とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

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とある乙女の手製菓子



 二月になり、学園都市を含む日本女子の大半が浮足立っていた。全てはバレンタインデーのためである。
そして、それは常盤台中学の生徒も例外ではなかった。女子校のバレンタインデーをなめてはいけない。たとえ男子がいなくとも、女子はバレンタインデーを楽しむ術を持っているのだから。

 そんな二月のある夕方、御坂美琴は大きな紙袋を二つ抱えて部屋に帰ってきた。

「ただいまー」
「お帰りなさいませ。……お姉様、一体いくつお買いになりましたの?」
「とりあえず五十個かな」

即答した美琴は、紙袋ごとベッドの上に倒れ込んだ。

「あー…みんな何であんなに頑張れるのかしら?選んで買うだけでも疲れるってのに」
「何度も申しておりますように、お姉様には自覚というものが足りないですの。お姉様は学園都市第三位の超能力者であり、常盤台中学のエースですのよ」
「だけど……」
「だからこそ、皆がお慕いするお姉様にチョコレートを渡したがるのは当然ですの。むしろ全ての方にお返しを用意されるお姉様に驚きですわ。お姉様の貰う量が多いことは分かり切ったことですし、お返しがないからと言って恨むような方はいませんのに」
「でも悪いじゃない。せっかく作ってきてくれるのに。せめて市販でもいいからお返ししないとさ」

そんな悩ましげな美琴を見て、白井は少し嬉しそうに微笑む。そんな優しい美琴だからこそ、皆が慕って手作りチョコを渡したがるのだということを、本人は全く自覚していない。

(お姉様らしい悩みですわね)

 ふと、ベッドに倒れ込んだ美琴が体を起こした。

「ねえ、黒子」
「どうかなさいましたの?」
「どうして皆わざわざ作るのかな?買った方がずっと楽じゃない」

 大勢にあげること前提ならば経済的な事情で手作りの方が安上がりという考えも世間にはあるのだが、お返しとして高級ブランドのチョコ五十箱を購入した美琴の脳にそんな考え方はない。面倒か否か、それだけだ。
対して金銭感覚にあまり差はないものの、美琴よりは圧倒的に乙女チック(?)な白井はすらすらと答える。

「それは気持ちの問題ですわね。好意や感謝の気持ちを込めた贈り物をするのであれば、手作りの方が遥かにいいに決まっていますもの。自ら心を込めて作った物ならば、相手にも気持ちが通じやすくなるというものですわ」
「感謝―――――」
「もちろん、お姉様のように大勢へのお返しを用意する場合は市販の物でよろしいと思いますわ。先程も申しました通り、全ての方にお返ししようとお考えになる時点でお姉様は十分過ぎるくらいですの。わたくしは黒子の愛を込めたお姉様だけの為の手作りチョコをお渡しするつもりですが、お姉様は何も気になさらず受け取ってくださいな」

ちなみに現在、白井はお姉様の為に作るチョコに必要な『調味料』を取り寄せ中であったりするが、それに気付いた美琴が怒るのは数日後のことである。

「ふーん。そういうものかしら……」

 心ここにあらずの返事をした美琴は、とある少年のことを思い浮かべて再びベッドに寝転んだ。

 美琴にとってバレンタインデーとは嬉しくも悩ましいイベントである。白井の言う通り、御坂美琴は学園都市第三位の超能力者であり、名門常盤台中学のエースなのだ。それらを驕らず誰にでも平等に接する美琴の人となりを考えれば、お嬢様校ばかりの学舎の園で彼女がちょっとした人気者になるのはごく自然なことであった。その結果―――――

「はぁー……」

 バレンタイン当日、第七学区にて盛大な溜息をつく乙女がここに一名。

美琴は薄っぺらい学生鞄と大きな紙袋を一つ持ったまま街をさ迷っていた。紙袋の中身はもちろんチョコ―――――受け取ったチョコの数を聞けば、嫉妬のあまり思わずのた打ち回る男子もいるに違いない。厳密な数はわからないが、とりあえずお返し五十箱では足りない数だったとだけ補足しておこう。

本当は他にも紙袋があったのだが、美琴が持ち切れない分は白井が空間移動で持ち帰ってくれた。数少ない『美琴の手作り』を受け取った今朝から、白井黒子は異常なまでに機嫌がいいのだ。そんな白井は現在、風紀委員の仕事で街の巡回を行っているらしい。

ところで。先程盛大な溜息をついた美琴だが、それは決して先輩同級生後輩その他諸々の女子から貰ったチョコぎっしり紙袋のせいではない。かれこれ一時間近く歩き回っているというのに、お目当ての人物が全く見つからないせいである。

疲れ果てた美琴はいつもの自販機前に辿り着いた。が、今日はもう上段蹴りする気力すら出てこない。
 はぁー、と再び盛大な溜息をついたその次の瞬間。顔をあげた美琴の目に、見慣れた顔が飛び込んできた。黒くてツンツンした髪の少年―――――美琴が探し回っていた人、その人だ。

「おっすー。……なんか疲れてんな?」

 美琴が顔をあげたその先に、何やら疲れた顔をした上条当麻が立っていた。こちらも小さな紙袋を一つ下げていたが、今にも穴が開きそうなほどボロボロだった。これは青髪ピアスを筆頭としたクラスの男子から奪われそうになったものを死守した結果だったりする。

「……、荷物が重かっただけよ」
「その紙袋……もしかしてチョコか?」
「……、アンタのも?」
「あぁ、うん、まぁ、一応」
「何よ、その歯切れの悪さは?」
「……、『上条くん、あげるよ。いつも不幸だもんね』『私が幸運なのって上条くんのおかげな気もするし、お礼に受け取って?』……そんな同情チョコを自慢できる男に、わたくし上条当麻はなれませんなりませんなりたくありません」

 そう言って何だかどんよりと重い空気を漂わせ始めた上条を見て、美琴は少し引きつった笑みを浮かべる。

「それは…ご愁傷様、かしら」
「どうもー。お前の方は友チョコってやつか?お嬢様のチョコって言えば高そうだな」

そんなに貰ったらお返しが大変だろうな、と上条は庶民らしい感想をこっそり抱いてみた。

「じ、じゃあ、アンタはその……」
「あん?」
「ほ、本命らしいのは貰ってないわけね?」
「……、ないです。だから傷をえぐらないでくださいませ」

 本当は素直になりきれなかった女子からの本命チョコが複数混じっていたが、鈍感大魔王が気付けるはずもない。本当にご愁傷様なのは間違いなく彼女達の方だ。

「そ、そうなんだ」
 何故か安堵しているような美琴に、上条は嫌な予感がした。
(まさかコイツ、貰ったチョコの数で勝負よ!とか言い出すんじゃ……?!)

 が、上条の予想は大きく裏切られた。
 何やら鞄をあさり始めたなと思っていた矢先、美琴が突然右手をつきだしてきたからだ。

「……、え?」
「あげる」

 美琴の右手がつまんでいるものは可愛らしいカエル柄の小さなギフトバッグ―――――たった今、美琴が自分の学生鞄から取り出したばかりのものだ。

「あ、あのー御坂サン、これは……?」
「み、見てわかんないの?! チョコに決まってんでしょっ!」

バチン、と美琴の前髪から雷撃の槍が発射された。反射的に右手でそれを防ぎ、上条は慌ててギフトバッグをひったくる。

「な、何てことすんだ! せっかくのチョコに当たったらどうするつもりですか! 食べ物は粗末にしてはいけませんって習いませんでしたかッ?!」
「なっ?! わ、私が作ったんだから、どうしようと私の勝手じゃない!」
「え? ということは……これ、手作りなのか?」
「……!! そ、そうだけど?」
「開けてもいいか?」
「……、開けていいわよ?」

 なんで疑問形なんだよ?と思いつつ、上条はギフトバッグのリボンを解いた。現れたのは小さな箱、その中には―――――。


「マフィン?」
「違うわよ! フォンダンショコラ!」
「ふぉん……?」
「フォンダンショコラ!! もしかしてアンタ、食べるの初めてとか?」
「……、何だか高級そうな名前で。た、食べていいんですよね?」
「い、いいわよ?」
「それじゃ遠慮なく―――――」

パクっと一気に半分、上条は美琴の手作りを食べてしまった。さらにフォンダンショコラの性質上、中からとろりと甘いチョコレートが零れ落ちそうになったため、残りの半分も慌てて口に放り込んでしまう。

(うまッ?!)
「ちょ、ちょっとアンタ! もうちょっと味わって食べなさいよ?!」
(美味しいですぞ!! これはもしや不幸じゃない?!)

 何故だか少し涙目で笑う上条を目の前にして、美琴はとりあえず喜んでもらえたのだろうと推測した。
一方の上条は、改めて美琴から貰ったギフトバッグの中身を確認し出した。フォンダンショコラとやらはあと二つ残っているが、今すぐ続けて食べるのは勿体ない気がする。

どうしたものかと悩み始めた上条に、美琴はおそるおそる声を掛けてみる。

「お、美味しかった?」
「ああ、美味しかったぞ。ありがとな」

 満面の笑みを浮かべる上条の言葉に嘘はなかった。
 上条の想像を大きく裏切って、それは最高に美味しかった。
 
 見た目マフィンのような焼菓子の中は、とろーり美味しいチョコレートだった。
 これがフォンダンショコラ、覚えておこう。

「お嬢様はお料理出来ないと思ってたけど、とんだ勘違いだったな。すまん」
「え? あー……『不器用なキャラが不器用なりに頑張ってみたボロボロクッキー』ってやつ? 気にしなくていいわよ。私も料理は得意な方じゃないし、下手すればそうなってたかもね」

 ちなみに常盤台中学の方針上、美琴は『淑女の嗜み』程度に和・中・仏のフルコース料理を一通り作れたりする。彼女の言う『料理を得意とする人』は、常盤台中学には結構いる一流の料理人並みの腕前を持つ人のことだ。

「そうなのか? じゃあ成功してくれて良かったよ。…よし、残りは家で食べるとするか。今ここで全部食べちまうのは勿体ない」

 禁書目録に盗られないよう気をつけなければ、と心に固く決めて美琴からの贈り物を自分の鞄に入れる。

(も、勿体ない?! そんなに喜んでくれてるの?! どうしよう、すんごく嬉しいんだけどッ!!)

「にしてもさ」
「うん?」
「このふぉ…なんとかってやつ、結構作るの大変そうだよな」
「別にそんなことないわよ?」
「ほんとに、ありがとう御坂」

 いつになくいい雰囲気だと、美琴は感じた。今なら素直になれるかも? 告白すれば成功しちゃうかも? なんて美琴が考えていた、その瞬間。

「義理なのに」

 右手に『幻想殺し』を宿す鈍感大魔王が、美琴の幻想を、瞬殺した。

「義理じゃないわよッ!」

 バチン、と美琴が髪の毛から火花を散らしながら反射的に叫ぶ。

「……、へ?」
「……、あ」

 自分が何を口走ったのか気付いたところで、すでに後の祭りだ。
 美琴は顔の前で両手をバタバタさせ、慌てて言い訳を始めた。

「だ、だ、だから! これはその、そう、あれよあれ! 感謝のつもりで作ったものであるわけで……」
「感謝と?」
「そうよそう! アンタには何かと助けてもらったりしてるから、黒子の分作るついでにアンタにもって思ってみたりしたわけよッ!」

 ちなみに白井にあげたのは簡単なトリュフであって、上条へ渡したフォンダンショコラとは手間の掛け方がかなり違うのだが、上条がそんなこと知る由もない。

「感謝か……そうか……」
「そうよ、感謝よ。も、文句ある?」(や、やっぱり本命って言うべき?! 言わなきゃだめ?!)
「いや、ない。当たり前だろ? お前の気持ち、ちゃんと受け取った。ありがとう御坂」
「ふぇ?!」

(お、お前の気持ちって…私の気持ち? え? もしかして好きってバレた?!)

 ボンッ、と美琴の顔が一気に紅く染まり、電気が少しずつ漏れてゆく。
 自分で『感謝の気持ち』だと言い訳したことさえ忘れるほどに、美琴は気が動転してしまっていた。

「ちょ?! なぜにここでビリビリ?!」

 慌てて右手で美琴の頭を押さえる。
 が、それが美琴にとっては致命的となった。

(あ、アイツの手が! 手が、私の頭に!! な、な、撫で、撫でられて―――――?!)

「ふ、ふにゃー…」
「お、おい、御坂?!」

 ぷつん。バタッ。
 幸せの絶頂を迎えてしまった美琴の意識は呆気なく途切れて、その場に崩れ落ちた。

 これはきっと夢なのだろう。

(アイツ、喜んでくれて良かったなぁ…。やっぱり手作りにして良かった……)

 上条に背負われながら、美琴はぼんやりと考えた。

 実は当初の美琴は上条に市販の高級チョコを渡すつもりでいた。
 本当は男子にも『友チョコ』は通用するのだが、相手が上条という時点で美琴にとっては『本命』になってしまうため、恥ずかしさのあまり手作りなんて案は考えられなかったのだ。

 だが、とある後輩が何気なく言った『感謝』という言葉で、美琴は上条に手作りチョコを渡すことを決意した。
 『感謝』という形でなら素直に心を込めて作って渡せるかもしれない、そう思って。

(型チョコもトリュフもありきたりかと思って結局あれにしたけど、正解だったかしら?)

 まさか自分の一言がきっかけで愛しのお姉様と憎き類人猿がいい雰囲気になっているなど、知らぬ間に美琴のキューピッドとなってしまっていた白井黒子は全く考えていないことだろう。
 さらに言えば、まさか自分や初春がもらったトリュフが当初『アイツ用』に作られたものだったと気付くことは多分おそらくきっとないであろう。

(アイツに背負われてるなんて…夢でも幸せかも。今ならちゃんと言える気がする。)

 夢の中の美琴は、いつもよりも自分の気持ちに対して素直であった。

(わたし…アンタが好き……)

 夢の中で、美琴は上条をぎゅっと抱きしめた。

 見た目通り、御坂美琴は軽かった。
 何だか背中に柔らかい感触、耳には生温かい吐息がかかっているように思うが、己の理性を総動員させてそれらの全てを気のせいだと思い込む。

(コイツ、最近漏電とか多くないか? まさか、また一人で悩みごと抱えてるとかじゃねえだろうな?)

 美琴は苦悩を一人で抱え込む癖がある。
 後輩の白井に頼れないのはともかく、自分にくらい無遠慮で頼ってくればいいのにと上条は思う。
 ビリビリ攻撃は無遠慮のくせに、こういう重要なことに限って遠慮深いのが美琴の困った所だ。

 そんな事をつらつら考えていると。

「……、アン…好き……」

 耳元で美琴の微かな呟きが聞こえた。どうやら寝言らしい。にしても、と上条は思う。

(あん…すき……『あんちすきる』か? 警備員が出てくる夢って……。なんつー物騒な夢見てるんだ、コイツ)

 と、力なく垂れ下がっていた美琴の両手が、いきなり上条の胴に力強く回された。

(な、な、な……?!)

 慌てる上条だが、美琴が起きる気配は未だない。
 ドキっとしたのは嘘ではない。背中や耳に現在進行形で感じているものと合わさり、この不意打ち攻撃は上条の心臓に悪すぎた。
 
 それでも上条当麻が誇る鉄壁の理性は一応崩れない。崩さない。崩してはならない。崩してなるものか。
 何せ相手はまだ中学生なのだ。

(警備員にプロレス技でもかけてんのか?!)

 結局その日、どこまでも鈍感な上条が美琴の幸せな夢の内容を正しく理解することはなかった。

 その後、なかなか目覚めない美琴を背負って常盤台中学の学生寮まで送り届けようとしていた上条を巡回中の白井黒子と初春飾利らが見つけて騒ぎ始め、完全に目覚めた美琴が照れ隠しに電撃を巻き散らすのは別のお話だったりする。

 ちなみに。
 美琴は知る由もないが、騒ぎ出した白井からの逃走でボロボロになって帰宅した上条が悪戦苦闘した結果、上条が何とか最後まで死守しきった美琴からのチョコ以外は、見事に暴食シスターの餌食となってしまう。

 口周りにチョコをつけて満足げなシスターの後ろで、守りきった美琴のチョコを抱えていた上条が思わず呟いた言葉は意外にも不幸と反対の言葉だったのだが、その頃白井の質問攻めにあっていた美琴が知るはずもない。

 
 
 こうして、とある乙女のバレンタインデーは今年も幕を下ろしたのであった。


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