ぬくもりの正体3



何かの夢を見ていたゼシカは、半覚醒の状態で
息苦しい、と思った。

どうせまたきっとククが谷間で寝ていて苦しいのだ、やれやれ、
とぼんやりした頭で思う。

でも…暖かい…。離れたくないな…。
ちょっとずれてくれないかな。

ゼシカは身じろぎしようとしたが、うまく動けない。

「…うん……クク……重いよ…」
「…ああ…わり…」

眠そうな男の声がして、少し軽くなった。

ゼシカは胸の谷間に眠るククが転がり落ちないよう、
いつもの様に抱えたまま横向きに寝返りを打とうとした。
しかしその前に、逆にゼシカの背中に腕が回されて、
勝手にくるりと体が横向きになった。
ゼシカの背中を大きな手のひらが、なでなで、と
ゆっくり行ったり来たりしている。

……あれ?猫なのは私だったっけ…?

ゼシカは寝ぼけた頭で思う。

うっすらと目を開けると、ククールの頭のてっぺんが目に入る。
無理矢理、谷間に顔を突っ込んでいるせいで、自分の胸が
不自然に盛り上がっているのを見たゼシカは、
あ、やっぱり私、猫じゃないや…と思う。

広い肩が深い寝息に合わせてゆっくりと上下している。

よく寝てる…。
幸福な気持ちでゼシカは、銀色の艶やかな毛に鼻先を埋めると、
ゆっくりと嗅いだ。
いつもの匂い。自分と同じ石けんの匂い。

両腕でその頭をゆったりと抱えて、銀色の髪にちゅ、とキスすると、
ゼシカはまた眠りに引き寄せられた。

気持ちいい…もうちょっと眠れそう…。
ぬくもりに包まれた安心感にとろけそうだ。
ん…ちょっと、クク…動かないでよ…。起きちゃったの…?
もうちょっと寝ててよ…そこで寝ててもいいから…。
え…?なに?何か言った…?
無理…眠いの…後にして…。

ゼシカは瞳を閉じたまま、眉をひそめる。

胸の谷間の顔が、スリスリと左右に動きはじめたせいで、
落ち着かない。

いつものザラリとした舌が、今日は滑らかに肌を滑る。
背中を往復していた手のひらが、いつの間にかおしりを撫でている。
足まで絡められて……足?足って?

フッ、と息を吹き掛けられる。
やがて胸に掛かった手の感覚で、さすがにゼシカの中で
なにかがおかしい、と閃く。

ゼシカは恐る恐る、ゆっくりと、しっかりと、目を開けた。

見開いたゼシカの目に映ったものは、
ほどけた黒いリボンと、
腕だけに残った自分のパジャマと、
その腕に抱かれてご満悦なククール、その人だった。

「ええぇっっ!!!!ク…!ククールッ?!」
「おはよう、ハニー。やっとお目覚めだな、オレのお姫さまは」

ククールはカーテンの隙間から射し込む光にほどけた長い髪を反射させながら、
ニッコリと笑った。

ゼシカは、二、三度瞬きをして、さらに手の甲で目を擦ったが、
何度見ても同じ映像が結ばれる。

「なっ…なんで?!どうして?!どうしてククールがここにいるの?!」

ゼシカはガバッと起き上がった。
ヒュウ、と口笛を吹いてククールの視線が何かに向けられたが、
興奮しているゼシカはそれどころではない。

ククールは横になったまま肘をついてゼシカを見上げる。

「…どうしてだと思う?」
「ふざけないで!!いつ来たのよ!今までどこに居たのよ!!」
「…説明が難しいな。んー、後で話すよ」
「後でって!!わ、私がどんな思いであんたを待ってたか…!」

ゼシカは感情を昂ぶらせてぶるぶると震えている。

「…知ってるさ。ゼシカがどんなにオレを恋しがって泣いてくれてたか」
「!だ、誰が!!あんたなんか!ちっとも…」
「嘘はイケないな、ハニー?毎晩オレを抱き締めて泣いてたじゃないか。
いつも優しく慰めたオレを忘れた訳じゃないだろ?」

ククールは口元にニヤニヤと笑みを浮かべているが、
その瞳は愛しげにゼシカに向けられていた。

「誰のせいよ!誰の!!………は?……今何て…?」
「毎晩抱き合って眠って、そうそう、毎晩一緒に風呂にも入ってさ」

ゼシカはこれ以上は無いくらいに鳶色の瞳を見開く。

「………ま……まさか…。…嘘でしょ…?!そうだ、ククは?!
ククはどこ?!クク!ククー?!」

ゼシカはワナワナと震えながら周りを見回す。

嘘だ、嘘っぱちよ!そんなはずないわ!
やめてよ、誰か嘘だって言ってー!!!
今のゼシカには間違いなく、天使の鈴が必要だった。

ゼシカの慌てぶりを観察していたククールは、
サッと起き上がり、ゼシカの肩に右腕を回して捕らえ、
左手をゼシカのアゴに掛けて上を向かせ、

「ニャーン」

と、ひとこと言ってニヤリと笑った。
ゼシカは硬直してククールの顔を見つめる。

吐息がかかるほど近くから碧い碧い瞳に見つめられて、
思考が停止する。

「冷たいな、ハニー。ゼシカお嬢さんの恋人は、銀髪に青い瞳。
熱々で見ていられないらしいぜ?」
「!!!」

そう言ってククールはゼシカの唇に、ゆっくりと、
確かめるように、何度も何度もキスをした。

回らなくて、いや、ぐるぐると回りすぎて全く機能しないゼシカの思考は、
とりあえずククールにまた逢えたという事実にだけは行き着いた。

最後に酸素が足りなくなるような深くて長いキスのあと、
茫然とするゼシカにククールは、

「…見下ろすのもなかなか。目の高さが違うとまたいいね」

と言った。

意味が分からないままゼシカはククールの視線を追った。

「…キャァァァァァーー!!!!!バカバカバカククールのエッチィィィ!!!」

ゼシカは真っ赤になって両腕で胸を隠し、慌てて毛布を引き寄せる。

「…今さら何言ってんの、ゼシカ。悪いけどオレは散々…」
「やめてッ!!言わないで!!」

パニック状態のゼシカは自分の部屋の中であることも忘れ、思わず片手を振り上げる。

一瞬で気圧が変わったのを感じたククールは、
マジ?!イオナズン?!そこまでする?!うわ、間に合わねー!!
と咄嗟にゼシカの唇を唇で塞ぐ。

詠唱を止められた途端に空気が緩み、じたばたと続いたゼシカの抵抗もやがて緩んだ。

タッチの差で「猫じゃなかったら黒コゲよ」を回避したククールは、
ゼシカの唇の柔らかさを味わいながら、メラゾーマの方が詠唱が短い…危機一髪だった、
と真剣に考えていたが、ゼシカとの間に挟まれていた毛布がパサリと
落ちたことに気が付いた。

いつの間にかゼシカの両手はククールの背中にまわり、
柔らかな毛並みではなく、筋肉の張った、しかし滑らかな背中を、つ、となぞった。

…ククールが、ここに居る。

ゆっくりと唇が離れるとき、ククールはまるでククのように、
ペロリとゼシカの唇を舐めた。

ゼシカはもぅ、とため息混じりに言った。

「ちゃんと説明してよ…何が何だか分からないわ」
「そうだよな。ところでお前、今日仕事は?」

ゼシカはもう一度大きくため息をついて、そっぽを向いた。

「もう、今日は休むわ…仕事どころじゃないもの」
「そうか…じゃ、時間はあるんだよな?ゼシカ」

呆れるほど綺麗な笑顔で、上品に微笑むククールを見て、
ゼシカの心に一抹の不安が過る。

何しろこの男は、自分に
「…仕方ないわね」
と言わせる天才、なのだから。




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最終更新:2009年09月12日 02:55
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