「……お前、雛鳥の物真似はもういいって」
「シン。ケーキちょうだい!」
こなたはトイレ? から戻ってきた後、ずっとこんな調子だった。
「自分でフォーク取って食え」
シンは無視してケーキを口に運ぼうとする。しかし……
「私、頑張ったのにな……。慣れないケーキ作り、頑張ったのにな……」
およよ。と座り込むなた。周りには桜吹雪が舞い、こなたにはどこからともなく、スポットライトの光が浴びせられた。
その光景は、なんというかとても当て付けがましいものだった。
(こいつ。アプローチの仕方を変えてきやがった……)
仕返しのつもりかは知らないが、『こうなったらシンで遊べるだけ遊んでやろう』
という趣旨が明らかに態度として表れている。
「分かった! 分かったよ! ほら!」
こなたの趣旨を理解しながらも、シンは先ほどの一件で多少、もといかなり負い目を感じていたので、
結局シンはぶっきらぼうにケーキをこなたに差し出した。
「これでいいんだろ! さっさと食えよ」
しかし、こなたはその様子が気に入らないみたいで「え~」と言いながら眉をひそめた。
「あ~ん、は?」
「言わん!」
すると、こなたはまた、およよ、と崩れる。
「嫌なの?……私、頑張ったのにな……慣れない――」
何度も言うが、この態度はとても当て付けがましい。
シンは呆れた、疲れた、そして諦めた。
「分かったよ……。はい、あ~ん」
差し出された一口大のケーキをパクッと食べるこなた。
「うん、甘くて美味しい♪」
「満足か。良かったな……」
今度こそ、気を取り直してケーキを食べようと思ったが、その口に、またこなたからケーキが突き出される。
「はい、あ~ん♪」
「いや、だから俺はもういいから……」
「嫌なの?……私、頑張っ――」
「分かった! 分かったから、わざわざそういう態度を取るのは止めろ!」
シンはいい加減にしろ、と思ったが。反発してもこなたの性格からしてなおさら面白がって、しつこくなるだけだろう、
ならとことん付き合ってやって、早めに飽きさせよう。そういう考えに至った。
「はい、ご主人様♪ あ~ん」
シンはこなたからのケーキを頬張ると満面の笑みを浮かべた。
「うむ、美味いぞこなたよ。お前もやれば出来るんだから。これからも頑張ってみなさい」
ご主人様っぽく言ってみる。
「っぷ!」
こなたは吹いた。そして顔は“うっわ~。こいつ何やってるの?”みたいな表情を浮かべている。
「シン、あんた何やってんのさ?」
訂正。表情だけではなくしっかりと口に出した。
シンは顔から火がでるほどの恥ずかしさを感じた。
(こ、こいつ。人が負い目を感じて大人しくしてるからってつけあがりやがって……)
シンは内心腹を立てながらも、めげずに演技を続ける。
しかし、シンとて尊厳を傷つけられて何もしないという性格でもない。
「ご主人様に誉められてこなた嬉しい♪ もう一口いかがですか?」
こなたは益々楽しくなったみたいで、ノリノリである。というか、鳥肌が立つので猫なで声は止めて欲しかった。
「……ああ、いただこうかな」
そして、また食べさせてもらう。
「ご主人様、こなたの作ったケーキ美味しい?」
と、ここでシンは百万ドルの笑顔で仕返しを敢行した。
「ああ、美味いぞ。ホントにお前は料理“だけ”は成長したな」
続いて、シンは声のトーンを下げて、
「……横は努力しても成長しないのにな」
『粉砕! 玉砕! 大喝采ー! 滅びのバーストストリーム!』
猛々しい声と共に、どこからともなく現れた銀の竜が、熱光線でこなたの心を貫いた。(特別ゲスト。社長兼決闘士さん)
実はこのこなた。最近何か思う所でもあったのか、
牛乳を沢山飲んだり、
みゆきの生活を観察したり、そういう体操を続けてみたりと健気に努力をしている。もちろん、
シンはその事を知っていた。その上でこのような暴挙に……この男に情けというのは無いのだろうか?
「だ、誰のためにやってると思って――」
口をクワッ! と開いて、文句を言いかけるこなた。しかし、彼女はこれで金を貰ってるプロ。すぐに顔を営業用に戻す。
「も、もう! ご主人様ったら冗談ばっかり♪ はい、もう一口あ~ん」
「あ~ん♪」
シンは勝ち誇った笑顔でパクリと頬張る。なぜか、さっきよりケーキがおいしく感じた。
しかし、その幸せも長くは続かなかった。
このこなたとて、自尊心を傷つけられて何もしないという性格ではないからである。
「やだ、ご主人様たら! こなたの指まで食べそうな勢いでかぶりついて♪」
次の瞬間、こなたは意地悪な笑顔を浮かべながら、
「……そんなにがっつく性格だから最後“ロール順が”変えられたじゃないの……」
どこからともなく、
『やめてよね! 僕が本気を出したらシンが僕に(主人公的な意味で)かなうわけないだろ!』
という声が響いたと同時に、ハイマットフルバーストがシンの心を直撃した。
(特別ゲスト。最強のコーディネイターさん)
言わずもがな、シン最強のトラウマ“4クール目の悲劇”はあまりにも有名……この女に慈悲という概念は無いのだろうか?
「………」
「………」
長い沈黙が台所に充満する。その後、
「「……あははははははははは! あHAHHAHAHAHAHAHAHAHA!」」
笑顔が重なる。ちなみに、二人とも顔は笑っているが、目は笑っていない。
何を間違ったらお互いに好意をもつ男女がここまでぶっこわれるのであろうか。
その答えは、現代人とされるホモ・サピエンスが誕生して4万年前が経とうとしている今も解明されていない。
興味のある方は、卒論のテーマにでもしてみてはいかがだろうか。
「どんどん食べて下さいね“当て馬”ご主人様! はい! あ~ん♪」
「ああ、貰おうかな。“生涯チンチクリン”メイド! あ~ん♪」
半分ヤケになったこなたは、ケーキを乗せたフォークをシンに差し出し、
半分ヤケになったシンは口を素直に開ける。するとその時……、
ドサッ。
何かが床に落ちる音が台所に響いた。
二人は首だけ動かして、音の方を見る。いつの間にか……本当に気付かない内に、
「……」
顔面蒼白の
ゆたかが、台所の入り口で立っていた。ちなみに、その下には学校指定の鞄が落ちている。
「……ゆ、ゆたか?」
「……ゆ、ゆーちゃん?」
さすがのこなたも口を開けて呆然としている。シンも似たようなものだ。
「ゆたか! これは誤解なんだ!」
「そ、そうなんだよゆーちゃん! 話すと長くなるから、とりあえず落ち着いてお姉ちゃんの話を聞いてほしいな~」
堰を切ったように、早口で喋る二人。
「いいいんだよ二人がそういう関係だったのは驚いたけど予想はしてたし気にしないで
あははそういうの“メイドプレイ”っていうんだよねふたりで語尾に♪なんか付けちゃったりして
仲いいなでも始めて見たから驚いたなっていうか邪魔してごめんなさい! ごゆっくりぃ! うわぁぁぁあん!」
ゆたかは二人に負けないぐらいの早口で喋り終わると。床の鞄を拾い上げ、泣きながら階段を上っていった。
「ゆたか!」
「ゆ、ゆーちゃん! そんな“メイドプレイ”なんて単語どこで覚えたのさ!」