想い
今日も御坂美琴は上条当麻目当てに放課後の街を歩く。
行くあてなどなくとも、彼を探すだけでも
上条が黒く、長い髪をの制服の女性、クラスメイトらしき人物と話しているところを。それはもう、楽しそうに。
美琴にある思いが生まれた。
その隣の女性は誰なのか。
一体何をそんなに楽しそうに話しているのか。
なぜ、『そこにいるのが自分ではないのか』
(っ!!)
『それ』は美琴の中でふつふつと、何かが湧き上がってきた。
『それ』がなんなのか理解する余裕はなかった。
ただ、『それ』を表に出したらもう2度と、自分ではいられないということだけは感じた。
それが怖くなり、逃げ出してしまった。
どのくらい走ったのかはわからないが、またいつもの公園についてしまった。
(何考えてるのよ、私は。別にあいつが誰と話していようが・・・・・・)
『それ』を必死で振り払おうとするも、心の奥底から湧き上がってくる。
(なんなのよもう!!!)
近くの自動販売機に電撃を流し込んでしまった。
八つ当たりでしかないことなどわかっている。
けれども溜め込んでいたら八つ当たりの対象が白井になるだけでしかないと感じた。
電撃を浴びた自動販売機はジュースをいくつも吐き出す。
ヤシの実サイダーもその中に混じっていたが取る気にもならず、寮へと帰った。
その日はもうそのまま寮へと帰った。
同室の白井も無視して着替えもせず、制服のままベッドへ入っていった。
(あの時のって、御坂だよな)
学校の帰りに姫神と話をしていた。
ここ最近、気づいたらその話をしてしまうらしい。
青髪や土御門につい話してしまい殴られるほどだ。
そんな楽しい会話の途中に走っていく美琴を見つけた。
追いかけようとしたけれども、なぜか足が止まってしまった。
何を話したらいいのかわからなかったのだ。
ただ、そんなに走ってどうしたんだ、とでも言えばよかったはずなのに・・・・・・
結局、上条はそのまま帰ってきてしまった。
「ただいまー、待ってろよインデックス。今夕飯作ってやるから」
「とうま」
居候のためにも急いで夕飯の支度に取り掛かろうとした上条を
「ごはんの準備も大事だけど、あの約束、覚えてるよね」
思わず、冷蔵庫にかけた手が止まった。
「・・・・・・きょうもだめだったんだ」
「あ、明日言おうと思ってたんだよ」
「明日っていつの明日?明日の明日?明後日の明日?1年後の明日?そんなんじゃいつか、た「あー!あー!!わかってるよ!!明日、絶対明日!!」」
かなり痛いところを突かれ、インデックスの言葉を遮った。
「・・・ほんとに?」
「ほ、ほんとに」
「そう言って何日たったかな」
正直に2週間、と言ったらインデックスに咬み殺されそうである。
「それは、・・・・・・」
もし、望んだ結果にならなかった時が。
もし、元に戻れないところまで行ってしまったら。
怖いのだ。だからいつまで経っても前へ踏み出せない。
上条はそれはわかっているし、おそらく、インデックスにも見透かされている。
「―――――き―ち―――――――」
暗い空間。ただ何か声が聞こえる。
「あ――や―きーちゃ――い―の―」
少しずつその声が鮮明になっていく。
後ろから聞こえてくるのがわかった。
「あんなやつきえちゃえばいいのよ」
「誰!?」
振り返ると、そこにいるのは、
「わた・・・し・・・・・・?」
妹達とも違う、明かに美琴そのものである。
戸惑う美琴に、『もう一人の美琴』が語りかける。
「そう、私はあんた、御坂美琴そのものよ」
美琴を恐怖を覚えた。
自身と同じ顔が目の前にいる、というのは妹達の件もあるのだが違う。
『もう一人の美琴』はまるで、
「『私の汚い部分みたい』、そう思ってるんでしょ?」
考えを見透かされ、言葉が詰まった。
「だから言ったでしょ。私はあんただって。御坂美琴そのものだって。あんたの思いそのものよ」
「わた、しの・・・・・・思い?」
混乱する美琴をよそに『もう一人の美琴』は話を続ける。
「あの時、あの馬鹿と話してる人に嫉妬したんでしょ?」
「!?」
「だからあんたはこう思った。『ずるい』って」
(やめて)
『もう一人の美琴』はさらに追い討ちをかける。
「『すぐにでも割り込みたい』って」
(ちがう)
「『あの馬鹿の隣にいるのは自分であるべき』だって」
(ちがう!)
「認めちゃいなよ」
『もう一人の美琴は』美琴の耳元で呟いた。
「『あいつを手に入れるために人を殺そう』と考えたんだって。でしょ?『私』」
「ちがう!!」
悲鳴をあげた美琴の目に広がるのはいつもの部屋だ。
辺りも暗く白井も寝ている。時計を見ると2時を指していた。
「ゆ・・・・・・め・・・?」
そのはずなのに、『もう一人の美琴』の言葉が頭を離れない。
やはり、あれは美琴の心そのものなのかもしれない。
(何考えてるのよ私は・・・・・・)
気がついたら汗をかいていた。
悪夢にうなされていたからであろうか。
(シャワー浴びよ)
汗と一緒にこんな思いも洗い流そうと、浴室へ入っていく。
想い 2
あれから白井とは一言しか話していない。
放課後になっても、白井と帰ることなく、一人で学園都市をさまよい歩く。
「み、御坂か・・・昨日はどうしたんだよ」
いつの間にか美琴の目の前には上条がいた。
会えて嬉しいはずなのに、胸が苦しい。
「・・・・・・昨日?」
「あ、ああ。何か走ってたけど何かあったのか?」
あれを見られてしまった。
『あんたが他の女と話してたのを見てムカついた』などと言える訳もなく、
「別に、何でもいいでしょ?」
今の美琴にできる精一杯の誤魔化しだ。
「いいってお前!」
「・・・文句であるの?」
「そういうわけじゃねぇ、また妹達の時のような事があったんじゃないかと。頼むよ。悩んでるんだったら、相談してくれよ」
(あんたにとって・・・それは)
「俺じゃあ、ダメか?」
そう言って上条は美琴へ手を向けるけども、
「やめてよ!!」
美琴はその手を振り払った。
「その言葉はとっても嬉しい。だけど、それはあんたにとっては普通のことで、誰にでもするような!」
上条の優しさを知っていながら。
自分だけを見てくれないのならいらないと、裏切った。
「・・・・・・ごめん。帰る」
裏切ったと自覚しているから。
上条の目が悲しそうに見えたから、逃げ出した。
「起きてくださいのお姉さま」
「・・・・・・おはよう」
急がなければ遅刻してしまう時間だ。
「・・・・・・おはようございますの、お姉さま」
一昨日、美琴が帰ってきてから様子がおかしかった。
『おはよう』と『ただいま』
昨日はその二言しか会話をしていない。
今度は何を抱えているのだろうか、相談してくれないのだろうか、と白井は考えていた。
「そろそろ起きないと遅刻なさってしまいますわよ」
「気分悪い。今日は休む」
すぐに噓だとわかった。
けれども学校を休むほど気が落ち込んでいることもわかっていた。
「・・・お姉さま、一体何を抱えているのかは黒子にはわかりませんの。しかし、私は、」
「うるさい!!」
今までに聞いたことのない。本気の怒りの声であり、今にも泣きそうだった。
「私にだってわかんないのよ、どうしたらいいか。もう・・・放っておいて」
そこまで苦しんでいるとわかっているのに、すぐそばに苦しんでいる美琴がいるのに。
何もしてやれない自身を恨んだ。
「・・・・・・わかりましたの。寮監様には私から言っておきますわ」
自分は、彼女を見守ることしかできない。
ならば、美琴が打ち明けてくれるまで待とうと決めた。
その時には、精一杯彼女の力になろうと。
「行ってきますの、お姉さま」
扉を占める直前、美琴の泣いている声が聞こえた。
それを聞いて、見守ると、そう決めたのにつぶやいてしまった。
「(・・・・・・お姉さま)」
(何やってんだろ)
昨日、上条へしてしまったことだけでない。
今朝の白井への八つ当たりも。
あの日、女性と話す上条を見たその時から、自らの心を制御ができない。
「それが『私』だからよ」
「・・・また、『ワタシ』?」
「そう、『ミコト』よ」
『もう一人の美琴』は『ミコト』と名乗った。
『美琴』の心の奥底の、消してしまいたい思いそのものだと。
「『私』は、あいつが好きだから。嫉妬した」
「・・・・・・うん」
どうせ隠しても無駄だと思い、認めた。
「で、『私』はどうするの?」
「それは・・・・・・」
『ミコト』の問いに『美琴』は答えられなかった。
「考えたってしょうがないじゃん。『私』じゃどうしようもないんだから、『ワタシ』になっちゃえばいいのよ」
「『ワタシ』に、なる?」
「そう、自分の心に従って、そうすれば、『あいつ』も『私』のもの」
「あいつが・・・私の・・・・・・」
それは悪魔の誘惑。
だけどもう、抗う力は残っていない。
『美琴』は『ミコト』を受け入れた。
その瞬間、暗い海へ沈むような感覚がした。
目を開けると、いつもの部屋の天井だった。
部屋がオレンジ色に染まっている。
もう下校時刻だろうか。
(・・・・・・)
上条がいない。
それだけで不安になって、部屋のドアを開けた。
想い 3
行くあてなどない。
上条当麻に会いたい。
それだけの思いで寮を抜け出した。
どれだけ歩いたかわからない。
「・・・・・・いた」
「み、御坂か」
やっと見つけた。
けれども、何を話したらいいかわからない。
今すぐに抱きついてしまいたいが、彼女にはそれもできない。
「・・・・・・あのさ、ごめん」
「え・・・?」
なぜ彼が謝るのかわからなかった。
「なにも考えないで、お前を怒らせて・・・昨日からそれだけが気になって」
嬉しかった。
内容なんかどうでもよかった。
ただ上条が自分のことだけを考えていてくれてたことが。
きっともう、引き返せないところまで気持ちが来てしまっているのかもしれない。
(もういいじゃん)
『ミコト』の声がする。
抑えようとする心さえもなくなってきた。
(がまんナんかしなイで)
足が前へ出る。
あとはもう心に付き従うだけだ。
(ゼンブハキダソウヨ)
体が宙に浮く感じがした。
視界が揺いだ。体が宙に浮いた。
背中が地面につくのを感じた。
(なに・・・が?)
目をあけると、美琴の顔があるのみだ。
「あんたが欲しい」
「み、さか・・・?」
「あんたしかいらない。ずっと渡しといて。誰にも渡したくない!私だけを見て!!」
「御坂!!」
怖くなって、上に乗っかる美琴を無理やりどかして、逃げるように下がりながら立ち上がる。
「どうしたんだよ、最近おかしいぞお前」
その言葉が、きっかけとなってしまった。
「・・・・・・私だって・・・」
ポツリと美琴は呟いた。
「わたしだってわかんないわよ!あんたのことが好きで好きでたまらなくて、別に彼女でもないのに、あんたが他の女と喋ってるだけで嫉妬して。憎くてどうしようもなくて」
バチバチと、美琴から発生した大量の電撃が四方八方へと飛んでいき、自動販売機が爆発した。
「どうしたらいいかわからなくて」
その悲痛な叫びに上条は何も言えなかった。
「そうしたら、聞こえてくるの。これが私なんだって。我慢なんてしなくていいって」
雷撃の一片が上条の足元を、これ以上来るなというように、横一線に地面を黒く染めた。
「もうだめ。自分でもどうしようもない・・・たすけて」
やがて電撃によって集められた砂鉄が美琴を包み込むように『殻』を作っていく。
「御坂!?――――――!!?」
足が焼け焦げてできた『ライン』を超えた。
『殻』から放たれた砂鉄の鞭が上条をなぎ払う。
(痛ぇ、けど・・・・・・)
美琴の心の苦しみに比べたらと。右腕の痛みに耐え、立ち上がる。
(ただ止めるだけじゃだめだ!)
異能なら何でも打ち消せる右手さえあれば、暴走する美琴を止めることはできるだろう。
だけども、美琴の苦しみまで消せるわけではない。
このままじゃ、また同じことを繰り返してしまう。
これ以上の苦しみが美琴を襲うことになるだろう。
「俺は、右手なんて使わない」
覚悟を決めた。
美琴の愛も怒りも悲しみも憎しみも。全てを受け止める覚悟だ。
迷いなく、『ライン』を超えた。
「だから話を聞いてくれ」
砂鉄の槍が上条へと襲いかかる。
けれども、槍は目の前で止まったかと思うと、再び『殻』の一部へと戻っていった。
「御坂、そんなことやめてさ、またいつものお前に戻ってくれよ。そんなお前が好きなんだよ」
『殻』は開いていき、やがて美琴から生えた6本の『翼』のように変形していく。
「やめて。そんな、期待しちゃうようなこと言わないで!!」
上条は一歩、前へ出た。
『翼』の1本、2本と襲いかかるけれども、それが上条を貫くことはなかった。
一歩、もう一歩と、確実に美琴に近づいている。
「なんで、なんで!!?」
自分を苦しめるものを排除したい気持ちと、上条を傷つけたくないという気持ち。
この2つが美琴を苦しめているのだと、上条はなんとなく理解していた。
そして、その原因が自分だということも。
そして、美琴の目の前で止まって、力強く抱きしめた。
「え・・・ぁ・・・・・・」
「御坂・・・・・・俺は、」
美琴を止めるためだけでない。
これは上条自身のケジメでもあった。
『約束』であり、『前へ進むための一歩』でもある。
「俺は強気で、短気で、ビリビリしてくるし、抱えたことは全部自分で背負い込んで、でもそんなお前が好きなんだ。そんな御坂美琴に惚れたんだ!!」
「あ、ぁぁ」
上条の思いの全てを聞いて、美琴の『翼』は崩れていく。
「信じて、いいの?」
「ああ」
美琴から涙が流れていく。
「こんなことしたのに、嫌いにならないの?」
「嫌いになんかなるもんか。悪いのは、気持ちを伝えられなかった俺だ。お前はなんにも気にすることはない」
「・・・じゃあ、わたしが好きだって、証明してみせて。気休めの優しさなんかじゃない。私にだけに出来ることを」
上条当麻は迷うことなどなかった。
『口付け』
それは今の彼に出来る唯一のこと。
けれども、愛を証明するためには十分だった。
力果てて、倒れ込む美琴を上条は抱きとめた。
「・・・・・・ごめんな、美琴」
その顔は安らぎに満ちていた。
それを見て、どっと力が抜けてきた。
(あ、あれ?ちからが・・・やべ、みさ、かをはなすわ、けには・・・・・・)
想い 4
「目が覚めたじゃん?」
「・・・黄泉川先生?」
目が覚めてまず目に入ったのは警備員の装備で身を固めた黄泉川愛穂だった。
「器物破損と傷害の容疑、また今度事情徴収させてもらうじゃん」
その後もやれ痴話喧嘩で暴走するな、やれ自動販売機を壊すんじゃないと。
5分ほどたんまりと説教をもらった。
「―――しっかし、、焼かせるじゃんよ。通報があったから駆けつけたらあのガキ、お前を倒れないように抱えながら気絶してたじゃんよ」
(あいつ、最後の最後までそんな・・・・・・ん?)
倒れそうな自分を抱えてくれたと知って美琴は嬉しかった。
しかし、黄泉川が見ていたということは他にもそれを見ていた人がいたのではないか。
だが実際に聞いてしまったら恥かしくて黄泉川の目の前でベッドでジタバタしかねない。
「あいつなら隣の病室にいるから、後で行ってやるといいんじゃんよ」
そう言いながら、黄泉川は不思議そうに美琴を見ていた。
「にしてもあの子らに似すぎじゃん」
「黄泉川先生?」
「いや、こっちの話。それじゃあ私は帰るじゃん。御大事に」
そう言って黄泉川は病室から出て行った。
それから少ししてから美琴も動き出した。
「行こう」
なんて言葉をかけたらいいかわからなかったが、とりあえず会おうと、隣の、上条のいる病室へと美琴は入った。
「あ、あの・・・」
上条は起きていた。
体に包帯を巻いていた。
「御坂!」
想い 5
「・・・御坂・・・・・・大丈夫か?」
まず最初に抱きしめた。
「黄泉川先生にこっぴどく叱られちゃった。また今度事情聴衆だって」
これで大丈夫だと。
普段の美琴に戻れると。
美琴の姿を見た瞬間、自然と体が動いていた。
「ねぇ、どうして、怒んないの?」
美琴が不思議そうに聞いた。
「あの時も言ったけど、この気持ちをずっと伝えられなかったのは俺だ」
「・・・それは、私も一緒。素直になれなくて、結局暴走しちゃった・・・」
意を決したように、美琴は言った。
「だからもう一度言わせて。私は、あんたのことが好きなの!」
「・・・俺もだ。付き合ってくれ、美琴」
「うん」
自然と、抱きしめている腕に力が強くなった。
胸に顔をうずめていた美琴だけども、それから少しして上条から離れた。
「もう一人、謝らなきゃいけない子がいる・・・行かなきゃ」
きっとその子は本当に美琴のことを心配しているのだろう。
だからこそ、美琴にも伝わったのだろう。
「そうか・・・」
ただ少し、戸惑っているように感じた。
「美琴」
「何?―――――――」
「上条さんからの元気の出るおまじないだ」
さすがに格好つけすぎたかな、と上条は思った。
だけども他にどうすればよかったのかと聞かれれば迷わず、他にはないというだろう。
「うん。ありがとう、行ってくる」
だが美琴に笑顔が戻った。
それだけで安心できた。
そして病室から出る直前、上条にぎりぎり伝わる程度の声でこう言った。
「(その・・・帰ってきたら・・・今度は、口に・・・・・・)」
自身からやっておいたものの、
さすがに恥ずかしく、顔が熱くなっていた。
想い 6
破壊してしまった自動販売機は中身と一緒に弁償。
傷害容疑のほうは上条が庇ってくれたため喧嘩扱い、厳重注意で済まされた。
そして現在、美琴は上条の部屋の前にいる。
その手には食材の入った買い物袋がある。
当然目的は料理。
しかし、振舞う相手は上条ではない。
(はぁ、彼氏の部屋に来て最初にやることが同居人の餌付けとは)
同居人、インデックスと呼ばれる少女のことは聞いていた。
9月1日に会ったあのシスターだと、とある事情で一緒に住んでいるのだと。
気になりはしたけど、それ以上は追求しなかった。
そういえば大覇星祭の時にも会ったことがあるな、と思い出した。
上条のことさえなければ仲良くできるんじゃないかと思いつつ部屋のチャイムを押した。
「・・・待ってたんだよ」
チャイムの音を聞いて白い修道服の少女が黒い猫を抱いて出てきた。
「お、おじゃまします・・・・・・」
初めて彼氏の部屋に入ることに緊張しつつもその目に入るのはインデックスが抱えている猫だ。
「・・・この子はスフィンクスって言うんだよ。抱いてみる?」
それに気づいたのだろう。インデックスが三毛猫、スフィンクスを差し出した。
どうせ嫌われるだけと考えるも、彼女の気遣いを無下にもできず、美琴はスフィンクスを抱きかかえた。
(この子、逃げない・・・?)
美琴の能力は発電系、微弱な電磁波が常に彼女から発せられる。
ゆえに可愛い子猫から獰猛なライオンまで、全ての動物が彼女に怯えて近づかないのだ。
「私、どうしても動物が近づけない体質なんだけど、この子は違うのね」
「そういえばクールビューティーも同じことを言ってたんだよ。そういえば短髪、クールビューティーにそっくりなんだよ」
自分にそっくりで電気系の能力者なら、おそらく妹の誰かだろう。
まさか妹に先を越されていたとは思わなかった。
悔しいとは思ったがそれだけだ。
今では『彼女』という立場に自分はいるのだから。
彼のことが好きな人がたくさんいることはわかっている。
だけども可哀想、などとは微塵も思わなかった。もし上条が別の女性を選んでいたのならば美琴自身も彼女たちの1人になっていただけの話だからだ。
それに今更『彼女』という、彼と一緒にいられる場所を譲る気はない。
「座って」
インデックスに促されるままに美琴は座布団に座った。
そしてその正面に彼女が座った。
「とうまから聞いているよ。一度話してみたいと思ってたんだよ」
美琴の目をまっすぐと見て、インデックスが話し始めた。
「最近のとうま、帰ってくるといつも短髪の話ばっかで、それはもう楽しそうに」
(これは全部、私が知らなかったあいつのこと・・・)
「だからね、ある日聞いたんだ。もしかして、短髪のことが好きなんじゃないかって」
美琴もインデックスの目から背かなかった。
「そうしたらとうま、そうだって、でも振られるのが怖いって」
(あいつ、そんなことを)
「私はとうまが好きだって、私だったら、今すぐに彼女になれるって、期待に応えられるって」
(・・・・・・)
「そう言ったら、『ごめん。俺は御坂のことが好きだから。インデックスと付き合っても忘れることなんてできないと思う』・・・って」
だんだんと彼女の目が滲んできた。
「もう、かてないっておもったんだよ。だ、から・・・『私を振ったんだから、とうまは短髪に想いを伝えるんだよ』って、やくそく・・・したんだよ」
「ねえ、インデックス」
インデックスから上条を奪ったのに、
それでも応援してくれる彼女の優しさも知った。
決して慰めなどではない。
奪ったことからの罪悪感からでもない。
けれども、上条に頼まれたからでなく心から、何かしたいと素直にそう思った。
「ご飯作るから、少し待ってて」
想い 7
今日で上条は退院する。
美琴は病院の入口の前にいた。
上条が出てきて何を言おうかと美琴は考えていた。
退院おめでとうと、祝ってやればいいのか。
それとも何か気の利いたことを言おうか。
けれどもそれはなんなのだろうか。
無理してもいい言葉など浮かばない。
そうこうしているうちに上条が出てきた。
まだ包帯が取れていないが、充分動けるほどには回復していた。
それを見たら自然と笑顔がこぼれた。
これでデートに誘えると、
彼に料理を振る舞えると。
これからは、彼氏彼女の幸せを味わえると、
上条に幸せを与えることができると。
「ただいま、美琴」
それを聞いた瞬間、肩の力が抜けた。
無理しなくていいんだと、
今の私が言えることを言えばいいんだと理解した。
それはとても簡単な言葉だった。
けれどもそれは美琴にとっても、上条にとっても、最高の言葉だった。
「おかえり。当麻」