小ネタ でんわ
「はぁ………」
もう何度目だろうか。数えるのにも飽きるくらいの溜息をついて、私は携帯を見る。
受信フォルダをあさってみても、目的のメールは見つからない。
「はぁ………アイツ、なんで返してこないのよ」
前に迷惑メールとして処理された事があったけど、アレに関してはもう解決したはずだったのに。
つい4日前まではメールにも返事が返ってきていたし。そっけのないものではあったけど。
また何処かに行ってるのかな。私は携帯をポケットに突っ込む。
「ちぇいさー!!」
バネの緩んだ自販機に回し蹴りを決める。特に何かを飲みたかったわけじゃないけど。
ただの八つ当たり。それは分かってるけど。この行き場のない気持ちを何かで吐きだしたかった。
取りあえず出てきた缶コーヒーを取り出し、ベンチに腰掛ける。
アイツと良く出会うこの自販機前の広場も、今日はなんとなく寂しく見えた。
缶コーヒーのプルタブを開け、一口すする。
温かくほんのり甘いコーヒーは、寒くなり始めたこの季節にはちょうど良かった。
身体の方は暖かくなっても、心はそうはいかない。
何だか良く分からない虚無感に支配された私の心は、私に溜息をつかせることくらいしか出来ないらしい。
また溜息をつく。幸せが逃げるなんて言うけど、私の求める幸せは手元にはない。
「まったく、何を悩んでるのかしらね」
学園都市に7人しかいないレベル5である私が、なんの能力もないレベル0に悩まされる。
笑い話にもならない。自嘲気味に口元を歪め、もう一度缶コーヒーに口をつける。
Piririririririri!
「ぶふぅッ!?」
不意に鳴った携帯に、口に含んだコーヒーを吹き出してしまう。
口元を拭い、深呼吸をする。心臓が高鳴っているのは驚いたからだと思いたい。
ポケットにしまっていた携帯を取り出し、ディスプレイを見る。
『上条当麻』
表示されたのは紛れもなくアイツの名前だ。心臓が跳ねる。
苦しいくらい暴れまわる私の心臓はもう外まで飛び出してきそうだ。
マンガやアニメだったらハートマークがびよーんと飛び出すようなベタな表現がされているだろう。
数秒の間、携帯と睨めっこをしてから、恐る恐るコールボタンを押して携帯を耳にあてる。
「ア、アンタ、今まで何やってたのよ!し、し、心配、心配したんだから……」
『ふっふーん。美琴ちゃん、上条くん相手だとそんな声出すのね―』
おかしい。聞こえてくる声は母親のそれに似ている。というか、母親の声だ。
思わず携帯を耳から離し、表示されている着信相手の名前を確認し直してみる。
何度見ても『上条当麻』と表示されている。
幻聴かな……疲れてんのかしら。最近スケジュール、ハードだったもの。
『あれー、美琴ちゃん?どうしたのー?』
私は親指で電源ボタンを押して通話を切る。電話そのものをなかった事のように携帯をポケットにしまう。
帰ってすぐに寝よう。きっと疲れてるんだ。私は言い聞かせるかのようにベンチから立ち上がった。
Piririririririri!
もう一度携帯が鳴った。表示された名前はやはり『上条当麻』だった。
私は全てを吐きだすべく大きな溜息をつき、携帯のコールボタンを押した。
『あぁもう、美琴ちゃん。怒らないでー!』
「うっさい!なんでアイツの電話からアンタの声がすんのよっ!」
私は携帯に向かって叫ぶ。電話の向こうでは耳を押さえた母親がいるだろう。
『イタズラドッキリ作戦だったんだけど………そこまで怒るとは思わなかったわ』
「で、アイツはそこにいんのかしら?」
『はいはい。愛しの上条くんに代わればいいんでしょー』
電話の向こうでなにやら話しているらしいボソボソと聞こえる。
全く、アイツを気にしていた私が馬鹿だったらしい。
こっちは心配していたというのに、よりにもよって母親とよろしくやってくれるとは。
『あー、御坂?わりぃな、性質の悪いイタズラなんか仕掛けちまって』
『性質の悪いって何だー!』
電話の向こうで母親が吠えているところをみると、アイツは無理矢理に手伝わされたのだろう。
そもそも、アイツはそんなイタズラなんかするような性格じゃないもの。
かといって、はいそうですかと許すつもりもない。せっかくだから、精一杯利用してやろう。
「私は、アンタの事をすっっっっっごい心配してたんだけど?」
『それについては、すいませんとしか言えません』
「メールも返してくれないし」
『上条さんは大変反省しております』
ここまで来ればもうこっちのものだ。
口元が緩んで笑いそうになるが、ここは我慢だ。あと一押し、何か遊びに行く約束でも取り付ければ完成だ。
あ、あくまで償いとしての約束で、別にデートなんてつもりは………ないと思う。
ううん。そんなんじゃ何も進まない。あの鈍感馬鹿に気付かせるためにも、はっきりと言ってやる。
「そうね、反省してんなら、明日一日デートに付き合いなさい」
『でででででで、でーとですか!?』
『おー、やるわね、美琴ちゃん』
ニヤニヤと嬉しそうな母親に後々からかわれることになるかもしれない。
でも、今は、このチャンスに賭けてみたい。
「………アンタは、嫌、だった?」
『いいいいいいいいや、い嫌なワケなんですよ?むしろ光栄でございますけどーっ!?』
『んー、これは後でしっかりとお話を聞かないとねー』
ドキドキと高鳴る心臓は勝手に暴れまわり、顔に血が集まるのを感じる。
身体が小刻みに震えている気もする。寒さのせいだ、私はそう思う事にした。
『……御坂さん?俺でよければ、喜んでお付き合いしますけども?』
「………じゃぁ、決まりね。明日、デートだから」
『お、おう』
頭も身体もどうにかなりそうだった。
今まで以上に頬が熱くなる。息も苦しいくらいに心臓が高鳴っている。
さっきまで虚無感に支配されていた私の心が一気に暖かになる。
『ふっふーん。こりゃ、孫の顔も早く見れるかな―』
『なっ、何言ってんですか?アンタ、母親だろ!?』
電話の向こうで慌てふためくアイツ。どんな顔をしているかは見えないが、面白いように困っているだろう。
『御坂もなんか言ってやってくれ!』
慌てふためきつつ、アイツはこちらに助けを求めてくる。
素直に助けてあげてもいいけど、それじゃ面白くない。
深呼吸を1つして、意を決して、電話に向かって言ってやった。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
おわり。