのに、出かけたくて仕方がない。
 番外個体はあからさまな怒りを示している打ち止めをよそに、遂には臨界点を迎えそうになったため、両手で頭を抱え込み、
 ぐおおおっ! と悶えながらどこからともなく湧いてくる衝動の奔流に耐え忍んでいる。
 今朝散歩なんかいくんじゃなかった、本気で後悔した瞬間とも言えた。

「一方通行も一方通行だよ! ってミサカはミサカはミサカを誘ってくれなかったあなたにも怒りの矛先を向けてみたり!」

 彼女が何かしらの動作をするたびにぴょこぴょこと揺れるアホ毛は今日も絶好調のようだ。
 そんな彼女は注意を悶え始めた番外個体から今横になってソファを一人独占している一方通行へと向ける。
 眠っていたのか、目を閉じていた彼はひたすら鬱陶しそうにうっすらと目を開け、

「うるさくて寝れねェ、少しは静かにしやがれ」
「ミサカの怒りはあっさりスル―!? そして今から寝るの!? ってミサカはミサカは仰天してみたり! もう夕方だよ?」
「知るか。朝に早く起きちまった分眠ィンだよ」

 そう言って、一方通行は横になっていたソファの上で背もたれと向かい合う様にして寝返りをうつ。
 彼にとって寝るという行為は時間を気にするものではない。
 寝たい時に寝て、寝たいだけ寝る、それが彼の美学。
 だからこそ、夕方、それもそろそろご飯時になろうかという時であるにも関わらず、彼は寝る。
 眠い、理由はそれだけで十分なのである。
 そして一方通行は再び夢への旅路へと向かう。
 打ち止めはそんな彼の行動と素っ気ない対応に打ち止めは仰天しつつ、肩をいからせ、

「だったら朝に散歩なんてしなければよかったじゃん!! ってミサカはミサカは普段な寝ぼすけなあなたにつっこんでみたり!!」

 ビシィ! とお世辞にもあまり屈強とは言えない一方通行の背中に渾身のつっこみをいれた。

「ぐあァ!? て、てめェ…何しやがる!」
「一方通行の馬鹿っ!! ってミサカはミサカはいろんな事に無関心すぎるあなたに憤慨してみる!」

 それだけ言い残すと、打ち止めはどたどたと駆け足で自分の部屋へと戻っていき、
 部屋のドアを閉める際には、バン! とドアが壊れてしまうのではないかと思うほどの音が部屋中に鳴り響いた。
 その音は、彼女が相当怒っている事を如実に物語っていた。
 今はまだ仕事や用事があるとかでまだ帰ってきていないが、黄泉川や芳川がいれば何事だと騒ぐレベルだ。

「ぐ…、収まった…!?」

 打ち止めが部屋に戻ったのと同時に、先程まで番外個体の中で渦巻いていた衝動は一時収まった…かに見えた。
 しかし実際に収まったのは一時的にであり、とんでもない感情の波は再び押し寄せる。
 しかも、より一層勢いを増して。

「ぐおおおおおっ!? またかあああああっ!! こ、今度はでかいぞ!? 第一位なんとかしてこいやあああああっ!!」

 今度は奇声をあげて、番外個体は悶え始める。
 あくまで負の感情の発生源は打ち止め。
 彼女をなんとかしない事には、番外個体の変調はどうにもならない。

「………ちっ」

 一方通行は一度忌々しそうに番外個体へと視線を向けた後、今度は打ち止めが駆けこんでいった部屋へと視線を移す。
 彼女は今どんな顔をしているのだろうか、悲しそうなのだろうか、それとも泣いているのだろうか。
 一方通行の脳裏にそんな考えが浮かんだ。
 番外個体の様子を見る限り、ろくな表情でないことは確か。
 打ち止めにそんな顔をさせるのは、彼としても面白くないもの確か。
 彼女を悲しませることは彼としても不本意であることには間違いはない。
 隣で奇声をあげて転げまわっている奴のことなど知った事ではないが、それだけは気になる。
 やれやれと一息ついて、一方通行はやたらとうるさい番外個体を横目に重い腰をあげ、彼女がいるはずの部屋へと足を運んだ。



         ☆



 始めの目的地であったスーパーには思っていたよりも早く着いた。
 そこでの目的であった買い物も、美琴は始めから買うものがほとんど決まっており、上条は上条で買い溜めをすると言って買い物をしたが、
 彼の狙いのほとんどはセール品だったらしく、買い物にかかった時間はそこまで長くはならなかった。
 後は、彼の家に直行するだけ…だった。
 だが、美琴には帰る前に解決しておきたい疑問が一つあった。

「…………量、いくらなんでも多く過ぎじゃないかしら?」

 今、上条の両手には明らかに容量の限界までパンパンにつめられた大型の買い物袋が二つ、
 そして美琴の片手にもサイズは少し小さいが買い物袋が一つと、もう片方の手には学生鞄が提げられている。
 二人が買ったものの量の差は歴然。
 ちなみに買い物自体は各々別行動で行ったため、今各々が持っている買い物袋は各々が買ったものだ。
 先に買い物を終えた美琴がスーパーのレジ付近で上条を待ち、戻ってきた時に彼がぶら下げていた買い物袋を見て、驚愕した。
 上条曰く、価格自体は丁度タイムセールと重なっていたことやお値打ち品が幸運にも少しだけ残っていたことから
 美琴が思っている以上に抑えられてはいるようだが、それにしてもこの量はどう考えてもおかしい。
 彼のお財布事情故に、食材を安い時に買えるだけ買ってしまおうという考えもわかる、以前彼はたかだか卵パック一つ程度で
 この世の終わりのような表情をしていたのだから。
 彼は育ち盛りの男子高校生であってそれなりの量を食べるということもわかる、でなければ一晩中追いかけてもなくならないほどのスタミナ、
 あの異常なまでのタフさはつかないだろう。
 しかし例えそれらを差し引いたとしても、もしこれだけの量を買ってしまえば食べきってしまう前に食材が傷んでしまいそうな量だ。
 他に誰かと一緒に住んでいるというのなら話は別だが、生憎と美琴はそんな情報を聞いた事がない。
 それだけの量を食べるほどの大食漢だというイメージは美琴にはないし、明らかに一人暮らしの人間が買い込む量ではないように思えた。

「そうか? これくらいの量ならすぐになくなっちまうんだけどなあ」
「そ、そんなにあるのに…?」

 これくらいなんともないとも言いたげな上条の態度に、美琴は戦慄を覚えると同時に、ふと自分が買った食材へと視線を移し、
 果たしてこれだけで足りるのかと不安を覚えた。
 この男がそれほど食べるというのは完全に誤算。
 美琴自身では多めに買ったつもりではあったのが、話を聞く限りでは到底足りないような気がする、というか絶対足りないだろう。

「……も、もうちょっと買い足してくる!」
「あー、いいっていいって。お前にこれ以上負担はかけたくないし、それに早く帰りたいからいいって」
「で、でも…」
「俺がいいって言ったらいいんだよ。じゃ、いこうぜ」

 それだけ言うと、上条は振り返り、スーパーの出口へと歩き出す。
 彼には、出来る限り早く帰らなければならない理由があるのだ。

「あ~う~! って、ちょっと待ってってば!」

 美琴は美琴はまだ食品売り場に後ろ髪をひかれつつも、上条の家を知らないので一人でここにおいていかれるわけにもいかない。
 悩みつつも、彼の後を追いかけ、美琴もまたゆっくりと歩き出した。


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