とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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小ネタ 瞳のこたえ



 学園都市の第七学区にある、カエル顔の医者が勤める病院のとある個室。
 そこには半ば部屋の主と化したとある少年が、第二二学区での戦闘により大怪我を負って入院している。
 御坂美琴は病室のドアを軽くノックし、中にいる怪我人が目を覚まさぬようそっと足を踏み入れ、そのまま足音を立てぬようにベッドのそばまで歩み寄る。
 誰かが付き添いでいたようだが今は席を外しているらしく、残っていたのは空のパイプ椅子が一つ。
 ベッドの上の上条当麻は、自らがなすべき事を果たしたようなどこか安らいだ笑顔を浮かべ、美琴の来訪にも気づかぬまま眠っていた。
 美琴は無言で上条の額に右手をそっと置き、指先に触れる熱で上条の存在を確かめる。
 あの夜、美琴と別れた後上条はどこへ向かったのか。何があったのか、とかあの後どうなったのか、とか今ここで叩き起こしてでも上条に聞きたい事は山ほどあった。
 第二二学区の第五階層を貫いて聞こえた謎の爆発音と、水が完全に干上がった人工の湖。夥しい破壊の爪痕。破けた人工の天蓋。そして昨日よりも増えた上条の傷跡。
 ……聞けない。
 聞けばコイツの往く道を妨げてしまう。
 美琴は上条の信念を聞いてしまった。芯を知ってしまったから。
 ……聞きたい。
 私だってアンタの力になれる。
 昨日まで目を背けていた心の中の何かに、美琴は気がついてしまったから。
 美琴は自分の中心核を揺さぶるものの正体に名をつけてしまった。
 美琴の中に眠っていた莫大な感情が目を覚まし、美琴の足元を大きく揺らす。
 自分を中心に吹き荒れる暴風の中で上条を見つめたまま、美琴は立ち尽くす。
 目の前の景色は何も変わらないのに、何もかもが新しく彩られたように見える。
 あれだけ上条に突っかかっていったのも、ムキになったのも、無視される度に腹を立てたのも、誰かが上条の隣に立つ度にやきもちを焼いたのものも、死地へ赴く上条を止めようとしたのも、何もかも全て。

 こんなにも。
 知っていたもの全てが見知らぬ何かに変わっていくように。完璧に理解していたはずの自分自身を抑えきれぬくらいに。
 ―――御坂美琴は上条当麻の事が好きだったのだ。

 小さく拳を握りしめ、美琴は思う。
 上条が望むなら、今ここで全てを投げ出してもかまわない。この瞬間に能力がレベル0まで戻っても悔やまない。
「…………は」
 美琴は小さく息を吐いて笑い、首を横に振る。
 上条は、決してそんな事は望まない。
 望まぬが故に、上条は海原との約束を、記憶喪失を隠し続けたという事を美琴は理解したから。
「みさ……か……」
 刹那、美琴は身じろぎする。
 上条が目を覚ましたのかと思い、美琴は息を止めて上条を見つめた。
 それ以上の言葉はなく、上条の右腕が掛け布団の中から少しずつ持ち上がり、空に向かうように伸ばされる。包帯を巻かれた掌が大きく空中で開かれ、天井と水平に構えられた。
 夢の中でさえ上条は幻想殺しを使おうとしているのだろうか。
 美琴は左手で上条の手首をそっと掴むと、上条の掌を愛おしげに自分の左頬に押し当てる。
「私ならここにいるわよ。……こんな時に誰の夢見てんのよ、馬鹿」
 そして上条の額に当てた指先を黒い髪に少しだけ絡めた。細い指をはね除けるような固い感触をもてあそび、
「馬鹿よ、アンタは……」
 しゃくり上げそうになる何かを堪えて、美琴は笑う。
 コイツの前で涙は見せたくない。
 美琴をあの日救ったヒーローは、美琴だけのものじゃないから。
 たった一人で記憶がなくなるまで戦い、ボロボロに傷つき続けるコイツをいつかこの手で救い出す。それが無理なら肩を並べて戦ってみせる。……何があっても。
 それが御坂美琴の矜持。
 守られるだけでは終わらない。大切なものは自分の手で守ってみせる。
 美琴は上条の手から自分の頬を離すと一度だけその手を軽く握り、手首を持って上条の右腕を優しく掛け布団の下に戻した。
「アンタが『いらない』って言っても……アンタのピンチは必ず私が助ける。覚えとけ、この馬鹿。それがいやならとっとと目を覚ましなさい」
 相手に聞こえていないからこそ言える捨て台詞を吐いて、名残惜しげに上条の前髪から手を離し、まぶたの向こうで眠る黒い瞳に聞きたかった答えを問いかけるその日まで、全てに口を噤んで。
(次に会う時は……いや、恥ずかしくて顔なんか合わせられないわよ。あんな事言っちゃったんだもの。気持ちの整理がつくまで無理無理無理無理!)
 頬を赤らめたまま、来た時と同じように、足音を立てずに美琴は病室を立ち去った。

 一〇月中旬の穏やかな陽気が、病室の窓にかけられたカーテンを音もなく揺らす。
 静かに姿を消す美琴を、上条につながれた計器の計測音だけが無表情に見送った。


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