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16-620

 『飛鳥家の人々True』

 良い子なら寝ていてもおかしくない時間帯。
 飛鳥こなたが“今日も”チキンカレーを台所で暖めていると。
「お父さんってさ、なんでお母さんと結婚したのかな」
 先程から食卓に座りながら、ジーっとこちらを見ていた娘――飛鳥マユが、なにやら呟いた。
 十歳になったばかりである。外見は一見すると自分を一回り小さくした感じ。
 自分そっくりな顔。自分そっくりな長髪。似なくてよかったのに体格まで……。
 違いがあるとすれば、黒髪であほ毛が無い事と瞳の色が紅い事で、ここらへんはしっかり旦那の遺伝子を受け継いでいるようだった
「んっ? なにさ唐突に」
 こなたは顔だけマユに向けて言った。
 マユは机に肘をついて、ひとしきり床に届いていない足をブラブラと揺らす。
「いつも思うんだよね。お父さんはこのお母さんのどこに惚れたんだろう、って……」
 マユはその紅い瞳でこなたを捉えながら、半ば呆れ気味で呟いた。
「……失礼だね。あんた」
 こなたはカレーを掻き混ぜていたオタマを止め、ついでに火も止めて娘に向き直る。
 娘は、相変わらず足をブラブラさせながら、
「だってオタクで貧乳の腐女子だよ? 普通選ばないよ」
 と言って、その艶やかな髪の先を指でクルクルと弄んだ。
「あれ、なんか聞き覚えのあるセリフだなぁ……」
 こなたは、猛烈な既視感(デシャヴ)を感じた。しかし、どこでその言葉を聞いたのかが思い出せない。
 まぁ、忘れてしまうような記憶などそんなに重要な出来事でもなかったのだろうと思い。こなたは考えるのを止めた。
「にしてもマユ。あんた足をブラブラさせる癖は直しなさい、ってお父さんに言われたんじゃ無かったっけ?」
「そう。不思議なのはそのお父さんなんだよね」
 父に絶対服従なマユはすぐに足を止める。そして、目の前に立つ母に疑問をぶつけた。
「ねぇ、もしかして、お父さん、ロリコンなの?」
「はぁ?」
「だってお母さんみたいな人の事が大好きなのはロリコン。っていうんでしょ」
 こなたは、可愛く首を傾げる娘をしばらく無言で眺めた。そして思った。
(今時の小学生はしょうも無い言葉を知ってるなぁ……)
 こなたは小さい頃からそうじろうに英才教育を受けてきた身であり、マユの年ぐらいには、すでにそっちの世界にどっぷり遣っていた。
 だから人の事を言えないのは重々承知している。
 承知しているのだが……、
(自分の娘がそういう単語を話すと、無性に切ない気持ちになるのはなぜだろうか……)

 死んだかなたお母さんも、こんな気持ちになりながら天国から自分を見守り続けたのだろうか……。
と、一瞬考え込んでしまいそうになるが、悲しい結果になりそうなので止めた。
「ねぇ、お母さん。どうなの?」
 マユは興味津々で尋ねてくる。
 どうなの? と聞かれれば答えは一つしか無い。
「いや、ちがうね」
 こなたはそう言って首を横に振った。
 シンはロリコンの一ジャンルである妹狂いではあるが、あれは過去の出来事に起因するトラウマから来るものであり、本人が元から持っ

ていた趣向では無い。
 また、外見が幼女である自分に手を出してはいるが、この外見が手を出した要因とは考えにくい。
 そもそも、シンがこの外見に欲情する趣向の持ち主だったら、高校1年から同居しているわけだから高校在学中にマユが誕生しても良さ

そうである。
 だが、最終的に身も心も結ばれたのは高校卒業の後だった。
「お父さんはでっかいのが好きだと思うよ。過去の彼女もでっかかったし、美人だったし」 
「だよねぇ。そりゃあ選り取りみどりだろうね。私が言うのもなんだけどお父さんカッコイイもん」
 マユは少し自慢げに鼻を鳴らした。
「はぁ? あんた自分で、自分の父親の事カッコイイとか思ってるの?」
 こなたは理解に苦しんだ。
 そりゃあ妻の自分が言うのもなんだがシンはカッコイイ。そこら辺のイケメンと言われているアイドルの何倍もだ。
 最近では大人の色気なんかもムンムンで、結婚して十年以上経ち、毎日顔を合わせているこなたでさえ、まれに見惚れる事があるくらい

だ。
 それでも、こなたは自分の父親を娘がカッコイイと言う感覚の理解に苦しんだ。
 こなたにとっての父は泉そうじろうである。
 …………。
 こなたはやっぱり理解できなかった。
 そうじろうはこなたが結婚すると「これで、俺の役目は終わったな……」
 と言って、今までとは比較にならないほど仕事をするようになった。
 一週間取材旅行に出かけ、一週間ホテルで缶詰になりながら執筆し、数日フラリと帰ってきて家に滞在しマユと遊んで休養を取り、
 また、旅行に出かけて、仕事しての繰り返し。休養は取っているものの、明らかなオーバーワークだ。
 前にシンが「そうじろうさん。あんまり働きすぎると体に障りますよ」とやんわりとたしなめたが、
「シン君。俺はもういつ死んでも悔いは無い。こなたの花嫁姿は見れたし、孫の顔も見れた。
 だから後は、限界までかなたが認めてくれたこの仕事を精一杯やってみたいんだ。それで、言いたいんだ。
 俺が死んで、かなたに会って。お前が生んでくれたこなたは一人前にした。お前が応援してくれた仕事は一流になった。どうだ、俺を選

んで良かっただろ? ってね」
 確かにこなたはシンの隣でこの言葉を聞いて感動した。
 生まれて初めてお父さんカッコイイとも思った。
 でもそれはマユの言うカッコイイとは全然ジャンルが違う。
 では、マユの言う意味でそうじろうはカッコイイか?

――うひょ~♪ ○○萌え~♪
――いいかシン君! ツインテールは国家遺産なんだよ! 偉い人にはそれが分からんのだよ!
――シン君! 今度駅前に新しいメイド喫茶出来たんだけど一緒にいかないか!?
 ……うんカッコ悪いね。
 こなたは何かを悟ったような顔で、そう心で呟いた。。
 いや、それ以前にこなたは、娘というのは例外なく父親の事を大なり小なりかっこ悪いと思うものだと思っていたが、自分の娘は違うら

しい。
 そんなこなたの戸惑いを察したのか、マユは不思議そうに首を傾げた。
「なんで? 授業参観とか、運動会とかでお父さんが来ると、みんなマユちゃんのお父さんカッコイイ。って言ってくれるよ」
 それはこなたは知っていた。ついでに言えばシンは奥様方にも大人気である。
 そして、こなたは何度もその奥様方に「お子様ですか?」と言われた……。 
「まぁね、そう言えば、アイツに好意を寄せてた女性なんて母さんが知ってるだけでも手の指が足りないぐらいいたよ」
「だろうね~。だから、尚更不思議。なんで、“よりによって”お母さんなんだろう。って」
「し、失礼な……」
「ねぇ、なんでお父さんはお母さんを選んだと思う?」
「そんなことは知らないよ」
 こなたは嘘を付いた。こなたはシンとちゃんと恋愛して結婚して家庭を作ったのである。
 その過程で、自分がその相手にどう思われているかを気にならない女の子はいない。
 そう、こなたが聞いたときシンはちゃんと言った。
 ――全部。
 確かにそう言ってくれた。
 でも、こなたももう三十手前な訳で、そんな内容を娘にペラペラ喋るのは恥ずかしくて抵抗がある。
 すると、マユが、
「ねぇ、ちゃんとお父さんとは、恋愛して結婚したんだよね?」
 突然訳の分からない事を言い出した。
「? どういう意味さ?」
「弱みを握ってとか……」
「マユ。あんた今月お小遣いは覚悟しておきな」
 こなたは母親らしい威厳を持ってピシャリと言った。
「ああ! 嘘! 嘘ですお母さん! ごめんなさい!」
「ったく」
 と、口では否定したこなたであったが、実はそうでもないかもしれない、と心の奥底で少しだけ思った。
 こなたがシンと結婚したきっかけは、マユが出来たからである。
 もちろんお互い愛があって結婚したのだと思う。しかし、こうも考える。
 もし、マユがあのとき出来ていなくてもシンは自分と結婚したのだろうか?

 もしかしたら、シンはマユが弱みになって自分と結婚したのではないか……。
(はは、考えすぎかな……)
 こなたは首を小さく振った。確かに結婚したキッカケはマユだったがその前には確かに愛があった。
 じゃないと、それ以前にマユができるわけ無い。
「どうしたのお母さん?」
「いや別に。そうそう、お父さんが私と結婚した理由だけどさ」
「うんうん」
 目を輝かせて聞き入るマユ。
 こなたは少し間を空けて、そして大事なものを取り出すようにゆっくりと口を開く。
「ま、お父さんは勘が鋭いからねぇ。お母さんが唯一絶対の自信をもってた所を見抜いたんじゃないかな」
「はぁ? なにそれ?」
「私が、世界中で一番お父さんを一番愛してるって事を……」
 こなたは気持ちを込めて言った。そうだ、自分が誇れる所と言えばそれしかない。
 小さくてオタクで腐女子で、恋のライバル達に比べて自分はとても立ち向かえるような人間じゃなかった。
 だから、色々な所で敗北した。
 けど、これだけは、この事だけは絶対に誰にも負けてやらなかった。
(……そう、私が一番愛してたんだから)
 こなたが少し感極まった気分に浸っていると、なぜか猛烈な既視感に襲われた。
 なんとなく自分の言葉をどこかで聞いた事がある。そんな気がする。
 しかし、思い出せない。
 まぁ、思い出せないぐらいなのだから、どうせどうでも良いことなのだろうと思って、こなたは気にする事を止めた。
「とまぁ、こういう、理由があ――」
 と言って、こなたは思わず言葉を止めた。
 なぜなら、マユがジトーっとした目をこちらに向けていたからだ。
「な、なにさ。そんな変な顔して」
「……でも、お父さんの晩飯は4日連続チキンカレーなんだね……」
 ビクッ。というこなたの心臓に鼓動して、その小さな肩も揺れた。
「愛――ねぇ……」
 そして、マユは益々ジトーっとした目でこなたを追い込んだ。
 後ろでは四日連続の父のチキンカレーがぐつぐつと美味しそうな音を立てている。
「いや! 別にご飯作るのをサボってる訳じゃないんだよ! ほら、お父さんはチキンカレー大好きだし!」
「……お母さん。実は私、昨日お父さんとこんな会話をしたんだ」           

 つづく。



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最終更新:2009年06月30日 00:40
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