「まぁ、ただ。これに懲りて男に呼び出されたからってホイホイ行くのは止めろよ」
かがみはシンの言葉に引っかかりを感じて、真顔に戻った。
「……ホイホイ? ですって」
少し尖らせた目でシンを睨む。
「ああ、ホイホイだろ」
シンはそれでもさも当然のように言った。
「シン。勘違いだったら申し訳ないんだけど、ホイホイってあんまり良いイメージないのよ
ね。ほら、ゴ○ブリホイホイみたいな」
「いや、悪いイメージで合ってるよ」
「……ごめんなさい、またまた勘違いだったら申し訳無いんだけど、私が節操が無いって言
ってるように聞こえるのは気のせいかしら?」
「気のせいじゃない。というか、節操無いだろ実際」
「……」
「だってそうだろ。元はと言えば、お前が男に呼ばれてホイホイ出て行くからこんな事になっ
たんだ。そこはちゃんと反省しろよ。反省」
かがみはムッとして言い返した。
「何よ。大体あんたがそんな事言えるわけ」
「? どういう意味だ」
「知ってんのよ。あんただってラブレターを貰ったら全部ホイホイ呼び出しに応じてるじゃな
いの」
「ば、馬鹿! 俺は断るために呼び出しに応じてるんだ!」
「私に断るつもりが無かったとでも言いたいの!?」
通路で人目があるにも関わらず、思わず声が張り上がるかがみ。シンも、
「ふん! 手紙を見ながら顔を真っ赤にしてデレデレしてたじゃないか! 廊下で話しかけ
る前に、俺はちゃんと見てたんだぞ!」
大きな声で言い返した。こうなったら止まらない。
「べ、別にデレデレなんてしてないわよ! 戸惑っただけよ!」
「いいや、あれは確実にデレデレしてたね! 事実、呼び出されて現場にホイホイ行ったじ
ゃないか!」
「デレデレしてないって言ってるでしょ! あと、ああいう手紙を貰ったら、応じてあげなきゃ
可哀想じゃない!」
「名前も書いてない手紙の要求を呑むなんてどうかしてるぞ!」
「そ、それは私だって考えたけど……」
かがみは正論を言われてシュン、と肩を落とした。
逆に、シンは皮肉げに鼻を鳴らす。
そして、
「フン! どうせカッコイイ奴かもしれないとか思ったんだろ!」
「なっ……」
あんまりな言い草に、かがみは一瞬言葉を失った。
酷い。
いつにも増してシンはガキみたいな事を言う。
女の自分が言うのもなんだが、今日のシンは少女マンガによく出てくる“嫉妬”全快の女
性キャラみたいでネチッこいし、ムカつく事この上ない。
「こ、この馬鹿! 鈍感! 甲斐性なしのデリカシー不足男!」
かがみは本気の本気で腹が立って、これ以上無いけんか腰で罵声を張り上げた。
本当にデリカシーの無い男である。
なんで、こんな男のために自分が惑わされているのか不思議でしょうがない。
いや、もういっそ気の迷いではないのかとすら思えてくる。
「あんたなんてただのロリコンのくせに!」
「な、何だとこの馬鹿がみ!」
「言ったわね!!」
「ああ言ったさ! 馬鹿がみ!」
「また言った!? 二度も言った!? 誰にも言われた事無いのに!」
「だったら何だ! また殴るのかよ暴力女! それとも尻尾巻いて逃げるのかよ!」
もはや話は手紙とは関係の無い所まで発展していた。
そのまま永遠に続くと思われた罵詈像音の応酬は、
パシャ。
「ん?」
「ん?」
二人に水をかけるように注がれたフラッシュによって止められた。
かがみ達が驚いて横を向くと、そこには携帯をカメラのように構えた幼女を筆頭に、困っ
た顔をした超人と表情に戸惑いの色を浮かべる天然少女がいた。
おそらく、食事をする大部屋に移動する途中なのだろう。
「……
こなた。あんた何やってるのよ」
かがみが尋ねると、こなたは、軽くケータイを掲げ、
「よく分かんないけど、今日という日の記念。あ、後でかがみの携帯にも送っておくから」
「いらんわ!」
「ところで、お姉ちゃん達は何でこんな所にいるの?」
唐突に素直な疑問が、はてな、と首を傾げた妹から投げかけられた。
かがみは、
「え、えぇ~と。それは……」
何て言おうか猛烈に迷った。
仮に――
『二人で抜け出して、どこか遊びに行こうといて捕まったのよ。うふふ~♪』
と言ったとしたら。
(とんでもない事になる! とんでもないことになるわ!)
かがみは不安を振り払うかのように強く頭を振った。
言えるわけがない。特に
つかさの前では口が裂けても言えない。
つかさはこの数年で、本当に変わった。どう変わったかと言われれば難しいのだが、たま
~に黒さがチラつくようになった。
それも、ある意味当たり前な事だ。そもそも、完全に白い人などこの世にいるわけがな
い。人は譲れない物があって初めて人だ。
しかし、今までつかさにはそれが無かった。いや、あるにはあったがそれを表に出さなか
った。
生まれた時からそうだった。つかさの希望、欲望は全てつかさ自身によって却下される。
昔から、「みんなが○なら私も○でいい。みんなが△なら私も△でいい」とつかさは言い
続けてきた。
そんな光景を横目で見つ続けたかがみは、つかさに「そういうの良くないわよ」と、言い続
けてきたが。なにも変わらなかった。
ならば、そんなつかさの意見を代弁するのは私の役目。として今まで生きてきたのだが。
その役目もそろそろ終わりなのかもしれない。
それはつかさにも譲れないものが出来たからだ。それがシンだ。
人は、譲れないものが出来れば我侭になれる、そうなればもう心配は無い。
だが、それはかがみにとってとても嬉しい事であると同時に、たまに恐ろしくもなる。
どのように恐ろしいのかと言えば、先日、校内を二人で歩いていたらシンが、いつもの如
く
パティに抱きつかれて鼻の下を伸ばしている光景に出くわし、その時のつかさの当社比
三倍増しの笑顔が鬼……
と、ここでかがみは、思い出すのも恐ろしかったので、その件に関しての思考を止めた。
とにかく、つかさが静かに黒くなるのは、自分の身の安全のために避けなければいけな
い。
避けなければいけないのに、親友二人+妹一人は興味深げにこちらを見つめてくる。
(ど、どうしよう……)
そうやって、ががみは四苦八苦していると、
「かがみがロビーか玄関に財布を落としたって言うから一緒に探してたんだよ。それで、ロ
ビーに無かったから玄関を探そうとしていた所を、黒井先生に見られてな。
笑っちゃう話だけど。どうやらそのまま二人で抜け出すと思われたらしい」
隣にいたシンがなにやらペラペラと話し始めた。
「なっ、そうだろかがみ」
そして、同意を求めてくる。
「へっ?」
急に話を振られたかがみは驚いたが、すぐに空気を読んで、
「そ、そうなのよ! 本当にまいっちゃうわ。誤解だっていうのに。アハハハハ」
と、乾いた笑顔を浮かべた。
こなたはふ~んと呻いて、
「シンの日頃の行いが悪いから疑われるんじゃないの」
「ねぇ、ゆきちゃん。黒井先生に言ってなんとかならないかな?」
「そうですね……。誤解だというのならば。それを解けば良いだけですので。なんとかなり
そうですが」
「あ~。いいっていいって!」
シンは
みゆきの言葉に明らかに焦った。それは当然だった。
黒井先生は誤解でも何でもなく、かがみとシンのやり取りや言葉を聞いていたから怒った
のであって、
許してくれる要素など何一つとしてない。それどころか、みゆき達が先生と話をしたら真
実を知ってしまう可能性がある。
そうなると、余計ややこしくなる事この上ない。
「ほらほら。もうご飯なんだから、お前らは早く行けよ」
「でも……」
「しかし……」
つかさとみゆきはそれでも食い下がるようにシンとかがみを交互に見た。
そんな二人に対して、シンは、
「さすがに黒井先生だって食事が始まる前には解放してくれるだろうから大丈夫だって。心
配してくれてありがとうな二人とも。俺達もすぐに行くから待っててくれ」
それでも、みゆきとつかさは、しばらく名残惜しげな瞳でシンを見つめていたが、
「……分かりました。シンさんがそう言われるのでしたら」
「うん。そうするね」
「さぁ、行くぞ皆の衆。シンの料理をいただくのだ!」
「あと、高良につかさ。この馬鹿を見張っておいてくれ」
「わかりました。任せてください」
「うん。まかせて~」
と言って。二人もこなたに続いて廊下の隅に消えていった。
ふと、かがみはシンを見る。
すると、むこうもこちらをに視線を向けていたので目が合った。
かがみは気恥ずかしくなって思わず。
「女の扱い方が上手いわね節操無し」
言ってしまった。
当然、シンも、
「どっかのだれかさんには負けるけどな、生きる暴力伝説女」
そしてムムムッ、と睨み合い、
「「ふん!」」
お互い顔を背ける。
第三者がいなくなって戦いは再発した。
シンは一歩も引かない。もちろんかがみも引かない。
いつもは二人が喧嘩すると誰かが間に入って取り持ってくれるのだが、今回はそんな人
は誰もいない。
正直。二人は喧嘩の止め方が分からなかった。
かがみは泥沼にはまった感があったが、それでも譲るのは嫌だった。
今回ばかりは自分は何も悪くない。そう、後ろめたい事は何一つ無いのだから。
「あの」
そんな二人の間に、今度は幼い声が響いた。
かがみとシンはその声の主に、少し不機嫌な視線を向けて、
「「?」」
そして同時に首を捻った。
そこには、
「こんにちは」
小学生ぐらいの男の子がいた。
「はい、こんにちは」
かがみは条件反射で、挨拶を返す。そしてその後、冷静に考えた。
(誰? この子?)
初めて見る男の子だった。
かがみはシンの知り合いかと思って、シンに疑問の視線を向ける。
だがシンも、
かがみ、この子はお前の知り合いか?
という疑問の目を向けてくる。どうやらシンの知り合いではないようだ。
「どうしたのボウヤ?」
シンが何も尋ねないので、仕方なくかがみが尋ねた。
さっきまで喧嘩していてもしっかりと笑顔を被る事を忘れない所が、優等生たるゆえんだ
ったりする。
「……あの」
少年はそのつぶらな瞳を真っ直ぐにかがみに向けて。
「あなたに惚れました」
なんか言ってきた。
「はっ?」
かがみは、一瞬少年が何を言ったのか分からなかった。
惚れました? とは何だろうか?
と自分に自問自答してみるが、思い当たるものが一つしかない。
「ぼ、ぼうや。どうしたの? 何を言ってるのかな?」
「先ほど、あなたを見かけたとき、その……、感じたんです。運命の人じゃないかって」
「……へ?」
「かがみさんですよね? 一目惚れしました。僕と付き合って下さい!」
頬をそめながらも淡々と言う少年を尻目に、かがみの心境は大混乱だった。
これは、世間一般で言うなんだ?
簡単だ。告白ってやつである。しかも、先ほどのと違って今度は本物のようだ。
「……」
かがみは、しばらく口をポカンと空けて固まっていたが、
「えぇぇぇえ!、で、でもそんないきなりは困っちゃうわ。ねぇ、シン。あんたからもなんとか
言っ――」
かがみは少年から逃げるように目を背け、シンに助けを求める。
しかしシンは、
「だはははは! か、かがみ、素敵なナイトじゃないか。さっきと言い、この子といい、ほん
と、モテるなお前」
笑っていた。大爆笑だった。どうやら完全にこの状況が楽しくて仕方が無いらしい。
「このやろう……」
かがみは、シンに恨みがましい視線をもう一度送った後、再び少年に向き直った。
そして小さく深呼吸。
「で、でもでも、私たち出会ったばっかりじゃない? それにボウヤはまだ小学生ぐらいでし
ょ? だからこうゆう事はその……お姉さんは早いと思うな」
かがみは自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。
告白なんて初めてだから、どうして良いのか分からないという焦りと、どう対応してよいか
分からない焦り。
そしてそれが原因で更に焦るという悪循環。
しかし、この場は自力で何とかしなければならない。なぜなら、
「ぷははっ! 子供相手にマジな対応かよ」
「……」
隣の男はまるで役に立たないからだ。
かがみは当社比三倍ぐらいの怨念を込めて再びギロッとシンを睨む。
しかし、シンはそんな視線を受け流すような飄々とした態度を崩さず。
むしろこちらの動転振りをニヤニヤしながら楽しんでいた。
腹が立つことこの上ない。
そんな、かがみの腹立たしさを感じたのか、
「あなたは何者ですか」
愛する者を守るため、少年は年相応ながらもキリリとした勇ましげな顔でシンに向き直っ
た。
「へっ? 俺?」
シンは少し意外そうに顔をすくめる。
「そうです、一体なんなんですか。先ほどからかがみさん失礼でしょう」
「は、はぁ。すいません……」
シンは困った顔をしながらも、意外に素直に頭を下げた。
この子良い子だ! とても良い子だ! とかがみは思った。お陰で胸がスーっとした。
(でも、いくら良い子でも、小学生はさすがに……)
そんな事を考えているかがみをよそに、少年の説教は続く。
「大体あなたはかがみさんの何なんですか。……まさか」
シンは少年の意図を察したのか、それを否定するように軽く鼻で笑い、手を横に振った。
「ないない。俺はかがみの友達。だから気にするな。別に恋人とかじゃないから」
少年はそれでも、しばらくムッとした表情で睨んでいたが、やがて、
「ですよね。なんかイマイチですし、地味ですし……」
と、納得げに小さく頷いてシンへの興味を無くした。
ピクッ、っとシンの額に青筋が浮かぶ。
「地味、だと……」
あ、怒った。とかがみは思った。
シンはなぜか地味という単語によく反応する。
こなたいわく、過去に地味という事でそうとう酷い目にあい、
それを今でも引きずっているらしいのだが、かがみはいまいちピンとこない。
シンはとにかく目立つ存在だった。高校生活初期は悪い意味で。今では良し悪し両方の
意味で。
だから目立つ事が原因で酷い目に合いそうな男ではあるが、目立たないからといって酷
い目に合いそうな男では決してない。
「お、俺のどこが地味だって言うのかな、ボウヤ?」
人並みの節度はあるらしく。シンはいきなり子供に怒り出したりはしなかった。一応、笑
顔で少年に尋ねている。
しかし、青筋は浮かんでいるし、口元は引きつっているので、見る人が見れば、相当怒っ
ている事が分かる。
そんなシンの心情を知ってか知らずか、興味が無いのか分からないが、少年は構わずに
言葉を続けた。
「僕が知ってる
アニメの主人公とどこか似てます。いてもいなくても一緒。もし最初目立てて
も後半忘れ去られてる感じです。その人は別名人間ミ――」
「だ、誰が人間ミラージュコロイドだ!」
「よく、ご存知ですね」
よく分からないが、シンは憤慨した。
しかし、これはチャンスだった。かがみはここぞとばかりに、
「子供相手にマジな反応をするんじゃないわよ。馬鹿じゃないの?」
と、小馬鹿にしたような笑みを浮かべて言ってやった。
さっきの仕返しである。
「くっ……」
悔しそうにこちらを睨むシン。でも、睨まれても全然怖くない。
かがみはそんなシンに、ふふんっ、と勝ち誇った笑みを向けると、シンはさらに悔しそうに
唸った。
全くもって子供っぽい奴だが、それだけにこういう時は可愛いもんである。
シンはしばらく悔しそうに歯軋りしていたが、突然何かが閃いたかのように眉をピクリと上
げて、その後ニヤッと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
そして、彼は再び少年に向き直り、
「いいか! 良く聞けよボウズ! 実は俺はかがみの彼氏だったんだ!」
ビシッと親指を指してとんでもない事を言った。
続く。 長文失礼。
最終更新:2008年06月02日 03:39