1-778

 たまには田村ひよりを思い出してあげて下さい……。


「はぁ……」
 とある会場。大量の同人誌が積み重ねられた長テーブル。
 そのパイプ椅子に腰掛けながら、田村ひよりは、頭を抱えながら深いため息を吐いた。
 彼女を追い詰めるものはこの世にただ一つしかない。
(締め切りが……締め切りが……)
 シン×キラ本の制作期限が近づいている。
 と言っても構想はほとんど出来上がっているし、後はもう仕上げだけと言っても差し支えない段階なのだが、
(どうしよう……シン・アスカがどうしても上手く書けない。あと一歩なんだけど……)
 キラの方は今まで散々題材に使ってきたので問題ないが、彼女にとってシンは始めての試みだった。
 正直、こんな他のサークルの売り子なんてしてる場合ではないのだが、お世話になっている方の頼みだったため断れなかった。
(はぁ、体調が悪いって言って抜け出そうかな……)
 そんな事を考えていた時、ひよりに一人の男が話しかけた。
「すいません」
「はい?」
 顔を上げると、そこには一人の少年がいた。
「!」
 こよりは、まるで雷の直撃を受けたような衝撃を受けた。
「すいません。サークル“キボンヌ”はここでいいんですよね?」
 一言で言えばその少年はシン・アスカそのものだった。外見、口調、仕草。完璧な『そっくりさん』である。
(こ、この人に私のコレクションである赤服を着せて、本の体勢を取らせてそれを参考にすれば!) 
 自分の作品は完璧になる。そう思ったら、ひよりの体は勝手に動いていた。


 シンはこなたの頼みで、いつものごとく買出し要員として、この会場にやってきていた。
 会場の地図を片手に色んな苦労を体験し、数十のサークルで本を買い回り、やっと最後の一軒にきた時、
「私の救世主ぅぅぅぅぅ!」
「うわ!」
 本の事を尋ねた売り子が、急に抱きついてきた。
 シンはコーディネイターの身体能力を総動員して、両手に抱えた本が落ちないように踏ん張った。
 こなたには「折り目を付けるな! 傷を付けるな! 集合時間を忘れるな!」と散々言われたからである。
「協力してください!」
 少女は、いきなり半泣きで協力してくださいときた。
「な、何だよあんた! 俺はここのサークルに新刊を買いに来ただけで――」
「差し上げます! タダで全部差し上げます! でも売り切れてるから原本あげます! だから協力して!」
 うしろで「ちょっと!」という他サークル員達の声が上がった。
 しかし、シンはこの少女のとある言葉で頭が一杯だったので聞こえなかった。
(タダか……)
 実は、シンの財布の中身は常に寂しい。
 バイトはしてるが、そのバイト代の大部分は、自発的に泉家に納めている。居候は色々大変なのである。
(お金は払わなくても本は手に入る。つまり、お金は余る。そして、それは俺は新しいディスティニーのプラモが買える)
 結論。誰一人悲しむ事はなく、皆ハッピー。
「分かりました。俺は何をすればいいんですか? 売り子ですか?」
「脱いで!」
「…………は?」
 シンは固まった。
(今、脱いで。と言ったか? いやいやいやこんな可愛い女の子がいきなりそんな事いうわけないじゃないか、
 エロゲーじゃあるまいし。聞き間違いだよな。まいったな、自分で思ってる以上にこなたに毒されてるんだな、あっはっは)
「すいません。よく聞き取れなかったのでもう一度言っていただけませんか?」
 シンは爽やかな笑顔で言った。
「とりあえずそこの小部屋入りましょ! 大丈夫! すぐ終わる……ように努力するから!」
 少女は凄みのある笑顔で言った。
 震える拳。血走った目。荒い呼吸。その少女の全てから、その言葉がマジである事がヒシヒシと伝わってくる。
「さ、さよなら!」
 気がついたらシンはその場から駆け出していた。
 その後、
 無理に全力疾走したのがいけなかったのだろう。
 いくつかの本に折り目や傷が入ってしまっていたため、シンはこなたにメチャクチャ怒られた。


 翌日、シンが通いなれてきた通学路を通って校門をくぐると。突然の誰かがぶつかってきた。。
 何とか踏ん張れたため倒れはしなかったが、一言文句を言ってやろうと思って、ぶつかってきた人物を確認する。
「おい危ないだろ……て、げぇ、あんたは!」
「私! 奇跡を信じますぅぅぅ!」
 昨日の売り子が、こなた達と同じ制服を着てシンに抱きついていた。
 昨日の出来事が頭をよぎる。正直、あまりシンはお近づきになりたくないタイプの女性だった。
 イタイ知り合いはこなた一人で十分である。
「は、放してくれ! って何で泣いてるんだあんたー!?」
「お願い! 私を見捨てないで! ギリギリなのよ! 協力してぇぇ!」
「冗談じゃない、お断りだ!」

「おねがいしまずぅ。私、何でもしますから!」
「な、泣いたってダメだ! しつこいぞ」
 シンは引き剥がそうとするが、少女は信じられない力でこちらを締め付けてくるため、中々難しい。
 だからといって、本気で引き剥がすと勢い余ってこの少女が怪我をする可能性もある。
 さじ加減が難しかった。
「そんなぁ! 最初はあんなに優しく微笑んでくれたじゃないですか! あなたに見捨てられたら私、終わりなんですぅ!」
「知るか! 俺には関係ない!」
「落としたくないんです! 作っちゃったからには責任持って社会に送り出したいんです!」
「ああ! もう!」
 いいかげん本気で引き剥がそうか、なんて考えていると、
「シン……」
 登校してきたところなのだろう。親友の白石みのるが声を掛けてきた。
「あ、白石。ちょうどよかった。この子を引き剥がすのを手伝って――」
 次の瞬間、
「見よ! 東方は赤く萌えているパーンチ!」
「ぐは」
 白石は本気でシンを殴った。コーディネイターであるシンはナチュラルである白石のパンチなど普通は避けられるのだが。
 下半身に少女がしがみついていたため避けられなかった。
「な、何するんだよ白石!」
「見損なったぞシン! 親友のお前がそんな男だったとはな!」
「は?」
「彼女……『おろしたくない』って泣いてるじゃないか! それを、俺には関係無いだと! よくもそんな事が言えるな!」
 白石が少女を指差しながら叫ぶ。
 白石に殴られた衝撃でシンから離れた少女は、多数の女生徒に囲まれていた。
「あなた、大丈夫」
「気をしっかりもってね」
「こんな無責任な男、別れて正解よ」
「うえーん。よく分からないけどありがとうございばずぅ」
 少女は女学生の一人からハンカチを受け取ると、
 チーンとかんだ。
「さ、保健室行きましょ」
「でも私、このそっくりさんに用が……」
「いいの! いいのよ!」

「そうよ! こんな顔が良いだけの男にあなたはもったいないわ!」
「今の世の中、女手一つで立派に子供を育ててるお母さんは一杯いるわ!」
「さっ、これ以上この男の前にいたら、おなかの赤ちゃんにも良くないわ、行きましょ」
「え、ええ!」
 少女は女学生達に両脇を固められて共に校内へ入っていく。
 彼女達が二メートルぐらい歩いた頃、
 集まっていた女生徒達は一斉に鋭い視線をこちらに向け、そして口を揃えてこう言った。
「「「サイッテー!」」」
「え、ちょっと……」 
 シンは冷静に分析してみる。歩いていた自分。泣きながら飛びついてきた少女。会話の内容。そして自分の行為。
 結論。自分は結構やばい風に見られている。
「ちょっと待て! それは誤解だ!」
 去っていく女性達を追いかけようとした時、
「シ~ン~」
 ドス黒い感情がこもった声がシンの歩みを止めた。
 ゆっくり振り返ると、そこには、
「うわ!」
 目を血走らせた、大量の男子生徒がゆっくりこちらに歩いてきていた。
「貴様はここにいる男子全てを怒らせた!」
「幼女に超幼女!」
「ツンデレと家庭的少女!」
「ボーイッシュ!」
「完璧超人眼鏡っ子だけでは満足できんというのか貴様は!」
「待て! 俺の話を聞け!」
「「「「問答無用!」」」」
 今日の教訓。いくらコーディネーターでも、ナチュラル数十人の暴行の嵐からは逃れられない。


 市内のとある病院。
 そこには、包帯でぐるぐる巻きにされたシンと、その隣でパイプ椅子に座るこなたがいた。
「ねぇシン。なんか後輩を弄ぶだけ弄んで捨てて。
 さらに復縁を迫ったその子に、冷たい言葉を投げかけた挙句に、
 冷徹に嘲笑いながら蹴りとばしたって本当?」
「俺は無実だ! って痛たたた!」
 全身打撲しているのにもかかわらず、身を乗り出したシンは体を抑えながらベッドに体を預けた。

 常人なら百回死んでもおかしくないような暴行の嵐を受けながら全治一週間とはさすがコーディネイターといった所である。
「だろうね。シンがそんなにやり手だったら、みんな苦労しないしね~」
 こなたはふぅ、っとため息を吐きながら、背もたれに深く体を預けた。
「そうそう、皆で協力して誤解は解いといたよ。後でおみまいに来てくれるらしいからその時、お礼言いなよ」
「ああ、感謝してる」
「でもさ。主人公が大怪我。エロゲーだったらこの後の展開は」
 ガラッ、
 こなたが言い終わる前に病室の扉が開いた。
 この部屋は一人部屋なので、間違いなくシン関係の人物である。
「あの、失礼します」
 そして、やっぱりシン関係の人物だった。
「ひい、あんたは!」
 シンは体ごと後ずさった。
「田村ひよりっていいます。わたしのせいでこんな事になって……すいませんでした!」
 深々と頭を下げるひよりに対し、こなたは手を上下にヒラヒラと振った。
「ああ、大丈夫だよひよりん。シンは頑丈さだけが取り柄だからね~」

「おまえ、あの子を知ってるのか!」
「知ってるよ~。趣味が一緒……じゃなくて限りなく近く、限りなく遠いんだよ~」
「こうなった以上、私が責任もって看病します!」
 いや、止めてください。と言おうとしたシンだったが、その前にこなたに遮られた、
「ほうほう~。そういえばシン。さっきトイレに行きたいとか言ってなかった?」
「言ってねぇ!」
「と、ここに取り出したるはSI☆BI☆N」
「あ、私がやります! いえ! やらせてください!」
 やる気満々でガラスの物体を受け取る女子高校生。
「は?」
 唖然とするコーディネイター。
「あはっ♪ はい、どうぞ」
 嬉々としてガラスの物体を渡す幼女。
「おい、こなた!」
「では……行きます」
 ジリジリと近寄ってくるひより。
 シンは全身打撲のため何も抵抗ができない。
「や、やめろ! っていうかあんた何冷静にやろうとしてるんだよ!」
「大丈夫です。私(絵で)見慣れてますから!」
「や、止めてくれぇぇぇぇぇぇえ!」
 市内のとある病院の一室にシンの叫びが響き渡った。
(フラグフラグ~~♪)
 そんな中、こなたは一人だけ楽しそうだった。

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最終更新:2007年12月02日 10:23
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