勝利の報酬
「……思っていたよりも虚しいわね、これ」
御坂美琴は無限に広がる雪原の中で呟いた。
両腕の中には少年・上条当麻が美琴の放った高圧電流で気絶していたが、加減をしていたため命の心配はない。
「さて、どうしましょうかね」
そっと上条を下ろすとふと、大事なことに気がついた。
「やば、顔がどんどん青くなってるうぅぅぅ!!!」
上条が極寒の中、意識をなくしたために寒さで凍死まっしぐらになってしまったのだ。
当の美琴はというと“電撃使い”の能力で暖をとっている。つまり…
「…しょうがないしょうがない」
上条の左手を握り、二人一緒に能力で暖まろうとした。
(これじゃあまるでかかっか、かかカップルじゃない……)
まるでじゃなくカップルにしか見えない光景に美琴は頭が混乱する。
上条の顔の血行が良くなりほっと一息をつく美琴だったが、みるみるうちに上条の顔が真っ赤になっていく。
「ぐ…」
「ややややばい!!!!」
能力が暴走したせいで上条が苦しみだしたのだ。美琴自身も顔がこの上なく真っ赤だが上条とは別の理由だ。
慌てた美琴は左手を離すが今度は全身から漏電し始めて、もはやてんやわんやである。
(もう、どうにでもなれ!!!)
と、美琴は咄嗟に上条の右手にしがみつく。
パキン!!!という音と共に美琴の放っていた電流は消えてなくなった。
「…あててんのよ。なんちゃって」
自分で言った言葉にさらに恥ずかしくなってもはや寒さなど感じられない。
「はぁ、アンタはここで離したらまたどっか行っちゃうわよね。…なによこの右手。もうボロボロじゃない」
そう言って上条の右手を、優しく両手で包み込む。
一人の少女を助けるために世界中と戦っているのは本当にこの少年らしいと思う。その少女が自分じゃないことが無性に腹が立つが、それでも上条のことを助けたいと思ってここまで来たのだ。
「結局私は、アンタにとって都合のいい女になっちゃうのよね」
添い寝をしているような形で美琴は辛そうに、しかしこの上ない愛しさを込めて呟いた。その美琴の表情は、自虐に放った言葉でさえも愛しいと思っているようであった。
「………」
無言のまま彼の眠っている穏やかな顔を見つめる。
未だに動悸は収まらないが上条の右手を離し、左手を強く優しく握る。
「………………と、当麻。」
初めて彼に向けて名前を呼んでみる。するとこの上ないと思っていた体温がさらに上がった気がする。
「初めて勝ったんだもんね、記念を残しとかないと」
よっと美琴は上半身を上げつつも左手をつなぎながら上条の横に座る。
美琴はポケットに手を突っ込むと、ゲコ太ケータイを取り出しカメラモードにする。
無言のまま眉間にシワを寄せ上条の顔にピントを合わせ、シャッターボタンを押すとき、
「…みさか…」
「うおわあああああああ!!!!!」
上条が寝言?で美琴の名前を呼んだのだ。持っていたケータイを放り出し、突然の事態にお嬢様らしからぬ大声を上げてしまう。
「ちちちちがうのよ!!これはなんというか、ついでき心で寝顔取っとこうかな~とか、案外眠った顔は可愛いとか、そういうのじゃなくて!!!!」
必死に言い訳を並べようとする美琴だが、もはや自分が思ったことを言いまくっている。
今でも左手をしっかりと握り締めているのにも関わらずに、だ。
当の上条はというと
「すぴーーーー」
あんだけ美琴が騒ぎまくっていたにも関わらず、眠っている。
「………はぁ。ほんとこの馬鹿は人騒がせなヤツね」
騒いでいたのはどっちだ、と馬鹿呼ばわりされた上条は泣いているだろう。
溜息をつきながらも飛んでいった携帯を拾い、再び上条の傍に座る。
ちょっと冷静になった美琴はちゃちゃっと上条の寝顔をカメラに抑えてしまう。
「ふーーひとまず戦利品ゲットってとこかしらね」
撮った写真をさっそく待受画面に設定し、ちょっとニヤニヤしてから携帯をポケットにしまう。
のぼせていた心に余裕ができ、多少の照れはあるものの上条の左手を再び握り直す。
「…みさか…」
「ふふっ。なあに当麻?」
二度も名前を呼ばれた美琴は気を良くして上条の言葉についつい返事をしてしまう。
「………」
「うん?」
「………………ありがとう………………」
「えっ」
突然放たれた言葉に戸惑う美琴。しかしその意味をしっかりと理解する。
「…あのときのアンタの顔、絶対能力進化計画の時の私と同じような顔をしてた」
“全部の罪を償う。”
そう言った時の上条の顔は、罪の重さに苦しむかつての美琴と同じような境遇に見えたのだ。
「でもね…」
だからこそはっきりと言える。一度その場所から救ってもらえた美琴だからこそ言える。
「そんなふうにアンタが苦しんでも、だれも嬉しくなんかないよ」
“お前が死んで、妹達が感謝するとでも思ってんのか”
上条も美琴も押し付けられた罪に対し、本気で苦しみ、そのどちらもが自分以外の誰かのために命をなげうとうとした。
本当の意味で二人は同じ位置に立っていたのだ。
「なにより、アンタがそんなだったら私の立つ瀬がないでしょうが!!」
コイツから教えてもらった生きる力を教えることになるとはね、と美琴は少し苦笑する。
でも、わかってくれたようだ。
ありがとう。その一言がじんわりと身にしみていく。
「まったく、ほんと手のかかること。
ちゃんと私に救われたことを忘れんじゃないわよ!
私はアンタに救われたことを一瞬も忘れたことはないんだから!」
罪と一緒に得た大切なこと、それに美琴はつい笑ってしまう。
コイツと出会えて、一緒に実験を乗り越えられて本当に良かった、と美琴は感傷に浸る。
ふと、美琴は思う。
自分はこの少年にお礼を言ったのか?
自由研究やらクッキーやら後輩の登場やら、名前を……やらでうやむやになっていたことを思い出したのだ。
「そう、よね。この際だから言っちゃおう」
コイツも寝言だし、と美琴は呟く。
上条の顔をしっかりと見つめ、この上ない微笑みと、心の底からの感謝を口にする。
「ありがとう、当麻……」
上条の頬に優しく口付けをする。
顔が真っ赤なのは自覚しているが美琴は冷静に、“幸せ”というものを噛み締めていた。
「ふふっ。アンタも私も素直じゃないわね」
苦笑しつつも、美琴は上条と平行に前を向く。
しっかりと手をつなぎ、共に同じ道を歩んでいくかのように。
真っ白な雪原は二人が確かに“同じ”であることを際立たせていた。
似た者同士のそれぞれのストーリーはこれからも続く。
-Fin-