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「なっ!? ってゲホっ! ゲホっ!」
 かがみは驚きの声を上げようとしたが、その過程で酸素が肺に変な入り方をしたため、
息が詰まって大きく咳き込んだ。
「……」
 一方、少年は冷静だった。驚いた顔もせず、かといって嘆いている様子も無い。
 ただ、一言。
「さっきは彼氏じゃない。と言っていましたよね」
 中々肝が据わっている少年だ。きっと将来は大物になるのだろう。
 対して、かがみの隣の小物は、
「さっきはさっき! 今は今だ!」
 と、まるで駄々っ子のように、ただ己の主張を強調する。
 一体どちらが子供なのか……。かがみは一瞬分からなくなった。
 だが、今重要なのはシンが大物か小物か子供かなんていう問題ではない。
「あ、あんた! いきなり何言って――」
 かがみが呼吸を落ち着けて、驚きあらわな顔でシンに詰め寄る。
 シンは囁くように言った。
(少しこの生意気なガキに、現実ってやつを教えてやるのさ)
 かがみはその言葉を聞いて、本気で呆れた。
(うわ、子供相手に本気の仕返しかよ!? ちっさ、この男ちっさいわ……)
 どうやら、この小物は完全に意地になっているようだ。
 なんて高校生だろう。これでは、悪口を言われたから悪口を言い返す小学生と何も変わ
らないではないか。
 一方、シンはそんなかがみの考えを察したのか、
(なんだよ。お前だってこのままじゃ困るだろ。話を合わせろ)
 と、少し口を尖らせて言った。
(そりゃあ、そうだけど……)
 痛い所を突かれて協力体制を要求されたかがみはしばらく考え込んで、(分かったわ
よ……)と渋々首を縦にふった。
「あの~」
 と、ここで少年の物言いが入る。その表情には明らかに疑惑の色が浮かんでいた。
 ジー。とシンを見る少年。
「本当にかがみさんの彼氏なんですか?」
「ああ、そうだ!」
 シンは胸を張って堂々と答えた。かがみはあえて何も言わなかった。
「……怪しい」
 しかし少年からの疑いの視線は止まらない。するとシンは、
「肩だって抱けるぞ!」


 と、気安くかがみの肩に手を回した。
「なっ!?」
 かがみは顔を真っ赤にして、
(何すんのよ!)
 と、シンを睨む。しかし少年の手前、一応小声で言った。
(いいから、お前は黙って俺の言う事聞いてろ!)
 シンは言いつけるよう言った。かがみはその命令口調が無性に頭にきた。
(なによ! 命令しないでよ! 私はあんたの所有物じゃないのよ!)
(そういうつもりで言ってないって!)
「……かがみさん。嫌がってませんか」
 少年は見て思った事をそのまま言った。
 そりゃそうだろう。本物のカップルは肩を抱かれて、イチャつく事はあっても、二人のように
睨み合ったりはしない。
「そういう風に見えるだけだ!」
 しかし、シンはまたまた言い切った。
 この状況で、全力で開き直れるのも一種の才能だとかがみは思った。
「あなたの事、睨んでますけど……」
 シンはむうっ、っと少し悩んで、
「こいつは元々そういう目つきだ! どうだ可愛いだろ!」
「……」
 かがみはムカついたので、シンのお尻を思いっきりつねってやった。
「ぐあっ!?」
 シンは半泣きで呻いた後、
(何するんだよ!)
 かがみを睨む。
 結構痛かったのか、紅い瞳が少し濡れていた。
 まぁ、だからといって、かがみは謝る気分には全くなれなかった。
(目つきが悪くて悪かったわね)
(ちゃんと可愛いってフォロー入れただろ!)
(フォローになるかそんなもの!)
「あの~」
 置いてけぼりにされた少年は存在を強調するように挙手をしながら言った。
「なんだボウズ、まだ居たのか? かがみは俺の彼女だ。そろそろ、現実を直視してお母さ
んの所に帰りなさい」
 シンはシッシッと手を振って、いかにもお前は邪魔だオーラ全快で言ったが、少年は相変
わらずジーっと冷静にシンを見つめ。
「……じゃあ、キスしてみて下さい」


 と、証明を要求した。
「「なっ!」」
 探偵に証拠を突きつけられた犯人のように顔を強張らせ、固まるシン。
 もちろんかがみも同様だ。
 そして、少年はそんな二人の心境を察したのか、すかさず、
「出来ないんですか? 恋人なのに? 怪しい……」
 と、ジトーっとした疑惑の目をシンに向けた。
「くっ……」
 シンは、なにやら悔しそうに呻く。
 しかし、それ以上の行動はこれといって起こしそうにない。
 もちろん、行動を起されても困るが……
(シンの負けね……)
 かがみは今度こそ本気で呆れて、深いため息を吐いた。
(馬鹿な事するから、子供にも負けるのよ。馬鹿……)
 そして、とりあえず馬鹿の事は忘れよう。と頭を切り替えた。
 今はどうやってこの少年を上手く説得し、自分を諦めさせるかの方が先決である。
 そりゃあ、別にこれといってまぁ、確実に必然的で認め合い済みな、それでいて恋愛済み
でもあるような、
 心に決めた相手がいるわけではないが、こんな子供と付き合える訳が無い。
 というか、手を出したら犯罪じゃないだろうか? それに自分に○ョタコンの気は無いの
である。
 と、かがみが少年への対応をどうするか、という思考を巡らせ始めた時。
「キ、キスすればいいんだろ! キスすれば!」
 馬鹿が馬鹿みたいな事を、隣で真顔で本気で言った。
 かがみは、一瞬シンが何を言っているかが分からなかったが、
「うええええええええ!」
 一拍後、さすがにかがみは大声で驚きの声を上げた。
「……えっ」
 そして、そんなシンの言葉が予想外だったのか、今日初めて少年の顔に戸惑いの色が
浮かんだ。
「キスだろ? 簡単だ! 何せ俺達は恋人同士だからな!」
 シンは拳を握り締めて断言する。
「シン!」
 かがみは慌てている様子でシンに詰め寄った。
 かがみの頭の中で展開していた。少年の説得方法。なんていう思考は全部吹っ飛んだ。
 それより、今はシンの言葉の方を何倍も重要視しなけらばならない。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あんた! なに考えてるのよ!?」


 かがみは大混乱の渦に翻弄されていた。
 こいつは今、私にキスをすると言ったか?
 キスとはあれか? 
 魚じゃなくてあれか?
 恋人同士がするあれか?
 少女、少年誌で漫画家が表現できる男女関係の最終防衛ラインのあれなのか!?
 と、訳の分かるような分からないような思考がポンポンと出てくる。
「良く見ておけよ、大人のキスってやつをな!」
 しかし、シンはかがみの戸惑いなど、なんのそのといった感じで、
「じゃあかがみ。目閉じてくれ」
 とかがみの対面に立ち、その小さな肩をガシっと掴み、そして、その燃える瞳を向けた。
(ち、ちょっと! 本気?)
 かがみは、戸惑いながら小声で尋ねる。しかし、シンは同じく小声ながらも強い口調で、
(いいから。全部俺に任せておけ)
 シンの真っ直ぐな言葉に、かがみの心臓はトクンと波打った。
 そりゃあ少しは積極的に迫られたいなんて思う事もある。
 けど、だからといって人前で、それも子供の前ではちょっと遠慮願いたかった……。
(私は嫌よ! こんなの絶対嫌だからね!)
(かがみ……)
 しかし、そんなかがみの戸惑いを振り払うかのようにシンは真っ直ぐかがみを見つめ、
(絶対にお前の嫌なようにはしないから……)
 そして、優しい口調で言った。
 クラッときた。
 真面目に言うもんで、正直心が揺さぶられた。
 いやいや、ここで流されてはいけない。そう思ってかがみは踏ん張った。
 そんなに軽い問題ではないし、なにより、自分はそんなに軽い女のつもりもない。
 でもなぜだろう……踏ん張りはしたが、踏ん張った足ごとズルズルと引きづられていく感
覚が止まらない。
(でも嫌、やっぱり嫌よ……、こんなのは嫌なの)
 それでも、かがみは力を振り絞って、子供の様にイヤイヤと首を振った。
 しかし、シンはそんな些細な抵抗も許さなかった。
 シンはかがみの頬にそっと手を置く。
 それによって首の運動を止められたかがみは、シンだけを見つめるように強制された。
(かがみ、お前はさっき、自分は所有物じゃ無いって言ったよな? あれは謝る。俺の言葉
が悪かった。でも、あえて言う)


 そして彼は深く息を吸い、
(頼む。今だけは俺を信じて――)
 ゆっくり吐きながら、確かに言葉にした。

(俺 の も の に な っ て く れ)

 …………甘かった。
 それは体の端から溶けていくような錯覚すら思わせた。
 事実、それはとろけた響きだった。
 かがみの思考を無理やり奪っていった暴力的で強引だが、心地よい程、直情的な言葉
だった。
(そ、そんな事言われちゃったら私……。私……)
 シンはかがみの意思を待たなかった。次の瞬間、シンは絡めるような仕草で、かがみの
腰に手を回してきたのだ。
(い、嫌……)
 かがみは言葉で抵抗した。でも、シンは止めなかった。
 その手つきが慣れているのに無性に腹が立って、その手をつねってやろうと思った。
 こんな場面なのに、自分と違って落ち着きはらっている顔がなんかムカついたので、その
横っ面を引っぱたいてやろうかとも思った。
 でも、できなかった。
(嫌……)
 彼の端正な顔立ちが目前に迫る。
 さっきまで抵抗しようと考えていたのに、気が付いたらかがみは全てを委ねて目を閉じて
いた。
 その拍子に、一筋の涙がまぶたの端からポロリとこぼれる。
 悲しいわけじゃなかった。嫌なわけでもなかった。
 ただ怖かった。この行為の後、自分の世界は確実に変わる。
 親、姉、妹、親友、後輩、先輩、先生……。
 自分を取り巻いてきた全てが変わる。
 おそらくその予想は間違っていないだろう。
 怖い。
 でも、心の奥底ではそれを望んでいる。意識しないのに望んでいる。
 自分は怖がっているのに、自分じゃない自分はそれを強く望んでいる。
 その矛盾がとても怖かった。
(シン……あっ……)
 暗闇の中、
 かがみがそう呟いたのを最後に、いままで親以外には触れさせた事の無かった唇は、何
か大きなものに塞がれてしまった。
 遅れて、唇が触れ合う感触がかがみの脳に届く。


シンは控えめに唇を合わせてくる。
 あんなに強引だったくせに舌も入れず、必要以上に深く探らない紳士的でソフトなキス。
 断続的にガサガサした感触がした。
 断続的に唇が離れない程度に控えたり押し合ったり。
 そして、断続的にシンの荒い鼻息が頬を風のように撫でた。
 その全部を体感して、かがみは、
(なんかキスって想像してたより変な感じ……)
 と、どこか冷静に考えている自分がいる事にちょっと驚いたりした。
 どれくらい時間が経ったのだろう。
 分からないけど、その終わりを告げたのは当事者以外の声だった。
「ほ、本当にそういう関係だったんですね! うええええええええん!」
 驚きの声。そして泣き声。遅れて、駆け足で離れていく足音。
 あの、将来大物になりそうな少年は離れていったのだろう。
 そしてもう会う事も無いだろう。
 というか、そんな事など、もうどうでも良かった。
 そんな事を考える暇が無いくらい、かがみはその感触に溺れていた。
 つかさ、みんな、ごめんね……
 そして、そんな中。かがみは、わずかに残った理性で仲間に謝罪を述べたのだった。
 ほんとうに、どれくらいの時間が経ったのだろう。
 やがて暖かくも頼もしい感触が離れていく。それを確認したかがみは、キスの余韻に浸りつつ
も、ゆっくりと目蓋を開いた。
 目の前にはもちろん、かがみが全てを委ねた男が――
「ぶぶぶ、ざぶばびヴぉ――」

 口に ガ ム テ ー プ を貼り付けて、なにやら奇怪な言葉を口走っていた。

「………………へっ?」
 かがみはまるで、宇宙人でも発見したかのような不思議な目をして息を飲んだ。
 シンはガムテープを剥がし、
「ぷは! ふふふ、ざまあみろ! まさか、俺がガンプラ好きで、
 こうゆう小道具をいつも持ち歩いているとは思わなかったようだな!
 それにしても、こんな初歩的な引っ掛けも気付かないなんてやっぱガキだな。大成功♪ 大成功♪」
 と、小さくガッツポーズした。
 その後こちらを見て、彼は何か勘違いをしたらしい。


「あ~。そ、そんなに呆れた目で人を見るなよ……。そりゃあ、子供相手に少しムキになり
すぎたなとは思うさ……、泣かせるつもりは無かったんだよ。ほんと」
 と、少しばつが悪そうに頭をかいた。
「お前らそろそろ懲りたか」
 その時、廊下の先から桜庭先生が顔を出した。おそらく、ご飯に呼びにきてくれたのだろ
う。
「あっ、桜庭先生。そろそろ勘弁して下さいよ~」
 シンは桜庭先生と親しい事もあって、人懐っこい口調でねだるように言った。
「よし、二人ともそろそろ戻れ。飯だぞ」
 そう言って、桜庭先生はまた廊下に消えていった。
「やれやれ、やっと許してもらえたか。じゃあ、先に行くぞかがみ。また後でな」
 何事も無かったかのように、スタスタと歩き出すシン。
「あ、そうそう」
 そして、すぐに彼は何かを思い出したかのように立ち止まって、こちらに振り返り。
「協力してくれてありがとな、かがみ」
 そう笑顔で言い放つと、鼻歌交じりにまたスタコラ歩き出した。
 ががみは、その後を追いかける気にもなれなかった。
「……ガムテープ」
 ただシンを見送りながら小さく呟く。訳が分からなかった。
「……ガムテープかよ」
 本当に訳が分からなかったから、その場に呆然と立ち尽くすしかなかった。

   ○

 修学旅行終了。
 かがみは家に帰ってきていた。そして、机でこなたと電話していた。
「あんな恥ずかしいの貼れるわけ無いって。んっ、じゃあね」
 こなたとの電話を終え、携帯の通話を切る。
 そして、
(写真、か……)
 かがみはこなた達と四人で撮ったプリクラに目をやった。
 口ではああいったが、高校生活を共に過ごした大切な仲間達との記念である。
 それを、机にしまっておく事など出来ない――こともないが、なんとなくしたくは無かった。
 ただ、そこにシンの姿は無い。
 こなた達とプリクラを撮った時。シンはシンで男子とグループを組んで別の場所を回って
いたのでその姿は無い。
 だが……。


 かがみは、そのプリクラの横を見る。今の時代は便利なもので、写真は五分もかからず
に作る事ができる。
 そこには自分、つかさ、こなた、みゆきみさおあやの、そして六人に囲まれる形で笑う
シン。七人の集合写真があった。
 最後の最後にこなたが皆で撮ろうと言い出した写真。
 背景は駅。だけど、場所など関係ないのだろう。
 この写真にはアイツがいる。七人とアイツがいる。それだけで良かったのだろう。
「そうだ、アイツといえば……」
 机の引き出しには、もう一枚写真があった。
「これ、どうしようかな……」
 かがみは、引き出しから一枚の写真を取り出し、眺めた。
「うわ、改めて見ても酷いわね、これ……」
 それは男も女も目を釣り上げて睨みあっている写真。
 黒井先生に捕まった後、二人で言い争っていた時の写真である。
 こなたはあれからちゃんと写メールを送ってきた。それを、気の迷いで写真にしてみた。
 先ほども言ったが男と女はグループを組まない。
 その結果、一緒に京都を散策したこなた達と比べてシンと写っている写真は格段に少な
くなった。
 それでも、初日はクラスごとに集団行動していたから、集合写真とか三人とか四人とか
で撮ったものはそれなりにある。だが、それだってその数は決して多くない。
 そして、二人で写っているのものとなると、これだけである……。
「なんだろうな……」
 かがみは、写真を眺めながら少し複雑な顔をした。
 手元の写真は、男と女のツーショットだというのに色気の欠片も無い。むしろ、二人の背
中には禍々しい黒いオーラさえ渦巻いている気がする。
 でも、
「……まぁ私達らしいっちゃ、らしいのかな」
 と、かがみはため息交じりに小さく笑った。
 結局、かがみはシンの事が特別な意味で好きなのかは分からなかった。
 あのキスも、今思えば空気に流された部分が大きかった……と思う。
 でも、とりあえず今はまだ、こういう関係が私たちにはお似合いなのだろう。と、
 なんとなく、そう思ってその唯一のツーショットを、また大切に机にしまうかがみであった。

END.

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最終更新:2009年04月23日 22:00
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