無料アプリにはご注意を
「実は昨日、こんなアプリをダウンロードしたんですよ!」
ま~た佐天さんが変な物のプレゼンを始めたようだ。
美琴、白井、初春、佐天の四人組には、もはやお馴染みのファミレス「Joseph's」。
本日もそこでダラダラと女子会を開き、
女性特有の意味が有るのか無いのか良く分からない会話を続けている。
そんな中、佐天が何かを思い出したかのように自分のケータイを取り出し、
「そういえばこの前…」と話題を振った。
「アプリ?」
紅茶を一口飲みながら美琴が聞き返す。
「ええまぁ。無料だったからってのもあったんですが、ちょっと面白そうだったので」
「はぐはぐっ…もんあアプイらんえふくぁ?(どんなアプリなんですか?)」
巨大パフェを口いっぱいに押し込みながら初春が聞き返す。
「う~ん…説明するより実践した方がいいかな。あと初春はちゃんと飲み込んでから喋ろうね。
じゃあ白井さん、ここに何か言ってみてください。何でもいいんで」
「わ、わたくしですの?」
佐天は自分のケータイを白井に向けた。
「な、何でもと言われましても……えー…ほ、本日も晴天なり……」
「はいOKです。これで白井さんの音声はインストールしました」
「え、あの佐天さん? わたくし一体何をさせられましたの…?」
音声をインストールという不穏な響きに、不安を隠せない白井。
佐天は「まぁまぁ」となだめ、次の段階に移行する。
「えーとじゃあそうですね………風紀委員ですの!」
今度は佐天がケータイに向かって一言発した。
「? 佐天さん、これで何が―――」
「焦らないでくださいよ。ここからですから。
あたしは今、『風紀委員ですの!』って言葉を録音しました。
これをさっきインストールした白井さんの声で再生すると……」
『風紀委員ですの!』
「「「おおお~!!」」」
佐天以外の三人は思わず声を上げた。
佐天の言葉は、確かに白井の声で再生されたのだ。
「ねっ!? すごいでしょ! こういうアプリなんですよ!
まぁ、短いセリフしか録音できないのがアレですけど」
どこかの少年探偵が使っている、蝶ネクタイ型変声機に似たような代物だった。
しかも無料とはいえ、そこはやはり学園都市製な訳で、
非常にクリアな声で再生でき、本当に白井が喋ったとしか思えないクオリティである。
「犯罪に使われたらどうすんだ!」、という意見は学園都市の中の人間には通用しない。
だって学園都市には、こんなのいっぱいあるんだもん。
「へぇ~、確かに面白いわね! 私もやってみていい?」
「勿論ですよ!」
美琴が食いついた。佐天からケータイを借り、自分の音声をインストールする。
「あー、あー、あー…これでもいいの?」
「大丈夫だと思います」
だが美琴の音声をインストールしたのに、美琴本人が再生用の言葉を録音しては何の意味も無い。
なので佐天はまず、初春に振る。
「じゃあ初春。何か喋って」
「え…ええぇ!? え、えっと……パフェおかわりしてもいいですか?」
『パフェおかわりしてもいいですか?』
美琴の声でパフェがおかわりされた。四人は歓声を上げる。
「ではお次はわたくしが……わたくしは黒子を愛しておりますの!」
『わたくしは黒子を愛しておりますの!』
美琴の声で白井【じぶん】に求愛した。その後白井は黒焦げにされた。
だがこの時の白井の行動がヒントになり、佐天は面白い事を思いつく。
「じゃあ次はあたしですね。……上条さんの事が大好きで~す!!!」
「ぶっふっ!!!?」
佐天の言葉に、口に含んだ紅茶を盛大に噴射させる美琴。
次に佐天が何をするかなど分かりきっている。
『上条さんの事が大好きで~す!!!』
美琴の声で上条に告白した。美琴の声で。
「ちょーっ!!! 何言ってんの佐天さん!?」
「そうですわよ! 悪趣味にも程がありますわ!!!」
慌てる二人だが、初春は何となくこうなる事が予想できていた。所謂いつものパターンである。
その証拠に佐天は楽しそうに弄り【あそび】続ける。
「上条さーん! 愛してるー!」
『上条さーん! 愛してるー!(美琴の声)』
「美琴を上条さんのお嫁にしてー!」
『美琴を上条さんのお嫁にしてー!(美琴の声)』
「上条さんに美琴の初めてあ・げ・る!」
『上条さんに美琴の初めてあ・げ・る!(美琴の以下略)』
もはや佐天の悪ノリは止まらない。というか、美琴はそんな口調ではないのだが。
美琴は口をパクパクさせてまま固まり、
「あっ、がっ、なっ……」
と言葉にならない言葉を発していた。
しかしこのままでは「ふにゃー」する危険もあるので、
「佐天さん、そろそろその辺にしといた方がいいですよ?」
と初春が止める。だが佐天の返事は、
「え~? ここからもっと面白くなりそうなのに」
だった。鬼である。
「お、おほほほほ佐天さん。
わたくしが実力行使する前にその不快な音声をお止めにならないと、
わたくし自身でも何をするか分かりませ…あっ! いえ違いますわよっ!?
お姉様のお声が不快だとかそういう意味ではありませんの! あくまでもそのお言葉自体が―――」
白井も脅しにかかっているので、さすがの佐天もここらで止めておいた。
仕方ないので他の話題を振る。
「ところでその上条さんとはどこまでいったんですか?」
「「「佐天さんっ!!!?」」」
◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘ ◈ ◘
後日。ある意味ここからが本番だ。
「~♪」
美琴はイヤホンで何かを聞きながら、街中を歩いていた。
朝から晩まで、暇さえあれば常にこうしており、何を聞いているのかは分からないが、
顔はだらしない程ニヤニヤしている。
更に時々、
「えへへ~…私も~♡」
と小声でブツブツ言っている為、常盤台の制服を着ていなければ不審者認定される所だ。
その上大音量で聞いているらしく、周りの音も聞こえていない。
なので背後からの、
「美琴? 何聞いてんだ?」
という声も聞こえていなかったのだ。
「美琴ー? おーい、美琴さーん?」
「にゅふふふふ…もう、何言ってんのよ~♡」
「いや、何言ってんのはこっちのセリフなんですが?」
「もう! いっつもそんな事言うんだから!」
微妙に会話が成立していない。
仕方ないので美琴の背後から声をかけ続けていたその人物は、美琴の肩をトントンと叩く。
さすがに誰かいる事に気づき、美琴は振り返ってみた。
そしたらそこには、
「なっ!!! アアアアンタ、いつからそこにいたの!!!?」
「いつからって…ちょっと前からだけど」
上条当麻がいたのだった。美琴は急いでイヤホンを外す。
なのだが、余りにも慌てていた為、耳だけではなく、差込口からも引っこ抜いてしまった。
美琴の聞いていた『何か』が、大音量で流れ出す。
『…琴がいないと俺ダメなんだ。美琴の事が好きになりすぎて、胸が苦しくなって仕方がないんだ。
ずっと俺と一緒にいてほしい。絶対に幸せにするから、美琴の全てを―――』
それは上条の声だった。
上条には身に覚えの無い恥ずかしい台詞が、何故か美琴のケータイから溢れ出ている。
上条は知らない事だが、これは佐天が持っていたアプリと同じ物だ。
美琴はあの後、速攻でダウンロードしたのである。
サンプルになる上条の音声インストールには苦労はしなかった。
何故なら美琴は、ケータイでの上条との会話【やりとり】は、全て録音・保存していたからだ。
しかも美琴は自分の能力を使い、長台詞でも録音できるようにアプリそのものを改良したのである。
だが今はそんな事を説明している場合ではない。
「…あ、の……み…美琴…さん? これは一体…?」
当然の疑問。だが美琴から返ってきた言葉は、
「ち……ちが…違うの………これは…その……そういうんじゃなくて…その…………
とにかく違うのおおおおおおおおお!!!!!」
だった。そして盛大に捨て台詞を吐きながら、その場から消えたのだ。
「え、ちょ、美琴ー!!?」
小さくなる背中を見つめる上条。
残された美琴のケータイからは、自分の声の謎の恥ずかしい台詞が流れ続けていた。
『―――愛してるんだ美琴! もう美琴の事しか考えられないんだ! だから俺と―――』
「どうして美琴がこんな物を?」という疑問は勿論浮んだが、その謎を考えるのは後回しだ。
とりあえず今は『これ』を止めなくてはならない。何故なら人が集まって来たからだ。
大声で告白(肉声としか思えない程のクリアな声すぎて、道行く人は録音だと気づかない)
を続けていれば当然である。しかも上条は不幸体質である為、こういう時は必ず、
「上条当麻! これは何の騒ぎ!?」
「上条君。ちゃんと。説明してほしい」
「よくもまぁ、道のど真ん中でそんな事を言えるもんだにゃー」
「カミやんはアレやね。海に向かって『バカヤロー!』とか叫ぶタイプやね。てか死ね!」
友人が通りかかるのだ。
上条はお馴染みの言葉を心から叫んだ。
「不幸だー!!!」
『―――いや、幸せだよ。こうして美琴に会えた事が何よりの―――』
「携帯電話【おまえ】ちょっと黙れ!」
ちなみにその頃、常盤台中学女子寮の一室。
「お姉様どうなされましたの? 帰ってからずっと塞ぎ込んでおりますが……」
「聞かないでええええええ!!!!!」
美琴は布団を頭から被ったまま、その日はベッドから出てこなかったという。
さぁ、明日からの言い訳が大変だ。