第二次偽装デート
今日が土曜で休日とはいえ、午前中からイチャコラしている1組のバカップルがここにいる。
二人はまるで周りに見せ付けるかのように、オープンカフェでパフェの食べさせあいをしているのだ。
「は、はははいダ、ダダダ、ダーリン!! あ、あ、あ~んして!?」
「OK! あ~ん………はむっ」
「おお、お、美味しいかしら!?」
「勿論さ! マイ・ハニーが俺の為に食べさせてくれたんだぜ!? 不味い訳がないじゃあないか!」
「ママママイ・ハニー!!!?」
「じゃあ、今度はこっちの番だね。大きく口を開けてごらん? ハ・ニ・ー!」
「ふぇい!!!? い、いや、でででででも、それ、それってかか、間、間、間接キキキキキ」
「はっはっは! どうしたんだいハニー。こんなの、俺達にはいつもの事だろう?」
道行く人は舌打ちしたり、小声で「リア充爆発しろ」と言ったり、壁を殴ったりと、
二人を見る【みせつけられる】者の反応はさまざまだ。
しかしこのカップル、どこかおかしいように見える。
少女の方は動きがぎこちなく、何かを無理しているように見える。
少年の方は台詞回しに違和感があり、半ばヤケクソ気味に見える。
まるで、無理矢理バカップルを演じているかのようだった。
そんな中、少年が小声で話しかける。
(おい、どうだ美琴? やっぱりまだ見られてるのか?)
すると少女の方は、微弱な電磁波を放出し、その反射波を感知する。
(あぁー…7、8、9…まだ12~3人はいるわね)
(そんなにいんのかよ!!)
(まぁ、それでも黒子がいないだけまだマシよ。
あの子がいたら、パフェなんて注文もする間もなくドロップキックが炸裂してるわ)
(……俺にな)
(だ、だから…まだ続けるしかないのよ……アンタには悪いけど……)
(はぁ…こりゃ夜までかかるかな……この『偽装デート』)
見られてる? まだ続ける? 偽装デート?
これは一体どういう事なのか。
それを説明する為には、時を前日まで遡らなければならない。
金曜日。
学校が終わった上条は、寮に帰る前にスーパーへ寄ろうとしていた。
「今日は確か、キャベツとニンジンとキクラゲが安いんだったっけか?
家にモヤシとひき肉の残りがあったから、肉味噌野菜炒めにでもすっかな」
もはや完全に主夫と化している上条。一介の高校生とは思えない独り言をもらしている。
「いやでも、タマゴも安いんだよな。けど御一人様1パックだし、何度もレジ並ぶのは―――」
「……相変わらず、しょうもない事で悩んでるわね。アンタは」
店に入ろうとしたその時、上条は背後から話しかけられる。
その声から誰が後ろにいるのか察した上条は、軽く溜息をついた後、振り向きながら対応する。
「お前にとってはしょうもない事かも知れないけど、ウチにとっては死活問題なの!
てか、お前こそ何でスーパー【こんなとこ】にいるんだよ。…美琴」
美琴と呼ばれたその少女は、拳をギュッと握り上条をキッ!と睨んだ。
上条は、「俺、何か悪い事したっけ!?」と思わずたじろぐ。
だが彼女は別に怒っている訳ではないらしい。何か気合いを込めるかのような、そんな感じである。
「ア、アンタを……探してたのよ。ここにいたら…来ると思って……」
なるほど。確かにスーパーにいれば、上条と遭遇する率も高いだろう。
しかし一体何の為に? 上条がそう言う前に、美琴が自分から切り出した。
「アン…タに……その…た、頼みたい事が……あって………」
目線を逸らし、ギュッとスカートの裾を掴み、落ち着きなくソワソワした美琴のその態度に、
上条は嫌な予感を覚える。
こんな弱々しい美琴を見るのは、あの実験の時以来だ。
「何か…あったのか?」
しばしの沈黙。やはり、相当言いにくい事らしい。
上条も無理に聞き出しはせず、美琴の口が自然と開くのを待つ。
5分程経っただろうか。
美琴は意を決したのか、ゴクリと生唾を飲み込んだ後、上条に向かって叫んだ。
「あ、あ、あの!!! わわわわた、わた、私と!!! 明日デデデデデデートしてください!!!!!」
周りからは、くすくすと笑い声が聞こえていた。
スーパーの入り口で何をやっているのか、この二人は。
二人は現在、スーパーから少し離れたベンチに腰掛けている。
上条はすぐそこの自販機で買ってきた缶コーヒーを美琴に差し出し、
先程の言葉がどのような意味なのかを聞き出す。
「で? さっきのデートの件【たわごと】は一体何の冗談でせう?」
美琴はコーヒーを一口飲み、一旦落ち着いてから答える。
「あの…さ……私って…その………結構モテるのね…?」
「いきなり何の自慢だよ」
「いいから聞いて! モテるって言っても…あの……相手は女の子なのよ……」
「……はい?」
御坂美琴はご存知の通り、学園都市最高位の能力者、レベル5だ。
しかもレベル5では一番まともな性格の為か、学園都市の広告塔としても有名である。
端正な顔立ちもさることながら、常盤台の生徒としてのお嬢様らしい上品な一面や、
それを気にしない正義感の強い一面も併せ持つ事も相まって、彼女に憧れを抱く者は多い。
ましてや彼女がいるのは乙女達の楽園、学舎の園だ。
男子禁制の閉鎖空間内には、百合【そっちけい】の方々も大勢おり、
美琴に対して憧れ以上の感情を持つ者も珍しくはない。
つまり、白井みたいなのがゴロゴロいるのだ。
あ、いや…あそこまで変態度が高いのは稀かも知れないが。
そんな事もあり、彼女の下駄箱には毎日大量のラブレターが投函されているのである。
それだけでも厄介なのに、放課後には体育館裏や屋上、誰もいない教室など、
雰囲気満点な【それっぽい】場所に呼び出されては、その重い想いを打ち明けられる事もままにある。
しかしながら美琴には、そっちの気はない。
そこで美琴は、彼女達の想いを断ち切るべく、「私には彼氏がいるから無理」と断る事にしたのだ。
だが彼女達はそれでも食い下がった。「ならばその殿方を見せて欲しい」、と。
「御坂様に相応しいお方なのかを見極めさせて欲しい」、と。「そうしなければ諦めきれない」、と。
そういった経緯があった結果―――
「……俺に白羽の矢が立った訳ですか」
「そ…そうなります……はい……」
上条は軽く溜息をつくと、自分の分のコーヒーをクイッと飲む。
「まぁ…そういう事なら協力してもいいけどさ」
「そうよね……やっぱりこんな事、アンタも嫌よね……分かったわ。この件は聞かなかった事にしといて。
私が自分で何とかするから―――って!!? えええええええ!!!? い、いい、いいの!!?」
「何でそんなに驚いてんだよ。美琴から頼んできた事だろ?」
「だだ、だってそんなあっさり……ぇええ!?」
「ま、一回経験してるしな。それに……」
「それに…?」
「美琴が困ってんのに、助けない訳にはいかないだろ?」
「ズッキュ~ン!」とハートを打ち抜かれる音がはっきりと聞こえた。
何気ない上条さんスマイルでも、美琴フィルターでイケメン度は10割増しである。
「ああ、あ、あり、あり、ありがと………」
「気にすんなって。ただ…その代わりと言っちゃ何だが……」
「な、なに…?」
「一緒にレジ並んでくれませんかね? 出来ればタマゴ2パック買いたいんで」
「……………」
やはり、上条は上条である。
そんな訳があり、上条と美琴の二人は現在、
わざわざ周りに見せつけるかのごとく、鬼のようにイチャイチャしている。
美琴はまだ12~3人いると言っていたが、これでも篩に掛けられた【かずがへった】方である。
待ち合わせの時間…つまり美琴が上条を待っている時は、
ただのファンや興味本位でついて来た者も含め、50人弱の大所帯であった。
道行く人は何事かと思った事だろう。
何しろ常盤台生は勿論、学舎の園にある他の学校に通っている生徒も、例外なくお嬢様だ。
そんなお嬢様達が、大勢で固まっているのだ。大覇星祭でもあるまいに。
そして上条がやってくると、
「あぁ…本当に殿方がいらっしゃったのね」、と10人程が、涙ながらに走り去った【リタイアした】。
(ちなみに余談だが、この日上条は珍しく時間に遅れなかったが、
美琴が一時間半も早く待ち合わせ場所に来たせいで、彼女達も一時間半待たされる事となった)
その後、上条とのラブラブっぷりを見せつけられ、一人、また一人と耐えきれずに去って行った。
(単純に美琴の彼氏とやらの顔を見て、満足したので帰った興味本位組もいたが)
今残っている12~3人は、一縷の望みをかけ上条の正体を暴こうとしている、
白井一歩手前【へんたいよびぐん】の連中である。
そうそう、白井といえば彼女は何をしているのか気になる方も多いだろう。
冒頭で美琴が言っていたように、彼女がいたら、お姉様と類人猿のデート【こんなこと】など
問答無用で妨害工作をしているはずである。
そこで美琴は、事前に初春と佐天に事情を説明して、白井を足止めするように頼んでおいたのだ。
これは美琴にとってもある意味賭けだった。
初春はともかく、あの佐天がこんな面白イベントをみすみす見逃すはずがない。
下手をすると、美琴のファンに混じってデートの後をつける、という事も充分に考えられる。
だがうまくいけば、白井の足止めをしつつ佐天の行動力も封印できるという、一石二鳥な作戦となる。
結果、作戦は成功した。佐天にとっては「自分の面白 < 美琴の幸せ」だったらしい。
もっとも、ものっすご~く悔しそうだったし、
終わったらデートの内容を事細かく報告するようにとの条件付きであったが。
そんな訳で、現在白井は初春と佐天に拘束されている。
今頃はファミレスで、「お姉様の素晴らしい所」という議題の弁論大会で大いに熱弁している事だろう。
これで6時間くらいは軽く稼げるはずである。
(だ、だから…まだ続けるしかないのよ……アンタには悪いけど……)
(はぁ…こりゃ夜までかかるかな……この『偽装デート』)
(ごめんね、変な事に巻き込んじゃって……やっぱり本当はやりたくないわよね、こんな事……)
(んな顔すんなって。見張ってる子に怪しまれるぞ? それに俺も楽しんでない訳じゃないしな)
(…え……?)
上条はパフェの最後の一口をスプーンですくい、美琴の口元へ差し出す。
「ほらハニー、これでも食べて元気をお出しよ」
「っ! ああ、ありがとダーリン!」
にしても、上条のこのキャラは一体何なのだろうか。
見張っているのが、学舎の園育ちの箱入りお嬢様達というのを考慮し、
何かこう…キラキラした王子様系になりきっているのかもしれない。
正直な所、気色が悪いので止めて頂きたい。
「そ、それで!? この後の予定はどうなのかしら!? ダダ、ダ、ダーリン!」
「……へ? 美琴が決めてんじゃないのか?」
「えっ? 何も決めてないけど……」
「いや、嘘だろ!? 俺、何も考えてなかったぞ!?」
「はぁあああ!!? アンタ、ノープランだったの!!?」
「『はあ!?』はこっちの台詞だよ! お前こそ何で何も考えてねーんだよ!!
この企画持って来たのは美琴だろ!?」
「だだ、だって!! こ、こ、こんな本格的なデー…ト……って初めてだったし!
雑誌には、『男がエスコートするものだ』って書いてあったんだもん!!」
「何か古そうだなその雑誌!!!」
「そそ、それに!! ア…アンタが……あ、相手…だったから……その…前日…から……
頭…とか…真っ白で………な、な、何も…考えられなく……なってたし………」
「えっ? 俺が相手だったから…何? 途中から、すんげぇ声ちっちゃくなってったけど」
「な、何でもないわよ馬鹿ッ!!!」
やはり無理はするものではないらしい。ちょっとしたきっかけで地が出てしまう二人である。
しかし、意外な事にこれが功を奏した。
この二人の言い合い【くちゲンカ】を目撃したお嬢様達は、
「あの御坂様と本音で言い合えるなんて、やはりあの殿方は御坂様にとって特別なお方なのですね」
と、勝手に納得してくれた。結果オーライである。
「ん~…どうすっか………とりあえず映画でも観に行くか?」
「まぁ…ベタだけどいいんじゃない?」
「定番と言ってくれたまえ」
一度地を出してしまったので、「もういいや」と思いキャラを戻したようだ。
二人とも、相当面倒くさかったらしい。
「一応昨日浜面に聞いて、今やってるので良さそうなのピックアップして貰っといたから」
「……大丈夫なのそれ? 情報元がすっごく不安なんだけど」
「俺の周りで彼女持ちなのって、浜面しかいないんだから仕方ないだろ?」
「けどアンタ、ノープランなんじゃなかったっけ? ちゃんとリサーチしてるじゃない」
「ま、映画はな……もし美琴が映画を予定に組み込んでたら、ゲコ太とか観に行きそうだし。
保険だよ保険。結局、予定に組み込むどころか美琴もノープランだった訳だけど」
「わ、悪かったわね!」
「んでどうする? ラブストーリー系観て『いい雰囲気になってドキドキ!』ってのと、
ホラー系観て『キャーって抱きついてドキドキ!』ってのでツーパターンあるけど」
「うわー…あざとい…」
(あざとい方がいいんだよ。見せ付ける為にやるんだから)←小声
「じゃあ……恋愛映画の方で。正直ホラーで『キャー!』ってなれるか自信ないし」
「まぁ…確かに想像できないな。美琴のそういうシーン」
「……悪かったわね。か弱くなくて」
「んじゃラブな映画に決定な。『鉄橋は恋の合図』の続編でいいか? 浜面イチオシの」
「あー…私それもう観ちゃったのよね。先週」
「じゃあ名作『義妹』の続編にしとくか?」
「………テツコイ(鉄橋は恋の合図の略)でいいや」
「オッケ。それじゃ、行きますか」
何て事もない会話である。別にイチャイチャしている訳でもない。
だがその何気ない会話は、御坂様など恐れ多くてお近づきになる事さえままならないお嬢様達には、
胸に突き刺さるような光景だった。
その後も二人は順調(?)にデートを続けた。
映画から食事、食事からショッピング、ショッピングからゲームセンターと、
ベッタベタなコースではあったが、それはもう、紛うことなきデートであった。
もっとも、映画では上条が途中で寝てしまい、美琴の肩に寄りかかってしまったり、
食事中に上条が水をこぼし、テーブルを拭いている時に美琴の手と触れ合ってしまったり、
美琴が服を試着をしている時に上条が転んでしまい、ウッカリ試着室に一緒に入ってしまったり、
ゲームセンターでまたもや上条が転んでしまい、美琴を押し倒した挙句に胸を掴んでしまったりと、
色々と不幸【ラッキースケベ】が炸裂したのだが、
それもまた上条とのデートにおいては、よくある事【エッセンス】である。
「いや…何て言うかもう………本当にスンマセン……」
「べべ、別にいいわよ!!
ア、アア、アンタとデートするって決めた時から、ある程度は覚悟してたから!!」
そうは言っても、顔とか真っ赤である。
「…で、まだいるのか?」
ゲームセンターでは周りの音がうるさく小声になる必要がないので、上条は気兼ねなく話しかける。
「んー……ゲーセンだと色んな電波が飛びまくっててイマイチ分かりにくいけど………
でもそうね……多分いるわ。残りあと一人ってところかしら?」
二人の追っかけもずい分と数を減らしたものだ。デート中に一人、また一人と去っていったお嬢様達。
ついに残ったのは一人だけ。その一人を削板風に言うならば、「なかなか根性のあるお嬢様」である。
「あと一人か…ここまでついて来るって事は、ちょっとやそっとじゃ諦めないかもな」
「だからって、これ以上どうすんのよ…………!! ま、ままままさか!!! アアアアアアンタ!!!」
何を思いついたのか、急に自分の体を押さえる美琴。
何だか知らないけど、それは多分違うと思うぞ。
「こうなったら、直接ケリつけようぜ」
「ちょちょちょ直接!!!? 直接ナニをするつもりなの!!!!!」
だから、それは違うって。何を思っているのかは分からないけども。
美琴が余計な心配をしているのをよそに、上条は大きめの声で何処ともなく話しかける。
「おーい! 誰だか知らないけど、どっかで俺達を見てんだろ!? もう出て来いよ!!」
「あ…うん……直接ってそういう意味ね…も、勿論分かってたわよ? うん!」
美琴が若干がっかりしているように見えるが、ここはスルーしよう。
上条の呼びかけに応じ、UFOキャッチャーの奥から常盤台中学の制服を着た女の子が姿を現す。
その者は―――
「う、薄絹さん!!?」
「お久しぶりです、御坂さん!」
薄絹休味。
以前「美琴の全力を引き出せば彼女への恋は叶う」という噂を信じ、美琴に決闘を挑んだ少女だ。
「私やっぱり御坂さんの事を諦めきれません!!」
「うわー…また厄介なのが残ってたわね……」
「知り合いなのか?」
「まぁ…ちょっとね」
「そこ!!」
上条と美琴が話し出すと、薄絹は即行で割って入る。
「そもそもあなた、本当に御坂さんの彼氏なんですか!?
実はただのお友達なんじゃないんですか!?」
意外に鋭い突っ込みに、上条も美琴もビクッとする。
「そ、そんな事はないぞ!? 俺達めちゃくちゃラブラブだもんな!! 美琴!!」
「ふぇっ!? そそ、そうね!! ま、ま、毎週こうやってデートしてるんだから!!」
「怪しいです……今日一日監視させて貰いましたが、イマイチ恋人っぽく見えませんでした!
他の人の目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せませんよ!!
本当は恋人のフリをしているだけなんじゃないんですか!?
そうなんでしょ!? そうだって言ってください御坂さん!!!」
鋭いというよりは、そうであって欲しいと願っているだけかも知れない。
いずれにしても、やはり生半可な事では諦めてはくれないようだ。
上条は頭をポリポリと掻き、彼女を諦めさせる【とどめをさす】べくこんな事を言ってきた。
「じゃあ……証明してやるよ。俺達が本当に恋人同士である事をさ」
すると上条は「ガッ!」と片手で美琴の肩を寄せる。
あまりに急な出来事に、美琴も脳が追いついておらず、「えっ!? なになに!?」と狼狽している。
そして美琴の耳元で「ごめんな。後ですっげぇ謝るから」と囁くと、
次の瞬間、上条は驚くべき行動に出た。
キス、口づけ、接吻……
言い方は色々あるが、相手に自分の唇をつけ、愛情の気持ちを表す行為である事は変わらない。
目の前で行なわれているのは正にそれだ。
上条の唇は美琴の唇………………………
ではなく、ほっぺに当たっている。
うん、まぁ、そりゃそうだ。
上条はあくまでも恋人のフリをしているつもりなのであって、
それなのに唇を奪うとかどんだけ鬼畜だよって話である。
だがこんな子供騙しでも、世間知らずなお嬢様には絶大な効果【クリティカルヒット】だったらしく、
薄絹は両手で顔を覆い、「うわ~ん!」と泣き出しながら逃げ出した。少し可哀相な気もする。
「ふう…何とかうまくいったか。悪いな美琴。もう、ああするしかないと思ってさ。
お詫びに何か奢るから、な?」
「……………」
乙女の純情を弄んでおいて、「何か奢る」程度なのが上条の上条たる所以である。
「……あれっ、美琴?」
「……………」
だが絶大な効果【クリティカルヒット】だったのは薄絹だけではなかったらしく、
「美琴ー? おーい! 聞いてんのかー?」
「……………ふにゃー」
美琴は気絶していた。
「う……うん…?」
目を覚ますと美琴は、ゲームセンター内の休憩所のベンチに横になっていた。
何だかおでこが、ひんやりとして気持ちいい。
「おっ! 起きたか?」
見上げると、上条がスポーツドリンクを頭に乗せていた。
直後、何があったかを思い出し、見る見るうちに美琴の顔が赤く染まり、熱を帯びていく。
せっかくのスポーツドリンクがヌルくなってしまう。
「おおお起きたかじゃないわよ!!! アアアアンタ何してくれちゃってんのよ!!!」
「だ~から、ああするしかないと思ったっつったろ? あぁ、お前は気絶してたから覚えてないのか。
いっつも思うけど、その癖【ふにゃー】何とかした方がいいんじゃないのか?」
直せるものなら直したいだろうが、それには上条に対する耐性をつけなくてはならないので、
まだまだ時間はかかりそうである。
「……薄絹さん【あのこ】は?」
「泣きながら帰ってった。多分だけど、もう大丈夫だと思う」
「そう……」
ホッとしたような残念なような。
最後の一人がいなくなったという事は、これで偽装デートも終わり、という事だ。
「じゃ! ここらでお開きにすっか!」
「…うん、そうね」
そう思っていたのだが。
「……どうする? 来週もどっか遊びに行くか?」
「……………え?」
上条からの思わぬ一言【おさそい】。
「えええええええぇぇぇぇ!!!!? ななな、何で!!? 何で急に!!?」
「あ、いや……今日は周りに気を張ってて、あまり楽しめなかったろ?
だから今度はそんなの気にしないで、普通に楽しもうかと思っただけなのですが……
あっ! 勿論、美琴が嫌なら無理にとは言わないけども」
「い、いい、嫌じゃない!! わ、わた……私も…またアンタと……遊びに行きたい……」
「そっか。そりゃ良かった。んじゃ、約束な!」
「うん……や、約束………」
こうして、来週も会う約束をした二人。
だが上条は分かっているのだろうか。それはもう、「偽装」のデートではないという事に。
ともあれ、いい雰囲気になったところでこの話はおしまいだ。
これから二人が「偽装」じゃないデートを重ね、「フリ」ではない恋人になるのは、
もう少し後の話だ―――
…と、いい感じに終わる訳がないのである。
二人は今日、お嬢様達に見せつける為に、かなり大げさにイチャイチャしていた。
だがそれは当然、他の関係ない人達まで目撃していた事になる。
序盤で説明したと思うが、御坂美琴は学園都市の広告塔である。つまり、最も有名な能力者なのだ。
そんな彼女が、何処ぞの誰かとおおっぴらにデートなんぞをすれば、どうなるか予想はつくだろう。
翌日の学園都市内のネットニュースのトップ記事は、
『常盤台の超電磁砲に熱愛発覚!? お相手は一部で有名なフラグ男!』
の見出しで始まるものだった。
そしてそれは、新たな争いの火種になるには、充分過ぎる威力だったのだ―――