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「……」
 保健室から帰ってきたのだろう。そこには、不機嫌オーラを体から溢れさせている泉こなたその人がいた。
「いくらなんでも可哀想だから、なんとかしてあげようと思ってさ。良い情報を持ってきたけど……やめた」
 こなたはきびすを返す。
「ま、まてこなた! 俺を助けてくれるなら助けてくれ! いや、とにかく今は一人でも味方が欲し――」
「ふん! 素手でデスタムーアとでも戦ってろ!」
 こなたは足だけ止めてそう吐き捨てると、そのまま教室を出て行った。
 シンは諦めた。あの様子では謝ろうが何しようが、当分口もきいてくれないだろう。
 というか、そもそも白石にがっちりとしがみ付かれているため、追い駆けるに追い駆けられない。
「もう離せ、白石……」
 シンは力無く言った。
「何言ってるんだシン。まだ話は終わってないぞ!」
 白石はさらに続ける。
「いいか、それで高良に××して、○○○なんかしてもらってみろよ。たまらんだろ♪」
「○○○で××だと……」
 朝から精神をすり減らしてきたシンである。
 そのシンの脳が、せめて想像の中だけでも幸せに浸ろうとするのを誰が止められるのだろう。

『ご主人様♪』

 妄想を表現するまでもない。
 ビューティフォーでワンダフォーで、完璧だよウォルター。
「そうだな。そうだろう」
 シンは今度もなにやら満たされた表情で頷いた。
「だろ」
 シンと白石。
 二人の目はキラキラと輝き、背景は虹色に染まり、辺りには不思議なお花畑が広がった。
「…………いいなぁ」
「このやろう。顔がニヤけてるぞ」
「そ、そうか?」
 シンが男の醜い部分を表しつつ、ある意味純粋な微笑みを浮かべた、その時――
「!!!!」
 軍人の直感というか、エースの閃きというか、キュピーンというか、そこっ! って感じで、またまた背後から不自然なオーラを感じた。
 シンはその感覚にしたがって、素早く振り返る。
 そこには、
「た、高良!?」
 顔を真っ青にして体を小さく震わせている高良みゆきがいた。
「シンさんが。私のメイド服姿を想像して、卑猥な妄想をして、あんな満たされたような顔を……」
 みゆきは、後ずさりながら首を振っている。
 その様子はまるで目の前の真実を受け入れながらも、否定しているようで、やっぱり受け入れていた。
「いや、高良ちがうんだ――」
 何が違うのか。シンは違っていない気がしたが、けど、とにかく違うのだ。
「うそつき……」
「え……」
「やっぱりシンさんはメイド教狂信者(きょうきょうしんじゃ)の変態鬼畜童貞坊(へんたいきちくどうていぼう)やな馬鹿野郎だったんですねぇぇえ!」
 みゆきはそう言い放つと、瞳から涙を溢れさせながら、優れた身体能力をフル活用して教室を飛び出した。
「違う! 待ってくれ高良! っていうか後半部の物言いがちょっと酷くないかぁぁぁ!?」
 続けて、シンも今度こそ白石を振りほどき、急いで教室から飛び出す。
 しかし、みゆきはすぐに廊下の隅に消えた。
 シンは、みゆきが消えていった方向に手を伸ばしたまま固まる。
 キーンコーンカーンコーン。
 その時、何かを引き裂くように学校のチャイムがこだました。
「お、予鈴だ。じゃあなシン。悪いけど、これから俺学校休んで仕事なんだ。また語り合おうぜ」
 そして、そのまま白石も教室を後にした。
 後に残されたシンはまたまたがっくりと肩を落とした。
 周りから“ケダモノ”“人でなし”“スケベ大魔王”
 いや、髪が赤いのも黄色いのも青いのも全てを超越して“スケベ大魔神”ね。なんというヒソヒソと言う声が聞こえてくる。
「俺は……俺はあんなムッツリ狩人でもなければ幼馴染萌えの二刀流剣士でもないし、女嫌いでもないんだぁぁぁぁぁ!」
 シンは絶叫したあと、床に崩れ落ちた。
 今の叫びで、全ての力を使い果たしてしまったようだ。
「……あんなに一緒だったのに。言葉一つ通らない……」
 虚しい歌声が、シンの口からこぼれる。
 辺りは真っ暗闇。全てが自分との間に大きな溝があるように見える。
 その時。
「とことん変態ねあんた……」
 一人の少女がシンの前に現れた。
 左右に分かれたツインテール。端正な顔立ち。どこまでも真っ直ぐを見つめる瞳を内包した釣り目。
 柊かがみその人は、腕を組み、強気な姿勢でシンを見下ろしていた。
「か、かがみ……」
「……これ、以前から頼まれてたプリント」
 かがみは委員会関係のプリントの束を突き出すように差し出す。
 そしてシンがそれを黙って受け取ると、
「じゃ」
 と言って、かがみはすぐに教室を出て行こうとした。
「ま、待ってくれかがみ!」
 追いかけた。理由は分からないが追いかけた。
 いや、一途の望みをかけたのだ。もしかしたら、彼女は噂など気にせず今まで通りの微笑みを――、
「なによご主人様」
 シンはガクッとコケそうになる。しかし、なんとか堪えた。ここが踏ん張りどころである。
「ご、誤解だ! 誤解なんだよかがみ!」
「誤解?」
 かがみは眉をひそめた。そして、冷たい目線をシンに容赦なく浴びせる。
「うう……」
 シンは怯んだ。しかし、ここで引けば全てが終わる。それだけは避けたかった。
「そう! 誤解なんだ!」
「……いいのよ。人の趣味なんて千差万別だし」
「半眼棒読みで言ってるお前からは何の説得力も感じられないぞ!」
「と・に・か・く、ついて来ないで! 寄らないで!」
 かがみはさげずむようにシンを一瞥して、出口に歩いていった。
 寄らないで!
 寄らないで! 
 寄らないで!×5の二乗。
 シンの心の中で、高音質なエコーとして響き渡る。
「ああ――終わった……。俺の学園生活」
 膝を付き。
 腰が崩れ、
 両手が床に落ちて、頭は力無くうなだれ。
「うぅううぅぅぅぅう……」
 そして、幽霊のように啜り泣く。 
 それが聞こえたのか、かがみは足を止めた。
「おおげさねぇ……」
「だって、誰も信じてくれない……。誤解なのに……。あのつかさですら、話しかけたらなんかよそよそしいし……」
 シンの体全体に影がかかる。小さく体が震えてもいる。
 その姿があまりに哀れに思えたのだろう。かがみは少し迷うように唸り、
「……分かった、分かったわよ。話を聞いてあげるから詳しく話しなさいよ」
 と、崩れ落ちたシンに対し、かがんで視線を合わせた。
 シンはガバッっと顔を上げ、
「か、かがみ。お前……」
「か、勘違いしないでよね! このままじゃつかさまで、こなたみたいな変なバイトを始めそうな勢いだから仕方なく聞いてあげるんだからね!」
 かがみは顔を赤くして、取り繕うように言った。
 シンの瞳から、一粒の雫が零れ落ちる。
「お前、良い奴だな……。分かってたけど良い奴だな……」
 シンはあふれ出る想いを制御できずに、
「かがみぃ!」
 かがみに泣きながら抱きついた。というか胸に飛び込んだ。

 チャ~チャラチャッチャッチャ~♪『シンは顔パルマを覚えた!』

「うおい! 抱きつくな! って、きゃああああああああああ!」
 教室内に小気味良い音が響いたりした。

 ○

「で、なんでこんな話になってるわけ?」
「それは……」
 シンは左頬に紅葉を浮かべ、かがみの前でチョコンと正座していた。
 全て話すことにした。こなたとのメイドゴッコも含めて全部。
 かがみなら分かってくれる。だから話す。
 いくら、乱暴だなんだと周りから言われていても、かがみのその優しさは本物だから。
「実は昨日――」
「ハロ~。シン、いますカ~?」
 その時、一人の女生徒が教室の入り口からヒョコっと顔を覗かせた。
 目を見張る薄い栗色のショートヘア。くりくりっとした青色の瞳。
 みゆきには劣るものの、男を魅了するには十分すぎるナイスバディ。
 こなたの一番弟子。米国から産地直送の最強の腐女子兼、交換留学生パトリシア・マーティンだ。
「あ、シン。いまシタ~♪」
 パティは教室内をひとしきり見渡してシンを発見するとパァっと輝くような笑顔を浮かべ、軽い足取りでシンに近づいてきた。
 同時に、クラス内の人間は全員目をまん丸にした。
 パティの服装が、非常に浮き世離れしたものだったからだ。
「シン~♪」
 パティはシンの右腕に抱きつくと彼を立ち上がらせた。
 シンもクラスの大部分の人間と同じく、目をまん丸にさせた。
「パ、パティ! お前なんて格好をしてるんだ!?」
「シンを喜ばせようと思いまシタ♪」
 パティはシンにとって非常に見覚えのある格好をしていた。
 禁則事項デス♪ でおなじみ、バイトの制服と言っても過言ではない朝比奈み○る(メイドVer)である。
「聞きまシタよ~。シンはメイド萌えだそうですネ。なら、バイト先で私のこの格好を見るたびにシンは……ポッ♪」
 パティは嬉しそうに頬を赤らめる。
 シンはすかさず、
「おいパティ! 妙な想像はやめろ!」
 とツッコミを入れつつ、パティを引き剥がそうと腕を振るが、
「照れるシン。カワイいデス♪」
 言いつつ、パティはさらに体をシンに寄せる。
 密着度が高まった。
「ば、馬鹿! そ、そんなにくっつくなよ!」
 くどいようだが、パティの某ランクはみゆきには劣るものの男を魅了するには十分なサイズである。
 しかもこのメイド服。そういう店のそういう服なので、自称清純な一男子生徒であるシンには刺激が強かったりする。
(こ、これはピンチだ!)
 シンは色々ピンチだった。なにがどうピンチなのかシンには分からなかったが、とりあえずピンチだった。
 しかし、シンのそんなピンチをこの人が救った。
「ちょっとあんた! 何やってるのよ!」
 少々ムッとしたかがみが二人の間に割って入ったのだ。
「な、なにするのデスかカガミ!」
 パティもムッとしてかがみを睨む。
「公共の場で変な事してんじゃないわよ!」
 それに負けじと、かがみはシンの前で仁王立ち、さらに鋭い視線をパティに向けた。
 バチ! バチバチバチ! っと火花が散る。
 二人は、そのまましばらく睨み合っていたが、
「ふっ、ナルホド」
 唐突にパティは嘲るようにニヤリと笑った。

つづく。

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最終更新:2008年04月14日 14:07
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