小ネタ ノーカン
(あれは、……事故)
夕日が沈む。
その光はとある高台にも降り注いでいた。
もちろんそれによって伸びる影は二つ。
ウニ頭の少年、上条当麻は
手すりに両腕を載せ、目線は沈みゆく太陽に向けている。
常盤台の制服を着た少女、御坂美琴もまた、
両手を手すりの上に置き、夕日を無表情で見つめる。
(あれは、事故だ)
上条はもう一度自分に言い聞かせていた。
それならなぜ、あれから言葉が出ないのだろう?
(事故だよ、事故)
なら、もういいではないか。
特売の時間も近づいている。
またな、といって去ればいい。
しかし…………
数十分前の事だ。
「待ぁあああああああてぇえええええええ!!!!」
「待った瞬間お空の彼方へ永遠にさよーならーにする気だろ!!!」
「それはいやだけど一発くらえええええええ!!!」
「なんじゃそりゃあああああああああ!!!」
いつもの追いかけっこは一時間以上にまで及んだ。
だんだんと赤みを増していく空で、特売の時間を逆算していた上条に、
「えっ?」
という力の抜けた美琴の声が聞こえた。
振りかえると、美琴のほうにトラックがせまっている。
美琴本人はキョトンとし、なにもできない。
上条は、考えるよりも先に動いていた。
「美琴!!!!!!!!!!」
結果、二人は助かった。
上条が美琴を押し倒すように飛び出し、
二人のぎりぎり横をトラックが走り去った。
その際、互いの顔の同じ部位が重なってしまったのが、目下の問題である。
(あれは、事故よ)
美琴は何度も自分に言い聞かせる。
しかし次の言葉が出てこない。
(事故よ、事故!!)
礼は言った、
門限も迫っている。
またね、と言って帰ればいい。
なのに…………。
空が少しずつ夜に侵食される。
夕日がもう見えなくなる。
そんな時。
「綺麗だな」
という上条の声が耳に入った。
なにをバカなと、言おうとして気付いた。
上条は、この時期の夕日の記憶が無いこと。
だから、
「ほんと、綺麗な夕日」
とだけ言った。
視線を動かさなかったため、上条の顔の向きに気付かない。
それから二人は空が黒一色に染まるまでそうしていた。
帰り道、先に声を発したのは上条だった。
「お前、後半は静かだったな」
珍しく、と言葉を続ける上条に、
もちろん美琴は喰ってかかる。
「私だって普通はそうなの!!!
アンタが余計なことばっかりするのがいけないのよ!!」
そうこうするうちに分岐点に着いた。
しかし、二人の会話は終わらない。
「余計なことってなんだよ?」
「無視したり、逃げたりよ」
「じゃあ、それしなければ電撃撃たないのか??」
「もちろん!!」
「ほうー、じゃあ試してしんぜよう!!」
「私がやりきったら罰ゲームよ!!!」
「上等上等、では明日そこの喫茶店で小一時間、し ず か に過ごしてみます??」
「そんなの余裕ー」
「絶対途中で店から追い出されるね」
「ふん、好きなだけ言ってなさい。あと首を洗って待ってること!!」
二人はいつものように別れた。
相手が見えなくなるまでは。
その後、二人は全力で走り始める。
脳裏に次々と湧き出る疑問を振り払うように。
いつも通りできただろうか?
頬の赤さに気付かれてないだろうか?
自分は明日どうするつもりだろうか?
これからもいつも通りにできるのだろうか?
あいつは、これをノーカンにしているのだろうか?
結局彼らは、二度といつも通りはできなかった
しかし、翌日も一カ月後も二人は共に夕日を眺めていた。