夕暮れに染まる校舎。
「さ~て。今日もバイトだ」
帰りにゲマズに寄っていく
こなた達と別れたシンは、一人下校しようとした時、
「あ、ちょうどいい所に――シ~ン!」
聞き覚えのある声に呼び止められた。
「ん?」
顔を向けると、ちょっと離れた場所に一人の少女がいる。
腰まで届きそうなツインテール。性格を如実に表す釣り目。トレードマークの赤いリボン。
「
かがみか? お前、そんな格好で何やってるんだ?」
シンの友人。柊かがみがいた。なぜかいまだに体操服姿で、ボールをいくつも抱えてい
る。
かがみは申し訳無さそうに微笑むと、
「シン、話はあと。悪いけどボール運ぶの手伝ってくれない?」
「ああ、分かった」
シンは駆け足でかがみに近づいていった。
○
体育館倉庫。
「大体、なんでお前が一人で運んでるんだよ」
ボールを籠の中に入れ終えたシンは、手を払いながら言った。
かがみが運んでいたボールは相当な量だった。
それなのに、それを女の子一人で運ばせるなんてC組の連中はどんな神経をしているの
だ。と、シンの中でちょっと怒りが沸いてきたりする。
「ああ、しょうが無いのよ。っていうか私が悪いの。一人で大丈夫! っていきがっちゃったから」
「それでも任すか普通。俺だったら、お前がどれだけ大丈夫って言っても手伝うぞ」
「うん、ありがとう。次からはちゃんと他の人にも手伝ってもらうから。そんなに怒らないで
よ……」
「? 俺、怒ってるように見えるか?」
かがみは人指し指と親指を少し広げて見せて、
「少し、ね……。ごめんね。手伝わせちゃって」
「いや、別に怒ってない。それに怒ってるとしても、手伝わされた事を怒ってるんじゃなくて
だな……」
と、言いかけてシンはやめた。これ以上何かを言っても、かがみは自分が責められてい
るとしか感じないだろう。
「まぁ。こういう事はいつでも手伝うから。気楽に頼ってくれ」
「うん、ありがとう。なんかあったらまたお願いするわ」
と、かがみがニコリと微笑んだその時、
ガ チ ャ ン
まるで、倉庫の扉が閉まったかのような、冗談にしては笑えない音が響いた。
「へ?」
「へ?」
二人の声が綺麗にハモる。
「え、ちょっと……まさか!」
先に動いたのはかがみだった。かがみは急いでドアに駆け寄り、その取っ手を引っ張
る。
「え、あれ? 嘘!」
だが、鉄製の扉はビクともしなかった。
「空かないのか? ちょっとどいてみろ」
シンはかがみに代わってドアを開けようとしたが、
「だめだ。鍵を掛けられたみたいだ……」
ビクともしなかった。
「ったく誰だよ、中に人がいるっていうのにこんな事を――って、はっ!」
と、ここで。シンは自分のとある能力を思い出した。
『固有結界かき☆すけ』
シンがこの世界に来る時、どこぞの使い魔よろしくどういう経緯で付属されたかは分から
ないが、とにかく備わった特殊能力である。
と、言っても、その能力自体シンは良く分かっていないのだが、こなた曰く『女性に迷惑を
かける能力』らしいので、
この状況も、かがみに迷惑を掛けるために、自分の特殊能力が作り出した可能性が高
い。
「すまん!」
シンは手を合わせて、頭を下げた。
かがみは怪訝な表情を浮かべる。
「はぁ? 何であんたが謝るのよ――ってまさか!」
かがみは突如何かに思い当たったのように息を飲み、
「あんたの仕業なの!?」
と、驚きの声を上げた。
「うん。俺の仕業だ」
その後に、シンは小さく「……多分」と付け加えた。
「ど、どういうつもり!」
「どういうつもり?」
シンははて? と首を傾げる。
「どういうつもりって聞かれても困る。俺の自由になる問題じゃないし。言うならば勝手に出
てくる生理現象というか……」
「せ、せせせせ、生理現象ですって!?」
「ああ、生理現象みたいなもんだ」
シンはくしゃみやしゃっくりと同じ、という意味で言ったつもりだったのだが、かがみの反応
は少しおかしい。
オーバーというか極端というか、とにかく顔を真っ赤にして瞳を大きく見開いて、自分を抱
きながら後ずさりしている。
そんなに、くしゃみやしゃっくりが珍しいわけでもあるまいに、どうしたというのか。
「かがみ、どうした?」
「あんたまさか! その勝手に出てくる生理現象とやらに従って、私に何かするつもりじゃ
ないでしょうね!?」
長い時間が必要だった。
シンがかがみの言葉を正確に理解するには、本来なら長い時間を必要としなければなら
なかったが、
この時のシンは冴えていたのか、工程をすっとばして結果を瞬時に叩き出した。
かがみの言う“勝手に出てくる生理現象とやらに従って”というのはつまり……、
「な!? 何を言い出すんだお前は!」
「きゃっ!」
シンの声に驚いたのか、かがみは足を滑らせて後ろのマットに転んだ。
「!!」
シンは絶句した。
なぜなら、その転んだ姿には色があったからだ。
マット上で乱れるツインテール。
知り合いの中では一番スタンダードながらも、強調し過ぎない家庭の味の如く、男心を飽
きさせない魅力を持つ胸元。
太ももは少し休憩と言わんばかりに、程よく開かれ、腰はダイエットの必要など感じさせ
ないくびれ具合。
それが、体操服という禁断のベールによって、強く果てしなく完璧に強調されている。
どどめは密室に二人きりというこの環境。
これではいくら、強靭な精神力を持つシンでも変な気分になってくる。
「っは!」
かがみはそんなシンの心情に気付いたのか、それとも自分の格好に恥ずかしさを抱いた
のか、
「だ、駄目よ。私はその、何ていうかあんたと付き合ってる訳でも無いし」
と言って、自分の体を抱きながら寝返り、
「それに……
つかさが」
と自分を戒めるように呟いた。
「いや、待て待て待て誤解だ!」
シンは抱き始めていた煩脳を必死に悪霊退散しながら、目の前で両手を振った。
「誤解?」
かがみは上半身を起こす。
頬を染めて、潤んだ瞳で見つめるのは止めてほしかった。
「そう誤解だ!」
「……シン、そりゃあんただって男の子なんだし、そういうのに興味があるのは分かるけど」
「分かるな! 分からないで下さい! 頼むから!」
「こういうのはお互いの気持ちが大事だし……」
「聞け! 人の話は聞かなきゃいけないってみきさんに教わらなかったか!」
「つかさは裏切れないし……」
「聞けってのにぃ!」
シンは息も吸わずに続ける。
「こういう状況になったのは! 俺の特殊能力のせいなんだ!」
「は?」
かがみは素っ頓狂な声を上げた。
「いや、だから。俺がこの世界、じゃなくてお前らにとっては海外からこの国に来るときに備
わった俺の特殊能力が――」
とここでシンは、かがみの表情に気が付いた。
かがみの表情はまるで、
『こいつ自分で特殊能力とか言ってるし。とうとうこなたの影響が脳まで回ったのね。可哀
想』
とか言っているようである。
「なんだよ。その可哀想な人を見るような目は……」
「いや、実際可哀想だなと――」
「キキタクナイ! ミトメタクナーイ!」
シンは、どこぞの丸い悪魔みたいな事を口走りながら、耳を塞いで頭を振った。
その時。
(シン! シン!)
聞きなれた親友の声が心に響いた。
(レイ? レイなのか!?)
(シン。ピンチのようだな。助けてやろうか?)
(助けてくれ!)
(よし、いいかシン! お前の固有結界は深刻なトラウマパワーを動力源にしているんだ。だから、そのトラウマパワーを弱めるために、こう三回呟くんだ)
霊界通信終了。
「よし、分かった!」
「何が分かったのよ」
かがみは、いまだ警戒した視線をシンに向けながら言う。
「分かったんだよ! 解決方がな!」
言いつつ、シンは上着を脱ぐ。
「ええええ!? あんた! 何やってるのよ!」
当然、かがみは驚きの声をあげる。しかし、シンは自信たっぷりに、
「もう何も考えるな! 俺に任せろ!」
言い切った。その間もシンの着衣は確実にはだけていく。
「シ、シン。本気なの?」
「本気も本気、本気と書いてマジだ! もう悩む必要は無い!」
「で、でも駄目よ! つかさが。それに私そういうの良く知らないし……」
ががみは声のトーンを下げて、
「は、初めてだし……」
そんなもん、俺だってこんな解決法は初めてだ! と、シンは思ったが、そこは不安がる
かがみを勇気付けるように、
「大丈夫だ。任せておけ」
と言って、かがみの小さく震える肩に、頼もしく手を置いた。
「シン、そんな頼もしい事を言われたら私……」
「すまないが。少し後ろを向いててくれないか?」
「へ? わ、分かったわ!」
ががみは急いで後ろを向いた。
「よし!」
シンは脱ぎきると、腹に力を込めて、
「こォ~」
深い呼吸の後、
ピンクナンテコワクナイ
ピンクナンテコワクナイ
ピ ン ク ナ ン テ コ ワ ク ナ イ !
目の前が光に包まれる。
ドアがひらいたのだ。
○
「お前ら、何やってるの?」
体育倉庫に忘れ物を取りに来た白石が見たもの。それは、
上半身裸でなぜかガッツポーズをしているシンと。
そのシンに背を向けるかがみだった。
『体育倉庫』END
最終更新:2008年06月02日 03:12